ニックネーム:miyabi

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忖度することとは
2009年07月07日(火)
このごろこころがけていることがあります。同じ内容を話しても言葉の選び方で印象が変わります。一定の心理法則思います。
スムーズなコミュニケーションのコツは相手の感情を尊重することなのでしょうか。

年齢を重ねていても言葉を大切にしない人、気配りが感じられない人、魅力ないですね。
日本語の美しい表現を私は学んでいきたいと考えます。
考えるというより、その人物に出会うということが財産です。

私のちかくには、あえて選んでいるのかもしれませが、やさしい心配りをしのばせる言葉を使う頭のいい人がいます。
何時間でもお話をうかがいたいし、知恵も知識も兼ね備えると人は言葉を深い知識をしのばせながらも平易な話し方で
相手の心に自然とはいってきて、いつのまにか私などは自己開示してしまっています。

毎日が多忙ななかで、安息の時間がほんの少しでもあると
平坦ではない道も歩く気になります。


2009年7月7日 | 記事へ | コメント(0) |
15人学級
2009年06月12日(金)
大阪市内にある小学校で少子化の傾向で合併を余儀なくされかけた学校が大型マンション、新興住宅で存続がきまり、よかったと考えます。
この少ない人数をどうこういう人も多くあるでしょうけれど
本当にアットホームで子供どうしの心のあたたたかさがあり、
学力も充実している。公立小学校でこれほど地域に密着して
街ぐるみで子供を育て、学校行事にもほとんどが参加してもりあげる学校が大阪市内にあります。
子供、ひとりひとりのケアが類をみないほど良いのです。
大阪市立東小橋小学校は今、失われつつあるやもしれない
地域がまちが子供を育て、教師が親と密なつなががりで
子供たちを教育しています。

存続決定でよかったと心から思います。
2009年6月12日 | 記事へ | コメント(0) |
地域推進会に出席して
2009年06月01日(月)
近隣区の学生会の人達との懇談会に出ました。私はパネラーの一人として以前、中学校において総合の時間に講師として職業の選択、進路のことについてお話をさせていただいたことがあります。地域活動とボランティア、学生の社会との接点を
多く取り入れていただけることを希望しました。

トマト大学というものを運営しはじめて社会人の社会
人見学が主で現在大学院に社会人でありながら行っている方、もしくは大学へいっているかたとの交流はえるものが多くありました。

やはり年齢とは関係なく前向きに学を身につけ、目的意識をもつグループ組織のなかにいると安堵感があります。
時代錯誤の意識や、ステイタスと勘違いしているものに
ぶらさがり広い世界をみないのとはちがいます。

行政との関わりもどんどんふえていくと思います。
そして動かせることができる人脈づくりとその人物をおしあげる動きは一つ成功したのでうれしく思います。

これからまたみなさん応援してくださいね。






2009年6月1日 | 記事へ | コメント(3) |
yellowtail
2009年04月26日(日)
十人十色のさまざまな動きで各業界団体、行政、その他の分野のなかでyellowtailそのものの人間とそれの後にそって
およぐものとあります。
わくからはみでているようで、ただ目立っていると思っているのは自分だけというものです。 
先頭のyellowtailはあなたがたをふりきってどこかへ
いなくなるのにそれをいましめ、教えてあげ人格者はいないものでしょうか。
姿形だけでなく、いきおいはyellowtailのみがもちあわせているだけで、魚群のなかにいるものを批判し、ちいさいまま
大海にでると大きな敵にひと飲みされることがわからないのでしょう。
なにごともローマは一日にしてならずというのがあたっているのかどうか、とうまきに見るしかないようです
2009年4月26日 | 記事へ | コメント(4) |
致良知
2009年02月18日(水)
「私」と「私で無い」ものとのギャップを解消し、こころの葛藤をなくして不動心を確立する。
良知を致すこと。真を尽くすことは施してうそをつかない。
こころというものはその姿は空で、なにもありませんが、万事万物の理がすべてそこに備わっている。
心の外に理があるはずがなく、心の外に事があるはずもない。

知識と行動はもともとひとつであって、その人の
行動は知識によって動き、知恵によって確立されるようである。

私は私でない人がどの立場におられても、地位、名誉にすがろうとは思わないし、その関係をひけらかす気など
もうとうありません。どちらかというと無関係な存在としてつきあいたい。名刺のつらつら肩書きをならべるように自分の知人にそうそうたる人物がいたとしてもあらわになんぞしたくない。
困窮して地面を這うごとく生きる人物がいたとしたら
なんらかの施しのために良知を致したい。

路地裏の雑草ごとき私を大切に思ってくださる方との
関係を尊く思います。


栴檀のごとく空なのに芳しい香をはなつ人格者を
愛してやまない。
2009年2月18日 | 記事へ | コメント(2) |
大阪のチェンジ
2009年01月27日(火)
商売をしている私などは店を立地条件や、交通に便利で利潤を生むことを考えて自分の城を考えますが、
大阪府庁というところがWTCに拠点を動かすという知事の考えが府議会で反対されるのでは?
といいますが、政治や、行政の方が交通の便が悪いとか、立地が悪いとか、少々おかしい気がします。
政治の力でその不便性を感じる場所なら考えて変えればいいでしょう。変えれる力があるのですから。。
ワールドトレーディングセンターなんですから、大阪が世界に発信しているという気に庶民はなります。

旧府庁としてエントランスの文化的価値のある場所だけ残して大手前の一等地は商売で繁栄すればいいと
思います。

お金の問題は大阪市と大阪府の行政間の話なので
なんとかなるでしょう。今の時期、すぐにとは
思いませんが。

現状維持ではずーーーーと閉塞感と、予算削減で我慢している意味はありません。
なにか目にみえる変化がなければ、納得できません。
心がうごきません。ですが上滑りでの施策ではいけません。

知事が城を変えて、知恵を集結して、経済も教育も福祉も現状維持ではなく、変化してほしいものです。

wtcの周りに府立成人病センターの成人病、ガン、
ホスピス、高齢者療養施設、小児医療、難病センター
などに使用できる広大な土地もありますし、
ベイエリアの野球場とか、イルージョン施設、
万博、イベント開催会場
そこには夢都市としての企業が誘致できるのではないのでしょうか。
青少年が夢をもち、企業が海外からのビジネスチャンスを広げられる、小児、高齢者が安心できる、
挑戦、変化、動を、ぜひお願いしたいものです。
時期とタイミングだけは熟慮していただきたいものです。


2009年1月27日 | 記事へ | コメント(6) |
クレーム社会
2009年01月15日(木)
人間関係の希薄なことで人間だれでもまちがいはあるもので取り返しのつかないことは別としてささいなことで切れる人が増加している。

モンスター系である。サービスを提供する側のモラルもあるけれど、
切れてあたりちらかす光景を目にする。

アイコンタクトがない、少しの言葉かけがない、日常の業務に追われ、心のゆとりがない人がする仕事はかならず落ち度がある。

サービス業の施設やその他でもささいなことで権利を主張して
大声で罵声をあびせているのをみかける。
普通の人がそのようなことをしている。

謝罪させて気分爽快というのか、被害者意識の固守なのか、
空気もよめず、きれる。

社会が不景気、先行き不安がそうさせているのか、自分がこうなるのは他人の制なのだ。

ともかく持論をさも正当かのようにながながとぶちまける。

あるデパートのクレーム担当の方が、どんな内容でも20分は
聞きつずける。反論しない。人間の集中力はながくても20分くらいで
いかりも火にあぶらをそそがなければ沈下してくるそうです。
自己主張ならまだしも勝手極まりない怒りをぶつけてきているのですから、同じレベルでいることはまずないといわれます。

