ニックネーム:万妖 (正式名称:万博妖怪奉行)
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2012年05月15日(火)
国防の祖、江川”太郎左衛門”英龍
それまでは知らなかったのですが、みなもと太郎先生の漫画作品「風雲児たち」(続巻中)を読み、その中で大活躍していた江戸時代の韮山代官「江川英龍」について非常に興味を持ちました。

静岡県に行くにあたってここは観ておきたいという内儀のたっての希望により代官所跡「江川邸」「韮山反射炉」に行ってきました。

英龍の特に有名な業績は、西洋列強諸外国からの開国要求に対し、海の国防を唱え高炉を造り西洋の技術を取り入れた大砲を鋳造し多くの武器を造り、東京湾のお台場の建設を指揮した事です。
いわば「国防の祖」!

日本人で初めて農兵の保存食として「パン」を焼いたということで「パン祖」とも言われていますが・・・(笑)

地方の一代官としてだけではなく、国の行く末を考え、多くの業績を上げましたが、その激務により反射炉そして台場の完成を見ることなく英龍は死んでしまうのですが、その意思は息子の英敏に引き継がれます。

最近になって英龍の功績を見直す動きが活発になり、下田から移設された「韮山の反射炉(高炉)」が世界遺産に登録申請されたり、「世直し英龍」と呼ばれたその行政改革や社会貢献の業績を(社)江川文庫が研究しています。(私達が訪れたときも、別棟の物置が調査中でした。)

ボランティアガイドのおじいさんについて見学したのでなかなか興味深い話が沢山聴けました。

武器庫を改造した展示場には当時製造された武器や生活用品等がいっぱい。「旋風機」なんて面白いものもあって、この機械は手動で回転させた羽の風で脱穀した米の籾殻を飛ばす為の装置との事。

宅内には多くの資料があり、「韮山塾」や「江川塾」と呼ばれる兵法・砲術を学ぶ「塾の間」の名簿には佐久間象山(!)や黒田清隆(!)の名前も。

庭も桜・紅葉・樫の木が一本になって生えている「宿木」や、内庭の古巨木や、千利休が一輪挿しに使った韮山竹(節目にヒビが入っている)のある竹林などが綺麗でした。

またこれも知らなかったのですが、隣地にある「江川邸資料館」には江川英龍が「坦庵」という号で描いた人々の日々の生活スケッチや草花木の写生が多く展示され、これがまた綺麗で上手くて味がある絵でした。

江川英龍は文化的側面にも造詣が深く、レオナルドダヴィンチの様に多才だったのですね。
ますます、興味を持ちましたので江川文庫の研究を待ってまた是非訪れてみたいです。

その時には韮山の名産「いちご狩」もしたいですね・・・。
2012年5月15日 23時55分 | 記事へ | コメント(0) |
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2012年05月11日(金)
奇想!岩佐又兵衛
熱海の「MOA美術館」に行った際、特別展示の絵巻物「浄瑠璃物語絵巻」を観て、その作者・絵師「岩佐又兵衛」 のファンになってしまいました。


「浄瑠璃物語」はこの絵巻はおそらく口伝・伝承を元に江戸時代中ごろに描かれた、牛若丸と浄瑠璃姫の悲恋物語なのですが、シェイクスピアか韓国ドラマかというラブストーリーの中で、男女が契りを結ぶまでのシチュエーションを細かく描いたり、いきなり突拍子も無いファンタジーの様な展開になったり。

それを豪華絢爛に描いた図画や剣と術式の世界観に、悪夢の様な魑魅魍魎やユーモラスな式神達・・・その発想と表現力に夢中になりました。


岩佐又兵衛は元々摂津の国、現在でいう伊丹市出身で父親は織田信長に仕えていましたが、謀反を企てた事で殺されます。
同じく母親も殺され乳母に引きとられ、母の実家の姓を名乗り福井県へ。

この不幸な生い立ちと幼児体験が、ダイナミックな絵のタッチや作者の絵巻物に度々描かれる血みどろの表現に影響を与えていたのかもしれません。
そして何故か?信長の息子・織田信雄に近習小姓役として仕え、御伽集の様な仕事をして作品を作っていたようです。

