このエッセイ奈良県の株式会社井上本店・イゲタ醤油醸造元の前社長故井上平祐さんが、京阪ジャーナル社の月刊AGORA に連載されていたものです。とても興味深いのでこちらでも紹介させていただきます。
イゲタ醤油醸造元(奈良市京終町57 TEL0742-22-2501)
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我々の世界
十年程前になりますが或る朝、起き出してくると姉が「ちょっとちょっと見て」と、四つに割られた白菜をもってきました。見ると芯のところから、10 センチ程の薄青いか細い茎が90 度弓なりに立ち上がって、その先に夢のような黄色い小さな小さな花を咲かせていました。私は見るなり胸が塞がって、「あっちへ持っていって」とへねへねと座り込みました。日頃なんとも思わず食べている野菜が土から引き離され、根を切られ、四つに切られ、もうとても生きてはいけない今のうちに子孫をと、なけなしの体力を振りしぼって花を咲かせたのです。生きるということの悲しさを思い知らされました。草のような、意思を持っているとは想像もつかないようなものでも、命を惜しみ種族を残そうという「心」があったのです。一体、心とは何なのでしょう。これだけ医学が発達しているのにここが自我の領域だとの特定は未だされていません。
我々の体は無数の器官の有機的な連携と緻密な制御と複雑多岐にわたる判断(免疫、栄養摂取、身体能力の有効配分)等、考えれば夜も寝られぬ程自己制御の網のうえで生きています。その複雑な制御網の絡み合った中から卒然と発現され、その帰一したのが、或いはその発露点が自我ではないでしょうか。
そんな宙に浮いたようなことは納得しかねますが、第一印象でその人全体を感じ取ることが多々あります。それはその人の制御全体の在り様を感じるからではないでしょうか。又、去勢されると、体つきも性格も中性化してふっくらとなるようです。男性ホルモンが強すぎると若禿になり、性格も積極的になります。昼夜を体に知らせるのは松果体ホルモンです。松果体ホルモンのリズムと現実の昼夜のずれが時差ボケです。体のあらゆる処から主としてホルモンの形で情報が発信され、持ち場によってその細胞が受信して対応します。体中を各種の情報がばらばらに飛び交っています。それを絶えず制御して自己同一性を保ち、又外の状況に統一して対応しなければ固体は保てません。その辺の制御は絶えず必要でもあるし、複雑多岐に亘る微妙な制御です。その自己同一性の喪失=固体の死と臓器の死が同一であれば、臓器移植はなりたちません。自我は体と不即不離の関係ではないですか。
その自己制御の絡みが自我であるとするならば、生きとし生きるもの理解できぬ程の差異があっても皆心を持っているのです。白菜の話や粘菌の話もその査証になります。我々の見ている自然とはそんなものではないでしょうか。
考えてみれば我々が間違い無いと思っている物質も、素粒子論の世界になるとエネルギーの塊?とかスピンとか訳が解らなくなるし、判断の基準にしている長さや時間も一般相対性理論によると、光の速度?近くでは縮んだり重くなったり、又、重力で空間が曲がったり、常識では考えられなくなります。ナノ(百万分の1mm)の世界が物の出発点だといいます。原子と原子、分子と分子の関わりの中から色んな物の相が生まれます。我々は物ではなく、かかわりを見ているのではないでしょうか。醤油の醸造をとおして感じるのもこのことです。
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2009年5月27日
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このエッセイは昨年亡くなられた、奈良県の株式会社井上本店・イゲタ醤油醸造元の前社長井上平祐さんが、京阪ジャーナル社の月刊AGORA に連載されていたものです。少し専門的な話もありますが、みなさんにもぜひご紹介したいと思い、こちらで掲載させていただきます。技術革新による食べ物の大量生産時代に失くしてしまったもの・・・。伝統の醤油づくりの大切さを再認識できる全12話です。
7話目です。
イゲタ醤油醸造元(奈良市京終町57 TEL0742-22-2501)
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醸造の姿
