秋らしいジャケットの写真に目を奪われてこのディスクをよく観てみると、チャールズ・アイヴズ(Charles Ives, 1874 - 1954)の弦楽四重奏曲集であった。
他の作曲家の場合と同様、私は今まで管弦楽曲を中心に作品を聴いてきたので、アイヴズの場合も弦楽四重奏曲は聴いたことがないはずである。
しかし、それは故なきことではない。彼が「日曜作曲家」として生涯に亘って作った作品群の中で、弦楽四重奏曲の占める割合はあまり大きくないからである。WIKIPEDIA(英語版)で観ると、複数の楽章からなる弦楽四重奏曲は2曲だけしかなく、その他には「弦楽四重奏のための小品 ト調」、「弦楽四重奏のための練習」、「弦楽四重奏のためのスケルツォ」しか挙げられていない。
今日ご紹介するディスクはそれらの中から、「弦楽四重奏曲第1番」、「スケルツォ」、「弦楽四重奏曲第2番」の3曲が収められている。しかし、「弦楽四重奏曲第1番」と「弦楽四重奏曲第2番」とは、作曲年代も作風も全く異なるのだ。
その原因は、「第1番」がアイヴズのイェール大学在学中に書かれた作品であるのに対し、「第2番」はそれから17年後に書かれていることにある。すなわち、彼が「第2番」を書いた頃には、自ら保険会社を設立して企業家として成功を収めており、作曲活動においても多くの作品を既に書いていたのである。
したがって、このディスクにはロマン派の影響下にある調性的な音楽と、不協和音が支配する前衛的な音楽が同居しているのだ。収録曲は以下の通りである。
1.弦楽四重奏曲第1番「救世軍から」 (1896)
2.スケルツォ (c. 1907 - 1914)
3.弦楽四重奏曲第2番 (1911 - 1913)
演奏は、ブレア弦楽四重奏団(Blair String Quartet)である。 メンバーの中にブレアという名前の人がいないのになぜこの四重奏団がブレアという名前を冠しているのかというと、テネシー州ナッシュヴィルにあるヴァンダービルト大学(Vanderbilt University)のブレア音楽学校(Blair School Of Music)に招聘されて、そこを拠点に活動しているからである。
「弦楽四重奏曲第1番」は「救世軍から(From the Salvation Army)」という副題を持っているが、これが何を意味するのかよく解らない。
解説書には、アイヴズがこの弦楽四重奏曲でゴスペルの旋律を引用していると書いてあるので、そういう題名のゴスペルがあるのかも知れない。
全4楽章でメロディアスな曲想であるが、ただ耳に優しいだけではなく、アメリカ民謡の香りがすると同時に、後になって開花する彼の実験精神の萌芽を認めることができる。
「スケルツォ」になると急に曲想が一変し、無調的で各声部がバラバラに動き始める。不協和音も炸裂する。しかし、この曲は僅か1分42秒で終わってしまうのだ。
そして、最後の「弦楽四重奏曲第2番」になると、彼の交響曲で聴けたような混沌とした世界が広がる。しかし、無秩序なようでも大きなうねりを感じることができるのは、十二音技法のようにオクターヴ上の12音を均等に使用するという厳格な規則に基づいていないからであろう。
例によって、フォスターの歌曲のようなメロディーが部分的に現れたり、ベートーヴェンの「歓喜の歌」などが引用されているが、バルトークのような強い民族性を感じさせないのは、アメリカ自体が多民族国家だからだろう。
良くも悪くもドライな前衛音楽であるが、それ故にこそ、不協和音も無調もドロドロとした怨念の塊りにはならないのだ。作曲家アイヴズの足跡を辿る上でも、これは貴重なディスクであると私は思うのである。
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2011-11-11 22:35
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NMLで今日の「新着タイトル」を眺めていたら、久し振りにチャールズ・アイヴズ(Charles Ives, 1874 - 1954)の作品を収めたディスクに出会った。
私はアイヴズの熱狂的なファンではないので、今まで聴いた彼の作品は限られている。
交響曲と名付けられた作品は全て聴いたはずだが、それ以外となると、「宵闇のセントラル・パーク」や「答えのない質問」といった管弦楽曲は聴いたけれども、ピアノ曲は聴いた記憶がない。
それでこのディスクを聴いてみる気になったのだが、調べてみるとこのピアノ・ソナタ第2番は「コンコード・ソナタ」という愛称で呼ばれる彼の代表作だということが判った。代表作ならやはり聴いてみるべきだろうと思って、早速聴いてみることにした。
