2008年04月29日(火)
スウェーリンクを聴く〜その4
別にスウェーリンクにこだわるわけではないが、ナスソク・ミュージック・ライブラリーで「スウェーリンク」で検索していたら、鈴木雅明さんのオルガンによるディスクを見つけたので、聴いてみた。神戸・神港教会のマルク・ガルニエ制作のオルガンを使用しているそうである。収録曲目は以下の通り。

1. J.P. スウェーリンク: トッカータ イ短調
2. GOUDIMEL: Psalm 140: O Dieu, donne-moy delivrance (arr. for organ)
3. J.P. スウェーリンク: Psalm 140: Ik heb den Heer lief
4. J.P. スウェーリンク: トッカータ ト短調
5. GOUDIMEL: Psalm 23 (arr. for organ)
6. J.P. スウェーリンク: Psalm 23: Mein Huter und mein Hirt
7. J.P. スウェーリンク: Toccata in C
8. GOUDIMEL: Psalm 116: J'aime mon Dieu (arr. for organ)
9. J.P. スウェーリンク: Psalm 116: Ik heb den Heer lief
10.J.P. スウェーリンク: Fantasia chromatica in D minor
11.GOUDIMEL: Psalm 36: Du malin le mechant vouloir (arr. for organ)
12.J.P. スウェーリンク: Psalm 36: Des boosdoenders wille seer quaet
13.J.P. スウェーリンク: Echo Fantasia in C
14.J.P. スウェーリンク: Allein Gott in der Hoh' sei Ehr
15.J.P. スウェーリンク: Puer nobis nascitur

このディスクの特徴は原題が“PSALMS from GENEVA”となっているように、聖書の詩篇をテーマに作られていることである。また、スウェーリンクだけではなくて、クロード・グーディメル(Claude Goudimel, 1514? - 1572)の詩篇による声楽曲をオルガン用に編曲したものを含んでいることである。

グーディメルについては、柴田先生の「西洋音楽の歴史=上」に下記のような記述がある。

一六世紀なかばにはフランスでも宗教改革の余波が押しよせていたわけだが、フランスの新教徒、いわゆるユグノー派に属した作曲家にクロード・グーディメル(一五一四頃−一五七二)やクロード・ル・ジュンヌ(一五二八−一六〇〇/〇一)らがいる。グーディメル(ジョスカンの弟子らしい)の場合は四四、五歳の頃新教に改宗したらしいが、例のリヨンにおける聖バーソロミューの夜の大殺戮の犠牲となったのである。グーディメルは改宗前はカトリックの典礼楽を、後はカルヴァン派の詩篇(いわゆるジュネーヴ詩篇)に作曲した、という興味ある経歴の作曲家であるが、さらに改宗後は同じ詩篇を、多声シャンソンふうに芸術的に作曲したものと、それをコラールふうの単純なホモフォニーに作り直したものの二とおりを出版しており、ユグノー派音楽に特有な興味ある一面を示している。

なお、「聖バーソロミューの夜の大殺戮」とは、宗教戦争であるユグノー戦争の時期、1572年8月24日にカトリック側が改革派を大量虐殺した事件である。

鈴木雅明さんが、なぜグーディメルの曲をスウェーリンクの曲集に挿入したのか解らないが、聴いた感じでは全体的に統一感が取れている。ちょうど、スウェーリンクの曲の「前奏曲」のように、同じ詩篇に基づくグーディメルの曲が配置されているからである。私は詩篇の該当部分を読みながら鑑賞したが、その方がより理解が深まったように思う。この演奏はそんなに大音響で聴かなくても、充分に心に染み渡る演奏である。

それにしても、本来人間を苦悩から救済するはずの宗教が、大量の殺戮を繰り返すのは何ゆえか。考えさせられる一枚である。
2008-04-29 14:52 | 記事へ | コメント(6) | トラックバック(1) |
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2008年04月19日(土)
スウェーリンクを聴く〜その3
さて、今日もしつこくスウェーリンクである。しかし、今日のスウェーリンクはちょっと厄介である。なぜなら、この演奏はオルガンによるものではなく“クラヴィコード”による演奏であること、そしてこのディスクにも「エコーの幻想曲 Echo Fantasia」が2曲含まれているからである。演奏者は、Peter Ella となっているが、この人については、詳細は不明。収録曲目は以下の通りである。