前回に書いたように、生き物は総て活性酸素の害から身を守るためにあらゆる努力をしています。と言うより、「活性酸素対策の厚さが即その生命の永さである」という説が最近なされています。
例えば、植物は葉緑素で太陽光のエネルギーを受け、水と炭酸ガスと土中の窒素で澱粉と蛋白質を作るという形でエネルギーを蓄えています。少しでも効率よく太陽光を得ようと、背較べをしています。年中日除もなしに日光に晒されているために活性酸素が沢山できます。それを中和するため、ビタミンCやE、直物色素(カロチノイド、フラボン類、アントシアンその他)等を作っています。植物を食べると体によいというのは、直物が活性酸素の害に苦労して対策を講じている結果を頂くのが大きな要因です。
余談ですが、ライオンが野菜サラダを食べた話は聞きませんが血症にかかりません。実は、猿が木の上で果物をふんだんに食べるという贅沢をしている間にビタミンCを作るDNAを失ってしまったからです。我々が血症にかかるのは猿の失敗に起因します、責任は重大です。動物も相当程度は機能性物質をつくっています。
菌類は、大体は他の生命を頂くということがないので、自分の生命保持のために細胞の内外に身を護るものを一から蓄積しています。そして、より有効に活性酸素からも、外敵からも安全なように集団をつくります。その状況に応じ、自由度と安定度を計りかけて、あるいはある程度分散し、あるいは密集して生活します。
醸造は我々にとって毒素が生じない腐敗の一種です。一般に微生物が繁殖すれば必ず他の微生物が嫌がるものを作ります。その毒を巧く使い分けて薬にもなります。アルコールは私は大好きですが、猿以外の動物は一般に嫌いです。微生物には塩の2倍程の効果があります。だから酒精酵母は一生懸命にアルコールを作ります。気の毒にもそれが大好きな動物がいるのも知らずに。各種の有機酸等もそうです。醸造は腐敗の中から害のない状態を嗅ぎ分けた、先人の偉大な遺産です。
以上見てきた様に醸造では微生物の関与が強ければ強い程、その機能性が強化されるというのが私の考えです。醤油醗酵中には1cc中に千万から億単位の微生物が、それも1年も2年も生きています。まるで都会の雑踏並みです。それ程強い微生物関与の結果、醤油ができます。従って、大豆食品であるのと相俟って、最も機能性に富んだ食品である筈です。醤油が日本人の健康にどれほど役立ってきたか計り知れないものがあると私は思っています。但し、昔どおりに充分時間をかけた醤油はです。旨味ばかりをターゲットにした醤油は少し違います。味を見れば分かるのですが、それがどれ程体に良いか数字で表したいと思っています。然しその前に、我々と微生物は共通点がない程違う筈なのに何故機能性では共通するのでしょう。
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2008年12月8日
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このエッセイは昨年亡くなられた、奈良県の株式会社井上本店・イゲタ醤油醸造元の前社長井上平祐さんが、京阪ジャーナル社の月刊AGORA に連載されていたものです。少し専門的な話もありますが、みなさんにもぜひご紹介したいと思い、こちらで掲載させていただきます。技術革新による食べ物の大量生産時代に失くしてしまったもの・・・。伝統の醤油づくりの大切さを再認識できる全12話です。
6話目です。
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活性酸素と生命
我々は、酸素なしでは生きられません。具体的には、酸素が酸化することによって生まれるエネルギーを使わねば生きられません。酸化とはどんなものでしょう。化学反応は普通一定の障害を超える力がなければ起こりません。例えば、ガスを燃やすには種火をつけて、ガスと空気に元気をつけて尻を叩かねばなりません。一旦火がつけば、接触面で次々元気がついて、燃えつづけます。若し、ガスと空気をまぜておいて、火をもっていかなければ反応せず、反応の可能性だけ蓄積していきます。その時、火を持っていけば、今度は一気に連鎖反応を起こして爆発します。
ちょうど愛を告白するのに、ものすごく勇気がいるのと同じことが原子の世界でもあるのです。本当は手を繋ぎたくても中々勇気がいるのです。そのお陰で世の中平和なのです。
