2009年10月28日(水)
海保の「追い越し」連絡は『指示』か『情報提供』か
さて、昨日までは「あたごの事故に類似」「隊員の気の緩み」などと海自叩きを行っていたマスコミですが、いまや海保に標的を移しています。

海保管制官がコース助言=前方貨物船追い越しで−護衛艦と衝突のコンテナ船に・7管
海保がコンテナ船に追い越し誘導 護衛艦との衝突原因か
【護衛艦衝突・炎上】海保、追い越し止めず 直前に貨物船へコース情報を提供



 しかし、前のエントリでも書いたように、法的拘束力を持つ航空管制と違って海上交通センターには強制力はありません。とはいえ、神戸沖、明石海峡での多重衝突事故を受けて一部法律が改正されました。なぜ「管制」「指示」という言葉ではなく「勧告」「注意喚起」というように行っているのかについては、この改正に関しての参院・国土交通委員会で海上保安庁長官が答弁しています。

参議院会議録情報 第171回国会 国土交通委員会 第20号
平成21年6月25日
○政府参考人(岩崎貞二君) 航空の管制は、これは指示という言葉を使っておりましてきっちりしております。海の場合は、先生も御覧いただいたとおり、海上交通センターの基本的にレーダーの画面を見ながら我々船に対して注意喚起をやっているわけでございますけれども、船の、海の上のレーダーというのはなかなか波とか小型の船が見分けにくいとか、大きな船の陰に隠れて小型船が映らないとか、そういういろいろレーダー画面で欠点がございます。すべての状況を私どもの海上交通センターの方からきっちり把握しているわけではございません。
 例えば、本当は、レーダー画面から見ると左に行くのがいいのかなと思っていても、左に実は我々のレーダー画面では映っていない小型の漁船がいてそっちに移れないかもしれないということなので、余り強いことを我々がするのは不適切かなということで、ただ、今までの行政指導ベースではこれはまたいけないということで、悩んでいた末、この勧告という言葉にさせていただきました。

 技術的な問題として、高度などを明確に指示する航空管制のようには行かないということがあります。そして、船はあくまでも船長の指揮下にあるのであって、外部から法的な根拠もなく命令できるわけではないのです。

○植松恵美子君 実際に私がこの備讃瀬戸海上交通センターに参って、センターで働いている方の現場の声を聞いてまいりました。そうすると、最近は、日本船舶もあるんですけれども、外国船が非常に増えてきていると。そうすると、これお国柄の違いもあるんじゃないかと思うんですが、日本の船長さんとかいわゆる船員さんは、そういった勧告あるいは注意喚起に非常に従順と言ったらあれですけれども、従ってくださる方が多い。ところが、外国の船舶だと、それは指示ですかとか勧告ですか、あるいは法的拘束力ありますかみたいなところをまず聞いてくる。

○政府参考人(岩崎貞二君) 先生おっしゃるとおり、外国の船舶というのは、いわゆる本当の意味での弱い緩やかな行政指導については、これはなかなか聞いてくれないというのはこの場面も含めていろいろあります。ですから、今回はこれは法律に基づく勧告だということで、まあ今までよりはワンステップアップしたのかなと思っておりますし、これは法律に基づく勧告を出しますというふうなことを、いろんなこれから周知活動をやっていきますけれども、そうしたことも必要があればきっちり伝えていきたいと思っております。
 それから、勧告を出していたにもかかわらず実際に事故を起こしてしまったということになりますと、事故を起こすと一般的に私どもの捜査の手続も取りますし、それから海難審判という手続も始まります。
 今までは、勧告に従わなかった船による事故が問題となっていたわけですが、今回の「カリナスター」側はマーチスの「指示」に従ったと主張しています。ではその「指示」とはどういったものだったのでしょうか。

上記の記事などから構成すると・・・

マーチスから(カリナスター前方の)貨物船へ 「後ろから接近している船がある」
貨物船からマーチスへ 「左舷側を通して(追い越させて)ほしい」
マーチスからカリナスターへ「左舷側を追い越すように。前方から護衛艦が来ているので注意」

 この情報提供について、一部の人は関門海峡では「追い越しが禁止されている」「追い越し指示を出した海保が悪い」などと主張している人がいますが実際はそうではありません。


関門海域における特定航法 (4)関門航路での追い越し




速力は控えめに!   〜関門港内における航行速力について〜
(2) 航路内で他の船舶を追い越す船舶へのお願い! 

