私が森田勝さんの「くたばれ!ISO」を読んだのは、もうかれこれ2年ぐらい前のことである。もとより、この本はISOを否定する趣旨で書かれたものではなく、あくまでも、形骸化したISOを実際に職場で有効活用するように意図されたものである。私もその趣旨に賛同し、実際の職場で何か「ヒント」になるものはないかと考えて、買って読んだのである。
しかし、読み終わった私に最も強く印象に残ったのは、森田さんが「はじめに」で書かれている以下の文章である。
ISOの規格要求事項とは食い違っていたかもしれませんが、すでに日本の企業には品質マネジメントシステムは存在していました。それが機能していたかいないかは、世界に誇る品質の製品が製造できていたことで評価できると思います。それであるのにもかかわらず、江戸時代末期の黒船の到来にも似たかたちで、ISOが押し寄せてきたのです。その結果、ヨーロッパの国々が狙っていたのかいなかったのかは別にしても、確実に企業の間接コストは上昇する結果になりました。さらに、このことの方がもっと重要だと思うのですが、企業運営が建前論中心の、現実に発生している事実に立脚しない、形だけを求めるような方向に進んでしまったのです。私が「ISO国亡論」を唱える理由はここにあります。
この「はじめに」に書かれていたことは、この本を読み終わった後でも払拭できない私の素直な感想である。そもそも、ISOは「輸入文化」である。それが生まれた社会制度や文化的な背景、さらには企業の組織構造を考慮せずに、「グローバル化」の掛け声とともに無批判に機械的に輸入することに、大きな過ちを犯す危険性を孕んでいたのだ。
うちの会社を例にとって、考えてみることにしよう。
あなたは、「会社経営分野の基本的な事項について記述した規程・規則」と聞くと、何を思い浮かべるだろうか。私は定款や就業規則、経理規程、給与規程などを思い浮かべる。一方、「マニュアル」という言葉を聞いたら、何を思い浮かべるだろうか。私なら、電化製品の取扱説明書やコンピューター・ソフトの操作方法を記述した説明書を思い浮かべる。
ところが、うちの会社のISO9001の品質マニュアルによれば、文書体系は下図(クリックすると大きくなります)のようになっている。「マニュアル」のほうが「規程・規則」より上位階層にあるのだ。いや、正確に言えば、頂点に「マニュアル」が位置し、その下に「規程・規則」が位置付けられている。私はこの体系図に長らく違和感を抱いてきた。これはISOの規格そのものには掲載されておらず、会社がコンサルタントの助言などを基に作成したものである。
しかし、私なりに調べてみて判ったことは、第2階層の文書は一般的にはISO 9001 (あるいはその他の品質マネジメント規格) での要求事項(例えば、文書管理、製品実現など)を具体化するもので、むしろ体系図の「要領」の方に近いかも知れないということである。そして、その下の階層の文書が、“documented procedures”というのが原語で、それがうちの会社の「手順書」に当たるようである。
そもそも、マネジメントシステムには品質マネジメントシステム(ISO9001)だけではなく、環境マネジメントシステム(ISO14001)、情報セキュリティマネジメントシステム(ISO27001)などがあり、それらのマニュアルがすべて「会社経営分野の基本的な事項について記述した規程・規則」の上位に位置するのは、明らかにおかしい。これでは単なる「経営ツール」に過ぎないものに、最高位の重みを持たせてしまっていることになる。まさに、「主客転倒」である。
いやしくも、「マネジメントシステム」と称する限り、それは経営システム、経営方式のことであって、日本独特のボトムアップ型の「カイゼン」とは本質的に異なる。QCサークル活動に代表される「カイゼン」は(現実は別としても)あくまでも自主的なものであり、欧米のトップダウン型のマネジメントシステムとは元々の発想が異なるのである。
これは、CIA(公認内部監査人)というアメリカ発の国際資格取得のために勉強している私にとって、つくづくと感じる事実である。経済の急速な「グローバル化」によって、追い立てられるようにして「グローバル・スタンダード」をセカセカと輸入し、アングロ・サクソン流の考え方を未消化なまま取り入れることが、諸悪の根源となっている。第一、会社の中で誰一人として、ISO9001の規格の英語原文を読み、それをじっくり「解読」していないのが最大の問題である。
かくして、うちの会社の管理部門は、以前にも書いたように官僚制組織と化しつつあるのだ。私には、日本の経営者が“management”の真の意味を理解せず、面倒なことを「現場」に押し付けて経営者責任を曖昧にしているところに、今日の日本の「病根」があると思われる。
それとも、彼らは「主客」の対立を「止揚(aufheben)」することによって、日本独自の優位性を獲得し得たとでも主張したいのか。
