2012年05月19日(土)
シューマンの歌劇「ゲノフェーファ」
私がロベルト・シューマン(Robert Schumann, 1810 - 1856)が歌劇を作っていたことを知ったのは、5月15日に彼の「交響曲第1番『春』&序曲集」を聴いた時だった。

しかし、こういうあまり有名でないオペラは、DVDはおろかCDでも発売されていないだろうと思った。だから、駄目元でHMVのウェブサイトで捜してみたところ、意外なことにこのオペラのDVDがあったのである。

このディスクは輸入盤だが日本語字幕が付いているので、早速買い求めて鑑賞してみた。Blu-ray Disc でも同じ映像が愉しめるが、私はそれほど画質に拘るほうではないので、2,000円余り安いDVDを買い求めたのだ。

私はヴェルディやプッチーニのオペラの新しい演出のディスクが発売されてもあまり興味が湧かないのだが、上演される機会が少ないドイツ・ロマン派のオペラは、目に付けばすぐに買うことにしている。こういうオペラは、すぐに廃盤になってしまうことが多いからである。

以前にも書いたように、このオペラはシューマンが完成させた唯一のオペラで、クリスティアン・フリードリヒ・ヘッベル (Christian Friedrich Hebbel, 1813 - 1863)の戯曲「ゲノフェーファ(Genoveva)」に基づいている。当初、シューマンは友人のロベルト・ライニック(Robert Reinick, 1805 - 1852)に台本の製作を依頼したが、ライニックのテキストに満足できなかったシューマンは、最終的には自分の納得がいくように書き改めている。

シューマンは1847年4月に序曲の構想を練り、大まかなスケッチを書き上げているが、オペラ全曲の完成は1849年で、翌1850年6月25日にライプツィヒの歌劇場でシューマン自身の指揮によって初演されている。したがって、彼の「交響曲第2番」と同時期に作曲された作品なのである。

全四幕のオペラで、このディスクの収録時間は146分だから、特段に長大なオペラではない。ストーリーを簡略化して言えば、スペインからイスラム教徒が侵入してきたために、ジークフリート伯爵が討伐のために出征して居城を空けた隙に、家臣のゴローが伯爵夫人のゲノフェーファに言い寄る。しかし、貞淑な妻ゲノフェーファはそれに応じなかったために、奸計に巻き込まれるというものである。

ただし、ゴローの乳母であるマルガレータが魔女という設定になっているので、単なるメロドラマや男女の愛憎劇にはなっていないのだ。リヒャルト・ヴァーグナー(Richard Wagner, 1813 - 1883)を引き合いに出すまでもなく、モーツァルトの歌劇「魔笛」でも、神官ザラストロや夜の女王のような得体の知れない「人物」が登場する。

私はあまり多くのイタリア・オペラを鑑賞していないが、ジュゼッペ・ヴェルディ(Giuseppe Verdi, 1813 - 1901)によって代表されるイタリアのロマン派オペラが、ヴェリズモ・オペラ(verismo opera)として現実を冷徹に描く方向へ進んで行くのとは対照的に、独墺のオペラでは魔性の存在が現実と超現実の世界を接合する役割を果たしているように感じられるのである。



このディスクの演奏は、ニコラウス・アーノンクール指揮チューリヒ歌劇場管弦楽団(Orchester der Oper Zürich)&合唱団で、配役は以下の通りである。2007年にチューリヒ・オペラ・ハウスで行われた上演がライヴ収録されている。

ゲノフェーファ: ユリアーネ・バンゼ(Juliane Banse :S)
ゴロー: スワン・マーシー(Shawn Mathey :T)
ジークフリート: マルティン・ガントナー(Martin Gantner :Br)
マルガレータ: コルネリア・カーリッシュ(Cornelia Kallisch :Ms)
ドラゴ: アルフレート・ムフ(Alfred Muff :Bs) ほか

演出はマルティン・クシェイ(Martin Kušej, 1961 - )という人が手掛けている。彼はオーストリア人だが、ケルンテン州(Kärnten)のスロヴェニア語を話す少数民族の出身だそうである。彼の演出は、極めて簡素な舞台装置と相俟って、非常に現代的である。すなわち、このディスクを観て違和感を覚える人が、少なからずいると私は思うのである。

