今日は休養日。
確定申告を済ませてしまおうと思っていたのだが、朝から雨。それでなくても、やや疲れが溜まっている昨今、出かける気力を失う。
文芸春秋に掲載されてる芥川賞の受賞作を読む。
まずは選者のコメントを読むのがいつもの事ながら面白い。
ここで作品のぼんやりとしたおおまかな内容が分かるのだが、却って受賞を逃した人の作品を読んでみたくなる事もある。
石原都知事がやめてしまうのが残念。時として、石原さんの感覚が錆びちゃったんじゃないの、と突っ込みを入れたくなる様な批評を書いている時もあるが、この辛口がなくなるのが惜しい。
田中慎弥さんのから読む。
う〜ん、なるほど・・・・ ちょっと石原さんの気持ちもわかるかも・・
そのまま、円城さんの作品へ。しかし、2つを連続して読むのはちとつらい。特に円城さんのは読みにくい。途中で挫折。前に読んだ This is a pen. の方が面白かった気がする。
レコ芸も今月号を購入してあったので、サンプルCDを聴く。今回は残念ながら、これを聞いてみたい!と思わせるものが無かった。多分、聴く側の自分が疲れているから、音楽の良さを感じる事が出来なかったのかも。
そうこうしている内に、夕方となり、今日はMシー主催のチャレンジ杯が行われた。私もOBとして呼んで頂いている。
チーム戦。われらが、「サリー チーム」は今回は、Y坂さん、TGCさん、そして、TKちゃん。 私を入れて4名。
Y坂さんもTKちゃんも前回のチャレンジ杯以降、投げる機会はなかったようだ。仕事が忙しいと大変だ。
トーナメントが始まる前に、Y坂さん、TGCさん、と私の3人でウオームアップの1ゲームを投げる。Y坂さん、久々の割には途中から良い感じでボールがピンに絡んで行く。この調子を維持したい。
さて、ゲームが始まる。20名位の参加者。和やかにわいわいと投げ合う。
TKちゃんが好調でした。ブランクを感じさせない、丁寧な投球。右レーンをしっかりと掴んでストライクを連発。左レーンのレンコンに合わせるのに苦労していましたが、3ゲームのアベは170台だったのでは。すばらしい。
Y坂さんは1、2ゲームは良い感じで持ちこたえましたが、3ゲーム目に集中力が切れたしまったか、失速。これがちょっと残念。やはり投げていないと3ゲームはなかなかきついですね。
TGCさんは2ゲーム目、ターキーを2発で200アップ。これが今回のトーナメント全体のハイスコアとなる。しかし、スペアが一つだけ、と言うのが今の調子を物語っているか。
かく言う私は「忍」のボウリング。事前から今月のレンコンを考えると予想はしていたが、そのままになった。ポケットに入っても1ピン残る、と言う展開。ストライクが出ない。しかし、これをしっかりと耐える練習をしないとならない、と思っているので、じっと耐える。
悔しかったのが1ゲーム目の10フレ1投目。力が入ってしまい、左に4本残すと言う良くあるパターンにハマり、これをスペアミス。160台で終えてしまった。ここは手堅くまとめて170台を出しておかないとなりません。2、3ゲーム目も似た様な展開。じっと耐えて、3ゲームのアベは170台をキープ出来たのでは。最低限のノルマになんとか届いたかな。
チーム戦の結果は、残念ながら再び2位。トロフィー奪還にはならなかった。
ハンデ戦なので、混戦になるのは当然。なので、結果は残念ではあったが、楽しかった。久々にY坂さんやTKちゃんと投げるのは楽しい。
ちなみに、個人成績は5位入賞。景品のLEDランプをゲット。ラッキー。
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2012-02-23 21:10
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今週は今日を含めて3連休となった。土日もお仕事なし。やったー。
と言う事で、色々とやりたい事、やらねばならない事ある中、まずは読みかけの本を読み始める。平松洋子さんの「野蛮な読書」。途中のエッセイは今一私の心に響く事が少なく、むむむ、と思いながら昼食時間に。
昼食はチャリに乗って近くのラーメン屋に。たまにここの味噌ラーメンが食べたくなる。お腹が空いていたので、特売の餃子も注文。満足。
帰ってきて、再び本に戻る。しかし、満腹でお腹の皮が張ると瞼が重くなる。気付くと気絶していた。しかも、本を読み始めたのは恐らく1時過ぎと思うが、目が覚めたら4時少し前だった。なんと、3時間近く爆睡してしまった。まあ、疲れを癒す為の休養日である。良しとする。
気を取り直して、本に戻るが、その前にCDをかける。ピアノが聞きたい雰囲気。CDラックの中を覗いていると手がベートーヴェンのピアノ協奏曲を選ぶ。第1番。久々にプレトニョフの演奏。
あ〜、いいなあ。録音もとても良いので、プレトニョフさんの息継ぎまで聞こえる感じ。オケと一体になって素晴らしい。こちらを包みこんで来る様な感覚。第3楽章のフィナーレの直前のppでのピアノソロによる主題。美しい。そして弦が少しずつ重なって来る。う〜ん、涙がじわっと出てくる。
仲道さんの演奏が聴きたくなった。CD交換。
プレトニョフの後に聞くと、なんとなく”よそ行き”な感じを受ける。聞いている私との間にちょっと間隔をおいて離れた所で演奏している感じ。前に聞いた時にはそんな風には感じなかったが・・・プレトニョフの抱擁感が強すぎか。
ついでに、と言うより、ここまで来たらこれを聞かずにはいられない。
アルゲリッチ+シノーポリ。
やはり最後はここに帰ってきてしまうような気がする。いいなあ、この演奏。アルゲリッチのピアノをしっかりとシノーポリのオケが支える、と言うより神輿に乗せて担ぎあげている感覚か。
CDを聞きながら、本を読み終える。途中ちょっと息切れしたが、全体としてとっても面白かった。平松さんの読んだ本を自分でも読んでみたくなる。幾つか選んでアマゾンしておこう。
その平松さんのエッセーの中で心に残ったお言葉。礼儀作法の先生という人との雑談の時のこの先生の言った、いざという時にあわてないように喪服の一枚もちゃんと準備しておかなければなりません、と言う事に対して、曰く:
たぶん正論なのだろう。でも、わたしは内心「いや違う」と、かぶりいを振った。いやぜったい違う。平然となにごともないかのように喪服に着替えて準備万端整えて不祝儀をこなすひと、そのときどきあたふたして動転しているひと、どっちがこのもしいか。そんな思いが頭をよぎったのである。常識とか作法とか、そういう問題ではない。生きると言うのは、いつも宙ぶらりんなのだ。いつだって宙ぶらりんの状態だから、なにごとか勃発すればあたふたおたおた、そこをなけなしの経験やら知恵やら動員してどうにか波間を渡ってゆくのが人生というものだろう。あわてず騒がずスイスイ泳いでゆく人生の達人などというものはどこにもいないのだ。いなくて、いい。
人生の達人などどこにもいない。いないのに、そんなものになろうとするから人間ややこしくなる。
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昨日の落ち込みがまだ残っている私の心に沁みました。
まだまだ未熟な部分が沢山ある。逆に見れば、まだまだ糊代がある、と楽観的に思って行きましょう。
たっぷりの昼寝、素晴らしい音楽、そして心に沁みる文章。2月の素敵な最初の金曜日、でした。
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2012-02-03 18:28
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今日は午後から学童のお仕事。
