ゴールデンレトリバーの女の子、クッキー。
13歳2ヶ月。
6月23日午後2時、お空に旅立ちました。
人懐っこくて誰にでも愛嬌を振りまく社交性のある子でした。
その反面、他のわんこが苦手で病院の待合室などでは飼い主さんに遊んで欲しいのに、
その人が連れているわんこに擦り寄られて露骨に顔を背けるような子でした。
何でも食べる子です。
好き嫌いはありません。
バナナや茹でた人参。ケーキも食べます。
お嬢様なので市販の安いジャーキーなんかを食べるとすぐにお腹を壊しました。
行動的な子だったので散歩が大好き。
人間をよく観察する子で、自分に構ってくれそうな人を見つけたらすぐに飛びついていきます。
逆に動物嫌いな人もすぐに見抜き、そういう人には決して近づきません。
動物病院も大好き。
治療に行っているという感覚は彼女には無く、獣医さんやスタッフさんにいつも遊んでもらっていました。
とにかくはしゃぐので診察台に上がってもすぐに体重が測れません。
注射も全然怖がりません。
獣医さんが好きなので針を刺されるときも大人しく、ニコニコ顔で処置が終わるのを待っています。
とにかく誰をも愛し、誰からも愛されるわんこでした。
7歳頃に発症したアトピー。
最初にかかった獣医の不適切な処置でステロイドを大量に服用し、その副作用で体がボロボロでした。
症状が改善しないのでその獣医は段階的に薬の量を増やし、ついに限界いっぱいまで達しても治らなかったので、
「これ以上はどうにもなりませんが、どうされますか?」
と匙を投げられました。
そこで送迎をお願いしているペットタクシーに評判の良い動物病院を紹介してもらいました。
その時、クッキーの被毛は殆んど抜け落ちていて、赤い発疹だらけの皮膚が露になっていました。
見た目にはゴールデンとは分からないくらいです。
新しい先生は彼女を見るなりハグしてくれました。
「辛かったね、えらかったね。先生が治してあげるからね」
神戸のやや西に病院を構えるその先生はちょっと関東っぽい喋り方でした。
そこからは4人3脚でした。
薬の種類を変え、その量も極限まで減らし、さらに特別なシャンプーを遣っての入浴。
そのお陰でクッキーの体はみるみる回復。
ゴールデンと胸を張れるフサフサの毛を取り戻しました。
でもそれは見た目だけでした。
クッシング症候群に冒され、彼女の肝臓は大きく腫れあがってしまいました。
人間でいえばビール腹のような状態です。
それでも若さでカバーできました。
興奮したりして体温があがると掻き毟る癖があり、放っておくと血だらけになってしまいます。
だから日中も目が離せなかったわけですが、換言すれば掻き毟れる元気があったのです。
6月17日くらいまでは本当に元気でした。
多少後ろ足が覚束ない感じでしたが、ご飯の時間になると催促するように器の前に移動します。
すぐ傍にフードの袋があるので、それと母の目とを交互に見ながらせがむわけです。
でもこの日、いつもなら器いっぱいのフードを食べきるハズが半分ほどで食べるのをやめてしまいました。
水もあまり飲まなくなりました。
飲んだとしても2口ほど飲み、それから顔を上げて少し休んでまた1口……という状態でした。
18日、後ろ足がほとんど動かなくなりました。
後駆用のハーネスを急遽用意して補助をしないと立ち上がれません。
散歩にも行けなくなりました。
ご飯も水もやはりいつもの半分ほどしか食しません。
20日、今になって悔いても遅いのですがこの日は漢字検定を受けに昼間外出しました。
こうなることが分かっていたら受験会場まで行かずに、一日中クッキーと遊んでいたと思います。
21日、後ろ足はもう自分では動かせません。
午前中だけ会社を抜け出し、別の病院に診察に行きました。
