2012年03月31日(土)
モートン・フェルドマンの「廃墟の静寂」ほか
今日の大阪は朝から曇り空で、すぐに雨が降り始めた。天気予報では午後から晴れるように報じられていたので、昼から薄日が差して来た時にはこのまま晴れて行くのだろうと思った。

しかし、昼からもまた雨が降ったり、風が吹いたり、日が差したりという具合で、非常に不安定な天気だった。当然のこととして、私は一日中家にいた。

私は一日中家にいても退屈することがないので、溜まった疲れを癒すためにボケーッとしていたのだ。そんな私が聴くのに相応しいディスクを捜していて見つけたのが、このディスクである。と言っても、私は「廃墟の静寂」というタイトルに惹かれただけであって、作曲者のモートン・フェルドマン(Morton Feldman, 1926 - 1987)については何も知らない。

それで調べてみると、ウィキペディアには「世界初の図形楽譜の発案者であり」という紹介文が初めのほうに載っていた。図形楽譜というのは、五線紙を用いず、自由な図形などを用い書かれた楽譜のことである。私は図形楽譜と聞くとすぐにジョン・ケージ(John Cage, 1912 - 1992)を思い浮かべ、それはそのまま偶然性の音楽へと結び付く。

実際に、ニューヨーク生まれのフェルドマンは、ジョン・ケージと親交があり、ケージから影響を受けている。年代的にはっきりしていないが、1950年代初頭にフェルドマンはケージと出会い、図形楽譜を使って作曲を始めたようである。

しかし、1970年代になってフェルドマンは「演奏家に好き勝手に楽譜を解釈され、自分の意図と違うものを聴かされる」という状態に嫌気が差して、図形楽譜を放棄することになった。したがって、今日ご紹介するディスクに収録されている2つのピアノ曲は、伝統的な五線譜に書かれているのである。



ただし、五線譜に書かれていると言っても上のような楽譜なので、私たちが通常思い浮かべるピアノの五線譜とは大いに異なっている。念のために申しあげれば、これは「ピアノ」という曲の楽譜だが、音符が少ない箇所を意図的に抜き出したものではない。私がこの曲を聴いた限り、全編に亘ってこのような調子で音楽が続いている。

すなわち、非常に寡黙なピアノ曲なのである。しかも、上の楽譜では音の強弱が分からないが、この曲は基本的にピアニシモ(pp)で演奏される。したがって、聴き様によっては非常に退屈な音楽とも思えるだろう。しかし、こういう作品を聴くのは私にとって初めてのことなので、不安定な一日の空隙を埋めるために、このディスクを聴いることにした。収録曲は以下の通りである。

1.ピアノ (1977)
2.廃墟の静寂 (Palais de Mari, 1986)

ピアノ独奏は、ロニー・リン・パターソン(Ronnie Lynn Patterson)である。何気なく曲目を並べると、それぞれ30分位のピアノ曲で、いくつかの楽章に分かれていると思われるだろう。しかし、これらの収録曲は単一楽章で、どちらも40分近い演奏時間を要するのだ。

原題を観ていただければお解りのように、2曲目の「廃墟の静寂」はこの曲の雰囲気を見事に伝える名訳だが、直訳すると「マリの宮殿」となる。

マリ(Mari)というのは、現在のシリア領内のテル・ハリリ(Tell Hariri)にあった都市国家のことで、1933年に遺跡が発見され、イシュタル(Ishtar)という女神の神殿が発見されている。

しかし、この「廃墟の静寂(Palais de Mari)」というピアノ曲からは、古代都市国家を連想させるようなオリエンタルな雰囲気は感じられない。

私は今回初めてフェルドマンの作品を聴くので、彼の作風の変遷について語る資格はない。ただ、最初の「ピアノ」では23分ほど経過したところでフォルテシモに転じる箇所があるが、テンポは変わらない。

しかし、その9年後に作られた「廃墟の静寂」では、一貫して静謐でゆっくりとした音楽が続いている。どちらの曲も調性はなく、起伏に乏しい曲作りになっているが、なぜか今日の私にはしっくりと馴染める音楽である。

寡黙な音楽であるが、アントン・ヴェーベルン(Anton Webern, 1883 - 1945)のように厳格な十二音技法に基づいて緻密で凝縮された曲作りをするのではなく、浮遊するピアノの音で空隙を少しずつゆっくりと埋めて行くような作風である。

