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2010年04月18日(日)
京は今日も話題:若い人も関心
「スーパ絵師伝説=長谷川等伯」の展覧会がオープン。さっそく、混雑を避けて、金曜日の夜、展示会に行ってきた。日本画展なので、日頃は年配の人が多いが、若い人も沢山来ているし、外国人も多い。連休明けまでの京都の話題を集める出来事の一つ。
等伯(当時は信春)は、石川県の能登に生まれ、仏の絵を描いていたが、30歳過ぎに京に上洛。時の日本画の本流・狩野派の本陣に乗り込み、狩野永徳に対抗する勢力としての地位を築いた伝説的な存在。
絢爛豪華な桃山文化の時代、仏画特有の精緻な絵と彩色の画法を進化させ、金碧画「楓図壁貼付」のように、極彩色の太い楓(かえで)の幹を大胆に描き、狩野派をも超えた迫力ある存在感を見せている。
もっとも日本的なもの一つ:水墨画の最高峰
等伯の最も有名な作品「松林図屏風」。霧の中に浮かび上がった松林、それも無駄なもの一切切り捨てた、まるで座禅を組んで瞑想にふける、絵画における幽玄の世界。桃山文化の時代を経て、それと対称的な墨の魔術ともいえる水墨画に傾倒する時期の作品。
もともと水墨画では、中国の南宋の牧谿(もくけい)の作品を模写し、それを長谷川等伯として、日本的吸収し昇華したもののようだ。禅も同じ、中国から伝わったが、今や世界へ禅が広まり、日本の禅(Zen)が世界に最も良く知られている。まさに「禅の世界」を日本での水墨画として体現したのが松林図。等伯の絵のスポンサーだった千利休の「茶の世界」ともつながる。現代的な表現ではまさに「クールJAPAN」。
没後400年を記念:展覧会はいま京都
国宝3点、重文31点を中心に長谷川等伯の作品が一同に展示される滅多にない出来事。作品には、高さ10m横6mに及ぶ巨大タペストリーの「仏涅槃図」も
日本画の宿命だが、保存が大変なため、たった27日間しか会期はない。ぜひ本物を見ると、日本的なものは何か、その良さが、静かな感動として沸き上がると思う。
没後400年特別展覧会:長谷川等伯http://tohaku.exh.jp/
●データシート
「松林図屏風」水墨画の最高峰:東京国立博物館
「楓図壁貼付」金碧障壁画の至宝:京都知積院
「松に秋草図屏風」:京都知積院
「仏涅槃図」:京都本法寺:
等伯が製作し、お寺に寄進したもの。絵師としては順調だが、私生活を不幸で、それが仏に対する信仰心の熱さに繋がっているようだ。
●水墨画
牧谿(もくけい):宋末・元初の禅僧画家
雪舟:等伯は、雪舟を師と「雪舟五代」を名乗っている
以上
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2010-04-18 23:41
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2009年12月03日(木)
「アルキメデスが住んだまち」:シラクーサ
ギリシアのアポロ神殿のあるまち「アグリジェント」、それと共に、はじめて知ったが有名なアルキメデスが生まれ育ったまち「シラクーサ」も「古代遺跡のまち」として、シシリアの南にある。
ギリシア、ローマの支配からはじまり、ビザンチン、アラブ・サラセンの統治と続く中、11世からシシリアにも黄金時代がスタートする。ルネッサンス期は、フィレンツ、ベニスに歴史・文化・政治の中心が移行し没落。その後、17世紀からバロック時代に復活し、大聖堂、教会、都市計画が進展する。それはイスラムやキリスト教など宗教をベースに多様な文化の融合し、進化する歴史でもある。
「彫刻芸術のまち」:パレルモ
まちには至る所に教会があり、鐘の音が聞こえる「教会のまち」でもある。教会のミサの参加者には都市化の変容に対応し、朝、昼、夜、多様な時間帯の工夫に行われる。結婚式も開催され、生活の一部として、今なお存在している。
どこの教会にも素晴らしいレリーフの彫刻、がある。彫刻は、「マリア、天使」が多く、荘厳・厳粛な印象というよりは、人々の心温まる精神的な支柱を創り出しているようだ。
「古代と現代のつながるまち」:シシリア
「劇場文化のまち」でもある。古代劇の復活再演を2年に1回開催する「ギリシャ劇場」もあれば、ベルデイのオペラでも有名なパレルモの「マッシモ劇場」(パリについでNo2の規模)、カターニャの「ベリーニ劇場」と風格のある劇場が存在感を示している。残念ながら、オペラシーズンではないので、上演はなかった。
また、「現代アートのまち」でもある。古い歴史建造物の空間は、現代アートの発表の場であり、あちこちで開催されている。それが、まったく日常の風景というのも日本とは違う。
「まちづくりが支えるまち」:パレルモ
「彫刻芸術のまち」を代表するもの、それは、市街地の中心通りのマグエダ通りとビットリオ・エマニエル通りの交差した十字路の「クアトロカンテイ(四つ辻)」。素晴らしいのは、四季の噴水、スペイン総督、守護聖女の3種類の壁面彫刻が、四つ辻の4面それぞれに彫刻されており、圧巻だ。教会からまち中まで、彫刻群による都市計画というのもすごい発想だ。
フィナーレ
「見る」、「食べる」、歴史を「振り返る」、日常(現世)から「離れる」、日本や大阪を「再認識する」、自分を「見つめてみる」。「ほっとする」。そんな瞬間が良いのかもしれない。来年もまた出かけようという気持ちになった。
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2009-12-03 08:21
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2009年11月22日(日)
寒暖の激しい今日この頃:奈良
異常気象で暑い日が続いたのに、このごろは例年よりも大きく気温が下がる日が続く。そんな中、昼間一日ぽっと空いたこともあり、朝からJR大和路線で家から30分で奈良に。JR奈良駅は現在改造中で工事の進捗はわからない。急いでめざすはその隣、鹿のいる奈良公園の真ん中、興福寺。
東京、九州を巡業して帰ってきた阿修羅の展示が、今週でおしまい。お堂でみるのはこの機会を逃しては難しいとの声もありやって来た。
お堂でみる阿修羅:興福寺
五重塔を斜めにみて、拝観料を払い列に並ぶが、9時半で、早や90分待ち。雨は降っていないのが幸い。ディズニーランドのように長い順列をひたすら並んで待つ。幸いお堂の中は、ギュウギュウ詰めではなく割とじっくりみれるのが、幸いだ。「釈迦如来像」を取り巻く21体の仏像群。ハイライトはおなじみの「繊細な美少年」阿修羅像。古代インド神話の生命生気の軍神で、「修羅場」の語源も同じところ。 「戦いに挑む激しい怒りの姿」が本来なのだそうだが、六つの手をもつ珍しい像、きりっと引き締まった表情だが、軍神の面影はない。阿修羅だけでなく「八部衆」というお釈迦さまを警護する近衛兵の像もなかなかよい。奈良時代のふくよかな表情をしているものが多い。彩色がされていたらさらに良かっただろうが、今まで現存している嬉しい。博物館で観るガラスケースの中の単なる美術品ではなく、お堂の中に鎮座しているのもまた良かった。
如来を取りまく仏像:興福寺