しかし、私は最近記憶力が減退しているので、暫くして私がこの曲を全く知らないわけではないことに気付いた。今年の2月22日に、私はヘンリー・ブラント(Henry Brant, 1913 - 2008)がこの曲を基に編曲した「コンコード・シンフォニー」を聴いていたのである。すなわち、編曲版を先に聴いて、後から原曲を聴くということになってしまったのだ。
まぁ、最近の私にはよくあることなので、気にせずに原曲のピアノ・ソナタを聴いてみることにした。前回には書かなかったが、この曲の正式のタイトルは“Piano Sonata No. 2, Concord, Mass., 1840 - 60 (ピアノ・ソナタ第2番「マサチューセッツ州コンコード 1840年〜60年」)”という非常に長いタイトルである。
この場合のコンコード(Concord)というのは、マサチューセッツ州にある町の名前だが、1840年から1860年という年代が、この町とどういう関係にあるのか、私には解らなかった。おそらく、アメリカ人だったらぴんと来るのかもしれないが、残念ながら私は1955年生まれの日本人である。
そこで調べてみると、このコンコードの町は、ヘンリー・デイヴィッド・ソロー(Henry David Thoreau, 1817 - 1862)、ラルフ・ワルド・エマーソン(Ralph Waldo Emerson、1803 - 1882)、ルイーザ・メイ・オルコット(Louisa May Alcott, 1832 - 1888)、ナサニエル・ホーソーン(Nathaniel Hawthorne, 1804 - 1864)といった作家たちに所縁のある町だということが判った。
ただし、文学音痴の私は彼らの作品を読んだことすらない。ただ、どうやらここには「ザ・ウェイサイド(The Wayside)」と呼ばれる歴史的な家屋があり、多くの作家たちがそこを住居にしてきたようである。上記の作家たちのうち、何人かはこの家に住んでいたらしいが、詳しい説明は私の手に余る。
ただ、上記の作家たちとタイトルの「1840年〜60年」には関係があるらしく、ちょうどこの頃、コンコードで超越主義(transcendentalism)の運動が勃興したそうである。アイヴズはそれに着想を得てこの曲の作曲を行ったという。
ただし、超越主義もしくは超越論哲学についても、私は何も知らない。ウィキペディアの「超越論哲学」の項には、かつては「先験的哲学」と呼ばれていたが、「先天的」という表現と混同されてしまうので、敢えて「超越論」という訳語を当てたらしい。おそらくこの種の用語は、同じ言葉を使っていても哲学者によってその意味するところが微妙に違うと思われる。
さて、訳の分からぬ哲学論議をしていても話が進まないので、ひとまずそれを頭の片隅に片付けて、このディスクを聴いてみることにしよう。収録曲は以下の通りである。
1.ピアノ・ソナタ第2番「マサチューセッツ州コンコード」 (1915)
2.3ページのソナタ (1905)
3.練習曲第21番
4.練習曲第9番
5.練習曲第2番
演奏は、リチャード・トライソール(Richard Trythall)のピアノ独奏であるが、「マサチューセッツ州コンコード」の第4楽章にはフルートのパートがあり、このディスクではローレン・ウェイス(Lauren Weiss)がフルートを担当している。
なお、第1楽章の終わりにヴィオラのパートがある稿も存在するが、このディスクではヴィオラの演奏はない。
前回にも書いたように、この曲は全4楽章から成り、それぞれの楽章に「エマーソン」、「ホーソーン」、「オールコット家の人々」、「ソロー」という標題が付けられている。
したがって、これらの作家たちの作風や人となりを知っていれば、それぞれの楽章が持つ楽想の違いに興味を惹かれるかも知れない。
しかし、それを知らない私は、純音楽的に鑑賞するしかないのだ。ウィキペディアには、「楽譜には小節線がほとんど書かれていない」とか、「14と3/4インチの板で鍵盤を同時に押す」奏法が使用されていると書いてあるが、アイヴズの曲を聴き慣れた人には、それほど取っ付き難い曲ではない。むしろ、管弦楽曲よりも、しっとりとした潤いのある音楽が展開されている。
それよりも驚くべきは、アイヴズが自ら保険会社を設立した実業家だったことで、作曲はあくまでも趣味だったことである。100年も前だったから可能だったのか、アメリカだから可能だったのか、いずれにせよ今頃になって「ワーク・ライフ・バランス」などと言っているどこかの国のビジネス・パーソンは、今一度自分の生き方を見直してみるべきだろう。
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2011-08-01 23:07