彼が1983年に作った「弦楽四重奏曲 II」は、単一楽章で5時間半の演奏時間を要するらしいが、その完全版の初演は彼の死の12年後に当たる1999年に初演されたという。「静かな音だけが私の興味を惹き付けるようになって来た」と彼はかつて語っていたらしいが、彼はその極北に何を観ていたのか。
2012-03-31 21:56 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2012年03月30日(金)
「永遠の光」 − フックスの宗教音楽集
「昨日ラテン語の宗教音楽を聴いたところなのに、今日もまたラテン語の宗教音楽か」と思われる方がいらっしゃるだろう。

また、3月2日にヨハン・ヨーゼフ・フックス(Johann Joseph Fux, 1660 - 1741)の宗教音楽集を聴いたのに、またフックスの宗教音楽集かと思われる方もいらっしゃるだろう。

しかし、今週は一泊二日で東京支社と横浜営業所に出張してきたので、今の私はとても疲れている。内部監査室の出張では、見ず知らずの土地に出掛けて行くことは少なく、支社、支店、営業所などを訪問することが多い。そして、伝票類を観て所員にインタビューをするのだから、東京で仕事をしていても、九州で仕事をしていても、ほとんど変わりはないのだ。

しかも、内部監査室で業務用のノート・パソコンを持っているのは室長だけなので、いつもならパソコンの画面に向かってキーボードを叩いているのに、出張先では手作業で伝票を観たり、検出事項を紙に書いていかなければならない。家にある自分のノート・パソコン(ネット・ブック)を持って行っても、社内のネットワークに接続できないので何の役にも立たない。

したがって、移動時間、書類を手書きする時間を考えれば、決して効率的な仕事とは言えないのだ。その上さらに、直属の上司である社長が「営業の邪魔をするな」と内部監査室長を恫喝するような環境の下では、やりがいが感じられないのも当然なのである。かくして、疲労だけが残る。

私はそういう時には決まって、人の歌声を聴きたくなる。ということで、昨日に続いて声楽を伴う宗教音楽を私は今日も聴くことにした。ただし、このディスクが今までのディスクと少し様子が違うのは、フックスの作品だけではなく、合間にグレゴリオ聖歌を挟んだ構成になっており、フックスの作品でも声楽を伴わない器楽曲も含まれていることである。

したがって、グレゴリオ聖歌だけを聴くのは退屈だという方でも、無理なく聴き通せるのがこのディスクの特長である。また、声楽曲ばかりではおもしろくないという方でも、器楽曲が収録されているので、歌詞を気にすることなく聴ける曲も含まれているという利点がある。収録曲は以下の通りである。

1.レクイエム・エテルナム (Requiem aeternam)
2.グラドゥアーレ - 死者のためのミサ曲, K146
3.アンダンテとパッサカリア - 教会ソナタ ト短調, K320
4.幸いなるかな女王 (Ave Regina)
5.幸いなるかな天の女王 (Ave regina caelorum), K205
6.サント・セポルクロのソナタ, K376
7.救い主のうるわしき母 (Alma Redemptoris Mater), K186
8.アヴェ・マリア (Ave Maria)
9.アヴェ・マリア (Ave Maria), K151
10.牧歌 (Pastorale), K396
11.主よ、わたしの魂はあなたを仰ぎ望み (Ad te, Domine levavi), K153
12.永遠の光 (Lux Æterna)
13.主よ、我を解き放ちたまえ (Libera me Domine), K54

演奏は、ロレンツ・ドゥフトシュミット(Lorenz Duftschmid)指揮アルモニコ・トリビュート・オーストリア(Armonico Tributo Austria)で、合唱はドムカントライ・グラーツ&グラーツ・コーラルショーラの男声合唱団員である。

K”というのは誰が作った作品番号目録なのか判らないが、この番号が付いているものがフックスの作品のようである。

したがって、3曲目の「アンダンテとパッサカリア, K320」、6曲目の「サント・セポルクロのソナタ, K376」、10曲目の「牧歌, K396」の3曲は器楽曲で声楽は含まれていない。