釈迦如来を取り巻く仏像群だけではないのが興福寺。北円堂という八角形のお堂には、鎌倉時代の運慶工房が製作した「弥勒如来」、名彫刻と言われる無著・世親菩薩立像、四天王像の7つの像、全て鎌倉・平安時代の国宝がある。私は運慶の「無著菩薩立像」、優しく遠くをしっかり遠くを見つめている僧侶像が一番気に入っている。
興福寺は、これだけではなく「東金堂」には薬師如来を囲む21体の像もある。これだけ国宝を有している寺院は国内でも少ない。いずれ「中金堂」が再建されたら今回のようなお堂の中で観る機会がまたできるかもしれない。楽しみだ。
阿修羅の全国巡礼で、全国で200万にも近い人を集め、金堂再建に資金も少し確保できただろうが、私は、日本の仏教芸術・文化の粋を集めたものに、「先行き不透明な時代」国民的な関心が広がったことの意味は、大きいような気がしている。
法相宗大本山 興福寺http://www.kohfukuji.com/
データシート
1 仮金堂:21体仏像群
「釈迦如来座像」:江戸期木造、
「薬王・薬上菩薩立像」:鎌倉期木造、
「四天王像(持国天、多聞天、増長天、広目天立像)」:鎌倉期木造、
「十大弟子像」(六体のみ現存)・「八部衆」(阿修羅像も含む):奈良期:脱活乾漆像
2 北円堂:7体仏像群:鎌倉時代の運慶工房が製作
「弥勒如来座像」・「法苑林・大妙相菩薩像」「無著・世親菩薩立像」鎌倉期:木造
「四天王像」平安期:木心乾漆造
3 東金堂:21体仏像群
「薬師如来座像」室町期:銅造
「日光・月光菩薩立像」白鳳期:銅造
「文殊菩薩座像」・「維摩居士(ゆいまこじ)座像」鎌倉期初期:寄木造
「十二神将立像」鎌倉期初期:寄木造
「四天王立像」平安期:一木造
以上
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2009-11-22 12:09
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2009年10月28日(水)
不思議の音が聞こえる:ジャズセッション
日頃は電車の行き交う音がやかましいだけの、我が家のマンションの窓から珍しい音色が聞こえる。音は、日頃の選挙やスーパーの宣伝カーではない。ピアノ、バイオリンなどとボーカルのジャズの生演奏が、駅の駐車場から聞こえる。
神戸や高槻などとは異なり、長年住んでいるまちは都市部の田舎。文化的な色彩とは、何となく無縁のような地域での出来事。市内にある教育大学の学生サークルが、アーテイスト集団として独立したグループ「イーゼル芸術工房」のライブ。主催は、商工会青年部「OB会」、名称は「たそがれステーションライブin JAZZ」
芸術家集団「イーゼル芸術工房」http://easel-art.sub.jp/
駅前再開発の後遺症から脱却か?:ステーションライブ
駅前の再開発が3年もかかってやっと終了。まちなみはきれいになったが、バブル期の遺産のように、駅前の商店街のもシャッターが閉まっているのもある。駅前ビルが3年前に完成した時、地域のスーパーと共に、おしゃれな宝塚の洋菓子屋のカフェも開店した。しかし、そのカフェ店は、駅前再開発が完了するまでに待たずに閉店。駅前の駐車場もいつも自動車は数台、賑わいのない寂しさがしみる風景。そんな曰く因縁のありそうな閑散とした駅前。どうも駅前活性化がテーマになる中での、今回のイベントにつながったようだ。
まちづくりにアートを:人の賑わい
夕方から夜にかけて、近所の人が集まる、家に向かう人が立ち止まり、寄りみちし、駐車場に、子供から年配まで、人が集まる。ワイン・ビールなど飲み物など屋台も、用意したものが売り切れたようだ。盛況。
「ハードからソフトへ」、今では当たり前のことだが、現代的な音楽、アートは、まちづくりではまだマイナーな存在。いずれアートだ、そうなると私は内心思うが、こんな出来事が、身近で起これば嬉しいし、希望が持てる。
演奏する若い世代は、生活し自立できるのか、こんなライブを継続して開催するのは誰なのか、すべては、これから。
面白いのは、私と同世代、団塊の世代より上が元気。曲のリクエストもなつかしジャズの名前が飛び交う、若い芸術家集団もそれを積極的に受け止めて演奏しようと頑張っている。楽しいたそがれのライブだった。
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2009-10-28 14:26
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2009年09月09日(水)
不思議な作品展: だまし絵
「わかりやすい」。それが人気の秘密でもあり、土日は行列ができるほどの賑わい。「ルーブル美術展」ではなく、兵庫県立美術館の話。
エッシャー、ダリ、マグリッドなど名前を聞くと現代的で、何となく作品のイメージができるものの、アルチン・ボルド16世紀の画家というと、「?」となる。展覧会のポスターは、当時の王様を野菜・果物・花などで精緻に顔を描いた彼の作品=「ルドルフ2世」。魚で顔を描いた「水の寓意」もある。少し奇妙で気持ちが悪いが、子供に取ってはタコ、エビ、エイなど色々な魚を発見できる喜びがある。
本物のような作品:だまし絵
「おしゃべりが聞こえる?」こんな気がする鳥インコの絵。影やガラスが本物のようにリアルに見せている。木の壁にメモや手紙がピンナップしてあり、触ったら取れそうなもの。つい触ってみたい衝動にかられる。
「だまし絵」らしいものもある。斜めから見ると人の顔が浮かんでくるもの、マドリッドの作品で林のどこを人と馬が歩いているのかわからないもの、動きながら見ると、波打ったり、立体的な風景が見えるもの。人間の目の錯覚を利用した作品群は見ていても面白い。
古今東西の作品:だまし絵
日本の作品もある。浮世絵で、しわくちゃな人の顔だが、色々な人の組み合わせ集合で作ったアンチボイルド日本版。高松次郎はモノそのものではなく、影だけで描いた作品「影A」。なかなか清々しい良い作品。
肩の凝らない、わかりやすく、面白い展示会。大人も見て楽しいが、子供の興味が深まるのが良い。お薦めは、子供と共に平日に行くのがよい。
だまし絵:わが目を疑え兵庫県立美術館
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2009-09-09 10:34
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2009年08月11日(火)
廃校プロジェクト:芸術祭の柱
過疎と高齢化に対峙するのが、少子化。子供が居なくなり小・中学校が廃校になる現象が生まれ、地域のコミュニテイ拠点がなくなる運命。そのシンボルを再生する「廃校プロジェクト」が、空家プロジェクトと共に芸術祭の柱にもなっている。
「福武ハウス」は、旧名ヶ山小学校の各教室が、今、海外も含めた新進のアーティスト達の展示室、現代アートの美術館に変身。ベネッセのオーナー福武財団が、運営費を支援しているのも話題。
「最後の教室」は、旧東川小学校。カルマン+ボルタンスキーの海外のアーティストが、ワラを敷き詰めた体育館や、窓を暗く覆われた教室で「人間不在」の空間とは何なのかを問う作品。
