このアルバムで「ザッパ(ZAPPA)」と書いてあるのは、言うまでもなくフランク・ザッパ(Frank Zappa, 1940 - 1993)のことである。
HMVのレビューでは、彼のことを「変態系ロックの伝説的大物」と紹介しているが、彼はあらゆる音楽のジャンルにおいて作曲家、演奏家、レコード・プロデューサーとして活動した奇才である。
私自身は、1971年6月のフィルモア・イーストでのライヴ録音盤“MOTHERS Fillmore East - June 1971”で彼のことを初めて知ったので、長い間、彼のことをロック・ミュージシャンだと思っていた。
しかし、ピエール・ブーレーズ&アンサンブル・アンテルコンタンポランや、ケント・ナガノ&ロンドン交響楽団が彼の作品を演奏したディスクを聴いたことがあるので、私は彼のことを只者ではないと思うようになった。それで、気紛れにNMLの検索機能を使って、彼の作曲した作品を捜してみて見つけたのが、今日ご紹介するディスクである。
このアルバムで演奏を担当しているアンサンブル・アンブロジウス(Ensemble Ambrosius )は、フィンランドの室内楽アンサンブルで、現代音楽をバロックの楽器で演奏するというユニークなグループである。ピエール・ブーレーズ&アンサンブル・アンテルコンタンポランならザッパとの相性も良さそうだが、バロックの楽器を使ってザッパの作品を演奏するというのは意外に感じたので、聴いてみることにした。
収録曲はいずれもザッパが書いた曲を、アンサンブル・アンブロジウスのメンバーが編曲したもので、チェロと作曲が担当のオリ・ヴィルトペルコ(Olli Virtoperko, 1973 - )と、ハープシコード担当のエレ・リエヴォネン(Ere Lievonen , 1972 - )の2人によって収録曲は編曲されている。
私にとって興味深いのは、編曲を手掛けた2人は、私が持ってるフィルモア・イーストのライヴ盤“Fillmore East - June 1971”がリリースされた後に生まれていることで、私の中のザッパのイメージがあの時点で「ザ・マザーズ・オブ・インヴェンション(The Mothers of Invention)」の記憶とともにほとんど固定されたままなのに対し、彼らはその後に生まれて私の知らないザッパの姿を知っているということである。
私の記憶では、“Fillmore East - June 1971”というディスクは音楽の演奏よりも叫び声とか、会話だけの曲がかなり多くて、英語での会話の部分はすっ飛ばして聴いていたような気がする。その点、今日のディスクは器楽演奏が中心なので、ザッパの音楽だけを純粋に楽しむことができるはずだ。ということで、収録曲は以下の通りである。
1.Night School (arr. E. Lievonen)
2.Sofa (arr. O. Virtaperko)
3.Black Page #2 (arr. O. Virtaperko)
4.Uncle Meat (arr. O. Virtaperko)
5.Igor´s Boogie (arr. E. Lievonen)
6.Zoot Allures (arr. O. Virtaperko)
7.Big Swifty (arr. O. Virtaperko)
8.T´Mershi Duween (arr. E. Lievonen)
9.Alien Orifice (arr. O. Virtaperko)
10.The Idiot Bastard Son (arr. O. Virtaperko)
11.RDNZL
12.The Orange County Lumber Truck (arr. O. Virtaperko)
13.Echidna´s Arf (of You) (arr. E. Lievonen)
14.Inca Roads (arr. O. Virtaperko)
15.G-Spot Tornado (arr. E. Lievonen)
演奏は上記のアンサンブル・アンブロジウスで、1999年8月9日 - 13日にヘルシンキで録音されている。
収録曲を日本語に訳したほうが解りやすいかと思ったが、私はこれらの曲について歌詞があるのかどうかさえ知らず、NMLでもほとんど英語をそのままカナ表記にしているだけなので、英語のまま掲載した。
9曲目の“Alien Orifice”は「外人の口」、12曲目の“The Orange County Lumber Truck”は「オレンジ・カウンティーのセガレ」と訳されているが、“Lumber Truck”は直訳すると「材木運搬用のトラック」ではないのか。