1. Praeludium
2. Fantasia chromatica in Dorian mode
3. Mein junges Leben hat ein End
4. Toccata in Aeolian mode
5. Pavana Lachrymae
6. Psalm 140, "Ik heb den Heer lief"
7. Fantasia in Aeolian mode, "B-A-C-H"
8. Echo Fantasia in Aeolian mode
9. Echo Fantasia in Dorian mode
10. Unter der Linden grune
11. Toccata in C-Ionian mode
12. Est-ce Mars
13. Vater unser im Himmelreich

クラヴィコードは、チェンバロ(ハープシコード)の別名だろうと思っていたら、それは間違いであった。ウィキペディア(Wikipedia)で調べると、英語で Clavichord、独語で Clavichord、仏語で Clavicorde、伊語で Clavicordo とどの言語でもこれは統一されている。すなわち、チェンバロ(ハープシコード)とは違う、独自の楽器なのである。

チェンバロ(ハープシコード)は弦を引っかいて音を出す。ピアノは弦を叩いて音を出す。それならば、クラヴィコードはどのようにして音を出すのか。それが、ウィキペディア(Wikipedia)の説明を読んでもよく解らないのである。タンジェントと呼ばれる金属片を、てこの原理で下から突き上げて弦を振動させ音を出すようである。だから、鍵を押している間、ずっと弦が振動してその振動を響板に伝える構造になっているので、持続音を出すことができるそうである。

しかし、聴いた感じは、撥弦楽器であるリュートとチェンバロの中間的な音がする。ではなぜ、わざわざクラヴィコードで演奏しているのかというと、パイプオルガンを演奏するためには、各パイプに「ふいご」で風を送らなければならないが、電気のない時代にはそれは人間の仕事だったからである。つまり、オルガン奏者がちょっと練習してみようかなと思って気軽に演奏できる楽器ではなかった。だから、練習用にクラヴィコードを使ったのである。したがって、スウェーリンク自身がクラヴィコードを使ってこれらの曲を弾いた可能性は高い。

なお、昨日のディスクの説明にはイ短調という説明が付いているものがあったが、今日のこのディスクではすべてモード(mode:旋法)という言葉が使われている。ここでいうモードは教会旋法のことである。

第一旋法:ドリア旋法 (ドリアン)
第二旋法:ヒポドリア旋法 (ヒポドリアン)
第三旋法:フリギア旋法 (フリジアン)
第四旋法:ヒポフリギア旋法 (ヒポフリジアン)
第五旋法:リディア旋法 (リディアン)
第六旋法:ヒポリディア旋法 (ヒポリディアン)
第七旋法:ミクソリディア旋法 (ミクソリディアン)
第八旋法:ヒポミクソリディア旋法 (ヒポミクソリディアン)
以上の他に、非公式の、イオニア旋法、エオリア旋法、ロクリア旋法などもを含むこともある。



演奏について書くスペースがなくなってきたが、オルガンの壮麗な演奏を期待する方には不向きな演奏である。クラヴィコードは、音量の調整は可能であるとはいえ、絶対的に音量が小さいのでパイプオルガンの響きとは程遠いからだ。また、「エコーの幻想曲 Echo Fantasia」も、木霊というより単なる繰り返しという感じを与える。

なお、かの大バッハが生まれる前にすでに亡くなってしまっていたスウェーリンクが、なぜ“Fantasia in Aeolian mode, "B-A-C-H"”という曲を残しているのかも不明である。
2008-04-19 20:42 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2008年04月18日(金)
スウェーリンクを聴く〜その2
この前(4月16日)、ヤン・ピーテルスゾーン・スウェーリンク(Jan Pieterszoon Sweelinck, 1562 - 1621)のオルガン曲集を聴いて、「スウェーリンクという、過去と未来(ルネサンスとバロック)の結び目に立つ作曲家のスケールの大きさを物語っている。」という柴田先生の言葉に納得できなかった私は、再度、彼のオルガン曲集にチャレンジしてみた。演奏するのは、ジェイムズ・デイヴィッド・クリスティ(James David Christie)で、収録曲は以下の通り。

1. Toccata in C - Toccata
2. Ballo del granduca
3. リチェルカーレ
4. Malle Sijmen
5. Mein junges Leben hat ein End'
6. Echo Fantasia in A minor
7. Onder een linde groen
8. トッカータ イ短調
9. Erbarm dich mein, o Herre Gott
10. Poolsche Dans

クリスティは、1979年にブリュージュ国際オルガン・コンクールでアメリカ人として初めて優勝した経歴の持ち主である。古楽のスペシャリストで、Ensemble Abendmusik というオリジナル楽器による楽団と合唱団を組織し、その指揮者として17世紀の音楽を専門に演奏活動をしている。彼はまた、ボストン交響楽団のオルガン奏者でもあり、小澤征爾、クリストファー・ホッグウッド、 ロバート・クラフト、アンドリュー・パロットらと共演して多くのレコーディングを残している。まさに、世界を股にかけた活躍ぶりである。最近になって、ブクステフーデの作品全集の制作に取り掛かった。