実は茨木市にも縁の深い「小栗判官と照手姫の「小栗判官絵巻」も描いてます。
茨木市内の春日神社群と、それを繋ぐ「判官道」(下中条付近)も舞台にした民話(?)で歌舞伎・浄瑠璃や講談等で多く語られていました。


巷では岩佐は「奇想」と言われているのですが、その優れたドラマツルギーと図画を観るにつけ、おそらく「時代が早すぎた天才」(誉めすぎ?笑)だったのではないかと感じました。
機会をつくり是非関連書籍や、他の展示作品も観に行きたいと思います。
2012年5月11日 23時55分 | 記事へ | コメント(0) |
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2012年05月07日(月)
神奈川・静岡に行ってきた
GWを利用して、神奈川県に息子の就職先の寮を訪ねてきました。

名神→京滋→新名神→伊勢湾岸→東名→新東名→東名高速で厚木まで大きな渋滞は無し。
新東名は走りやすくてPAも広くて綺麗。ただ途中富士山が見えた時以外は、防音壁で風景が見えないのでどこを走っているか感が無かったです。

某乳製品&お菓子会社のチーズ部門子会社の工場で、寮は工場の横のRC4F建てで昔の供給公社タイプ
古いもののバランスタイプ釜付の風呂・洗面・トイレに加え、6畳の部屋が3つもついているという(ホントは3人部屋らしい)とてもうらやましい環境でした。

頼まれていた荷物を運び込んで折角なので、静岡に移動して家族で熱海のサンメンバーズに泊まって観光を。

その日の晩は熱海銀座の「サンマリノ」というイタリア食堂・洋食屋さんで。特にピザ・ビーフピラフ・カツサンドが美味かった。
町並みは15年位前に来た時とあまり変わらず、老舗の和菓子屋さんとパチンコ屋・ストリップ劇場はそのまま、残念ながら映画館は閉館してました。

翌日、後楽園ホテル横に無断駐車してロープウェイで「熱海城」へ。
家族だったので残念ながら秘宝館へは入らず、本丸展望台へ。
各階にテーマに沿った展示があったのですが、チープ感満載の割には歴史的資料も多く、結構長く居ました。

昼御飯を食べた海鮮フレンチ「クレール」は観光地らしからぬリーズナブルな値段と予想外の美味しさ。サラダ・パン・スープ共に美味しく。特にメインの鱸や真鯛のムニエルは絶品。夜、アラカルトを食べたかった・・・。

昼から「MOA美術館」創設者、茂平・岡田・アソシエーションの略(笑)へ。
建物の豪華さ広さに比べて常設の展示物は少なかったのですが、企画展示の絵巻物が素晴らしかった。(詳しくは次回に。)
夕方近くの伊豆大権現「伊豆山神社」にも参拝し家内安全を祈願し帰宿。


最終日は本来、ここに来る為に熱海に泊まったという韮山方面へ。
世界遺産登録申請中の「韮山反射炉」現在でいう製鉄高炉)と重要文化財「江川邸」へ。
ボランティアガイドの方に詳しく説明して頂き、戦国時代から幕末を体感しました。調度、内庭も公開中で千利休の一輪挿しで有名な韮山竹がとても綺麗でした。(こちらも詳しくは次回で)

じっくり観た為遅くなり、帰りは新東名の合流で混雑して休憩入れて8時間もかかりました。疲れた・・・

次回は旅の醍醐味『岩佐又兵衛と江川「太郎左衛門」英龍』について。
2012年5月7日 23時55分 | 記事へ | コメント(0) |
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2012年04月24日(火)
商工会青年部那覇研修旅行 発動編
前回の続き、普段の抑圧が爆発!ついに食呑欲衝動が発動される・・・!

昼過ぎ、那覇空港に降り立った一行は「ゆいレール」で旭橋に。
折角の那覇なのでAサインのステーキを。有名店「ジャッキーステーキハウス」にチェックイン!昼過ぎにも関わらずお店は満員。
テンダロイン・ニュヨークステーキ・ビフカツ・ハンバーグ・タコス・タコライスにオリオンビールでいきなり「酔っ払い御一行」一丁上がり。

広い浴場付がありがたいビジネス&観光ホテル、「ホテルサン沖縄」にチェックイン。

「桜坂社交街」「やちむん通り」を散策しながら、「栄町社交街」に。
那覇市役所の方々と「ゆうなみ」で合流、研修会後は沖縄料理で懇親会
チャンプル各種・海ぶどう・イカ墨ソバ等の沖縄料理とオリオン生でおしゃべりも舌好調!お冷入れに泡盛をそのまま注ぐ「那覇流・即席水割り」の洗礼も受け、ええ感じに。