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2009-03-27 22:53
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私の肩書きは、「内部監査室 担当マネージャー」である。と、ここまで書くと、内部監査に精通した人なら、「担当マネージャー?」と首を傾げるだろう。なぜなら、内部監査人は、原則として、非監査業務を行なってはならないからである。要するに、監査以外の業務を行ってはならないのである。だから、内部監査室の「担当マネージャー」が「何の業務を担当しているの?」という話になる。
そもそも、うちの会社では「安全衛生」は総務部の所管であった。それは、世間一般の常識とそんなにずれていない筈である。それがおかしくなってきたのは、2003年にISO9001の認証取得のため「安全・品質管理室」なるものが、管理部門の総務部や経理部と並んで設置されたことに端を発する。
その後、「安全・品質管理室」は総務部の下位組織になったこともあったが、ISOの所轄部門ということで再び総務部とは独立した組織となった。ISOの認証取得のためにはそういうノウハウを持っている人が要るだろうということで、某大手化学メーカーから早期退職者優遇制度に応じて退職した人を雇い入れて、以前から準備はしていた。その結果、2003年に「めでたく」ISO9001の認証取得に成功した。その翌年には、株式市場への上場も果たした。
しかし、2007年2月1日には、その「安全・品質管理室」が、あろうことか内部監査室と合併し、「内部統括室」という訳のわからない組織になった。雲行きがおかしくなってきたのは、この頃からである。
その後、2008年1月1日付で「内部統括室」は、再び内部監査室と「品質・技術管理部」に分離されたが、そのとき「安全・品質」のうち「安全」が内部監査室に残ったのである。すなわち、内部監査室の分掌事項に、「安全衛生体制の整備と教育・指導並びに推進と定着化」というのが入っているのである。
したがって、「組織規程」の組織図では、内部監査室は社長の直属になっているのに、「安全衛生管理規程」の安全衛生管理組織図では、内部監査室が事務局として、総括安全衛生管理者(管理本部長)と安全管理者(総務部長)の指揮下に置かれているのだ。これは、社内規程相互間に、整合性がないことを示しているのと同時に、明らかに内部監査人の客観性・独立性を侵すものとなっている。
おそらく、その「不条理」は内部監査室長も、安全管理者である総務部長も解っている。しかし、二人とも何も言わないのは、それが社長方針だからである。かくして、私は「安全衛生」の担当として、内部監査にはほとんどタッチせずに内部監査室の「担当マネージャー」というポジションに置かれているのだ。
私は何も杓子定規に、「安全衛生は自分には全然関係ないことだ」と言っているわけではない。第一種衛生管理者として第三者的な立場から、安全衛生管理に関する助言を行なうことにやぶさかではない。しかし、「安全衛生体制の整備と教育・指導並びに推進と定着化」は、総括安全衛生管理者や安全管理者の職務である。
組織である以上、私が直接、社長に「直訴」するわけにもいかない。内部監査室長は、自分の「客観性・独立性」を守るために「第三者的立場」に身を置く。私がCIA(公認内部監査人)の勉強を始めたのも、こういう状況に対して「理論武装」するためである。因みに、日本内部監査協会の「内部監査基準実践要綱(平成18年6月)」には、以下の記述がある。
内部監査部門は、識別されたリスクの管理に関して責任を負わない。
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2009-03-16 19:47
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この「涙」が報道されると、マスコミというフランケンシュタインが自走し始め、おかしな世論が動き始めます。何が起こったのか? 橋下知事への「ガンバレ!」という支持が7割を超えるという現象が起きてしまうのです。
このコラムで私は「ヒトの意思決定は情動がつかさどる」という生理的事実を幾度も紹介してきました。ですが今回の例ほど、そのポピュリズム展開が顕著に見えたことはありませんでした。
以上の記事は、2008年5月20日付の NIKKEI BUSINESS ONLINE に掲載された伊東乾(いとう・けん)さんのコラム「『数値目標』が判断を誤らせる」からの引用です。全文をご覧になりたい方は、以下をクリックしてください。↓
この記事は昨年4月17日に開催された府内自治体の首長と橋下徹との会合で、橋下が泣き出したことを受けて書かれたものです。私は基本的に、公の場で大っぴらに感情を表出する人は、リーダーとしても政治家としても不適格だと思っていますので、わが大阪府民はまたしても誤った選択をしてしまったなと思いました。
