2006年01月25日(水)
僕たちのヒーロー
29話以降の事でアンチだとか信者だとかモメにモメた「響鬼」ですが、新旧ともに最終回を迎えた今、率直に意見を言わしていただきたいとおもいます。

私は、30話以降の響鬼は大嫌いだ。
理由なんて必要ない!「ハートで特撮を観る」者にとって、大切なのは番組の「魂」であって、旧響鬼にはそれがあった。いや、「魂」を感じることができた。それを、「雰囲気」という人がいるが、恐らくそういう人たちは「魂」の込められた作品に接してきていないのではなかろうか?
造形の出来や、特撮の出来なんかは今のCG世代が観れば文句をいうだろう。そんなことは「魂」には関係ない。文句を言う奴には初めから「魂」なんて解らないのだ。
「魂」を感じたければ、仮面ライダーなら「-旧1号ライダー篇-」「V3のライダーマン編」「初期のXライダー」「初期のアマゾンライダー」「ストロンガー」「初期のスカイライダー」「初期のスーパー1」「ZX」「BLACK」「ZO」「J」「クウガ」を観ろ!
そして、「ソルブレイン」までのメタルヒーロー全てと、「ジャンパーソン」から「ビーファイター」を観るのだ!(但し「ブルースワット」は初期の方を観ること)
戦隊は、どれもが「魂」を持っている。しかし、あえて言うなら「デカ」を観ろ!「タイム」を観ろ!そして何より「ジャッカー」を観ろ!
間違っても初めに「ジェットマン」だけは観るな!あれはそこそこ「魂」が解ってから観ないと逆効果だ!

平成のライダー(アギト以降)は大人向けだとか云っている。
しかし、真の大人向け且子供にもわかりやすい特撮番組は「快傑ズバット」に勝るものは無い。
上記の作品を何も全話観ろなんて云わない。数話みれば、平成ライダーのやろうとしている事は馬鹿げていると感じるはずだ。
平成ライダーの見方は「序盤」だけ観ていたのでは駄目だ!
「中盤」から「終盤」にかけての設定の崩壊を見ることが大事だ。
平成の世には「ヒーローなんていない」そう感じさせてくれるはずだ。

再び話題を響鬼に戻すと、「響鬼」の世界には「ヒーロー」が居たのだ。
ヒビキさんの背中をみて憧れを持ち、あんな大人になりたいと感じた。
しかし、新響鬼と呼ばれるモノは僕たちから「ヒーロー」を奪った。
新ヒビキには憧れを抱かない。番組から大人が消えた。
そして「桐谷京介」という糞生意気な餓鬼が介入してきた。

もう僕たちには「ヒーロー」は居ない・・・・・



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2006-01-25 11:38 | 記事へ |