まず、ゲノフェーファ、ゴロー、ジークフリート、マルガレータの4人が常に舞台上に存在していて、姿を消すことがほとんどない。歌詞の内容から考えて、これは台本のト書きを無視しているとしか思えないのである。

時代を20世紀や21世紀に設定することはしていないが、ゴローの乳母で魔女のマルガレータは、顔や手に泥または煤を塗ったゾンビのような姿で登場するので、実在の人物ではなく亡霊ではないかと思ったほどである。

したがって、最初は多少舞台設定が解かりにくいが、観ているうちに各人の人間関係が解かってくる。そしてこうした演出が、悪魔的なるものと、清廉なゲノフェーファが象徴する神的なるものとの対比を際立たせるのに役立っていることに気付くのである。

HMVのレビュアーの中にも「良く分からない演出」を書いておられる方がいらっしゃるけれども、魔女が登場するような物語を21世紀に上演する場合、ト書きに忠実に上演すると却って陳腐な印象を観衆に与えてしまうのではないかというのが、演出者の危惧したことではないだろうか。

政治の世界の権力闘争と男女間の愛憎を接合するのが、このドラマの魔女の役割であるとするならば、この演出は21世紀においてそれを現代的に描くために考え出された一つの方策であると言うことが出来る。

もちろん、ユリアーネ・バンゼが演じる清楚なゲノフェーファと、アーノンクール&チューリヒ歌劇場管弦楽団の引き締まった演奏がなければ、この演出は空回りしていたかも知れない。そういう意味では、必ずしも傑作とは言えないシューマン唯一のオペラに、この上演は新たな光を当てて現代に蘇らせる試みだと言えよう。

2012-05-19 23:01 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2012年05月15日(火)
シューマンの「交響曲第1番『春』&序曲集」
私は久し振りにロベルト・シューマン(Robert Schumann, 1810 - 1856)の交響曲を聴いてみたいと思ったが、交響曲だけでは面白味に欠けるので、今までに聴いたことのない序曲を収録したこのディスクを選んでみた。

私は2007年8月18日に、ガーディナー&オルケストル・レヴォリュショネール・エ・ロマンティークによるシューマンの「交響曲全集」を聴いているので、一般には知られていない彼の「ツヴィッカウ交響曲」や「序曲、 スケルツォとフィナーレ」も聴いたことはあった。しかし、このディスクにはガーディナーの「交響曲全集」には含まれていない序曲が収録されているのだ。

しかし、私がこのディスクを選んだのは今まで聴いたことのない曲が含まれているという理由からだけではなく、演奏しているのがトマス・ダウスゴー(Thomas Dausgaard)指揮スウェーデン室内管弦楽団というコンビだったからである。

このコンビによるシューマンの交響曲は2008年12月27日にも聴いているが、総勢38名の小規模モダン・オーケストラを使いながら、ピリオド奏法を取り入れて透明感に溢れた演奏を繰り広げていたので、その後も何度か彼らの演奏を聴いたことがある。

シューベルトの「未完成」と「ザ・グレイト」も優れた演奏だったし、ドヴォルザークの「新世界より」も彼らの手に掛かるとゴテゴテした響きではなく、非常にすっきりとした演奏になっていた。したがって、管楽器と弦楽器を重ねるシューマン独自のオーケストレーションも、彼らの手に掛かれば本来の魅力を発揮できるに違いないと思ったのである。

私はシューマンのオーケストレーションは嫌いではなく、彼の「音色に関する灰色のイメージ」が結構好きなのだが、総勢100名にも上る大規模モダン・オーケストラで演奏されると、鬱蒼とした森のような雰囲気になってしまい、シューマン独自の魅力が引き立たないと思っている。

したがって今日は、灰色でありながらも鬱蒼としないシューマン像を求めて、このディスクを聴いてみることにしたのである。収録曲は以下の通りである。

1.交響曲第1番 変ロ長調 「春」 Op. 38 (1841)
2.序曲 「メッシーナの花嫁」 Op. 100 (1850 - 51)
3.歌劇「ゲノフェーファ」 - 序曲 Op. 81 (1847 - 50)
4.交響曲 ト短調 「ツヴィッカウ」 (断片, 1832 - 33)
5.序曲、 スケルツォとフィナーレ Op. 52 (1841)