大人数なので分かれて二次会へ。
私は栄市場内の「栄町ボトルネック」へ。瑞泉ロックを頂きながら、T副参事のお知り合いの三線をBGMに様々な事を語り合う。

そのまま前月にも寄せてもらった「農連ポレポレ」(HPは前経営者のお店で今はバーです)で後発組と合流。ギタリスト・山藤さんとチコさんのギターセッションで大盛り上がり。深夜の農連市場にジョーさんの歌声がこだましました。

団体で近くの「丸安そば」に押しかけ、歩道に座り込んで食べる沖縄そばはまた格別。

また国際通りで山藤さんと出会い、一緒に「アップステージ」へ。
気の良いマスターと1ヶ月ぶりの再会でしたが、もう呑めず(笑)チャタレーさんと歩いて2:30ホテル着。


翌日は何年か振りにゆいレールに乗って「首里城公園」へ。ドラマ「テンペスト」を観た後なので回廊や玉座、展示品なども興味深く観ました。

首里城を裏に抜けて、「金城町」へ。丘にへばりつく様な白い石畳の坂道と朽ちた部分から伸びる逞しい草花木の風景。南国独特の平屋が並び、立体的な街の構造が美しく面白い。写真を撮ったりスケッチをしたい衝動が抑えきれない。

桜坂に戻り「食堂インド」で、ランチ。カレーうめぇ・・・!

「平和通り商店街」「第一牧志公設市場」「市場本通り商店街」でウインドウ(?)ショッピング、
地元の方御用達の衣料品店が並ぶ「ガーブ川中央通り商店街」でクロックワークス風サンダル(笑)¥480と短パン¥980を買う。
着替えて那覇市内の砂浜「波の上ビーチ」へ。

ビーチを望む公園でバーベキューパーリィ。T副参事が予約から材料買出しまで段取りをして頂き、ありがたい限り。美味しい黒毛和牛・あぐー豚・鶏・野菜をあてにオリオンビールサーバーと泡盛。

朝から別々で行動していたメンバーも合流、チコさんDEKIさん「農連ポレポレ」の御夫婦と山藤さんもギターを持っていらっしゃり、ジャズの名曲をBGMに、またフォークソングのスタンダードナンバー皆で合唱
30分ほど夕立に降られましたが、雨上がると澄んだ空気に綺麗なビーチの夕焼けが。
一昨年同様、すてきな「沖縄時間」を過ごしました。

片づけをして有志で先月行ったバー「クレイジーモンキー」へ。
ペルーのタコのガーリック炒めを頂きながら、「レフ修道院ビール」サイコー!

ガーニー田中さんのライヴがあるというので移転したバー「福樹」へ。大阪出身のガーニーさんの味のあるギターと歌に酔いしれました。

密封さんと辻の怪しげなスナック「スウィング」で他メンバーと再合流。

再びチコさんDEKIさんと「竜宮通り社交街」で合流。
残念ながらおでん「うらわ」が満員だったので、隣のビルの「ニューハーフあっちゃん」へ。
バー「サルダート」のマスターとダイビング教室のお客さん達と一緒にカラオケ。
シノブマスターが泥酔していたので、お開き。

桜坂から廻って帰り道、お腹が減ったので「沖映通り」「タンパラヤ」で沖縄焼きそば¥500を。ボリュウム満点で美味い。
一人でブラブラ歩いて3:00ホテル着。

翌日起きると9:00前。掃除のおばちゃんに内緒で使用時間の過ぎた大浴場使わせてもらう(笑)
朝食バイキングを食べた後、生憎の雨の中お土産を買いに。最後にもう一度「農連市場」が観たくてタクシーで。着くと同時に雨上がる。
その代わり夏を感じさせる湿気が充満し、最高のシュチュエーションでした。

ヤマトンチューのお店が増えたと言われる「浮島通り」を探検して、「まーさむん処・商六」へ。
お土産のジーマミートウフと念願だったシマナー巻き・スパム玉子おにぎりを買って、空港で沖縄そばと一緒に食べました。美味い!シアワセ・・・

