私はヴィオール(ヴィオラ・ダ・ガンバ)に興味を持った時から、この映画を観たいと思っていた。しかし、1991年に製作されたこの映画のディスクは長らく廃盤になっており、私が鑑賞することは叶わなかった。
しかしこの映画を作ったアラン・コルノー(Alain Corneau, 1943 - 2010)監督が2010年8月30日に亡くなったことによって、2011年1月29日に紀伊國屋書店から「HDニューマスター版」のDVDが発売されていた。
私がこのディスクの存在に気付いたのは、アマゾンで何気なく検索していてたまたま見つけただけである。私が間髪を入れずに発注したのは言うまでもない。
今日は、それを鑑賞してみることにしたのである。ただし、私は全篇にヴィオールの美しい響きが流れているということ以外に、この映画についてほとんど予備知識がなかった。しかし、私は余計な予備知識を以って映画を鑑賞することは好ましくないと思っているので、封を切ってすぐにこのディスクを観始めたのだ。
この映画はフランス・バロック音楽の作曲家サント=コロンブ(Monsieur de Sainte-Colombe :右下の肖像画)とその弟子マラン・マレー(Marin Marais, 1656 - 1728)を中心に物語が展開するが、2008年8月18日 にも書いたように、サント=コロンブについては生没年すらはっきりしていない。
ルイ14世の宮廷のヴィオール奏者に任命されたマレーとは違って、彼は宮廷との繋がりもなく、郊外の自宅で隠遁していた。ただし、この映画は史実ではなく、パスカル・キニャール(Pascal Quignard, 1948 - )の小説“Tous les matins du monde”に基づいて製作されている。
邦題は「めぐり逢う朝」とされているが、原題は英語に訳すと“All the Mornings of the World (世界のすべての朝)”である。これは、この小説の一節「世界のすべての朝は二度と戻ってこない」から採られており、時間の不可逆性を暗示している。
「そんなことは当たり前ではないか」と誰しも思うだろうが、人間は過去に想いを寄せる動物である。この映画自体がマレーの過去への回想という形を採っているように、師のサント=コロンブも亡くなった妻への想いを胸中に秘め、自宅に建てた練習小屋に引き籠もり、ひたすら作曲とヴィオールの練習に没頭するのである。
彼の名前は、ヴィオール演奏の巨匠として広く世に知られることになったが、宮廷からの招きも断り、亡妻への想いを抱きながら二人の娘とともに郊外の自宅で過ごすことを選ぶのである。そこへ弟子入りのために訪れたのが、若きマレーだった。
サント=コロンブはマレーを追い返そうとするが、マレが演奏する自作の作品を聴いたサント=コロンブは、一週間後にまた来るように言ってその場を立ち去った。そして、一週間後に訪れたマレーは、サント=コロンブから弟子入りを認められるのである。
このように書くと、自然に恵まれた郊外の邸宅での美しい師弟愛を描いた作品のように思われるかも知れないが、実際にはこの映画は美しいだけではなく哀しくもあるのだ。あまり詳しく書くと、まだこの映画を観ていない人の興味を削いでしまうので、それは止めておこう。
ただ、ひとつ言えることは、自足的な生活を営んでいる人たちにとって、外部からの侵入者は少なからず攪乱要因となることである。特に若い娘たちがいる家に17歳の青年マレーが出入りすることは、物語の悲劇性を既に暗示している。
マレーは最終的にサント=コロンブの娘マドレーヌを「踏み台」にして、ヴィオールの演奏技術に磨きを掛け宮廷音楽家として出世して行った。そして、ジャン=バティスト・リュリ(Jean-Baptiste Lully, 1632 - 1687)のコメディ=バレ「町人貴族」の指揮をする地位にまで上り詰めるのである。
一方、サント=コロンブは頻繁に訪れる妻の亡霊を前に、ヴィオールの演奏を行なう。人間の声に近付けるために、バス・ヴィオールに第7弦を仕え加えたのは、サント=コロンブの功績である。彼は一つとして作品を出版しなかったが、ヴィオールのための独奏曲を177曲と、2台のヴィオールのための合奏曲を67曲残している。
下の映像は、サント=コロンブが復活祭でポール・ロワイヤル派の教会ミサに招かれた際の様子である。全篇にヴィオールの響きが流れているが、人の歌声が聴けるのはこの場面だけだったと思う。フィクションであるが故の美しさと哀しさが、この映画の全篇に漂っているのである。
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2012-05-06 21:46
