ちょうど1週間前の5月14 日に「『天上の饗宴』によるバッハの『カンタータ集』」を書いてから、ずっと気になっていた作曲家がある。
私はあの記事の中でフィリップ・ハインリヒ・エルレバッハ(Philipp Heinrich Erlebach, 1657 - 1714)という作曲家のことに言及しているのだが、よく考えてみると私はこの作曲家の作品を聴いた記憶がない。
そこでさらに調べてみると、2010年11月15日 に「中央ドイツのバロック・クリスマス・カンタータ集」を聴いた時に、この人の作品も聴いていたことが判明した。しかし、あの時は各々の作曲家に焦点を当てて聴いたわけではなかったので、当然のことながらエルレバッハの作品がどのようなものだったか全く記憶にない。
そこで今日はエルレバッハに焦点を当てて、彼の作品集を聴いてみることにした。しかし、昨日声楽曲を聴いたところなので、今日は器楽曲を聴いてみることにした。いつも引き合いに出す「西洋音楽の歴史=中」(柴田南雄著、音楽之友社刊)によると、彼は「器楽ではリュリ・スタイルの平均値的作品を書いていたらしいが、歌曲ではひじょうに強い情緒(アフェクト)の表現で注目される」という記述があるだけである。
したがって、器楽曲よりも声楽曲においてエルレバッハは彼の本領を発揮したようだが、上記の書物は1969年に第一刷が発行されているので、「書いていたらしい」という表現が用いられている。すなわち、当時はエルレバッハの器楽曲などは容易に聴くことが出来ず、楽譜の入手も困難だったことが行間から読み取れるのである。
幸いにも現代ではエルレバッハの器楽曲のディスクは、1969年に比べればずっと多いはずだが、NMLに登録されているディスクは多いとは言えない。その中から、ジャケットの絵画に惹かれて何となく選んだのが、今日ご紹介するディスクである。NMLでは「ヴィオラ・ダ・ガンバ・ソナタ」と書いてあったので、私の食指が動いたのである。
彼の父親はオストフリースラント伯ウルリヒ2世(Ulrich II., 1605 - 1648)の宮廷に仕える音楽家で、当然、幼いエルレバッハはこの父親から最初の音楽教育を受けている。彼に音楽的な才能があったため、1678年にはテューリンゲン地方のシュヴァルツブルク=ルードルシュタット公国のアントン・アルブレヒト公子(Albrecht Anton von Schwarzburg-Rudolstadt, 1641 - 1710)の宮廷に派遣された。
1681年に彼は宮廷楽長に就任し、没するまでの33年間に亘ってその地位にあった。彼は多作家で、生涯に1,000曲以上の作品を残したらしいが、1735年にルードルシュタット城が火災に見舞われた際に、その多くが焼失してしまった。消失を免れた作品は、僅か70ぐらいだったとされているが、その中には手稿のまま残された作品もかなり存在するという。
したがって、エルレバッハの作品の録音が少ないのは、そういう事情に因るのである。彼の作品の中で比較的有名なのは、「6つの序曲(1693年)」と「ヴァイオリン、ヴィオラ・ダ・ガンバ、通奏低音のための6つのソナタ(1694年)」で、今日のディスクは、おそらくそれらの作品から序曲2曲とソナタ2曲を選び出して構成されたものと思われる。収録曲は以下の通りである。
1.序曲第5番 ヘ長調
2.ソナタ第3番 イ長調
3.序曲第6番 ト短調
4.ソナタ第2番 ホ短調
演奏は、ベルリン・バロック・カンパニー(Berliner Barock Compagney )である。このアンサンブルは、ヴァイオリン、チェロ(またはヴィオラ・ダ・ガンバ)、鍵盤楽器を担当する3人の奏者によって構成されている。
NMLでは「ソナタ」を「ヴィオラ・ダ・ガンバ・ソナタ」と表記しているが、前述したようにこれは「ヴァイオリン、ヴィオラ・ダ・ガンバと通奏低音のためのソナタ」なので、「トリオ・ソナタ」と呼ぶ方が相応しいと思う。
2つの「序曲」は、どちらも8つの小品から構成されており、冒頭に「フランス風序曲」を置き、アルマンド、クーラント、ガヴォットなどの舞曲を連ねていく。どちらも、最後はシャコンヌで締め括っている。
