今年は色鉛筆で風景画を描こうと思って取り組んだ
第一作目。名前は、「竹林を抜けて」
さてこの力作を女房殿に見せたら、
「この場面は私も知ってる。」と。
「でも、真ん中の紺色の部分は川のように見える、
余りにも実際とかけ離れてるから、評価しない」と
おっしゃる。
紺色の部分は、散歩道。その両側に小さな
竹林があって、この道を通り抜けると
ぱっと視界が開ける、時々行く公園の一風景。
それを描きたかった。
確かにぱっと開ける視界の部分の描き方が
不十分だとは思ってたけど。。。。
川のように見えるから気に食わぬというのは
女房殿の感性の問題。
川のように見えるならそれはそれで
楽しめるのでは。。。と思ったが。。。。
娘二人にメールに添付して送ったら、
構図が良いし、配色もいい、見ていて
気持ちが和らいでくると評価された。
携帯でも風景を撮っておいてそれを
写真にするか、PCに取り込んで
じっくり色鉛筆で工夫しながら描いていくのは
けっこうエネルギーを使うし疲れるが
出来上がるとじっと観察してて自己満足に浸れる。
娘達はそんな趣味が発見出来て良かったねと
言ってくれる。
「竹林を抜けて」という題名を頭の中に
置いておいてじっと眺めてると
ここは、もうちょっと大きく、ここは色を
もう少し工夫せねば、全体的には
大目に見ればまあまあかとか、色々
自問自答してると楽しい。
結局は自己満足に浸ってるのだが
そういう一時があってもいいだろうと自分を慰めてる。
女房殿の見方も一つの方法だが、
実際を忠実にというのなら写真を楽しめばいい。
絵はどちらかというと作者の感性によって
エモーション(情)に重点を置いて
作成されてると思う。
だから想像力を駆使して作者の気持ちを理解
するのも楽しいものだろう。
必ずしも実際とは同じでなくてもいいと思ってる。
無論写真も撮影者の撮り方で感情表現も
十分出来る。でもやはり人間が機械を使わずに
簡単な道具だけで表現するものには
温もりというものが伝わってくる。
やっぱり自己満足かな〜?
とまあ、なんだかんだと自己弁護と
自己満足に浸ってる絵である。
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