作品番号が付けられていないものがグレゴリオ聖歌で、ア・カペラで合唱されている。

また、“Herren der Grazer Choralschola”は男声合唱団員たちなので、このディスク全体に漂う清涼感から考えると、これらの曲は男声合唱だけで歌われているのではないかと思われる。もちろん、私に確信があるわけではないが、女声が加わると、こういうストイックな響きにはならないと思うからである。

高音部を受け持っているのが実際には女声であっても一向に構わないのだが、男声だけでこれだけ幅のある表現力を持った合唱を聴かせているのだとしたら、まことに見事というほかないのだ。今夜は、心穏やかに眠れそうである。
2012-03-30 23:23 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2012年03月29日(木)
J.S. バッハの「ラテン語の教会音楽集」
3月21日に、ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(Johann Sebastian Bach, 1685 - 1750)の「偽作ミサ曲集」をご紹介したので、バッハの教会音楽でラテン語の歌詞のものは偽作である可能性が高いと思った方が多いに違いない。

そこで今日は、そうした誤解を解くために、彼のラテン語の歌詞の教会音楽を集めたディスクをご紹介することにした。

一般にラテン語の歌詞によるバッハの教会音楽で有名な作品は、「ミサ曲 ロ短調 BWV 232」と「マニフィカト ニ長調 BWV 243」であるが、それ以外にも彼はラテン語による教会音楽を作っているのである。しかし、私もそういう事実はこのディスクに出会うまでは知らなかった。もっと正確に言えば、そういうことを意識すらしなかったのだ。

それで、ウィキペディアを参照してみると、確かに彼は有名な「ミサ曲 ロ短調 BWV 232」以外にも、ラテン語によるミサ曲を4曲作っていることが判った。よもや、この前の「偽作ミサ曲集」に含まれていた曲が混じっていないかと確認してみたが、そういうことはなかった。

このディスクはトン・コープマン指揮アムステルダム・バロック管弦楽団&合唱団による演奏だから、偽作の疑いがある作品は収録するはずはないだろうし、何よりも聴いてみればはっきりとバッハの音楽の世界が拡がっているのである。

ただし、なぜバッハが、「ルーテル・ミサ曲(Lutherische Messe)」と呼ばれるラテン語のミサ曲を作ったのかははっきりしない。そもそも、「ミサ ロ短調 BWV 232」でさえ、私の持っているディスクの解説書には、その成立過程がよく解からないと書いてあったように思うので、これらのラテン語によるミサ曲が作られた事情が私に解かるはずがないのだ。

ただ、ウィキペディアによれば、バッハが生きていた時代の「ルター派の教会では、頻繁にラテン語のミサを行っており、マルティン・ルター自身が、ルーテル教会版の「キリエ」、「グロリア・イン・エクセルシス」、「ニカイア信条」、「サンクトゥス」の使用を認めていた」と書かれている。

したがって、現代のわれわれが考えるほど、当時のプロテスタントは排他的ではなく、伝統的に長い間歌い継がれてきたラテン語の典礼文を、強制的に排除する理由は見当たらなかったのだろう。今でこそ、英語が「世界的な公用語」の地位を占めているが、ルネ・デカルト(René Descartes, 1596 - 1650)やバールーフ・デ・スピノザ(Baruch De Spinoza, 1632 - 1677)も、ラテン語を使用して著作を残しているのだ。

すなわち、かなりの長い期間に亘って、ヨーロッパの知識人の間ではラテン語を教養として身に付けることが、「公用語」の習得にもなっていたのである。最近では、ヨーロッパの知識人でもあまりラテン語の習得に熱心ではないという話を聞いたことがあるが、言語は思考法を規定するものだから、あまり安易に英語一辺倒に傾斜しないでほしいというのが私の願いである。

もちろん、英語さえろくに使えない私の単なる愚痴と思ってもらっても結構だが、日本に居ながらわざわざ子供を「インターナショナル・スクール」に通わせたりする親がいるので、少し警鐘を鳴らしていおいたほうが良いと思った次第である。

話が横道に逸れてしまったが、聴いていても意味が解からないのは、ラテン語でもドイツ語でも同じなので、バッハの未開拓の分野の作品を探索するために、今日はこの「ラテン語による教会音楽集」を聴いてみた。収録曲は以下の通りである。