それと支離滅裂な相手の話をファイリングする能力、プライドをきずつけないように非を認めさせるテクニックも必要です。

相手の立場を少し考えて、クレーム対応がわるければ、はじめて
怒りをぶてけてもいいかもしれません。

人の上げ足を取る話、批判するだけの人、
理屈ばかりを述べている人、自尊心がきつくて手に負えない人、
適当に上手をいう薄っぺらな人、自慢話ばかりする人

山の奥の院にでもはいりたくなる心境です。

目と、耳と、鼻の穴、両手、両足は2つなのに口はひとつ
口は災いのもとであり、だれをも信用して話をすると
人間がいやになります。

2009年1月15日 | 記事へ | コメント(0) |
ストレスとわがままは違う
2009年01月06日(火)
派遣の切り捨てがニュースでとりあげられて、この寒空に困窮される方々がいる。大変なことであるとは思う。

社会が悪い、教育が悪い、政治が悪い、等々、いろいろなところで
日本が急降下しているようですが。

ストレス社会といわれて、では、自分たちに忍耐、がまんの力があるのだろうか。国のトップをみんなでたたき、あれが悪い、これが悪いといっていて何かかわるのだろうか。

戦争をのりこえてきた人たちは、ものを大切にし、自分たちができる
ことはお上のお世話にならない。それがいい悪いではないけれど、
家は焼かれ、親兄弟もいなくなり、お金はない、日本を復興させた
人々は、ストレスというような言葉を発していただろうか。

私もえらそうにはいえないが、いつも苦しい,辛い、悲しいときほど
毅然と前をむいてひたすら自分にあたえられた仕事、学業、
稼業、を忍耐と我慢で明日より今日をしっかり生きろと言われた。

お金は必要であるが、それがなんの意味をなさないほど今の日本は
餓えていない。
毎日、あらゆるところから食糧が破棄され、仕事も業種によっては
人材が足らないところも多くある。中高年、学歴を必要としない
仕事も多くある。

住所不定であれば就職できないようですが、会社の寮にはいっていた
方などは、格安の賃貸に移る準備はできなかったのでしょうか。
ワーキングプアのかたの多くがご家族がいないのでしょうか?
友人、知人にお金を借りるのはむつかしいでしょうけれど、
洗濯機くらい貸してくれそうな気がするのですが。。。
そんなに人間関係が殺伐としているのか。

いろいろな事情、環境で転落してしまうこともあるのが人生なのかもしれません。

戦後どうやってはいあがって生きてきたのか。
「我慢、忍耐、人への思いやり、勇気」とわがまま言わず、自己中心
に思わず、生きたくてもいきれなかった人の分までどんなに苦しくとも貧しくとも生きることです。」

大和なでしこは死語?
女性が着物をきなくなったように着物をきるときつい、苦しい、
お手入れが大変というストレス、自分で着れないと着せてくれる人がいないからと他人まかせ。

食事を大切にする姿、ものを大切にあつかう姿、時代にかかわらず、
いいものいい、わるいものはわるいと思います。

自分が辛い、苦しいといわずとも、辛いでしょう?苦しくないですか?と言ってくれる、言わずともささえてくれる友人、知人、家族、
恩師との絆があまりにも希薄な世の中を感じます。


肩よせあってでなく肩振って歩くですか。

守ってくれでなく守ってあげるという強さを私は身につけていきたいと思います。
2009年1月6日 | 記事へ | コメント(1) |
新しいスタート
2008年12月19日(金)
2009年にむけて枯葉が落ちた師走の公園で考えた。

人生とは儚いもので、無常を感じる。

人はなんのために生きて、死をむかえ、振り返ればなにを残せるのか。

食べるために働くのか働くためにたべるのか。

1日を1生と考えて、泣いても笑っても1日は変わらず、

昨日を振りかえらず、今日をどう楽しく生き、明日を期待しない。

私の存在を必要とされるあいだは生きていないといけない。

しっかりしなさいと自分に言い聞かせる。

新たな学術分野を専攻して、学びをしていこうと思う。
2008年12月19日 | 記事へ | コメント(2) |
富士の山からありを見れるのか
2008年12月14日(日)
日本を代表する美しい山、雄大かつ神格化された山

大勢がのぼりご来光を見る季節がきた。

美しいものを見たいが自分の出した廃棄物は放置してくる。頂きは
見るも無残にゴミだらけ。これが今の日本。

聖職とよばられる人も廃棄物は放置。

ノーベル賞のある人は英語をしゃべれなくても物理はできる?
で評価されている。

自衛隊のある人間も自論をぶちまけている。
いい悪いはわからないが
KYの日本人のおおすぎること。

ありのように地面をはいずりまわり、毎日毎日食料確保している
姿や、気持ちを山頂からみえるはずがない。

近くの公園にも放置されたゴミ、どぶ川になげこまれた粗大ゴミ
天気がよく川底が近い水位になるとゴミが顔をだす。

人間という廃棄物はどうするの。
高度処理施設の廃棄処理方法で人生の幕を閉じなければならないのだろうか。

美しいとか、きれいごとにズームするとモラルもない目の前から
消えれば忘れれられるとか、自分さえよければというもの、
どうにもできないからするしかないなどどれもこれも

ありが歩いていることを気にしていたら歩けないし、
あり1匹が死んでもどうということはない。

どうにもできない、どうしようもなくても、踏みつけたありの存在と
哀れみをもつことはバカげているのだろうか。

雄大な富士をあおぎみてもありを見出すことはないのである。
2008年12月14日 | 記事へ | コメント(0) |
ぼろぞうきん
2008年12月12日(金)
使って使ってぼろぼろになる。
最初は新品、真っ白なタオルも年数とともに古くなる。
使い方によってはくちてしまう。

たまには縫い直ししたりもあるが、もうそろそろ廃棄物になるころには、石鹸で洗ってもらうことも、穴あきを繕うことも、漂白してもらうこともなくボロボロで廃棄物として燃やされておわり。

高級タオルも、安価なタオルも、ボロになれば扱いは同じ。

ボロ雑巾の仕事をねぎらい、感謝の念をもって終末としたいもの。

クリーニングにだすほどでもない存在でも、なんとかして最後の最後までタオルであったプライドを保ってあげることは不可能か>

私は愛着がある。 ぼろぞうきんになるまで苦楽をともにし、
洗濯、縫製、あらゆる手段で長く付き合った。

それを意図も簡単に他人がぼろぞうきんをキツイ薬液にさらし
消毒、殺菌、直射日光、力いっぱい固くしぼり
チリチリバラバラの糸くずのように平気でしてしまった。

何の考えも、何のいたわりもなく。

そしてさも正しい手順でおこなったかのようにその代償を要求してくる。

ぼろぞうきんをちゃんと洗濯”してやった”をいわんばかしに。

真っ黒でうすぎたなくても何年もの思い出がつまっている。

引き裂かれた心はもとにはもどらない。
2008年12月12日 | 記事へ | コメント(0) |
餓鬼畜生
2008年12月10日(水)
人の尊厳や、人としての善をわきまえない人の形をした魑魅魍魎の
やからの存在。

どういう生誕から育成をしてきたのか、心の痛みなどかんじず、慈しみの心すらもちあわせないやからの存在。

自分の所業がどのようなものかも知る余地もないやからの存在

偽善者、名誉欲、人の弱みにつけこんで財をなすやからの存在。

悪徳の世界に住して、サタンの僕か、暗闇にうごめく汚濁した魂のやからの存在

人の命を救うのか、廃棄物処理としてあつかうのかは
餓鬼畜生のやからの自由のよです。
2008年12月10日 | 記事へ | コメント(0) |
くもの糸
2008年12月05日(金)
人間は劣悪な場所に陥ったとき、それが自分のおこないなのか、たまたまなのか地獄でもない、血の池でぷかぷか浮いて、生きているのか、死んでいるのかもわからず、うめき声を出している世界をだたようとき、 天からきらきら光るくもの糸がたれさがったとき、
上に昇ろうと、人間の強欲がむきだしになり、他を押しのけ、
そのくもの糸の弱さにも気がつかず次から次へとぶらさがり
最後は切れる。
芥川の作品を小さいころ読んだ記憶と今の解釈はまったく違う。

お釈迦様は人間を試されたのだろうか。
ひょっとして人間の善や、理性や、思いやりを血の池にいるものでも
見出すのか。
いいえ人は苦しさに陥るとき切れるであろう救いの糸にわれ先に
すがり、仏の慈悲にすがることもないものなんだ。

