門出寄角力大会
2009年08月21日(金)
新潟県には今でも村相撲が残っている場所が二つあります。
ひとつは地震の被災地として有名になった山古志地区、もうひとつは柏崎市高柳町門出(かどいで)地区です。
私の父親が門出出身なもので、毎年お盆の時期、8月16日に行われる門出の相撲大会に、私も参加しています。
門出は十日町市に近い山の中の集落です。
以前は鉄道も近くになく、鉄道に乗るには柏崎市街まで行かないといけなかったのですが、今は、車で10分位のところにほくほく線松代駅できました。
また、関越トンネル開通後、自動車なら関越道を使って東京から4時間ほどで門出に着くようになりました。その場合は六日町インターで降りて、そこからから1時間程一般道を走ります。
昔は東京から一晩がかりでないとたどり着けなかったものですが。
門出は過疎地域で、現在は200戸程度しか家がありません。ほぼ全てが農家か兼業農家です。また、20代、30台の若い人もほとんどいません。
相撲大会も、参加者が年々少なくなっているようです。そのため、10年ほど前から山古志からも有志に参加してもらっています。しかし今年は山古志の参加者を加えても18人しか参加者がいませんでした。
昔は門出地区だけで100人くらい参加者がいたそうですが。
門出の相撲大会は「門出寄角力大会」といいます。
村の鎮守の社のすぐ脇に土俵があり、そこで毎年8月16日に行われます。
下の写真はそのお社です。
すっかり役員席みたいになってますが...。
で、土俵がこれです。(↓)。
毎年、門出の青年会(というってもみんな40歳以上ですが)が大会前に整備しています。
子供相撲が始まる直前に撮った写真です。
ここ10年程は二十四代立行司式守伊之助さん(門出寄角力大会のページに行司姿の写真がありますね)が毎回出席され、行司もしてもらっていたのですが、今年は残念ながらご高齢(今年90歳!)のため、出席を断念されました。
自分も何度か取組をさばいてもらったことがあります。
この相撲大会、進行は以下のようになっています。
・軽量級3人抜き 70キロくらいか初めて出るような人のためのクラスです。
全員で3人抜きの勝者が出るまで対戦します。
・取りのぼせ 力士が東西に分かれ、一組2番ずつ相撲をとります。
大抵1回目に勝った方が、2回目は相手に勝たせます。
前座興業みたいなものですね。
・子供相撲
・三人抜き 参加力士全員で東西の区別なく対戦し、勝った力士は3人抜きするか負けるまで土俵に残ります。
3人抜きすると次の大五番という取り組みに参加する資格ができ、勝ち抜けします。
3人抜きが10人出るまで、残り全員の対戦が続きます。
・大五番
3人抜きした力士が東西に分かれ、対戦します。どちらかの力士が一人で5人抜き(相手方全員)をするまで、対戦が続きます。
5人抜きした人がこの大会の優勝者です。わたしも何回か優勝しています。
・中入り 最後に力士を東西に分け、早く3人抜きした力士から、大関、関脇、小結と役を振り分けてゆきます。小結より下位は役無しです。
東西で対戦し、役無しの力士同士なら神社のお札、小結同士は矢、関脇同士は弦、大関同士は弓を、勝った方が貰えます。
矢、弓、弦といっても、レプリカなんですけどね。
大関同士の対戦が終わると、勝者が弓を受け取るときに、弓取り式(大相撲中継の最後に毎回行われているあれです)が行われます。
弓取り式は、勝った大関に代わって別の人が行います。誰でもできるものではないので、そのために練習している人が別にいるんですね(実は私の従兄が20年以上この弓取り式をやってます)。
自分は、なんとか3人抜きできました(5人目)ので、今回は東の関脇になりました。しかし、大五番では私の前にいた人(門出相撲協会の会長さん)が私が出る前に5人抜きしてしまったので、出番なし。
最後の中入り相撲では押し倒しで勝ちましたので、弓の弦をもらえました。
実は取り組み毎に賞品がたくさん(米とか酒とか醤油とか、手押しの一輪車とか)出たのですが、ほとんど父の実家に置いて帰ってきました。
これらの賞品は在門出の商店からの提供品です(だから米とか醤油とか酒とかが多い)。
昔五人抜きして優勝したときには、軽トラックでないと運べないくらい賞品をもらったものですが、それらはほとんど父の実家に置いて帰ってきてしましました。
手押しの一輪車なんて農作業しなきゃいらないしね。
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2009年8月21日 12時48分
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