今回オープンした「絵本と木の実の美術館」は、廃校になって5年の旧真田小学校。「学校はからっぽにならない」とのメッセージを発した立体絵本のようなアート作品。こどもが不思議そうに、楽しそうに見ているのが面白い。
こんな新しいタイプの美術館が、すでに13校で進められている。
芸術祭:アイデアなしが幸い
芸術祭は、広域行政の波の中から生まれたそうな。市町村合併の受け皿となる地域連携事業として何をするのかを議論した答えが、その出発点。地域の深刻な現状を前に、産業振興、観光誘致など、何をしても無駄で、普通の方法では成功しない。無力感とアイデアなしが幸いし、現代アートの芸術祭が生まれるきっかけとなったという。提案した県の行政担当者も偉いが、当然、当時の町の議会は反対がほとんど、そうした中で、今では成功との評価も生まれてきた。これまでの大変な取組みの苦労に感心する。
3つの拠点:単なる箱物ではない
市町村合併の中でユニークな施設が、芸術祭の地域拠点として3つできた。十日町市立里山科学館、越後松之山「山の学校キョロロ」、地域の自然の宝物さがし、もの作り体験施設でもある。十日町の真ん中に「越後妻有交流館:キナーレ」着物を活かしたワークラボもある。さらに、松代地域に「雪国農国文化村センター:農舞台」。名前もユニーク特色を生かした集客も図っている。
公共空間も明確なコンセプトを定めると、地域が生きてくる。アート、おしゃれ、魅力があれば、人も集まる。人が集まれば新しい地域・文化資源が生まれる。さらに、海外をも引きつける磁力が生まれてきた。北東アジア芸術村、オーストラリアハウスもできてきた。
アートと切り結ぶ公共空間、学校、トイレや道路、公園、青少年施設の整備へと、公共空間の活かし方が広がってくる。地域の魅力を高め、地域再生の道筋を築いていこうという息吹が感じられる越後妻有。まちづくりとして見ても面白い。

(注)
大地の芸術祭:2009年9月13日まで開催
「大地の芸術祭」越後妻有地域760㎢で展開する世界最大級の国際アートトリエンナーレ
過去参加人数、
16万人(第1回)
21万人(第2回)
35万人(第3回)
今回事業予算9億円、(今回は行政の金はなし、ふるさと納税の活用など)経済波及効果?だが、元は取れているようだ
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2009-08-11 17:01
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空家プロジェクト:過疎化と高齢化に抗して
過疎化・高齢化が進む中で、集落の中にできる空家。アートの力でその再生をめざす空家プロジェクトが、本格的にはじまった。その数、60軒で、順次広がる。
現代アートと言っても作品を闇雲に集落のどこにでも展示できるわけでない。行政を入れた芸術祭実行委員会の役割と共に、集落の中での合意形成が不可欠である。都市部のパブリックアートとは、異なる困難もあるという。しかし、4回目開催という中でも定着してきたものが、「空家プロジェクト」。芸術祭開催時期だけでなく、恒久施設として、宿泊施設やレストラン、ショップにもなってきた。
記憶を紐解く空家:再生から創生
蓬平(よもぎひら)集落の「まゆの家」。十日町の着物作りを支え、かっては盛んだった養蚕業の家内工業の記憶を復元する古民家。まるでアート産業博物館。
大胆に彫刻刀で家の柱、壁、天井、床を1年間かかり掘り尽くし、まったく新しい家のように再生した「脱皮する家」。日大芸術学部の有志の気力と労働とには頭がさがる。今回は、金属を吹き付ける新たな手法で再生した「コロッケハウス」。まったくユニークで面白い。
人間が住めない蜘蛛の巣やススではなく、真っ黒の毛糸の蜘蛛の巣で過去の「家の記憶」を探そうといった試み。
地域コミュニテイの記憶を写真で残す「名ヶ山写真館」。それだけでなく「遺影の撮影館」、生前に写真を準備し「今の自分を確認」する。東京の写真専門学校の夏のワークショップラボのようでもある。再生から創生へと進展してきた。
家とは何か:機能から実験空間
家とはそもそもどんな機能を有するものなのか?そんなテーマにチャレンジしている作品もある。生活の中での食の機能を扱った「黎(れい)の家」。台所に集まったキッチン道具の山、まつ黒の壁・床・天井、暗い中にお客の顔のみ少し光で照す実験レストラン。
宇宙服のような寝袋を着て棺桶ベッドに実際に宿泊し、寝た時の夢の実際の体験を書き残す「夢の家」。それぞれ以外と人気があり予約が多いそうな。
空屋の空間全体を使ったアートの取組みは、色々ある。
花瓶ではなく、家の間取りに1コマずつに何でも生ける、「人間と自然の関係」を見つめようという「いけばなの家」。草花やワラを埋め尽くした生活を支える恵みを捕らえ直す「収穫の家」。
空き家プロジェクトは、アート製作がきっかけとなり、焼きもの炉、製作ラボ、レストラン、ショップ、大学や専門学校の夏のラボ、宿泊施設となったり、多面的な角度から、集落の住民と交流の中、持続的な発展が模索されている。
「大地の芸術祭」越後妻有地域760㎢で展開する世界最大級の国際アートトリエンナーレ
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2009-08-11 13:38
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2009年08月09日(日)
イントロ:越後妻有(えちごつまり)
「愛」、NHKテレビで人気の直江兼嗣の春日山。直江津を過ぎて、越後湯沢に向けて、列車の進行方向はぐいと曲がった。車窓の両側にはグリーンベルトで一面こしひかりの水田地帯。突き進む列車はJRから、単線の第3セクターのほくほく線と名称が変わり、内陸部の山の中に突入すると、トンネルばかり。
トンネルを抜けて、降りたのは新潟「十日町」。去年の夏に続いて2度目の訪問。今回の宿泊は、原田屋旅館。震災後の改修を経ているが、家庭的で現代の旅籠の雰囲気を残す。そこを拠点にして、3日間で十日町市と津南町の地域「越後妻有」の芸術祭を見て歩く。
大地との結びつき:新しい現代アート
十日町から直江津側に1駅もどると松代。みどりの田んぼの端にずらっと並ぶ真っ黒い木造の柱の像。作品名は「赤ふん少年」。昔は少年だったというユーモラスなイメージだが、緑の水田と赤いふんどしが調和する。前回の芸術祭にも展示、今回も地域の住民からぜひ再度出展の声があり、帰ってきた「リバイバル」作品群。実際の作品イメージは、前回の作品よりさらに進化したようだ。
現代アートというと、何となく抽象的で奇抜で良くわからない作品が多いと言った印象がある。しかし、それとは違い、地域にとけ込んでいるのも面白い。アーティストが自分の作品を地域に押しつけるのではなく、地域集落の人とのコラボレーションして製作した作品も多い。集落の人とモールを使った思い思いの花(造花)をビニールハウスに展示した作品集「ファンシーガーデン」。7万2千枚の折り紙で作った雪の結晶の風景「雪のウチ」。みんなが参加して楽しそうだ。
集落の活性化:越後妻有アートトリエンナーレ
