リヒャルト・ヴァーグナー(Richard Wagner, 1813 - 1883)のオペラの中で、大作であるにも拘らず演奏されることの少ないのが「リエンツィ、最後の護民官」である。
いや正確に言うと、大作であるが故に上演されることが少ないのかも知れない。この全5幕のオペラは、私が持っているハインリッヒ・ホルライザー(Heinrich Hollreiser)&シュターツカペレ・ドレスデンのCDでは3枚組で、演奏時間は3時間37分46秒である。
しかも、1842年10月20日にドレスデンで行われたこのオペラの初演は成功を収めたそうだが、ヴァーグナー自身がこのオペラを習作と見做していたのか、バイロイト音楽祭で上演されることはない。
したがって、私もさんざん日本語対訳付きのディスクを探し回ったのだが、結局見つけられずに上記のホルライザー盤を買ったのだった。当然、そのディスクには英語の対訳しか付いていなかったので、私がこのオペラのディスクを通して聴いたのは1回だけである。
ところが、この前の「文化の日」に「まさかないだろうなぁ〜」と思いながらHMVのサイトで検索してみると、このDVDが見つかったのだ。もちろん、日本語字幕付きである。ただし、収録時間は156分なので、70%ぐらいの長さにカットされている。
しかし、ドイツの歌劇場で上演される場合でも、2時間半程度にカットされて演奏されることが多いようなので、カット自体はそれほど大きな問題ではないと思った。それよりも、貴重なこのオペラの演出がどのようなものなのかのほうが、私の気に掛かった。
このディスクの映像は、2010年の1月と2月にベルリン・ドイツ・オペラで行われた上演をライヴ収録したもので、演出を手掛けたフィリップ・シュテルツル(Philipp Stölzl, 1967 - )が2部構成に再構築している。
このオペラは、北欧の神話や伝説に題材を採った後年のオペラ(歌劇、楽劇)とは違って、14世紀のローマに実在したコーラ・ディ・リエンツィ(Cola di Rienzi, c. 1313 - 1354)という護民官を主人公にしている。 私は護民官というのがどんな地位なのか知らなかったが、簡単に言うと「古代ローマ共和制時代に、貴族と平民との間に立ち、平民の身体・財産を保護した官職」だそうである。
しかし、このディスクのジャケットを観ればお解りのように、シュテルツルのこの作品の演出では舞台を20世紀に移し、「反-独裁」という明確な主張を前面に打ち出したものとなっている。したがって、平民会から選出された護民官が、独裁者となって民衆の離反を招き、最後には彼らに殺されるという展開になっている。キャストは以下の通りである。
1.歌劇「リエンツィ」 (フィリップ・シュテルツルによる2部構成版)
セバスティアン・ラング=レッシング指揮ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団&合唱団の演奏で、配役はトルステン・ケルル(リエンツィ)、カミッラ・ニールンド(イレーネ)、ケイト・アルドリッチ(アドリアーノ)他である。
これはベルリン・ドイツ・オペラによる上演で、演出家のシュテルツルもベルリン生まれのドイツ人だから、当然、その演出にはヒトラーを想起させるような事物が多く登場する。例えば、冒頭の序曲の部分は、映画「独裁者(The Great Dictator)」の中でチャップリン扮する「ヒンケル」が、風船の地球儀を弄ぶシーンから着想を得ているように思える。
また、リエンツィの妹イレーネは、ここでは「ファースト・レディ」のような役割を担っている。正装して2人が立っている姿は、ヒトラーとエヴァ・ブラウンを連想させるのだ。さらに、この演出ではこの兄妹を近親相姦の象徴的存在として位置付けている。
時として、舞台背景の大スクリーンにナチス・ドイツのプロパガンダ映画のようなものが映し出されるが、それらの映像の収録に当たっては、レニ・リーフェンシュタールのカメラ・アングルが参考にされたという。
1960年代に生まれた演出家が、2010年になっても執拗に「独裁」を攻撃し続ける姿勢を観て、私はドイツ人にとっての「戦後」が未だに終わっていないのをつくづくと感じた。ベルリンはヒトラーという独裁者から解放された後も、スターリンによって辛酸を嘗めさせられたのだ。特典映像の「メイキング」の最後で、演出家シュテルツルが語っている言葉を引用して、今日の記事を締め括ろう。
「独裁者と善というのは、今日の視点から言えば、完全に矛盾しています。」
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