こんな人に例えられる例は他にもあります。電子は一対であると安定しています。しかし、一人だとものすごく相手をほしがって、平和に暮らしている他所の電子対から電子を奪います。奪われた片割れは、又他所の電子対を狙います。こんな時には、相手かまわずですから、手当たりしだい平和を壊します。然も困ったことに不安の連鎖反応が起こります。実はこれが活性酸素の実態なのです。
一人暮らしの電子を不対電子といいます。ところが分子の中に不対電子が他にあるとそれ程むちゃなことはしません。実は不対電子が二つあるのが酸素分子なのです。従って、ちゃんと他所の不対電子をみつけて、節度ある行動をします。然し、他所の電子を絶えず狙っていることには変わりありません。これが酸素の酸化です。塩素は不対電子が一つです。従って相手かまわず酸化します。だから塩素ガスは猛毒です。その時、エネルギーが出てきます。欲しいもの同士が一つになると安堵して、エネルギーが余ります。我々はそれを頂いて生きています。
ところが、その過程で不対電子が必ずできます。(詳しくは省きます)。他にも紫外線や宇宙線のような強いエネルギーに衝突されてもできます。例えば水に放射線があたるとH2O=O+・OH となります。・OH は大変な暴れ者の活性酸素です。石油やタールといった化学物質又微生物の出す毒素からもでます。活性酸素は細胞膜の脂肪、DNA、あらゆる蛋白質等を壊し活性不能にします。細胞の命を奪うような、又DNA を変化させて違う性質にしてしまう様な恐ろしい物と絶えず直面して我々は生きているのです。我々は酸素も太陽光線もなしでは生きられません。毒になる微生物はその辺にうようよしています。
生物の歴史はこの活性酸素からどのように逃れるかという命題との葛藤だったのです。
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2008年11月25日
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このエッセイは昨年亡くなられた、奈良県の株式会社井上本店・イゲタ醤油醸造元の前社長井上平祐さんが、京阪ジャーナル社の月刊AGORA に連載されていたものです。少し専門的な話もありますが、みなさんにもぜひご紹介したいと思い、こちらで掲載させていただきます。技術革新による食べ物の大量生産時代に失くしてしまったもの・・・。伝統の醤油づくりの大切さを再認識できる全12話です。
5話目です。
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醤油を見つめなおす(3)
☆ 抗腫瘍性他
前回、少し触れたメラノイジンですが、アミノ酸と糖が化合した物で非常に不定形な分子で分子量も定まらない分子です。然し、これが大変な好ましい性質を沢山持っています。前回ふれた血圧降下機能の他
@ 澱粉分解酵素抑制機能(急激な血糖値の変化を防ぐ)
A 金属イオンと結合して不溶化する。(金属が酸化の触媒をする。)
B 抗変異性
C 老化防止能
D 植物繊維類似機能。ラットの飼料に5%添加により腸内乳酸菌が非常に増加した実験がある。
E トリプシンの阻害。1mg/Lで十分な効果があり、糖尿病を予防する。又最近、細胞の増殖抑制効果が注目されている。
ですが、これらは全てメラノイジンの持っている強い抗酸化性・活性酸素補足能に起因しています。当然ながら醤油と豆味噌に特に多く含まれています。
最近判ったことですが、醤油の香りに含まれているフラノン化合物(甘い香りです)は非常に強い抗腫瘍性があります。マウス実験の結果50PPM(100cc中に5mg)飼料で有意義な制ガン効果が見られます。これはメラノイジン生成過程で変化したもので、当然醤油と味噌に多く含まれています。
フラボン類は直物の色素です。緑は葉緑素によりますが、赤、黄、黒ほか色々な色がありますがフラボン類の色が多いのです。これも生理活性の宝庫です。お茶のカテキンもその一種ですが、ヒスタミンの抑制効果等が有ります。植物が紫外線から組織を守るために作っているもので、当然活性酸素補足能が強いです。
その他、血圧降下に寄与するニコチアナミンも報告されています。(今後まだまだ報告が増えると思います。)これら体に良いとされる物質は抗酸化性・活性酸素補足能とがあります。醤油には以上のように強い抗酸化性があります。その面で醤油は日本人の健康にどれほど貢献してきたか知れません。そこに醤油の本来の姿があると思っています。
