3月20日の彼岸の中日に墓参りに出かけ、その足でお寺の二十日講で法話を聞いて帰ってきた。夕食を取りながら何気なくテレビを観ていたら、毎日放送のローカル・ニュースで「We 命尽きるまで」という映画の紹介をしていた。
かつての「闘士」たちが、「再び連帯し立ち上がる姿を描いた映画が大阪で上映されています」というアナウンスに、思わず顔を上げて画面を見つめた。
そこに映っていたのは、元東大全共闘議長の山本義隆さんや、元赤軍派議長の塩見孝也さんであった。彼らは1960年〜1962年に大学に入学しているので、私より一回り以上年長である。そんな彼らの思想と行動を拝見しようと、昨日は十三の第七藝術劇場までこの映画−「We 命尽きるまで」−を観に行ってきた。
私はかねがね「彼らとは世代が違う」と思っているので、「懐かしい」という感情はない。しかし、今の右旋回している日本を見ていると、彼らが「立ち上がった」ことを無視するわけにも行くまいと思ったのだ。
私が高校に入学したのは1971年だから、もう既に「70年」は終わっていた。その時点でいわゆる「新左翼」は惨憺たる状況であった。少なくとも、私にはそう思えた。1972年の2月の「あさま山荘事件」の時は、1年の期末試験の真っ最中だった。同年5月には、「テルアビブ空港乱射事件」があった。そして国内では、私が大学に入学する直前の1975年3月に、中核派の本多延嘉書記長が「内ゲバ」によって殺害されている。
「新左翼」の「衰退期」の負の側面ばかりを見てきた私の世代が、政治から離反するのは当然のことであった。勢い、私の関心は政治以外の方面に向かった。1971年には「シカゴ」、「グランド・ファンク・レイルロード」、「レッド・ツェッペリン」などの来日公演があった。今から思えば、彼らの来日は衰えつつあったハード・ロックの最後の煌めきであったのかも知れない。
その後時代は、高度経済成長から低成長の時代に切り替わった。音楽の世界でも、1970年の万博の西ドイツ館で「体感」したシュトックハウゼンや、ニューヨーク・フィルの来日公演で聴いた武満さんの「ノヴェンバー・ステップス」のような刺激的で衝撃音の多い音楽から、ソフトで滑らかな音楽へと作曲様式が変化していった。ロックも例外ではなかった。
話が逸れてしまったが、この映画を観た後の感想は、何となく「拍子抜けした」という表現がと当てはまるのだ。それが何に起因するのかと考えてみると、やはり年齢なのである。それは、何十年か振りに高校の同窓会で会ったかつての知人・友人の齢を重ねた姿を見て、思わず自分の年齢と過ぎ去った歳月の長さに気付いたときの感覚に似ている。
私には彼らの連帯した行動をとやかく言う資格はないし、改憲には反対なので彼らの運動を否定する気はさらさらない。しかし、彼らのような「闘士」を除いた大多数の「団塊の世代」は、右肩上がりの高度経済成長期にその恩恵を受け、終身雇用・年功序列の雇用形態の下で毎年昇給があり、アメリカの軍事力の庇護によって莫大な軍事費を注ぎ込むこともなく、高度経済成長を成し遂げたのではなかったか。
翻って、今日の日本では、学費が払えなくて高校を退学していく生徒が増加し、医療費が払えないので学校の保健室を医院代わりに使う児童が増えている。給料が上がるという保障はどこにもなく、正社員でさえ必ずしも「安泰」ではない。このような状況に対する強力なアンチテーゼを打ち立てていくことが、今最も求められていることではないかと思った次第である。
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
〜「日本国憲法 前文」より
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2009-03-23 20:07
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私の好きな諺に、“A rolling stone gathers no moss.”「転石苔を生ぜず」というのがある。なぜこの諺が好きかというと、多くの諺が一義的な教訓を述べているのに対し、これは二義的に解釈できるからである。
高度経済成長期には終身雇用が大前提であり、一つの会社に勤めたら定年までそこで働くというのが、日本のサラリーマンの典型的な生き方であった。だから、コロコロと職を変え、一所に留まっていないような人間は信用できない。「石の上にも三年」というではないか、という発想であった。実際、私が中学生の頃には、そういう意味でこの諺を教わったと思う。
しかし、この諺は別の意味にも取れる。「一つの所でジッとしていては、そのうち苔が生えて生気が失われてしまうよ」というのが、もう一つの解釈である。もちろん、それがすぐ「転職の勧め」に繋がるわけではない。そうではなくて、「もうこれでいい」、「もうこれで充分」と思った途端に、人間の成長は止まってしまうのである。そのことを戒める諺として解釈することもできる。
私はこの両義性が好きである。「石の上にも三年」というのも正しければ、現状に甘んじていてもいけない。この二つの意味を併せ持っている諺として、私はこれを座右の銘としてきた。
