ニックネーム:RDJ2010
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2012年05月21日(月)
紀勢本線 117系
117系のことをアップしようと思っていたのが、今朝の「金環食」の話題を優先してアップしてしまったので、本日2度目のブログ更新になります。

 ちらっと情報は耳にしていたんですが、紀勢本線、正確には「日根野電車区 新在家派出所」所属の117系の一部の編成が塗装変更されたとのことを。

 それをこの間、仕事の帰り(夜勤明け)に偶然見ました。その電車の折り返しを写真に撮るために、家に帰ってからカメラを持って、眠たい目をこじ開けながら、家の近くですが行って来ました。


       新塗装117系G3編成 354M 和歌山−宮前
       2012年5月19日撮影

 今までは明るい緑に白い線が入っていたんですが、今度のは割と深い青緑色とでも言うんでしょうか、正確になんと表現する色かは分かりません。
 とにかく一色なので「ぬるっと」した感覚です。表現がまずくて申し訳ありませんが・・・。「JR」マークもありません。この塗装ってシンプルでいいのか何なのかちょっと分かりません。
 この新塗装で走っているのは現時点で1編成だけみたいですが、やがてあとの4編成にも及ぶのでしょうか。


       旧の塗装(現在も他の編成はこのままです)
       117系G5編成(今回の新塗装のG3ではありませんが、元はこの塗装です)
       2011年12月25日撮影


 そして、昼前に今日散歩していたら丁度この新塗装の編成(G5)が来たのでビデオに収めてきました。

 何故ビデオカメラ持って散歩に行くのかって?
 いやいや今日たまたまです。今朝の例の「金環食」撮影した勢いでつい肩掛け鞄に入れていってしまったのでした。まあ、結果的にはちょうどよかったんですけどね。

 ですからいつもビデオカメラ持って散歩に行くわけではありませんが、今日の事を考えると「これもありかな」と思ってきました。ブログも動画アップできるようになりましたしね。



       117系G3編成 354M宮前駅 到着・発車
       2012年5月21日撮影
       三脚なしの手持ちですので若干画面揺れてます

 一日に2度ブログ更新したのは初めてです。しないときは半月以上もしないのにね。
 まあ、今後もできるだけ更新頑張りましょう。
2012-05-21 16:05 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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金環食
 今朝は予定通り金環食でしたね。
 巷ではもうここ一ヶ月ほど前から、ああだこうだと騒いでいましたが・・・。
 私は特に天文には興味はなく、へ〜えっ、っていう感じできました。

 今日は仕事はお休み。朝起きるとやはりテレビからは金環食が始まっているとのわいわいワイドショー。

 家内も若干興味がありそうで朝食を作りながらテレビをのぞき込んでいます。
 「わしらも見てみる?」ということで急遽ピンホールスクリーンを作ることに、といってもとても簡単なものですが、相成りました。

 1枚のスチレンボードに針で1mmほどの穴を開けて、もう1枚のボードにその穴を通って来た太陽光線を映すというものです。

※注意 ピンホール映像ですので、上下左右は反対となります。

 まあ特に天文には興味のない私たちは、当然日食用のグラス等関係グッズは何も持っていませんが、素人としてはコレで十分です。後で聞けば家内はその「日食用グラス」がほしかったそうですが・・・。

 これらのスクリーンにビデオカメラをセットしました。とは言えいい加減なものです。
 鉄道撮影なら何時間も前から用意するのと比べればカップヌードルを作る程度の即席さです

 まあそんな具合なので、ビデオもまあまあそれなりに、写真もそれなりに「金環食あったなあ」程度ですが、よろしかったらご覧下さい


       矢印の先です  既に始まっていました
       7時27分頃


       上の写真と同時刻頃のビデオ画面ごと撮影
       


       既に金環食状態を終え、影が抜けて行くところ
       7時33分頃


       上の写真と同時刻頃のビデオ画面ごと撮影

 で、肝心の「全くの金環食状態」になったときは私、食事をしていました。ビデオカメラにお任せして。
 しかし後でビデオを見ましたらちょうど雲がかかっていたようでうまくとれていません。

 まあ静止画像の代わりくらいのつもりでご覧になってください。
 ビデオは雲で写っていない映像部分を抜いて2部に分かれています(65秒と17秒)。



       完全な金環食状態の時は雲がかかっていたようです
       のせいでピンホールを通る光が少ないので映像がくっきりしません
       



       こちらも何とか、って感じですね

 やはりほとんど静止画像みたいですね。かろうじてカメラのシャッター音や車の通る音が聞こえますので、動画と分かる程度です。
 あまり興味のないことはいい加減にしかできない私の正確丸出しです。

 その時さすがにあたりは少しは夕暮れ風に暗くなりましたね。カメラをオートにするとフラッシュ撮影になりましたし、偶然かどうかは知りませんがカラスも鳴いていました。


       少し暗くなったので撮影してみました
       本当はもう少し暗かったのですが・・・

 以上「金環食」の即席お粗末レポートでした。


  
2012-05-21 10:22 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2012年05月16日(水)
はじめて動画アップしてみました

 ブログを始めて1年あまりがたちました。
 何かやっぱり進化しないと・・・、と初めて動画アップしてみました。

 鉄道の写真撮影と同時にたいていは傍らにビデオカメラもセットしていますが、あくまでもスチール中心、ビデオはサブです。

 今回の動画は、私がはじめてブログをはじめた日にアップした「津和野稲成号」の写真と同じ日の列車ですが、写真は「新山口行き」のもの、今回の動画は「津和野行き」のものです。

 この日はすごい雪で、その中で待っていた数時間を今でも鮮明に覚えています。

 うまくご覧いただけるかどうか分かりませんが、初めての動画アップのテストを兼ねての事ですのでよろしく。



       2011年 1月1日 雪 長門峡 「津和野稲成号」
2012-05-16 21:07 | 記事へ | コメント(2) | トラックバック(0) |
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2012年05月12日(土)
白浜ドライブ

 「円月島見にいきたいなあ」と言うことで今日、家族3人で白浜に行って来ました。
 まあ今のご時世、高速道路があるので1時間半もあれば和歌山市から白浜まで行けます。昔はホントに3時間以上かかりました。
 
 9時30分過ぎ、家を出る頃はまだ曇っていましたが、海南から高速へ乗った頃から晴れてきました。

 白浜ドライブとはいうものの、目的は私の「円月島」撮影と家内の「とれとれ市場南紀白浜(くろしお名店街)」で海鮮丼を食べること・・・が目的。娘も「鉄火丼」で参戦。

白浜へ向かう「白浜道路」での道すがら見慣れぬ建物が・・・。
「海鮮・・・何とか」と書いてたなあ。まあ、帰り寄ろうか。

 円月島は通称で、本当は高嶋(たかしま)というらしい。いずれにせよ南紀白浜のシンボルです。夕日の沈む円月島は有名です。


       円月島その1


       円月島その2

 円月島を撮影して、他の名所や温泉街はパスし、「とれとれ市場」へ一目山散。
 一目散と言いながらも途中、近畿大学水産研究所白浜実験場の建物などを撮影。


       第三十三 近大丸


       近畿大学水産研究所
 
 その建物におもしろい物を見つけました。
 「風見鳥」ならぬ「風見魚」。


       「風見魚」
   
 とれとれ市場はちょうどお昼時でしたが、食券を買うにもそう並ぶこともなくスムースに。
先ほども言いましたが、家内は」「海鮮丼」、娘は「鉄火丼」私は「海鮮ラーメン」にしました。


       家内の注文した海鮮丼  なんか少なくないかい?

 とれとれ市場を後に、早くも和歌山への帰途につきます。
 途中、来るときに気づいた「海鮮・・・何とか」というお店に寄りました。

 そこは「海鮮せんべい南紀」というお店でした。最近できたのかなあ。

 パンフレットによると「海と大地の恵みをそのまま活かした、こだわりの逸品・・・」と言うことで『「海の幸」や「山の幸」をふんだんに使って焼き上げたせんべい』製造販売のお店だったのです。



 店内は多くの種類のおせんべいの試食と販売棚(テーブル?)。そして建物の一角はその製造工程の見学ができるように工場がガラス張りになっていました。


       製造工程が見学できるようガラス張りになっています

 さらに嬉しいのは、オーシャンビューのテラスで飲める、コーヒーの無料サービスです。 ただし「試食の品物は持ち込まないでください」との注意書きはありました。
 そりゃそうですよね、試食のせんべいと無料のコーヒーがあれば出来過ぎですよね。


       オーシャンビュー 田辺湾が一望できます


       コーヒーサービスコーナー

 せんべい販売の店舗の隣には「健康バイキング和わ」というバイキングレストランがありました。今度はここも行ってみて食事をしてみたいですね。


       「健康バイキング和わ」



       購入してきたせんべい
       「海鮮ミックス」と「にんにくフラワー」です
       撮影するのを忘れていて、開封後に撮影 

2012-05-12 19:56 | 記事へ | コメント(2) | トラックバック(0) |
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2012年05月09日(水)
2011四国紀行その3

 3日目  2011年3月6日(日)

 最終日の乗車区間

 ・高徳線 高松−徳島
 ・牟岐線 徳島−海部(往復)
 ・阿佐海岸鉄道
  海部−甲浦(往復)

 東横インの朝食サービスを取ってからホテルを後にし、今日の最初の列車に乗る前に、高松城(玉藻城とも言うらしい)へ行きました。といいましてもお城(公園)の中に入ったのではなく(時間も早いので開いてない)、高松城の艮櫓(うしとらやぐら:重要文化財指定)と内堀の傍らを走る「琴電」撮影の為です。
 ここは結構琴電の話題になると出てくる撮影地の一つです。
 朝も早く、さわやかな気持ちで数本の電車を撮りました。


       高松城艮櫓


       艮櫓の傍らを琴電は行きます ポピュラーなアングルです



       水面が静かだったのできれいに反射しましたが・・・少し切れました(失敗!)


 私たちは高松駅に戻り、駅構内にある「連絡船うどん」という店に入りました。


       宇高連絡船時代のなごりでしょうか

 やはり友人の提案です。「ここの(大根)おろしかけうどんうまいんだわ」。(因みに彼は名古屋出身です)

 「おいおい、さっきホテルで朝食食ったとこやないかい」と抵抗するも、「まあ絶対うまいって」と言う言葉に押されて食べる羽目に。

 またうどんですわ。参った、参った。

 「なんぼ四国に来たかと言うても、こんだけうどん食わんでええやろ」と心で思いながら、一番小さなサイズを注文しました。

 まあ、でも味はおいしかったですけど・・・。炭水化物の取り過ぎや。

 で、今日の最初の乗る列車は、高徳線「うずしお3号」徳島行き。
 高松8:23発、徳島着9:35です。N2000形です。だんだん分かってきたぞ。


       うずしお3号  高松駅発車前


       屋島の写真(途中の車窓から)

 徳島到着後、牟岐線は9:51発のむろと1号に乗車です。牟岐には10:59着です。
 車両はキハ185。
 牟岐線は結構カーブ、アップダウンとすごい路線でした。


       むろと1号の  徳島駅構内の跨線橋から


       結構アップダウンがありました  線路の上下のくねりを見てください


       日和佐城(模擬天守)の写真

 写真の天守閣(らしき)は、「城跡とされる城山に構築された模擬天守」とのことで、「当時の建物を再現したものではない」とウィキペディアには説明されています。
 本物ではなくて残念でした。

 さらにどんどんいきますよ。
 牟岐に到着後、ここからは普通列車で終点の海部まで行きます。
 普通列車の車両番号は、「1512」。
 ウィキペディアによると「1500形気動車は、四国旅客鉄道(JR四国)が2006年(平成18年)から製作する一般形気動車である」とありました。

  「今後は、ちょっとJR形の車両も勉強してみます。」


       1512号気動車
       牟岐発11:05、海部着11:19


       海部駅 牟岐線だけでなく阿佐海岸鉄道の起点でもある

 海部からはさらに「阿佐海岸鉄道」が出ています。終点甲浦(かんのうら)まで11分。
海部発11:28、甲浦着11:39。


       阿佐海岸鉄道車両 ASA−301  ラッピング列車


       甲浦駅駅舎

 甲浦駅周辺には何もありません。駅の売店がかろうじてありましたが・・・とりあえず缶ビールとおつまみを買って時間をつぶします。

 阿佐海岸鉄道で甲浦を12:16に出てまた海部へ戻ります(海部着12:27)。

 海部からは普通列車で牟岐へ、牟岐からは「むろと2号」でもと来た道を徳島へ戻ります。
  普通列車  海部発12:33、牟岐着12:47
 「むろと2号」牟岐発12:51、徳島着14:01



       むろと2号 結局我々が先ほど乗車してきた1号の折り返しです

 元の道(鉄道)を戻って行くのはあまりおもしろくありませんねえ。
 
 徳島へ到着後、我々二人はそれぞれに、私は徳島港発16:35のフェリーで和歌山へ、友人は徳島空港発17:00の飛行機で東京へと戻ります。
 
 徳島駅には「むろと2号」は14時過ぎに着きましたから、少々時間がありちょっと遅い昼食と言うことで、徳島車両区の見える駅ビルの中へ。この頃から雨が降り出しました。


       駅ビル(うどん屋)から見た車両区
       写真中央右寄りに転車台が見えます

 やはり最後の最後まで「うどん屋」でした。幸い唐揚げとかもあったのでさすがに私はそれらのあてとビールで済ましました。もううどんはうんざりでしたから。
 東京の友人はやはりうどんを注文してましたね。
 しかし彼のおかげで、3日間1万円で四国を回れたんだから文句を言ってはだめですよね。むしろ感謝しないとね。
 
 そして、あれだけ食べてもやっぱり土産は「讃岐うどん」買っちゃいました。松山では「一六タルト」もね。






 食事の後、我々は徳島駅で別れてそれぞれの帰途につきました。
 私の乗ったフェリーも18:35に和歌山港へ入港し、家内が車で迎えに来てくれていましたので19:00頃には家に着きました。


       雨の徳島港を出港するフェリー 3日間の四国ともお別れです

 まあ、鉄道を乗りに乗った四国紀行でした。
 若干乗り残している路線も何時か乗りに行きたいですね。


 余談  

今回特に思いましたが、鉄道路線の名前ってうまく付けられていますよね。
 
 例えば今回の、土佐(高知県)と讃岐(香川県))を結んでいるので土讃線、伊予(愛媛県)と土佐を結ぶ予土線、それに伊予と讃岐を結ぶ予讃線など。
 もちろん全てがこのパターンではありませんけど。
 全国各地にまだまだありますね。紀勢線、肥薩線なんかもそうですね。
 
 このごろは路線名を愛称で呼ぶケースも増えてきましたが、やはり本来の呼び名がいいですね。
2012-05-09 11:37 | 記事へ | コメント(2) | トラックバック(0) |
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2012年05月08日(火)
2011四国紀行その2

 2日目  2011年3月5日(土)

 今日は、下記路線を乗ります。

 ・土讃線 高知−窪川
 ・予土線 窪川−宇和島
 ・予讃線 宇和島−松山(下灘方面経由)−高松

 ホテルを8時前に出て、高知駅に行きます。

 本日の最初の列車は、「しまんと1号」高知発8:21、窪川着9:26です。
形式は2000系(らしい)。


       しまんと1号  逆光のまま慌てて撮ってしまいました

 窪川駅からは「土佐くろしお鉄道」の中村線もでていますが、今回は乗りません。
列車接続まで約30分。駅の中を散策していました。


       土佐くろしお鉄道の窪川駅
       停車の車両はTKT8011さくら
       (こうなってくると私には形式なんかは全く分かりません)