2つの「ソナタ」は、ヴァイオリンとヴィオラ・ダ・ガンバが主役なので、17世紀のフランスのヴィオール合奏曲のように低音だけで哀愁に満ちた響きを奏でているわけではない。
ヴァイオリンとヴィオラ・ダ・ガンバが対等に扱われているので、暗く沈み込むような曲想ではない。これらの「ソナタ」も「序曲」と同じように何曲かの舞曲から構成されているので、適度な躍動感がヴァイオリンの音色と相俟って「希望の光」をもたらしているのである。
これらを評して「リュリ・スタイルの平均値的作品」と言うべきかどうか私には分からないが、エルレバッハの生き残った貴重な作品として傾聴に値することだけは確かである。残念ながらエルレバッハの肖像画は残っていないが、シュヴァルツブルク=ルードルシュタット公国の紋章は残っているのだ(右上の図)。
2012-05-21 22:38
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NMLの5月18日の「新着タイトル」の中に、マルク=アントワーヌ・シャルパンティエ(Marc-Antoine Charpentier, 1643 - 1704)の作品集を見つけたので、久し振りに彼の宗教音楽に耳を傾けてみることにした。
このディスクのジャケットには“O Maria!”と書いてあるので、このディスクに収録されているのは、聖母マリアに関する宗教曲であろうが、NMLの収録曲は全て横文字で書かれているので、どういう曲なのか一目見ただけでは解からない。
しかも、以前に書いたように、彼はフランスの宮廷とほとんど関連を持たずに音楽活動を行ったため、その生涯については不明な点が多く、作品目録も完全なものは存在していないのではないかと思われる。
有名な作品はある程度知られているが、このディスクに収められた詩篇やモテットに関しては、作品リストにすら載っていないのだ。しかし、それだけでこのディスクを黙殺してしまうのは惜しいので、敢えて採り上げてみる気になったのである。
収録曲は以下の通りである。(ジャケット裏面の収録曲目による)
1.Prélude pour ce que l'on voudra, h. 521
2.In odorem unguentorum, h. 51
3.Beati omnes qui timent dominum, h. 178
4.O sacramentum pietatis, h. 274
5.Pie jesu, h. 427
6.Super flumina babylonis, h. 170
7.Sonata no. 1
8.Gratiarum actiones pro restituta regis sanitate, h. 341
9.Magdalena lugens, h. 343
10.Supplicatio pro defunctis, h. 348
これらのうち、7曲目の“Sonata no. 1”だけは、エリザベト=クロード・ジャケ=ド=ラ=ゲール(Élisabeth-Claude Jacquet de la Guerre, 1665 - 1729)によって作曲された器楽曲であり、その他は全てシャルパンティエの作品である。
さて、これらを日本語に訳そうとすると、まず原語が何語であるかを判別しないといけない。アクサンテギュ(accent aigu)が用いられているので、明らかに1曲目の“Prélude pour ce que l'on voudra”はフランス語である。しかし、その他は全てラテン語であろう。後は、それらを日本語に訳すだけだが、聖母マリアに関する作品集だから、キリスト教の知識がないと正確な翻訳は不可能である。
ということで、四苦八苦して一応翻訳した結果、以下のようになった。私はキリスト教を体系的に学んだことがないので誤訳・悪訳があると思うが、お気付きの点があればご指摘いただきたい。
1.我らが望むものへの前奏曲
2.あなたの香油の香りへと
3.主を畏れる人は全て幸いである (詩篇 第128篇)