ひとりずつ救われるのをまちながら自分の順番をまつなど到底しない
、する知恵もない。

細い救いの糸は自分のためにだけにあると思いこむ。

ひとついいことをしたことで目の前にたれたくもの糸
自力でのぼることより感謝と慈悲の心におすがりし、引き上げていただくという心があればその糸に自分だけ助かろうという
同じレベルのやからが下から下からこず
人間の強欲で糸がきらることもなく蓮台におちつけたかもしれない。


人のいのちもたすかろうともがきあがけば、天寿というものから
かけはなれ、人が自分のたすかる糸にぶらさがらなければという
怨念と、たすかっていたのにという前にもまして挫折感、漆黒の心を
もつことになる。

私にはお釈迦様の大きなためいきが聞こえたような気がする。

これから自然、あるがままの悟りをさずかるよう修行である。
2008年12月5日 | 記事へ | コメント(2) |
医療格差
2008年12月04日(木)
死ななくてもいいというのか、もっと手厚くすれば長く生きられるいのちのともし火を、高齢だからとか、末期症状だからと、
急性期医療のレベルも環境も良質なところから追い出されて、
行き先のないまま、やっと見つけ出した病院が人権にかかわる
医療体制で患者を扱う場所の現場をみてきました。

家族が高齢者をやっかいものとしてはやく死んでくれと思うやからの
見舞いにもいかない、放置ができる人たちは ともかく収容してくれる場所があればあとはどういうあつかいでもしかたがないと
思うのかもしれない。 やっかいばらいの医療である。

1日でもQOLを落とさず介護してきたものにとっては
今まで急性期医療で細いともし火をもやし、命の重みを尊んできた家族には、長年のんできた薬を全面的に中止をし、以前の病院へのお伺いもたてず、静注薬もしない、精神薬、睡眠薬を加量に投与し、動けないようにし、高濃度栄養を胃へ直接いれる手段へ変更すべく、かかえている病気にかかわらず、看護しやすい、扱いやすい状態にして、
拘束とよばれることまで必要がないにもかかわらず、導入をし、
人の心など関係のない医療を現実にやっている病院があります。

家族にはアウシュビッツのようなところはみせず、携わるのは看護助手で洗剤の空き容器に湯をいれ 、病院指定のオムツで体をふき、
食事も味もかわらない毎日同じものを出している。
家族がこないのだからなにをしててもクレームがでないわけです。

厚生労働省をはじめ、
医療管理者はこの実態をしているのだろうか。

警告音がなり死への序章がはじまっていても放置し、患者は苦しみ
もだえることなど日常茶飯事で看護従事者も動揺の顔すらしない。

同じ患者が急性期医療施設にはいると、穏やかになり、まったく
苦しみも訴えず、生きていこうと人間らしさをとりもどしました。

本当に恐ろしいことですが事実です。
医療について素人だからとはいっても、人権にかかわる拘束について
同意している内容と実際おこなわれている家族がこない夜間体の
虐待については、証拠がなければ死人に口なしである。

病院従事者の神経を疑う。

医療にたずさわるものの格差を感じる。
経営を維持していくために、手段をえらばない、みすてられた高齢者、みよりのないものへの人権侵害である。

医療従事者からはいろいろ意見があるだろうが、人道からはずれている。

死んだものは帰らない。
2008年12月4日 | 記事へ | コメント(1) |
特別養護施設においての転倒
2008年11月05日(水)
私の父がショートを利用させていただくあいだに、夜中にトイレの移動をしようとして転倒をしたようです。
連絡がきたのが翌日の午前9時。軽症に思われていて、救急もよばず、いざCTととると骨折をしていて、上腕と大腿骨にも相当のはれあがりの打撲がありました。
現在、国立大阪に緊急入院をさせてもらいましたのは、CRPの炎症度が強く、肺炎をおこしてしまったのです。
入院中も痛みを訴えるため、リスバドール、セレシンなど安定剤と認知があるため抗精神薬を使用されて、息はしていますが、意識のない
というのか傾眠をしています。
毎日の付き添い、そしてとうとう自分での排尿がかんじられなくなりました。

どこでも転倒の恐れははあるのですが施設のその後の対応があまりにもズサンです!
救急もよばない、施設が車をだすこともない、ことの重大さをあまりにも考えていないです。

それだけにとどまりません。家に帰宅してから導尿を一日4回しちかなければならない負担。

特養が人手不足でパートであるとか、夜間に看護士がいないとかですが、高齢者への配慮をしているようで、実際にたずさわる人が
果たしてどれほどの転倒ひとつがその家族をふくめ、本人にも
障害をのこすのかということを重大にうけとめてもらいたいものです。
見れないからあずけているのだから、転倒しても容認してくださいというのはおかしくないでしょうか。

弱者であるためお世話になっているため、施設ないにおいての出来事におこったことに謝罪もないでいいことなんでしょうか。

私は3人90歳前後になる高齢者をかかえていてどうにもならない状況
が発生していて、自分もどこまで睡眠時間のない時間をすごせるのか、なれない導尿看護をつづけて確実にできるのか、
転倒から波及するこの負担を施設側は知る由もないわけで。

認知で病気して長生きは悲しい苦しい辛い経済的負担も莫大。
自分がそのようになったとき、延命のための処置を拒否したいけれど
子供の気持ちは親孝行したいだろうし、

なにか責任と信頼ということばが医食住における日本には消えうせかけてはいませんか。
その後
2008年11月5日 | 記事へ | コメント(2) |
戦争体験者世代をもっと大切に
2008年09月21日(日)
最近、訪問散髪を依頼されることが多くなりますた。そのなかでも
戦争を体験されて、青春時代をお国のため、天皇陛下のためと命をなげだし、戦ってこられた生存者が手厚い行政のサービスをもっと
受けてもいいのではないのでしょうか。
もちろん、裕福とまでいかなくても、家族に支えられて生きておられる方はいいのですが、昨日、私が訪問させていただいた方は、特攻隊の婚約者を見送り、ひとりで生きてこられた方。
気骨のあるしっかりした人でお国のお世話にはなれないと毎日、84歳の体で内職をされてきた。
それまでの人生は親の療養費や生活費のため蓄財もなく、生活保護もうけておられない。
このたび肝臓にガンがあることがわかり、抗がん治療のための日々を送っておられる。
私は髪を切らせていただきながら涙がとまらなかった。
私の母も戦争体験者でよく戦前の話を聞き、教えられたことも多くありました。今は亡き母の話とかぶるところもあり、行政はこの方方への保護政策は赤字とかかんけいなく、国と府がやるべきことでしょう。
申請してもらえる戦傷者の遺族年金などではなくもういくばくもない
人生を精一杯、死んでいった家族、知人、友人の分まで生きる覚悟で
今の日本を支えてきた人を手厚く守るのはあたりまえでしょう。

どうして、数少ない戦争体験者への散髪くらいのサービスはしたいものです。一人のちからでは限界があります。
年一回のボランティアの日とか学生のボランティアなどは施設でできることもありますが、動けるかただけです。             看護士さんがする散髪と私達がさせていただく
技術では違いがあります。

介護理容として行政サービスができればいいですが、とてもまかないきれない財源なのようですので、せめて戦争体験者のかたには行政サービスとして2ヶ月でも3ヶ月にでも1回の散髪をしたげたいものです。




2008年9月21日 | 記事へ | コメント(1) |
大阪市奨学生不選定
2008年09月04日(木)
大阪市は生活の困窮する家庭に向けて月額10900円を支給する大阪市教育委員会の学務担当が査定をしている。
 
昨今、申請者が多数のため予算内におさまらないため奨学金をもらえない保護者がある。
所得状況は数字であきらかであるが生活実態という審査はいつしたの? 
だれにどのような方法で生活実態を調査するのか教えて欲しいものです。
この言い分ですが、公にはこの人には支給できてこの人はできないというラインがない。数字で所得にあてはまらないといっても非課税世帯に所得ラインをひくのもおかしいし、困窮度でいえばはたらかないで生活保護を貰っている人間が困窮していると判断され、朝から晩まで母親が働き、学生本人も働いている人間は困窮していない、ほかで
借金が出来る人間はお金を借りろということである。