大阪府の3分の1以上の面積をもつ、越後妻有760平方Kmのエリアに、集落が200箇所あるそうだ。豪雪地帯でもあり、過疎化・高齢化が進む中で、「地域興し」の一環で始まったこの芸術祭。今回の作品約370点は、できるだけすべての集落に作品を作りたいとの計画のため、地域に点々と存在。私も今回、3日間で回れたのはほんの一部、2割弱。里山の中にあるアート「大地の芸術祭」。美しい棚田に出現するアート作品。後継者不足から持続困難な棚田を維持させようと里親制度「棚田バンク」の仕組みも広がり、東京からも棚田の維持のための応援がやってくるようになった。
作品の製作・管理運営を集落で支える人々。さらに、若いボランテイアのサポート軍団「こへび隊」。過疎化・高齢化が進む中、若い人、新しい人、海外からも人が集まり交流する。大学の研究室や専門学校のラボもでき、トリエンナーレをきっかけに人が集まり交流する町へと静かな変化が生まれてきた。芸術祭も今回で第4回。次回はもっとゆっくり来てみたい。
「大地の芸術祭」越後妻有地域760㎢で展開する世界最大級の国際アートトリエンナーレ
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2009-08-09 16:47
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2009年07月02日(木)
近くてもチャンスはなかなか:葛城山
家のマンションから見える金剛山系の二上山、金剛山の真ん中に位置するなだらかな高原・葛城山。生まれた時から近くに山は存在するのに、二上山や金剛山とは違い、あまり登った記憶がない。5月のツツジが有名だが、シーズンは人が多くケーブルカーも何時間もの待ち行列が続くという。そんなことで、何となく機会がなかった。
高原にロッジがあり、宿泊できる。夕方なら人が減るので登り、朝早めに下山、ケーブルカーが混んでいる時間帯を避ければ可能との判断で、ロッジを予約、幸い宿泊が取れた。ラッキーや。家から近鉄電車とバスに乗り継ぎで1時間とかからない。
真っ赤な絨毯の帯:つつじ
予定通り金曜日の午後に家を出発、山頂までわりとスムーズに到着。大阪側は関空やら大阪湾、淡路島、四国を一望できる。一方、奈良大和側は、畝傍・香具山が足下に見える。天気も良かったが、近いところでも1000メートル近い山となるとなかなかの景観。途中の道すがら、ツツジがちらほら咲いていたが、頂上から、少し南の方に回り込むと、突然の真っ赤なツツジの絨毯が山の斜面一面に飛び出す。日頃、あくせくと働き生活している身からすると、これは圧巻、感動に値する。じっと踊り舞台の上にすわり、目の中にそれをゆっくり取り込む。満開だが、気温が高い日が続き少し色が日焼けて褪せた感じがするが、初めてみる印象なのでうれしい。
野生の群生のツツジの広がり:花を愛でる風情
葛城高原は、もともと野生で群生していたのを整備したツツジ園。なぜこんなのができたのか、と思うが、日本の風土に合い、自然の不思議さが生み出したものぐらいしかわからない。ツツジは、日本全国に咲いているので、全国の市町村でも市の花に指定しているところが多く120以上もあるようだ。当然、葛城山のある御所(ごせ)市も、私の住んでいる市のそうだし、今のマンションの全体棟も「アゼリア」というツツジの名称を冠にしている。堺の大学の真ん中を通る道にも、5月にはツツジが満開で咲いていたなと思い出す。もっとまわりを見渡しながら、日々季節や花を愛でる気持ち、心の余裕がいるのかなと思う。
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2009-07-02 10:03
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2009年06月30日(火)
iPodの裏はなぜ鏡のようにきれいに磨かれているのか?
いまでこそカラフルで多様な種類が発売され、誰もが持っているiPod。そんなのが当たり前な中、なんとなくオタクぽいメッセージ。古い世代の大きいタイプのもので、裏面が鏡のようで、触ると指の指紋がつくiPodクラッシク。それを知っている人間からは気になる。日本の雪国の小さな町工場の職人の金属加工技術の伝統的な匠の技によって、それが実現されているというのも面白い。(新潟県燕市:東陽理化学研究所)
しかし、これをデザインしたアップル、音楽を楽しむシーンへのこだわりから生まれたモノ。裏面についた、指の指紋は眼鏡拭きの布でとればよい、まずはおしゃれなのが大切だ。優先度合いがどこか異なるのも面白い。
iPodその本質は何か?
本屋で目について買ったが、しばらく家の中に積んであった。気分転換に何か読もうとおもって、本の帯に印刷されているiPodの文字が目に付き一気に読んだ。「モノづくり」への回帰が一時話題になったが、景気の低迷、需要の落ち込みの中、ソニーのウオークマンの時代ではない。需要創造をリードするその代表例がiPod。それは、iPod、iTunes、Music-Storeというハード、ソフト、サービスのトライアングル結合で実現している。マックだけでなくウインドーズPCでも使える戦略も憎い。「どこでも好きな音楽を手軽に聴きたい」という思い、この先行的構想力から出発し、プロダクトの多様な要素を綜合する形成力により実現した。著者は、新たな製品が需要創造につなげるには、3つの軸が大切と言う。「感情:人間性、脱機能」「社会:社会性と環境」「時間:ライフサイクル」。なんとなくそれぞれの軸を押さえているのに感心した。
iPodはこれからは時代を指し示す?:アートの時代
iPodは、コンセプト、形状から感触まで徹底的にこだわっているが、さらに進んで「コトの上にモノを創り込む=モノのコト化」の思考によって生まれたもの。そのためデザイナーは、「複雑な問題解決に確かさを与え(真)、人間のための本質的な社会便益を具現化し(善)、創造的な感性を満足させる(美)」の3つ、「真・善・美」が大切という。その他、色々な例があるが、子供の注射嫌いをなくすための画期的な「ナノパス33(0.2ミリの注射針)」もそんな代表例の一つだ。
哲学書のようだったが、面白かった。
(本の中のランダムめも}
■デザインの目的
多様で含蓄あるコンセプトや複雑な機能要件を、最もシンプルな構造や体系で提供・表現すること
■デザインの役割
1 meditation:媒介:社会的な見通しを経営や技術に与えかたちにする
2 connection:ハード、ソフト、サービスと異型な要素の統合
3 formation:長期的な戦略や経営、市場の姿を直感的に視覚化・形態化する
■人間の持つ潜在的な力:構想力、想像力、実践力
■無名の質:QWAN:Quality Without A Name
Alive,Whole,Comfotable,Free,Exact,Egoless,External
■スモールワールドネットワーク:知人の知人:Watts2004
■暗黙知:ハンガリー物理化学者マイケルポラーニ:社会的思考の共有
■伝統とイノベーションは一対
■アート・カンパニーの10の条件:ART COMPANY
1 社会との共創:機会を設ける