【Disc 1】
1.ミサ曲 ヘ長調 BWV 233
2.ミサ曲 ト短調 BWV 235
3.マニフィカト ニ長調 BWV 243
【Disc 2】
4.ミサ曲 イ長調 BWV 234
5.「いと高きにある神に栄光あれ」 BWV 191
6.ミサ曲 ト長調 BWV 236
7.ミサ曲 ロ短調 BWV 232 - サンクトゥス(合唱)

演奏は上述したように、トン・コープマン指揮アムステルダム・バロック管弦楽団&合唱団で、独唱陣はヨハネット・ゾマー(S)、ボグナ・バルトシュ(A)、イェルク・デュルミュラー(T)、クラウス・メルテンス(Bs)である。

ラテン語の歌唱であるとは言え、これらの曲がバッハの作品であることは、バッハの声楽曲が好きな方であれば、聴いただけですぐに分かることである。

モーツァルトのオペラの場合には、イタリア生まれのオペラ・ブッファ(opera buffa)と、ドイツ生まれのジングシュピール(Singspiel)の成り立ちがそもそも違うので、イタリア語のオペラとドイツ語のそれとの差は歴然としている。

しかし、バッハのこれらのミサ曲を聴く限り、ラテン語とドイツ語の語感の差異はあまり感じられず、曲作りに関してバッハは、両者をほとんど区別をしていないように感じられる。

それは、磔刑に処せられたイエスと、唯一絶対の神とが、バッハの中で一体的に理解されていたことの証しに他ならず、言葉によって語るのではなく、音楽によって語るのがバッハの流儀であったからだと私は考えるのだ。

私はキリスト教徒ではないが、バッハの音楽の普遍性を示すこれらの作品は、それ故にこそ、ドイツ語の教会カンタータと同様にに感動的に響くのである。
2012-03-29 21:46 | 記事へ | コメント(2) | トラックバック(0) |
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2012年03月28日(水)
ウィリアム・ヤングの「ヴィオラ・ダ・ガンバのための作品集」
このディスクのタイトルは、「国外のイギリス人(An Englishman Abroad)」である。したがって、ウィリアム・ヤング(William Young, c. 1610 - 1662)という作曲家がイギリス人であることは間違いない。

しかし、この作曲家については、詳しいことは何も判っていない。作曲家でありヴィオラ・ダ・ガンバ奏者でもあった彼が、どのようにして音楽家としての成長を遂げたのかは、ほとんど知られていないのだ。

晩年には、オーストリア共和国の都市でチロル州の州都であるインスブルックに居を構え、音楽愛好家だった大公フェルディナント・カール・フォン・エスターライヒ=ティロル(Ferdinand Karl von Österreich-Tirol, 1628 - 1662)の宮廷に仕えていたことが判っている。

その並外れた音楽的才能によって彼が名声を博したことは、当時の文献にも残されている。ヴァーサ朝スウェーデンの女王だったクリスティーナ(Kristina, 1626 - 1689 :右下の肖像画)が、従兄カール10世に王位を譲った後でカトリックに改宗するため1655年にインスブルックに立ち寄った際に、ヤングはクリスティーナの面前でヴィオラ・ダ・ガンバの演奏を披露している。

その時、クリスティーナはヤングの演奏に合わせて無意識のうちに踊り始めたと伝えられており、そのことはクリスティーナが、当時の宮廷の人々の礼儀作法や形式主義の枠に収まらない型破りな人柄の女性だったことを示している。

その当時、イギリスのヴィオラ・ダ・ガンバ奏者たちは、ヨーロッパ大陸のどこでも称賛を浴びていたが、中でもヤングには最高の賛辞が贈られ、国境を越えて普遍的に高い評価を与えられていたという。しかも彼は、ジョン・ジェンキンズ(John Jenkins, 1592 - 1678)やウィリアム・ローズ(William Lawes, 1602 - 1645)とともに、ヘンリー・パーセル(Henry Purcell, c. 1659 - 1695)よりも前の時代を代表する作曲家としても重要な位置を占めている。

1653年には彼のソナタが出版されるほど人気を獲得したと伝えられているが、残念ながら現在では彼の作品はほとんど顧みられることがない。したがって、WIKIPEDIA(英語版)にも、彼についての記述はないのだ。そんな彼が作ったヴィオラ・ダ・ガンバのための作品を収めたのが今日のディスクである。収録曲は以下の通り。