 窪川駅からは予土線の普通列車で宇和島まで行きます
 窪川発10:04、宇和島着12:11です。車両はキハ32型。


       キハ32形(キハ32 5)

 

       宇和島駅  

 宇和島では駅舎から出て、コンビニで食事と飲み物を買い込みます。
 ビールとお酒それにおつまみと言った方が正確でしょうか。
 宇和島駅前には古い小型の蒸気機関車が展示されていました。
 
 12:55発、「しおかぜ22号」で八幡浜を目指します。2000形です。
  今年の時刻表では同時刻の列車名が「宇和海14号」になっているようです。
アンパンマンとその仲間達の絵が描かれたラッピング車です。


       しおかぜ22号

 しかしながら、国鉄時代の形式の「キハ」の文字がなく4桁数字だけの形式標記はどうも私にとっては苦手ですね。

 八幡浜ではまた普通列車に乗り換えます。


       八幡浜駅

 このまま「しおかぜ22号」に乗っていれば内子線経由で松山に行けるのですが、下灘駅を一度通過したかったために、わざわざ本来の予讃線の普通に乗り換えたわけです。
 普通列車キハ32形で、八幡浜発13:48、松山には15:54に着きます。


       キハ32形(キハ32 2)

 下灘駅から見る瀬戸内海はやはりとてもきれいでした。しかしかの有名なポスターの景色を見るには一度列車を降りて駅舎(駅ホーム)を間に挟んで海を見なければダメですね。


       下灘駅停車中に瀬戸内海を撮影
 
 私たちは時間的にそこまで余裕がなかったので車窓から海を見ただけでした。
私たちの列車が下灘駅に到着した時、数人の人が海をバックにホームに停車している列車を撮影していました。

 さていよいよ(伊予のシャレではありませんが)松山に到着です。

 次に乗る「しおかぜ26号」の発車時刻までに少々時間があったので、駅の外に出て伊予鉄道の松山市電を撮影しました。


       松山駅


       松山駅前の電停にて  

 また松山駅の構内でJR貨物のEF65を見たときは少々驚きました。「ディーゼル王国」と呼ばれている(呼ばれていた)四国が電化されているイメージって湧かなかったですから。
 でも昨日から気動車ばかりで旅をしてきましたから、なんか新鮮な気持ちになりました。


       EF651046

 さて本日の最後に乗る列車は、先ほども言いましたが「しおかぜ26号」です。
これで今晩の宿のある高松まで行きますが、「しおかぜ26号」自体は宇多津から岡山に向かいます。併結された「いしづち26号」が宇多津で併結解放されて高松に向かいます。


       しおかぜ26号(8000系) ミニ新幹線みたいです
       後部に「いしづち26号」が連結されています
       

 「しおかぜ26号」の指定席に座っていた我々は宇多津で「いしづち26号」の自由席に乗り換えました。
 高松には18:55着でした。


       いしづち26号  高松に到着後撮影

 本日の旅はここまでです。
 
 宿泊は、私の好きな東横イン「高松兵庫町」です。
 夕食はまたも「うどん」。相棒はとてもうどんが好きです。
 
 商店街の中で入ったうどんの専門店では、枝豆あてにビール一本しか飲めなかったので、ホテル近くのローソンで「おでん」をあてに買い込み、ホテルの部屋で飲み直しました。 うどんでは一杯飲めませんからね。
 
 因みにその友人は飲むことは飲みますが、本当に付き合い程度です。私ほど飲みません。むしろ食べる方です。だからあての種類の少ない店、例えば今日の様なうどん専門店などは私は苦手です。やはり夜は居酒屋でしょ。
 
 明日は四国の右半分を回ります。
2012-05-08 11:32 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2012年05月07日(月)
2011四国紀行

 ご存じの方もおられるでしょうが、JR四国には誕生日の所属する月にJR四国内の全線等(サンライズ瀬戸は除く)に乗り放題の『バースデイきっぷ』というものがありまして、その本人(その月生まれ)と最高3人(その月生まれでなくてもよい)まで同行できるフリー切符みたいなものです。

 値段は一人1万円ですが、特急の指定席(グリーンも含む)乗車が基本で豪華・お得感満点です。
 3日間、四国の列車(JR四国バス路線も乗車可能)の旅を十分満喫できますよ。

 詳しくは、時刻表の切符案内ページで確認するかJR四国などに問い合わせてくださいね。

 さて、今回から3回に分けて昨年(2011年)の3月に行ってきました、四国紀行をご紹介いたしましょう。3回連続でアップできるかどうかは分かりませんが・・・・・。

 因みに私は3月生まれではなく、3月生まれの鉄道好き(乗り鉄)に私が同行させてもらった旅です。
 なので、本来の「撮り鉄」の姿は隠して「乗り鉄」に徹しなければなりません。
 まあこれもいいかな。

 3日間でどんな路線を回ったかは下の地図で見てください。

 私は写真アルバムも結構整理していますので、そのアルバムに貼った地図を写真に撮りました。

 随分とアナログで申し訳ないですね。ネット上の地図を利用する方法もあるのでしょうが、鉄道関係もあるんですか?

 とりあえず分からないのでアルバムを直接且つ強引に写真を撮りました。赤い線が乗車路線です。
 写真が見づらいので、乗車線を書いておきます。

1日目
 ・徳島線 徳島−阿波池田
 ・土讃線 阿波池田−高知

2日目
 ・土讃線 高知−窪川
 ・予土線 窪川−宇和島
 ・予讃線 宇和島−松山(下灘方面経由)−高松

3日目
 ・高徳線 高松−徳島
 ・牟岐線 徳島−海部(往復)
 ・阿佐海岸鉄道
海部−甲浦(往復)


       アルバムに貼ってある地図を写真に撮りました

 それでは1日目、2011年3月4日(金)のスタートです。

 私は和歌山市内の在住ですので、だいたい四国に渡るときは南海フェリーを利用します。今回は自動車なしなので自分の体だけフェリーに乗りました。はじめての事です。

 和歌山港発 5:50、徳島港着7:45というフェリーです。
自宅から和歌山港までは車で家内に送ってもらいました。


       フェリーに乗ってしばらくすると夜が明けました

 徳島港からJR徳島まで路線バスはあるのですが、東京から来る例の3月生まれの友人とJR徳島駅で合流する事になっていましたから、それまでに時間が十分時間があったので歩きました。
 約50分です。歩くのは特に苦になりませんし。
 
 それでもなお時間があり徳島駅で一人モーニング。
 東京のヤツが現れて、「さあ、列車に乗る前にうどん食おう、四国やから」と。

 「おいおい、いきなりかいな!ちょっと待ってくれ、わし今モーニング食ったとこやがな。」と言いたいところでしたが、乗る列車は12:01発。まだ2時間あまりあります。 
 それにまだこれから「旧徳島城表御殿庭園」にも行くし。
「まあええか」とお付き合い。朝から腹一杯ですわ。
 彼は列車旅もさることながら城や庭園好き。


       うどんは普通サイズでも結構量が多かったです
       喫茶店でモーニングを食べた後なので腹一杯になりました


       駅から旧徳島城表御殿庭園に行くには車両区の上の跨線橋を渡ります


       「旧徳島城表御殿庭園公園」

 いよいよ列車旅の始まり!
 先ずは徳島線。正午過ぎ12:01発、「剣山5号」でいざ阿波池田まで。キハ185です。


       剣山5号(徳島駅出発前)

 阿波池田で土讃線に乗り換え高知を目指します。列車は「南風9号」。


       阿波池田駅


       南風9号(右側) 向こうはここまで乗車してきた「剣山5号」

 阿波池田発13:32,高知着14:42です。

 車両はN2000系、と言うの? 実は私は四国の車両の形式はホント分かりません。と言うか、JRになってからの車両があまり分からないと言った方がよいのかな。

 間違えていたらご指摘下さいね。
 私、長年鉄道ファンなんですが、中でも「国鉄ファン」ですので平にご容赦を。


 高知に到着です。駅舎は予想外(失礼!)に近代的な建物です。
 駅を出れば「土佐電気鉄道」の車両が出迎えてくれました。


       高知駅


       土佐電気鉄道の市電(高知駅前電停)
       
 高知市内の観光と言えば、もうそうですね。代表的なのは、高知城、はりまや橋と桂浜でしょ。

 まあ、時間的な都合もあってまさにここだけサラリと行ってきました。もっといろいろとあるんでしょうけどね。


       高知城天守閣前


       はりまや橋


       夕刻の桂浜

 本日の旅はここまでです。
 宿泊は、「高知龍馬ホテル」でした。
 ここで紹介してもらった近所の居酒屋「楽屋」で一杯。


        楽屋さん

 静かなお店で、なかなかおいしく、ゆったり気分で飲めました。
 
 明日は四国の左半分以上をぐるり回ります。
 
                    (続く)
2012-05-07 08:28 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2012年04月30日(月)
 ブログはじめてちょうど1年
 ブログはじめてちょうど1年になりました。
 この間、hirosanさん、stayさんにいろいろとお教えいただき、ありがとうございます。
 そしていつもコメントを書き込んでいただく方にもお礼を申し上げます。

 なかなか新しい事に挑戦できない私ですが、これからもよろしくお願いいたします。
 でも、コンスタントにブログをアップしていくって難しいですね。
 ちょっと油断してたら半月くらい何もしないままになってしまいます。 

 今後も、過去(昭和45頃からですが)と現在を織り交ぜた写真や話題をご紹介していきたいと思っていますので、おつき合いのほどよろしくお願いいたします。
 鉄道をメインに、時には鉄道をしばし離れた写真などもね。

で、今日の写真はちょっと懐かしい系で。この間から103系づいてますので・・・。しかし、ゴハチは今回何の脈絡もありませんねえ。ご勘弁を!


       和歌山駅にて 昭和48年春頃 国鉄ストの日だったと思います
       103系とクハ55でしょうか 春闘のビラが貼られています
       今の近鉄百貨店ジョワとその駐車場裏あたりですかね


       紀勢本線 和田川橋梁 EF58149 昭和57年10月17日
       一応流し撮りになってるんですが・・・



 夕べは、息子夫婦が子供(6ヶ月)を連れて我が家にやってきて、夕食を共にしました。
 久々に孫を数十分だいていたので、今腰が痛いですわ。
 ちょうどその時間帯に、和歌山マリーナシティで打ち上げられた花火の写真も撮ってみましたので併せてアップいたします。


       平成24年4月29日 我が家から
2012-04-30 09:52 | 記事へ | コメント(4) | トラックバック(0) |
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2012年04月28日(土)
写真日和
 今日も私お休みです。
 昨日は東京の友人と会うため関空へ行く途中、日根野で103系を撮影したお話をしました。それがなんだか尾を引いて無性に103系を撮りたくなってしまい、今朝の6時前から和歌山駅へ行ってきました。
 車で行きましたから路駐が気になってゆっくりとは写せませんでしたが、いつも出勤する日も留置線に停まっている姿が気になっていたので、久々に和歌山駅での103系を撮影し気持ちも明るくなりました。基本的にこの電車が好きなんです。


       和歌山駅南側の留置線


       南第一踏切から和歌山駅を見ます
       結構朝は103系が使われていますね
       手前の機器がじゃまですね、しかし敢えて


       117系、103系そして225系
       偶然撮れました
       楽しいですね、こんな写真、和歌山駅北側で


       オーソドックスというか何の変哲もないただの走行写真です
       紀伊中ノ島−和歌山


       和歌山駅東口付近北側から
       回送で日根野に行くのですかね

 そしてもう一つ、この春の暖かい季節に一度行きたかった和歌浦の「不老橋」の撮影にもお昼前に行って来ました。こちらの方はゆっくり車を停めて撮影できました。
 おそらく他府県から来られている観光客の方が数名しきりに「きれい!」を連発しながら、不老橋やその付近から見える和歌浦の風景を携帯やデジカメで撮影されてましたよ。


       新しくかけられた(といってももう何年にもなりますが)あしべ橋から撮影


       同じ場所からちょっとアングルを変えて


       海というかまだここは和歌川ですが穏やかです 向こうは名草山


       新和歌浦を回りました これは蓬莱岩(と思います)


       雑賀崎の漁港です このあたりには「親子つりパーク」もあります


       帰りがけ、ついでに小雑賀の化学工場裏あたりから和歌山城を撮影
       和歌川沿いからからもこんなアングルで和歌山城を見ることができるんですよ


 本当に今日は写真撮影にはもってこいの春の一日でした。

 写真撮影はゆっくり撮るためには、自動車よりほんとうは単車か原付がいいですね。三脚とか持っていかなければね。

 今は自転車しかないしなあ
 そうそう、家内が最近母親から電動自転車を譲ってもらったのでこいつで行きましょうか

 でも・・・いかに電動自転車でも新和歌浦の坂道登れるんかなあ!?
 まだまだ地元でも写真に撮りたい、いいとこありそうです。
 車で行けないところは、「新兵器」電動自転車で見つけに行きますぞ
2012-04-28 16:01 | 記事へ | コメント(2) | トラックバック(0) |
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2012年04月27日(金)
久々に103系
 今日は東京から友人が里帰りの途中、関空に立ち寄るというので、昼食を共にしてきました。
 関空に行く途中、日根野で103系を撮影。天王寺から日根野止まりの回送でしたが懐かしくて写真を撮りました。和歌山でも早朝には見ることができるのですが、つい写したくなってしまいますねえ。
 昭和を代表する「国電」のひとつですから。   
 友人とは約2時間「ぼてじゅう」でお好み焼きを食しながら(もちろんwith)、昔の鉄道話やら今後の旅行の計画などを模索しました。

       なんて事のない電車なんですが今見ればいいですね


       これらの車両もいずれはなくなって行くんでしょうね

 で、友人とは次に北海道へ行く約束をして別れましたが、いつになることか
もちろん北海道は行くなれば(帰りかも)「トワイライト」ですよ。(実現するのか)       

2012-04-27 21:14 | 記事へ | コメント(2) | トラックバック(0) |
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2012年04月26日(木)
ミニトマト「優糖星」おいしいよ!

