3月18日にご紹介したルネ・クレマンシックのディスクが大変印象に残ったので、今日も彼とクレマンシック・コンソートによるギヨーム・デュファイ(Guillaume Dufay 1400? - 1474)の演奏を聴いてみた。これもオケゲムの場合と同様に、“Cathedral Sounds”と題されており、この前述べたようにクレマンシックの「再創造」の様相を呈している。
まず、ブクスハイマー(Buxheimer、この人については詳細がわからず)のオルガン曲が「序曲」のように演奏され、次いで“Gaude virgo, mater Christi”、“Magnificat”と続くがこれらの曲は完全なア・カペラではない。そしてまた、ブクスハイマーのオルガン曲が入り、声楽曲が次に出てくる。基本的にはこの繰り返しである。ただ、曲によっては声楽にオルガンやツィンク(Zink:コルネットのこと。イタリア語で cornetto、フランス語で cornet à bouquin)が伴奏をしている。
そして、最後はブクスハイマーの“Se la phase pale”がオルガンで演奏され、Gloria、Credo と続いて最後を締めくくる。この Gloria、Credo のセットは1420年〜1440年の間に作曲されたと推測されるが、このように不完全な形で残されたミサ曲は当時の慣行からすると珍しいそうである。
なお、クレド(Credo)の最後に以下のようなトロープス(TROPUS)が付け加えられている。
Dic Maria, quid fecisti
postquem Jesum amisisti?
Matrem Flentem sociavi,
quam ad domum reportavi
et in terram me prostravi
et utrumque deploravi.
O Maria, noli flere,
iam surrexit Christus vere.
Amen.
教えてください、マリア様、
イエス様を失った今、誰がその後を引き受けるのか。
建物が再建されるまで
誰が嘆き悲しむ御母と、悲しみを分かち合い
地上にて倒れ臥した私や
失望した人々を支えてくれるのか。
マリア様、どうか泣くのをお止め下さい。
まことの救世主として
お立ち上がりください。
アーメン。
(翻訳は私がしたので、間違いがあればご指摘下さい。)
いずれにしても、このディスクはクレマンシックの一個の「作品」と化しており、各々の曲が分かちがたく結び付いている。ただ、私はこれよりも前に Cantica Symphonia による“Missa Ave regina celorum”を聴いているので(2007年9月2日)、女声が加わっていないことに多少不満を感じた。
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2008-03-22 15:38
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デュファイを聴く /
ルネ・クレマンシック /
古楽について |
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芸術家に限らず、すべての表現者は単に表現者であるのみならず、創造者でもあると思う。クラシック・ファンの中にはいないであろうが、世の中にはクラシック音楽というと、何百年も前の音楽を、千年一日のごとく「楽譜どおり」に演奏していて何が面白いのか、と思う人も多い。
しかし、表現というのは個人の営為であり、その個人はまた社会的諸関係に組み込まれてしか存在し得ない。それは、私が初めて聴いたコンヴィチュニー指揮ライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のベートーヴェンと、今日の古楽器によるベートーヴェン演奏を聴き比べてみれば、すぐわかることである。千年一日どころか演奏様式は日々変化しているといっても過言ではないと思う。
ただ、音楽家によって、また時代によって、「表現」と「創造」に重心のかけ方が違うのも事実である。例えば、カラヤンにとっては、すべての作品は自己表現の「素材」に過ぎず、彼にとって指揮をするということは、「カラヤンの音楽」を創造することであったのではないかと思う。
柴田先生が、カラヤンの「マタイ受難曲」と「トリスタンとイゾルデ」の相似性について書いておられたが、確かにカラヤンの「マタイ」はある種「艶めかしい」演奏であった。しかし、それに対しては当然、「昔カラヤンがバッハを演奏したあのやり方は音楽をレイプするようなものです。」(ペーター・シュナイダー)といった反感も買うことになる。好悪が分かれるのである。
前置きが長くなったが、今日ご紹介するルネ・クレマンシック(René Clemencic, 1928 - )は、そうした「創造者」の一人である。私がこのオケゲムの“Cathedral Sounds”を買ったのは、HMVでは2,500円以上は送料無料となっているので、先日ご紹介したモラーレスのレクイエムとセットにして、何とか2,500円以上にしたかったからである。大阪人はその辺の計算をすぐするのである。その結果2,545円になり、すれすれで「セーフ」となった。
