2009年03月06日(金)
18世紀ドイツの管弦楽作品集
18世紀のドイツというと、かの大バッハの後の時代で「前古典期」とも呼ばれる時期である。

毎度お馴染みの柴田先生の「西洋音楽の歴史=中」によると、「前古典期のドイツの音楽というと、プロイセンのフリードリヒ大王の、ベルリン=ポツダムの無優(サン・スーシー)宮と、もう一つは南ドイツ、プファルツの選帝侯、カール・テオドールのマンハイムの宮廷と、その二つの拠点に焦点がしぼられる」ということになる。

この二大拠点が、今でもドイツの文化の二つの中心地となっているという先生の指摘は、実に興味深い。カール・テオドール侯は後にバイエルン選帝侯を継承することになったため、居城をマンハイムからミュンヘンに移すことになる。そのことが、ベルリンとミュンヘンをドイツ文化の二大中心地としたそうである。

このディスクは“Musik am Berliner Hof (Music for the Berlin Court)”と題されているので、前者、すなわちプロイセンのサン・スーシー宮での音楽を集めたものである。収録曲は以下の通りである。

1.C. ニヒェルマン :序曲 変ロ長調
2.J.P. キルンベルガー :シンフォニア ニ長調
3.J.J. クヴァンツ :フルート協奏曲 ホ短調 "Pour Potsdam"
4.C. シャフラート :序曲とアレグロ・アッサイ
5.C.P.E. バッハ :2台のチェンバロのための協奏曲 ヘ長調 Wq. 46, H. 408

演奏は昨日ご紹介したベルリン古楽アカデミーの演奏で、Ernst-Burghard Hilse (フルート)と Christine Schornsheim 、Raphael Alpermann (チェンバロ)が加わっている。

ニヒェルマンとキルンベルガーはJ.S.バッハの弟子であった。J.S.バッハの次男であるC.P.E.バッハを別にすれば、ヨハン・ヨアヒム・クヴァンツ(Johann Joachim Quantz, 1697 - 1773 :右の肖像画)が最も有名な作曲家であろう。

クヴァンツはフルートの名手で、フリードリヒ大王のフルート教師も勤めた。また、当時旧来のリコーダーに代表されるような縦笛に代わって台頭しつつあったフルートのための教本「横笛のフルート演奏法の手引きの試み Versuch einer Anweisung die Flöte traversiere zu spielen 」(1752年)の著者としても有名である。

カール・テオドール侯のマンハイム宮に比べると、フリードリヒ大王のサン・スーシー宮の「ベルリン楽派」のほうがバロック的傾向が強かった(すなわち保守的だった)らしいが、こうして通して聴いてみるとやはりバロックとは違った新しい時代の息吹を感じざるを得ない。

クリストフ・シャフラート(Christoph Schaffrath, 1709 - 1763)はドイツ以外ではあまり知られていないが、フリードリヒ大王の宮廷のオーケストラでチェンバロ奏者を務めていた。彼のこの作品ではフーガ形式の重層構造の中にも、 エマヌエル・バッハの「形式を破って奔流する情念の渦」に繋がっていく情念のほとばしりを感じるのだ。

2009-03-06 20:56 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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