午前中は読みかけの本を終わらせる。
何故か突然読みたくなった川端康成・サイデンステッカーの本です。
既に川端康成の日本語の文章の方は読み終わっていたので、サイデンステッカーの英文の途中から最後まで。
この本の魅力は川端の日本文もさることながら、その日本語をサイデンステッカーさんがどういう風に英訳しているか、と言う所。
実際、英文の中には見た事もない単語がそちこちに登場する。その単語を英和辞典で引いてみても、何だか良く分からない箇所が頻繁に出てくる。その時は川端の日本語の部分を読みなおしてみる。
おおお、なるほど。こう言う風に訳すのか。
と思う時と、
辞書の意味からはとても理解できないなあ、と感じる時があり、なかなか面白い。
私自身、俳句や詩の良さを理解する事が実に苦手である。どこが良いのか分からない、と言うよりも、何を言っているのか分からない時すら多々ある。
こう言う”ぼんくら”にとって、時としてサイデンステッカーさんの英訳の方が良く分かる事がある。字面の俳句ではなく、そこに作者が込めた思いをちゃんと理解して、それがきちんと英語で読んだ人に伝わる様に訳しているからだろうと思う。日本人としてはなはだ恥ずかしい事ではあるが・・・・
学童のお仕事は特に変わった事はなく、いつもどおり。インフルエンザの影響で今日は30人位しかいなかった。
そして、夕方からはボウリング。
今日の対戦相手はMシー。私にとっては苦手の相手である。何故か、あまり勝った印象がない。自滅の道を歩む印象が強い。まあ、勝ち負けよりも、狙うのは「目指すスパット」である。
1ゲーム目こそMシーの不調が出てしまい、勝ち点を拾ったが、逆に2ゲーム目は私の方が4発スプリットを食らい失速。なんとか後半に盛り返して170台まで上げたが完敗。
そして、3ゲーム目。Mシーも私もノーミスでスコアを上げて行く。先にMシーがダブルを出して先行。しかし、私もダブルで続き、さらに私はターキーとして頭一つリード。10フレ最後までもつれたが、結局10フレの3投目、最後の最後の1投が、Mシーはストライク、私は8ピンとしてしまい、合計スコア、2ピンの差、正にこの最後の投球の差、で私の負け。うーん、残念。
まあ、それでも二人とも3ゲーム目は200アップしており、全豪テニスのジョコビッチとナダルの試合の様に、と言うのはちょっとおこがましいが・・・ まあ、それなりにかなり高いレベルのゲームだったので、自分としては十分満足。
Mシー勝ち点3、私1。まだ、トーナメントは続く。
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2012-01-30 20:58
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どたばたで札幌から帰宅した後はまったりとした3連休。
昨日は午前中は太極拳の練習へ。さすがにいつもよりも参加人数は少ない。陳式を2回やったら息が上がった。いかん、年末年始での運動不足か?
そして、今日は日曜テニス、第1回目。こちらがほぼフルメンバー。11時からのレッスンがなかったので、9時から始めた我々はコーチの気まぐれでそのまま12時まで3時間の長丁場の練習。天気も良く、気持ち良くボールを打つ。
奥様は折角なので連休中も札幌に残っているので、この3連休は花の独身状態。とは言え、年始早々あまりそちこちと手を出す気にならず、もっぱら音楽と読書。
音楽の方は、年末に購入したティーレマンのベートーヴェンでまだ聴いていなかった第3番、5番、6番をじっくりと、いや、実際は本を読みながら聴く。3番はかなり良い感じ。私好み。6番もいいなあ。5番は第3楽章から爆睡してしまい、良く分からなかった。もう一度聴かないといかんなあ。他にもJAZZのCDなどを適当に引っ張り出して来て楽しむ。
読書の方は、今年最初の本はこれ。
書評やタイトルの面白さで購入。内容としてはかなり微妙。どう展開させるのかと言う期待感で最後まで読み終えた感じだが、最後はやや尻切れトンボな感じ。え、これで終わっちゃうの?と言う印象。
次の本は既にアマゾンでオーダー済み。読書量も落ちない様にしっかりと時間を作ろう。
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2012-01-08 23:59
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今日読んでいた本からの一文。
不可知論 : 意識に与えられる感覚的経験の背後にある実存は論証的には認識できないと言う説
何のこっちゃ??? さっぱり分からん。
この説明の方がよっぽど論証的に認識できん。 どなたか還元主義的に説明して頂けますか?
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2011-10-08 21:23
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並行して読んでいた本を読み終わった。
「ダンゴムシに心はあるのか」 森山 徹
タイトルに惹かれる。カウンセラーを目指す者として、心はあるのか?と問われるとつい読んでみたくなる。決してダンゴムシを相手にカウンセリングをする訳ではないが、念のため。
やはりこの場合、難しいのは「心」の定義である。本の中で色々と哲学的な雰囲気も持たせながら、この人が定義している表現として提示されているのが、
「観察者は、観察対象を未知の状況に遭遇させ、予想外の行動を観察することで、その心の存在を確かめる事ができます。」
「予想外の行動の特徴は、意味不明な事です。・・・・しかしその選択は、・・・・ダンゴムシの心が作る根拠に基づくと言えます。すなわち、予想外の行動の発現は「自律的」なのです。」
「自律的とは、この選択の根拠がダンゴムシの心によって独自に作られる事を意味します。」
と言う事で、自律性のある行動を取った場合に、そこに心があるとみなす訳です。これは外からの刺激などに対する虫の機械的な行動発現機構と区別して、心の存在を見出すと言う事の様です。
ダンゴムシは外から刺激を受けると、くるっと丸くなる事はよく知られています。この丸くなる動作、球形化、は機械的行動発現機構によるものと見なしています。実験によると、この球形化反応を引き起こす外的刺激の度合いは、どのダンゴムシの個体に対しても大体同じだそうです。同じ強さの風をお腹に当てると、大体どのダンゴムシも丸くなるそうです。
さて、では、この丸くなったダンゴムシが元の形に戻るのに要する時間はどうか?何となく、強い刺激を外から受けると元に戻るのに時間がかかり、同じ強さの刺激ならば元に戻る時間の個体間のばらつきは小さそうな気がしますが、さにあらず。
外からの刺激の強さには無関係。さらに、元に戻る時間の個体間のばらつきが大きい。
と言うのが実験の結果でした。ここで著者は、元に戻るのにかかる時間にばらつきがあるのは、それぞれの個体が、”自律的”にころ合いを見計らって元に戻っている、と結論付けています。そして、この”自律的”な行動のある所に「心」も存在している、と。
なかなか面白い考察だと思います。
でも、意地悪な見方をすると、種の保存の為に、生物が生き残って来た長い進化の中で身に付けた、ランダム性と考えても良いのではないか、などと考えてしまいました。元に戻る時間が異なるのは、全員が一斉に同時に元に戻ると、一網打尽になってしまう危険性がある為に、機械的行動発動機構の中に、生まれた時に与えられたランダムな定数があり、それが個体間の元に戻る時間のずれを生じさせている、って言う考えはどうでしょうかね?