4.おお、祈りの秘蹟よ
5.情け深い主イエスさま
6.バビロンの流れのほとりに (詩篇 第137篇)
7.トリオ・ソナタ第1番
8.健康の回復のおかげで
9.マグダラのマリアは泣き暮らした
10.聖処女のための死者の嘆願
なお、最後の「聖処女のための死者の嘆願」は、“Supplicatio pro defunctis ad beatam virginem”の翻訳で、上記のラテン語標題はこれを略したものだと思われる。収録曲は以上のような内容で、おぼろげながらにも何とか“O Maria!”と題されたこのアルバムの全体像が掴めてきたのである。演奏は、セバスティアン・ドゥース(Sébastien Daucé)指揮アンサンブル・コレスポンダンス(Ensemble Correspondances )である。
1曲目の「前奏曲(Prélude)」と7曲目の「トリオ・ソナタ」は器楽曲であるが、それ以外は全て器楽伴奏付きの声楽曲である。
それぞれの作品の作曲年代は不明だが、1662年から1667年までイタリアに留学していたと考えられるシャルパンティエは、フランスに帰国後、ギーズ公爵夫人マリー(Marie de Guise, 1615 - 1688)に仕えている。
彼はマリー侯爵夫人が亡くなるまでの17年間に、彼女のために多くの声楽曲を作ったとされている。その中には詩篇集、賛美歌、モテット、マニフィカト集、ミサ曲などが含まれている。
したがって、このディスクの収録曲も、多くはその時期に作られたのかも知れない。詳細にタイトルを眺めると、聖母マリアだけではなく、「マグダラのマリア」を歌った曲もあるし、「あなたの香油の香りへと」は、イエスの足に香油を注ぎその足を自らの髪で拭った「ベタニアのマリア」を想起させる。
そういう意味でこのアルバムは、イエスを中心に据えた宗教音楽集ではなく、彼を取り巻くマリアたちを基軸にして、静謐な信仰の世界を描いているのだ。そして、アンサンブル・コレスポンダンスが奏でる清涼な響きは、まさに“O Maria!”と題するに相応しい演奏を生み出しているのである。
VIDEO
2012-05-20 21:53
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ヴィオール(ヴィオラ・ダ・ガンバ)という楽器は一度は廃れてしまった楽器なので、この楽器のために作品を作った作曲家たちについても、ほとんど知られていないことが多い。
5月6日 にご紹介したサント=コロンブ(Monsieur de Sainte-Colombe)もそんな作曲家のうちの一人だが、今日ご紹介するシール・ド・マシュイ(Sieur de Machy)も同様で、生没年さえはっきりしていない。
彼もまたフランスのヴィオール奏者で作曲家だったが、W IKIPEDIA (英語版)で調べても、“fl. second half the 17th century (17世紀後半に活躍した)”としか書かれておらず、生没年はサント=コロンブよりも曖昧なのである。フランスのヴィオール奏者なのに、W IKIPÉDIA (フランス語版)の記述よりも英語版のほうが詳しいというのも不思議である。
しかし、マシュイは実在した人物で、1685年に出版された“Pièces de Violle en Musique et en Tablature (五線譜とタブラチュア譜によるヴィオール曲集)”によって、その名前が知られている。作曲家が亡くなり楽器が廃れても、楽譜が存在している限り音楽が消滅することはないのだ。実際、この曲集は17世紀後半におけるヴィオールの演奏法を知る上で、貴重な存在になっているのである。
彼はニコラ・オトマン(Nicolas Hotman, c. 1610 - 1663)に師事してヴィオールを学んだとされているが、このオトマンという人も元々はドイツ出身で、人生の大半をフランスで過ごしたと考えられている。オトマンはベルギーのブリュッセルで生まれたらしいが、パリに出てきたのは1626年頃だろうと推定されている。