2 技術でなく人間、結合ではなく綜合
3 無名の質をデザインする
4 エコキャピタルの重視:自然資本と知的資本で繁栄する
5 真摯さ:心の回復
6 組織として豊かな知を有する:知的多様性の尊重
7 思いをもつ個人と個のネットワークの力:チーム力、個の自己超越
8 伝統と文化
9 活発なコラボレーションとそうした環境:場トポスの創出
10 可能性追求主義の戦略:非決定論的戦略
知識デザイン企業:ART COMPANY
紺野登:日本経済出版社
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2009-06-30 16:38
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2009年01月04日(日)
米大統領就任記念式典で演奏:公式ブログサイト発表
1月20日は、米国オバマ大統領が就任宣誓を行う日。当日は首都ワシントンに400万人もの人がお祝いに訪れる一大セレモニーの日。警備も警察、軍隊など2万人にも及ぶという。ヨーヨーマのブログによると、当日の記念式典の企画でチェロを弾くのに誘われたという。歴史的な大統領就任のイベントに参画するのも、世界的な人気のあるヨーヨーマならでは。はやはり話題の中心人物の一人。すでに昨年11月にも、バイオリン、ピアノ、クラリネットを交えた同じメンバーが、シカゴでオバマの選挙勝利集会でも演奏している。
はじめてのヨーヨーマ・ライブ:チェロリサイタル
10年前に、サントリーのコマーシャルが私にとって、ヨーヨーマとの初めての出会い。緑の森の中で奏でるピアソラの「リベルタンゴ」それは強烈。その後、中央アジアの草原の映像のバックを流れるNHKの「シルクロード・プロジェクト」の演奏も印象的。
一度、ライブで聴いてみたいと思っていたが、昨年11月ザ・シンホニーホールでリサイタルのチケットを手に入れた。これまでは、ヨーヨーマのポピュラーな曲を聞くことが多かったので、今回のシューベルトやショスターコビッチのソナタは「どうかな」、と思っていた。しかし、音楽家のベースはクラシック、迫力あるチェロの音色は素晴らしい。ピアノを演奏していたキャサリン・ストット(女性のピアニスト)との絶妙の競演も良かった。チケットは高いが、また是非、演奏を聴きに行きたいそんな気になった。
なぜ、ヨーヨーマに惹かれるのか?:コラボレーションとアジア
バイオリンとも違って、チェロの音色には、また独特の引きつける魅力がある。さらに、それだけでなく地球上の色々な国に出かけ、多彩な音楽家とも、どんな楽器とも「コラボレーション」する、これが素晴らしい。異質なものとも競い合いながらも調和する「スーパーチェリスト」=ヨーヨーマ。
両親が中国人というのが、アジア的な音色、雰囲気を生み出している土壌にも思える。チェロ演奏をコアに映像・舞台・ワークショップなど多彩なプロジェクトに乗り出すチャレンジングなバイタリティもその源泉のようだ。ヨーヨーマの曲を聴くと、元気がでる。貧困、格差社会、夢のもていない混沌とした今の時代に、本当に必要なものは、人に感動と喜びを与える音楽・アートなど文化的なものが大切なのかもしれない。
(注)
Yo-Yo Ma:http://www.yo-yoma.com/
YO-YO MA HAS BEEN INVITED TO PERFORM AT THE INAUGURATION OF PRESIDENT-ELECT OBAMA ON JANUARY 20, 2009O
Cellist Yo-Yo Ma, violinist Itzhak Perlman, pianist Gabriela Montero and clarinetist Anthony McGill,a new work composed by John Williams
(provided music for Obama's election night rally in Chicago's Grant Park)
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2009-01-04 18:29
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2009年01月02日(金)
現代アートをどう理解するのか?:吉井仁実
難解で取つきにくいと思われる現代アート。本当にそうなのか?一冊の新書が目にとまった。「現代アートバブル」。景気が悪いこの時代に、投資資産としての現代アートがバブルのような取引されているという。マスコミの影響も大きいが、芸術の価値は、経済状況にストレートにリンクしていないのも現実。そんなことも気になって、本を買って読んでしまった。
著者曰く、古い時代の宗教画やピカソの抽象的なキュービズムなどのほうが難しい。現代アートの方が簡単で、今の時代に今の解釈で、見る人が自分「自身の感覚で自由に接して楽しめばよい」そうな。そう言われると気持ちが楽になる。
■現代アートバブル:いま、何が起きているのか:吉井仁実:光文社新書
横浜トリエンナーレ:都市型アート
「見ざる、言わざる、聞かざる」少年達を集めたパフォーマンスとして表現。イスラム社会の断面を切りさいたアート。
割れて飛び散ったガラス面に写る自分の姿をみると、異次元の空間に生きているようだ。一方で現代社会の病理に、自分も蝕まれて不安も醸し出す。
越後妻有の自然豊かな日本の原風景=地域の中での再発見とは異なる。赤レンガ倉庫群など、かっては華やかだった港湾の施設空間を活用した都市型の現代アートのトリエンナーレ横浜。第3回目だが、第1回目ほどの活気がないようにも思えた。越後妻有と異なり地域や市民のつながりが希薄なのも原因かもしれない。 現代アートもこれから、ぜひがんばって欲しいと思う。
フォトアルバムも参考に
現代アートの力とは?:多彩な可能性
現代アートが社会的な変容と密接に連動していることから、ピカソのゲルニカではないが、社会問題を鮮明に世界に市民にアピールする役割が大きい。さらに、そこから進化し「既存の価値やしがらみを脱皮する力」を生み出せば、素晴らしい。現代アートのもつ「世代を超えたコミュニケーションツール」「地域を再生する社会ツール」など多彩な可能性が保有している。
「浮世絵」に代表される庶民のパブリックアート、日本のサブカルチャーを代表する村上驍ネど、日本的なものがもつオリジナルな可能性も大きい。
現代アートは本当に「自分と世界を知るためのヒントになる」。そんな気持ちにさせる魅力あふれる本だった。
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2009-01-02 00:08
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2008年09月12日(金)
特急「らいちょう」・「はくたか」で行く:越後妻有
大学の同窓会、越後湯沢で8月下旬開催の案内がきた。過去は東京での開催でもあり、ほとんど出席せずたが、今回、「越後湯沢」に惹かれて参加を決めた。しかし、もう一つ「越後妻有」に近いのも気に入った。
なぜ、「越後妻有」か?