・・・と、まあよく食べよく呑んだのですが、各お店の雰囲気とその楽しい人々が絶好のスパイスになっていたのは間違いありません。
何故ならば、大阪に帰ってから何だか無性に寂しく感じてしまうのは、お会いした人々としばらく会えないからだと気がついたからです。ああ、次はいつ行けるかしら。

あんせーやまちゃやー。
2012年4月24日 14時30分 | 記事へ | コメント(2) |
| 旅の歳時録 |
2012年04月20日(金)
商工会青年部那覇研修旅行 接触編
商工会青年部の役員改選に伴い新旧役員有志14名で沖縄県那覇市に研修旅行に行ってきました。

先月下見で打ち合わせをした那覇市役所建設管理部の方々が4名来られ研修会。

A部長に今までとこれからの「那覇市のまちづくり」について講義をして頂きました。
細かいデータと内容を記載したレジュメまで作って頂き、感謝感激でした。

牧志・安里・旭橋地区の市街地開発、そしてこれからの農連市場地区の開発計画など。
50年前に石川栄耀先生が考えた那覇の都市デザインの基本理念から、モノレールの駅間が何故短いのか?まで。
歴史と風土・そこに暮らす人々の生活スタイルを考えた開発計画を細かく説明して頂きました。

また端々にご自分の仕事での体験を交えながら、古くは黒船ペリーの秘書の残した言葉や建築家・安藤忠雄、ブラジルクリチバ市長の言葉を引用しながら興味深いお話をして頂きました。

そして道路や線路等の「インフラ」中心でなく「人」を中心と考えたまちづくりの理念を基にした都市デザインがありました。

現実として沖縄の郊外のリゾート開発は東京の大型資本が席巻しています。そこでは「沖縄文化」は良くも悪くも観光資源としてだけで捉えられているような気がします。
これはあくまで私の想像ですが、そこには「ウチナンチューとヤマトンチューの歴史」も介在しているように感じました。


が、那覇市の中心街は、それとは違った目線での開発を目指しています。
そして「ああ、私が『那覇市内のみ遊び』で魅力を感じているのはココだ」と再認識しました。

まだ沖縄に5回しか来ていない私が言うのも何なんですが、沖縄県そして那覇市に暮らす人々、これこそ最大の魅力であり観光資源でもあると思います。

レジュメに引用のあったイギリス・バーミンガムのメッセージキャンペーン「市民こそ都市である」という文言が非常に印象に残り、振り返って私達の街でもこういう理念で「まちづくり」がされればいいなと感じました。

市長選挙前からモヤモヤして見え難かった風景が少し見えてきたような、とても大切で当たり前の事を教えられたような、そんな気がしました。


次回後編はOFFタイム・・・。
2012年4月20日 23時56分 | 記事へ | コメント(0) |
| 旅の歳時録 / 働くおじさん歳時録 |
2012年03月14日(水)
那覇・弾丸トラベラー
チコさんに誘われ、1年8ヶ月ぶりに沖縄那覇市へ。
ちょうど来月「商工会青年部研修旅行」もあるので下見を兼ねて。
資料で使うために詳細・感想は割愛、記録として覚書します。


夕方、那覇空港到着後「ゆいレール」で牧志駅に。
国際通り三越横のゲストハウス「あんどん」にチェックイン。

那覇市役所のA部長、T副参事、T課長と合流。
国際通り沿いの「沖縄音楽食堂 ライラ」へ。 
「與那嶺商会」のライヴを観ながらまず乾杯&打合せ。

農連市場の「カフェ&一杯呑み屋 農連ポレポレ」でディープな沖縄を体感。地元のミュージシャンと「歌の会」。

栄町市場横の「おでん 東大」女将の見事なフライパンさばきで作った「焼きテビチ」は外はカリッ・中はジューシー。

酔いすぎて、前回行った栄町市場内の「居酒屋 栄町ボトルネック」は断念し帰宿。

翌日は、「丸安そば」の肉そばが朝飯。

「農連市場」「神里原(カンザトバル)社交街」を「つげ義春的」な古き良き昭和の雰囲気を感じながら散策。

「壷屋やちむん通り」で金城次郎作の焼き物を観ていると、「下地幹郎 衆議院議員」と遭遇、一緒に記念写真を撮る(笑)