そのオトマンに師事したマシュイは遅くとも1692年にはパリに住居を構えていたらしいが、1692年には既にオトマンはこの世を去っていたと考えられるので、マシュイはそれよりもずっと以前から、フランスでヴィオールを学んでいたと考えられる。雲を掴むような話だが、彼らの生涯について詳しいことが判っていないから、全て憶測の域を出ないのである。
マシュイは自分がヴィオールの作品集を出版した最初の作曲家であると書き残しているが、厳密に言うとこれは正しくなく、ニコラ・メトリュ(Nicolas Métru, c. 1610 - 1668)が1642年に「複数のヴィオールのためのファンタジー集」を出版している。
しかし、マシュイよりも前の作曲家たちは、ヴィオール合奏のための作品集を出版しているのであって、ヴィオール独奏のための作品集を出版したのはマシュイが最初だったということである。そういう意味では、マシュイはヴィオール独奏によってポリフォニックな音楽を演奏するという新境地を拓いたと言えるのだ。
現存している彼のヴィオール曲集は8曲あるらしいが、今日のディスクはその中から4曲を収めている。収録曲は以下の通りである。
1.ヴィオール曲集 - 組曲第8番 イ長調
2.ヴィオール曲集 - 組曲第1番 ニ短調
3.ヴィオール曲集 - 組曲第4番 ト長調
4.ヴィオール曲集 - 組曲第5番 ニ長調
ヴィオール独奏は、パオロ・パンドルフォ(Paolo Pandolfo :右下の写真)である。このディスクはパンドルフォの最新録音で、2011年11月に録音されている。
全ての組曲は7つの小品から構成され、冒頭には必ず「前奏曲(prélude)」が置かれている。
基本的には、その後に「アルマンド(allemande)」 - 「クーラント(courante)」 - 「サラバンド(sarabande)」 - 「ジーグ(gigue)」 - 「ガヴォット(gavotte)」 - 「メヌエット(menuet)」と続いて行く。
ただし、「組曲第4番」だけは第6曲が「ガヴォット・アン・ロンドー(gavotte en rondeau)」、第7曲が「シャコンヌ (chaconne)」となっているが、聴いていて大きな変化を感じることはない。
これらの組曲は、その形式よりも奏法の違いが際立っている。ピチカートでリュートやギターのような響きがする箇所もあれば、弓で弾かれている部分もあり、それらが同じ小品の中で混在している場合もある。
何となくバッハの「無伴奏チェロ組曲」を想起させるような構成であるが、チェロよりは響きが柔らかく、凝縮された音楽性というより、浮遊する精神の語らいという趣きがある。
ただし、重音奏法が多用されているので、音楽が空中で拡散してしまうことはない。チェロよりも弦の数が多いヴィオールだからこそ可能な独自の音響世界が、様々な奏法を駆使することによって構築されているのである。
2012-05-16 22:26
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「ゴールデン・ウィーク」の連休明けよりも、なぜか今日のほうが私は疲れている。急に寒くなったと思ったら、今日は蒸し暑い。
土曜日はわが家の菩提寺のご住職の葬式だったので、私は母と連れ立って出掛けたのだが、寺には檀家が多いので参列者の数が多い。したがって、母と私は焼香の順番が来るまで屋外で立って待っていたのだが、土曜日は肌寒かった。
もちろん、母も私もそれぐらいで風邪を引いたりしないが、春の彼岸会の時には元気に説法されていたご住職が亡くなったとは俄かに信じ難く、改めて人間の命のはかなさを感じたのである。ご住職は私より一回り年上なので、68〜69歳だった。フェルメールの絵画とスピノザの哲学を愛した僧侶が亡くなっったことによって、大阪の街はまた一人、気骨のある人を失ったのである。
さて、そんな心の隙間を埋めるのには、バッハの宗教曲を聴くのが私には最も適している。ちょうど、今日のNMLの「新着タイトル」を眺めていたら、ル・バンケ・セレスト(Le Banquet Céleste)という古楽アンサンブルによるバッハのカンタータ集があったので、私はそれを聴いてみることにした。