 本日、家内が所用で御坊へ行くのにお供して、その待ち時間の約1時間半、むこうであちこち行ってきました。

 御坊から国道42号線を車で下ってJR岩代駅に行き、新型287系で運転の「くろしお11号」を撮影しようと。

 しかし定刻より25分程度の遅れだった為、紀伊田辺発御坊行きの2362M(223系2500番台)の方(ほぼ定刻の14:28)の撮影が先になってしまいました。




     283系も紀州路の主役に定着してきました


       トイレがとてもきれいでした

 まあ雨こそ降っていませんでしたが何ともいえない曇天。風も強く海は大波。


       この辺はだいたい風が強いですね


帰りは途中の印南港や「JAみなべいなみ」のJA直売所「フレッシュマート」により、かの甘いミニトマト「優糖星」を2パック買って御坊へ戻りました。


       印南の漁港


       印南漁港の堤防の外は大波
    


       JA直売所「フレッシュマート」
       南に向かってR42の印南漁港の手前の国道カーブ端にあります


 このミニトマトは本当に甘くておいしいですね。あまり進んでトマトを食べない私でさえ、いくつもパクパクとつまんでしまうほどです。ネット販売もしているようですが、私たちは向こうの方面へ行ったときにお店で購入します。
2012-04-26 19:44 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2012年04月08日(日)
続「鉄道模型」のこと
 巷ではさくらは満開ですね。
 今日は日曜日。私は午前中の散歩以外、家にいましたが、世間ではさぞやお花見でさくらの下は賑わっていることでしょう。本当に開放的ないい季節ですね

 お昼ごろに近所に住む息子が孫(約7ヶ月)を連れてきました。
 さくらの花と同じくらい私の心もほころびましたね。

 近くなのに息子とはお互いの勤務の都合などであまり会う機会がないのですが、久しぶりに孫を見てその成長に驚きました。

 孫の成長もさることながら、息子も一人前に「父親」をしてた事に感動しました。

 私もお酒ばっかり飲んでないで頑張らないとね。

 さて前回(2回前のブログ)に続いて再度鉄道模型の事をアップしてみました。

 今回は機関区のセクションです。元々本線に向けて出庫していけるようにレールを接続可能にしていますが、Nゲージ模型縮小の為、今は本線レイアウトもなく、このセクションだけが単独で残っています。

 そんな機関庫に久々に機関車を並べてみました。昔の風景を思い浮かべながら。

 その昔、結構田舎の方でも、機関車を交代するような駅の付近には扇形機関庫を持つ機関区はありましたね。私の地元で言うと和歌山機関区にはありませんでしたが、紀伊田辺にはありました。

 そう、今山口線で有名な津和野でも扇形機関庫はありましたよ。高校の修学旅行で津和野に一泊したんですが、宿泊した山の上のホテルから機関区の扇形庫が見えていたのを今でも覚えています。その時そのホテルの窓から撮った写真(ネガ)がどうしても見あたりません。残念です。

 このジオラマは何年か前に製作しましたが、時折昔の国鉄時代を偲んでこのセクションをタンスの上から降ろしてみては機関車を並べ、眺めています。

 もう二度とこんな風景は見られませね、模型以外では。まあ梅小路は別としてね。

 このジオラマも稚拙なデキですが、「ああ、昔はそうやったなあ」と懐かしんでいただければ幸いです。


       機関庫の上部から


       手前から、C57が3両、D51が2両です


       ターンテーブル(転車台)にはC11312


       DD51の姿も見えます


       機関区の事務所、乗務員詰所など       


       今回は有名どころの機関車に並んでもらいました
      左から C575(梅)、C57180(磐物・門デフ)、C571(SLやまぐち・集煙装置)、D51498(SLみなかみ)、そして私の好きなD51499(奈)              


       鉄道100年記念頃にはよく目にした「モニュメント」、それに百葉箱


       給水タンクそれに給炭台 大規模な機関区ではもっと大きな給炭施設もありましたね       


       蒸気機関車とは別の気動車用の整備庫も
       ジオラマってフィギアがあると生き生きしますね

 以上になりますが、手元にある残り少なくなったNゲージのコレクションです。
 またの機会には数少ないですが、HOゲージのコレクションもご紹介させていただきたいと思います。


2012-04-08 21:21 | 記事へ | コメント(2) | トラックバック(0) |
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2012年04月06日(金)
「2012 和歌山城・さくら」
 本日はちょっと鉄道を離れ、ふと軽い気持ちで和歌山城とさくらを写しに行って来ました。

 和歌山城(公園)にはたまに行くのですが、この季節に行くのは本当に久しぶりのことです。

 自動車ではおそらく駐車場へ入れるだけで時間がかかるのは分かっていましたので自転車で行きました。

 案の定、和歌山城近辺の駐車場は一杯で、駐車場入りを待つ車の列があちこちで見受けられました。まあこの季節ですからね・・・当然といえば当然です。

 公園の中はいろいろな出店もあり、いい匂いが・・・、そしてご機嫌な花見のお客でいっぱいでした。

 そんな中を飲みたい衝動に駆られながらも、写真だけ撮って帰ってきました。
 なんか寂しいなあ・・・。
 でもまあ、春を感じに行ってきてよかったです。


       先ずは近くのスーパーの屋上から
       ここから見る和歌山城はわりとお気に入りです


       岡口門の近くから
       たくさんの方が写真を撮っていました


       上と同じ場所からお城をバックにさくらを


       一部だけしか写っていませんがもっとたくさん
       お店が出ていました


       二の丸から
       私の周りではたくさんの方がお弁当を食べていました
       というか、お弁当を食べているたくさんの人の中で写真を撮っている私ですか


       西の丸庭園(紅葉渓庭園)も覗いてきました
       建物は「鳶魚閣(えんぎょかく)」と右後方「御橋廊下」です
       これらの建物は私が子供の頃にはなく、いつしか再建されたようです
       この池(お堀)でよくザリガニや亀を捕りましたね


       とてもきれいに整備されています
       きょうは中国や韓国からの観光客も多かったようです
       
       
2012-04-06 14:30 | 記事へ | コメント(2) | トラックバック(0) |
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2012年03月29日(木)
「鉄道模型」のこと
 ブログを始めて約11ヶ月、職場の人たちにもいろいろと教えていただいてるんですが、なかなかアップの技術は進歩しません。まだまだ発展途上です。(発展するのか?)

 そしてこのごろ更新の回数も減ってきました。結構ネタはもってるつもりなんですが、あれもこれもと思うと結局しんどくなってきて何もしない、の悪循環に陥っています。

 今回はちょっと気分を変えて、プロフィールにも書かせていただきましたが、長年の趣味の鉄道模型の一部をご紹介いたします。
 
 と言いましても大したものではありません。いま手元に残っているNゲージのジオラマの一つです。しかもまだ完成ではありません。

 ジオラマやレイアウトには「完成」はありませんね。
 作っているときが一番楽しく、「ひとまず完成」としてもその出来具合が気にいらず、幾度も製作しては分解・分解しては再製作を繰り返してきました。そんな中の一つです。
 
 長年やってる割にはいいものは手元に残っていません。
 過去にはたくさんのNゲージ車両や自作のジオラマ等がありましたが、当世とても便利なオークションなるもので、ここ数年でほとんどを処分してしまいました。
 その売れたお金は?・・・何に消えたのか定かではありません。

 Nゲージ(1/150)処分のきっかけの一つに最近は目も悪くなり(老眼)、工作もしづらくなったということもあります。
 その代わりに今はHOケージ(1/80)の車両集めにシフトしている状況です。

 今回の模型は、昭和30〜40年代の春の田舎の終着駅(始発駅でもあるんですが)に単行の気動車が停車しているイメージで作って見ました。バックの山の風景は阿蘇の山々です。実際に行ったときに撮影してきたものです。

 とても稚拙な自作品で、人様にお見せするようなデキではありませんが、私自身の気分転換におつき合い下さいね。


    列車が入るとほんのしばらくのざわめきが起こるが、またすぐに静かになる田舎駅


    折り返しの発車時刻まで気動車も休息


    昔の国鉄駅には必ずあった「木」「公衆電話ボックス」そして「丸ポスト」


    駅前食堂とタクシー


    田舎駅前ではきれいに舗装などはされてなかったと記憶しています
      
2012-03-29 10:33 | 記事へ | コメント(2) | トラックバック(0) |
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2012年03月08日(木)
「日本海 最後の活躍」の撮影に行ってきました

 今日は勤務がお休み。ちょっと前から「行けたら行こう」、とファジーな決心でいたところ、弟(こちらも鉄道ファン:今は鉄道模型の方に専心)とも休みが合っていたので、予定通り二人で、今回のダイヤ改正で廃止される「日本海」の撮影に行って来ました。

 撮影地は淀川橋梁と思っていましたが、和歌山発のB快速(和歌山発4:51)は新大阪駅へ着く(6:21)ので、時間の関係上「新大阪駅16番ホーム京都方先端」で、これも今回の改正でなくなる「きたぐに」を先ずは撮影しました。

 その結果、急遽このままこの場所でいこう(淀川には行かないでおこう)ということになり、「日本海」もこの場所で撮影しました(アングルが気に入ったからです)。

 弟の方は、先にも述べましたが今は鉄道模型一筋で写真は撮りませんので、専ら私の三脚などの荷物持ちをしてくれました。

 「日本海」「きたぐに」の他、同じく今回ダイヤ改正でなくなるワム軍団の貨物列車も撮り収めてきました。

 半日の撮影でしたが、本当に久々の東海道で「鉄分補給」してきました。


       「きたぐに」  もう少し露出明るくすれば良かったです


       「日本海」  6日の下り「日本海」のカニ(電源車)の故障の影響で、本日は機関車の次位にその時電源供給に連結された「トワイライトのカニ24 12」が増結されて戻ってきました


       こちらの方が「トワイライトのカニ」が分かりやすいですかねえ


       EF66124に引かれたワム軍団は圧巻でした


       ついでに183系国鉄色「こうのとり」

 また一つ「国鉄」が消えてゆきますね。
 寂しい限りです。
 でも物流界は鉄道見直し(CO2削減)の方向ですね。
 「JR」の新しい形に期待しましょう。
2012-03-08 20:15 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2012年03月05日(月)
「1976 宮古の煙」

 東北地方太平洋沖地震からもうすぐ1年が経過しようとしています。
 少しずつでも復興の兆しが見え始めていますが、なかなか自然災害のもたらした爪痕は消えそうにありません。
 地震に加え、人間が作り出した原発の被害もまた私たちが想像できないくらい厳しいものがあるようです。
 言葉での「がんばれ!」は言い尽くされており今更という気もしますが、やはり今こそ「頑張ろう、東北そして日本!」


 1976年のちょうど今頃(1976年3月8日〜11日)、岩手県は宮古市にあるラサ工業宮古工場内で働くC10とC11を訪ねたときの写真をアップしてみました。そのほかに花巻や盛岡あたりでぶらぶらと撮影していましたね。
 ラサ工業の方々はどなたもとても親切で、入り口では撮影ポイント(工場敷地内の)の地図まで用意されていました。
 私が訪ねた頃から約36年が経過していることと、今回の津波で相当な被害があった事を考えるとこのラサ工業の工場あたりは今どうなってるのか想像もつきません。
 機会があればぜひ訪ねてみたいと思います。


   本日はC11247がお仕事  1976年3月9日




       

       C108はねぐらの中  今も大井川鉄道で元気に活躍中!


       夜の盛岡駅 1976年3月10日


       花巻の民芸品「忍び駒」 土産に購入
2012-03-05 10:58 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2012年03月04日(日)
287系「試乗会列車」
今日もまた雨でしたね、小降りでしたが。

 暦の上では、今は「啓蟄」。
よく言われるように「大地が暖まり、冬眠をしていた虫が穴から出てくる頃」という時期です。

 今年も一雨ごとに暖かくなってゆくんでしょうか。
 それとももう一度寒くなったりするんでしょうかね。
 いずれにしましてももう春は近いですよね。
  
 昨夜は仲間と遅くまで「痛飲」して今日は少々二日酔い気味です。が午前中にちょこっと撮影に行って来ました。撮影場所はJR宮前駅です。

 次のダイヤ改正(3月17日)から紀勢本線で走り出す新型特急車両287系の試乗会列車です。和歌山発10:30(紀伊田辺着12:20)の上り列車だけですがご覧下さい。


       まずは、223系で試し撮り
       113系が消え、223系も紀勢本線の顔になってきました


       287系試乗会列車 これが今後の「くろしお」の主力形式に
       しかし列車マークがないのはちょっと寂しいなあ
       


       同じ列車を後追いで撮影
       どこかの老夫婦がお孫さんを連れてこの列車をみにきてました

 
 ところで、いくら楽しいお酒でもやはり飲み過ぎは次の日に応えますねえ。
 特に、年をとってくるとね。このごろつくづく感じます。

 二日酔いの日って、「今夜はもう絶対ビールいらんわ!」って思うのに、夕方になると飲んでますよね・・・ね、ですよね、皆さんも。

 身体をいたわらないといけない年齢になりつつある我が身が情けないですが、しかしそうしないとね。
 これからも細くとも長〜くおつきあいしたいですからね、とはね。
2012-03-04 18:08 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2012年02月17日(金)
1977長崎市電
 大学生時代に2年連続(1977年、78年)で長崎旅行をしました。その時、長崎の市内電車を撮影した記憶があったので、ネガを探してみました。
 しかし、なぜか2回目に行ったときのネガが全くなく、どこかに失ってしまったかと、ひやりとしたのですが・・・思い出しました。
 2回目は私はカメラを持って行かなかったのを・・・。
 当時のアルバムにも私がいつもフィルムの現像を出していた写真屋のものとは違う写真が入っています。そう、その年(1978年)の長崎旅行はカメラ(写真撮影)は友人達に任せて、私は写してもらう方に回ったのでした。
 記憶はほとんど定かではないのでただの写真の羅列になりますが、しばし1977年の長崎市電をご覧下さい。ついでに当時の眼鏡橋や「レストラン銀嶺」の写真も・・・。


       国鉄 長崎駅 1977年7月19日 
       今は大きく変わってるんでしょうね


       長崎駅前 1977年7月17日


       長崎駅前 1977年7月17日 
       電車の横はサバンナRX−3ですね



       長崎駅前 1977年7月17日
       まっすぐ行けば正覚寺方面
       分岐を左に行けば蛍茶屋方面 


       正覚寺方面へ分岐を越えてすぐの当たり 1977年7月17日


       桜町 1977年7月17日


       同上


       宝町 1977年7月18日


       場所不明 1977年7月19日


       眼鏡橋 1977年7月19日


       同上


       「レストラン銀嶺」 有名なお店です 今は移転しているようです

 長崎はさすが雨の町、この年は7月16日の夜行で大阪を出て、17日朝に長崎に入り、19日の夜の列車で帰って来ました。3日間いて前2日は雨、最終日だけが晴れでした。
 九州は結構行くんですが、長崎だけはこの時以来行ってません。
 数十年ぶりにまた行きたいです。
2012-02-17 16:08 | 記事へ | コメント(2) | トラックバック(0) |
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2012年02月12日(日)
「阪堺電気軌道・阪堺線」ちょっと撮ってきました
 久しぶりのアップです。アップの仕方が忘れてしまうくらいです。

 随分前から気になっている鉄道の一つに「阪堺線」があり、昨日思い立って急遽、撮影に行って来ました。車で行ったので、路駐の事を考えて、就活中ですが昨日は暇をしていた娘を連れて行きました。

 大阪の方は良くご存じでしょうが、いわゆる「チンチン電車」ですね。
正式名称「阪堺電気軌道株式会社」なんですが、そこが「阪堺線(恵美須町−浜寺駅前間)」と「上町線(天王寺駅前−住吉公園)」の2線を運行しています。
 ちょっと詳しく言いますと、「上町線」には天王寺駅前から浜寺駅前行きもあります。


       車をパーキングに停めて 先ずは 塚西−東粉浜で通天閣をバックに撮影
       大阪らしい雰囲気だと思います
       電車は701型705号車
   

 その後は主に、その2線がクロスする『住吉』駅と『住吉鳥居前』付近で撮影してきました。
 今回は万一の路駐を考えて、娘に一緒に乗って行ってもらいましたが、結局このあたりにはパーキングがたくさんあるので、仮に一人で車で行っても大丈夫、パーキングに止めて安心して撮影はできそうです(ただし平日のパーキングの混み具合どうなんだろう)。


       阪堺線住吉に停車中の351型352号車


       阪堺線とのクロスを過ぎて住吉公園に向かう上町線の電車(501型504号車)


       住吉鳥居前に停車中の161型172号車

 私自身は元々国鉄ファン(まあJRも含みますが)なので、あまり私鉄は撮らずにきたのですが、各地いろいろと旅行などに行った先では、以外と「チンチン電車(市電)」が多いことに気づき、何となく興味がありました。
 ここ数年では鹿児島、熊本、広島、松山、高知などで少しづつですが撮影しました。もっと昔には京都、長崎、岐阜などもネガを探せばあると思います。いずれまたご紹介したいと思います。

 それなのに「阪堺電気軌道」だけが近くなのに一度も撮影をしたことがなかったんですよ。
 まあ昨日は土曜日(祝日)でしたが、「そんなの撮ってるんはわしだけやろ」と思いきや、いやいや、いるいる、結構同業者(撮影者)がいるのには正直驚きました。
 しかし、撮影してみてその訳が分かりましたね。結構古い車両から新しい車両まで走っていて、それぞれが色は様々、そして広告なんかを身にまとった、いわゆる「ラッピング車」も多いのでとても楽しかったですわ。私、しばらくはまりそうです。

 以下はそれぞれの形式ごとにご覧下さい。


       161型163号車 東粉浜−住吉


       161型172号車 住吉鳥居前−細井川


       351型351号車 東粉浜電停付近


       501型505号車 東粉浜−塚西


       601型607号車 神明町−妙国寺前 帰りがけに撮影


       701型701号車 アドベンチャーワールドの広告車「パンダ」



 そんな訳(どんな訳?)で、本日12日、この冬最後の「北びわこ号」の撮影で早朝から米原へ行く予定をパスしてしまいました。昨日の撮影で結局私の「鉄分補給」してしまったのですね(そんな訳か)。
 それと、2月号の時刻表で見たのですが、ゴールデンウィーク(4月29日、5月3日・5日)にも「北びわこ」走るようなのでそれがチラッと頭をかすめたのかも(結局琵琶湖方面に行くのが寒からそれに負けて、何かと言い訳している自分が悲しい)。

 ・・・だが、しかし、待てよ。
 4月29日はなんか中学校の同窓会って連絡あったよなあ、それに5月の連休については職場に休みの希望出してない事に今、気づきました。しまった!
 
