2009年02月10日(火)
ハイドンの交響曲第22番「哲学者」を聴きながら哲学を考える
私がこのディスクを選んだ理由はいたって簡単である。このディスクに収められている交響曲は全て、私の持っているフランス・ブリュッヘンの「ハイドン交響曲選集」に収録されていないからである。収録曲は以下の通り。

1.交響曲第22番変ホ長調「哲学者」
2.交響曲第55番変ホ長調「校長先生」
3.交響曲第64番イ長調「時の移ろい」

演奏は、ハルトムート・ヘンヒェン(Hartmut Haenchen:右下の写真)指揮のカール・フィリップ・エマヌエル・バッハ室内管弦楽団(Carl Philipp Emanuel Bach Chamber Orchestra)である。カール・フィリップ・エマヌエル・バッハというのは、かの大バッハ(ヨハン・ゼバスティアン・バッハ)の次男である。その名前を冠したオーケストラなのでピリオド楽器による楽団かと思うと、さにあらず。

このオーケストラは1969年に創設された。近年の音楽学上の発見にも関心を払い、モダン楽器を使用しつつもピリオド奏法を取り入れて、ドラマティックで活力溢れる演奏を繰り広げる、と紹介されている。確かに、このディスクの冒頭から実にキレのよい、贅肉を削ぎ落とした演奏に接することができる。

私はハイドンの熱心なファンではないので、彼の交響曲に付けられた標題が作曲者自らが付けたものか、曲想から連想されるものが、いつとは知れずに「ニックネイム」として定着してしまったのか、よく知らない。何せ、番号が付いているものだけでも104あるのだから、特徴のある曲想の交響曲は、「ニックネイム」で呼んだほうが自他共に分かり易かったのかも知れない。

交響曲第22番変ホ長調「哲学者」は、おそらくこの第1楽章の掴みどころのない望洋とした調子が、思索にふける哲学者のように感じられたために命名されたものと思われる。私は哲学者という人とあまり付き合いがないのでよく知らないが、高校の同窓生でカントやヘーゲルを始めとするドイツ観念論を研究しているEくんとは、同窓会の時に少しばかり話をしたことがある。

高校時代はお互いに全く話をしたことがなく、文学部文化歴史学科哲学倫理学専修の教授というのもどこか近寄り難い感じがしたが、話してみると意外と気さくな人であった。別に哲学論議に花を咲かせたわけではない。「『私は何をなすべきか』という問いは、哲学の根本的問題の一つでありつづけてきた。」と彼は書いているが、哲学は意外に私たちに身近な学問なのである。

また、それは一種の精神的な「遊び」でもあると私は思う。「遊び」というと、すぐ「飲む、打つ、買う」と思う人がいるが、「私は何をなすべきか」とか「個人と社会や国家との関係とは如何なるものか」とか、実生活にすぐに役立つものではないけれども、生きていくうえで糧になるようなことを考えるのが本当の「遊び」だと思っている。

実利性と効率性の追求のみを考える最近の風潮の中では、こういう「遊び心」を持った人が実に少ない。私が現在の大阪府知事を支持しないのは、彼がこの種の「遊び心」を著しく欠いているからである。今ちょうど受験シーズンであるが、受験勉強というのは試験に出る箇所を重点的に効率よく勉強すれば受かるものである。

しかし、「人間とは何か」、「私は何をなすべきか」とかいう根源的な問題を一切考えることなく、ただ受験技術だけを磨いて有名大学に入学した人に、私は尊敬の念を抱くことができないのである。

2009-02-10 22:28 | 記事へ | コメント(2) | トラックバック(0) |
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2009年02月11日(水) 15:37 by 大阪湾のアカエイ
こんにちは。

ハイドンの交響曲は、けっこう聴きます。CDはAdam Fischer指揮のAustro-Hungarian Haydn Orchestraのハイドン交響曲全集(33枚組み)です。

先日、タワーレコードでドラティのハイドン交響曲全集が6000円台で打っているのを見て、ちょっと心が揺れました。ただ、ドラティのハイドンの交響曲は、40番台以降のCDを持っているので、どうしようか、と迷っています。

さて、「哲学」ですが、おっしゃるとおり、今の時代の問題は、「哲学」の不在、ということだと思います。

一般の人は哲学を省みないし、哲学者は一般を人を無視していたずらに晦渋な表現に終始している。

哲学(あるいは、本当の意味での宗教)は一見、無駄に見えますが、しかし、人間が生きるためには、必要なことだと思います。生きる意味、どう生きるかといったことを考えることは、非常に重要なことだと思うのですが、今日では、こうしたことは、何の得にもならない、無価値なことと切り捨てられがちだと思います。

哲学や、それから派生する文学が、今日単なるビジネスとなってしまっているのは、いろいろ問題があると思います。
大阪湾のアカエイ さん、こんばんは。

そうですね〜。ハイドンの交響曲全集は、買うのにちょっと勇気が要りますね。私はドラティのCDで後期の交響曲集を何枚か持っていますが、分売されていると途中で挫折してしまいますね。私は長い間、ピリオド楽器による全集を待っていたのですが、待てど暮らせど全然出ないので、結局ブリュッヘンのを買ってしまいました。それでも、結構、洩れている曲があります。

哲学については、仰るとおりだと思います。一見ムダと思えるものが、実際にはその人の「懐の深さ」を育むものです。おそらく、必要以上に難しく感じるのは、多くの人が翻訳を通して異国の文化に接するからだと思います。人間は効率性だけで生きていけるわけではありません。しかし、現実に会社員をしていると、効率性の追求がますます強くなってきています。残念なことです。
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