前に言ったとおり、戦後の醤油は醤油本来の力が意識されていません。本来の力が犠牲にされています。私は非常に残念です。然し、考えてみればこれは醤油だけではありません。あらゆる食品が”食は命を養うもの“という本来の姿を忘れているのでは無いでしょうか。そのことは後で考えたいと思います。その前に、何故抗酸化性。活性酸素補足能と生理活性と繋がるのでしょう。
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2008年11月11日
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4話目です。
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醤油を見つめなおす。(2)
弊社の醤油は、今認識されている醤油とは大分ちがいます。非常に強い、奥の深い馥郁たる風味があります。私は微生物の関与による生理活性物質が、原料の違い、醸造期間・方法の違いによって多く出来ているか、又はその成分の相の違いによるものではないかと思っていました。それを、具体的な形にすれば消費者に解り易く訴えられる筈です。
そこで県の工業技術センターに、「醤油に含まれる生理活性を計数的に検出できないか。」と相談を持ちかけました。然し、「生理活性物質と一口に言っても何をターゲットにするか決めなければ分析のしようがない。」という返事が返ってきました。考えれば当然な話です。
生理活性物質はビタミン類、ホルモン類、メラノイジンのような不定形な物、糖蛋白(糖類と数個のアミノ酸で分子を作るもので無数の種類があり生理活性との関連は殆ど解っていない)、フラボン類のような植物色素、各種酵素等、恐ろしく広い範囲にまたがっています。
「何か切り口はないか」ということから、“醤油”・“機能性”を検索語として論文を検索してくれました。数編の文献が見つかりました。何れも近年の文献で、抗腫瘍性、抗変異性、血圧降下能等、種々の生理活性物質に関する報告がありました。素晴らしい発見でした。
以下、詳述します。
☆ 血圧降下能
読者は醤油は辛いから薄い目に使われなければ体に悪いと思っていられるでしょう。医者もそのように進めている筈です。ところが真っ赤な濡れ衣なのです。醤油を犬に2〜4cc/kg(犬の体重を3kg とすると6〜12cc)与えると、約一分後から急激に血圧が20〜80mmHg・20〜66%低下し、30 分〜1 時間持続後正常に復帰するという実験があります。胃壁の血液量も増加し、食欲の増進が見られます。
これは、イソフラボン等が多量にあるからですが、特筆すべきは、3 年前に発見されたイソフラボンが醸造中に変化し酒石酸誘導体になった、醤油フラボンが強い抗ヒスタミン性(アンギオテンシンT変換酵素(ACE)の阻害能)を持っているからです。醤油フラボンは抗酸化性や抗腫瘍性も強いものですが、これは醤油、味噌以外の自然界には存
在せず、大豆を原料とした醸造物のみに存在するものです。お茶に含まれるカテキン(これもフラボン類です。)同様、他の薬品のような毒性がありません。
味噌、醤油の色はメラノイジンによりますが、(ちなみにホクロも皮膚の色もメラノイジンです)色々な素晴らしい性質をもっていますが、フラボン類同様血圧降下作用があります。その強さは0.2%溶液でACE 活性を半減という強さです。
塩は自然界で最も暴れん坊の塩素とナトリウムの化合物です。故に安定であり、故に刺激が強いのです。味噌・醤油はそれを安全に摂取する先祖の知恵です。
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2008年10月29日
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3話目です。
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醤油を見つめなおす。
昭和25 年4 月、戦争による統制がはずれ自由化になったとき、醤油屋は全国で5000 軒、奈良県で75 軒、全国生産高は100 万KL でした。今、日本経済が何千倍にもなったのに、業界は全国で1200 軒、奈良県で28 軒、全国生産高は103 万KL。業界大手5 社を除いた生産高は100 万KL から50 万KL に減少しました。スーパーの特価は1L ペット130 円、原料と手間をかけた醤油が水より安く売られています。業界は青息吐息の状態です。なぜこのような姿になったのでしょう。
