クシシュトフ・ペンデレツキの「ヴィオラ協奏曲」ほか
ヴィオラという楽器は主役になり難い楽器なので、「ヴィオラ協奏曲」というのを観ると私はすぐに聴いてしまうのである。
しかも、今日のヴィオラ協奏曲はクシシュトフ・ペンデレツキ(Krzysztof Penderecki, 1933 - )の作品である。したがって、今日のような不機嫌極まりない日には、比較的すんなりと私の気持ちに溶け込むのではないかと思った。
ペンデレツキというと私には刺激的な音響で攻撃性を剥き出しにした作曲家のような印象があるが、彼の作品をごく一部しか聴いていない私には、はっきりしたことはよく解らない。ウィキペディアの記述によると、「創作の頂点とされる『ルカ受難曲』やオペラ『ルダンの悪魔』を書き上げた後は、聴衆も一緒に支持される『現代音楽』の道を進み新ロマン主義へ傾倒し、作風を古典的なものへ回帰させて行き」という件がある。
したがって、今日のディスクに収められている2曲の協奏曲が、必ずしも私の想い描いているペンデレツキの音楽とは違うかも知れない。それでも聴いてみようという気になったのは、やはり主役がヴィオラだったからである。
ウィキペディアの記述にあった「ルカ受難曲」は1965年の作品で、「ルダンの悪魔」は1968年から1969年に掛けて作曲されている。したがって、これらが彼の「創作の頂点」だというのを信じるとすれば、1960年代後半がペンデレツキの創作活動の一つの集成期だということは言えるのだろう。
しかし、今日ご紹介する2曲の協奏曲は、それよりも後に作曲されている。さて、どんな曲なのか若干の不安を抱きながらも、私は聴き始めた。収録曲は以下の通りである。
1.ヴィオラ協奏曲 (1983)
2.チェロ協奏曲第2番 (1982)
演奏は、アントニ・ヴィト(Antoni Wit, 1944 - )指揮ワルシャワ・フィルハーモニー管弦楽団で、グリゴリー・ジスリン(Grigorij Zhyslin)のヴィオラとタチアナ・ヴァシリエヴァ(Tatjana Vassilieva, 1977 - :左下の写真)のチェロが独奏で参加している。
どちらの協奏曲も1980年代初期の作品で、単一楽章である点が共通している。ただし、単一楽章とは言っても「ヴィオラ協奏曲」は7つの部分、「チェロ協奏曲第2番」は8つの部分に分けられている。
それぞれの部分は切れ目なく演奏されるが、複数の楽章を持っていると考えることも可能である。
私は残念ながら、「ルカ受難曲」も「ルダンの悪魔」も聴いたことがないので、これらの協奏曲が彼の「創作の頂点」の作風とどのように違うのかは分からない。私には、彼の「広島の犠牲者に捧げる哀歌」が強烈に印象に残っているので、それに比べれば幾分か作風が「丸く」なっているような気はする。
しかし、新ロマン主義という言葉が連想させるような抒情性は、私には感じられない。刺激的で挑発的とも言える作風からは遠のいているが、それほど「耳に優しい音楽」になっているわけでもない。
ヴィオラもチェロも、ヴァイオリンに比べれば音が低いために、刺激的な要素は希薄になる。しかも、私が聴いた限り、これらの協奏曲ではトーンクラスターや特殊奏法は用いられていないようである。
打楽器が効果的に使用されているので、それらが全体の響きに彩りを与えているが、過剰に刺激的な響きにはなっていない。しかも、どちらの曲でもソロ楽器の響きを際立たせるような工夫がされているようである。
口遊めるような旋律は登場しないが、音の塊りだけが鳴り響いているような音楽ではなく、独奏楽器の音色を活かしながら、オーケストラの雄大な響きを時たま「爆発」させるような曲想である。
そういう意味では、ヴァイオリンではなくヴィオラやチェロを起用したことは、これらの作品を聴き易いものにしていると同時に、先鋭的な感覚を緩和している。
ただし、繰り返しになるが、これらの曲は決して「耳に優しい音楽」ではないのである。
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2011-03-01 22:32
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ペンデレツキ /
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