ですが高齢者の介護、就学生の人数が多い家庭、不登校で私学しかいけないなどの理由があれば、やっと行く気になった子供をやめさせるか先回に記述したように無利子の行政からかりれるだけ借りて
その返済をかんがえるとその他金融からかりると返済できない
状況があるなら学校をやめなければならない。

裏金に市や区が不正をはたらいていてなにが予算内で支給を考えている、困窮度というのは数字上だけでははかれないだろう。
6億7億の不正で奨学金だけでなくその他の支給で助かる家庭がいくつあるのだろうか。



大阪府育英会からの借り入れにしても授業料から減額援助をさしひき
10万円をたした分となるとたりるわけがない。
 
貸付には市民税、非課税世帯の方を対象に生活福祉資金貸付制度
があるというが、すべて連帯保証人は納税者でなければならないし、
連帯保証人がいなければかりられないので、学校をやめるか、
もっと借金を増やすしかないということである。
2008年9月4日 | 記事へ | コメント(0) |
不登校と向き合う
2008年09月03日(水)
最近、不登校中学、高校生の保護者の方から相談を受けることが多いのですが、なぜ?という理由は大人からするといじめ?ととらえがちですがそればかりではありません。
最近、お会いするお子様の大半が自分に自信がなく、挫折からたちなおれない、一見、弱者のようですが、正義感が強かったり、友人のためになにもできなかったとか、大人の汚さがゆるされなかったり、学校の教師への不信感であったり、若さゆえのまっすぐな気持ちがおれたことによる場合もあるのです。
ひきこもりをどうとらえるのか、それぞれでしょうが、親としてやることは学校に行かなければ将来どうなるとか、まわりの目を気にするとか、ずっとひきこもりになるのではとか、いつもゴールを気にして
話をするのですが、不登校の子供はスタートラインにどうのようにしてたたせるか、走り出したことをみとどけてやることではないでしょうか。
では手立てはなになのかというと、学校側の担任も含め、教育に立っている人の役割の重要性は相当あります。
先生の保身や、言い分もあるとは思いますが、適性にかける教師がいることは事実です。
いじめに関してすぐ動くことはしても子供の心をまもることにはプロではありません。 
私は夏休みに12名の不登校の学生と会い話しをしました。
保護者の方ともお話もしました。
本人の心の扉ににある鍵穴にあう鍵を探すのではなく本人から
鍵をあけてもらい、ここにもここにも違う扉があることを知ってもらう
あなたの心の扉以外に世の中にはこんなに多くの扉がありそのなかは
このような世界が広がっていることをできるだけ多く見せてあげることかと個人的には思います。

たった2人だけでしたが、扉を開き、私の持つ部屋の扉を開けにきてくれました。
自分が学校に行かないという選択をしたことをまわりが批判するだけでなく、見守りと世の中の広さをしるための方法をみせていくことかと思うのです。
2008年9月3日 | 記事へ | コメント(0) |
WTCに行ってみたいです。
2008年08月13日(水)
近くて遠い南港ある、大阪市の第3セクターの箱物のワールドトレーディングセンターに行ってみたいです。

大阪府庁がここに移転するかどうかは別として最上階plat planetの展望にいきたいものです。高いところ好き?
360度パノラマビューで、52階までシースルーエレベーター、53階までエスカレター きもちよさそうでしょう〜
なにか大阪とはちがう雰囲気にひたれそうですが。


ぼ===としにいきたいだけです。
コスモベンチはカップル専用だそうで。

52階のレストラン「シエル」ラウンジ「ファーストクラス」
絶好の眺望での食事と美酒はよさそうです。

まあ、日程のあいたときに行ってみましょうかねえ。
2008年8月13日 | 記事へ | コメント(3) |
キレル大人
2008年08月09日(土)
キレル人というと私などはあたまの聡明な方というイメージでしたが、最近はプッツンキレルの突然おこりだしたり、わけのわからない行動をとるなど、モンスター系をさします。

わたしはこの間、父の検診で第3次救急病院にかよっているのですが、検尿で身体障がい者の方専用トイレがいつも満杯なので男子検尿トイレで介護付き添いで入って採尿してトイレ内の窓口にだしているのですが、身なりも高級スーツをきた60過ぎの男性がうしろから


男性A「男子トイレに女ごときがはいってくるなあああああ。」
私  「すいません。父が自分では採尿できないので付き添いで」
男性A「甘やかすから自分でしないんだ! 看護師がいるんだから
    専門の人間にやってもらええええ。」
私  「ご迷惑をおかけしました。」
男性A「常識というものをわきまえろ。人の迷惑もわからん人間が
    付き添いしていい子ずらするな。ここは病院なのだから
    素人がやることはない。あんたの常識がない低度がひくとい    うことだ。低度の低いやつがくるから国立はドンドン
    レベルがさがるんや。*‘{|=))=||(’&」
それから後は聞いていません。悪いですが無視して窓口にいきました。

検査後もなにやら男性はいいたらなさそうにきて、父が「すまんなあ。自分でやれるとなあ。」という言葉に
私がその人物にキレてしまいました。

私 「私になにを言おうがいいが、介護されている病人にあやまらせ
   て、あなたは、介護をされたことがあるんですか?
   自分がトイレで恥ずかしいと思うなら検尿室前に別トイレが
   あるでしょう。足も手も口以上に元気なのに手すりのないとこ   ろで採尿したらどうなの? 身なりもご立派なら人への思いや   りも立派にしたらどうなんですか。
   人の上にたつお年頃とお見受けしますが、女ごときという発言   を会社でいうとどうなります?
   素人?どこで判断してるんですか?看護師に頼め?あなたは
   自分でできることも看護師に頼むのですか?
   入院患者になれば最悪な患者ですね。  
   あなたの病気はあなたがつくっているといってもいいでしょう   ね。 人を大切にすることが人から大切にされて病気も快方に   むかうもんです!!
   
恫喝してくること覚悟でいってしまいましたが、男性はなにが心に
あたったのか、「申し訳ない。おやじさん悪かったですね。おだいじに。」 といい私には、「あんたには勝てんな。気骨のあるおおもんやな。」

うれしもありません。ただ危ない人だったかもしれません。

病院は付き添いとか、自分では不自由で出来ない人への配慮を
個人情報の尊守ばかりでなくトラブルのない配慮のある体制をつくってほしいものです。
2008年8月9日 | 記事へ |
大阪府介護支援員制度はつづけてほしい
2008年08月03日(日)
社会貢献事業をなんでやめはるの?
社会支援員さんによって行政のざるからこぼれおちた無力な高齢者が
確実なサービスをうけれるノウハウと後ろ盾してくださる福祉施設の援助の橋渡しとしてなくてはならない仕事です。

福祉施設の担当者の方では時間も労力もなく、民間のネットワークが行政機関にたよらず社会貢献事業として本当の弱者の救いの手を差し伸べている事業のなかの支援員さんの仕事はなくしてほしくないです。

行政が給料を出す方は48名ほどです。これを削ったらほかもけずれなくなるというステージがちがうでしょう。

支援をする高齢者は行政におせわにならずというのかなれないため
民間におせわになる。これを民間施設がまかない、命をまもることができる。

クーラーのエコとはいっても涼しい机の上でボーナスをもらって
夏のリゾートを考えている方がクーラーもつけられない、病院にもかかれない、介護してくれる人もいない、どうすればいいのか怒涛に迷っている人のことがわかるのでしょうか。

現場をみてほしい。
すべてにはできない自己満足といわれてもしかたないですが、
父につくるカキ氷どうせつくるのだからひとときの癒しと思い
支援をまつ方で動ける方に食してもらう。家でクーラーをつかえない。

子供がコンビニでアルバイトをしているので、高校生の子どもがカキ氷を店でつくることになれているので手伝ってもらってます。

老人憩いの家は地域のお年寄りのための活動の拠点としてつかわれていますが支援員、ソーシャルワーカー、民生員の方の情報は
プライバシー個人情報で守られていることは正しいのかもしれませんが、逆にお困りの方が見えないという盲点もあります。

介護保険を利用している方はケアマネジャーがお世話をなさるでしょうが、それさえどうしていいのかわからなくて暮らす高齢者もいるのです。

お金ないお金ないという大阪府ですけど国に納めるお金をへらしてもらうわけにはいかないんでしょうか。

2008年8月3日 | 記事へ |
大阪府議会インターネット中継
2008年07月24日(木)
本会議、委員会などを見ています。内容についてどうのこうのは
あまりの多くの項目があり、ひとつひとつについて意見をのべるという力はありません。 議員さんの実力は手にとるようにわかるなあと
いう方もいます。


それから前太田府知事が私のときには閉会時間がこんなに早く終わってませんとTVで言っておられましたが、どういう意味?