 どうも今年に入ってから、普通の風邪やインフルエンザやらと予定が一つもうまくいかんなあ!昨日の鉄分補給に続き今日も「北びわこ号」行っときゃ良かった、と後悔するんかなあ。
 判断力まで鈍っている今日このごろ、みたいです。
2012-02-12 17:35 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2012年02月01日(水)
「インフルエンザ」のこと
 月も変わり2月になりました。二十四節気でいうともうすぐ「立春」ですが、なかなか・・・まだまだ「大寒」ですよね。

 1月の最後の方にやられました。「インフルエンザ」に・・・。
 仕事ももちろん休まなければなりませんし、私的な予定も全く崩れてしまいました。

・特急寝台「日本海」の撮影(1月26日の午前中、軽く淀川あたりでの予定だった)
・父親を連れて行く毎年の「伊勢参り」(1月28日の予定だった)
・SL「北びわこ」号の撮影(1月29日の予定だった)

 1月26日は深夜勤務明けで、帰宅せずそのまま大阪へと思っていたのが、夜中の勤務中から喉が痛くなってきた。最近引いた風邪の残りかと思い、父親を連れ「伊勢」にも行かなければならないので・・・と、大事をとって帰宅(日本海あきらめ〜)。

 その夜も食欲はあるのに、喉の違和感はあり、それに熱(ねつ)っぽくなってきた。
この時もまだまだインフルエンザとは思ってもいませんでした。ここ20数年来私はインフルエンザにかかったことがありませんでしたし、毎年予防注射もしてるしね。

 27日朝5時頃、あやや、来たかな・・・やばいぞ!

 身体が 熱〜い!(熱〜い! 熱〜い!)(エコー)  

 関節と皮膚が 痛〜い!(痛〜い! 痛〜い!)(エコー) 

 早速、朝一に内科へ・・・。
 思いっきり検査試薬のA型のところに反応が・・・。
 「数日間の安静」とのことでした。(「伊勢行き」も「北びわこも」当然あきらめ〜)。



    インフルエンザの薬と聞けばタミフルだけしか知らなかった私ですが、
    今回いただいたのはリレンザという薬でした

 そして・・・やっと今日2月1日のただ今は平熱になっています。
 若干「咳」が残っていますが、今日明日中には良くなる予定です。

 まあ予防注射のおかげもあったのか、最高でも38.7度の熱で済みましたし(インフルエンザにおいてこの熱が高い方なのか低い方なのか私は分かりません)、5日分の薬が全てなくなるころによくなって助かりました。

 しかしその間に熱に弱い私は何度も頓服を飲みましたが・・・。

 そしてもう一つ、私の娘も「インフルエンザ」にかかりました。39度何分とか言ってました。しかし、さすが若いだけあって私より1日遅く発熱しましたが、昨日31日には既に治って外出していましたから

 まあお医者様も言ってました。「小学生だと3日で治って4日目には学校行くけどね!大人はなかなか・・・ね!」。(因みに娘は小学生ではありません。現在大学生です)

 こんな訳で行けなかった「北びわこ号」撮影。とりあえずは去年のC57牽引の写真でもアップしておきましょうか。今年もまだ諦めてませんよ。あと2月5日、12日と走りますからね。何とか行けるものなら・・・。


    2011年2月13日 撮影 長浜駅付近  私、ここの踏切から撮るのが好きなんです
白いのは雪です
2012-02-01 12:46 | 記事へ | コメント(2) | トラックバック(0) |
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2012年01月14日(土)
「583系」のこと

 いよいよ「きたぐに」も「日本海」とともにこの春のダイヤ改正でなくなるというお話は以前にしましたが、やはり残念ですね。

 そんなことで、今回はこの「きたぐに」に使われている583系(581系を含む)の過去の写真を探してみました。たくさんはないのですがご覧下さい(画像もあまり良くありませんがお許しを)。

 昭和42年にデビューした昼夜兼行電車特急581系は、新大阪−博多間の寝台特急「月光」と新大阪−大分間の昼間特急「みどり」として運用開始され、その後は東北本線などでの運用の為に583系として改良・増備されました。
 昼間用の座席と夜行用の寝台が、使用する場合に応じて転換できる画期的な電車特急でした。詳しくはウィキペディアなんかで調べてみてください。

 寝台は3段ですが、M’(モハネ582形等)車の低屋根部(パンタグラフあり)の寝台が2段になっているところは、いわゆる「パン下」と呼ばれ、中段でも当然他より広くマニアには人気がありました。


       「明星」 1972年3月29日 大阪駅 隣には旧国電が・・・ 


       「はつかり」 1976年3月10日 東北本線 盛岡付近
       

       「雷鳥」 1982年 東海道本線 山崎付近


       「彗星」 1983年12月31日 東海道本線 場所不明
       向日町への回送かと思われます


       「雷鳥」 1984年1月15日 大阪駅 ゴハチや向こうにはPFも・・・


       「きたぐに」 2009年7月4日 北陸本線 糸魚川駅


       「きたぐにの車内で」 2010年8月23日(大阪行き)

 下段は広さ十分でゆっくり飲めました
 しかし、中段、上段はとりあえず寝るだけ、缶ビールを飲み干すのに頭を上げるスペースもなかったような記憶があります。
 それも今となっては懐かしい思い出です。
2012-01-14 11:26 | 記事へ | コメント(2) | トラックバック(0) |
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2012年01月10日(火)
「2012年1月9日満月」

 昨夜は今年初めての満月だったらしいですね。
というのは今朝知ったんですが、夕べは仕事の帰りに
空の月があまりにもきれいなので、家に帰ってから写真でも
撮ろうかと偶然考えながら帰ってきました。
 別になんて事はないのですが、ひとまずアップしておこうかな。
折角撮ったんだし、今年初の満月だというので。


     300mmで撮影しています

2012-01-10 14:02 | 記事へ | コメント(2) | トラックバック(0) |
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2012年01月02日(月)
「南海、近鉄、その他の私鉄電気機関車」のこと
 南海加太線が100周年と言うことを家内から聞き(家内はこういう事は割といろいろなところで情報を得て知っている)、過去ネガで加太線を写したものがないかと探してみたところ、加太線に関しては適当なものは見つからなかったのですが、同じ南海の電気機関車や近鉄の電気機関車のネガを偶然見つけたので今回これをアップしてみました。
 あと同日撮影したと思われる「南海特急四国号」も見つけました。
それならばと、最近の撮影した各地の私鉄の電関もついでに、ということでご紹介します。
 とは言え、もともと国鉄(現JRも含む)車両を対象に撮影してきましたので、私のネガやデジタルファイルの中にあまり私鉄車両はありません。ほんの少しだけですがよろしく。

 南海の電気機関車は5201型と呼ばれているものです。昭和59年に南海で廃車になった後に、三岐鉄道へ5202号が転属したらしいのですが、今でも元気に走っているのでしょうか。今の状態はちょっと勉強不足でわかりません。

 近鉄のデ51は国鉄和歌山線の吉野口駅で偶然撮影したものです。吉野口駅は国鉄(現JR)と近鉄が連絡していますね。近鉄にも「デゴイチ」があったんですね。
 船の様な丸窓がかわいいと言うか、私鉄にはあまり興味のない私にとってもちょっと素敵な機関車でした。

 その他は大井川鉄道、岳南鉄道、銚子電鉄そして秩父鉄道の電気機関車です。


       南海5201型 5202号 和歌山市駅 昭和51年


       南海5201型 5203号+5204号 和歌山市駅 昭和51年


       近鉄 デ51 吉野口駅 昭和48年


       大井川鉄道 E101 平成19年8月27日 千頭駅


       岳南鉄道 ED402 平成22年6月11日 比奈駅


       銚子電鉄 デキ3 平成22年9月17日 仲ノ町車庫


       秩父鉄道 201 平成22年9月19日 熊谷駅


       おまけで「特別出演」四国号


     南海電鉄 特急「四国号」和歌山港行き 昭和51年 紀ノ川橋梁付近難波寄り
2012-01-02 21:38 | 記事へ | コメント(2) | トラックバック(0) |
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2012年01月01日(日)
「謹賀新年」2012


  あけましておめでとうございます

   皆様がたにおかれましてはお健やかに初春を
   お迎えのことと存じます

   本年もどうぞよろしくお願いいたします

                  平成二十四年 元旦

 大晦日からの宿直勤務、大きく言えば、いわば足かけ2年に渡る勤務を終えて、先ほど帰宅し、風呂も入り今やっと落ち着きました。パソコン横には缶ビールを友に元旦ブログです。

 まあ最近は身体の調子の事もあって、ちょっと、ほんのちょっとですが、ビール、酒そしてそれらの肴を控えていましたが、今日・明日は飲もうかな。また3日からは仕事です。

 去年の今頃は雪の中の山口線でした。そう「津和野稲成号」の撮影に行きましたが、今年は・・・我慢しました。(去年の写真は私の記念すべき第1回ブログの掲載写真です)
 今回もその時の写真のうちの1枚をお正月に因んで一番下に載せておきました。

 「津和野稲成号」は今年も元旦から3日まで走りますが、雪はどうでしょうね。降ってるのかな?ネットの天気概況では「曇り」のようですね。
 稲成号は時間的にはそろそろ長門峡の通過ですね。

 まあ本当に今年は皆さんにとっても良き年となりますように祈念して、今から神棚の榊を取り替えます。

 それでは、今年もよろしくお願いいたします。



       「津和野稲成号『賀正』ヘッドマーク」   撮影:2011年1月1日



 


2012-01-01 11:13 | 記事へ | コメント(2) | トラックバック(0) |
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2011年12月31日(土)
「2011年も終わり」のこと
 今宵は大晦日。2011年・平成23年も過ぎてゆきますね。

 今年は本当にいろいろなことがありました。日本をはじめ、各国での洪水、地震、台風等の大きな自然災害やら政治に関わる騒乱も。

 ニュージーランドで起こった地震の被害がまだまだ報道されている最中起こった3月の日本での「東北地方太平洋沖地震」とそれに関連した原発事故。今だ尾を引いています。

 そして9月の台風12号の豪雨による紀伊半島での被害はまだ記憶に新しいところ。

 次から次へとやってくるので、もうその悪い出来事に我々の感覚が慣れてしまうのかと思うほど起こってしまいました。

 自然災害でいうなら、「地球が怒ってるな!」と感じ、政治に関わる騒乱や経済の危機に関しては「人類は傲慢になってしまった結果なのかな」と私は思います。
そういう思いは身近な世間でも感じることはありますね。

 どうか来年は少しでも安寧な年になってほしいものです。
 大晦日の夜は除夜の鐘の音を聞きながら心安らかに過ごしたいですね。

 と言う私は残念ながら、今宵も宿直勤務ですが・・・。職場で新年を迎えます。
 去年の大晦日は山口でのホテルで宿泊してました、「津和野稲成号」撮影の為に。

 今年、我が家は何かと節目の年でまあまあ良い年でした。ありがとう、神様、ご先祖様。

 本当に来年は世界中にとっていい年になりますように!

  それでは皆様、よいお年をお迎え下さい。来年もよろしく!


            京都・八坂の塔の夕暮れ(平成22年1月撮影)
2011-12-31 10:39 | 記事へ | コメント(2) | トラックバック(0) |
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2011年12月27日(火)
「横軽のEF63」のこと

またまた昭和58年の東京暮らしの時の話をひとつ。
この横軽(信越本線 横川−軽井沢間)も今はありませんね。


 昭和58(1983)年4月17日

上野発の特急「あさま」で軽井沢へ行きました。
途中の横川でのEF63連結作業を見るのが私の第一の目的。
厳ついEF63には感動すらいたしました。
私にとって、これが最初で最後の現役時代の63との出会いでした。

 因みにEF63型電気機関車は、信越本線(当時)の横川−軽井沢間の碓氷峠を通過する全ての列車の補機として連結・運用されたこの区間専用の機関車です。
 勾配を登る下り列車(横川→軽井沢)は後ろから押し上げ、勾配を下る上り列車(軽井沢→横川)には前でスピードを抑制する役目をしていました。(言葉が少しややこしいですね。坂に関係なく上り列車とは東京向きの列車です)。
 そのため機関車は常に2両連結(重連)で碓氷峠の勾配の麓側(横川側)に連結されていました。
 もっと詳しくこの機関車の素晴らしさをお知りになりたい方はいつものようにウィキペディアなんかで調べてみてくださいね。

 話は戻って、
その横川から軽井沢へ到着後、軽井沢の町を散策しましたが、これは私にとってはどうでもよいこと、一緒に行った鉄ちゃんでない仲間たちの目的でした。
 私はその散策の中身はほとんど覚えていませんが、一つだけ覚えているのは、彼らは「松田聖子が乗った・座ったとかいう白い馬車に乗って騒いでいた」ということだけです。

 軽井沢の町をあとにして、帰りは、小諸・中込・小海・野辺山・小淵沢とC56(高原のポニーと呼ばれていた)の活躍で有名だった小海線を経由し(これが私の第二の目的)、中央本線で東京へ戻りました。この日は一日中小雨が降っていました
 今日はその時の写真をご覧下さい。やはり昔のネガからなので良い色ではありませんがあしからず。


       EF631 「峠のシェルパ」と呼ばれていたEF63 横川にて


       特急「あさま」に連結する 横川にて       


       普通列車をはじめ、全ての列車に補機としてつきます 軽井沢での解放作業


       EF6226 この62が後に山を下って東海道に来るとはこの時誰も思わなかったでしょう 小諸にて


       DD16 8 車窓から 中込にて


       停車中のホームにて 我々が乗車していたのはキハ52を含む気動車でした 小海にて


       「国鉄最高駅・・・」の案内板 野辺山駅


       清里付近 車窓から こんな景色の中をC56が走っていたのか! 