皮膚病に特化した医者がいるということでペットタクシーに頼み山道を抜けます。
ですが辿り着いたところではあまりに辛辣な言葉。
もうこの子は長くない。末期だ。覚悟した方がいい。
一応診察はしてもらいましたがそこでの治療で治る見込みは殆どないとのことでした。
僕は昼から出社。
日中は母が彼女につきっきりです。
勤務中も逐一、母から状況を知らせるメールが届きます。
僕が同行した午前中はそんな事はなかったのに、昼過ぎ頃からクッキーは前足もほとんど動かさなくなりました。
少し前までは立ち上がる際に腰を補助してあげればあとは自分の力でしっかり立つことができたのに、
この時から”立て”の姿勢で手を離すと平泳ぎの姿勢みたいに四肢を投げ出して倒れてしまうのです。
それに加えて息遣いが激しくなりました。
何キロも走った直後みたいに体全体を上下させて苦しそうに呼吸をしています。
22日、僕は平常通りに出勤。
クッキーは前日夜から激しい息遣いのせいで一睡もしていません。
母が低反発のマットの上に移動させました。
もう自分では動けないので定期的に寝がえりをさせます。
しかしどんな姿勢をとっても呼吸は全く落ち着きません。
朝昼のご飯はフードを20粒ほどしか食べませんでした。
この時ばかりは幼犬時のしつけ方を間違えたと思いました。
クッキーは外でしかトイレをしません。
家中を汚してはいけないと思っているのか、最後の最後まで我慢します。
前述のように体は動かせないので外にトイレにはいけません。
2人がかりで持ち上げて連れ出そうにも、トイレの姿勢がとれないのです。
そこで人間用の紙オムツを使うことにします。
尻尾の部分に穴を空けるだけです。
これを穿かせていればクッキーも気兼ねなく排尿ができると思っていました。
しかしそれでも彼女は我慢しました。
食慾はないと言っても、水だけはある程度飲みます。
この日の夕方近くまで一度も排尿をしていない爲、そろそろ用を足さないといけません。
午後6時頃、母からメールが届きました。
『先生が受け容れてくれた』とのことでした。
厭な予感はしていましたが、僕にはある程度の覚悟はできていました。
何年か前から先生には、もしクッキーにその時が来て疾患や怪我で苦しい思いをしながら最期を迎えるのであれば、
その前に安らかな死をあげてほしいと言っていました。
その先生は飼い主よりも犬猫を一番に考えてくれる人だったので、
『食欲があって自分から食べる状態であれば、それはその子の生きたいという意思なので安楽死はしない』
といつも言っていました。
しかし状況が状況だけに苦痛が長引くのは……というひとつの決断が下されたようです。
フードを無理に口の前に近付けて1粒1粒舐め取るように食べるのを、食慾があると言えるのかどうか。
僕たちも先生もずいぶん悩みました。
仕事を終え、僕は近所のスーバーでケーキを買って帰りました。
部屋に入るとメールで伝わって来た内容と違ってクッキーの呼吸は落ち着いていました。
帰宅の数分前に我慢できずに紙オムツで排尿をしたということでした。
膀胱が空になったことで苦痛からある程度解放されたのか、呼吸だけは落ち着いていました。
でもやはり四肢は殆ど動かせず、買ってきたケーキを目前に並べても匂いを嗅ぐだけで口にしようとはしません。
元気な時ならスーパーの袋を覗きこんだり、買ってきた品物をテーブルに並べる都度検品するように鼻を近づけていたのに。
ロールケーキを包みから出し、一口大に千切って差し出すとゆっくり食べてくれました。
試しにと丸ままのケーキを見せるとクッキーは直接かぶりつきました。
もしかしたら、と母と相談しました。
安楽死はまだ早すぎるのではないか。
こうやってケーキを丸かぶりするくらい元気ならまだまだ健康で生きられるのではないか?