13曲目の“Echidna´s Arf”は「ハリネズミの叫び」と訳されているが、この場合の“Arf”は「わんわん」とか「にゃあにゃあ」と同類の擬声語である。いずれにしても、彼の場合はスラングが沢山使われているはずなので、それらに精通していないと、意味を詮索しても徒労に終わるだけであろう。
出だしから非常にキレの良い躍動感溢れる演奏なので、多くの電子楽器が使われているのかと思ったが、オルガン以外はバロック・ヴァイオリン、バロック・チェロ、アーチリュート、バロック・オーボエ・ダモーレ、オーボエ・ダ・カッチャ、バロック・マンドリン、ハープシコードなどの古楽器が使用されている。要するに、ほとんどアコースティック・サウンドなのだ。
全体的にはロックというより、ジャズやフュージョンに近い感じがするが、古楽器を使ってこういう演奏ができるのは、アンサンブル・アンブロジウスの力量もさることながら、あらゆるジャンルの音楽を包含して自己の音楽性を拡張していったザッパ自身の資質に因るところが大きいと思うのである。
2012-04-23 23:17
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私はクラシック音楽に飽きてくると、たまに他のジャンルの音楽を聴きたくなる。それがジャズである日もあるが、今日は久し振りにロックを聴いてみたくなった。
それで聴き始めたのが、このディスクである。これは、「ビッグ・ブラザー・アンド・ザ・ホールディング・カンパニー(Big Brother and the Holding Company)」というロック・グループの第2作目に当たるアルバムで、1968年8月にリリースされ、「ビルボード(Billboard)」の「トップ・100・アルバム・チャート」の第1位に輝いた名盤である。
しかし、私は当時中学2年生だったので、このアルバムがヒット・チャートを駆け上がっていた時を、リアル・タイムで知っていたわけではない。私がロックを聴き始めた時には既に、ジャニス・ジョプリン(Janis Joplin, 1943 - 1970)はこのバンドを離れて、ロック・ヴォーカリストとして確固たる地位を獲得していた。
私が彼女のことを知ったのは、1971年1月に遺作として発表されたアルバム「パール(Pearl)」なので、もはや彼女はこの世の人ではなかった。したがって、彼女が所属していた「ビッグ・ブラザー・アンド・ザ・ホールディング・カンパニー(Big Brother and the Holding Company)」というバンドについては、長ったらしくて変わったバンド名だなぁと思った程度で、記憶の片隅に残っていただけである。
しかし、俄 ( にわ ) かにこのバンドのことを思い出したのは、私の勤務先の会社が持株会社(holding company)制度に移行すると公表したからに他ならない。最近流行りの「○○ホールディングス」という純粋持株会社の下に、各事業子会社をぶら下げようという計画である。
先代の社長の時代から持株会社化の構想はあったので、私自身にとっては「寝耳に水」という感じはなかったが、拙速であるという印象は拭えなかった。そもそも、「グループ会社の自治と自由闊達な社風の醸成」は上場前から脈々と受け継がれてきた長い伝統であって、その結果として北米の子会社が親会社を凌ぐ利益を上げるようになったのである。
もちろん、「グループネットワークの強化と的確なグループ資源の配分を行ってゆくこと」は重要である。しかし、子会社が親会社の数倍の利益を上げているという歪な構造を考えると、この持株会社制度への移行には、業績において劣っている日本の親会社の威信を回復するという意味合いのほうが強いと言わざるを得ない。
そこで気になるのが、「ビッグ・ブラザー」の動向なのである。「ビッグ・ブラザー・アンド・ザ・ホールディング・カンパニー」というバンド名については、あまり深い意味はないようだが、我が勤務先の場合には、上述のように親会社が「上位に君臨する」という意図が明白なので、そこに「ビッグ・ブラザー」の意志が強く働いていることは確実なのだ。
この「ビッグ・ブラザー」が社長であれば問題はないが、体育会系の営業マンだった現社長が、持株会社制度についてどれほど熟知しているのか甚だ疑問がある。むしろ、都市銀行出身で「ナンバー2」と目されている常務が、仕掛け人であることは明白であろう。社員向けの説明会では、「持株会社制度を採用している会社は建設業界に多い」ということだったが、ウィキペディアで「持株会社」を調べれば銀行・保険・証券などの金融系の会社が最も多いのだ。