       小淵沢駅ホームにて時間待ち
       

       中央本線 115系 この急行で帰りました 小淵沢

 今年も残り後わずかになってきました。寒さも一層厳しくなったような気がします。皆さんも風邪など引かぬように。
 そして今年はいろいろとありましたねえ。来年は少しでもいい年になってほしいものです。
 年内もう1度くらいはアップできるでしょうか、と思います。 
2011-12-27 15:36 | 記事へ | コメント(1) | トラックバック(0) |
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2011年12月24日(土)
「クリスマスイヴと貴志川線」のこと
Merry Christmas!
 

クリスマスイヴですね。とても寒くなりました。土曜日ということもあり世間ではゆっくりとクリスマスを楽しんでおられるご家族、熱々カップル、仲良し友達もさぞかし多いことと思います。

 私は昨夜からの夜勤明け。少々テンションは低いまま。ですが、少しでもクリスマスに因んだブログをアップしたくて近場でクリスマストレイン(正式にはトラム:電車ですか)を撮影に行って来ました。

 この時期、日本のSL動態保存の線区では「クリスマストレイン」なるものが運行されます。私の九州の友人からも、23日運行された山口線の「クリスマストレイン」の写真がメールで届きました。私は仕事の都合でいけなかったけど・・・・行きたかった

 今日、勤務明けの眠いまま、私が行ったのは、近場も近場、和歌山駅から貴志駅まで走る和歌山電鐵「貴志川線」です。そう、たま駅長で有名ですよね。
 毎年、この時期になるとこの鉄道も電車の前にリースを取り付けます。
約1時間の内に3種類撮ってきました。そう、「いちご電車」、「おもちゃ電車」そして「ねこ電車」いやいや「たま電車」です。
 まあ、今年のクリスマストレインはこれで我慢しときましょうか。


     オリジナル塗装の電車のマークはいつもと同じものです


     おもちゃ電車        


     たま電車


     いちご電車

     (写真は本日15時15頃から16時10分頃のもので場所はいずれも竃山付近です)
   
 ところで明日は「有馬記念」。楽しみです。今夜ゆっくり考えましょう。
丁度クリスマスですから、「赤と緑」の枠(3−6)、なんて今回案外はいいかもね。
6枠にはオルフェーヴルとトーセンジョーダン居ますしね。3枠はペルーサ取り消しですし。出走取り消しの出た枠からのもう1頭がよく来るんですよ。
 まあこんな買い方して過去にあたったためしはあんまりありませんが・・・。
 万が一、枠で3−6買われて外れても私は責任持ちませんよ。あしからず。
 私はとりあえずは買いましょう。夢を見てね。
 それではメリークリスマス!
2011-12-24 19:17 | 記事へ | コメント(4) | トラックバック(0) |
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2011年12月16日(金)
「113系&きたぐに」のこと
「113系&きたぐに」のこと

 おーい、ちょっと待ってくれ!来年の3月じゃなかったのか!113系消えちゃいましたよ、紀勢本線から。最終運用は12月9日だったとか。まあこれまでにもちょくちょく撮っていたので、多少の救いもあるんですが。
 さあ正月前後に本腰入れて・・・下津あたりで、と思っていた矢先でした。

 そして、何だと!「きたぐに」も、ってか。「日本海」と道連れかい。まあ来るとは思ってましたが、今日の夕方のニュース聞いて参りました。
 そんなに夜行列車なくさんといかんのかなあ。先日のブログでも書きましたけど。

 「きたぐに」は関西から磐越西線のC57撮りにいくのにとても便利な列車なんですけどねえ(私の思い)。新津で「きたぐに」を降りれば降りたホームの反対側から新潟への回送前のC57「磐越ものがたり」が停車していて、お手軽に撮影できるんですけど。

 前回に引き続いて昭和58年シリーズで今回のブログも行こうと思っていたんですが、状況的に先に「紀勢本線113系」と「きたぐに」の写真を今夜はアップします。
 あ〜あ、高性能の電車が出現してくる替わりに、昭和の国鉄時代のいいものどんどんなくなっていきますねえ。


    人気のあった「大目玉」 宮前駅
    平成19(2007)年4月28日


    湘南&瀬戸内色混成 加茂郷付近
    平成19(2007)年4月29日
    この頃は、福知山線事故の関係で日根野に戻った113系が
    前所属区のままの塗装で走っていました



    検査後まもなくの「大目玉」 元操車場の跨線橋から
    平成19(2007)年9月1日
    この編成もいつしかなくなっていました
  

    113系も終わりと噂されはじめた頃  宮前ー紀三井寺
    平成23(2011)年10月4日

 今回はいわゆる「阪和色」を中心に。またの機会にはもっと古い写真もアップしたいと思います。


 「きたぐに」は実際乗車したときのものですので、駅撮りです。


     大阪駅にて 平成21(2009)年7月3日
     大糸線へキハ52の撮影に行ったときに乗車


     新津駅にて 平成22(2010)年8月21日
     「磐越ものがたり」と「みなかみ」撮影行の時、
     このときは行き大阪ー新津、帰り長岡ー大阪間乗車
 
2011-12-16 21:44 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2011年12月13日(火)
 「急行八甲田(102レ)」のこと

 前回の「踊り子」に引き続き、東京での思い出の写真をアップいたします。

 今回は上りの「急行八甲田」です。上野駅の8番線に到着するのをよく撮りに行きました。と言いましてもヘッドマークも何もありませんから、EF58の写真みたいなものですが、お許しを。

 列車はスニ41と12系客車だったですね。到着はたしか昼前だったと記憶していましたので、とりあえず、ネットで調べたら、上野着11:01となっています。

 この当時の私の撮影行動パターンは、朝早く寮のあった国立を出て、東京を経由し、品川に行きます。駅やその周辺で撮影し、品川駅ホームのカレー屋で朝食、そして山手線などで上野へ。八甲田を撮ってからまた品川方面へ、といういわゆる毎週「ワンパターン」の行動でしたね。とにかく東京にいる間に関東(特に宇都宮区)のEF58の機番号を稼ぎたかったので、それがお手軽コースでした。

 この昭和58年頃には、もう既にEF58の廃車もどんどん進んでいましたから、この東京での1年は私にとってはとても意義がありました(仕事そっちのけの話になってますねえ、気が付けば)。
 おかげで最終的には、EF58型電気機関車全機175両中、撮影機数は74両でした(関西、関東も全てで)。まあ私の年齢や年代的にもそんなもんですかねえ。しかしその中には高崎二区(当時所属)のものが1両もないのが残念です。


        EF58116 上野駅 昭和58年11月19日


        EF58144 上野駅 昭和58年12月4日


        EF58145 上野駅 昭和59年1月22日

 よくもまあ同じような写真ばっかり撮ってますよねえ。
 これがいいんです。
 まだまだ続きますよ。


        EF58122 これは上野駅に到着入線してくる
        ところをホーム端から撮っています
        昭和59年1月29日


        上の写真と同じ列車が8番線へ入った後です
        どこかの鉄ちゃんが自作のマークをゴハチの前に
        掲げています。「さらばEF58云々・・」とか
        書かれていました。
        今のJRじゃこうは行きませんよね。こんな事を
        すれば不審者扱いですね。定期列車ですからね。


        上の写真と同じ列車が、今度は尾久に向かっての
        推回(推進回送)です。上野駅では今でも行われて
        いますね。有名な回送方法です。
        このアングルの写真だけ見れば到着か推回かはわか
        りませんね。


       EF651012 上野到着 昭和59年2月19日
       前回訪れてからしばらくして行きました。
       この日はPFでした。ダイヤ改正の影響でしょう。
       これが私が撮影した最後の「八甲田」でした

 本日アップしたEF58は全て宇都宮機関区配置です。

 この昭和59年の冬(1〜2月)は東京は非常に雪の日が多かった
と記憶しています(東京としてはですが)。


 この雪を思い出すのが特に下の1枚の写真です。「八甲田」ではありませんが、おまけでアップしておきましょう。
 例の単2033レです。このときは正真正銘の「単機回送」になってしまっていました。
 昭和55年10月に宮原区+宇都宮区の組み合わせになっていたので(「SG+EG」がよかったのでしょう)人気がありましたが、とうとう昭和59年2月のダイヤ改正で、宇都宮区のゴハチのみの「単回」となりました。このときには本当に東海道・山陽筋のゴハチの終焉を感じました。


     EF58141 品川駅 昭和59年2月26日
     降りしきる雪の中をいつものように12時30分過ぎに
     発車していきました

 ここまで写真をご覧いただきありがとうございました。
 次回も昭和58年の写真でいってみたいと思いますので、よろしくお願いいたします。何が来るのかお楽しみに!

 
2011-12-13 14:26 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2011年12月12日(月)
「客車特急踊り子号(昭和58年)」のこと

  本日は私の54回目の誕生日です。昨夜は家内の手料理で。昨日に限らずいつも飲んでますけど。健康に特に気を付けないといけない年齢になってきました。
 の飲み過ぎには注意しないと、とこれもいつも言いつつ・・・。夕方になれば・・・ね、うまいですね!

 ところで前回のブログで、昭和58(1983)年度は私、東京で1年間仕事の都合で生活していたことをちょっとお話しましたが、まさに丁度その年の3月に「客車特急踊り子号」が登場し、東京機関区のEF58が主に牽引機に当てられていました。

私が4月に東京に行く直前にデビューしたんですね。そのことは後になって知ったのですが、その年の4月9日に東京駅に撮影に行った時に偶然その「客車特急踊り子号」を見て、というかその日の牽引機のEF5861を先に見つけ、結果それが私が見た初めての「客車特急踊り子号」だったと言うわけです。

 客車踊り子は毎週土、日曜日に伊東まで運転されていたと記憶しています(毎週全ての土日だったかどうかちょっと記憶が曖昧です)。
これも曖昧ですが東京発14:00頃だったと思います。
 その10月以降は「サロンエクスプレス」での踊り子号の日もありましたね。
 
 それでは今回は1983(昭和58)年当時の「客車特急踊り子号」を見ていただきましょう。


         EF5861 昭和58年4月9日 東京駅

 
         同上


         同上 14系客車でした 東京駅を出発していきます


         昭和58年5月21日 伊東駅にて
         この日は「客車特急踊り子号」に乗車して伊東まで行きました   
         牽引機はEF5812


         183系の「踊り子」 東京駅にて 昭和58年10月15日
ついでに撮影しましたが、今となっては国鉄色が懐かしいですね


         本日はEF5868牽引の「サロンエクスプレス踊り子」号
         昭和58年10月15日  東京駅にて


         同上


         同上


         品川駅を通過 昭和58年10月15日 
         東京駅で撮影後、山手線で先回りして待って撮影


         翌日はEF651127牽引(客車は14系)
          昭和58年10月16日
         このようにPFの日もありましたね。


         EF5861 東京駅 昭和58年11月26日


         EF5861 有楽町を通過 これも先回り
         昭和58年11月26日 

 東京の思い出ついでに、近い内に上野での「八甲田」のゴハチもご紹介いたしましょう。
2011-12-12 11:55 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2011年12月08日(木)
「ブルートレイン」のこと
 孫の宮参りも無事に終わりました。これからもいろいろと行事がありますが、家族共々健やかにと願うばかりです。

 さて前回のブログの「免許更新」や「知恩院」のことなど書いた最後の方でブルートレイン「日本海」が来春廃止の話を書かせてもらいました。

 現在、いわゆる本来のブルートレインとして残っているのは、「あけぼの」(上野ー青森)、「北斗星」(上野ー札幌)そしてこの「日本海」(大阪ー青森)だけですが、関西発の「日本海」がなくなってしまうのは大変寂しいですね。ブルートレインではないですが夜行急行「きたぐに」もいつかはなくなっていくんでしょうかねえ。

 新幹線も速くてホント便利ですが、夜行列車も別の意味でとても便利な列車なんですけどね。便利な上でロマンがあるし、旅情があるし・・・。

 そんなことで昔、東海道本線で写した東京ー九州間の特急ブルトレを今回はアップしてみました。写真(ネガ)がとても古く変色しているのもあり、若干修正をかけていますがあまり良くなりませんでした。お見苦しくて申し訳ないですが、しばし昔を懐かしんでご覧下さい。


     1981年5月4日 大井川橋梁 上り「あさかぜ」



     1981年5月4日 大井川橋梁 上り「富士」



     1981年5月4日 大井川橋梁 上り「はやぶさ」



     1981年5月4日 大井川橋梁 上り「みずほ」



     1981年5月4日 大井川橋梁 上り「さくら」

 以上は大井川鉄道を訪れた時、ついでに撮影したものです。ついでだけにあまり真剣に撮っていませんね。次から次へと来るのをただこなしていると言った感じです。今から思えばもったいないです。もっとリキ入れて撮っておけば良かった

 次の3枚は1983年12月11日、品川付近での撮影のものです。いずれも上り列車で、もう終点間近の地点ですね。

 この1983年4月(昭和58年4月)から1年間、私は仕事の都合で東京で住んでいました。休みの日はいつも終焉間近のEF58を追っかけていた頃です。




          「はやぶさ」
     


          「みずほ」


          「さくら」

 これらのブルトレも実はついでに撮ったものです。何のついでかって言いますとね、一世代前のブルトレ牽引機、EF58です。
この頃まだまだゴハチは活躍してましたから、東京にいる間に撮るだけ撮っておけって感じでした。

 ですから上にも書きましたが、お休みの日は、午前中は上野駅、昼頃には品川駅でEF58を撮るのが常でした。


     品川駅停車中の「単2033レ」
     これは、知る人ぞ知るあの有名な単機(実際は重連)回送です。
     この頃は、私自身はブルトレよりもゴハチ(EF58)でしたね。
     品川駅では多くの鉄ちゃんがホームを行ったり来たりしていたのを思い出します。

 写りの良くない写真をご覧いただきありがとうございました。またの機会には東京でのゴハチも見ていただきたいと思います。 



2011-12-08 13:57 | 記事へ | コメント(4) | トラックバック(0) |
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2011年12月05日(月)
「免許更新と深視力」のこと
 約一ヶ月前から来ていた安全協会の「免許更新のお知らせ」に、まだまだ日があると思いながらも毎日気にしておりました。幸いな事?に年末繁忙期の12月の始まりでもありながら、12月3日から仕事が5連休となったので、この間にと思い本日5日行ってまいりました。

 その前に、12月3日は私と家内と私の父親を連れて京都の知恩院に、「佛名会(ぶつみょうえ)」というお参りに行って来ました。これは3年ほど前になくなった私の母親の納骨を今年6月に終え、その関係でこの「佛名会」の案内を知恩院さんからいただく事になっていましたので予定の行動です。いわば納骨した母の供養を総本山にて行う為です。(あまり詳しいことはわかりませんが)。

 知恩院はその宗派とは関係のない、多くの観光客や修学旅行生でも日常から京都の名所の一つとして賑わう所でもあります。ここは「七不思議」でも有名ですよね。「鴬張りの廊下」や、「忘れ傘」等です。現在は工事中のところもありまして見学できない所もあるようでした。

 大きなお堂の中でたくさんのお坊様がお経をあげられているシーンはやはり心が洗われます。


        本堂(御影堂、国宝)



     お寺の行事で参拝する人には境内まで自家用車も入れてくれます


        紅葉がとてもきれいでした

 前置きが長くなってしいましたね。
 元の話に戻りましょう。
 どなたもそうかもしれませんが、何年かに1回と言えども免許の更新に、交通センターに行くのって結構めんどうですよね。私はゴールド免許を一度もいただいたことがないので(全く自慢になりませんねえ)なおさらです(3年に1度ですから)。