橋下知事があっさりやってのけたからでしょうか。


議会場でのフリップがまたたくまにだされてさっていく、録画でしっかりみてくださいということですよねえ。

本会議はマイクは良く聞こえていますが、やじは必要ないと思いますが、どの議員のかたがあのようなやじをとばされているのかは興味あります。

議会終了されたあとの議員インタビューですが、アメリカのように
府民が直接、質問できるといいですねえ。

あまりに不適切な質問に関しては事前に放送局のように
カットしてもいいですし、府民の声を直接議会になんて
かってに思いながら7月臨時議会を拝見してました。

特別委員会はずらーり府庁職員の方がすわっておられますが、
質問にお答えになる方以外役職やら、何している人なのかわかりませんが、府庁職員の方々なんでしょう。どれだけがんばっておれれるのかアピールできる場が多くありますように。


みなさんでもっと府政についてワイドショー的ではない見方で
子供の将来にかかわる問題が山積されていることを念頭に注目していきたいと思います。
2008年7月24日 | 記事へ |
貸付申し込みしたことありますか
2008年07月12日(土)
大阪府0000協議会とやらに貸付の申し込みは本当に疲労困憊しますね。これであれば困窮して高齢で申し込みにきても死んだほうがいいと思うと思います。

区役所の窓口で個人情報だけでなく貸付とは関係のないプライバシーまで聞き出し、しまいには年金の預金通帳までもぅてこい、
確定申告の写しを添付しているのにその上、どうして高齢者の預金通帳までいるのですかねえ。 家族が連帯保証人と借り受け人になって公務員で所得証明も確かであるのに、医療介護貸付をかりるのに
認知症で介護4で子供の家族が進路の費用がかさみ、介護貸付の
申請をしているのに保証人は非課税世帯ではだめ、つまりサラリーマンか自営で市民税府民税を支払っているもの。
同一世帯はだめ、 まあ規定がすごくて、はっきりいって預貯金のあり、課税所得が高い人はべつにこんな貸付をかりなくてもいいわけで、なんのための貸付なの??????????

区役所側がいわく、『この資金をほかのものに使われたらこまるので
書類を提出」なるほどごもっともらしき意見ですが、高齢者が
現実介護を受けている事実があり、それであれば直接介護施設に
000協議会がかかった介護費用を貸付金として支払えばいいではないですか。 そしたら詐欺まがいなことにならないでしょう。

連帯保証人をしっかりしらべて返済可能かどうかは当然ですが、
公務員ならほかにも貸付があるし、給料でなんとかなるとか
いう必要はあるのでしょうか。

高齢者は1年間だけ自分の介護費用にと処分したものに所得税がかかり、医療費、介護費としたが、減額がうけられなくなり、
年金などでは到底無理な介護4.
そこで家族が負担の少ない貸付は連帯保証人がいなくてだめ

生活保護には家があるとうけることはできないので、家を処分して
特養にいれられるというのも方法ですと社会貢献事業の貸付担当、
区役所の担当がいうものでしょうか。

疲れる話です。
2008年7月12日 | 記事へ |
2008年06月24日(火)
河原れんさんの『瞬』が映画化されて来年公開になりますが、原作者は美人です。ピュアな世界感、だれもが持つ心の奥深くにある感情のかかわりの描き方が強く心を揺さぶられます。

人生を歩む時間が長くなると純粋であった時代の悲しいことや、辛いことより、ささやかな幸せが思い出されるときのほうが辛くなります。

心の傷というものは成長とともに癒されることもありますが、
失われた時間はよいこともかなしいことも戻りはしない。
だからささやかなしあわせをすごした人との別れは胸をしめつけます。

なにげない日常のささやかなしあわせをくれた人を失ってはじめて
今、この一瞬の大切さを、人生の長さよりどう生きたかが大切だと
気がつくのです。

なにげない小さな幸せをくれる人、それが私の大切な人であるということ。


心の扉が開いたり閉まったりをくりかえしながら、いつか全開のまま
で人生を終えたいものです。
2008年6月24日 | 記事へ | コメント(1) |
睦美会に出席して
2008年06月07日(土)
いやあお元気です。というのも失礼なくらい60代の女性パワーは
すごいものを感じます。
美容のこと健康のこと人生のことも達観されていて、はつらつとされていて笑いのたえない会です。

私は若い?ということでとてもかわいがっていただいており、年齢とは別でお招きいただいて、感謝しております。

いろいろな職業や、資格や、お立場の方なのでとても勉強になります。

女性らしく、人ととしてのマナーや、思いやりや、つきあいかたの
お勉強になるでしょう。と呼んでいただくのですが、私をたててくださりこちらが恐縮しました。

私がこの年齢になったとき、このような品格とだれからも慕われる
人間になれるよう努力してなれるならなりたいものです。

女性のなかで女性のリーダーとなりうる器というもの学ばせていただきました。
2008年6月7日 | 記事へ | コメント(2) |
橋下知事に聞いて欲しいこと。。。。
2008年05月30日(金)
連日、陳情、請願とかなりの数で大阪府庁に来ていると聞きます。
まして知事への提言となるとすごいんでしょうねえ。

私は自分のブログでかくのがせきのやまですが。

高齢者の介護をしていることは以前から書いておりますように、
病院にいくことも多く、診察以外でも月に何度もいきます。

自分のことではないのですが、父は私が付き添っていますので病院ではありえないことですが、救急の待合で救急車でこられたあるご老人が診察、手当てを受けられ帰宅をするのに認知症の一人暮らしで
タクシーで病院側が救急車でのせた居たくへ送りかえすか、
病院搬送用の車で送るか、夜間であればパトカーを呼んでるのを
何度かみました。

サロン近くで転倒された高齢の女性、救急を呼ぶほどでもない様子
でしたが一人暮らし、転倒で気が動転しているのではなく認知症
で病院にいきましょう。とお連れして氏名、住所がわかりましたので
区役所、保健センターに連絡をしてどのようにすればいいのか
指示をまちましたら、警察にいってくださいとのことでした。

おせっかいでしたが頭にたんこぶがありましたので近くの医師に事情を話して診察をお願いし、治療費もない方でしたが先生がだいじょうぶですこちらでしますのでと親切にいってくださり、タクシー代
も立替られて自宅に送りとどけたそうです。ちなみにそのお金はもどっていません。

そばで見ていた人が警察の仕事だからかかわらないほうがいいよ。
と数人にいわれました。
病院でも家にかえるのに財布をわすれたと受付で言っておられる高齢者がいてそこは第3次救急で手がなく職員の方がやはり警察をよぶことに。

悪いことをしたわけでなく、パトカーで帰ってきたとなると近所で大騒ぎになることもあり、ある程度認知で一人暮らしで親族が遠方、その他の事情で来てもらえない。普段は介護サービスを受けていても
緊急のときに対応してくれる人がいないのです。

都会の砂漠、人間関係が冷えてきていることが弱者に明るみにでてきています。

大阪府が先立って介護サービスのなかにも料金がかかってもいいから
緊急用サービスをつくっていただけないものでしょうか。
民間救急と、高齢者救急、民間の警備会社のサービスは月極めのため、切迫した一人暮らしの高齢者では支払いに困窮します。
緊急時だけでもいいから自宅まで送り届けてくれるエンゼルタクシー
なんとかなりませんかねえ。橋下知事様


2008年5月30日 | 記事へ | コメント(3) |
心の扉が開くとき
2008年05月25日(日)