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昨日はアイヴズの第2交響曲をご紹介したが、今日は最後の交響曲第4番をご紹介しよう。私が初めてこの曲を聴いたのは、写真のLPによってである。これはまだCDがあまり普及していない頃だったと思う。輸入盤のコーナーで何かいいレコードはないかなと捜していて、たまたま見つけたものである。第2交響曲でアイヴズに興味を持った私は、第4番がどんな曲なのか聴いてみたかったのと、指揮が小澤征爾氏だったからである。(ボストン交響楽団、タングルウッド・フェスティヴァル合唱団、ピアノ・ソロは、Jerome Rosen)
第4番は、一応4楽章形式であるが内容と演奏時間は次のとおりである。
1.Prelude: Maestoso (2'55)
2.Allegretto (12'00)
3.Fugue: Andante moderato (7'38)
4.Very slowly - Largo Maestoso (8'00)
この作曲家の面白いところは、穏やかで誰にでも口ずさめるような曲と、不協和音が爆発し金管楽器が突如悲鳴を上げるような音で鳴り響く騒然とした曲とが、同一の曲として纏められているところである。この曲の場合第1楽章は、ピアノと弦楽器による無調の出だしの後、賛美歌が静かに始まり次第に勢いを増した後、また静まって幕を閉じる。第2楽章はピアノの短い無調の調べの後、金管がざわめき立つがすぐにまた静寂に戻る。そしてヴァイオリンの独奏が始まる。これでほっとしていると、急に管弦楽がざわめき立つ。そして、だんだんとその騒然とした様相をあらわにする。しかし、時として聴いたことのあるようなメロディが姿を現したりする。ライナーノートによると作曲者自身は、この楽章を「スケルツォではなく、喜劇(comedy)のように」と言ったそうだ。
そして第3楽章は、打って変わって牧歌調の穏やかな音楽に戻る。沈鬱な葬送行進曲のような出だしで始まる第4楽章は、弦楽器群の合奏から次第に管楽器が力を増す。そして全楽器によるクライマックスを迎えた後、また、賛美歌の世界へと戻っていき消え入るように終結する。全編にわたって、ピアノが常に音楽を引き締めている。この曲の完成版は1965年に初めて演奏された。というのは、判読不能の最終楽章を書き写すのに、時間が掛かったからだそうである。
「宵闇のセントラル・パーク」(小澤征爾指揮)、「ニューイングランドの3つの場所」(マイケル・ティルソン・トーマス指揮)も収められている。
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2007-09-05 21:15
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昨日書き忘れたが、ペルトはいわゆる「バルト三国」の一員であるエストニアの作曲家である。1940年にソヴィエト社会主義共和国連盟(ソ連)に組み入れられてから、54年の長きにわたって「エストニア・ソビエト社会主義共和国」であった。
それに対し、今日ご紹介するチャールズ・アイヴズ(1874 - 1954)は、新興国アメリカの作曲家である。このブログで初めて登場するアメリカ人作曲家である。彼はいかにもアメリカ人らしく、イェール大学で作曲とオルガンを学んだが、「不協和音のために飢えるのはご免だ」といって生命保険業界に入り、アイヴズ&マイリック生命の副社長にまで栄進した。アイヴズの主要作品は、ほとんど全てこの多忙な実業家時代に書かれた。
私が最初に聴いたのは写真の交響曲第2番である。指揮はマイケル・ティルソン・トーマスで、管弦楽は何とヨーロッパの名門アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団である。私は、今日改めてこのレコードのジャケットを見るまで、アメリカのオーケストラであろうと思っていたので、意外であった。
彼は交響曲を4曲残したが、この交響曲第2番は、その中ではまだ聴き易いほうだと思う。冒頭は沈鬱で内省的な音楽で始まるが、次第に明るさを増し、古き良きアメリカのメロディーが姿を現しては消えるということを繰り返し、第3楽章は実に牧歌的な曲想をベースにフルートが“America, the Beautiful”を奏しこの楽章を静かに閉じる。第4楽章は第5楽章(最終楽章)への序奏であり、最終楽章は軽快なはじけるようなマーチ風のメロディーに始まり、“Old Black Joe”を想わせるようなメロディが現れたり、町の楽隊が行進していくように、色んなメロディが交錯する。そして、音楽が最高潮に達したとき、突如として強烈な不協和音で曲は終わる。
作曲者本人も意識していたのであろうが、この曲は実にアメリカらしい交響曲である。と同時に、立派な現代音楽である。
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2007-09-04 20:12
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