「茶髪の弁護士」としてマスコミに登場して以来、彼の言動を見てきた私にとっては意外でも何でもありませんでしたが、ここまで酷いとは思っていませんでした。私は、与えられた権利は行使すべきだと思っているので、選挙には必ず投票に行くのですが、この大阪府知事選の時には初めて棄権しました。一票を投じる候補が、見当たらなかったからです。
というわけで、昨晩はその橋下の「財政再建」によって存亡の危機に立たされている大阪センチュリー交響楽団を支援するコンサートに行ってきました。昨晩のコンサートは「大阪センチュリー交響楽団を応援する会」の主催で、チケットは完売し「立ち見」ならぬ「立ち聴き」のお客さんもいらっしゃったようです。
大阪センチュリー交響楽団は1989年に大阪府によって設立されたオーケストラで、人員は50名程度の中規模の楽団です。昨日の公演では、それに加えて全国のオーケストラから「応援」の方々が参加していました。京都市交響楽団、群馬交響楽団、仙台フィルハーモニー管弦楽団、宝塚歌劇団オーケストラ、ニューフィルハーモニーオーケストラ千葉、東京都交響楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団、広島交響楽団、兵庫芸術文化センター管弦楽団のメンバーの方々、そしてフリーの演奏家の方々もいらっしゃいました。
前半は金聖響さんの指揮で、ヴェルディやプッチーニなどの歌劇から序曲やアリアが演奏されました。「応援する会」代表の日下部吉彦さんと作曲家の池辺晋一郎さんのトークに、見事な歌唱を披露したソプラノの中丸三千繪さんが加わって、普段のコンサートにはない雰囲気に心が和みました。そして、私にとっては久し振りに聴くラヴェルの「ボレロ」の登場となりました。この曲はこのコンサートの演目の中では最も編成の大きな曲で、久方ぶりに生のオーケストラの醍醐味を満喫しました。
後半は指揮が小泉和裕さんに替わり、ワーグナーの楽劇「ニュールンベルクのマイスタージンガー」第1幕への前奏曲とストラヴィンスキーのバレエ組曲「火の鳥」が演奏されました。
プログラムではここでコンサート終了のはずだったんですが、最後にはオーケストラの一員として演奏に参加していたびわ湖ホール芸術監督の沼尻竜典さんも指揮者としてグリンカの「ルスランとリュドミラ」序曲を演奏し、続けて金聖響さんが静かで美しい曲(私はこの曲を聴くのが初めてなので題名は分からず)を演奏して、漸く「取り」の「ラデツキー行進曲」が小泉和裕さんの指揮によって演奏され、コンサートを大きく盛り上げて最後を締め括りました。
なお、冒頭でご紹介した伊東乾さんは、松村禎三、レナード・バーンスタイン、ピエール・ブーレーズらに師事した作曲家・指揮者であり、東京大学大学院物理学専攻修士課程、同総合文化研究科博士課程修了という一風変った経歴の持ち主です。
最後に申し上げたいのは、伊東さんも平松大阪市長も仰っていたことですが、文化は潰すのは簡単だけれども、それをもう一度作り直すのにどれだけの労力を費やさないといけないのかということを、政治の指導者たるものは考えないといけません。
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2009-03-04 20:59
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アメリカの駐在員をしていた私にとっては、1995年1月16日の午後3時〜3時半頃(central standard time : 中部標準時間)のことだったと思う。いつものようにもう後一時間ばかりで終業時刻だと思いながらパソコンと睨めっこしていた時、うちの嫁さんから電話がかかってきた。なんだろうと思って聞いてみると、知り合いの日本人の奥さんから「関西で大きな地震があったらしい」と聞いたと言うのである。
それで、早速両親が住む実家に国際電話をして様子を聞いてみたところ、「地震はあったけれど、大したことはなかった」ということだったので一安心。当時は日本人で取締役の人が一人おり、その人のお兄さんが大阪府高槻市に住んでおられたので、「とりあえず電話してみられたら如何でしょうか」とお伝えし、そちらも無事を確認した。
事の重大性が明らかになってきたのは、それから後のことである。大阪市淀川区にある親会社の管理部門に電話をしてみると、徒歩圏内に住んでいた総務部所属の人が一人だけ出社していて、「電車がみんな止まっているので、他には誰も出社していない」ということが判った。しかも、事務所内はキャビネットが倒れたり、書類が散乱しているとのことであった。しかし私にはまだ実態が掴めていなかったのである。仕事を終えて帰宅し、自宅のテレビでニュースの映像を観て、事の重大さを初めて認識したのだ。