1.ソナタ第9番 ヘ長調
2.2つのバス・ヴィオールのための23の小品 - 組曲 ト短調
3.3つのソナタ - ソナタ第1番 ニ短調
4.3声のヴィオールのための9つのファンタジア - ファンタジア第7番 ニ短調
5.リラ・ヴィオールのための39の小品 - 前奏曲
6.リラ・ヴィオールのための39の小品 - アルメイン
7.ソナタ第3番 ト短調
8.3声のヴィオールのための9つのファンタジア - グラウンドによるディヴィジョン ト短調
9.3つのソナタ - ソナタ第3番 ニ長調
10.ヴィオラ・ダ・ガンバのための30の小品 - 組曲 ニ短調
11.3つのソナタ - ソナタ第2番 ハ長調
12.3声のヴィオールのための9つのファンタジア - ファンタジア第5番 ハ短調
13.2つのバス・ヴィオールのための23つの小品 - ソナタ ニ短調
14.ソナタ第8番 ト長調

演奏は、ハンブルク・ラーツムジーク(Hamburg Ratsmusik)とシモーネ・エッケルト(Simone Eckert)である。なお、曲によっては、ヘルマン・ヒッケティアー(Hermann Hickethier)がヴィオラ・ダ・ガンバで演奏に参加している。

ヤングの作品の全貌が判らないので、これらの作品が現存する彼の作品の主要なものなのか、膨大な量の作品の中からCD化するに当たって適当に抜粋されたものなのかは不明である。

例えば、2曲目の「2つのバス・ヴィオールのための23の小品 - 組曲 ト短調」は5つの小品から構成された組曲であるが、同じような組曲が他にもあって、全体で23の小品が含まれているのであるとすれば、それだけでもかなりの数の作品が存在することになる。

同じことは5曲目と6曲目の「リラ・ヴィオールのための39の小品」についても言えることで、全部で39の小品から構成される小品集から、ここでは2曲だけが抜粋されていることになる。

しかし、細かいことを詮索せずに虚心坦懐にこれらの作品の演奏に耳を傾ければ、2つのヴィオラ・ダ・ガンバだけで演奏される曲もあれば、テオルボやハープシコードが加わっている曲もあり、全体としては変化に富んだアルバム構成になっている。そういう意味でこのディスクは、ヴィオラ・ダ・ガンバによる合奏曲集にありがちな単調さを免れているのである。

スウェーデン女王だったクリスティーナは、フーゴー・グローティウス(Hugo Grotius, 1583 - 1645)やルネ・デカルト(René Descartes, 1596 - 1650)とも親交があり、彼らを宮廷に招聘したと伝えられている。

王権に執着せず哲人たちと語り合うことを好んだ彼女が心酔したヤングの音楽の世界に、あなたも身を浸してみてはいかがであろうか。そうすれば、「バロックの女王」と呼ばれた彼女が、いかに豊かな教養を身に付けていたのかを偲ぶことができるだろう。
2012-03-28 19:15 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2012年03月27日(火)
ヴァンサン・ダンディの「古風な形式による組曲」ほか
今日は作曲家ポール・マリ・テオドール・ヴァンサン・ダンディ(Paul Marie Théodore Vincent d'Indy, 1851 - 1931)の誕生日である。しかし、私は今までこの人の作品を聴いたことがないと思う。

別に作曲家と呼ばれる人の作品を全て聴く義務も必然性も私にはないが、ダンディというのは全く聴いたことのない名前でもなかったので、彼の作品を何か聴いてみようと思い立った。

それで例によってウィキペディアの解説を読んでみると、彼の作品の中で最も有名なのは、「フランスの山人の歌による交響曲(Symphonie sur un chant montagnard français)」と書いてあった。しかし、さらにその交響曲の解説を読むと、「ダンディの数ある作品のうち、今日かろうじて演奏されるほとんど唯一の作品である」と書いてある。

いくらなんでも、こういう書き方はダンディに対して失礼ではないかと思うが、実際に彼の作品があまり聴かれていないのは事実なのだろう。そこで、私はどうせ聴かれることの少ない作曲家であるならば、最も有名な「フランスの山人の歌による交響曲」以外の曲を聴いてみようと思ったのである。