春先からゴールデンウィークまで混沌とした毎日がすぎていきました。仕事はやらなければ行けない債務ですから、もう6月になろうとしていることすら不思議に思います。

昨年思い出深いがくあじさいが病気で全部枯れて、意気消沈してしまい新しく購入したりの気力もうせていましたが、ご好意で葉の立派な
花つきのよい額アジサイを思いもよらずいただきました。

とてもパワーがある鉢です。
なんだかがんばれそうです。感謝です。
人の温かさを感じて心の扉が開きました。
私も株分けして育てる人間に成長しようと思います。

愛情をもってそだてられた花は静かにかたりかけてきます。
思い出も帰ってきてくれます。 あじさいさん、ありがとう。
2008年5月25日 | 記事へ | コメント(1) |
寒さをこらえて灯油節約
2007年12月14日(金)
私の近くに一人暮らしの高齢者がいます。足腰が弱り、灯油を買いに行くのがままならないかと思っておりましたら、高騰で節約。
まだ寒さが厳しくなくしのげるとは思うのですが、昔は部屋に暖房なんかなく過ごした日ばかりで、贅沢すぎる今の日本とおっしゃいます。 クリスマスには冬にアイスクリームという楽しみ方をする家もありますが、考えさせられます。
持ち家がありテレビ、冷蔵庫、洗濯機の家電に電話があれば生活保護はもらえず、国民年金だけと少しの蓄財をくずしては生活するしか
ない高齢者です。身寄りがまったくないわけではありませんが、
援助はなく節約をして寿命までは迷惑をかけないようにとのお考えです。 介護保険で介護施設の利用も考えられたのですが、費用がかさむため、今あるお金は食べることと病院代に消えてしまうわけです。
ケアマネに行っていただきなんらかの方法をとっていただくように
お話をしました。
コタツに電気もいれず、昼間は暖かい服の重ね着で過ごし、真冬の到来に灯油ストーブを使うということです。
格差って自己責任でしょうか?
まじめにコツコツがんばっている人が馬鹿をみて、大手企業、官僚が
裏で金まみれなんですかね。
おねだり夫人というのも最悪です。ブランドに身をつつみ、美人とよばれて心は悪玉。貧乏暇なし族のひがみとまでいったようで。
人生はむつかしいものです。はあ〜
2007年12月14日 | 記事へ | コメント(3) |
なんなん?
2007年11月15日(木)
店先でプパラ−チンドンの音、つまりチンドン屋さんがお通りで、どこかのお店が開店するのかなあ?と思いきや大阪市長選挙の宣伝でした。
ティツシュにゴミ袋の手渡しで選挙に行く啓発でご苦労様です。

選挙にいかないと運転免許証がもらわれへんとか、強制でない義務化する方法はないもんでしょうかねえ。

コンビ二で大阪府知事賞のあったらいいなこんな弁当を買ってみました。おいしいじゃないですか。栄養バランスもよく、選挙もアイデアつのってみたらどうなんでしょうか。。。。


誰がなっても一緒とか言う声をよく聞きますが、もっとお金はなくとも志高く政治をしてみたい人が立候補できないものでしょうか

大阪府庁の夜のライトアップはなぜするのでしょうか?
エコ節電で大阪城はそれなりにわかりますがなんなん?

清水寺が今秋のもみじをライトアップすると京都にお金が落ちますが
大阪府庁はなんのメリットがあるのでしょうか。

府庁駐車場もタバコの吸殻でいっぱいですねえ。
なんなんですかね。 言ってることと現実がちがうのは。


2007年11月15日 | 記事へ | コメント(9) |
リラックスタイムをもつ
2007年10月25日(木)
私の知人の医師が規則正しい生活は健康的毎日に欠かせないというが、体調にあわせて楽しく工夫をした生活を送ることが疲れをもちこさないと考えるそうです。
ドリンク剤をのんでもうひとふんばりなどとやるよりは、仕事にアナをあけられないとか、がんばって仕事をこなさないといけないとか
の思いが先々にどうにもならない病気をひきおこすらしく、生活だけでなく、仕事をもつものすべてがそのような思いでがんばるが、小さな喜びの種をみつける、喜びを探すことに頭の切り替えをすれば、がんばりから、過酷ななかに自分を潤してくれる種がひとつふえ、2つ増えしていくと100パーセントを求めない自分がつくれるようです。
目標設定を高くもとうとか夢はでかくとかいうが、若くない人間は
どっしりとかまえるというものが貫禄であるとか、安定さを他に与え、生きやすい道、人がどう評価するとか、肩書きなどなんの意味もなさない自分をつくれるということです。
私にはむつかしい論文は理解するのにも大変ですが、ともかく自分の頭レベルを知ってそれなりにいきればギスギスと音をたてないということかなあと解釈してしまう始末です。
こんな私でも諭すように話をしてくれて感謝です。
それとこんなことも、意味不明な言葉(こむつかしい)話方や、コミニュケーションのとり方は人を傷つけたり、人は動かない。トップにたつものには不要であり、肩くるしくないのに、品格と貫禄と、威厳があることが王道であるようです。
はあ。まあ。やってみます。
2007年10月25日 | 記事へ | コメント(3) |
考えがまとまらない
2007年10月04日(木)
高齢者介護をしていること、子育てをしていること、仕事をしていること、シンプルに考えられないものでしょうか。
こんなもんでいいという考えがどれひとつとってもない。
どんどん認知がすすむ父、義父、義母、どんどん反抗期になる子供、仕事にぼっとうする時間がない。
弱音をはくなんてなかった私が頭が真っ白になっている。

考えがまとまらない。それでも生きていかないといけない。
頭脳明晰な人ならどうする?

なにやらたすけてもらいたいといろんなものにたよったり相談しても自力でのりこえるしかないことを思いしらされ、それでも私は笑っています。

ただ考えがまとまらないだけです。意志が通じない人は悪気が無く
精神がどこかに飛んでいるわけで、相談に乗ってくださる方も
真剣に考えてくださる、福祉の利用も、自分の呵責にさいなまれつつ
しかたなく利用させてもらうがトラブルつづき。
考えがまとまらない原因です。
不安をかかえ、重たい体をひきずりながら、仕事は笑ってこなすのです。強いから?いいえ考えがまとまらないからです。
2007年10月4日 | 記事へ | コメント(6) |
おごそかな渇き
2007年09月22日(土)
人間は自然破壊することはできても征服することはできない。
明日の総裁選で決定されるが、人間がつくりあげたものなど、台風、豪雨、旱魃がくればけしとんでしまう。
まだそのようなことがたまたま起きていないが危機管理については疑問視する。悲しみ、絶望、喜び、貧窮、戦争、平和、悪徳、不義のなかにさえ
自然は生きている。
人間の限界に気がつき、お金では癒せない心の渇き、日本国民のおごそかな心の渇きを政府も地方もなにかはかりしれない力が人間をささえていることを気がついているのだろうか。

年金問題、介護、教育とすべてがひとが渇きをおぼえ、自販機でお金をだせばのどの渇きをいやせるというわけにはいかないのである。

このおごそかな渇きを日本のリーダーは癒せるだけの器が必要だと
難波の総裁選の演説を聞いていて思ったことです。
2007年9月22日 | 記事へ | コメント(3) |
絆の温かさ
2007年09月10日(月)
ある会にお招きをいただき、なんの予備知識もなく、まったく初めてお会いする方々のテーブルに座して、宴がはじまりました。
おしゃれなフランス料理をいただきながら、主催者との親縁の方々とのお話を伺う機会を得ることができました。
長い年月、しかも親の代からのご縁というのか、そこででてきたのが「絆」お金では買えないいいところも悪いところもひっくるめてお付き合いできる人間の輪の作り方を学ばせて頂きました。
恩人、友人、知人、夫婦、親子の絆、根本は幼少にうけた教育と環境が左右するとかの驥尾を伺い、深いなあと考えさせられました。

ご夫婦が支え、支えられ二人三脚でがんばる絆。
周囲もご本人様たちも、仲のよさのオーラであてられっぱなしで
料理とご夫婦のご縁のエピソードでほんまにごちそうさまでした。
ふと結婚式に出席しているのかな?と思ったくらいです。