煙を上げて燃え盛る神戸の街の映像を観て、「何じゃこりゃ〜!」と思わず声を張り上げた。「まるで戦場のようだ」というのが、当時のアメリカ人社長のコメントである。それから再度日本に国際電話をかけてみたが、もはや繋がる状態ではなかった。本社とは連絡が取れないので、名古屋支店に電話してみたが、名古屋でも大阪本社とは連絡が取れないという。しかし、コンピューターは動いているという。まだ、e-mail も携帯電話も普及していなかった時期のことである。
さらに、日本の親会社の社長宅が神戸市内にあったため、社長の行方が判らないと現地法人のアメリカ人社長から聞いた。被災後、3〜4日経って、漸く親会社の社長が無事であるとの報告を受けた。
結局、私の実家が大阪府でも南部に当たる「南河内」という地域にあったため、難を逃れたこと、会社のホスト・コンピューターは、当時のコンピューター要員の一人が自転車で会社に駆けつけ起動したことなどが判明した。うちの会社の社員の中にも家が全壊したり、避難所暮らしを余儀なくされた人が少なからずいた。しかし、社員に死者が出なかったことは、不幸中の幸いであった。
それにしても、今になって改めて思うのは、海外における日本人社会のネットワークの迅速性である。当時の村山富市首相が秘書官から公式の報告を受けるよりも前に、私は情報を入手し両親の安否を確認していたのである。
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2009-01-17 17:11
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今日はちょっと一息つきましょう。新年になり月曜日から仕事始めの方が多かったのではないかと思いますが、やっと仕事のペースが元に戻り始めたときに三連休であります。まあ、休みがあること自体は悪くはないのですが、また連休明けにエンジンをかけ直す必要があるので、あんまり効率よくはありませんね。
ところで、私自身は金曜日の定時後から、結構忙しく過ごしておりました。まず、金曜日の定時の後、うちの会社では新年の「キックオフ・ミーティング」なるものがありまして、(一言でいえば「新年会」なんですが、)社長が例年仕事始めの日には取引銀行や主要取引先の挨拶回りなどで忙しいので、いつも仕事始めの日より何日か後に行われます。
内容は社長の年頭挨拶と年男・年女各一名の「チェレンジ宣言」をして、後は立食パーティーです。しかし、私は今年は立食パーティーをパスして帰宅の途に着きました。というのは、年末に受けた大腸ポリープ切除手術の費用精算と検診結果の確認のため、自宅近くの医院に立ち寄るためでした。受付は夜8時までなので何とか7時半に到着できましたが、先生の診察を受けるまで待つこと約2時間。結果は良性だったので、3〜4年に1回検査を受けるだけでよいということでした。
さて、翌日の土曜日は「自立支援医療」の申請用紙に記入・捺印するため、朝8時半ごろクリニックに行き、続いていつも降圧剤を処方していただいている内科の診療所に行って薬をもらい、その後は、前々から「顔が赤い」と言われていたので、皮膚科のお医者さんの所へ行きました。全くもって「医者巡り」で午前中は潰れてしまいました。
その後、夕方6時から高校の同期の同窓会&新年会が心斎橋の居酒屋であるので、5時前に家を出て帰宅したのが11時ごろでありました。昨年の新年会は2月10日ということもあって比較的少人数でしたが、今年は去年の二倍くらいの人数でした。うちの高校らしく、6時開始というのに6時には7〜8人しか集まっておりませんが、予定通り宴会開始。そのうち、一人二人と増え始め上の写真の宴会場がいっぱいになりました。
一通り昔話に花を咲かせたり、仕事の話をしたりしているうちにあっという間に2時間が過ぎ、有志だけでその後は同じビル内にあるカラオケ屋さんへ直行。古い歌や新しい歌をさんざん歌って10時には「お開き」となりました。さすがに私は3次会には行きませんでした。
やはり、利害関係のない学生時代の仲間というものは良いものです。普段なら話をできないような超大手企業の女性部長、大学の哲学科の教授、実業家などの人たちと友達感覚で話せるのが同窓会の魅力です。みんなそれぞれの「困難」を抱えながら生きていることを知って、大いに勇気付けられました。
明日の祝日(成人の日)は、私は朝10時から夕方4時まで梅田の専門学校で公認内部監査人(CIA)の受験対策講座Part3第1講・第2講を受講する予定です。わざわざ梅田まで出向かなくてもDVDで受講可能なのですが、行き帰りの電車の中で問題集を解いていますので時間の無駄にはなりません。
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2009-01-11 14:19
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