ネットで“Le Banquet Céleste”を検索すると、W IKIPEDIA (ドイツ語版)に解説が載っていたので、このアンサンブルはそれほど有名なのかと思ったら、それはオリヴィエ・メシアン(Olivier Messiaen, 1908 - 1992)の同名のオルガン曲についての解説だった。“Le Banquet Céleste”というのは「天上の饗宴」という意味で、メシアンが19歳の時に作ったオルガン曲だそうである。
この古楽アンサンブルは、カウンターテナーのダミアン・ギヨン(Damien Guillon)を中心に、ドイツのバロック音楽に特別に愛着があるそうで、J.S.バッハを始めとして、フィリップ・ハインリヒ・エルレバッハ(Philipp Heinrich Erlebach, 1657 - 1714)やニコラウス・ブルーンス(Nicolaus Bruhns, 1665 - 1697)などと同時代の作曲家の作品を好んで採り上げているという。
フランスの古楽アンサンブルにしては珍しいが、様々な演奏でバッハのカンタータを聴くのも私の楽しみの一つなので、知っている曲だが聴いてみることにした。収録曲は以下の通りである。
1.「喜ばしい安息、好ましい魂の歓喜」 BWV 170
2.トリオ・ソナタ第3番 ニ短調 BWV 527
3.「心も魂も乱れはて」 BWV 35
4.幻想曲とフーガ ト短調 BWV 542
演奏は、上記のル・バンケ・セレスト(Le Banquet Céleste )で、ダミアン・ギヨンが指揮と歌唱を担当している。また、2曲目の「トリオ・ソナタ」と4曲目の「幻想曲とフーガ」はオルガン独奏曲で、マウデ・グラットン (Maude Gratton )がオルガンを担当している。ただし、彼女がフランス人ならば、「モード・グラットン」というような発音になるはずである。録音は2011年11月23 - 27日で、極めて新しい。
収録曲をご覧になればお解りのように、このアルバムは単なるカンタータ集ではなく、バッハのオルガン曲も収録しているのである。
特に、「心も魂も乱れはて BWV 35」は冒頭に“Concerto”が置かれ、中間部には“Sinfonia”が置かれている。すなわち、器楽だけの演奏がカンタータの冒頭と中間に配置され、そこではオルガンが大活躍するのである。
もちろん、それ以外の部分でもオルガンは重要な役割を果たしているので、このディスクを通して聴くと、オルガンを中心にしたバッハの宗教的世界が感じられるのである。
同じようにオルガンを使用していても、カンタータでは比較的柔らかく暖かい響きに感じられるのに対し、オルガン独奏曲では厳粛なムードが漂う。特に、最後の「幻想曲とフーガ」は、バッハの厳格にして雄大な世界を示して、このアルバムがただのカンタータ集ではないことを表わしている。
カンタータばかりだとおもしろくないと感じる人や、オルガン曲だけでは退屈だと思う人にとっては最適のディスクであろう。このアルバムの主人公はダミアン・ギヨンのカウンターテナーではなく、グラットンのオルガンなのだ。「天上の饗宴」が奏でる「地上の葛藤」という趣きがするアルバムである。
2012-05-14 22:16
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最近、NMLの「新着タイトル」に、このデザインのディスクが沢山紹介されている。私はこのジャケットの図柄に見覚えがあるのだが、どこで観たのかはっきりとは憶えていない。
これはフランスの伝説的録音技師アンドレ・シャルラン(André Charlin , 1903 - 1983)が興したレーベル“Charlin”から発売されており、彼が1960年代に残した名録音を復活させたものらしい。
かつてこのLPは、日本では“TRIO”というレーベルから発売されていたそうだが、それは現在の潟Pンウッドが昔使用していたブランド名で、私にとっては実に懐かしい名前である。私の父が“TRIO”のLPを所蔵していたかどうか憶えていないが、山水電気、パイオニアと並んで「トリオ」はオーディオ機器メーカーとして有名だった。