絆の深いかたが集まるとこのように和気藹々とした空気がながれるものなのです。主催者のご人徳によるものであります。

私も自分が主催者になることが多々あって、ひとりよがりを反省しました。まだまだ未熟です。
絆のつくりかたを考えさせられる1日でありました。
自分のなかである想いが湧いてきて落ち込みました。
しかたがない。上を向いて歩こうと思います。
2007年9月10日 | 記事へ | コメント(4) |
有害図書指定
2007年09月04日(火)
大阪府が明日5日より、残虐な内容を含むパソコンゲームを18歳未満禁止になるが、ソフト販売店は販売すると府青少年健全育成条例に基付き、30万円以下の罰金となる。

加害者少年が暴力シーンの多いゲームをしていたとされ、規制がなされるようですが、貸し出し、販売を規制しても、多分いたちごっこでどこからでもダウンロードできる可能性がある。

便利な携帯と同様、犯罪の危険性も多く含む。
中学生から高校生ではやっているプロフなど学校から離れ広域での
友人関係ができあがる。
安易にこどもに携帯をわたすことも疑問であるし、もっと規制がかかるべきかなとも思う。

有害業者からの犯罪への口が大きくあいているネット社会を
大人がどう子供を守るか、考えものです。
2007年9月4日 | 記事へ | コメント(4) |
大阪府の社会福祉法人の枚方療育園
2007年08月30日(木)
松嶋賢九州前厚生局長が国家公務員倫理法に違反する疑いで高級車の受領や、家のリフォーム代とか、私的関係者でも利害関係がありときは認められていない。 また枚方でこんなことが。
大きな出資をうけるのに利権をもつ役職の人間を取り込むなんて、こそくなことをしなければなりたたないのなら、特に福祉の名を借りた偽善的な
施設での利用を特にしないでほしい。


大阪府は汚い泥まみれの金亡者ばかりが生息するようで、正直ものがバカを見ています。

コムスンのことでもニチイがやるようですが、根本的なところは曖昧のまま時間とともに風化していく。

こんなことが何度もあれば、子供達は世の中すべて金、まじめにやることより裏道を考え、地位もなんのために得るのか、利権を得られると
とらえられる恐れあり。

きれいごとの教育をいっても、さめたまなざしが返ってくる。
心の闇が、平和の影にひそみ、昭和初期ころの皆がいらだち、なにかに
起死回生をのぞむ空気がいまの平成にも漂う。

若者の抑圧されたこころのアメリカナイズされたパワーが間違った方向にもう走り出しているのかもしてない。
2007年8月30日 | 記事へ | コメント(5) |
3週間続ければ一生が変わる
2007年08月23日(木)
こんな題名の本に出会った。最高の自分に変わる101の英知というのです。どうして読んでみようと思ったのか、自分を改革したいのか、今低空飛行の自分をイヤで一生を変えたいとおもうのか。。。。。

自分の考えれることは自分なりに努力もし、忍耐もし、やってきたつもりが、自分ではない他者においては、変革しようがない。

最良の実践法があるにしても自分は少しでもしようとするが、やらない、やれない、やろうともしない他者には何の意味もないわけで。

最高の自分という指標は自分がつくりだすのか、人の評価なのか
人生の幸福感なんていうものにマニアルなどない。
私は鈴をつけた仔猫でいろいろな方の愛情を受けつつ育ちたい。
最近、向上心というものを捨てる覚悟ができつつある。
走る人間にはついこようとする他者は少ないがゆっくり歩き、車椅子が必要な人間には他者は手をさしのべ、手足をかしてくれるものです。

3週間続けられなければ一生は変えられないのだろうか。
3週間、確実にやりこなし、自分変革の判断が不可能なとき、心の動揺は深いもであります。

プラス思考と情熱のパワフルにだれしもがやれるとは限らず、
今もっているものに感謝し、幸せを感じるほうが人間らしいのではと思う
のです。
2007年8月23日 | 記事へ | コメント(1) | トラックバック(0) |
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水素社会
2007年08月16日(木)
FCXというガソリンを使わない燃料電池車が実用化される。
CO2を全く出さない、水素を直接電気に変えるので、出るのは水だけだそうです。
エコが社会全体でさけばれるようになり、今年の夏は40度をこえる暑さも地球温暖化の影響もある。
私ができるのは身近でレジ袋をもらわない、冷房の温度設定を28度にとか蛇口は確実にしめて、流したままでの作業をしないなでをはじめとして、こまかなことしかありません。

子供達が燃料電池車を乗る頃には屋上緑化や、屋上パネル太陽電池、
技術が進化すること、街並みが変化していくこと、ここ10年であらゆことが猛スピード変化することは間違いありません。

パソコンが使うことは必須であるでしょう。
死ぬまで学ぶこといえ、学ばないと生きていけない必須アイテムが多く
なるということです。

アナログ時代をなつかしがっているどころではないようです。

国のリーダーも戦争を知らない人たちで占められ、皆がイライラしていて
教育や、国の制度への不信感や、昭和初期の戦前の日本ににているとは
だれも思わないのでしょうか。
90近くの高齢者はそのようにもうされていますが。。。。
2007年8月16日 | 記事へ | コメント(1) | トラックバック(0) |
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電話アンケート
2007年08月04日(土)
いったい国の国税調査をよそおったような電話。ロボット電話。忙しい時間をさいて電話に出るとセールス。ナンバーディスプレイはしていても
お客様商売なので困ります。
詐欺まがいの電話。いたちごっこのように取り締まれないのでしょう。

ケーブル電話にするとシークレットにすればよほど個人情報が流れないかぎり電話がかかってくることはありません。
家の電話はこれで知り合いだけです。
よく気軽にポイントカードなどに住所電話をかかされることがありますが、私用電話は書く必要はないですね。


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天神祭り浴衣をきた女性
2007年07月27日(金)
芸能人のkさんが浴衣やキモノをエロカワイイとかエロカッコイイとかで
キモノに靴、ベルト、爆発頭、丁半の肩だしにタツーなど、歌手ですから
まだ許されるところもあろうかと思うのですが、若いギャルちゃんが
街中でしているのを眉をひそめるのはおばさんだから?

かっこうは自由だ!はまだ理解できますが、道に地べたすわり、タバコぷかぷか(未成年)は見るにあまりがあります。
携帯にストラップを2−30本はつけているかなあと思えるのを片手に
食べ物の串つきを犬食べしているのも今なんでしょうかねえ。

新しい、古いに関係なくいいモノはイイ悪いものは悪いと感じるお祭りでした。
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乳がんで他界した幼なじみ
2007年07月22日(日)
私が小さい頃、店先や、会社の中で遊ばせてくれた幼なじみのSちゃんが
亡くなりました。私と同じくして、認知症の父を献身的に介護し、お互いがんばろうね。と話をした春先、病院にいくこともままならず、体調がおかしいと思いながらいくことができなかったことが手おくれになりました。
この夏の実家近くのだんじりは見れませんでした。
お父様は老人施設に入所、残されたお母様の落胆ははかりしれません。

子供は1人で、ご主人ががんばっておられるようです。
はっきりいって介護つかれがひきがねであると思います。
精神的なことから免疫が落ち、病院にいく時間がとれないなど、
介護の経験のない方には時間くらいあるやろといいますが、
商売をしているものは、そうはいかないのです。
Sちゃんのご冥福をお祈り申し上げるとともに、介護とい夜間医療について考えることとなりました。
2007年7月22日 | 記事へ | コメント(4) | トラックバック(0) |
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大阪参院選
2007年07月14日(土)
年金激論かあ?まあお金のことにかけては大騒ぎですねえ。今日安倍総理が街頭演説されたそうで、知人が聞きにいっておりました。
ちいさなことからコツコツと言う方はいないものですかねえ。知らないだけでしょうか。
おこがましいですが私なら、ケアノートの作成を中心に高齢者介護の一番身近なホームヘルパー制度のなかで資格修得、教育制度、適正テストなど
を早急に見直す、いえ改善すべきことなどをいいたいですね。
事業者が利益をとることよりヘルパーさんんの給与体制を良くし、
資格者のレベルをあげるなどコムスン問題は掻き消えたんでしょうか。。。