昼飯は、ゆいレール&タクシーで浦添市の「カレーショップ ハリーズ」へ。ビーフ&沖縄野菜カレーを堪能。

那覇に戻って宿近くの温泉「りっかりっか湯」のサウナでデトックス(笑) 

夕方から前島方面へ散歩。
芸術&文化拠点であるNPO法人「前島アートセンター」に行くつもりだったのですが、残念ながら昨年の11月で閉館。

前回泊まった「船員会館」近くを通って、お知り合いの「ダイビングショップ スイミー」 で旧交を。

若狭方面に移動中、チコさん気になる古本屋を発見。「ちはや書房」で発掘買い。

偶然そこの店主が「知り合いと知り合い」で近くのアート関係の古書店「言事堂」(ことことどう)を訪ねる。
お知り合いの御主人さんを近くの「那覇若狭図書館」へ訪ねるもお留守。

辻方面に歩いていくと住宅街の中に「バー クレイジーモンキー」を発見。日系ペルー人の御主人とお話し、ペルービールとベルギービール「レフ」を頂く、これ好きだ。

歩いてお腹が減ってきたので、辻の「ジョージレストラン」でニューヨークステーキを。ポテトポタージュスープが美味かった。

腹ごなしにまた歩いて県庁前へ戻る。

「焼酎バー 黒うさぎ」で休憩。あぐー豚のスペアリブをあてに「瑞泉 10年古酒 43度」を・・・キクー。
国際通りへ戻って「居酒屋 夢屋」で前回お会いしたミュージシャン「ガーニー田中」さん御夫婦ユニットのライヴを家庭的な雰囲気の中満喫。

その後、前回も行った「ダイバーバー? サルダート」で阪神ファンのマスターと亀岡出身の美女とまったり。

仕上げは「セッションバー アップステージ」へ。 前と同じくその日会った人たちでセッションしてました。ガーニーさんとも再合流。マスターもほんまええ人です。

新茶屋を彷徨い「餃子の店 黄金」を探すも見つからず断念。 

移転した前島の「フォーク酒場 福樹」 や桜坂周辺や、「竜宮通り」「おでん うらわ」や、「神里原社交街」はまた今度・・・。 

辞めときゃ良いのに、国際通・市場本通り入口の屋台「ラーメンみくに」で〆の塩ラーメン。AM5:30、倒れこんで寝ました(笑)


でも、体内時計と年のせいで明るいと眠れません(笑)
8:30には目が覚めて、お土産を買いに平和通りを南下。ちんすこうを買って、店を見ると食べたくなる「丸安そば」で朝飯。

農連市場は日曜日なので休み。おっちゃんが水路の横で大鼾(笑)
「牧志公設市場」でしまらっきょとイカ数の子を。
「新天地市場本通り」「まーさむん処 商六」でマンゴージュースとジーマミードウフをお土産に。

おまけ、昼飯は空港の「空港食堂」でポーク(スパム)玉子定食を。

さあ、来月は何処に行きましょう・・・?

(資料) 2010年7月のブログ
「那覇まちづくり研修旅行」
「那覇路地裏探検1.0」
「那覇路地裏探検1.1」
2012年3月14日 12時50分 | 記事へ | コメント(0) |
| 旅の歳時録 |
2012年02月09日(木)
The last New Year's party of this year
先週末、配管組合の青年部で関西と中部合同の新年会を中間(?)の京都で。
どうせ遅くなるならと思い¥3500/一泊のサンメンバーズ嵯峨野を予約して車で京都太秦へ行きました。

少し早く着いたので散歩を兼ねて京福電鉄嵐山本線(通称‘嵐電”) で「車折神社」から「四条大宮」へ。
一両編成ワンマン電車で一部区間、車と一緒に路面も走り、民家の際に線路があったり、車道の横のホームは幅50センチくらいしかなかったり、なかなか風情がありました(笑)
「スルット関西」は当然ながら、「ICOCA」が使えたのは新鮮な驚きでした。(茨木市の私鉄バス2社では使用できないので・・・)

阪急電車で河原町に着くも、集合時間を一時間間違えた事に気がつき、仕方なく夕暮れの祇園を散策。
歩いてのどが渇いてきたのですが、立ち呑みはなさそうなので(笑)ビルの細路地で目に止まった「グリルなかむら」でグラスビールとスジ肉焼を。
関東から来たらしいお客さんがワインを語りながら美味そうなステーキやハンバーグを食べるので、我慢できず2杯呑んで早々に退散。