しかし、今日は別に過去への郷愁に浸るのが目的ではない。このディスクの演奏者であるヴォルフガング・フォン・カラヤン合奏団に興味を持ったので、このディスクを聴いてみる気になったのである。
“Charlin”はフランスのレーベルなので、ジャケットには“Ensemble Wolfgang von Karajan”と書いてあるが、このヴォルフガング・フォン・カラヤン(Wolfgang von Karajan, 1906 - 1987 :右下の写真)は、言うまでもなく名指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤン(Herbert von Karajan, 1908 - 1989)の実兄なのである。
カラヤン家はギリシャのマケドニア人かアルーマニア人を祖先に持つ貴族の家柄で、カラヤン兄弟の曾々祖父はギリシャのコザニ(Kozani)で生まれている。したがって、元々の姓は“Karajànnis (カラヤヌス?)”というらしい。したがって、姓の前に“von”が付けれらるのである。
ただし、私はあのカラヤンに2歳年上の兄がいて、その兄もまた音楽家であったことは全く知らなかった。兄のヴォルフガングは幼い頃からオルガニストとしての教育を受ける傍ら、ヴィーン工科大学の電気工学科を卒業し、自ら基礎工学研究所を設立している。
そして、1950年にはヴォルフガング・フォン・カラヤン・オルガン合奏団(Orgel-Ensemble Wolfgang von Karajan)を、妻のヘディ(Hedy)及びハンス・アンドレ(Hans Andreae)とともに結成しているのである。このオルガン合奏団は世界中を演奏旅行で訪問したらしいが、その際、ポルタティーフ(Portativ)と呼ばれる携帯用のオルガンを使用することもあったという。
彼らの演奏ではバッハの「フーガの技法」が最も有名だったらしく、そのためこのディスクの録音が残されているのだと思われる。したがって、今日のディスクの演奏も「3台のオルガン編」と表記されている。収録曲は以下の1曲だけである。
1.J.S.バッハ: フーガの技法 BWV 1080
演奏は、上述したヴォルフガング・フォン・カラヤン・オルガン合奏団(Orgel-Ensemble Wolfgang von Karajan)である。録音年月は不明であるが、ステレオ録音である。
私は今までこの「フーガの技法」が全部で何曲から構成されているのか意識せずに聴いていたが、このディスクに収められているのは14曲のフーガと4曲のカノンである。
携帯用のポルタティーフ・オルガンを使用していると思われ、3台のオルガンで演奏されているにも拘らず、それほど壮麗な響きにはなっていない。むしろ、淡々とした演奏であると思う。
ピリオド楽器が古楽演奏の主流になった現代では、むしろポルタティーフ・オルガンの三重奏による「フーガの技法」は貴重であり、1960年代のバッハ演奏を知る上でも聴いてみる価値はあるだろう。
なお、ヴォルフガングとヘルベルトの兄弟はあまり仲が良くなかったらしく、特にヘルベルトは兄の妻ヘディに対して強い嫌悪感を抱いていたという。ヴォルフガングも弟ヘルベルトとは対照的に隠遁的な生活を好み、一匹狼のような生涯を送ったと言われている。
しかし、ヴォルフガングも青年時代には熱烈なモーター・スポーツ・ファンで、ダグラスのオートバイで山を駆け登ったそうだから、ヘルベルトと相通じるところがあったのである。
私には妹がいるだけなので、男同士の兄弟がお互いにどのようなものなのか想像だにできないが、1919年に“von”を外してヴォルフガング・カラヤン(Wolfgang Karajan)になった彼は、「帝王」とは程遠い精神の持ち主だったに違いない。
2012-05-11 22:50
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