そしてこの“rolling stone”を体現しているのが、“The Rolling Stones”なのである。そして、この“SHINE A LIGHT”というのは、2006年10月29日と11月1日の二夜にニューヨーク、ビーコン・シアターで行なわれたライヴ映像を基に製作された映画の題名である。監督は「ディパーテッド」でアカデミー賞を獲得したマーティン・スコセッシである。
「ザ・ローリング・ストーンズ」は1963年に結成されたが、結成当初のメンバーで今でも残っているのは、ミック・ジャガー、キース・リチャーズ、チャーリー・ワッツの3人だけで、途中何回かメンバーの入れ替わりがあり、今は以上の3人にロン・ウッドが加わり4人編成になっている。因みに、ロン・ウッドは「ロニー」と呼ばれている。
この映画はライヴの単純な撮影ではなく、映画の製作現場の模様や過去の映像や現在のメンバーへのインタビューなどを織り交ぜて構成されている。しかし、中心になるのはやはりコンサートでの演奏である。
最初の曲“Junpin' Jack Flash”が始まった時には、もう既に観客は総立ちである。中には、携帯電話で写真を撮ってる人もいたりして、「こんなん、ありか?」と思うのだが、そんなことはお構いなしに、演奏は熱気を帯びて進んで行く。
ミック・ジャガーはこの時すでに63歳である。一番若いロニー・ウッドでも59歳である。メンバー4人の平均年齢は、62.25歳である。演奏もさることながら、ミック・ジャガーのスタイルは実に素晴らしい。腹が出ていないのだ。アメリカでよく見かけるでっぷりと太ってお腹が出たおじさんたちと違って、今でもスマートな体で、全体の統制を執るようにキビキビと実によく動く。
しかし、一方ではロニーのスティール・ギターの伴奏でカントリー・ソングを歌ったり、バディ・ガイとブルースを歌ったり、自分より37歳も年下のクリスティーナ・アギレラとのデュエットで対等に渡り合ったりと、観ていてそのエネルギーに圧倒されるのである。あのエネルギーはどこから来るのか。「凄い!」の一言に尽きる。
なお、キースは昔よりふっくらとして、マイペースで自分の演奏を楽しんでいるように見える。彼らは決して立ち止まらない。しかし、彼らの内にあるブルース魂は不変である。
下の画像は、アメリカのNBCの番組でこの映画が紹介された時の映像である。
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2009-01-02 08:30
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今日は映画「櫻の園」を観て来た。これが、ロシアの有名な作家アントン・パーヴロヴィチ・チェーホフ(Антон Павлович Чехов, 1860 - 1904)の戯曲をそのまま映画化したものでないことは、あなたもご存知だろう。これは、某名門私立女子高で上演を禁じられている「櫻の園」を上演しようという女子高生たちの「闘い」の物語である。原作は、吉田 秋生 (よしだ あきみ、1956 - )さんが、1985年〜1986年にかけて「LaLa」に連載した漫画である。
しかし、私ほどこの映画を語るのに相応しくない者はいない。私はもう齢五十を過ぎた「おっさん」の一人であり、女子高生という存在からほど遠い存在である。しかも、私の高校は男女共学の公立高校で、ウィキペディア(Wikipedia)には「校則は存在しない」と書かれている高校である。この映画で描かれているような厳しい校則とは無縁の校風であった。もちろん、制服もなかった。
また、私自身ロシア文学を始めとする外国文学の素養がない。ドストエフスキーの「罪と罰」や「カラマーゾフの兄弟」は読んだが、登場人物が多くなると段々混乱してくるのである。「え〜と、この人はどこの誰だったかな〜」という具合になるのである。特にロシア文学の場合は登場人物の名前が覚えにくく、しかも同一人物が複数の呼ばれ方で現れる。例えば、「罪と罰」の主人公ラスコーリニコフは、「ロージャ」と呼ばれることもあれば、「ロジオン・ロマヌイチ」と呼ばれることもある。慣れるまでが大変である。したがって、チェーホフの「櫻の園」も読んだことはない。
そんな私がこの映画を観ようという気になったのは、エンディング・テーマで使われているスピッツの「若葉」という曲と、下のプロモーション・ヴィデオで観られる桜の美しさからである。
主演の福田沙紀さんを始めとして、杏さん、寺島咲さんなどの若さに似合わぬ名演を、大杉漣さんや富司純子さんらのヴェテランがうまく支えていて、この映画を見応えのあるものにしている。特に転校生結城桃を演じる福田沙紀さんの、厳しく閉鎖的な校風への「ふてくされ振り」が絶妙である。「若さはひとつの特権である」と思わせる映画である。
大地は偉大で、美しい。地上には素晴らしいところがいっぱいありますよ。 桜んぼの実のひとつひとつ。葉の一枚一枚。幹の一本一本から、これまで生きていた人たちの目があなたを見てはいませんか。 声が聞こえはしませんか。 あなたがたみんなが今を生き始めるには、まず我々の過去に償いをし、決着をつけなければならない。 そのためにはやるべきことがある。 わかっているでしょ、アーニャさん。
恐れることはない。あなたを縛りつけている世界から出て行きなさい。 風のように自由になりなさい。
チェーホフ「櫻の園」第二幕、ペーチャのセリフより(小野利子訳)
