2007年08月23日(木)
こんな題名の本に出会った。最高の自分に変わる101の英知というのです。どうして読んでみようと思ったのか、自分を改革したいのか、今低空飛行の自分をイヤで一生を変えたいとおもうのか。。。。。
自分の考えれることは自分なりに努力もし、忍耐もし、やってきたつもりが、自分ではない他者においては、変革しようがない。
最良の実践法があるにしても自分は少しでもしようとするが、やらない、やれない、やろうともしない他者には何の意味もないわけで。
最高の自分という指標は自分がつくりだすのか、人の評価なのか
人生の幸福感なんていうものにマニアルなどない。
私は鈴をつけた仔猫でいろいろな方の愛情を受けつつ育ちたい。
最近、向上心というものを捨てる覚悟ができつつある。
走る人間にはついこようとする他者は少ないがゆっくり歩き、車椅子が必要な人間には他者は手をさしのべ、手足をかしてくれるものです。
3週間続けられなければ一生は変えられないのだろうか。
3週間、確実にやりこなし、自分変革の判断が不可能なとき、心の動揺は深いもであります。
プラス思考と情熱のパワフルにだれしもがやれるとは限らず、
今もっているものに感謝し、幸せを感じるほうが人間らしいのではと思う
のです。
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2007年8月23日
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2007年08月16日(木)
FCXというガソリンを使わない燃料電池車が実用化される。
CO2を全く出さない、水素を直接電気に変えるので、出るのは水だけだそうです。
エコが社会全体でさけばれるようになり、今年の夏は40度をこえる暑さも地球温暖化の影響もある。
私ができるのは身近でレジ袋をもらわない、冷房の温度設定を28度にとか蛇口は確実にしめて、流したままでの作業をしないなでをはじめとして、こまかなことしかありません。
子供達が燃料電池車を乗る頃には屋上緑化や、屋上パネル太陽電池、
技術が進化すること、街並みが変化していくこと、ここ10年であらゆことが猛スピード変化することは間違いありません。
パソコンが使うことは必須であるでしょう。
死ぬまで学ぶこといえ、学ばないと生きていけない必須アイテムが多く
なるということです。
アナログ時代をなつかしがっているどころではないようです。
国のリーダーも戦争を知らない人たちで占められ、皆がイライラしていて
教育や、国の制度への不信感や、昭和初期の戦前の日本ににているとは
だれも思わないのでしょうか。
90近くの高齢者はそのようにもうされていますが。。。。
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2007年8月16日
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2007年08月04日(土)
いったい国の国税調査をよそおったような電話。ロボット電話。忙しい時間をさいて電話に出るとセールス。ナンバーディスプレイはしていても
お客様商売なので困ります。
詐欺まがいの電話。いたちごっこのように取り締まれないのでしょう。
ケーブル電話にするとシークレットにすればよほど個人情報が流れないかぎり電話がかかってくることはありません。
家の電話はこれで知り合いだけです。
よく気軽にポイントカードなどに住所電話をかかされることがありますが、私用電話は書く必要はないですね。
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2007年8月4日
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2007年07月27日(金)
芸能人のkさんが浴衣やキモノをエロカワイイとかエロカッコイイとかで
キモノに靴、ベルト、爆発頭、丁半の肩だしにタツーなど、歌手ですから
まだ許されるところもあろうかと思うのですが、若いギャルちゃんが
街中でしているのを眉をひそめるのはおばさんだから?