・ 追い越し直後の割り込み、減速は非常に危険なのでこのような航行は控えて下さい。
 
・ 逆潮時、早鞆瀬戸水路付近海域では急激に減速する船舶が多数認められていることから、同航船が前方にいる場合このような船舶かもしれないとの前提に立って、極力、同航船追い越しを控えて下さい
 
・ 東航中、反航船がおらず、止むを得ず早鞆瀬戸水路付近海域で同航船を追い越すこととした場合、追い越す船舶の左側を追い越すようにして下さい。
 (右側(門司埼寄り)から追い越そうとした場合、潮流の影響が比較的少ないことから、一挙に船間距離が短くなり、追い越そうとしている船舶と衝突する危険性が、一気に高まる場合があります。)

 しかし、左側を通れば追い越してもよいということではありません。いろいろな条件がありその中で「反航船がいない」場合であると明確に示されています。

 そのためマーチスは「前方から護衛艦が接近中」と連絡したのです。当然、護衛艦をやりすごして反航船がないことを確認して追い越すという判断をカリナスターが行うと思われました。しかし、そうではなかったのです。

貨物船 航路はみ出る? 護衛艦と衝突「追い越し中」
 7管などによると、衝突現場は海峡中央部より山口県下関市側で、コンテナ船は右側航行が原則の航路を下関市側にはみ出していたという。船長は「貨物船を左側から追い抜こうとして(護衛艦に)ぶつかった。(航路の)半分より左側にいたかもしれない」と話しているという。
 カリナスターは反航船である「くらま」がいるにもかかわらず追い越しを開始し、あろうことか航路をはみ出てしまったのです。その異常事態は、当然ながら海保も把握していました。そして、「くらま」に連絡を入れたのですが・・・・

衝突直前に逆進、間に合わず=「民間船が最接近」海保から連絡−くらま艦長
 北沢俊美防衛相は28日の記者会見で、海上自衛隊の護衛艦「くらま」の柏原正俊艦長(47)が「海上保安庁から『民間船が最接近している』と連絡を受け、停止のため逆進をかけたが間に合わなかった」と話していることを明らかにした。艦長から電話で連絡があったという。
 艦長の話では、夜間は通常の3分の1の乗員で見張りに当たるが、事故当時は内部規定に基づき総員態勢だった。衝突直前に海保から連絡があり、前部分にいた隊員に退避命令を出した。警笛は鳴らしておらず、艦長は隊員の退避を優先したと説明したという。
 すでに回避できない距離まで近づいていたのでした。おそらく、カリナスターに連絡した時、すぐに「くらま」をやりすごせるはずの距離だったのが逆に作用したのではないでしょうか。

 マーチスが連絡した「追い越し」が事故のきっかけであることは明らかですが、カリナスターがとったその後の行動(航路の逸脱)までは管理できません。七管本部としては事故調査する上で、事故の要因のひとつとしてのマーチスを外すことはできなかったのでしょう。そういった意味でのあの会見があるわけです。

NHKニュース 海保連絡 事故原因の可能性も
「この連絡が事故の原因になった可能性は否定しない」と話し、海上交通センターとコンテナ船の間で行われたやり取りを検証する考えを示しました。


 また、この会見で述べられた「管制」「指示」ではなく「情報提供」という点に関しても、「言い逃れ」「無責任」「お役所的対応」などという批判は的外れです。法律がそういう風になっており、海保としてはそれを改善するための改正も働きかけていました。


 そういったことを一切無視して、いまやマスメディアは海保がさもカリナスターを「くらま」の目の前まで誘導したかのような論調になっています。また、もっともらしく安全対策や港則法の見直しを提案しているところすらあるのです。

社説:護衛艦衝突事故 「難所」安全策は万全か

追越を禁止して、速度を低速船に合わせれば渋滞が引き起こされることが容易に想像できます。混雑はさらなる事故を引き起こすかもしれませんし、通航船の目的地までの到着時間も左右されます。そういった要因を考慮に入れるべきではないでしょうか?

 というか、最初の報道で根拠なく海自を叩いた上、港則法ではなく海上交通安全法だけを引き合いに出してたメディアが何を言うのかと。



追記:
この件に関してはソマリア海賊対策問題で特集を組んでいた某サイトが、わかりやすく纏めています。

まりたん日記 » 2009 » 10 月 » 28
2009年10月28日 23時07分 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| 海上保安庁 / 海上自衛隊 / 関門海峡事故 |
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