醤油は旨味調味料である。旨味を効率良く引出すことが醤油屋の役目である。安く目的を達成して客に安く届けなければならない。という使命を真面目に、一生懸命に務めてきた結果ではないでしょうか。農林省がつくったJAS 規格がそれに拍車をかけました。旨味成分のみを重視した規格で醤油の等級がきめられ、業者は旨味成分のみを追い求めてきました。そして業界全体がへとへとです。今年、奈良の業界大手であった醤油屋が廃業しました。バブルで思惑したからではありません。本業以外に手を出した結果でもありません。真面目に一生懸命醤油をつくって来ました。大変な資産家で有数の林業家もあります。業界の将来に失望しきった結果です。いったい何処が間違いだったのでしょう。
戦後の混乱期を経て形成された食べ物に関する考え方は即物的であったとおもいます。カロリーとか所要淡白、脂肪等を重視し、安直な科学的といわれる考えに偏り、昔からの流れを軽視してきました。醤油業界では真面目に真摯にその考えを実行しました。よって4〜5 百年の歴史の中で、昭和30 年代は特異な、技術進歩の時代でした。今まで1 年かけていた熟成期間は4 ヶ月に短縮され、70%前後であった蛋白原料利用率は85%前後まで向上しました。あらゆる工程が再検討され、清潔、省力、簡素が徹底しました。作り手が微生物を管理、制御して、あらゆる努力を「旨味を作り出す」に集中し、それ以外を切り捨て、安さと品質の安定を得ました。全国の醤油屋が一斉にそれに集中しました。そして、今日のような安直で扁平な醤油像が出来上がりました。
我々の先祖が残してくれた、東洋の珍味としてルイ王朝で珍重された醤油は、そんな安直なものではありません。元来、醸造は微生物が自らの生命をまっとうするために作り出す貴重な生命物質を利用させて頂くという先祖の遺産です。ワイン、チーズ、漬物、味噌、醤油、酢、酒等、酒は少し受けが悪いですが他は推奨品ばかりです。私は特に、最も強い微生物の関与で出来る醤油は最も強い生理活性物質を持っているはずである。そして、それが、醤油に(特に昔通りにつくられた醤油に)ある、あの馥郁たる香味であると信じ、その証明を願ってきました。それが、我々がやってきた馬鹿な回り道が回り道でない証明になると、またそれが醤油の復権に連なると思ってきました。
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2008年10月23日
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2話目です。
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まず、麹づくりから
醤油つくりは麹づくりから始まります。日本の醸造は酒、味噌、醤油、酢、全部麹から始まります。ビール、ウイスキー等は麦芽が持つ酵素を使います。ブドー酒はブドーの種皮にできる酵素です。チーズは羊の胃袋の持つ酵素です。
蛋白質はアミノ酸。澱粉はブドー糖が数百個連なった分子です。我々動物は消化酵素で、それを分解して利用しています。醸造に関与する微生物にはそれがないから、麹菌に酵素を作ってもらって提供します。それが製麹です。麹菌は酵素が蛋白質や澱粉を加水分解する時に開放されるエネルギーで生きています。そのために酵素をたくさん作ります。人と麹菌の見事な共存です。ところで麹菌は何処から来たのでしょう。稲の籾に自然に発生するのです。麹は稲作の賜物なのです。
ところが、そこが醸造のおもしろい処で、麹菌は自分が生きていくために色々な生理活性物をつくります。ビタミン類ではB 群をはじめニコチン酸、パントテン酸、ナイアシン、イノシトール等多量に作ります。ACE 阻害ペプチドもつくります、高血圧防止能で注目されています。何故、高血圧防止なのか判りませんが。また、麹酸を作りますがこれは養毛剤として(これも何故養毛なのか判りません。ただ、女性ホルモン類似物をつくるという説があります。)化粧品に利用されているほか、活性酸素補足能の強さから、美肌、老化防止効果が強いです。
ところで、甘酒の季語は何かご存知ですか。夏です。甘酒は弊社も造っていますが、麹ともち米をお湯に仕込んで55℃・8 時間糖化すれば出来ます。江戸時代、則、消化される豊富なブドー糖と共に、上記のような種々な生理活性物が夏ばての体によいと重宝されたからです。今でいう強精ドリンク飲料です。