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私がこの映画のことを知ったのは、日本経済新聞の文化欄で紹介されていたからである。それで、ネットで検索してみると、既に日本語版の公式サイトも立ち上げられていて、予告編も観ることができた。
しかし、あの予告編を観ると、絶好の行楽日和という日に観るような映画ではないことはすぐに解る。
ということで、今日のような曇天で今にも雨が降り出しそうな空模様の日を、私は待っていたのである。今日の大阪は朝から曇っていて、天気予報では夕方から雨が降り出すということだった。
それで私は、十三 ( じゅうそう ) の第七藝術劇場まで足を運んで、この映画を観てきたわけである。この映画は2011年の第61回ベルリン国際映画祭銀熊賞(審査員グランプリ)を受賞しているらしいが、私はこの賞のことをよく知らない。
2010年には、若松孝二監督の「キャタピラー」で、寺島しのぶさんが主演女優賞を受賞したことが私の記憶に残っているが、宮崎駿監督の「千と千尋の神隠し」が金熊賞を受賞していたことは知らなかった。
さて、今回のこの映画はハンガリー映画で、原題は“A Torinói Ló (トリノの馬)”なので、哲学者フリードリヒ・ニーチェ(Friedrich Nietzsche, 1844 - 1900)の名前がタイトルに使われているわけではない。しかし、ニーチェと無関係な映画でないことは明らかなのだ。
すなわち、この映画の予告編でも示されているように、1889年のトリノで「ニーチェは鞭打たれ疲弊した馬車馬を見つけると、駆け寄り卒倒した。そのまま精神は崩壊し、二度と正気に戻ることはなかった…」という逸話に刺激を受けて、ハンガリーのタル・ベーラ(Tarr Béla, 1955 - )監督が自ら脚本を書き製作した映画なのである。
したがって、「その後、あの馬はどうなったのだろう」という疑問を追うような形で、映画は進行して行くのである。ここまで書いただけで、この映画は娯楽のための作品ではなく、芸術としての映画であることがお解り頂けると思う。
しかも、この映画はモノクロで登場人物が極端に少なく、台詞も最小限に抑えられている。しかし、上映時間は154分と結構長いので、観客に緊張感の維持を求めるように思えた。だから、私もすぐに観に行こうとはせず、タイミングを見計らっていたのである。
ただし、そのことは必ずしもニーチェの哲学に精通していないとこの映画が理解できないということを意味しないし、この映画から教訓めいたものを読み取る必要はないと私は思う。映画の世界にどっぷりと浸かって、その中の時間の推移に沿って生起する様々な事柄を追って行くことによって、それぞれの人が独自の意味を見い出すように作られているのだ。
この映画は154分という上映時間の中で、6日間の出来事を描いている。タル監督の言葉に拠れば、聖書の創世記には神は6日間でこの世界を創造したと書かれているが、この映画は「この6日間を逆行している」とのことである。
馬の飼い主とその娘は、毎日同じことを繰り返しながら、貧しい日常生活を維持している。そういう意味でこの映画にはドラマティックな要素は少しもないのだ。しかし、同じことの繰り返しのように見えても、彼らの生活からは徐々に必要なものが消えてゆくのである。
馬は飼い葉を食べなくなり、井戸の水は涸れ、唯一の食糧であるジャガイモも底を突く。そして、やがて光をも失った世界で、父と娘は向き合うのである。私は最初に「第一日目」という字幕が出た時点で、この映画は6日目か7日目で終わるだろうと思ったが、「第七日目」の到来を待たずにこの映画は幕を閉じるのである。
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2012-04-30 19:02
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3月20日の彼岸の中日に墓参りに出かけ、その足でお寺の二十日講で法話を聞いて帰ってきた。夕食を取りながら何気なくテレビを観ていたら、毎日放送のローカル・ニュースで「We 命尽きるまで」という映画の紹介をしていた。 かつての「闘士」たちが、「再び連帯し立ち上がる姿を描いた映画が大阪で上映されています」というアナウンスに、思わず顔を上げて画面を見つめた。 そこに映っていたのは、元東大全共闘議長の山本義隆さんや、元赤軍派議長の塩見孝也さんであった。彼らは1960年〜1962年に大学に入学しているので、私より一回り以上年長である。そんな彼らの思想と行動を拝見しようと、昨日は十三の第七藝術劇場までこの映画−「We 命尽きるまで」−を観に行ってきた。 私はかねがね「彼らとは世代が違う」と思っているので、「懐かしい」という感情はない。しかし、今の右旋回している日本を見ていると、彼らが「立ち上がった」ことを無視するわけにも行くまいと思ったのだ。 