現代アートのイベント「大地の芸術祭」が、これまで3回開催されており、ぜひ一度行きたいと思っていた地域。インターネットで探すと、来年の「越後妻有アートトリエンナーレ(注1)」のプレイベントが、今年の夏開催中とのこと。
「東京周り越後湯沢」でなく、「金沢・直江津まわり」で行くことに決めた。
到着したのは十日町:越後妻有
金沢で「らいちょう」から、特急「はくたか」に乗り換える。さらに、日本海沿いに走っていた列車は、直江津からJR西とJR東の境目で、ほくほく線(第3セクター運営)となる。米どころ新潟、コシヒカリの金色の稲穂が一面に広がる中を、方角を内陸に変え、山間に向かって列車は走る。
宿泊も取らずに来たので、駅員に相談し、駅近くの旅館を確保。宿泊から観光ルートまで駅員がなんでも教えて連絡してくれる、さすが「田舎の第3セクター」と感激。
大地の祭り:越後妻有
中越地震で痛手を受けた地域だが、「アートと里山」をキーワードに地域おこしとも連動しながら活動を拡大している。過去3回の恒久作品群が約300存在、来年に向けたアート制作も始まつている。
十日町地区(注2)には、池を四方からとりまく回廊「キナーレ(語源は「季節市」「きもの里」?)」という交流の拠点施設がある。作品は少ないが、施設の中にある温泉につかりゆっくりする。
十日町からタクシーで20分の川西地区(注2)、緑の空間に作品が点在、時間と空間の流れも悠久、緑と黄色の田畑と山の見晴らしもすばらしい。帰りのバスに乗るため作品は半分しか見れず残念。
里山の空間を生かした農舞台:越後松代
翌日、十日町駅から一駅の松代地区(注2)、ここには作品群が多い。駅の北側の古い商店街と松代城山の、棚田、畑、森林に広がる里山を散策。山間に突然あらわれるアート作品。不思議と自然に調和しており、作品を通じてその置かれた空間の意味合いも考えさせられる。
しかし、圧巻は、その里山の中心に位置する「農舞台(注3)」、のうぶたい=能舞台を連想させるが、まさしくそう。観客自ら、棚田の緑の空間・里山を見渡せ、舞台に乗った気持ちになれる。中に入ると建物はおしゃれ。フランス人の空間デザインした水色の「松代食堂」、オレンジで統一したトイレから、カラフルなゴミ箱まで。
「大地の祭り」:現代アート創出の背景
現代アートのトリエンナーレとして、横浜と越後妻有が有名。しかし、地域に結びついて広がりを持っているのは越後妻有。「なぜか?」そんな疑問が生まれる。
それは突然生まれたものではないようだ。松代の商店街一つ見ても、家々の前に置かれた水琴窟(注4)、十日町駅前広場や商店街の石像など作品群など、これまでからアートを住民が大切に育て支えてきた深いバックヤードに花開いてきた。
アート作りを通じて、人が集まる。それは単なる観光ではない。住んでいる人が地域を再認識し、元気になる。さらに人が集まる。良いサイクルが循環する。
山間部の「空屋再生するアートプロジェクト」に代表される地域と生かした作品群など、今回は見れなかったが、来年夏には、本番のトリエンナーレにぜひ行こうと思っている。
一連の写真は、私のブログのフォトアルバム「大地のまつり」https://member-blogari.zaq.ne.jp/ckdesign/photoalbum/で公開中、ぜひ、見て欲しい
(注1)「越後妻有アートトリエンナーレ」:http://www.echigo-tsumari.jp/
(注2)越後妻有の6つの地区に分かれる。十日町地区、川西地区、松代地区、松之山地区、津南地区、中里地区。日本でも有数の豪雪地、夏は高温多湿。
(注3)「農舞台」:正式名称「まつだい雪国農耕文化村センター」
(注4)水琴窟:水瓶の中に落ちる水滴が壺の中で共鳴する音が美しい
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2008-09-12 08:31
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2008年08月16日(土)
終戦記念日8月15日、「地球のどこかで今も争いが存在」、パキスタン、イラク、パレスチナ、ケニア、コンゴなど争いを象徴する出来事を集めた世界報道写真展に行った。
一眼レフデジタルカメラは買ったが、まだ活躍する場はない。なぜか、買ってしまって落ち着いたせいか、写真に関する興味や関心は増大。最近、新書版で「フォト・リテラシー」の本や、また、東京都写真美術館の展示会を。
写真は真実か?:報道写真の歴史を見る視点
「決定的瞬間」という言葉で有名な写真集がある。アンリ・カルテイエ・ブレッソンという写真家が1952出版。写真の印刷編集過程で、無駄なものを切り落とす「トリミング」処理が一般的だが、それを禁じ行わない編集方針、時代を感じさせる人でもある。代表作の一つ、パリの駅のそばの水たまりを飛ぶ一瞬を切り取った「水たまりを飛ぶ男」。同時期の作品で、「市庁舎前のキス(注1)」も同じような「決定的瞬間」という点では昔から有名。(注1)パリ写真集:「市庁舎前のキス」:ドアノー作:1950年
写真というメデイアは、本来「現実を再構成して提示する表現」。とりわけ、報道写真はそうなのだ。1947年には、写真ジャーナリストが世界の各地で長期取材を可能にするバックアップサポートシステム=写真家集団事務支援組織「マグナム」が誕生。ユージンスミスなど優秀な報道写真家の地位と仕事の環境改善が進められ、新聞、グラフ雑誌、写真集などで人々に世界の情報を伝えてきた功績は大きい。
しかし、歴史的に検証すると写真の作り手(写真家だけでなく特にメデイアの報道・出版・提供者)と共に、見る側(世界中の市民)の力には違いがあるのが現状。
写真の目で見る、瞬間を切り取る訴求力の高さから、自明なものに思われるが、「写真は真実か?」という視点「フォト・リテラシー(注2)」が、今や重要との主張に納得。
(注2)Photo Literacy:報道写真と読む倫理:今橋映子:中公新書08.05.25
「写真は世界を救うか?」という問題提起のもと、2003年世界記録遺産となった「人間家族」展のことも面白かった。
アメリカの軌跡を写す:ブィジョンズ・オブ・アメリカ
アメリカの建国からの歴史を写真で紐解く展覧会が開催中。日本では歴史は考古学でというイメージもあるが、アメリカなら写真が、発明すぐの1839年渡米し、写真とともに歴史が歩んできたともいえる。
写真も最初は、何に使うかというと、絵画と同じ「肖像画」。
さらに、アメリカンドリームとして星条旗が輝かしくはためいた時代の中で、その一方の暗い側面も切りとっている。一つが戦争、61万人が死んだ南北戦争、当時は馬車に暗室を組み立てた報道写真屋もあったというが、勝利の一方、戦場一面に横たわるおびただしい死体。また、新大陸アメリカを目指すの移民の格差、「三等船室」と船底の天国と地獄のような対比。急速な工業化と都市化の中、子供を労働者として働かせている工場の実態。など、歴史の裏側をかいま見れる作品群。
8月中は第1部、これから年末にかけて、2部、3部(注3)と時代が進んで残りの展示が続く。
写真というのも面白い。
注3)ブィジョンズ・オブ・アメリカ:Visions of America
http://www.syabi.com/details/america.html#part1
東京都写真美術館:2008.7.5-2008.12.7
第1部「星条旗」1839-1917
第2部「わが祖国」1918-1961
第3部「アメリカン・メガミックス」1957-1987