 まして、私なぜ特に免許の更新が億劫になるかと言いますとね。20年近く前に大型免許も取ったので、一般の視力検査の他に「深視力」検査ってのがあるんですよ。
大型免許、二種免許の取得・更新時には深視力検査が必要になります。
それらの免許を持っておられる方はお分かりかと思うんです。
 「深視力」とは、簡単に言えば遠近感や立体感の視力らしいです。

 深視力検査は、「三桿(さんかん)試験」という方法で行われます。
 それは長い箱の中にある2本の固定された棒の間を前後する別の1本の棒が、固定の2本と並んだ時、すなわち3本がピタッと横一列並んだと思った瞬間に、動く棒の動きを止めるためのボタンを押すんです。潜水艦の魚雷の発射みたいです。

 それを3回やります。その3回の結果とも、その3本の並び具合の誤差の小ささでその人の遠近感を検査するというものです。あまり説明がうまくいきませんねえ。
 興味のある方や詳しくお知りになりたい方はネットにいろいろのっていますのでまた見てください。

 これが不安で不安で、毎回いやでたまりません。誤差が大きすぎると大型免許が更新できなくなるんです。過去にも同じ更新に行っている方の中で、この深視力でひっかかって警察の担当者からいろいろ言われている方を何人も見ています。決して侮れない検査なんですよ。

 いつも更新のたびに「大型免許さん、さようなら」にならないか、今回はダメだろうな、なんて思いながらいくんですが、やりました、今日、とてもうまくいきました。3回ともほぼ誤差なしでした。後の2時間の講習も気楽に聞いていましたよ。これでまた3年間とりあえずは安心できます(やはり今回もゴールドではありませんが)。今夜は特にビールとお酒がおいしいかな。いやいやそんなたいそうなものではないんですが・・・。

 明日は孫の「宮参り」です。5連休と言えども毎日何か用事です。

 全く話が変わりますが、いよいよ寝台特急「日本海」も来春で終わりとのことですね。
いくら新幹線がどうのこうのでも、寝台特急もいくつかはそのまま残しておいて欲しいですね。寝台列車って結構便利なんですけどね、夜出て向こうに朝着くんですから。
 出発地では夕方まで仕事なり行動ができて、行き先では朝一から行動ができるんですけどね。時代はこうも変わっていくんでしょうか。
 鉄道の写真しばらくご無沙汰でしたので、本日の1枚はこの「日本海」です。また撮影にも行きたいものです。


       東海道本線岸辺駅 この場所も最近では電柱がたったので写真が撮り辛くなりました(撮影:2009年8月29日)
  
2011-12-05 14:56 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2011年11月27日(日)
「南極観測船ふじ」のこと
 久々のアップですわ。この一ヶ月どうも体調がすぐれず仕事さえも休みがちでした。50も半ばになるといろいろ体調にも影響してきますねえ。頑張らないとね。

 今「南極大陸」というキムタク主演のドラマが放映されていますね。ふと思い出し過去ネガを探してみました。出てきましたよ、南極観測船「ふじ」の写真が。

 これは昭和57年9月の末から10月始めの頃だったと思います。父親が艦船が好きで和歌山港(築港)万トンバースに一般公開の為に着岸した時に一緒に見に行ったときのものです。




 私は特に船には興味はないのですがまあ「ふじ」やから一緒に見に行ったというくらいのものですか。小学生の頃、この「ふじ」のいプラモを作ったことも覚えています。


     「ふじ」搭載のヘリ


     船内に掲示された砕氷の様子を表した「手書き」の説明書
     やっぱり時代を感じさせますね、「手書き」ですから
     

 ドラマの方ですが、この「南極大陸」にかかわらず、今の平成の時代に「昭和の時代」を再現するのはなかなか難しいですね。製作の方は一生懸命やってくれてるんでしょうがね。今の時代の方々、すなわち昭和の終わり頃から平成にかけて生まれた方なら自然とドラマにとけ込めるのでしょうが、私たち昭和中頃か、それ以前の生まれの方には本物の昭和時代を知っているだけに少々違和感があるのは私だけでしょうか。

 例えば「裸の大将」ってのがドラマでありましたけど、列車が走るシーンなどは、明らかに架線のある下をSLが走っているので、「これ大井川鉄道やん」みたいな。昔を知っているものから見れば不自然な感覚と同じでね。田舎の鉄道でSL走るのは当然電化区間ではないのでね。私って捻くれてますかねえ。

 そう言う私に家内は「これはこれでええの!」の一言でいつも片づけられますが。
またぼちぼちブログアップしていきたいと思ってます。
2011-11-27 22:52 | 記事へ | コメント(2) | トラックバック(0) |
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2011年10月28日(金)
「初孫誕生」のこと
 本日、平成23年10月28日夕刻、初孫が誕生いたしました。
 その結果、私と家内はグランパ&グランマになった訳です。
 まあ、孫ができたというその喜びはひとしおなんですですが、我がせがれに子供ができたか、ということが嬉しく感じてしまいます。
 それと同時に孫には良く生まれて来てくれたね、と産婦人科のベビー室をのぞき込みながら、刻々喜びをかみしめる瞬間です。
 これは「あんまり酒ばっかり飲んではいられまいぞ」と、感じ入る次第です。
 といいながら、家に帰っては「俺たちジーバーやなあ!」と言いながらビールのグラスを飲みほす今夜でもありました。
 本日は「孫誕生の報告」のみです。
 
2011-10-28 23:12 | 記事へ | コメント(4) | トラックバック(0) |
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2011年10月10日(月)
「銀婚式」のこと
 今年の10月10日、すなわち本日は私たち夫婦の25回目の結婚記念日です。いわゆる銀婚式といわれるものですが、特段何かの式は計画されていません。子供達にも一応アピールしてみましたが、「ほうう、・・・おめでとう(以上)」という感じでした。
 ということで、今夜二人で食事にいく予定でしたが、これも私の体調不良の為、取りやめました
 家でゆっくりしています。家内に対しては「悪いなあ、すまん。」って感じですか
 家内は、HDに撮りためた韓国ドラマを見ていますわ
 まあ夫婦そろって健康でこれからもよろしくっ!て感じですかね。

 結婚記念日とは、結婚した日(婚姻届を提出した日)を指すらしいのですが、私たちの場合は結婚式(結婚披露宴を含む)の日が記念日だと思っています。実際婚姻届を出したのは新婚旅行から帰ってきた10日ほど後のことでしたから、結婚式の日の方が印象深いですしね。
 その10月10日「わしらの結婚記念日はいつも祝日(体育の日)やね。」と言ってたのが、いつのまにやら(勝手に)普通の日になっていますよね。今年はたまたま月曜日でそのまま祝日みたいですが。

 今年は私の家族にとっては何かと節目の年です。私たち夫婦の結婚25周年に加え、私の勤続30年、息子が結婚して新しい人生をスタート、もうすぐ彼らに子供が生まれ、私たちはジーバー、それに娘が成人式といろいろあります。十数年ぶりにネコも飼い始めましたし・・・(このいたずらものめが!)。


       ついでですのでこのいたずら者にも登場してもらいましょう。「りん」です。
       この子のおかげで家庭は明るくなった(娘談)といわれてます


 この「節目の年」をきっかけにさらにいろいろなことに挑戦してゆきたいと思っています。
 そしていままで以上に家内も大切にしていかないとね。(と思っています)

 では本日の写真です。私たち新婚旅行はニュー・ジーランドに行きました。そこではツアーでいろいろな所に連れて行ってもらいましたが、やはり印象深いことのひとつは「フライヤー号(KINGSTON FLYER)」です。日本でいう観光用動態保存SL列車です。

 今となってはどこから乗車したのか覚えていませんが、フェアライト(FAIRLIGHT)からキングストン(KINGSTON)までだったのかなあ。

 とにかくキングストンに到着後、機関車の入れ替え(客車への付け替え)を撮影している私を、バスの添乗員さんと家内があわてて呼びに来たのを覚えてます。もう少しでツアーに放って行かれる所でした。そう25年も前(昭和61年)のお話です。そしてその時の写真です。


       出発駅にて(フェアライトだと思います)


       終着駅キングストンに到着後、機関車の付け替えをして再びフェアライトに向かいます
     

       後ろに見える客車に連結します


 話変わります。
 忘れてましたが、昨日アップしました「ドクターイエロ弁当」ですが、大人が食す場合には、少し少量かと。お子さまランチ風でした。ロング缶と一緒なら良さそうです。もちろん新幹線の中で飲みながら食べるのがなにより一番ですけどね。

 さて、体調不良がひどくならないうちに今夜は早く寝よおっと。
 それではまたです。  
2011-10-10 19:41 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2011年10月09日(日)
「ドクターイエロー弁当」のこと

 今宵は宿直勤務なので、お昼から仮眠していると、さきほど(14時頃)から居間でわいわいと家内と娘の会話。「うるさいなあ」と思いながら「何だ?!?」と仕方なし起こされた格好で起きてゆくと、テーブルの上に箱入りの「ドクターイエロー」が

 スーパーダイエーの「駅弁市」で買って来たとのこと。たまにやってるらしい。

 こちらも仕事前のブルーな気持ちは少しはバラ色に・・・いやいや黄色になった。

 「夕飯はこれよ。」
 「まさか・・・これだけ。」
 「他にもおかずは作るけど喜ぶと思って・・・。」

 いやはや完全に見透かされてますなあ、私の心も。「まあなんと優しい嫁はんやね」とあらためて思った次第です。(エヘン!) 
 まあ明日は記念すべき10月10日ということもあり、今夜の勤務は黄色でいけそうやね
 お味の方は明日また報告いたしましょう。



     箱の周りには「ドクターイエロー」の仕事やそのT5編成等の説明がされている



     容器は瀬戸物、しっかりとしたものです。



     カレーピラフがベース、その上にオムレツやえびフライなど他にいろいろと。
     これだけでも結構おなかが大きくなったりして。夕飯が楽しみです。
   
2011-10-09 15:18 | 記事へ | コメント(4) | トラックバック(0) |
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2011年10月07日(金)
113系電車のこと


 いよいよ紀勢本線(きのくに線)の113系電車も終焉の時が近づいているということ。
 各情報誌等によれば来年の3月には姿を消すとか。またまた身の回りから「国鉄」がひとつ消えてゆきますね。

 というわけでもないのですが、所用で御坊へ行ったついでに、御坊へ行けばここで撮るという、「いつき踏切」(御坊駅の和歌山方第一踏切)に寄って来ました。

 113系の他に、こちらも来年(平成24年)7月には姿を消す381系「くろしお」やこの381系に替わる予定の287系の試運転列車も偶然撮影することができました。


       349M


       366M  2両編成ワンマン113系が検査なのか、本日は4両編成113系が御坊ー紀伊田辺を代走しているようです(写真左の停車中の電車 2359M)。


       370M


       くろしお18号


       スーパーくろしお13号


       287系試運転列車

 この287系の白浜方先頭車の形式がおもしろいですね。「クモロハ286」ですよ。
ク・・・制御車、モ・・・電動車、ロ・・・グリーン席車、そしてハ・・・普通席車の四役。こんな形式初めてですよね。いろいろ出てくるね。
 この形式は今年デビューし、既に「こうのとり」として走っているようですね。


       372M(117系)


 何の変哲もない写真ですが、お天気も良く、約1時間半楽しめました。

2011-10-07 15:14 | 記事へ | コメント(2) | トラックバック(0) |
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2011年09月29日(木)
「SL人吉&SLやまぐち撮影行のこと(その4:最終回)
 ここ2,3日朝夕涼しくなってきましたねえ。日中は少し歩けばまだまだ汗ばみますがもういよいよ本格的な秋が近づいてきました。

 さて私の「SL人吉&SLやまぐち撮影行」も今回が最終です。
 なかなか鉄道写真(他のジャンルの写真もそうでしょうが)って奥が深いですね。何十年も続けていてもなかなか気に入った写真は撮れません。今回はSLそのものではなく「風景の中をゆくSL」をテーマにしながら撮るようにもトライして見ましたが、もともと「正面ドカン」の写真が好きな私にはまだまだ修行が必要なのがわかりました。天候にも恵まれませんでしたが、そのせいにして気のすむ問題でもありませんしね。自分の好きなスタイルで撮りながらも、人様に見せて「これはいいね!」と心から言ってもらえるような写真も撮れるよう精進してゆきたいとあらためて思いました。

9月19日(4日目)

 さて舞台は変わり山口線。本日はレンタカーで行動。あらかじめ予約していたホテル裏側の「マツダレンタカー」へ8時過ぎに行きます。なかなか親切で手際よい応対。午前の撮影にいく長門峡をナビにセットまでしてくれました。長門峡は何度も行ってますが、逆に何度行ってもいいところです。行く途中コンビニやら、少し気になっている撮影地などの様子を見ながら国道9号線を走り、長門峡には10時前に到着。その時点では1番乗りでした。
 今日はどこで撮ろうかな、夏に家内と来たときは線路の国道側で機関車の正面ドカン、今日は鉄橋を入れて、しかも正月来たときよりも線路寄りに、等といろいろ歩き回り、場所を決定したのは10:30。列車通過まであと1時間半。でも今日は近いところに車おいてるから車内でゆっくり。
 列車通過時刻が近づくに連れ、同業者がひとりひとりと増えていくのはいつもと同じ。
通過時刻には私の周りには約20名程度。今日は重連ではないのでまだまだ少ない方。
その中を11:58、いつものように盛大な煙でC57は客車を伴い去ってゆきました。


       長門峡にて


       同じ場所からC57のサイドも


 さあ午後は、津和野の太鼓谷稲成神社からの俯瞰撮影と決めていたので、撮影場所を探したり、車の駐車に関する心配は無し。適当な速度で9号線を津和野に向かいます。
 途中図らずも、SLやまぐちに2度追いつきました。鉄道で言うと、鍋倉ー地福間、もう一カ所は徳佐ー鍋倉間です。共に国道9号線添いの空き地に車が止められましたので撮影できました。地福で約4分停車するので追いついたんでしょうね。いわゆる「追っかけ」になってしましました。今回私は無意識に偶然追いつきましたが、意識的な追っかけは危ないかもわかりませんね。何回も撮ってやろうという、変に欲が出てね。しかし実際、車での追っかけ組はいますねえ。交通事故にはくれぐれも注意しましょうよ。好きな機関車追いかけてて事故起こしてては何にもなりませんものねえ。


       鍋倉ー地福間の国道9号脇から


       徳佐ー鍋倉間の国道9号脇から

 津和野駅の機関車の停泊所で数カットC57を写してから、太鼓谷稲成神社に行きました。一応神殿にお参りもしておきました。写真だけ撮らせてもらって拝まない訳にはいきませんものね。まあ今回の撮影行の無事終了もお願いしました。
 この神社からは津和野の町がまるで箱庭のように眺望できます。SL撮影として、1度は挑戦してみたいと思っていました。石州瓦ののった赤い屋根の家並みの中をゆく蒸気機関車、こんなのをイメージして今回挑戦してみました。
 しかしながら天候も曇りで暗くなった中、列車が走る後ろの山の緑に機関車の黒が吸い込まれ気味になってしましました。でもきれいな景色を見ることができて満足しました。写真は再度挑戦です。次回はもっと望遠のレンズも持って行きたいと思います。


       津和野大橋と平行した鉄橋をゆくSLやまぐち


       赤瓦の町並みと山裾を走ります


       太鼓谷稲成神社神殿


       神社駐車場 津和野の町がとても美しい

 さてそろそろこの撮影行も終わりに近づきました。後は車で新山口まで戻り、レンタカーを返却して、時間の都合によっては駅近くの居酒屋で一杯飲もうかな。時間がなければ駅弁と缶ビール買って新幹線の中で一杯かな、ってとこです。
津和野(太鼓谷稲成神社駐車場)を出たのが15:30すぎ頃。新山口に向け9号線を走る途中、これも図らずに長門峡にはSLよりも私の車の方が先に着き、16:08頃の通過を撮影しました。なぜSLの方が後だとわかるのは沿線にギャラリーがたくさん待っているからです。これらの方の多くはいわゆる鉄っちゃんとは違う、普通の観光客です。


       長門峡「道の駅」前あたりから
       この写真が今回では私の一番好きな写真になりそうです。

 途中長門峡での撮影で停車もしましたが17:10分頃、新山口のレンタカーに到着。
新幹線が18:50の「のぞみ190号」ですから1時間強居酒屋で飲めました。
ああ、すばらしい鉄道趣味に乾杯! 蒸気機関車に乾杯! 今日の無事に感謝!