私が高校に入学したのは1971年だから、もう既に「70年」は終わっていた。その時点でいわゆる「新左翼」は惨憺たる状況であった。少なくとも、私にはそう思えた。1972年の2月の「あさま山荘事件」の時は、1年の期末試験の真っ最中だった。同年5月には、「テルアビブ空港乱射事件」があった。そして国内では、私が大学に入学する直前の1975年3月に、中核派の本多延嘉書記長が「内ゲバ」によって殺害されている。 「新左翼」の「衰退期」の負の側面ばかりを見てきた私の世代が、政治から離反するのは当然のことであった。勢い、私の関心は政治以外の方面に向かった。1971年には「シカゴ」、「グランド・ファンク・レイルロード」、「レッド・ツェッペリン」などの来日公演があった。今から思えば、彼らの来日は衰えつつあったハード・ロックの最後の煌めきであったのかも知れない。 その後時代は、高度経済成長から低成長の時代に切り替わった。音楽の世界でも、1970年の万博の西ドイツ館で「体感」したシュトックハウゼンや、ニューヨーク・フィルの来日公演で聴いた武満さんの「ノヴェンバー・ステップス」のような刺激的で衝撃音の多い音楽から、ソフトで滑らかな音楽へと作曲様式が変化していった。ロックも例外ではなかった。 話が逸れてしまったが、この映画を観た後の感想は、何となく「拍子抜けした」という表現がと当てはまるのだ。それが何に起因するのかと考えてみると、やはり年齢なのである。それは、何十年か振りに高校の同窓会で会ったかつての知人・友人の齢を重ねた姿を見て、思わず自分の年齢と過ぎ去った歳月の長さに気付いたときの感覚に似ている。 私には彼らの連帯した行動をとやかく言う資格はないし、改憲には反対なので彼らの運動を否定する気はさらさらない。しかし、彼らのような「闘士」を除いた大多数の「団塊の世代」は、右肩上がりの高度経済成長期にその恩恵を受け、終身雇用・年功序列の雇用形態の下で毎年昇給があり、アメリカの軍事力の庇護によって莫大な軍事費を注ぎ込むこともなく、高度経済成長を成し遂げたのではなかったか。 翻って、今日の日本では、学費が払えなくて高校を退学していく生徒が増加し、医療費が払えないので学校の保健室を医院代わりに使う児童が増えている。給料が上がるという保障はどこにもなく、正社員でさえ必ずしも「安泰」ではない。このような状況に対する強力なアンチテーゼを打ち立てていくことが、今最も求められていることではないかと思った次第である。日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。 〜「日本国憲法 前文」より
2009-03-23 20:07
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私の好きな諺に、“A rolling stone gathers no moss.”「転石苔を生ぜず」というのがある。なぜこの諺が好きかというと、多くの諺が一義的な教訓を述べているのに対し、これは二義的に解釈できるからである。 高度経済成長期には終身雇用が大前提であり、一つの会社に勤めたら定年までそこで働くというのが、日本のサラリーマンの典型的な生き方であった。だから、コロコロと職を変え、一所に留まっていないような人間は信用できない。「石の上にも三年」というではないか、という発想であった。実際、私が中学生の頃には、そういう意味でこの諺を教わったと思う。 しかし、この諺は別の意味にも取れる。「一つの所でジッとしていては、そのうち苔が生えて生気が失われてしまうよ」というのが、もう一つの解釈である。もちろん、それがすぐ「転職の勧め」に繋がるわけではない。そうではなくて、「もうこれでいい」、「もうこれで充分」と思った途端に、人間の成長は止まってしまうのである。そのことを戒める諺として解釈することもできる。 私はこの両義性が好きである。「石の上にも三年」というのも正しければ、現状に甘んじていてもいけない。この二つの意味を併せ持っている諺として、私はこれを座右の銘としてきた。 そしてこの“rolling stone”を体現しているのが、“The Rolling Stones”なのである。そして、この“SHINE A LIGHT”というのは、2006年10月29日と11月1日の二夜にニューヨーク、ビーコン・シアターで行なわれたライヴ映像を基に製作された映画の題名である。監督は「ディパーテッド」でアカデミー賞を獲得したマーティン・スコセッシである。 「ザ・ローリング・ストーンズ」は1963年に結成されたが、結成当初のメンバーで今でも残っているのは、ミック・ジャガー、キース・リチャーズ、チャーリー・ワッツの3人だけで、途中何回かメンバーの入れ替わりがあり、今は以上の3人にロン・ウッドが加わり4人編成になっている。