かっこうは自由だ!はまだ理解できますが、道に地べたすわり、タバコぷかぷか(未成年)は見るにあまりがあります。
携帯にストラップを2−30本はつけているかなあと思えるのを片手に
食べ物の串つきを犬食べしているのも今なんでしょうかねえ。
新しい、古いに関係なくいいモノはイイ悪いものは悪いと感じるお祭りでした。
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2007年7月27日
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2007年07月22日(日)
私が小さい頃、店先や、会社の中で遊ばせてくれた幼なじみのSちゃんが
亡くなりました。私と同じくして、認知症の父を献身的に介護し、お互いがんばろうね。と話をした春先、病院にいくこともままならず、体調がおかしいと思いながらいくことができなかったことが手おくれになりました。
この夏の実家近くのだんじりは見れませんでした。
お父様は老人施設に入所、残されたお母様の落胆ははかりしれません。
子供は1人で、ご主人ががんばっておられるようです。
はっきりいって介護つかれがひきがねであると思います。
精神的なことから免疫が落ち、病院にいく時間がとれないなど、
介護の経験のない方には時間くらいあるやろといいますが、
商売をしているものは、そうはいかないのです。
Sちゃんのご冥福をお祈り申し上げるとともに、介護とい夜間医療について考えることとなりました。
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2007年7月22日
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2007年07月14日(土)
年金激論かあ?まあお金のことにかけては大騒ぎですねえ。今日安倍総理が街頭演説されたそうで、知人が聞きにいっておりました。
ちいさなことからコツコツと言う方はいないものですかねえ。知らないだけでしょうか。
おこがましいですが私なら、ケアノートの作成を中心に高齢者介護の一番身近なホームヘルパー制度のなかで資格修得、教育制度、適正テストなど
を早急に見直す、いえ改善すべきことなどをいいたいですね。
事業者が利益をとることよりヘルパーさんんの給与体制を良くし、
資格者のレベルをあげるなどコムスン問題は掻き消えたんでしょうか。。。
大阪府だけでも介護行政のあり方委員会をつくって微細なチェック機構をつくるべきだと考えます。介護家族は不満をもちながらしかたがないと
なかばあきらめでお願いしているかたが多くいると思います。
介護従事者も退職者が多いことや事業所を転々としていること、登録ヘルパーという実態。これには問題が多いと考えます。
ここでかくだけで、どうにもならないのでしょうか。。。。。。
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2007年7月14日
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2007年07月05日(木)
3時間、みっちり救命のノウハウを学びますがはたしていざのときは
私はできるのでしょうか。レスキュー隊の方々は訓練をかかさないそうですが、知らないよりは接客業でもありますし、良いのではと思い受講しました。
救うということの使命感にはもっと修行がひつようですが、
自分でもどうしていかねばならないと思ったのか
理由を考えることはやめにしても、力不足なのに社会貢献への希望を
もっている自分は否定できません。
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2007年7月5日
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2007年06月24日(日)
大阪は政務調査費の監査報告とか勧告とかでメディアも大阪府民も
ワーワー状態。社保庁からはじまり、お金にかかわることは大切ですが同じくらい騒がないといけない事案があるのに。。。。
血税とかいって、払っていない人まで言っている???
義務をはたさず権利ばかり主張する人が多いもんですねえ。
ほんとの弱者はだれなのでしょうか?
ほんとに明るい社会にむけての問題につぎこむお金は何でしょうか。
線引きの監査や、審査、認可のノウハウがゆるい。とくに公金についてはだれが見張り番なのでしょうか。一生懸命やっておられる議員にとっても迷惑な話ですよねえ。
一人でなんでもかんでもやらないといけないというのにも無理がありますよねえ。地方議員さんは。
私はむつかしいことはわかりませんが、私の老後はどうなるの?
考えても無駄。毎日、今日という日だけ見つめて生きる体制にかわりはありません。
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2007年6月24日
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2007年06月16日(土)
最近、認知症の方との出会いが多く、認知症の方をわからない、何度いってもきかないとか、これは言葉では理解できないものです。
私の父も同じです。ですが、心で話すということを
やりはじめるとテレパシーではないですが、何度もくりかえすうちに、落ち着いたり、理解できたりするのはぜでしょう。本人が認知症になっていることすら認知できていないので、悪い言葉でいうとボケあつかいを介護施設、介護のプロとよばれる人はしていまいだろうか。 節度のない言葉かけは論外ですが、逆にケアしなくてはという意気込みが本人には重くなる、これくらいできると思っていたり、子供は子供と思うので。
見守る側は危険回避のためどうしても声かけですめばいいのですが、制止させることがふえます。
認知症の譫妄も家族の私にはどういう意味で言葉を発したのか、行動したのかがわかりますが、人生を長くともに暮らしてきた親ですから当然といえばそうなのですが、他人でヘルパーさんにとれば意味不明で
わけのわからんことをいっているというのか
認知症という判断で受け流す極意をお持ちのようです。
私はすべてというのは無理にしてもプロファイリングは介護には必要であると思います。
せめて略歴くらい、カルテのようにどのヘルパーさんでも見れてプライバシーの保護だけを遵守すれば