とは言え、この著者のやってきた実験の数々、とっても面白いです。ほほ〜、と感心してしまう事度々。ダンゴムシの研究で過ごす人生と言うのもなかなか魅力的ではあります。ほんの一握りの人達に与えられた特権ですね。
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2011-09-30 19:44
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昨日の海辺での読書の続きを電車の中や、お昼のファミレスでの待ち時間の間に続け、終了。今回の本は、
「箱庭図書館」 乙一著
なかなか読ませる短編集。心がふうっと和らぎます。面白かった。
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2011-09-29 20:09
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今日読み終えた一冊
「あなたがいる場所」 沢木耕太郎
短編集。9つある物語の一つ一つを読み終えるたびに、心の底に沈んでいた澱が少しだけ揺らぎ、口の奥に軽い苦みを感じる。それでも一気に読み切ってしまった。
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2011-09-22 20:43
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ようやく、試験勉強の無い、本当の意味でのオフの日でした。
しかし、8月の詰め込み勉強の影響がいまだに後を引きずっています。ふとした時に、あ、勉強しなくて良かったんだっけ?と意味もなくどきっとしてしまったりして。まあ、試験が終わった後のあの後味の悪さがずっと残っているんでしょうね。参りますね。
とは言え、午前中にディズニーの写真の整理と印刷を終わらせ、これは今度の体操教室の時に持って行って渡す予定。午後はCDをじっくりと聞きながら読書。天気が良いので、ビーチに行こうかな、と思ったのですが、やや疲れが残っているので、エアコンの効いた部屋でゆっくりと過ごす事にしました。
CDはユジャ・ワンのラフマニノフをもう一度聞き直す。パガニーニの主題による狂詩曲が今回は妙に琴線に触れてしまい、ちょっと感動。今の自分の持っている気持ちや状態によって同じ曲が違って受け取れる事はしばしばある事。
続いてヤルヴィ指揮のドイツ・レクイエム。前に書いたと思いますが、アーノンクールの最新のCDを聞いて、う〜ん、やはりミシェル・コルボの方が好きかな、と感じていましたが、ヤルヴィさんの演奏はちょうど二人の中間に位置する感じ。特に最初と最後の楽章はいいなあ。好きな演奏です。
更に、Teodor Currentzis のモツレク。問題の演奏。一度聞いて、だめだ、と思ったのですが、もう一度聞いてみる。
やはり、だめだ。
問題はラクリモーザの最後に入っている鈴の音を伴った追加の部分。どうにも違和感があり、さらに、この鈴の音は続くドミネ・イエスにすんなりと繋がっていかない。耳直しにリリングとかベームの演奏を聞きたくなる。さすがに時間がそれ程ない。
そして、読んでいた本からの一言。
「読書は、しばしば目覚めて少し経つと忘れてしまう夢に似ている。」
さらに、
「・・・翻訳をしながら辞書を引く。一つ目のことばの意味を調べて、”ふむふむ”と辞書を閉じ、同じ文中に現れた次のことばの意味もまた辞書で引く。”なるほど”と辞書を閉じて、原文に戻ると、さきほど最初に調べたことばの意味が、もう分からなくなっている。情けない事だが、そういうことは日常茶飯事だ。」
わはははは、膝ポン、である。
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2011-09-06 17:39
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今日からいよいよ大型連休が始まりましたね。うちは二人ともカレンダー通りです。今年は旅行の予定はありません。まあ、毎年混むし高いGWに旅行に行く事はまずないのですが。
午前中に買い物を済ませ、午後からはまったりと二人で音楽を聞きながら読書モード。
奥様は乙一の新しい本。
私はずっと読みたいと思っていた The Invisible Gorilla。
コーヒーやお茶をすすりつつ、のんびりと午後を過ごす。連休の開始としては最適のスタートです。
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2011-04-29 21:00
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このところ暫く運動指導のお仕事をお休みさせて頂いていたので、少しまとまった時間が出来た。その間に読んだ本は、
未来志向のこころとからだ 山内潤一郎
星を継ぐもの ジェイムズ・ホーガン
常識人の作法 加藤秀俊
生きる意味を求めて V.フランクル
この中で星を継ぐものに関してはもう既に書いた。
「生きる意味を求めて」はこの震災による悲惨な状況を見て、急に読みたくなった。これはまだ途中である。
常識人の作法。
前半は、長屋のご隠居さんの長説教、みたいな所が随所にあり、どうもそれが鼻について読み難かったのだが、思わず膝ポンで嬉しくなったのが、「漢字」に関するコメント。
漢字制限無用論、というのが気にいった。
常用漢字と言うのが時々新聞紙上などで紹介されているのが目に入るが、そもそも、この常用漢字と言うのはその始まりを大正時代まで逆戻り、膨大な、しかも難解な漢字が多数ある中、この範囲で使っていきなさい、と言う制限をつけたそうだ。
そして敗戦を迎え、漢字を全廃せよ、と言う占領政策に基づいて「当用漢字」が制定された。この”当用”と言うのは、漢字全廃に至る猶予期間に「さしあたり使う」と言う意味だそうだ。ふむふむ、なるほど。知らなかった。
しかし、当然の事ながら、それは無理、と言う事が分かり、また「常用漢字」に逆戻り。そして、今に至るそうだ。
著者はこの常用漢字を選定する文化審議会の委員をしていた事があるそうで、その審議会の中での常用漢字の選定のされ方がいかにあやふやでいいかげんか、と言う事を目の当たりにしている為、舌鋒厳しい。
1981年に決まった常用漢字には「藤」の字が含まれていなかったそうだ。つまり、著者の姓の「加藤」が常用漢字では記載できない。わははは、これは怒りますわな、実に可笑しい。
その割には、難しい”摯”と言う字が含まれており、これが入った理由は政治家の皆さんが常々口にする、「真摯に対応する」と言う言葉が漢字で書けなくなってしまうからだ、とのこと。さもありなん、と言う感じ。
常用漢字の他にも漢字を制限するものには、
人名用漢字
地名漢字
新聞漢字
などがあるそうだ。常用漢字にはなかった「柿」とか「丼」とか「酎」などを新聞漢字には含めて、新聞紙上では使えるようにしているそうだ。
そして、この著者が一番合理的だと思っているのが、経済産業省所轄の「日本規格協会」が作った「JIS漢字」、だそうだ。
こちらはコンピューターで取り扱うにあたって漢字を整理整頓した物。使用頻度で分類された第1水準から第4水準までで1万字を超え、さしあたり、不便はないだろう、とおっしゃっている。
昔のように、印刷する時にいちいち”活字拾い”と言う作業を必要としていた時代は過ぎ去り、どんな難しい字でも変換方法さえ知っていればコンピューターが自動でやってくれる時代である。漢字制限は無用である。難しい字は書けないかもしれないが、読めて意味が分かれば使っても構わないではないか、と言う主張が嬉しい。
(人名には多少の制限はやはり必要かと思ってしまいます。以前、確か自分の子供に悪魔と名付けようとした親がいましたから、あまりにもずれている感覚の持ち主にはブレーキをかける必要はありそうです。ま、線引きはいずれにしても難しいですが。)
この本のこの章だけは面白かった。これを知るだけでもこの本を買った甲斐があった、と言う物である。
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2011-03-28 21:10
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最近読んだ雑誌から。
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雑宝蔵経(ぞうほうぞうきょう)より:
財施 : お金がある人の施し
法施(ほっせ) : お寺さんの説教
無財施 : お金をかけない一般人の施し
”無財施”には4つある。
慈眼施 (じげんせ)・・・ 優しいまなざし
和顔施 (わがんせ)・・・ 和やかな表情
愛語施 (あいごせ)・・・ 相手に快い言葉
心慮施 (しんりょせ)・・ 誰にでもできるこれらの気持ち