 その後予定通り「のぞみ190号」で新大阪、そこからは「くろしお29号」で22:09和歌山へ無事到着しました。
 しばらく撮影行の計画はありません。あ〜あ、また仕事か。
 しかし近い内に「鉄」分不足に陥り、急遽カメラバッグを下げているかもわかりません。
 それではまた。


2011-09-29 07:26 | 記事へ | コメント(4) | トラックバック(0) |
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2011年09月27日(火)
「SL人吉&SLやまぐち撮影行」のこと(その3)
9月18日(3日目)

 今日も雨対策で、撮影現地で雨が降ってもSLが来るまであまり長い時間待たなくていいように、旅館をゆっくり出て、特急で行きます。本日午前中の撮影は渡(わたり)付近です。渡の駅を出発して西人吉に向かうSL人吉が稲穂の垂れた田んぼの横を一直線にやってくるイメージです。
 旅館を出て、人吉発10:09発の「くまがわ2号」で渡まで乗車、10分足らずです。
 ところが予想に反して天候は晴れ。え、ええっ!晴れなんですか!?雨の想定は大外れです。天気予報はどうなってるんでしょうね。まあ悪い方に外れるよりいいですけど


     渡を発車してきたハチロク  田んぼの脇の草花がきれいでした

 さて午後は昨日に引き続き、再度「球磨一」へ行きました。この鉄橋、結構どこからでも絵になる所のようです。本日は昨日よりやや正面よりの所から撮りました。どこかの放送局のカメラマンも来てましたねえ。



     ちょっと手前の電線がうるさいんですが、あえてこのまま
     レンズあるいはズーミング次第で、もちろんクリアできます

 さて九州での撮影も終わり、今夜は山口に泊まります。明日はやまぐち号C57です。こう思いながら鎌瀬から新八代行きの普通列車(1232D)に乗りました。
 しかし、このあとアクシデントが・・・。
 私の乗ったこの列車(1両編成)が坂本駅を出てもうすぐ段駅に着く手前で、踏切で立ち往生していた軽自動車と衝突したのです。私は窓側に座っていたので、警笛と同時にどおーん、と衝撃があり、白い車が斜め前に飛ばされるのがわかりました。
 車内も一時騒然となりましたが、その後約20人の乗客は比較的冷静でした。直に警察やJR九州の保守点検作業員などがきて現場検証と車両等の点検。
 結局約1時間停車していました。列車が停車していたのが丁度鉄橋の上でしたから、後で思えばぞっとしましたね。もし自動車に列車が乗り上げていたとしたら・・・なんて考えるとね。


     運転区と連絡をとる気動車の運転士さん
     白い車は、向こうの踏切から飛ばされた軽自動車


     列車の状況をみるJRの車両保守作業員さん
     向こうには近所の野次馬さん、いやいやギャラリーさん
     列車は鉄橋の上に停車しています


 この事故は、警報機も遮断機もないごく小さな踏切に、軽自動車が入り脱輪してしまい、そこへ列車が衝突したというものです。しかもこの列車は、見通しの悪いカーブしたトンネルから出てすぐの踏切でのことですから非常ブレーキでも停止できなかったのでした。
 まあ、車の運転手も車外へ出ていたらしく無事なよう、列車の乗客にも怪我をした人もいなかったので、不幸中の幸いで良かったです。
 しかしこのような全体から見れば比較的小さな規模の事故であっても、直接経験したことにより、鉄道が求められる絶対的な安全性それを保持する環境の重要さ、さらに人命の大切さ等をあらためて考える機会となりました。(フムフム、ここ重要ですね

 さて、私の新八代での接続の新幹線の指定席も次の列車に振り替えてもらえましたので、特に問題なし。山口へは当初の到着予定19:40より約1時間半遅れの21:11分に到着しました。 欲を言えば「東横イン新山口新幹線口」の夕食カレーサービス(20:00まで)が食べたかったなあ!残念!(やっぱりわしって小市民!?)


     九州新幹線 さくら  新八代駅にて

 明日の山口は天候やばそう、ここもかい!テレビでは警報とか雷とかいうてるやん。
 まあ明日はレンタカー利用するから少々雨降っても車の中で待ち時間過ごせるし、と思いながら缶ビールを飲んでからしばらくして床につきました。

             (続く)

2011-09-27 11:08 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2011年09月26日(月)
「SL人吉&SLやまぐち撮影行」のこと(その2)
9月17日(2日目)

 「お、晴れてるぞ」と思わず叫んだ朝の6時。本来はもうそろそろホテルを出る時間だったが、昨日からの雨のため予定を変更し、少しでも雨の中で待つ時間を少なくするため、球磨川第一橋梁までは、特急とタクシーを使って行くことに。そのため東横インの売りになっている無料朝食サービスをゆっくりと楽しむことができましたわ。


     ホテルの部屋から八代方面を望む ここの高層階の部屋人気があるみたいです
     高架橋は九州新幹線

 いつも撮影に行く先々のホテルは、現地にある限りは東横インに決めています。この朝食サービスがなかなかええからね。かと言うても豪華でも何でもない、セルフのバイキングなんやけど、なんか得する気がするんですわ。逆に、ホテルからの出発時間が早いとかでこれが食べられん時は、なんか損した気になるんですね。小市民やね、わしも。なかなか宿泊者には人気があるようです。
(話が逸れてますなあ)

 ということで、熊本発8:31の「くまがわ1号」で坂本へ、そこからタクシーで球磨川第一橋梁に着きました。晴れています。
 (以降「球磨川第一橋梁」のことを「球磨一」と省略)

 ここは肥薩線では外せない撮影地ですね。橋梁のどちらからも、すなわちSL人吉の上下共に絵になるところです。私個人的には上り(熊本行き)の正面からが好きですが、サイドからでも結構いけそうな場所もありますね。
 この日は結局午前中は晴れ、午後は雨時々曇りみたいな天気でした。空は明るいのに雨が降っていて、そうかといって道が濡れてしまうほども降らないという、何とも不思議な天気でした。昨日の雨に比べれば降ってないのと同じです、私にすれば。


     下り(人吉行き)SL人吉 この時間帯は晴れ
     赤とんぼの飛び交う中、のんびりと撮影できました


     上り(熊本行き)SL人吉 小雨そぼ降る中です

 本日の予定終了。
 小雨の中、そそくさと機材を片づけ、「球磨一」の最寄り駅、鎌瀬に急ぎます。列車が来るまでまだ小一時間あるんですが、雨から解放されるために。しかし駅で列車を待っている間に先ほどより雨足は強くなってきていました。
 そこから乗車し人吉の旅館には18:00頃に入りました。今夜は「一富士旅館」に泊まります。そこでの「SL御膳」が楽しみですわ。


     旅館玄関先

 この旅館はきれいな内風呂もありますが、人吉市内に点在する温泉の入湯券をくれるんです。これで旅館から一番近い(歩いて3分)「新温泉」と言うところに行きました。名前は「新温泉」ですが、結構古い昔風の銭湯みたいでした。風情があってなかなか良いものです。
 さて風呂にも入って、旅館の食堂(食事ホール)で一杯飲みながらの「SL御膳」です。その中の料理のひとつに鍋があるんですが、醤油ベースのなかなかおいしいものでした。


     ハチロクの絵が描かれており、煙突から煙がでてるような


     ハチロクの蓋を取った鍋の中身です

 外はやはり小雨が降っています。そういえばさっき温泉に行くときも降ってたなあ。

 部屋に戻ってまた一杯飲み、明日こそはすっきり晴れてくれよ、と祈りつつ早々に床に着きました。
                (続く)


2011-09-26 09:08 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2011年09月25日(日)
「SL人吉&SLやまぐち撮影行」のこと(その1)
 いやはや、ブログのアップ、本当に久しぶりになってしまいました。まあ、その分今回ちょっと頑張ってみました。

 行ってきましたよ、9月16日から19日までの4日間の行程で、九州は86(ハチロク)人吉号とその帰り掛けにC57やまぐち号撮影。SL撮影行を4回に分けてアップしたいと思います。
 まずは1日目。

 9月16日(1日目)

 この朝、いつもの「スーパーくろしお2号」で和歌山を6:07出発。九州新幹線もこの春開通したことだし、新大阪から「みずほ603号」で熊本に、そこから「つばめ341号」で新八代到着が11:24。早いなあ、朝和歌山出て昼前に熊本県にいるんだから。


      九州新幹線 「みずほ」    新大阪駅にて


      「つばめ」 この時点で熊本は雨 熊本駅にて 

 新八代では新幹線の駅と在来線の駅が立体交差になっていて、乗換は一旦改札を出なければならない。新八代から八代までは在来線(鹿児島本線)で3〜4分程度。八代から肥薩線に入る。この頃はもう雨が本降り
 本日初日の予定はSL人吉(上り熊本行き)の一勝地出発の撮影。しかし雨は降り続き、我が身は傘だけでなく雨合羽まで着る羽目に。何が嫌かと、カメラが濡れるのが一番イヤ!雨の装備はしてきているものの最終的に撮影の際はやはり濡れてしまうので。一勝地の駅の隅にまわり待つこと1時間。鉄道撮影では1時間くらいの待ち時間は全く長い方ではない、が本降りの雨の中ではさすがに辛いなあ。ハチロクがやって来る頃には、ほとんど戦意喪失状態。この天候が4日間も続くと・・・と考えるだけでも凹みます。しかし、もうとりあえず後の行程のことは考えず、今は無心にシャッターを切るだけですわ。
 そうして、雨の一勝地をハチロクのSL人吉は出発していきました。発車の汽笛もショボかったなあ。「ぽっ」、だけ。まあ撮影してるのも私一人でしたから。


      乗客も少なかったようだ


      写真(煙のあたり)の縦の筋、雨ですよ

 濡れながらも手早く機材を片づけ、一勝地の駅舎に急ぎます。まだまだ1時間以上列車は来ませんが、もうこれ以上雨に打たれるのはいややし、早うカメラを拭かんとね。
 その夜は、熊本に戻り「東横イン熊本駅前」に泊まったんですが、せっかく取った高層階シングルの部屋からの夜景もゆっくり見る間もなく、衣類やタオルを乾かしたりカメラや三脚の手入れなどをしなければならない忙しい夜でした。ビールの味も覚えてませんわ。 明日は以前知り合った九州の撮影仲間と合流しての撮影。場所も「球磨川第一橋梁」と決めている。天気だけは回復して欲しいなあ。
                         (続く)
2011-09-25 08:26 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2011年08月30日(火)
「夏も終わり」のこと
 前回ブログをアップしたのが8月12日でしたから、いやはや鳴かず飛ばずで半月もすぎてしまいました。もう8月も終わりですなあ。
 
 気が付くとツクツクボウシも鳴き出していました。夏大好きおじさんにとっては夏の終わり頃はしばらく寂しい季節です。
 
 まあ稲穂も垂れてきたので、夏の終わりの写真を1枚、近所で撮って見ました。
 赤とんぼも偶然写り込んでいます(オレンジの楕円形の中です)。当然小さくて見えませんなあ。


     「実るほど頭を垂れる稲穂かな」 (人生もこうあるべきですよ)

 しかし、この半月、何もしなかった訳ではありません。ちょくちょくあたりを散策したり、過去ネガの整理をしたりしておりました。
 しかしネガの整理をしていて痛感したのは、「自分が行動したことはきっちりと年号を記録しておくべき」ということですね。
 子供の頃、プラモを完成させた私に、祖父も言っておりました。「年号書いとけよ」ってね。
 撮影月日がわからないのは今となってはいやですね。ひどいのになると撮影した年(ねん)さえわからないのがありました。
 いろいろと鉄道雑誌などの資料を引っ張り出し、照合してみて、自分が撮影したであろう年月まではせめて知りたい!と頑張ってみました。
 しかし、まだまだわからないのがあります。まあ今後の課題といたしましょう。

 話が変わって前々回あたりで浜寺公園にD51469を見に行ったお話をしましたが、8月15日には、それじゃついでに、と紀伊田辺に保管されているC577にも会いに行ってきました。
 C577はご存じの通り、紀勢本線のさよなら列車を引いた罐(カマ)です。その前には東京へも出張してイベント列車を引っ張っていますから、知名度はある方だと思います。
 結構きれいな保存状態だと思いました。

 それでは今回の写真は、今から約38年前、すなわち昭和48(1973)年9月9日に運転された、紀勢本線の「さよならSL南紀号」C577です。


     紀勢本線 加茂郷-冷水浦 9106レ


     紀勢本線 紀三井寺-黒江 9107レ


 それと今回見てきた紀伊田辺の公園に現在保存されているC577号機。


 このヘッドマークは当時のその物なんでしょうね。

 さてこの秋(といっても9月中です)の私の撮影行は、九州は「SL人吉」とその帰り掛けに「やまぐち号」を予定しています。この春通じた九州新幹線で。
 まあ、この撮影行を心のよりどころに、また仕事頑張りますか!
2011-08-30 16:17 | 記事へ | コメント(2) | トラックバック(0) |
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2011年08月12日(金)
「汽車」のこと
 「汽車」という言葉っておもしろいね。

 まだ電化されていない昔は当然、蒸気機関車が客車・貨車などを引く列車のことだっただろうし、蒸気機関車と電気機関車が併用されている電化区間を走る列車の通称だった時代もあっただろうね。

 また、鉄道が電化されていない区間が多かった地域、時期では、一般に鉄道を「汽車」と呼んでいたんだろうね。たとえそれがディーゼルカーでもね。
 要するに「電車」ではない列車のことをそう呼んだのかなあ。

 まあ、いろいろな解釈はあるでしょうけどね、現実的に「汽車」とういう言葉に対応するのは、「蒸気機関車の牽引する客車、貨車」というのが基本かと思いますよ。(←ここ重要

 私たちの子供の頃にも「田舎のおばあちゃん所へ汽車で行く」のが当然でしたし、確かに鉄道車両のことを「汽車」と呼んでいました。

 また線路を「汽車道」とおばあさんたちは呼んでいましたねえ。市電の線路を電車道と呼ぶようにね。


     典型的な「汽車」(旅客列車)
     参宮線 亀山ー下庄 C57110(826レ) 
昭和48(1973)年8月3日


     こちらも「汽車」(貨物列車)
     関西本線 奈良ー木津 D511007(1291レ)  昭和48(1973)年8月24日


     「汽車道」近くや踏切には必ずあった「汽車」マーク
     この看板は2011年2月9日に撮影したものです
     まだ残っているところがあるんですねえ(和歌山線田井ノ瀬付近) 
     実際は、和歌山線は電化区間になっています