しかも、純粋持株会社の構成員は全て取締役・部長以上の役職者なので、事業子会社の経営企画室、管理部門の実務担当者が、純粋持株会社の実務を兼務しなければならない。要するに、純粋持株会社の構成員は、指示を与えるだけで手足は動かさない。私はこうした一種の中央集権化が、各事業子会社の「自治と自由闊達な社風の醸成」を阻害しないように祈るだけである。
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2012-02-05 21:04
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一般に「ルーフトップ・コンサート(Rooftop Concert)」というと、ビートルズがロンドンにある当時のアップル社の屋上で行った映画撮影用のコンサートを指すようである。
あのコンサートは1969年1月30日に行なわれたのだが、それよりも前にニューヨークのマンハッタンで行われた「ゲリラ・ライヴ」については、あまり知られていないようである。
斯く言う私もこのルーフトップ・コンサートのことは知らなかったのだが、最近 YouTube を観て遊んでいて、偶然にこの時のライヴ映像を見つけた。これはビートルズの屋上ライヴよりも2か月近く前の1968年12月7日に決行され、 YouTube の解説を信じるならば、ヌーヴェル・ヴァーグ(Nouvelle Vague)の旗手、ジャン=リュック・ゴダール(Jean-Luc Godard, 1930 - :右下の写真)監督によって収録されたそうである。ちょうど43年前のことである。
VIDEO
ビートルズの場合も警察官が駆け付けたそうだが、私には映画「レット・イット・ビー(Let It Be)」に警察官が映っていたという記憶がない。このジェファーソン・エアプレイン(Jefferson Airplane)のライヴ映像では警察官が映っているが、道行く人々にもゆとりが感じられ、中には演奏後に拍手喝采している人もいる。
警察官の中にも、“I don't mind. That sounds nice.”などと本音を漏らしている人がいる。いかにも、1960年代後半の時代背景を表わした映像で、時代の空気が伝わって来るようである。PAの機材を屋上に上げるだけでも大変だったに違いない。しかし、やろうと思えばそういうことができる時代だったのだ。
私がロックを聴かなくなったのは、友達にカントリー・ブルースの好きな奴がいて、彼の影響でブルースを聴き始めたのと、ロック自体から徐々に野性味が失われて行ったからに他ならない。
したがって、私の頭の中では、ロックに関する時間は止まったままで、今でもこういうのでないとロックを聴いたという感じがしないのだ。
「今はそんな時代じゃないのさ」としたり顔で言われても、コンプライアンスや内部統制で社会が住みよくなったとは思えないし、むしろそういうことのために閉塞感が拡がっているようにしか思えないのだ。
既存政党が頼りにならないのは今に始まったことではなく、1960年の時点で既に明らかなことであった。頭の中だけで「民間企業の競争原理」を理想化し、それを役所にも導入しようとする動きがあるが、その民間企業の「経営の中心部分が腐っていた」のでは、そもそもの前提が崩れてしまうのだ。
内部監査人の立場から言えば、大きな権限を持つ者ほど大きなリスクを抱えている。コンプライアンスも内部統制も、権限のない者を縛る道具であってはならない。ここ数年間の社会の情勢を観ていると、たまには往年のロックを聴いて憂さ晴らしをしてみたくなったのである。
2011-12-07 22:34
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私は毎年、今頃の季節になると、この曲を聴きたくなる。「はっぴいえんど」の「夏なんです」という曲である。
これは、彼らのセカンド・アルバム「風街ろまん」のB面の1曲目に入っていた曲で、当時のLPに付いていた歌詞カードによると、(詞:松本 - 曲:細野)となっている。そして、録音されたのが「AUG.29th」となっている。
アルバム「風街ろまん」が発売されたのが1971年11月20日だから、この「夏なんです」が録音されたのは1971年8月29日だと思われる。すなわち、今日はこの曲のレコーディングが行なわれてから、ちょうど40年目に当たるわけである。詞を書いた松本隆さんは22歳、曲を書いた細野晴臣さんは24歳だった。