出来る所から始めれば、”小さな一歩”がやがて”大きな成功体験”となって、お互いの心をホッと温めてくれるにちがいない。 (青木羊耳)
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2011-03-21 11:12
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今日のグループ1は朝6時20分からの停電予定。6時前に起きて、エアコンなどのコンセントを抜き、電気が落ちる前にお湯を沸かしたり、コーヒーを淹れたりして電気が落ちるのを新聞を読みながら静かに待つ。
しかし、7時を過ぎても、8時を過ぎてもAC駆動のラジオ、最近はレディオ湘南をつけている事が多い、落ちない。ラジオでは停電がグループ1で始まったと言っているが、私のいるエリアは当たっていないようだ。まあ、落ちると思っていた電気が配給されている訳だから文句は言うまい。
10時になり計画停電期間は終了。奥様は会社に向かう。私はそのまま雑誌を読んだりして過ごす。このところ、仕事をマルチで行っていて、ゆっくりと本などを読む時間と心の余裕がなかったので、これ幸いとのんびりする。
昼前に昼食を取るのと、外の様子を見るのを兼ねて、チャリで出かける。スーパーには近寄らなかったが、買い物袋を持った人たちが歩いてきたり、チャリで帰って行ったり。相変わらず買い物をしようとする人たちは多いようだ。もう買い溜めはやめようよ、ほんとに。
良く行く近くのラーメン屋に行くと営業している。良かった、良かった。まだ営業できるだけの物資はあるようだ。いつもだと、栄養的に良くないとされているので、食べないようにしているのだが、今回は背に腹は代えられない、まあ、朝食が早かったのでとっても空腹だったと言う理由もあるが、ラーメン+小カレーのセットを食べる。¥800也。
午後は、ゆっくりとインターネットラジオでジャズをかけ、買ったもののずっと本棚に寝かせてあったSFを取りだす。
「星を継ぐもの」 by ジェイムズ・ホーガン
サイドテーブルをソファーの脇まで引き寄せ、iPhone でUSTREAM のニュースを流しながら、読書。
全く、この危機的状況、そして、被災した方々の現況を鑑みるとばちが当たりそうな環境で、午後を過ごす。申し訳ありません。ほんとに。そして、自衛隊の放水の状況などを見る。そのほか、救援物資の搬送が日本中から始まっているのを見て涙が出る。
そう言えば、家にある電波時計が昨日までは電波を受信する事が出来ず、普通のクオーツモードで動作していたが、今日見るとまた電波がちゃんと届く様になっている。確実に日本は復興に向かっている。
心が折れないように、皆で心の手をしっかりと繋いでいこう。カウンセリングの仲間からも、時を見て、カウンセリングを活かせる様なボランティアに何時か参加しようという声も上がっている。その時は出来るだけ時間を作って私も参加しようと思う。
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2011-03-18 17:58
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特にメタボを心配している訳ではないが、毎週一応体重と体脂肪率を測っている。8月に入り、ここのところ日曜日も木曜日もテニスがない。夏バテもしておらず、しっかりとご飯は食べている。そのせいか、はたまた誤差範囲かは分からないが、今週の体重が59kgになった。目標は58Kg前半。出来れば57Kg台を目指したい。ちょっと増加傾向のようだ。いかん。
と、思いながらも、今日は一日中音楽をかけたままで、読書。小暮写真館を読み終えた。第3話までの話が第4話に入ると少し傾向が変わって来て、一体どういう風に話を収めるのだろう、と思いながら読み進む。
おおお、こう来たか。ま、良いでしょう。かなり優等生的な終わり方に感じた。面白かった。分厚い本であったが、全く飽きさせない。さすが、宮部みゆき。
夕方からは月一の太極剣の練習会へ。少し体を動かせるので、カロリーの消費量を増せる。
しかし、この練習会、先生をはじめとして、女性の方々がお菓子を持ってくる。2時間の練習の間の休憩時間に皆で食べる。今日は餡入り生八つ橋、クッキー、そして、揚げせんべい。この揚げせんべいがいけません。私の大好物。大体、時間的にも6時半ごろなので、お腹も空いて来ている。ばりばりと食べてしまった。これでは太極拳の練習による消費量よりも摂取したカロリーの方が多いのではないか。まずいなあ。
さらに、今日は奥様から携帯メールで残業になったから、夕食は一人で済ませる様に、との事。帰りがけにスーパーに寄って、海苔弁当を買ってしまった。これがまたかなり大きい。そして、勿論完食。
ま、明日から木曜テニスが再開するし、日曜日にもテニスの秋セッションが始まるので、そこでカロリーを燃やそう。昼飯はしばらくは素麺と蕎麦、だな。
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2010-08-25 21:21
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学生にとっては夏休みも中盤か、今日は学生のボランティアが数名いました。
学校によっては、夏休みにボランティアをする事により、単位が貰えるシステムになっている所もあるそうです。病院のボランティアをまとめている方の話では、以前はかなり広く学校からの夏休みボランティアのオファーを受け付けていたそうですが、学生の中には単に単位を取得したいが為だけの目的で来る人もいて、実際には全く何もせず、却って回りのボランティアの足を引っ張ったり、患者さんから苦情が上がったり、と問題を起こした事があるそうです。
それ以降は単に単位の取得の為のボランティアは受け付けていないと言っていました。なかなか難しいですね。学校としては良かれと思って行った事でしょうが、やはり結局学生自分自身の気持ちが伴っていないと、なんにもなりません。
今日の学生たちはかなりやる気があり、積極的に患者さんや家族の人達に声をかけたり、子供たちの面倒を見たりしていました。
さて、読書ですが、結局まずは宮部みゆきの小暮写真館を読み始めました。分厚い本ですが、さすが、宮部みゆき。ぐいぐいと引き込んでいきます。このままではずっと読み続けてしまう、と思い、区切りの良い所で強制終了。
そう言えば、昔仕事でUSへ出張する時に成田で彼女の文庫本を買って、読み始めたら面白くて、飛行機に乗っている間中読み続けてしまい、一睡もせずに到着して睡眠不足でくらくらと初日を過ごした事を思い出しました。通常USに行く時は行きは兎に角飛行機の中で寝る!と言う事を目指していましたので、面白い本は、行きには読んではいけない、と言う教訓でした。
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2010-08-19 21:38
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ボランティア /
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今日は午前中に今やっているお茶道具の棚作りの続きをやろうと思い、ホームセンターに行ったのだが、追加のパーツが品切れ。残念、まあ、こう言う時には慌てずに、ちょっと間を置いて続けなさい、と言う事と理解してあっさりと諦め。
午後からはお茶道具の片付けから玉突きで派生した余剰のプラスチックケースを階段下の物置にしまおうと思い、まずは階段下の片付けから始まり。あれこれ配置を変えて無事収納に成功。
午後からは読みかけのJUSTICEを読み始め、遂に終了。なかなか面白かった。同じ事柄でも色々な見方がある事や、自分の見方・考え方がどう言う原則に基づいた考え方なのかが分かり、参考になる。必ずしも賛同できる話ばかりではないが、読み応えがあった。
一番役に立ったのは、もしかしたら語彙かも。全部覚えている訳ではないが、普段お目にかかれない単語が多かった。その一部:
utilitarian
quandary
duty and inclination
servitude
misnomer
legion
slanderous
gestation
ulterior
qualm
altruistic
categorical inaccuracy
categorical imperative
untenable
egalitarian
serf
stigmatize
teleological
anthropomorphic
oligarch
paean
などなど、ほんの一例。
さて、次に読む本はどれにするか。いくつか既にqueue されているので、楽しみですね。
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2010-08-18 17:43