四条京阪でメンバーと合流して「祇園・桃次郎総本店」で宴会。味は普通ですが、安くてボリュウムはたっぷりでした。

2次会は町屋を改造した良い雰囲気の和ラウンジ「松香」 
23時を過ぎ、関西の組合メンバーは引き止めたのですが電車が無くなるので帰路に。
残ったメンバーで先斗町・木屋町通りへ。
ちょっと変わった居酒屋(?)で呑んだ後、ラーメン「大豊」へ。 
お腹パンパンだったのですが、何故か完食(笑)最近ココのあっさりしてるけどコクのある醤油ラーメンにハマってて、名古屋の方も大満足のご様子。

中部の組合の方も「とりあえずホテルに帰る」というので見送り、折角なので一人でブラブラ
泥酔しての深夜の木屋町通りの路地歩き、風が冷たくて気持ちいい。
そして私の6次会(笑)
建物老朽化で無くなったと思っていたら、近くのビルに移転していたロックバー「JAM HOUSE」に少しだけ寄りました。
マスターもお元気で「必ずまた来ます」とお約束して帰宿

翌日はホテルでゆっくり朝食を摂り、車で百万遍の交差点あたりへ。

面白そうな路地を見つけたので、田中玄京町・田中大堰町・田中上柳町・田中下柳町をブラブラしました。
観光地ではなく寺社仏閣もないのですが、道幅1メートル前後・未舗装の狭い路地が縦横無尽に走っており、住宅街の中にある地元のお稲荷さんや地蔵尊にお参りしました。
おっさん一人で写真撮りながら歩いていましたので、廻りから見ると完全な不審者だったでしょう・・・(笑)

で、お昼ごはんにタイカレー専門店「アオゾラ」 でカレーを食べて帰りました。

2月だというのに「今年最後の新年会」・・・一巻の終わり(笑)
2012年2月9日 14時47分 | 記事へ | コメント(0) |
| 働くおじさん歳時録 / 旅の歳時録 |
2011年11月24日(木)
交通違反キップ切られた・゜・(ノД`)・゜・
秋晴れの休日、京都へ。
娘を大学に送って、嫁さんと京都国立博物館の「細川家の至宝」展へ。
想像していたよりなかなか見ごたえ有り。

国宝の鎌倉時代の十一面観音像や豊後・国平等のの日本刀、熊本城の細川家御用絵師の図画も見事でした。日本画の「黒き猫」は実物は完璧な構図と質感がとても良かった。変わった所では宮本武蔵画の「達磨」や「鵜図」なども良い。

北白川の「太陽カフェ」  でランチを食べて、帰ろうとすると娘が祇園の画材店に寄りたいと言ったので、祇園四条で車から下ろして、路地を抜けて転回することにしました。

大和大路通北詰めの先に京阪三条駅のバス停留所があり、「昔ここからバスに乗って北山にキャンプに行ったなぁ・・・」等と言ってロータリーに進入するとお廻りさんが・・・。
「ここ、進入禁止ですので違反です」あちゃーしまった!標識が全然目に入らなかった・・・。

グーグルマップ 即位点 35.007933,135.772744 (住所アドレスに入力すると出ます。是非ビューで写真をご覧ください。)

私の「取調べ」中も数台の違反車両が入ってきては出て行きます。
「一日何台位違反車がありますか?」と聞くと若い巡査は困った顔で「わかりません・・・」と答えました。

罰金¥7000と2点減点・・・痛いし、免許はゴールドですが、転回禁止違反や駐車違反の累積の点数がわからないのでとても心配。
一気にテンションが下がりました・゜・(ノД`)・゜・

京都の道はややこしくて標識が見づらい。皆様もお気を付けあそばせ・・・。
2011年11月24日 13時28分 | 記事へ | コメント(5) |
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2011年10月07日(金)
2011産業視察報告書
産業視察関係の記録・覚書はこれでおしまい。

