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2009年05月27日(水)
連載しょうゆに想う【我々の世界】−VOL10
このエッセイ奈良県の株式会社井上本店・イゲタ醤油醸造元の前社長故井上平祐さんが、京阪ジャーナル社の月刊AGORA に連載されていたものです。とても興味深いのでこちらでも紹介させていただきます。

イゲタ醤油醸造元(奈良市京終町57 TEL0742-22-2501)

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我々の世界

十年程前になりますが或る朝、起き出してくると姉が「ちょっとちょっと見て」と、四つに割られた白菜をもってきました。見ると芯のところから、10 センチ程の薄青いか細い茎が90 度弓なりに立ち上がって、その先に夢のような黄色い小さな小さな花を咲かせていました。私は見るなり胸が塞がって、「あっちへ持っていって」とへねへねと座り込みました。日頃なんとも思わず食べている野菜が土から引き離され、根を切られ、四つに切られ、もうとても生きてはいけない今のうちに子孫をと、なけなしの体力を振りしぼって花を咲かせたのです。生きるということの悲しさを思い知らされました。草のような、意思を持っているとは想像もつかないようなものでも、命を惜しみ種族を残そうという「心」があったのです。一体、心とは何なのでしょう。これだけ医学が発達しているのにここが自我の領域だとの特定は未だされていません。

我々の体は無数の器官の有機的な連携と緻密な制御と複雑多岐にわたる判断(免疫、栄養摂取、身体能力の有効配分)等、考えれば夜も寝られぬ程自己制御の網のうえで生きています。その複雑な制御網の絡み合った中から卒然と発現され、その帰一したのが、或いはその発露点が自我ではないでしょうか。

そんな宙に浮いたようなことは納得しかねますが、第一印象でその人全体を感じ取ることが多々あります。それはその人の制御全体の在り様を感じるからではないでしょうか。又、去勢されると、体つきも性格も中性化してふっくらとなるようです。男性ホルモンが強すぎると若禿になり、性格も積極的になります。昼夜を体に知らせるのは松果体ホルモンです。松果体ホルモンのリズムと現実の昼夜のずれが時差ボケです。体のあらゆる処から主としてホルモンの形で情報が発信され、持ち場によってその細胞が受信して対応します。体中を各種の情報がばらばらに飛び交っています。それを絶えず制御して自己同一性を保ち、又外の状況に統一して対応しなければ固体は保てません。その辺の制御は絶えず必要でもあるし、複雑多岐に亘る微妙な制御です。その自己同一性の喪失=固体の死と臓器の死が同一であれば、臓器移植はなりたちません。自我は体と不即不離の関係ではないですか。

その自己制御の絡みが自我であるとするならば、生きとし生きるもの理解できぬ程の差異があっても皆心を持っているのです。白菜の話や粘菌の話もその査証になります。我々の見ている自然とはそんなものではないでしょうか。

考えてみれば我々が間違い無いと思っている物質も、素粒子論の世界になるとエネルギーの塊?とかスピンとか訳が解らなくなるし、判断の基準にしている長さや時間も一般相対性理論によると、光の速度?近くでは縮んだり重くなったり、又、重力で空間が曲がったり、常識では考えられなくなります。ナノ(百万分の1mm)の世界が物の出発点だといいます。原子と原子、分子と分子の関わりの中から色んな物の相が生まれます。我々は物ではなく、かかわりを見ているのではないでしょうか。醤油の醸造をとおして感じるのもこのことです。

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