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本 |
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今日は昼過ぎまで雨でした。
と言う事で、窓を少し開けて、外の雨音をBGMに読書。読み始めたのが、マイケル・サンデルのJUSTICE。オリジナルはかなり前から出ていましたが、今回日本語訳が大々的に売り出されたので、これをきっかけに、英文で読もうと思い、<-- かなり、天の邪鬼か、アマゾンで購入。なかなか面白い。読んでいて、この部分は日本語訳ではどういう風に表現しているのだろう、と言う箇所がある。今度本屋で立ち読みして、チェックしてみよう。
夕方からは太極剣の練習会。剣は”32式”とも呼ばれていますが、なんとか最初から最後まで通して出来る様になった程度。なかなか家の中では実際に剣を振り回す訳には、スペース的に無理なので、練習するのが難しい。まだ買って1年ちょっとのスピーカーをざっくりと傷つけたら、泣きます。
その他、11月の発表会用に練習しているNHKで以前やっていた、”18式”も予習して行ったのですが、なんと先生が後半を変更してしまっていた。どうも、他のメンバーの人達と練習していて、うまく出来ない部分があったのか、変えます、ときっぱりと言われた。まあ、まだ時間がありますから、良いのですが、折角練習しておいたのに、と思いきや、新しい先生の套路の方が、ちょっとカッコイイ。おおお、これ良いなあ。全くゲンキンな私でした。
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2010-06-23 21:37
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本 /
太極拳 |
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今日も梅雨の合間の良い天気。しかし、私はちょっと休養日。今週はこの後、木曜・金曜とテニスが続き、明日はボランティアなので、体力温存。
まずは今月買っておいたジンマン指揮、マーラー交響曲第8番を聞く。なかなか8番はCDで聞こうと言う気にならないのだが、先月のレコ芸に付いてきたサンプルCDに入っていたサンプルがなかなか良い感じで、久々に購入しておいた。
出だしからオルガンが重低音を響かせて一気にマーラーの世界へ。演奏は感傷的になる事は無く、きっちりと正統派的な演奏と思う。かなり良い。CD1からCD2へと掛け替えて聞き続ける。最後から一つ手前の「悔い改むる優しきかたがたよ」の合唱の美しい事。ぐっと涙腺が刺激される。そして、そのままフィナーレへ。大団円。
久々のマーラー8番。良かったです。
その他は、もっぱら読書で過ごす。読んでいた「Fooled by Randomness 」が最終章に入っており、読み終えたかったので、扇風機に当たりながら最後まで。なかなか面白い本だった。様々な身の回りのイベントがノイズによるものなのか、本当のシグナルによるものか。特筆する事が起きた場合、考慮しないといけないのは、まずはそのサンプルサイズ。などなど、色々と示唆に富んだ話がとても面白い。
この本、例が分かり易い。カジノで100万ドルを1回の賭けにかけた結果と1ドルを100万回賭けたのとでは、当然結果が異なる。カリスマと呼ばれる人たちが世の中にはいるが、その足元に累々と横たわる屍の数を考慮しないと、自然界・人間界における偶然性による成功なのか、そうではないのかを判断するのは難しい、と言う話。統計の数字を見る時もベースになるデーターに注意しないとミスリードされる、などなど、面白かった。
引き続き読む本はもう既に買ってある。こちらの本も面白いといいなあ。
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2010-06-16 21:11
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音楽 /
本 |
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今読んでいる本から:
私たちはコミュニケーションといえば、意志の一致、つまりコンセンサス(合意)をイメージするが、もしコミュニケーションを動機づけているものが、そのなかで各人が他者の存在とともにその前にいま疑いもなく存在するものとしてじぶんを感じることにあるとするならば、そこにおいてもっとも重要なことは、他のひと、自分とは異なる他なる存在をそこにありありと感受するということであろう。他者との差異に深く思いをいたすことで、じぶんという存在の輪郭を思い知らされることであろう。
う〜ん、何を言っているのか分かる様な、分からない様な。もっと簡単な言い方があるのではないだろうか、と思ってしまう。
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2010-04-02 19:27
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昨日の雪交じりの雨は朝には止んでいました。少しは雪の名残でもあるかと思いましたが、ほとんど無し。
今日は10日。色々な雑誌の発売日。近くのショッピング・モールに繰り出して、色々と買い込む。
昼ご飯は昨夜の夕飯の残りのキムチ鍋に、野菜とキムチを追加して、その上に更に肉団子を放り込み、うどんを入れてぐつぐつぐつ。汗をかきかき、まいう〜、状態。見た目は悪いですが、美味しかったです。
そして、午後は色々なCDをかけながら読書三昧。まったり。
今日の午後は整体教室に行く予定。生徒が私を入れて偶数だったらそのまま練習に入り、奇数だったらお邪魔虫なので、退散する予定。今日は肩コリの練習をしよう。
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2010-03-10 16:32
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うつ病に関する記事の載っていた雑誌をじっくりと読んでいた。
カウンセリングの試験勉強として覚えておいた事が実際に出て来て興味をそそられる。うつ病の範囲が広がっている、と言うのが自分の実際の会社生活の中でも感じられていた。新しいタイプのうつ病と言われているそうだ。特に逃避型うつ病、現代型うつ病と言う症状は、思えば会社の中でも時々目にする事が有った様に思う。
この二つは実に難しいですよね。昔ならば単に根性無しとかと上司に言われて終わっていたかもしれません。また、育てられ方が昔とかなり変わってきているので、理解するのが世代が異なると難しいでしょうね。
いずれにしろ、興味深く、考えさせられる記事でした。
今日はこれからテニス。しっかりと汗を流して来ようっと。
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2010-02-04 18:44
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今日ものんびりと一日を過ごす。読んでいた雑誌からの一言:
「夜空をめぐる星の様に、急がずに、休まずに、人それぞれに、神より受けし務めをつくせ」
by ゲーテ
そうですね、慌てずに、マイペースで今年も着実に一歩ずつ、昨日より良くなった今日の自分でありたいと思います。
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2010-01-03 22:00
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お盆明けの週で仕事が詰まっているのか、昨日は奥さまの帰宅が深夜。最近は物騒なので(暴走族もこの近辺を走っているし)念のため、帰って来るまで起きて待っているのですが、寝るのが12時を過ぎると朝型の私としては苦しい。今朝はほんとに起きれなかったです。。。
天気も良かったが寝不足と夕方からの整体教室があるので、外出は控え、読書の一日。読みかけの The elegance of the hedgehog の続きを読み出したのだが、暫く読むと気絶。なかなか進まない。面白そうなのだが、何せ出てくる英単語が難解で、辞書を引き引き読まないとならず、スローペースとなる。
仕事をしていた頃は毎日英語が周りで溢れ返っていたが、純粋な米語、Queen's English、タイ風、中国訛り、と種類も豊富、今は意識しないと英語と接触する事がないので、耳や目が衰えない様にたまに接するようにしている。
そうか、最近は朝食の時、東京FMを聞いているが、またCSでやっているCNNを見る様にするかな? 一時期ずっと朝はCNNを見ていたのだが、ニュースの内容にやはりかなり偏りがあるので、飽きて見るのをやめていたのだ。復活か?