最後になってしまいましたが、同行させて頂いた各企業の皆様は社業は勿論様々な事柄についても知識が豊富で、また大変個性的で面白いとても楽しい方々ばかりでした。

ほとんどが目上の方だったのですが、視察中・観光中は勿論、食事中や移動の乗物の中、ホテルの部屋へお邪魔して色々なお話をお聞きする機会に恵まれました。
それは大変貴重な経験で楽しく、自分自身とても勉強になりました。

今回の旅行では、想像していた以上に多くの経験をさせてもらい、また情報を得ることができました。
当たり前の事なのですが、同じ東南アジアでもこれほどまでに事情が違うものかと、とても驚きました。

例えば、カンボジア・プノンペンのトゥールスレン虐殺博物館とヴェトナム・ホーチミンの戦争証跡博物館。

どちらも人と人との争いの悲しい歴史ですが、残され管理されている「意味」が少々違います。

そんな国の事情や、人々の価値観の違い。
垣間見えた観光ルートからは外されている場所での出来事。
TVで放映されているニュースやCF等の何気ない情報など。

改めて自分の浅学を思い知らされ、その経験と情報を生かしていくも行かないも今後の自分次第だと思いました。

そして、商工会青年部のメンバーである添乗員Fさんやプノンペン・シェムリアップ・ホーチミンでの現地ガイドの方々には大変お世話になりました。

多くの訪問先と見学地、その移動手段、その度の食事の段取り、安全確保などとても難しい行程を実にスムーズにこなして下さいました。

無理難題を言ったり、無礼な事をお聞きしたりして思い返すと恥ずかしい限りです。この場をお借りしてお礼(お詫び)申し上げます。(読んでないと思いますが(笑)

これに懲りず、また「私を○●◎に連れて行って」下さいね!(笑)
2011年10月7日 09時13分 | 記事へ | コメント(0) |
| 旅の歳時録 / 働くおじさん歳時録 / 世相歳時録 |
2011年10月04日(火)
プノンペン・シェムリアップ・サイゴン路地裏探検
産業視察中3箇所、市場に行きました。
シェムリアップの「ナイトマーケット」、ホーチミンの「ベンタイン市場」。で、一番怪しかったのはプノンペンの「ロシアンマーケット」(笑)

雰囲気は大阪鶴橋の市場にそっくり(笑)
ちょうどスコールが降っていたのですが、雨水処理が完全でない為、店と店の間の狭い路地に川ができ、爪先立ちで店を観て廻りました(笑)

全体的に薄暗く、良く解らない異国語が飛び交い、雨漏りも相まってまるで「映画ブレードランナー」の下町での1シーンの様。

何故一番有名で規模の大きい「セントラルマーケット」に行かなかったのか?は歩いてみてなんとなく解りました。

最近はブランドコピー等の規制もきつくなり、帰国時税関でのチェックも厳しくなったのであまり置いていないと聞いていたのですが、ここはそんな事お構いなし(笑)
他のマーケットに比べたらブランドの種類が豊富で、堂々と店先に並び交渉次第によっては、かなり安い価格で売っていました(笑)

またスーツケースのキャスターだけとか、最新映画の違法コピーDVD(笑)肉野菜などの生鮮食料など地元の方用のお店もあり、フードコート(?)もありました。

地元の方々がパクチーの香り満開のフォーをすする横で、蟹や海老、鶏何かの肉(笑)などをさばいてそのまま売っていました。
観光用ではあるんでしょうが、地元の生活に近い市場だったみたいです。

私の経験する限り、現地ガイドさんはできるだけ自分の国の綺麗な所を見せたがるのですが、カンボジアのガイドさんはちょっとだけですが違いました。

何をおいてもお客さんの「安全を第一」に考えるのがガイドさんの役目なので、夜の街に最後まで随伴してくれたり結構遅くまでお付き合い頂きました。

旅行会社の添乗員さんが商工会青年部の仲間であり、また参加された皆さんがあまり無茶をせず自己責任を考えて頂けるメンバーということもあり、できるだけ要望に応えてくれたのではないかと思います。

「静かなバー」だとか「マッサージ」だとか「カジノ」だとか「○※×△?」(笑)だとか色々わがまま聞いて頂きありがとうございました。

ただまだまだ奥は深く、もっと地元の方々の生活を見てみたいという好奇心はあります。
次回があればもっとディープでデリケートなゾーンに潜行してみたいです。
2011年10月4日 09時09分 | 記事へ | コメント(0) |
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