私はこのディスクに収められている“Missa sine nomine”も“Alma redemptoris Mater”も、クラークス・グループの演奏で以前に聴いていたが、その真ん中に収まっている“Ut Heremita solus”というのは知らなかった。「歌詞がわからんかも知れんなー」と思いつつ聴いてみると、これは小型パイプ・オルガンとルネサンス・トロンボーンによる演奏で声楽曲ではなかった。
まず驚いたのは、冒頭でそのオルガンが壮麗に響き渡ることである。私はてっきり「ア・カペラ」だと思っていたので、まずのっけから度肝を抜かれ、さらに曲の切れ目でまたこのオルガンが入るのである。全体で56分21秒のこのアルバム自体が、クレマンシックの一つの作品のように思えた。まさに、彼が「鬼才」とか「暴れん坊」とか言われる理由がわかったような気がする。実に強烈な印象を残す演奏であった。
なお、クレマンシックは、リコーダー、鍵盤楽器を学びウィーン大学で哲学の博士号を取得している音楽学者でもある。このディスクの解説書には彼の解説が掲載されており、最後に“Dr. René Clemencic”と書いてある。
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2008-03-18 19:45
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オケゲムを聴く /
古楽について /
ルネ・クレマンシック |
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カトリック教会や教皇は、ミサ曲やレクイエムの宗教曲に対して、相当うるさかったらしい。宗教改革で拡がったプロテスタントに対抗するために開かれたトレント公会議(1545 - 1563)では、ルネサンスのポリフォニーが技巧的に複雑になりすぎて、何を歌っているのか解りにくいという批判が出され、典礼音楽の浄化が決議された。
また、1749年に教皇ベネディクトゥス14世は、回勅を出して死者のためのミサ曲を完全にア・カペラ様式とすることを求めた。しかし、これはバロックの音型論が体系化された時代に、保守的というよりは反動的な要求であって、実効をあげることはなかった。何よりも、あのビーバーのレクイエム(1687年刊)が60年以上前に、ザルツブルクの大司教マクシミリアン・ガンドルフの死を悼んで演奏されているのである。
今日ご紹介するヨハン・ヨーゼフ・フックス(Johann Joseph Fux, 1660 - 1741)が、1720年に逝去した皇太后エレオノーラの葬儀に際して作曲した「死者のためのミサ曲〜皇帝レクイエム」(Requiem "Missa Pro Defunctis")は、カトリック側のそういう意向を配慮してか、「トランペットとティンパニの『祝祭的な』響きを排除して、当時の用語法でいう『混合様式 stylus mixtus』を用いたが、さらに(中略)楽器を協奏的に用いることもあえてほとんどしていない。」(トーマス・ホッホラートナー著、石川陽一訳のライナーノートより)
したがって、声楽のポリフォニックな扱いはしているが、伴奏は極めて質素で贅肉を削ぎ落としたものになっている。私はやはり、こういう曲のほうが、レクイエムに相応しいと思う。Introitus - Graduale - Kyrie - Sequentia - Libera me - Offertrium - Sanctus - Benedictus - Agnus Dei - Communio という順番で演奏されており、これが楽譜どおりなのか、演奏者ルネ・クレマンシック&クレマンシック・コンソートのアレンジによるものなのかは定かでない。 Benedictus と Agnus Dei の間に2つのトロンボーン、オルガン、ヴィオローネのためのソナタ第3番のアダージョを挿入している。
これ以外にも、フックスのオルガン曲やモテット等を収録しており、全体の構成をよく考えた選曲となっている。「HMVで息長くベストセラーを記録しているアルバムです。」というキャッチコピーに頷けるCDである。
なお、ラテン語で書かれたフックスの「古典対位法」“Gradus ad Parnassum”(1725年刊)は、出版後すぐに独・仏・伊・英に翻訳され、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルトもこの本をテキストとしたそうである。
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2007-10-21 16:15
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