でも、この頃、この東京FMのクロノスとブルーオーシャンと言う番組が気にいっているので、ちょっと躊躇いますね。
さて、もう暫くしたら遅めの出発です。今日は整体の先生の所に夕方6時からお客様が来ると言う事で、練習の開始時間が15分遅くなっているのでちょっとのんびり。天気も大丈夫そうだからチャリで行こうっと。
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2009-08-19 16:57
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内田百閧フ本は1冊読んでいた。「御馳走帖」と言う本。実際は奥さまが読みたいと言っていたので購入して私も読んでいた。しかし、なんとなく本の中に出てくる百閧フ表現が鼻についてしまい、もう一つ好きになれなかった。
今日の朝日新聞の記事にたまたま彼の言葉が載っていた。
「知らないと言う事と忘れたと言う事は違う。忘れるには学問をしなければならない。忘れた後に本当の学問の効果が残る。」
う〜む、良い事を言うではないか。というか、この所記憶力の無さを嘆いてばかりの自分だったが、ちょっと救われた感じ。
さらに、
「覚えた事を忘れまいとするその賤しい根性がいけない。忘れる事なんか気にしないで、ただ覚えれば良い。」
「学問はむしろ忘れるためにする。はじめから知らないのと、知った上で忘れるのでは雲泥の差がある。学問がその人に効果を発揮するのは忘れた後。学問をするのにすぐ役に立つかと言う事ばかり考えているのは堕落の一歩手前だ。」
う〜ん、しかし、”勉強した内容を忘れるのを必要以上に心配する必要はない、いったん覚え、そして忘れたものは後になって必ずその人に効いてくる。” と言われてもやはり覚えられないのは苦しいですよね。つぼの位置も名前も覚えきれないし、中国語の単語は全然増えないし、カウンセリングの勉強もしないとならないし、、、、、
やはり、記憶力の良い人は羨ましいですよね。
もう一つ。
「忘れた後に本当の学問の効果が残る。」ってどう言う意味に解釈すれば良いのだろう。もう一つピンと来ない。やはり内田先生、今一つ分からない。。。。。もう一度御馳走帖を読んでみるか。。。
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2009-07-18 17:16
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ようやっと暖かくなりましたね。今日のテニスは上はポロシャツ下は短パン、それでも汗ばむ陽気でした。来週からカウンセリングの講習が毎月2、3回日曜日にありますので、これから10月までは日曜テニスへ行ける回数が減ります。来週が開校式ですので、今日はたっぷりと楽しんで来ました。
午後はまず久々に洗車。花粉と多分黄砂の積もった上に雨が降りますから車はどろどろです。
さっぱりして気持ちよく読書に突入。以前さんざん文句を言った、Mechanical Muse です。これは上智大学が出版した本です。通常この手の本の翻訳は研究室の学生たちが助手の人たちと勉強の名目の下やらされて、教授の名前で出版されます。(少なくとも、私の知る限り)
第1章はともかく読みづらくて閉口しましたが、第2章以降は翻訳した学生が変わったのか、単に私が慣れたのか、だいぶ読みやすくなり、頭痛になる事もなく読み進みました。
特にジョイスの文章に関する解説はなかなか面白かったです。ジョイスの文章は難解と言われている理由の一つとして、ジョイスは語彙をカテゴリーに分け、言葉の意味の一部がある1カテゴリー上で重なるように苦心した、とこの人は書いています。一つの例として
Time flies like an arrow. 時は矢の様に飛ぶ -->光陰矢のごとし
を見せておいて、次の文章を見ると、
Fruit flies like a banana. フルーツはバナナの様に飛ぶ ???
実際は ”fruit fly” が「ショウジョウバエ」の事なので、この文章の意味は「ショウジョウバエはバナナが好き。」
なんかちょっと楽しい気分で一気に読み終えました。結局この本は何が言いたかったの?と聞かれると返答に窮しますが、少なくとも私はジョイスの本は読んでも絶対に分からないと言う事はわかりました。
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2009-04-05 20:30
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テニス /
本 |
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久々にまったりとした2日間を過ごしてきました。大学の同級生5人で1泊。話が途切れません。5人の内、3人が教師なので、話題が新鮮です。普段はあまり聞けない学校の内情や不満を大いに語って、ストレス解消にもなったのでは。私のシニア・フリーター状態も気になるようで、色々と質問攻めに会いました。
駅の近くで美味しい信州そばを1日目と二日目のお昼ご飯に食べて大満足。温泉も露天風呂は外気温が、この所暖かい日が続いていたとは言え、夜はそれでも下がりますから、体ぽかぽか、頭は冷たくすっきり、でいつまでも浸かりながら話をしていました。退院した本人も食欲旺盛、体重も入院前の元の値に戻りつつあるようです。さすがに体力は落ちていましたが、毎日のウォーキングを勧めておきました。又、暖かくなった頃にもう一度集まる約束をして解散。この一週間はイベントが多かったので、目一杯リラックス出来ました。
今日は午前中、雨が降り出す前にテニスも出来てラッキー。その足でペリカン便の配送センターへ行って留め置いていたアマゾンに注文しておいた本をゲット。午後読み始めたが、これが予想以上に苦痛の本。もともと難しい文章の本だとは思っていたが、なんか翻訳が上手くない気がする。非常に単純な事で、文句を言うような箇所では無いのかもしれないが、
「あなたの足が早朝のコーヒー・スタンドにつめかける人たちの泥足の波にくわわる前に、・・・」
とか、
「教授連は学生にたいしてまだ「諸君」と敬称で語りかけていた。」
など、など。
なぜ、”加わる”、”対して”と漢字にしないのか。折角気持ち良く目が文字を追っているのにこの部分に来た時に”ん?”となり、一瞬思考の同期が外れてしまい、もう一度文章の始めに戻って読み直すことになる。他にもいかにも英語をそのまま直訳しました、的な文章があり、とても読みにくい。そして、和訳が私の好みに合わない。
Each in his prison
Thinking of the key, each confirms a prison.