演奏は、上記のトマス・ダウスゴー(Thomas Dausgaard, 1963 - )指揮スウェーデン室内管弦楽団(Svenska Kammarorkestern)である。

交響曲第1番「春」については有名な作品なので、多くを語る必要はないと思う。ダウスゴー&スウェーデン室内管弦楽団の演奏は、いつも通りすっきりとした響きで、推進力をもって力強く音楽を展開させていく。

「メッシーナの花嫁」はフリードリヒ・シラー(Friedrich Schiller, 1759 - 1805)の悲劇「メッシーナの花嫁(die Braut von Messina, 1804)」のために書かれた序曲で、この曲でも弦楽器と管楽器を重ね合わせるという彼の手法に変わりはない。

しかし、小編成オーケストラによる演奏だから、各楽器の音が混濁することなく、それぞれの響きが有機的に絡み合っているのがはっきりと分かる。

歌劇「ゲノフェーファ」はシューマンが完成させた唯一のオペラで、ゲノフェーファ(Genoveva)というのは主人公の伯爵夫人の名前である。1850年6月25日にライプツィヒの歌劇場で指揮者自身の指揮によって初演されたそうだが、評判が芳しくなく現在ではほとんど上演されることがない。

俗に「ツヴィッカウ交響曲」と呼ばれる「交響曲 ト短調」は、第2楽章まで完成されたが未完に終わった初期の交響曲である。前述のガーディナー盤では第2楽章まで収録されていたが、このディスクでは第1楽章の“Moderato - Allegro”だけが収録されている。

最後の「序曲、 スケルツォとフィナーレ」は「交響曲第1番『春』」と同じ年に作曲されているが、それまでピアノ曲の作曲に専念していた彼が、この時期に本格的に管弦楽曲を作曲し始めたのである。当初は第2交響曲として構想されたものの、批評家たちからは好ましい評価は得られなかった。

そのため、彼はこの作品を1845年に改訂し、3つの楽章から成る「序曲、 スケルツォとフィナーレ」とした。全体として統一感に欠ける嫌いはあるが、収録曲の中ではこの曲が最も明るい印象を与えるのである。シューマンのオーケストレーションに関する試行錯誤の過程を知る上で、このディスクは多くの手掛かりを与えてくれるのだ。
2012-05-15 22:38 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2012年03月03日(土)
シューマンの「ピアノ五重奏曲, ピアノ四重奏曲」ほか
我ながら、最近はロベルト・シューマン(Robert Schumann, 1810 - 1856)の作品を聴くことが多いなぁと思う。

しかし、2月29日にも書いたように、私は今まであまり熱心に室内楽を聴いてこなかったので、世間一般では有名な曲でも、案外聴いたことのない曲が多いのだ。

もちろん、だからと言ってシューマンの作品をを聴く必然性はないのだが、私は春先になると鬱状態になる傾向があるので、どうしても彼の「音色に関する灰色のイメージ」に親近感を覚えるのだ。大学に入学した時以来、私にとって春は「桜咲く」というイメージとは程遠く、いつも「桜散る春」だったのである。

1983年の春に結婚したので、その年だけは例外だったかも知れないが、今となっては29年前のことはよく覚えていない。ただ、あの時も結婚式の披露宴に誰を招待してどの席に座ってもらうかとか、引き出物は何にするかといった実務的なことに忙殺されていて、今思えば結構慌ただしい日々を送っていたように思う。

さて話を本筋に戻すと、2月29日に聴いた「ピアノ五重奏曲」は、シューマンの妻クララによる4手のためのピアノ編曲版だったので、私は本来の姿でこの作品を聴いたわけではなかった。ということで、今日は改めてオリジナルの「ピアノ五重奏曲」を聴こうと思い立ったのである。

そこであの時にも書いたように、ピリオド楽器による演奏を捜してみた。その結果見つけたのが、今日ご紹介するディスクである。このディスクには、私がまだ聴いたことのないシューマンの「ピアノ四重奏曲 変ホ長調」も収録されているので、シューマンの室内楽をあまり聴いてこなかった私には最適のディスクなのである。