麹づくりは湿度約100%近く、温度約30℃ではじめます。栄養はあるし雑菌が最も好む環境です。我々も清潔に最も気を使うところですが、意外と純度の高い麹ができます(上手につくればですが)。これは、麹菌と雑菌の競争なのです。麹菌が一歩早ければ麹酸を出して他の菌を寄せつけません。麹酸はそういう、種族の優位性を保つためにつくるものです。この性質は仕込にも利用させてもらっています。
醸造に関与する微生物は幾種類とも判らぬ程ですが、それぞれの微生物が麹菌と同様に自己保全のための物質をつくり、種族の優位を保つ物質をつくりあって生きている世界です。醸造の神秘性はその中にあります。醸造とは微生物が何億年という体験をもとに、一生懸命生きて行くために努力し合った、精緻で密度の高いものなのです。人間の浅知恵で変な細工をするから間違いが起こるのです。
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2008年10月14日
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プロローグ
私、先日71 歳になりました。19 歳から今日まで52 年間醤油屋で過ごしてきました。その中で私は、醤油の醸造がだんだん分らなくなり、だんだんこわくなってきました。また、食品とは何か、自然とは、味とは等、いろいろ考えさせられることに出会います。そのへんを思いつくままに書いてみたいと思っております。
醤油のもとは古代の醤(ひしお)であるということですが定かではありません。室町時代に京都の五山文化の中で、今の形になったようです。江戸中期には全国に事業者が出来ました。当時東洋の珍味と言われ、フランスのルイ王朝で隠し味として珍重されたことは有名です。その時分は価格も品質も高かったそうです。文献にあります。私の先祖は江戸の最末期(元治元年としていますが)頃の創業ですが、祖父の時代より父の時代の方が、例えば原料の大豆を脱脂大豆に変えたり、人工甘味料をつかったり、安かろう悪かろうの傾向が見受けられます。新しい技術の安易な活用が、伝統を蝕みはじめたように見えます。
戦中戦後の混乱期は論外でしたが、昭和30 年代、業界は大きな発達期?を迎えました。脱脂大豆の処理技術が改善され、今まで原料のうまみ成分の利用率が65〜70%であったのに対し80%以上に改善されました。また速醸技術が開発され、今まで熟成に1 年以上かかっていたのが、4 ヶ月で出来上がるようになりました。技術の進歩は製造工程の中で、手間と無駄を排し、利用率を向上させ、より良く、より安く、製品を提供することに成功し、社会に貢献したように見えます。
但し、そこには重大な忘れ物があります。醤油の醸造はただ単に旨味をつくるのが目的なのでしょうか。醸造という強い微生物の関与は、もっと深いデリケートなものを含んでおり、それこそが醤油の真の美味しさの源であります。醤油の熟成は1cc中、数千万もの、然も無数の種類の微生物が生きるための環境つくりに、永いあいだ努力しあった結果です。アメーバーの作る蛋白質と人間のそれとは95%同じなのです。微生物の(但し、或る一定の環境の中で)作ったよい環境は、人にも良いのです。具体的には微生物は生きるためにあらゆる生理活性物質をつくります。それを頂くのが醸造です。人は体に良いものをおいしく感じます。医食同源です。その美味しさが醤油の味です。単なる旨味ではありません。最近の研究で解りかけてきました。然し、今でも業界は、醤油は旨味調味料であると貶めています。スーパーで水より安く醤油が売られている姿は、業界が先輩から遺された貴重な遺産を貶めている姿です。
その上、昭和40 年代に農林省が進めた構造改善事業がありました。全国で、醤油屋が集まって共同で醤油を造ろうという政策です。利子補給という飴につられて殆どの醤油屋が参画しました。元来、醤油に関与する微生物は蔵により異なります。それが各蔵の特徴でした。しかしあっというまに全国に何々銀座のような、金太郎飴のような、そして薄っぺらな醤油の業界が完成しました。その様にして、あのルイ王朝で驚嘆された珍味であった醤油は今、単なる旨味調味料としてスーパーで叩き売りされています。
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2008年10月8日
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