実際、このディスクに収められているオルガン曲集は、4月16日にご紹介したディスクよりはるかにメリハリが利いており、柴田先生の言葉を納得させる説得力を持っている。繊細さを失わず、ささやくような響きを出す部分もあれば、パイプオルガンの壮麗さを味わわせてくれる部分もあり、何よりも全体が単調になっていないところが良い。

なお、このディスクのトラック6に収められている“Echo Fantasia in A minor”は、先日のロバート・ウーリー盤の“Echo Fantasia”とは別の曲で、柴田先生が「西洋音楽の歴史=上」で紹介されていたのがどちらの曲か不明である。こちらも、同じように同じ旋律が繰り返される木霊のような曲想である。一体、「エコーによる幻想曲」というのは何曲あるのだろうか。
2008-04-18 21:55 | 記事へ | コメント(2) | トラックバック(0) |
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2008年04月16日(水)
スウェーリンクを聴く
私がヤン・ピーテルスゾーン・スウェーリンク(Jan Pieterszoon Sweelinck, 1562 - 1621)のオルガン作品を聴いてみようと思ったのは、柴田先生の「西洋音楽の歴史=上」に次のような記述があったからである。

「さて、パレストリーナの栄光のすぐあとに、ヤン・ピーテルスゾーン・スウェーリンクの鍵盤音楽について語るのは、何か木に竹をついだように感じられるかもしれない。しかし、じつはスウェーリンクの音楽のプリンシプルはフランドル楽派の多声音楽のスタイルを完全に受けついでおり、いわばその巨大な落日の姿そのものなのである。オランダ人スウェーリンクによってフランドル楽派(その以前の呼び名である『ネーデルランド楽派』を用いても彼の場合は少しもおかしくない)の偉大な伝統は終焉を告げる。」

私が聴いたのは、ロバート・ウーリーのオルガンによる「オルガン作品集」である。収録曲は下記の通り。

1. Toccata
2. Psalm 140
3. Hexachord fantasia
4. Nun freut euch, lieben Christen gmein
5. Echo fantasia
6. Allein Gott in der Hoh sei Ehr
7. Fantasia, "met bindingen"
8. Mein junges Leben hat ein End
9. Toccata
10.Erbarm dich mein, o Herre Gott
11.Toccata
12.Psalm 116
13.Fantasia

私が常々感じるのは、パイプオルガンというのは「現場」で聴くのにはいいが、家でディスクで鑑賞するとなると、どの程度の音量でどういう方法で(スピーカーとかヘッドフォンとか)聴くべきなのか、いつも迷うのである。いずれにしても、あの腹のそこに響くような重厚感は、家では絶対に再現できない。それが、私をオルガン曲から遠ざけてきた理由である。

しかし、3月21日にご紹介したブクステフーデのオルガン曲集は、それまでの偏見を吹き飛ばしてくれる実に良い演奏であった。さて、今回のスェーリンクはどうか?私は柴田先生の「フランドル楽派の多声音楽のスタイルを完全に受けついでおり」という言葉につられて聴いたのだが、第一印象は意外に「素朴な」曲ばかりだなあというものであった。特に、ブクステフーデを聴いてから聴いたからそういう感想を持ったのかもしれないが、フランドル楽派のミサ曲のように複雑に輻輳して歌詞が聞き取れないという批判を招いたものと違い、割と簡素に聞こえるのだ。

第5曲目の“Echo fantasia”は、柴田先生の本の中でも「エコーによる幻想曲」として紹介されているが、実際、山で「ヤッホー」と叫べば「ヤッホー」と返ってくる木霊の反復のような箇所が中間部にある。これを聴いていると、牧歌的な感じさえするのである。

先生はこれらのオルガン曲を「スウェーリンクという、過去と未来(ルネサンスとバロック)の結び目に立つ作曲家のスケールの大きさを物語っている。」と評されているが、私には「ん〜?」と疑問符が付く。演奏自体がよくないのだろうか。

因みに、HMVのユーザーレヴューには、「コノアルバムも大きな教会のようでストップの設定も近代的です。内声が両手に分かれるのになぜストップを変化させるのか理解に苦しむところです。」と、実際にオルガン奏者と思しき人からのコメントが掲載されている。

ちょっと、私には分からない世界である。
2008-04-16 20:46 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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