因みに、ロン・ウッドは「ロニー」と呼ばれている。 この映画はライヴの単純な撮影ではなく、映画の製作現場の模様や過去の映像や現在のメンバーへのインタビューなどを織り交ぜて構成されている。しかし、中心になるのはやはりコンサートでの演奏である。 最初の曲“Junpin' Jack Flash”が始まった時には、もう既に観客は総立ちである。中には、携帯電話で写真を撮ってる人もいたりして、「こんなん、ありか?」と思うのだが、そんなことはお構いなしに、演奏は熱気を帯びて進んで行く。 ミック・ジャガーはこの時すでに63歳である。一番若いロニー・ウッドでも59歳である。メンバー4人の平均年齢は、62.25歳である。演奏もさることながら、ミック・ジャガーのスタイルは実に素晴らしい。腹が出ていないのだ。アメリカでよく見かけるでっぷりと太ってお腹が出たおじさんたちと違って、今でもスマートな体で、全体の統制を執るようにキビキビと実によく動く。 しかし、一方ではロニーのスティール・ギターの伴奏でカントリー・ソングを歌ったり、バディ・ガイとブルースを歌ったり、自分より37歳も年下のクリスティーナ・アギレラとのデュエットで対等に渡り合ったりと、観ていてそのエネルギーに圧倒されるのである。あのエネルギーはどこから来るのか。「凄い!」の一言に尽きる。 なお、キースは昔よりふっくらとして、マイペースで自分の演奏を楽しんでいるように見える。彼らは決して立ち止まらない。しかし、彼らの内にあるブルース魂は不変である。 下の画像は、アメリカのNBCの番組でこの映画が紹介された時の映像である。
2009-01-02 08:30
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今日は映画「櫻の園」を観て来た。これが、ロシアの有名な作家アントン・パーヴロヴィチ・チェーホフ(Антон Павлович Чехов, 1860 - 1904)の戯曲をそのまま映画化したものでないことは、あなたもご存知だろう。これは、某名門私立女子高で上演を禁じられている「櫻の園」を上演しようという女子高生たちの「闘い」の物語である。原作は、吉田 秋生 (よしだ あきみ、1956 - )さんが、1985年〜1986年にかけて「LaLa」に連載した漫画である。 しかし、私ほどこの映画を語るのに相応しくない者はいない。私はもう齢五十を過ぎた「おっさん」の一人であり、女子高生という存在からほど遠い存在である。しかも、私の高校は男女共学の公立高校で、ウィキペディア(Wikipedia)には「校則は存在しない」と書かれている高校である。この映画で描かれているような厳しい校則とは無縁の校風であった。もちろん、制服もなかった。 また、私自身ロシア文学を始めとする外国文学の素養がない。ドストエフスキーの「罪と罰」や「カラマーゾフの兄弟」は読んだが、登場人物が多くなると段々混乱してくるのである。「え〜と、この人はどこの誰だったかな〜」という具合になるのである。特にロシア文学の場合は登場人物の名前が覚えにくく、しかも同一人物が複数の呼ばれ方で現れる。例えば、「罪と罰」の主人公ラスコーリニコフは、「ロージャ」と呼ばれることもあれば、「ロジオン・ロマヌイチ」と呼ばれることもある。慣れるまでが大変である。したがって、チェーホフの「櫻の園」も読んだことはない。 そんな私がこの映画を観ようという気になったのは、エンディング・テーマで使われているスピッツの「若葉」という曲と、下のプロモーション・ヴィデオで観られる桜の美しさからである。 主演の福田沙紀さんを始めとして、杏さん、寺島咲さんなどの若さに似合わぬ名演を、大杉漣さんや富司純子さんらのヴェテランがうまく支えていて、この映画を見応えのあるものにしている。特に転校生結城桃を演じる福田沙紀さんの、厳しく閉鎖的な校風への「ふてくされ振り」が絶妙である。「若さはひとつの特権である」と思わせる映画である。大地は偉大で、美しい。地上には素晴らしいところがいっぱいありますよ。 桜んぼの実のひとつひとつ。葉の一枚一枚。幹の一本一本から、これまで生きていた人たちの目があなたを見てはいませんか。 声が聞こえはしませんか。 あなたがたみんなが今を生き始めるには、まず我々の過去に償いをし、決着をつけなければならない。 そのためにはやるべきことがある。 わかっているでしょ、アーニャさん。 恐れることはない。あなたを縛りつけている世界から出て行きなさい。 風のように自由になりなさい。 チェーホフ「櫻の園」第二幕、ペーチャのセリフより(小野利子訳)
2008-11-16 13:31
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