1842年はシューマンにとって「室内楽の年」と呼ばれているそうで、それまで室内楽をほとんど書かなかった彼が、「3つの弦楽四重奏曲」、「ピアノ五重奏曲」、「ピアノ四重奏曲」を立て続けに作曲しているのだ。因みにその前年の1841年は「交響曲の年」と呼ばれ、「交響曲第1番『春』」や「交響曲第4番」の初稿が書かれている。

シューマンはもともと法学を学ぶつもりで1828年にライプツィヒ大学に入学しているが、音楽家になりたいという希望を捨て切れず、1830年には高名なピアノ教師、フリードリヒ・ヴィーク(Friedrich Wieck, 1785 - 1873)に弟子入りしている。しかし、翌1831年にはハインリッヒ・ドルン(Heinrich Dorn, 1804 - 1892)に師事して作曲も学んでいるのだ。

したがって、当初はほとんどピアノ曲だけを作曲していたシューマンが、歌曲、交響曲、室内楽など様々なジャンルの作品を手掛けていくことになったのは、ごく自然の成り行きだったのだろう。そして、その過程で1834年頃から、彼はピアノの恩師ヴィークの娘クララに心を惹かれるようになり、1840年にはヴィークの反対を押し切って二人は結婚しているのである。

ピアニストになることを目指していた彼が、手を損傷したことでピアニストになることを断念したが、当時一流のピアニストだったクララを伴侶にしたことで、作曲家としてのシューマンは作曲活動を拡大させていったのである。そんな彼が作った室内楽を集めたのが、今日ご紹介するディスクである。収録曲は以下の通り。

1.ピアノ五重奏曲 変ホ長調 Op. 44 (1842)
2.ヴァイオリン・ソナタ第1番 イ短調 Op. 105 (1851)
3.ピアノ四重奏曲 変ホ長調 Op. 47 (1842)

演奏は、リチャード・バーネット(Richard Burnett)のフォルテピアノとフィッツウィリアム弦楽四重奏団(Fitzwilliam String Quartet)で、「ヴァイオリン・ソナタ第1番」ではフィッツウィリアム弦楽四重奏団のルーシー・ラッセル(Lucy Russell)がヴァイオリンを担当している。

「ピアノ五重奏曲」は、クララによる4手のためのピアノ編曲版に比べると音色が多彩で、特にヴァイオリンは意外なほど高い音に聴こえる。

それに対して、フォルテピアノの音量はモダン・ピアノのそれよりも小さいので、全体の中では相対的に目立たなくなっている。

しかし、そのことによってピアノと弦楽器の音量が巧く釣り合って、この曲の協奏的性格を引き出しているように私には思われる。

そのことは、ヴァイオリンが1挺に減った「ピアノ四重奏曲」において一層顕著になり、特に第3楽章の「アンダンテ・カンタービレ(歌うようにゆるやかに)」では、それぞれの弦楽器の美しい響きをフォルテピアノが目立たたないように支えている。

「ヴァイオリン・ソナタ第1番」は「室内楽の年」の9年後に書かれているが、ヴァイオリンとフォルテピアノだけの演奏にも拘らず、晩年の作品らしく、望んでも決して手に入れられないものへの仄暗い憧憬の念が、哀しいほどに表現されているのである。
2012-03-03 22:27 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2012年02月29日(水)
シューマンの「 ピアノ五重奏曲(4手のためのピアノ編曲版)」
私は今まであまり熱心に室内楽を聴いてこなかったので、ロベルト・シューマン(Robert Schumann, 1810 - 1856)の「ピアノ五重奏曲」も聴いたことがないはずである。

したがって、ピリオド楽器による演奏でも捜してこの曲を聴いてみようと思ったのだが、色々とディスクを眺めていると、この「ピアノ五重奏曲」を妻のクララ・シューマン(Clara Schumann, 1819 - 1896)が4手のピアノ用に編曲していたことが判った。

ということで、何事につけても他人と違うことを好む私の性癖からして、まずはこの編曲版を聴いてみようという気になった。このディスクの録音は2006年1月だが、クララによる編曲版としては世界初録音だそうである。ということは、最近になるまで、この編曲版の存在自体が知られていなかったのかも知れない。

