なにわのブルース
昨日に続けて、日経新聞の記事をご紹介しましょう。これは、ちょっと前で4月28日の夕刊に載っていた上田正樹さん(キー坊)です(この記事は関西版にしか載っていないかもしれませんが…)。この人は、4月11日に当ブログでご紹介した方です。あの時のキー坊は、サウス・トゥ・サウスというバンドで大ブレイクした頃のものでした。私には、あのロン毛のキー坊のほうが、印象に残っています。今でも、たまにテレビでは見かけますが、この人、割といい歳の取り方してますよね。風貌にそれが出ています。
もともとは京都のご出身ですが、「風呂へ行ってくるわ」と言って風呂道具一式とギターを抱えて大阪に出てきたらしいです。そして、天王寺公園で、ホームレス(といえば聞こえはいいけれど、)要は路上生活者をしていたのです。今はもう、天王寺公園は有料になって、ホームレスの人たちも追い出されていますので、マネをして天王寺公園で寝泊りしようと思わないで下さいね。
因みに、天王寺公園の側に天王寺動物園があり、大阪市立美術館もありますが、通天閣をシンボルとした「新世界」があの一帯にはあり、昔ながらの串かつ屋、芝居小屋や将棋をさす場所などがあります。動物園、美術館と「新世界」が共存しているところが、実に大阪的であり、一種独特の雰囲気を醸し出しております。なお、ジャズのディスクで有名な澤野商会は、通天閣の下の商店街にあります。以前は「澤野商会」の看板も掛かっていなくて、ただの履物屋さんにしか見えませんでしたがでしたが、最近は「澤野商会」の看板が掛かっています。あそこまで行くと、日本橋の電気屋街はもう目と鼻の先です。
それはさておき、オール阪神・巨人、笑福亭鶴瓶、島田神助、赤井英和らが結成した「上田正樹を男にする会」の支援を得て、なにわのブルース・シンガーとなった彼は、「悲しい色やね」で大ヒットを飛ばし一躍有名になりました。といっても、私はこの「悲しい色やね」という曲はちゃんと聴いたことないですが…。
「大阪はもともとアクの強い分だけ他(の街)より特徴が残っているとは思うけれど、やはり波に流されて『らしさ』を失いつつある。」というのは、キー坊のコメントです。私も同感。
大阪人からすると、「よう気位の高い京都から、大阪まで出てきはったな」という気もしますが、今では大阪人になりきっているようで、「もしグラミー賞をとったら、受賞のあいさつで『日本から来た』とは決して言わない」と心に決めているそうです。
じゃあ何と言うか?
決まってるじゃないですか。「オオサカから来た上田正樹」です。
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2008-05-08 21:41
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