これは一つの賭けであるが、案外そういう場合に埋もれた名作に出会えるものである。ということで、ざっと作品リストを眺めて直感で選んだのがこのディスクである。別に「フランスの山人の歌による交響曲」を選んでも良かったのだが、昨日、レスピーギの絢爛豪華な管弦楽曲を聴いたので、今日はダンディの室内楽曲集を選んだ。

正直なところ、今日の私は疲れているし、明日の朝はいつもより早く起きなければならない。そんな時は、フランス人作曲家の室内楽曲集が、何となく適しているように思えたのだ。このディスクのジャケットに書いてあるのは、ダンディの名前と“musique de chambre (室内楽)”と書いてあるだけで、その他には演奏者たちの名前が書かれているだけである。

彼は王政主義者の貴族の家系に属し、パリで生まれている。彼は幼い頃から父方の祖母にピアノを教わり、その後はアントワーヌ=フランソワ・マルモンテル(Antoine François Marmontel, 1816 - 1898)やルイ=ジョゼフ・ディエメ(Louis-Joseph Diémer, 1843 - 1919)に師事して、さらに研鑽を積んでいる。

さらに、14歳の時からはアレクサンドル・ジャン・アルベール・ラヴィニャック(Alexandre Jean Albert Lavignac, 1848 - 1916)に師事して和声を学んでいる。したがって、ダンディは音楽の基礎教育をしっかりと施されていたのである。しかし、その後、セザール・フランク(César Franck, 1822 - 1890)の教えを受けて、彼から強い影響を受けたようである。

したがって、フランクを通じてドイツ・ロマン派の作風に興味を示すようになり、実際に1873年にはドイツを訪問して、リストやブラームスに面会している。それ故、彼の作品は単にパリジャンの洒脱な作風を示しているだけではなく、ヴァーグナーなどの影響も受けているのである。

そんな彼の室内楽曲を集めたのが今日ご紹介するディスクであるが、フランスの雰囲気が漂う小品集でありながらも、独創的な楽器編成で独自の作風を示しているのが興味深い。収録曲は以下の通りである。

1.古風な形式による組曲 ニ長調 Op. 24 (1886)
2.歌と踊り Op. 50 (1898)
3.ピアノ五重奏曲 ト短調 Op. 81 (1924)
4.組曲 Op. 91 (1927)

「古風な形式による組曲」は2本のフルート、トランペットと弦楽四重奏のための作品、「歌と踊り」は木管七重奏のための作品、「ピアノ五重奏曲」はピアノと弦楽四重奏のための作品、最後の「組曲」はフルート、ハープ、ヴァイオリン、ヴィオラとチェロのための作品である。

演奏は、フランソワ・ケルドンキュフ(François Kerdoncuff)のピアノ、ルーヴィニー四重奏団(Quatuor Louvigny)で、その他はルクセンブルク・フィルハーモニー管弦楽団のソリストたちが各楽器を担当している。

私は初めてダンディの作品を聴いたのだが、結構おもしろいと思った。特に、最初の「古風な形式による組曲」の楽器編成は変わっているが、実際に演奏を聴いてみるとすんなりと心に入り込んでくる。

楽器編成だけを観ると、トランペットの音だけが他の楽器の音から浮いてしまいそうな気がしたが、2本のフルートの高音と弦楽四重奏との連携がうまく保たれ、単に耳触りが良いだけの音楽にはなっていない。

「歌と踊り」は、フルート、オーボエ、2本のクラリネット、2本のファゴット、ホルンのための作品なので、それぞれの楽器の親和性は強く、全体的にまろやかな響きがする。

「ピアノ五重奏曲」は、前の2曲に比べるとドイツ・ロマン派の影響が強く感じられ、やや重厚な曲想になっている。4楽章様式で収録曲の中では最も演奏時間が長いが、それでも21分ほどの作品である。ドイツ・ロマン派の影響を受けながらも、フランス風味を感じさせるところが彼の独創性なのだろう。

最後の「組曲」は弦楽三重奏にフルートとハープが加わっているので、やはり重く沈み込むような曲想ではない。しかし、「ピアノ五重奏曲」と同じように、19世紀に作られた作品よりは重みを増していることは確かである。それは彼の作曲技法の熟達を物語っているのだろうが、初期の独創性は決して失われてはいないのである。
2012-03-27 22:37 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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