クララ・シューマンはピアノのヴィルトゥオーサとして知られており、生前にはピアニストとして絶大な人気を博していたから、彼女が夫ロベルトと二人で演奏できるように、彼の「ピアノ五重奏曲」を編曲していたとしても何ら不思議ではない。しかも、このディスクのジャケットには、“Music for Piano Duo”と書いてあるので、それ以外にも4手のためのピアノ曲集が収められているのである。

私は、2010年5月24日にシューマンの「四手のためのピアノ作品全集」を聴いているが、今日のディスクにはあの「全集」には含まれていなかった曲が含まれている。すなわち、以前に聴いた「全集」は、実際には「全集」ではなかったということになるのだ。収録曲は以下の通りである。

1.東洋の絵 Op. 66 (1848)
2.アンダンテと変奏 Op. 46 (1843)
3.ピアノ五重奏曲 変ホ長調 Op. 44 (編曲:C. シューマン)

演奏は、デュオ・ダコール(Duo d'Accord)というピアノ・デュオである。ジャケットの写真に写っているのがデュオ・ダコールの二人で、女性のほうは台湾出身のピアニスト、シャオイン・フアン(Shao-Yin Huang)で、相方の男性はドイツ人ピアニスト、ゼバスティアン・オイラー(Sebastian Euler)である。

二人はともにミュンヘン音楽・演劇大学(Hochschule für Musik und Theater München)で学び、先生の勧めで1999年にデュオを組んだそうである。フアンさんのほうは演奏活動を行う一方で、ドイツやオーストリアで教鞭と執っているらしく、ドイツ語圏ではルーツィア・フアン(Lucia Huang)と名乗っている。

彼らの公式ウェブサイト(英語版)では、オイラーさんはフアンさんの“partner”であると書かれているが、これが「配偶者」という意味なのか、単なる仕事上での相方なのかは不明である。いずれにしても、ジャケットの写真で拝見する限り、絵になるカップルであることは確かだ。

さて、このように書いてきて、最初の曲が「東洋の絵」になっていると、この曲は五音音階を使った東洋的な音楽かと思われるかも知れないが、実際にはそうではない。

この曲はアル・ハリーリー(al-Hariri, 1054 - 1122)というアラビアの詩人が書いた散文詩「マカーメン(Makamen)」からインスピレーションを得て作られた作品で、東洋的な音階は使われていない。

6つの小品から構成されるが、それぞれに絵画の標題のようなものは付いていない。

シューマンもアラビア語は読めなかったはずだから、きっとこの散文詩の独訳を通して、漠然と東洋的なものをイメージして作曲した性格的小品集とでも呼ぶべき作品集であろう。2台のピアノのために作られているので、響きに厚味があるが、決して重たい音楽にはなっていない。むしろ、クララが編曲した「ピアノ五重奏曲」のほうが、重厚で濃厚なロマン的情念を感じさせるのは、彼女が技巧派のピアニストだったからに違いない。

デュオ・ダコールは、“This piano duo goes beyond normality. (このピアノ・デュオは通常性の範囲を超越する)”というキャッチフレーズを掲げているが、奇を衒ったところがなく、ピアノの音色の美しさと雄大なスケールを感じさせる演奏になっている。人生において、最高の「パートナー」と巡り会うことの大切さを、このディスクの演奏は教えてくれるのである。
2012-02-29 23:07 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2012年02月26日(日)
バッハの「ヨハネ受難曲」(シューマンによる1851年編曲版)
ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(Johann Sebastian Bach, 1685 - 1750)の「マタイ受難曲」が、フェリックス・メンデルスゾーン(Felix Mendelssohn, 1809 - 1847)によって復活上演されたことはよく知られている。

メンデルスゾーンによる復活上演は、1829年3月11日に行われたそうで、私もメンデルスゾーンによる編曲版を聴いたことがある。そのディスクについては2007年8月28日に書いているので、興味のある方はご参照いただきたい。

しかし、ロベルト・シューマン(Robert Schumann, 1810 - 1856)が、バッハの「ヨハネ受難曲」を編曲していたことはあまり知られていないように思う。ということで、今日は四旬節第一主日に当たるので、復活祭には少し早いけれども、シューマンの編曲による「ヨハネ受難曲」を聴いてみることにした。