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2008-08-16 16:43
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2008年07月23日(水)
日本美術は、絵師、仏師、陶工などの先達が営々と築いてきたものだ。しかし、ある時代には、同じ分野のライバルの存在により切磋琢磨する中で大きく発展した時期もある。そのような視点から同じ時期の巨匠の作品の関係性を捕まえた展覧会が東京上野の国立博物館であった。
ライバル対決:センセーショナルな見出し
運慶と快慶の地蔵菩薩が最初の対決。座像と立像の違いはあるが、異なる仏師の作品がそのまま反映。伸びやかフォルムに大胆さと、美しい造形に繊細さと対照的な作品。優劣はつけられないので、あとは個人の好き嫌いでしかできない。
全部は大変なので、日本画の絵師対決だけ整理してみる。
日本画:美の対決
室町、安土桃山、江戸、明治と中世から近世までの美の対決。
狩野永徳vs.長谷川等伯、俵屋宗達vs.尾形光琳、東洲齊写楽vs.喜多川歌麿、横山大観vs.富岡鉄齊。この対決の結果で、大胆な作風、対する一方は写生風、そんな感じがする。私、個人の好みで行くと前者に軍配。
難しいのは、この3つ。
長沢芦雪vs.円山応挙、師・「応挙」の写生に飽き足りない「芦雪」の師弟対決
雪舟等楊vs.雪村周継、力強いのは雪舟、のびのびしているのは雪村。(これは、上野の平成館ポスター)
伊藤若冲(じゃくちゅう)vs.曽我蕭白(しょうはく)、大胆奇抜すぎる「蕭白」、写実的な「若冲」。
一応、前者に軍配をあげることにした。これを何人かで、意見を交わせば永遠に結論はつきないものがあるだろう。夏場には、少し単純な企画が精神的には良い。
東京国立博物館:上野:08.07.08-08.17
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2008-07-23 15:53
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2008年07月09日(水)
オーストラリアを代表する画家:エミリー・ウングワレー展
真っ黒なキャンバス、幅8メートルにもおよぶ巨大キャンパス、その中に白いひものようなものが絡み合った作品「ビッグ・ヤム・ドリーミング」
モダンな現代アートのようにみえるが、西洋の歴史とは全く無縁の環境・オーストラリアの中央の砂漠地帯で86年の一生を暮らした、その中から生まれた作品。作品の多くは、モノトーンではなく、多彩な色をふんだんに使い、点描、線画で描かれた作品がほとんど。どの作品をとっても、すごい感動を覚え、不思議と絵の世界に魅せられたようになっていく。
注)作品の「ヤム」との地中で成長するヤマイモ、それが地中に根を張っているのと重なる造形
絵が世界を表現する:見えないものが見えてくる
アボリイジニの世界で儀礼のために行うボデイペインテングや砂絵が作品のモチーフになっている。「大地の創造」、「カーメ・夏のアウリエリエ」などポスターの作品が印象的。 私なりに作品を読むと、エミリーの絵の主張は明快。「自然や宗教の世界を絵に表現するとこうなる。(仏教の経を聞くのではなく)絵画の中から自然界や世界が見える、そんなような気持ちになるもの」。
エミリー・ウングワレーの制作期間は、亡くなるわずか10年弱である。国の職業教育でのろうけつ染めの制作を1年、それがきっかけで、キャンバスに絵を描き始めて8年、その間3000点以上の作品を精力的に作った。
感動を生み出す力:アート、文化
アメリカもオーストラリアも新大陸、古い歴史のない国のような思われていた。しかし、その地域の歴史・文化・伝統はこんな形で発見できる。それも、国の原住民迫害政策から転換して初めて実現。80歳近くから絵を描いた「天才画家」もキャンバスと絵筆がなかったら、地球上に知られることはなかった。さらにもう一つ、作品として物質化されものが、展覧会、テレビ・新聞とメデイアにのることにより広がってきた。人々は、それを見て感動する。何か魅せられる。精神的な豊かさを覚える。アート・文化の伝播力とは大きいものだ。
(残念ながら、この展覧会、大阪でも今年はじめに開催されたそうだが知らなかった)
オストラリア・アボリジニ・アート:http://www.landofdreams.com.au/
エミリー・ウングワレー展:国立新美術館(東京六本木):08.5.28-7.28
Emily Kame Kngwarreye(1910-1996)
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2008-07-09 10:34
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2008年06月22日(日)
北斎と共に国際的に有名な「絵画の冒険者」:暁斎Kyosai
幕末から明治期、ある意味では文明開化のあおりを受け、日本画が日本人の中から失われそうな時期、その時期を生き抜いた画家。お化けや美人画、画家というより魔術師のように、奇想的な作品群を創出し、「近代を架ける橋」を担ったユニークな日本画家・河鍋暁斎。没後120年記念(1831-89)が京都で開催。日本画の展示会は、作品の劣化が心配され期間が短いので、広く沢山に見てもらえないのも残念だが、国内初、逆にこれはチャンス、逃してはと京都に出かける。
スタートは「狂斎」:さらに「暁斎」に進化
近代の鳥獣戯画が面白い、合戦を風刺し新たな武器による「放尻合戦絵巻」が延々と続く。幽霊、骸骨、地獄界など描いた作品、楽しいしし面白い。圧巻は早稲田大学演劇博物館が保有する舞台の緞帳いっぱいの巨大画面に描かれた妖怪「新富座妖怪引幕」。奔放な作品に目をつけられ投獄、「狂斎」から「暁斎」に改名したものの、元々、狩野派・土佐派に師事しており、伝統的な精密な日本画と、浮世絵の大胆な絵画手法の「大和美人図」「花鳥図」、魔術のような作品の存在が、世界的に人気の源泉。国内に作品が少ないのも残念だ。Kyosaiの「愉しめてこそ絵」といった信念には脱帽する。昨年絵画展が開かれた伊藤若冲の後継者にもあたり、東山魁夷が生まれる前の時代をつないだ歴史的に重要な時期の日本画家でもある。この春の3つの国立の展覧会、京都での開催の意義も大きい、そんな気持ちになった展覧会だった。
国立近代美術館:東京・竹橋:東山魁夷展:08.03.29-05.18
国立国際美術館:大阪・中之島:液晶絵画:08.04.29-06.15
京都国立博物館:京都・七条:暁斎Kyosai:08.04.08-05.11
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2008-06-22 23:09
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新聞一面広告に緑鮮明:「緑の湖畔と白馬」
シャープのAQUOSの宣伝に出てくる絵画:「緑響く」、作者は東山魁夷:Kaii。生誕100年記念の展覧会が、彼の主要な作品を保有している東京と信州の美術館で開催。戦後の日本画と言えば、この人とも言われる東山魁夷。人気の秘密は、「平明・わかりやすい」描写。自然の風景の中から描くべき対象を単純化、無駄のない構図。雪解けの小川をデフォルメした「たにま」、過去と未来を一本で描いた「道」。さらに「晩照」「秋翳」「青響」「黄耀」など、戦後の美術展での優秀作品を国が買い上げたため国立近代美術館(東京・竹橋)に存在。