お手伝いさんまがいなことより、高齢者のケアの本質ができるのではないでしょうか。
以前ブログに私がかいたとうり、連日コムスンの介護=ビジネス。ヘルパーさんは被害者でもあります。
お国の対応もいかがなものでしょうか。
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2007年6月16日
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2007年06月09日(土)
朝のワイドショーがついていてハレンチ市長がスーパーコンパニオンとやらの全裸での行為が女性の顔だけ曇りガラスにしていて実際の映像を朝からながしていました。たまたま時間をみるのに都合がよくなにげにつけている親の私が馬鹿ですが、そんな映像を流す必要性があるのかマスコミもおかしくないでしょうか。
どこからでも情報は入ってくるとはいっても世の中である程度の地位と公人が金銭の不正やら、理性も品格もないことを子供が知って、多感な時期の子にどういいつくろうことができますでしょうか。
おとなのきたなさとルールの引き方で登校拒否があるのをイジメはどこに原因があるのか公職の人間は
考えていただきたい。
育成条例も遅くまで毎日休みもなく働くものにとっては親子でのだんたんが午後10時をすぎることもある。なにごともひとくくりで親も子も節度のない
人間として考えてほしくないですね。
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2007年6月9日
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2007年05月28日(月)
認知症と硬膜下血腫による譫妄と錯乱で昼夜逆転と俳諧、時間認知、環境認知、人間関係認知が劣化してきている父をかかえて仕事、介護、育児、資格試験、社会活動
ようやっているといわれるより欲張りという声も聞きますが、そうせざる終えない事情があります。
どれひとつとっても、まともに遂行しているものはありません。完璧主義?いいえ普通までいかない。
仕事は没頭するわけにもいかず、介護は高齢者3人なので手がまわりません。育児は、男子3人反抗期、
資格試験は雇用をするための資格、社会活動は発起人が私。
今の環境になるとは思いもよらず、この道を選択したのは自分ですからなるようにしかならない方法で毎日をこなしています。
なんでもないこととかんがえればなんでものいことになるし、大変と思えば大変となるし。。。。。
なるようにしかならないと考え、ゆっくり、目先のことだけ必死にやろうとしれいる自分がいます。
だれにも理解されなくても心の扉を閉じなければ
だれかが訪問してくれるものです。
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2007年5月28日
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2007年05月19日(土)
近くを流れる川に雛がいます。夜行性なはずなのですが、こんな街中の昔はどぶ川とまでよばれたところで
生育していることが、川の浄化のおかげでしょうか。
テレビで三井ビルからのお引越しのニュースでみていらいです。
多分、カルガモでしょうけれど、雛ってこんなにも
かわいいものとは。
親の後をおしりふりふり、ずっこけたり、いきおいあまって兄弟とぶつかったり、それを見ながら、
自分の子育てを考えてみるに、見守りはするけれど
子供には転ばせるということも必要であるなあなんて。
危険を回避したり、リスクを親がいつもとりのぞいていると実力以上に子が過信をし挫折というものに
ぶつかったとき、立ち直りの強さがもてません。
なにはともあれのどかな光景です。
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2007年5月19日
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2007年05月13日(日)
とまって振り返ると驚くほど遠くまで歩いてきていることに気がつきました。人生の結論は最後までわからない。
気持ちに余裕がなければ周りが見えなくなるし目の前にある楽しさや、足元にある幸せを見落としてしまう。
悩み苦しんだあとに先にみえるのは私の本当にすすむべき道だろうと思います。
このぽーとする時間も無駄ではなく人生には迷いとためらいのひだがあって人間味もますものと思います。
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2007年5月13日
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2007年05月05日(土)
ぽーとぼーとしているとどうしようもない気持ちが再燃してきます。
わかってはいるけれどどうしようもないことって
ありますよねえ。
砂漠の一滴の水の潤いに人生をかけてもいいなど
あーどうしようもないこと考えてますねえ。
うまれかわったら。。。。。
前向きのパワーを落とすとこれほど後ろを向いて
足跡を消しにかかる自分がなさけな〜い。
与えられた残りの時間、自分の思うようにすべきか
まあ少しですがさしさわりのないレベルでやっていますが。
あーどうしようもできないです。
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2007年5月5日
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2007年04月28日(土)
ぼーとすることができない自分がありました。
自己責任と思い込みをはずしました。
ぼーとしていたらまわりの人がしてくれるものですねえ。
よい勉強ができました。
自分のよろいかぶとをはずして何もできません体制がどれほど自分のストレスを取り除けるのか楽しみです。
なんでも自分ですることはまわりにストレスを与えかねません。
ぼーとすることは、私にとって今やることのようです。
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2007年4月28日
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