”私たちはみんなおのが独房にいて
鍵のことばかり思いながら、一つの牢獄をもっていることを確かめる。”
ここでも”もっている”を”持っている”としていない。わざとひらがなにしているのだろうか? また、prison を片方では独房、もう片方では牢獄と訳している。う〜ん、この様に変える必要があるのだろうか?また、2行目の日本語の文章もなんか変。
And time for all the works and days of hands
That lift and drop a question on your plate ....
”君のお皿のうえで疑問をつまみあげたりおろしたり
毎日の両手の仕事のための時間なら・・・”
この訳もどうでしょう?私は好きではありません。ここでも”うえ”を”上”、”つまみあげたりおろしたり”を”つまみ上げたり下ろしたり”としていない。読み難いぞ。もっとも、ここで気になるのは原文の2行目の主語の”That”は何を指しているのだろう?単数形だから、きっと Time だろうが、良く分からない。元々がT.S.エリオットの文章なので難解なのは分かりますが。。。。。
と言う事で、読み始めてから、現在23ページまで来た所で頭が痛くなってきたので中断。不平不満をブログる事にしました。
文句ばかり言って、自分で訳してみろ、と言われても困りますが、少なくともお金を払って読む文章ですから、ちょっと一言言いたくなってしまいました。
こいつは元同じ部門にいた”文学派”エンジニアのKKBさんにコメントをいつか貰わないとなりませんね。(昔の部門にはその他にも”肉体派エンジニア、芸能派エンジニア、など、特色のある技術者が沢山いました。)
旅行中は以前から読みたいと思っていた安部公房の砂の女を2日で読み終わりましたが、この本は時間がかかりそう。ちなみにタイトルは「The Mechanic Muse - 機械という名の詩神」
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2009-03-22 16:37
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新聞でご存知の方もいらっしゃると思いますが、S社製の洗濯機が火を噴く事故が発生し、リコールとなりました。と言っても、この洗濯機がリコールされるのはこれで3回目。もう既に2回メンテナンスの人が来て、ゴムパッキンみたいな所や基盤を交換しています。
さすがに今回は3回目と言う事もあり、かなり大掛かりな変更をしていました。以前は前のパネルを取り外すだけで部品交換をしていましたが、今回はほとんと洗濯機が裸状態になるくらいまで回りのパネルや部品を取り除き、二人がかりでなんと2時間半もかかりました。
自分もハードウエアの開発・製造に携わってきましたので、不良品が出てしまうのはある程度仕方がないと思っていますので、メンテの人たちは平身低頭でやってきますから、自分も同じような電機業界にいましたから、こう言う事も起きますよね、と声をかけると非常に打ち解けてくれます。
しかも今回は2時間半もかかりましたので、その間に丸谷才一の本を読み終えてしまいました。インタビュー形式の本でしたので、比較的読みやすく、面白かったです。
「自分のホーム・グランドを持て」、とか、「本は忙しい時に読め、まとまった時間のある時は「書を捨てて街に出よう」と言う考え方は正しい。ただし、街に出るのが目的ではなく、”考える”事が目的だ」、などなど、ふむふむと思いながら読み終わってしまいました。
「文章を書く時は一つのセンテンスを頭の中で完成させてから書き出せ。」 これは確かに意外とやっていませんね。このブログとかでも文章を書く時はとりあえず書き始めてしまいます。まずは何を言いたいのか頭の中で考え、整理して文章を完成させてからから書き始めろ、との事です。なるほど。ためになります。
最後の一言が強烈です。
「書くに値する内容を持って書く」
これにこだわり過ぎるとこのブログも書けませんよね。一応ちょっと補足説明があって、
「書くに値する内容といっても、別に深刻、荘重、悲壮、天下国家を論じたり人生の哲学を論じたり、重大な事柄である必要はない。ごく軽い笑い話、愉快な話、冗談でも良い。重い軽いは別として、とにかく書くに値する事、人に語るに値する事、それをしっかりと持って書くことが大事なんです。」
ほっとしますね。丸谷才一、ちょっと好きになりました。内田百閧竦剿{秀太郎よりずっと良い感じです。
これでちょっとは大人度が上がったでしょうか?これだけではまだまだですよね。次に控える本は加藤周一の「日本その心とかたち」 こいつは時間がかかりそう。本も大きいので出かける時に持っていくのもじゃま。家で読むしか無いですね。
大人度向上の努力はまだまだ続く。
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2009-02-27 22:41
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今日は午前中いつも通りしっかりとテニスで汗をかいた後、午後は読書。読んでいた本は青柳いづみこ著「水の音楽」。サブタイトルが「オンディーヌとメリザンド」。
この本は門前トラビスさんのお勧めで購入したもの。確かに読み始めると不思議とぐいぐいと読み進んでしまう。夕食後も読み続け、結局読破。
が、である。一体この本は何を言いたかったのだろうか?本の始まりに提示される主題は:
フランスに留学中の著者がピアノの練習中、ラヴェルのピアノのための組曲「夜のガスパール」から第一曲「オンディーヌ」を弾いたところ先生から「もっと濃艶に歌って弾くように」と注意された事が気にくわず、自分としてはこの曲を高踏的に、出来る限りおすましして、人に媚びず、しかしてオンディーヌそのものの美しさで聴く人を惹きつけずにはおかないと言った具合に、ちょうど、ドビュッシーのオペラ「ペレアスとメリザンド」のヒロイン、メリザンドのようにイメージしていた。
ここから膨大な調査と資料の引用に突入。それぞれが非常に新鮮で面白く、読み進む。そして、結論は:
「オンディーヌは水の擬人化としての水の精であり、メリザンドは擬人化される前の水の象徴だった。メリザンドとオンディーヌは著者の中では水によってつながっていたのだ。」
自分がオンディーヌの練習中に何故メリザンドをイメージしたかを様々な資料を使って導き出した、と言うのがこの本、と言う読み方で良かったのだろうか?私にはちょっと難しすぎました、この本は。とても面白かったですが。
そして、この本と同時進行で録音されたCDも注文してしまいました。ピアニストである著者がピアノを弾く時の技法やラヴェル、ドビュッシー、ショパンの曲説明があまりにも魅力的でどうしても聴きたくなります。
「やがてトレモロの下に、水の精の歌声を模した美妙な旋律が入ってくる。トレモロはときおりくずれ、細かい粒の連なりが旋律をふちどる。オンディーヌの歌は、水がどんなに泡立とうとも最後まで悠揚せまらざるリズムをくずさず、王女の威厳をみせつける。旋律が低い音域で歌われるようになると、それをとりまく水の量も次第に嵩を増して渦を巻き、渦の中心には湖底の宮殿がせりあがってくる。やがて水は静まり、オンディーヌは弱々しく彼女の願いをつぶやき、拒絶されるや一瞬のアルペジオの高まりのうちに消え去る。」
どんな演奏なのか聴いてみたい。
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2009-02-22 22:04
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朝から雨の金曜日です。
今週もなんやかんやでイベントの多い一週間でした。さすがに疲れました。今日は休養日とする事にしましょう。そうは言っても来週又色々と片付けないとならない事がありますので、その下準備をしておく必要があります。来週は介護関連のイベントがありませんから、退職関連で幾つかやっておかないとならない事をやってしまわないと時間がなくなってしまいます。来週片付ける事:
1.確定拠出年金の個人型への変更手続き -- 銀行に行く必要あり。
2.確定申告 -- 必要書類の準備。税務署へ行ってPCで片付ける。
大きいのはこの二つ。後は、
3.3月2日からの介護実習の行われる中山駅の事業所の下見をしておいた方が良いかも