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2008-11-16 13:31
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今日は朝から、映画「容疑者]の献身」を観に行ってきた。そして、未だその感動から覚めやらぬところである。
私は東野圭吾さんの原作を読んだこともないし、テレビドラマ「ガリレオ」も観たことがないので、先入観が一切ない状態で映画館に足を運んだわけである。
まず、冒頭に出てくる物理学者湯川(福山雅治)と女性刑事内海(柴咲コウ)の会話が、この物語のテーマを暗示している。内海は論理的思考を何よりも重視する湯川に対し、「論理で解明できないこともあるんじゃないの。例えば、愛とか。」と言って食い下がる。
実は、これがこの映画に一貫して流れているテーマであり、最後に湯川と内海が大学構内のベンチに座って話し合うところまで、ドラマの展開とともに底流となって渦巻いていることなのだ。「容疑者]」は、自分の愛する人に「生かされて」いたのだ。「容疑者]」は、恋をすることがなければ、罪を犯すこともなかっただろう。
私はかつて、ロラン・バルトの「恋愛のディスクール・断章」という本を読んだことがある。この本はその書名が示すように、断章群にタイトルを付し、それをアルファベット順に配列して構成された書物である。したがって、通常思い浮かべられるような体系的・論理的な「恋愛論」ではない。論理体系を徹底的に排除することによってしか、その本質に迫れないのが恋愛である。そのことを、それ自体で示したのがこの書物なのだ。バルトはこの書物の中で、以下のように語っている。
「恋愛主体がその愛を生きている間、こうしたフィギュール(言述の破片)群は、まったく無秩序に彼の脳裏にあらわれてくる。フィギュールの出現はすべて偶然(内的、外的な)に依存しているからだ。そうした偶発事件(「ふりかかってくる」もの)のたびごとに、恋するものはフィギュールの貯蔵庫(宝庫?)を開き、おのが想像界の命令を、あるいはその快楽を、必要に応じて取り出してくるのである。(中略)いかなる論理も特定のフィギュールとフィギュールを結合することがなく、その隣接性を規定することもない。フィギュールとは連辞の外に、物語の外にあるのだ。」(三好郁朗訳)
「容疑者]の献身」が悲劇的であるのは、恋愛主体が、高校教師に身をやつしているとはいえ、今でも天才的数学者としての論理的思考を保持しているところにある。そもそも、恋愛や献身というのは、バルトが言うように論理の埒外にある。逆に言えば、論理によって統御できないものを統御しようとしたために、恋愛主体は犯罪者となることによって、論理的に「完結」しようとするのである。しかし、恋愛対象である女性は、その完結性を突き崩すことによって、彼の献身に応えるのだ。ここに至って、「容疑者]」はそれまで築き上げてきた論理的完結性を失うと同時に、孤独から「解放」されるのである。しかし、決して「ハッピー・エンド」ではない。
真相が明らかになるのは、物理学者湯川の論理性が旧友「容疑者]」の論理性を解読するからである。おそらく、この映画は堤真一という名優の存在なしには成立し得なかっただろうと思えるほど、堤の存在感は大きい。
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2008-11-02 20:01
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今日10月31日は、今は亡き名優、渡辺 文雄(わたなべ ふみお、1929年10月31日 - 2004年8月4日)さんの誕生日である。渡辺さんといえば、大島渚監督の映画の常連で、1960年の安保闘争を描いた「日本の夜と霧」や、死刑制度の問題点を鋭く抉り出した「絞死刑」(1968年)で、佐藤慶さんや戸浦六宏さんとともに、よく拝見した俳優さんである。
折りしも、昨日、国連の自由権規約委員会が日本政府に対して、死刑制度の廃止や、警察の留置所を拘置所代わりに使う代用監獄問題の是正を求める報告書を公表した。
YAHOO JAPAN への書き込みなどを拝読していると、「内政干渉だ」という論調が多いが、私は、人間が人間を裁くことの意味をもう一度冷静に考えてみていただきたいと思う。
人間は誤りを犯すものであり、逮捕から警察の取調べを経て判決が確定し、刑が執行されるまでのプロセスに問題はないと言い切れるのか。それを思うとき、私は人間が人間を裁くことに、もっと慎重であるべきだと思う。
また、日本の場合、死刑と無期懲役との間に差があり過ぎるのではないかとも思う。単なる感情論ではなく、冷静に再考すべき時に来ている。
なお、大島渚監督の「絞死刑」は、死刑問題を考える上で、観ておかなければならない映画のひとつであろう。
音楽を担当しているのは、林 光(はやし ひかる、1931 - )さんである。
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2008-10-31 23:40
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