シャープ:アクオスの世界美術館http://www.sharp.co.jp/aquos/meiga/topics/index.html
日本画の現代的な復権:東山魁夷の功績
日本画といえばなんとなく古いイメージ。精緻な筆致が多いが、東山魁夷は、戦後のそれから脱皮、日本画を復権し、日本人として日本画の新たな世界を切り開いた。それが広く人々の共感と最近の日本がブームを生み出した。当然、印象派などヨーロッパの近代絵画をドイツの留学時代に学び、戦後は北欧旅行などで白馬の風景に影響を受けているようだ。しかし、「日本画とは何か?」との追求の中、「清新な叙情性と深い精神性」を湛えた作品を生み出した。ものの本質は描くためモノクロームと墨を多用した中国の風景を描いた作品群や、唐招提寺の障壁画のスケッチ群(信州の信濃美術館保有)も良かったが、私は日本の原点である京都の風景、円山公園のしだれ桜と満月を描いた「花明かり」が気に入った。展覧会を見終わった人たちの満足げな至福の表情に心が和んだ。
液晶の中に現代の日本絵画を発見:国立国際美術館(大阪)
羽田空港に「朝の湖畔」(千住博作)という日本画の作品があるそうな。今度、機会があれば見ようと思っているが、それをデジタル処理した珍しい作品が展示されているというので中之島に見に行った。65インチ液晶デイスプレイ8枚を縦に繋げた、まるで「液晶屏風」。7メートルもの画面いっぱいに広がった作品が「水の森」。水面や木々の揺れ、飛揚する鳥が、湖面や森の木々が動き、鳥のさえずる音が出る現代「液晶屏風」。カラーでなくて、墨絵のモノトーンなのが成功している。「液晶屏風」の前でゆっくり座って、湖面を眺めるのもまた面白い。東山魁夷と並べられると難しいが、単独では迫力もあり良かった、これもシャープが特別協力しているという「落ち」までついていた。
なお、液晶絵画で、それなりに多彩な作品が出展。セルフポートレートの森村泰昌がフェルメール研究というタイトルで、有名な「真珠の耳飾りの少女」が絵の中で突然振り向くのも、ドキッとするがユニーク。
他には、カメラと映像を組み合わせて、作品の中に鑑賞者も登場する双方向のコラボレーション絵画などこれからも増えていく現代アートの作品も多い。大阪中之島の展覧会も、これからまだまだアートの世界が広がる可能性を示唆する展覧会の一つだった。
国立近代美術館:東京・竹橋:東山魁夷展:08.03.29-05.18
国立国際美術館:大阪・中之島:液晶絵画:08.04.29-06.15
京都国立博物館:京都・七条:暁斎Kyosai:08.04.08-05.11
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2008-06-22 22:56
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2008年03月23日(日)
北欧のイメージの光と陰:陰だけではない
高齢化・高負担の中で福祉サービスの充実、森と湖とオーロラ、ノキアに代表される携帯電話など精密機械、デザインもすばらしい木製家具など、どれも光輝く印象。一方、寒さと暗さが醸し出され、何日も続く白夜の世界など。その代表ともいえるノルウェーの19世紀末の画家ムンクの「叫び」。
今回の展示会には、残念ながら「叫び」の作品は出点されていなかったが、売店ではぬいぐるみの人形が販売。
ムンク作品の新しい視点:装飾プロジェクト
ムンクの代表作品といえば「吸血鬼」からはじまり、「叫び」、「不安」、「絶望」など暗い作品が多い印象。小中学生も展覧会に来ていた。 学校での美術の授業で、それらの代表作品に強烈な印象をもっている。作品のもつ暗さ・不安もあり、私は昔嫌いだった。
今回、そんな一面的な見方を否定して、物事を多面的な角度から見ようとして企画された展示会。作品群を集めシリーズとして紹介する「装飾プログラム」という新たな試み。ムンクもアトリエの壁に作品を試行錯誤で配置の順番を考えたという。
よく知られている代表作は「愛」「死」「不安」などで「生命のフレーズ(注)」が構成されている。このシリーズは、同じ部屋の中で、それぞれの作品が壁の色々な位置に配置された作品群全体であった。
注)「全体として生命のありさまを示すような一連の装飾的な絵画として考えられたものである(ムンクの言葉)」
多面的に見る:新たな発見を実体験で
装飾作品群には、チョコレート工場の食堂の壁画、個人の邸宅の子供部屋を飾る作品群などムンクの印象を変える原色の明るいトーンのものも多い。少女の群像を描いたベルリン小劇場壁画、オスロ市庁舎の壁画などもダイナミックな働く人々も面白い。
しかし、ノーベル賞の表彰式の会場にも使われたオスロ大学講堂の「オーラ」という壁画集。印象派を先取りしたような「太陽」とか、アカデミアの城をイメージした「人間の山」「歴史」などが良かった。「習作」ではなく、ぜひ、北欧にも行って本物を見てみたいもの。
オスロムンク美術館:http://www.munch.museum.no/?id=&mid=&lang=en
兵庫県立美術館のEメールのサービスでムンクのハガキをもらったので記念に紹介
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2008-03-23 21:28
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2007年12月31日(月)
合間をねらって;六本木アートトライアングル
東京に用事があったので、その合間を縫って、六本木に行った。話題のフェルメールの「牛乳を注ぐ女」が企画展示されている国立新美術館。オランダのアムステルダム国立美術館の所蔵作品。17世紀スペインから独立したオランダが、宗教革命の推進や海外貿易への進出といった市民階級の勃興に伴う輝かしい時代の作品が中心。王侯貴族の肖像画や、教会の権威や啓蒙を意図した宗教画から脱皮、市民の暮らしを描いたオランダ風俗画の企画展。
生活のスナップショット:絵画のジャンルを拡張
庶民の勤勉な生活を精緻に描き、中でも台所など女性の仕事がその代表的なもの。写真のスナップショトのようにある一瞬を切り出した作品は、音の止まった静寂な感動を生み出す。深い色合いや周到な構図と共に、数少ないフエルメールの作品は人気が高いのもうなずける。しかし、フェルメールの作品は1点のみ。国立新美術館もなかなかの商売上手(^-^)
私は、陽気な家族や酔っぱらった男女の関係を酒場の情景の中に描いたステーンの作品が良かった。当時のオランダの市民パワーが、日本の浮世絵にも先行した時代が生み出し、その後のヨーロッパの絵画の源流にもなった歴史的な作品群。
多彩なアート空間の空気:今年の総括
新美術館から六本木ヒルズビルまで歩き、53階の森美術館で、現代日本のアーティスト36組の作品展「六本木クロッシング」も寄ってみた。名前も知らないアーティストがほとんどだったが、彫刻、写真、デザイン、映像、漫画など多彩な表現形態で、真剣に「未来への脈動」作品作りに挑戦している。
今年は、やはり自由に美術館や博物館巡りができたのがなんと言っても大きな成果。世の中明るい話題が少ない中、団塊のフリーター1年目、私の感じた精神的なゆとりや空気を、忙しく働いている人にすこしでもブログで還元できたら幸いだ。
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2007-12-31 17:03
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