シューマンの編曲とは言え、このディスクはモダン・オーケストラによる現代的な演奏ではなく、「蘇演当時のオーケストレーションで再現し、19世紀におけるバロック音楽受容を探ろうという試みの録音」だそうである。

したがって、古楽器オーケストラによる演奏で、シューマンの原譜を忠実に再現した演奏なのであろう。ただし、バッハの「ヨハネ受難曲」はバッハの生前に4回演奏されており、さらに演奏準備を進めていたがライプツィヒ市の要請で演奏を取り止めたこともあった。

バッハは演奏の度に楽譜を改訂していたので、一口に「ヨハネ受難曲」と言っても、何種類もの異稿が存在することになる。初演は1724年4月7日であるが、少なくとも1725年、1732年頃、1749年の3回に亘って改訂は行われ、それ以外に1739年に実施されなかった再演に備えた改訂稿も存在するのである。

しかし、一番大きな改訂が施されたのは1725年の第2稿であり、それ以降は初稿に近付いて行ったとされている。したがって、現在一般的に演奏されているのは、1749年稿に基づいているそうである。ただし、細部についてはそれぞれの演奏者によって異なることは、大いにあり得ることなのだ。

さて、今日ご紹介するシューマン編曲版の「ヨハネ受難曲」は、バッハのどの稿に基づいて編曲されたのか定かではないが、概ね現在において一般に使用されている1749年稿を基礎としている。2枚組のCDに収められた収録内容は以下の通りである。

1.ヨハネ受難曲 BWV 245 (編曲:R. シューマン)

演奏は、ヘルマン・マックス(Hermann Max, 1941 - )指揮ダス・クライネ・コンツェルト(Das Kleine Konzert)&ライニッシェ・カントライ(Rheinische Kantorei)で、独唱陣はヴェローニカ・ヴィンター(S)、エリーザベト・ショル(S)、ゲルヒルト・ロンベルガー(A)、ヤン・コボウ(T)、エッケハルト・アベレ(Bs)、クレーメンス・ハイドリッヒ(Bs)である。

メンデルスゾーン編曲版の「マタイ受難曲」は、大幅なカットが施されており、ちょうどCD2枚に収まる程度の長さになっていた。特に、第2部でコラールの多くがカットされ、福音史家のレチタティーヴォも長いものは適当にカットされていたのだ。さらに、絶対音感がない私にはよく判らなかったが、バッハの原曲を移調している場合もあった。

それに比べると、シューマン編曲版のこの「ヨハネ受難曲」は全くカットがない。使用楽器はバッハの当時とは異なっているので、移調されている曲もあるかも知れないが、コラールやレチタティーヴォのカットもない。

おそらくそれは、「ヨハネ受難曲」が「マタイ受難曲」に比べて短いということもあろうが、シューマンが編曲を行なった1851年頃には、ほぼバッハの「ヨハネ受難曲」の標準的な形態が確定されていたからではないかと思う。

ただ、聴いていてはっきりと分かるのは、通常はテノールで歌われる第20曲のアリア「心によく留めなさい、血に染まったイエスの背中は(Erwäge, wie sein blutgefärbter Rücken)」の代わりに、「私のイエスよ、ああ!あなたの辛く悲しい受難は(Mein Jesu, ach! Dein schmerzhaft bitter Leiden)」が使用されていることである。

このこと自体は、「第4稿」に基づくとされる鈴木雅明&バッハ・コレギウム・ジャパンの演奏でも採用されていたが、あの演奏ではあくまでもテノールによる歌唱だった。それに対して、このシューマン編曲版ではソプラノの歌唱を採用しているのである。

全体に原典を尊重するという姿勢は感じられるが、同じように「ピリオド楽器による演奏」と言っても、バッハとシューマンでは時代が異なるので、自ずと響きに違いが生じる。ロマン主義的な抒情性が強調されることはないが、オーケストラの響きはバッハの原曲よりもふくよかであり、自然とロマン派の感情表現が随所に窺えるのである。
2012-02-26 22:02 | 記事へ | コメント(2) | トラックバック(0) |
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ニックネーム:風街ろまん
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