4.今回の介護クラスが終了した後、もう少しカウンセリングの勉強を続けたいので、どこか良い学校・通信教育などないか調べる
そう言えば、今週読んでいた本を読み終わりました。
「視界良好 ・・ 先天性全盲の私が生活している世界」
と言う本です。この本の中で一つ、私が全く気付いていなかった事がありました。最近は特に電車で移動する事が増えていますが、大きな駅だと時々気付くのですが、ポーンとかキーン・コーンとか聞こえる音が繰り返し鳴っている場所があります。今までは何故この様な音を繰り返し流しているのだろう、単に一種の騒音公害ではないか。日本はむやみに外で音楽や音を鳴らしてうるさ過ぎる、と憤る事もありました。
しかし、この駅で鳴っているポーン、とか、キーン・コーンと言う音は視覚障害者の方の為に、例えば、ここに階段があると言う事を知らせる為の音だったんですね。自分の無知にちょっと唖然としてしまいました。きっとご存知だった方もいらっしゃると思います。全くの不覚。あまりの無知に赤面状態です。これからガイド・ヘルパーの資格も取る予定ですが、知らなければならない事がまだまだあると痛感しています。
それにしてもこの全盲の方はなんと一人暮らしをしています。大学も卒業して今は色々な所で講演をしたり、ご自分が全盲なのに、盲ろう(目と耳の両方に障害を持つ人)の人の為の介護や通訳をしているのです。なんとも凄すぎますよね。また、良く言われている事ですが、目が見えないために逆に聴覚・臭覚などの他の五感が物凄く発達しているのが分かります。一部抜粋:
「・・・サラダにドレッシングをからませる時、匂いが手掛かりになります。サラダの上にドレッシングをかけただけでは匂いが一点に集中しています。ボールの中でサラダとドレッシングを混ぜていると、全体に良い匂いが広がっていくのが分かります。・・・まんべんなく混ぜられたかどうかを、ドレッシングの香りがボウル全体に広がり、それが野菜の香りと一緒になったかどうかで判断しているのです。」
今度自分でも目をつぶってやってみようかと思います。人間の持つポテンシャルの深さに驚くばかり。我々が本来人間の持っているポテンシャルを如何に使いこなしていないか。或いは気付いていないか。自分が知らぬ間に作り上げている先入観或いは勝手に作り上げた壁を少しでも減らして行きたいものです。
ちなにみ、昨日の太極拳2級の検定ですが、多分、間違えなかったので大丈夫ではないかと思います。5人一組で審査員4名の前で演舞を行います。大丈夫と思ってもやはり始まる直前はがじがじに緊張します。始まって直ぐに左足一本で立ち、右足蹴りの型があるのですが、ここでふらついたり、足を着いたりしなければ後は何とかなると思っていましたが、実際は始まったら頭の中は真っ白でどの様な演技になったか全然覚えていません。ですので、間違えずに出来たかどうかも実は覚えていない状態です。明日ジムでいつものレッスンがありますから、先生から正式ではないですが大丈夫かどうか聞いて分かると思います。2級でこれですから、次回受ける1級はどうなる事やら。暫く時間が必要ですね。大体、先生から受けて良し、と言われないと受けられません。大きな間違いをしない限り、受かるだろうと言うレベルに達しないと受けさせてもらえませんので。技を磨き続けないとなりません。
本日のBGM。
雨の日にはバロックが良いかな、と思い、「バッハのフーガの技法」を聞きながら書いていました。
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2009-02-20 10:49
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花も美しい
月も美しい
それに気付く心が美しい
円覚寺派管長 足立大進
和尚、暖かいお言葉、ありがとうございます。
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2009-02-15 20:36
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今日読んでいた本から引用:
「幸福のパラドックス」: 日本では1950年から80年代の30年間で実質GDPは6倍になった。しかし、日本人の主観的幸福感の平均値は全く変化が無い。物質的豊かさは人々を全く幸せにしなかった。その理由はなんであろうか?
説明1) 人間の幸福感は絶対的な所得水準より他人と比較した相対的所得水準によるので、皆が同じように豊かになっても幸福感は変わらない。
説明2) 生活程度が変化すると少しの間は幸福になったり不幸になったりするがすぐにそれに慣れてしまい元の幸福感に戻ってしまう。
皆がより高い生活水準を求める事は何の役にも立たず、経済学は全く無駄な目標を追い求めているのであろうか?この話は絶対にどこかおかしいはずだ。
-----------o--------------o-------------o------------o--------
明日、施設訪問があります。知的障害を持った子供達の施設ですので、余計に人間の幸せって本当に何なんだろう、と考えさせられます。
物質的な豊かさのみでは無いことは確かでしょう。実際、戦争に負けてからはアメリカの物質的豊かさを横目で見て、追いつけ追い越せ、でしゃにむに突っ走ってきた日本が今日現在敗戦直後より本当に幸せか、と言うと答えるのは難しいと思います。
ちなみに上の文章は大阪大学の教授で「幸福の経済学」を研究されている方。ある意味、こう言う研究をして食って行ける人って幸せな方なのではないだろうか。ちょっとうがった見方をしてしまいますね。
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2009-02-12 18:06
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普段、肩や首が凝る事はめったに無いのだが、訓練校での授業が始まって以来首がむやみに凝るようになった。頭を左右に倒して首筋を伸ばすようにすると、”ばきっ”と骨が鳴りそうなのだがならない。やはりずっと同じ姿勢で狭い机と椅子に挟まれているのは体に悪いに違いないがやむを得ない。休憩時間ごとに腰を伸ばしたり、ちょっとストレッチしたりしているが、やはり首がこる。一時的なものである事を祈る。
今日は奥様の手作りお弁当付き。美味しゅうございました。午後の授業もこれで耐えられます。今日の講師の先生は若目の女性の介護福祉士。元気一杯です。色々な福祉制度の勉強ですが、他の先生と同様、実際の現場の話を中心に授業を進めてくれるので眠くなる事はありません。やはり行政の対応の悪さを嘆いていました。
さすがに2週間目に入り、一日がルーチン化して来ました。講義内容は毎日異なりますが、変化に乏しくなります。気持ちが緩んで風邪を引いたり、また駅を乗り過ごしたりしないように気を引き締めないとなりませんね。
授業から:
”言葉の背景にある感情と向き合い、「分かって欲しい気持ちとは何か」を感受性で理解するように努力する。”
”介護・福祉での「リハビリテーション」は”全人間的復権”と訳され、心身の様々な機能の障害を改善し、社会で生活することが出来るまで回復させる事。”
今日読み終わった本から:
"As long as we can love each other, and remember the feeling of love we had, we can die without ever really going away. All the love you created is stil there. All the memories are still there. You live on - in the hearts of everyone you have touched and nurtured while you were here. Death ends a life, not a relationship."
Tuesdays with Morrie より
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2009-01-19 22:31
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