 まあ今の時代、早くて便利な電車もいいけど、たまには非電化区間をディーゼルカーでも乗ってのんびりといきたいもんですねえ。


     ディーゼルカー(気動車)も地域や時代によっては「汽車」のカテゴリーだったことも
     大糸線 平岩駅にて キハ52115  2009年7月4日
     (今は大糸線にはこの車両はありませんのでご注意を

 ところで「汽車」という言葉がいかに広く一般に使われていたか、を示すように昭和の歌には結構この「汽車」が登場する歌謡曲等が多いんですよ。
 ざっと覚えているものでもいくつかあります。これ以外にもきっとまだまだあると思いますよ。


なごり雪(イルカ)
汽車を待つ君の横で僕は時計を気にしてる
季節はずれの雪が舞ってる・・・・・」

鉄橋をわたると涙がはじまる(石橋正次)
「鉄橋をわたると君の家が見える
汽車からとびおりもいちど逢いたい・・・・」

心の旅(チューリップ)
「あーだから今夜だけは君をだいていたい
あー明日の今頃は僕は汽車の中・・・・・」

別れの朝(ペドロ&カプリシャス)
「・・・・・
やがて汽車は 出てゆき 一人残る 私は
ちぎれるほど 手をふる あなたの目を見ていた」

赤いスイートピィ(松田聖子)
「春色の汽車に乗って海に連れて行ってよ・・・・・」

希望(岸洋子)
「希望という名の あなたをたずねて 
 遠い国へと また汽車にのる」

さらば恋人(堺正章)
「(2番)ゆれてる汽車の窓から小さく家が見えたとき・・・・・」

 ちょっとひねって「夜汽車」

花嫁(はしだのりひことクライマックス)
「花嫁は夜汽車に乗って嫁いでゆくの・・・・」

 まあそんなこんなで今回は使われなくなりつつある、また懐かしい響きのある「汽車」という言葉について考えてみました。

 それではまた。

  
2011-08-12 11:05 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2011年08月11日(木)
浜寺公園のD51469のこと
 娘の通う大学に用事があり、その帰り道、かねて一度訪ねてみたいと思っていた浜寺公園に行ってきました。
 「何しに?」ってことですが、目的はだだひとつここで保存されている「D51469」に逢うためにね。他の公園施設には全く目もくれず一目散。
 娘も一緒にいってくれましたが、D51のある場所に一番近い駐車場からでも約900メートル歩かないといけない所にあるので、暑さ嫌いな娘にとってはちょっとかわいそう。
 しかし夏の暑いの大好きおじさんにとってはなんてこと無し。しかも懐かしのD51469に逢えるし。
 まあ今は静態保存であっても、かつて写真を撮ったり、走っていた姿を見たことのある機関車に再会できるのはれしいものです。ここは比較的きれいな保存状態だと思います。
 「願わくば、復活させて欲しいね」。これはいつものお願い、かなわぬ夢と知りつつも静態保存の機関車を見るたびにいつも同じことを考えてしまいます。

 さて今回の写真はその現役時代のD51469と共に写った、中学1年生の私たちの写真です。カメラは一緒にいった友達のもの、写してくれたのは機関区の人。懐かしい1枚です。
 



     和歌山機関区 昭和46年3月 D51469
     私たちの顔は隠しましたよ。 上側が私、下側が友達です。


 それと今回の浜寺公園での写真3枚。


     現役時代に装備されていた集煙装置は外されています




     ゆっくりとメカニズムが見学できます


 各地の復活蒸機を撮影するのと平行して、静態保存機も今後少しずつ訪ねてみたいと思います。
 
2011-08-11 10:15 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2011年08月04日(木)
「煙樹ヶ浜」のこと
 今日は家内の所用(仕事)に同行して御坊に行ってきました。
 家内は月に1〜2回行くんですがたまに一緒についていくんです。 家内の仕事の間、御坊の町を散策したり、風呂に入ったりしています。今日は、御坊駅の近くの「いつき踏切」で和歌山行きの113系を、そして和佐駅近くで御坊行きの113系を撮影しました。

 時間があったので久しぶりに煙樹ヶ浜(和歌山県日高郡美浜町)にも行って来ました。遊泳禁止の浜なので人の姿はほとんどなく、ただいつものように轟々と波の音がしていて怖いくらいでした。
 ここは煙樹海岸県立自然公園に指定されているところです。

 しかし、今回は新しい発見をしました。煙樹ヶ浜の日ノ御埼側の端に「潮吹岩」というものを。今までももちろんあったのでしょうが、かつて何回も来ているのに全く気が付きませんでした。
 帰って観光地図で見たらしっかり載ってましたが
 新しい日本の発見ですねえ(ちょっとオーバーですか)。
 
 あっ、そうそう、私のハンドルネーム「RDJ2010」も実はここからヒントにしたんですよ。
 かつて国鉄のキャンペーンに「ディスカバーJAPAN(DJ)」ってのがあったんですが、それに「RE(再)」を付けさせてもらいました。子育ても終えて、さあ、これからまた鉄道関係の趣味に走れるぞ! 日本の再発見に出るぞ!ってね。
 実際は2009年から再開していますが、切りのよい2010にしました。

 では本日の写真をご覧下さいね。


    阪和色ではありませんでしたけど。


    先頭部改造の113系です。


    すごい波ですよ。


    ほんま、怖いくらいの波。この間の片男波の比ではありませんわ。


    御坊の火力発電所も見えてます。
    

    看板の向こう側の岩です。
    

    丁度、潮を吹いてくれた瞬間です。毎回の寄せる波で吹くとはかぎらないようですよ。

2011-08-04 20:24 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2011年08月01日(月)
「ひとり海水浴」のこと
 年に一度は海水浴にいきたいものですが、息子は今年の5月に結婚して私たちとは別に生活してますし、娘は夏休みなのに今日は大学の友達と「たこ焼きパーティ」とかで外出。家内は仕事で留守。
 という具合にここ数年は家族そろって海水浴なんてことはなくなりました。今日泳ぎに行きたいなあ。
 去年は年の離れた私の弟の子供たち、つまり甥っ子たちを連れて海水浴にいきましたが、今年はもうそんなリキなし。
 でも海はいきたい!年に一度は!
 よし、今日一人で行くぞ!と思い立って片男波海水浴場へ行って来ました。
 海水浴と言えば、ビール、焼きそばとくるところですが、今日は車なんで飲めまへんがな。飲むために自転車で行くほどでもなし(これも飲酒運転か)。結局一人やから何の盛り上がりもなし。
 ただ、夏休み中と言えども月曜日なので、予想通り人は少ないし、駐車場もスキスキ。
 浜辺で海に入ったり出たりとのんびりできました。土日ならこうもいかんやろね。
 「一人おっさんが海水浴してるって変やね」と周りの人には思われてるやろな、と気にしながらもほんの1時間程度でしたが、今年も気が済みましたわ。
 あとで「一人で海へ行って来た」と家内に言うたら、きっと「あほちゃう?」といわれるんやろなあ。


   人はちらほらです


   駐車場もガラガラです


   浜辺ものんびり


   以前は500円、800円。今は1,000円ですか


   今日の鉄道の一枚はこれです

   EF5866 紀勢本線 岩代ー南部 1982年


2011-08-01 13:24 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2011年07月30日(土)
「時の流れを感じる」こと
 和歌山市内の手平という地域に以前「和歌山操車場」がありました。
 
 もちろん吹田や大宮ほどの大規模な貨物駅ではありませんでしたが、一応「坂埠(はんぷ)」らしきものがあり、DD13が突放解放して貨物列車の編成をしていました。


     貨車の入換作業をするDD13 1973年頃


     向こうはEF52形電気機関車。


 
 今は、操車場の跡形もなく、「ビッグホエール」という多目的ホールや「ビッグ愛」というホテルが建っており、周りは遊歩道となっています。

 そして、さらに2015年の和歌山国体を目指し、新しい体育館(会場)がビッグホエールの隣に正に今建設中です。

 時代は刻々と移り変わっていきますねえ。

 そこでその地域の昔の写真を少し探してみました。それと合わせて最新の写真を2011年7月29日に撮影してきました。

 なかなか昔の写真と照らし合わせて撮ろうとしても変化が多すぎて場所を特定するのに苦労しました。それほど時の流れは速いということですねえ。

 写真はこの地域でおなじみの跨線橋付近の写真です。
この跨線橋も操車場があった当時より半分以下の長さになってしまっています。跨線橋から見える風景が少しずつ変わっていきます。


     ED60重連貨物列車 1973年


     EF5899 1982年


     現在 2011年7月29日


     坂埠作業のDD13 1973年頃


     現在の跨線橋から、上の写真とほぼ同じ場所から見た風景。手前の建物は、新しい体育館(会場)建設関係者の建物です



     下の2枚の写真は、跨線橋から少し宮前駅側のあたりです。ほんの数百メートルの直線なのに昔の写真と比べる正確な場所が特定できませんでした。


     EF58147 1982年



  現在、おそらくこのあたりかと、大きなビルは「ビッグ愛」

 時代の変遷は研究としてはおもしろいですが、鉄道ファンにとって鉄道施設が消えてゆくことは少し悲しいですね。
2011-07-30 17:43 | 記事へ | コメント(2) | トラックバック(0) |
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2011年07月24日(日)
「今宵は港まつり」のこと

 今夜は和歌山の港まつり。午後8時過ぎから約1時間、花火が打ち上げられました。自宅の3階から家族で見ました。とりあえず速報的にアップしておきましょう。家族の者たちはまつり好き。私はあんまり興味はないんですが、まあ、とりあえず。
 写真にリキ入ってませんなあ。





2011-07-24 21:17 | 記事へ | コメント(2) | トラックバック(0) |
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2011年07月18日(月)
EH10形電気機関車のこと
 台風が近づいてるねえ。まあこれも自然のことやから仕方ないけど、これによる災害は避けたいね。気をつけましょう!

 今回は旧型電気機関車の中でも色といい大きさといい、最も個性的なEH10の写真を探してみました。
 この機関車の特徴や性能については、ここではあまり語りませんので、ネットでいろいろな方の情報などを参考にしていただきましょう。

 しかしこれだけはという主な点だけ簡単にちょっと。
 EH10は、それまでのEF15では若干非力なのでそれに替わって、東海道本線の関ヶ原を1,200tの貨物列車を牽引し、難なく越えるために開発されたということです。力があるので平坦区間では余裕のハイスピードでした。

 Hですから8軸ですね。8軸ですから車体も長くなる、それで永久連結の箱形2分割車体となりました。


それでは続けて4枚の写真を。


  1972年3月29日 京都 EH107 (隣EF58171)


  1974年1月2日 米原 EH1061


  1980年3月29日 京都 EH1033


  1980年3月29日 東海道本線 山崎付近 EH1027
 

 黒い車体に、黄色帯・・・独特でしたね。
 初めて見たときはやはり感動しました。

 年が違う(72年と80年)3月29日の写真がありますが、間違いありません。偶然です。3月29日に京都へ行くの私、好きなんかなあ。

 2枚目のEH1061は大阪市内で保存されているそうです。

 下の3枚目、4枚目のEH10はパンタがPS15(菱形)からPS22B(下枠交差型)に既に交換されています。

 4枚目の山崎付近、ここは名神高速道路の真下から撮影したものですが、さすがに今はこの場所行けないでしょうね。不法侵入で捕まるかも、と言うより確実に捕まります。
 昔は当たり前のようにここで皆さん、撮影してましたねえ。隣に平行して阪急さんも走ってました(今も走ってますけど)。

 現在、H形機関車としては、JR貨物のEH200形とEH500形があります。
 またいずれゆっくり写しにいこうかな。過去のEH10の面影をたどって。
 しかしたどれるかな、面影。今の機関車、色派手派手やしなあ。
2011-07-18 12:42 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2011年07月15日(金)
「徒歩で和歌浦へ行って来た」こと
 今日はお休みです。朝起きれば家の外から蝉の鳴き声が・・・もう本格的な夏やねえ

私の最も好きな季節。急に思い立って家から和歌浦まで歩いて行って見ようと、午前10時前に出発。

 歩くことは日頃からやってるから特に苦にならず、問題はその時間と距離。
 さて我が家から和歌浦をまわって何時頃帰宅できるかな、おおよそ3時間ってところかな。

 コンデジと水とを小さなリュックに入れいざ出発

 目的地は章魚頭姿山(たこずしやまと読みます)の展望台。もと回転展望台があったところやね。昔は立派なものでしたよ、いま考えても。中に入れば周辺部がゆっくり回転してるんです、360度のパノラマを見るために。

 わかりやすくいえば京都タワーの丸い部分の内側の観覧フロアーが回転してるようなもんですわ。昔はその山上の回転展望台にロープウェイで上りました。和歌浦が観光客でにぎわっていた頃の名所のひとつでした。現在あってもおかしくない施設だったんですが、今は木で組んだ展望台になっています。

 家を出てから、和歌川沿いの遊歩道、片男波海水浴場、和歌浦港を経て、その展望台には11:30過ぎに到着しました。
 いやはや展望台の麓まででも新和歌浦の坂がありますが、そこから一気に展望台までの山道を登りきると、息ははあはあ、汗はぼとぼと。まあほんまにええ運動やわ。

 しかし展望台に着けばさわやかな風で、呼吸もすぐに平常に収まり、涼しい〜。やっぱり来て良かった、という感じです。

 しかし帰り道は全く写真も撮る元気がなくひたすら自宅を目指しました


   名草山 和歌川河岸から


   片男波海水浴場 ここから見えている一番高い山の上に今からいく展望台があります



   不老橋 隣の新しい橋の上から撮りました


   その展望台

  以下の写真はその展望台からの風景です。


   番所ノ鼻方面(ほぼ西向き)


   和歌山港方面(ほぼ北向き)


   和歌山市街方面(ほぼ北向き)  


   和歌山市街及び名草山方面(ほぼ東向き)


   片男波海水浴場方面(ほぼ南東向き)


   下津港方面(ほぼ南向き)

 帰宅したのは13:30過ぎでした。約3時間半歩き回りました。さすがに疲れました。

 今回は鉄道の写真はお休み。その代わりといっては何ですが、本日私ウォーキングしてきたこともあり、ウォーキングと少し関連のあるダイエットの基本の基本お教えします
 答、言いますよ。体重1kg減らすには、7,000Kcalの消費が必要です。もうご存知の方もおられると思いますが。

 しかし7,000Kcalの消費の為の運動はそう簡単にはできませんねえ。例えば今日私がしてきたウォーキングなら1時間に約320Kcalですから、約22時間歩かなければなりません。クロールで泳ぐならその消費量は1時間に1460Kcalですから約4時間50分泳がなければなりませんねえ。

 そんなことより1日に約230Kcalの制限をしましょう
 例えば小さなチーズケーキなら1個弱ですよ。この分だけ控えれば一ヶ月に1kg痩せます。私もこれを実践して一昨年10kg痩せました。
 
 もし何か毎日決まって食べているお菓子などがあれば、この数字を目安に半分にするなり、三分の一にするなりしてみましょう。

  ただし、ここに挙げた消費カロリーのデータは一例です。いろいろなデータによっては若干違いますから、その点ご注意を。そして私の実践例も全ての人に合うかどうかは責任は持てませんよ。

 しかし、1kg=7,000Kcalは間違いありませんから、皆さんそれぞれの方法で試してみてください(私はかかりつけのお医者様に教えていただき知りました)。
それではまた。
2011-07-15 21:57 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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