細野さんは髭を生やしたりしていたので、結構、年を食ったいるように見えたが、今当時の写真(左上の写真)を観ると、やっぱり若い。私はと言うと、高校に入ったばかりでまだ15歳だった。あの頃のことをはっきりとは憶えていないが、夏休みがあと数日で終わってしまうのに、夏休みの自由研究に全く手を着けていなくて、憂鬱な気分になっていたはずである。
もちろん、私は最先端の音楽的流行を追いかけていたわけではないので、この曲を含む「風街ろまん」を買ったのは、もっと後のことだったはずだ。
URCレコードから発売されたこのLPには発売年を示すような表示は一切なく、ただ、手書きの原稿をそのまま印刷しただけの歌詞と、曲ごとのクレジット・タイトルが記されているだけである。
私がURCレコードが「アングラ・レコード・クラブ」という会員制レコードクラブだったことを知ったのは、かなり後になってからである。まさに、インディーズ・レーベルの走りだったのだ。
私がこのLPを買ったときには、会員にならなくても一般のレコード店で入手できたので、URCレコードの黎明期から彼らを知っていたわけではない。
ただ、なぜか「はっぴいえんど」が岡林信康さんの「バック・バンド」をしていたのは鮮明に記憶に残っている。きっと、ボブ・ディランにとってのザ・バンド(The Band)のイメージと重なり合っていたからだろう。
いずれにしても、あれからもう40年も経ってしまったわけで、メンバー全員が還暦を越えてしまったし、私も50代半ばを過ぎてしまった。まだ、人生を振り返るのは早いと思うが、何となくやり残したことが多いと感じる今日この頃である。やはり、年齢を重ねるに連れて、夏の暑さが身に応えるようになったからであろうか。「俺はまだこのまんまでは終わらんぞ」と自分を励ましつつ、高校時代を懐かしんでいる自分を発見するのである。
2011-08-29 22:14
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はっぴいえんど /
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クラシック音楽の世界では、イギリスは「音楽不毛の地」と考えられがちだが、高校時代にロックを聴いていた私にとっては、イギリスには結構おもしろいミュージシャンが沢山いたことを知っている。以前ご紹介した「ペンタングル 」もそうだが、今日ご紹介する「キング・クリムゾン(King Crimson)」もそれらの内のひとつである。 私はそんなに熱心に彼らの音楽を聴いたわけではないが、何か不思議な音響を奏でるグループだったという印象は残っている。一応ジャンル分けすればロックということになろうが、彼らはロックの中でも「プログレッシブ・ロック(progressive rock)」と呼ばれていた。ただ、私の記憶の中では、「プログレッシブ・ロック」といえばまず「ピンク・フロイド(Pink Floyd)」の名前が、彼らのアルバム「原子心母(Atom Heart Mother)」とともに思い浮かび、キング・クリムゾンはどちらかというと、もっと伝統的な音を出していたような気がする。 因みに、私の高校の音楽の時間に、音楽鑑賞の教材としてこの発売間もない「原子心母」をみんなで聴いたのを覚えているが、音楽の内容はともかくとして、“Atom Heart Mother”を「原子心母」と訳してしまうセンスのなさに、思わず「何や、そのままやんけ〜」と思ったものだ。今ならきっと、「アトム・ハート・マザー」と片仮名表記で発売されていただろうと思う。何せ、「リスクアセスメント」、「エビデンス」、「トレーサビリティ」などという言葉が平気でまかり通っているのが、昨今の日本のビジネス界の状況だから。 さて、改めて調べてみると、キング・クリムゾンのほうはメンバーの入れ替わりが激しく、今日ご紹介する映像は「太陽と戦慄(Lark's Tongues In Aspec)」というアルバムを発表した1973年頃のものと思われる。ロバート・フリップ(g)を核として、ビル・ブラッフォード(ds,perc)、ジョン・ウェットン(b,vo)、デヴィッド・クロス(vln,key)、ジェイミー・ミューア(perc)というメンバー構成である。 今でも決して古臭くなく、十分に鑑賞に堪えうるのは、彼らの「進歩的な(progressive)」姿勢とともに、この音楽の背後に長いイギリス音楽の伝統があるからなのだ。
2009-04-03 21:15
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