大阪府だけでも介護行政のあり方委員会をつくって微細なチェック機構をつくるべきだと考えます。介護家族は不満をもちながらしかたがないと
なかばあきらめでお願いしているかたが多くいると思います。
介護従事者も退職者が多いことや事業所を転々としていること、登録ヘルパーという実態。これには問題が多いと考えます。
ここでかくだけで、どうにもならないのでしょうか。。。。。。

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救命救急講習
2007年07月05日(木)
3時間、みっちり救命のノウハウを学びますがはたしていざのときは
私はできるのでしょうか。レスキュー隊の方々は訓練をかかさないそうですが、知らないよりは接客業でもありますし、良いのではと思い受講しました。

救うということの使命感にはもっと修行がひつようですが、
自分でもどうしていかねばならないと思ったのか

理由を考えることはやめにしても、力不足なのに社会貢献への希望を
もっている自分は否定できません。
2007年7月5日 | 記事へ | コメント(5) | トラックバック(0) |
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政務調査費ばかり
2007年06月24日(日)
大阪は政務調査費の監査報告とか勧告とかでメディアも大阪府民も
ワーワー状態。社保庁からはじまり、お金にかかわることは大切ですが同じくらい騒がないといけない事案があるのに。。。。
血税とかいって、払っていない人まで言っている???

義務をはたさず権利ばかり主張する人が多いもんですねえ。
ほんとの弱者はだれなのでしょうか?
ほんとに明るい社会にむけての問題につぎこむお金は何でしょうか。

線引きの監査や、審査、認可のノウハウがゆるい。とくに公金についてはだれが見張り番なのでしょうか。一生懸命やっておられる議員にとっても迷惑な話ですよねえ。

一人でなんでもかんでもやらないといけないというのにも無理がありますよねえ。地方議員さんは。

私はむつかしいことはわかりませんが、私の老後はどうなるの?
考えても無駄。毎日、今日という日だけ見つめて生きる体制にかわりはありません。



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認知症は人の心を肌で感じ取る
2007年06月16日(土)
最近、認知症の方との出会いが多く、認知症の方をわからない、何度いってもきかないとか、これは言葉では理解できないものです。
私の父も同じです。ですが、心で話すということを
やりはじめるとテレパシーではないですが、何度もくりかえすうちに、落ち着いたり、理解できたりするのはぜでしょう。本人が認知症になっていることすら認知できていないので、悪い言葉でいうとボケあつかいを介護施設、介護のプロとよばれる人はしていまいだろうか。 節度のない言葉かけは論外ですが、逆にケアしなくてはという意気込みが本人には重くなる、これくらいできると思っていたり、子供は子供と思うので。
見守る側は危険回避のためどうしても声かけですめばいいのですが、制止させることがふえます。

認知症の譫妄も家族の私にはどういう意味で言葉を発したのか、行動したのかがわかりますが、人生を長くともに暮らしてきた親ですから当然といえばそうなのですが、他人でヘルパーさんにとれば意味不明で
わけのわからんことをいっているというのか
認知症という判断で受け流す極意をお持ちのようです。
私はすべてというのは無理にしてもプロファイリングは介護には必要であると思います。
せめて略歴くらい、カルテのようにどのヘルパーさんでも見れてプライバシーの保護だけを遵守すれば
お手伝いさんまがいなことより、高齢者のケアの本質ができるのではないでしょうか。
以前ブログに私がかいたとうり、連日コムスンの介護=ビジネス。ヘルパーさんは被害者でもあります。
お国の対応もいかがなものでしょうか。
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ハレンチ市長のニュースをみた子供が
2007年06月09日(土)
朝のワイドショーがついていてハレンチ市長がスーパーコンパニオンとやらの全裸での行為が女性の顔だけ曇りガラスにしていて実際の映像を朝からながしていました。たまたま時間をみるのに都合がよくなにげにつけている親の私が馬鹿ですが、そんな映像を流す必要性があるのかマスコミもおかしくないでしょうか。

どこからでも情報は入ってくるとはいっても世の中である程度の地位と公人が金銭の不正やら、理性も品格もないことを子供が知って、多感な時期の子にどういいつくろうことができますでしょうか。

おとなのきたなさとルールの引き方で登校拒否があるのをイジメはどこに原因があるのか公職の人間は
考えていただきたい。
育成条例も遅くまで毎日休みもなく働くものにとっては親子でのだんたんが午後10時をすぎることもある。なにごともひとくくりで親も子も節度のない
人間として考えてほしくないですね。
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なるようにしかならない
2007年05月28日(月)
認知症と硬膜下血腫による譫妄と錯乱で昼夜逆転と俳諧、時間認知、環境認知、人間関係認知が劣化してきている父をかかえて仕事、介護、育児、資格試験、社会活動
ようやっているといわれるより欲張りという声も聞きますが、そうせざる終えない事情があります。

どれひとつとっても、まともに遂行しているものはありません。完璧主義?いいえ普通までいかない。

仕事は没頭するわけにもいかず、介護は高齢者3人なので手がまわりません。育児は、男子3人反抗期、
資格試験は雇用をするための資格、社会活動は発起人が私。

今の環境になるとは思いもよらず、この道を選択したのは自分ですからなるようにしかならない方法で毎日をこなしています。

なんでもないこととかんがえればなんでものいことになるし、大変と思えば大変となるし。。。。。
なるようにしかならないと考え、ゆっくり、目先のことだけ必死にやろうとしれいる自分がいます。

だれにも理解されなくても心の扉を閉じなければ
だれかが訪問してくれるものです。
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カルガモの雛
2007年05月19日(土)
近くを流れる川に雛がいます。夜行性なはずなのですが、こんな街中の昔はどぶ川とまでよばれたところで
生育していることが、川の浄化のおかげでしょうか。

テレビで三井ビルからのお引越しのニュースでみていらいです。

多分、カルガモでしょうけれど、雛ってこんなにも
かわいいものとは。

親の後をおしりふりふり、ずっこけたり、いきおいあまって兄弟とぶつかったり、それを見ながら、
自分の子育てを考えてみるに、見守りはするけれど
子供には転ばせるということも必要であるなあなんて。
危険を回避したり、リスクを親がいつもとりのぞいていると実力以上に子が過信をし挫折というものに
ぶつかったとき、立ち直りの強さがもてません。

なにはともあれのどかな光景です。
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ゆっくりと生きる
2007年05月13日(日)
とまって振り返ると驚くほど遠くまで歩いてきていることに気がつきました。人生の結論は最後までわからない。
気持ちに余裕がなければ周りが見えなくなるし目の前にある楽しさや、足元にある幸せを見落としてしまう。
悩み苦しんだあとに先にみえるのは私の本当にすすむべき道だろうと思います。

このぽーとする時間も無駄ではなく人生には迷いとためらいのひだがあって人間味もますものと思います。
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あーどうしようもない
2007年05月05日(土)
ぽーとぼーとしているとどうしようもない気持ちが再燃してきます。
わかってはいるけれどどうしようもないことって
ありますよねえ。
砂漠の一滴の水の潤いに人生をかけてもいいなど
あーどうしようもないこと考えてますねえ。

うまれかわったら。。。。。
前向きのパワーを落とすとこれほど後ろを向いて
足跡を消しにかかる自分がなさけな〜い。

与えられた残りの時間、自分の思うようにすべきか
まあ少しですがさしさわりのないレベルでやっていますが。
 
あーどうしようもできないです。
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ぼーとすること
2007年04月28日(土)
ぼーとすることができない自分がありました。
自己責任と思い込みをはずしました。
ぼーとしていたらまわりの人がしてくれるものですねえ。
よい勉強ができました。

自分のよろいかぶとをはずして何もできません体制がどれほど自分のストレスを取り除けるのか楽しみです。
 
なんでも自分ですることはまわりにストレスを与えかねません。

ぼーとすることは、私にとって今やることのようです。
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