そう考えましたが、数分後にはもう食べ物には興味を示さなくなりました。
水も茶碗に入れたものを舌を濡らす程度にしか飲みません。
さらに数分するとまた呼吸が荒くなりました。
やはりもう駄目かもしれない。
クッキーには悪いですが僕はそう考えていました。
23日。
お迎えは昼1時30分に来ます。
呼吸はついに整わず22日から23日にかけてもクッキーは一睡もしていません。
朝ご飯は食べられず、昨夜に買ったケーキをまた少しだけ口にしました。
マットの上で動かない体を必死に動かし、上体だけを起こしたり横になったりを繰り返しました。
おそらく楽な姿勢を探していたのでしょう。
しかしどんな恰好をしていても息苦しいのか姿勢は安定しません。
3日寝ていないクッキーは今にも眠ってしまいそうな目をこじ開けていました。
あと数時間もしたらこの子はここにはいられなくなる。
僕は最も親しい友人を呼びました。
学生時分、同じく税理士を目指して勉強した仲です。
半ば無理やり都合をつけてもらって招きます。
彼はちょくちょく家に遊びに来ていて、クッキーもよく懐いていました。
最後の別れを前にクッキーは嬉しそうでした。
体いっぱいで喜びを表現することはもうできませんが、彼の腕を弱々しく舐め、2回だけ尻尾を振りました。
午後1時30分。
予定通りにペットタクシーが来ました。
少しでも負担にならないようにと、元気な時と違ってクッキーをマットごと車に乗せます。
病院までは30分ほど掛かります。
車の中でもクッキーは苦しそうに息をし、体勢を変え続けていました。
前日まで雨が降っていましたが、この時は運よく止んでいました。
最後だから……と、病院のすぐ近くにある公園に寄り道します。
近所と違って芝生が広がっていて、地面もラバー仕様の足に優しい通路です。
マットのままクッキーを芝生におろします。
嬉しそうでした。
この数日、全く外には出ていませんでしたから。
元気な頃はこの敷地を悠然と散歩していたものでしたが、彼女はマットの上で顔だけを動かして風景を楽しんでいるようです。
前述のようにこの子は室内ではまずトイレをしません。
久しぶりに外に出たことで安心したのか、クッキーはマットに寝転んだまま最後の排尿をしました。
血尿というのは尿に血が混じる状態のことですが、この時クッキーがした尿はほとんど血そのものでした。
どろっと濁った感じの血。
昨夜なら排尿後は呼吸が落ち着いていたのに、この日は膀胱が空になっても相変わらず息苦しそうでした。
血が出たことで動転した僕たちは慌ててタクシーに戻り、病院へ連れて行きました。
よく考えればたとえ出血しようとも、もっと長いこと公園に居させてあげればよかったのですが……。
診察室に運び込まれた妹は大好きな先生を前にしても喜びを表現することはありませんでした。
いつもにこやかな獣医さんが、血だらけのオムツとマットを見た瞬間、険しい表情をしました。
「これは……」
と呟いたきり、先生はクッキーの頭を何度も撫でました。
最後の診察をしてくれたのですが体温は高く、舌も紫色に変色していてやはり危険な状態とのことでした。
血尿は膀胱炎が原因です。
ここに来る時には既にその覚悟はできていたのですが、やはりいざとなると躊躇してしまいます。
「膀胱炎を治す薬を飲めば食慾が戻って元気になりますか?」
という母の質問に先生は、
「それは分からない。ただこの状態ではたとえ薬を飲んでももって1週間〜2週間だと思う」
と答えました。
確かに延命はできます。
でも体の自由が利かなくて自分の力ではどこにも行けない、立ってお気に入りの場所にすら行くことができない。
大好きだったケーキにすら興味を示さなくなって、楽しみだった食事もしない。
何より下腹部の膨れはもう治らないから、この先ずっと荒い呼吸のまま最期を迎える。
こんな延命でクッキーが本当に安らかな余生を送れるのか。
五体満足ならまだしも中途半端な治療をしたために残り少ない寿命を苦痛と一緒に過ごさせていいのか。
診察室でも散々迷いましたが、僕たちは最初の気持ちを持ちなおすことにしました。
安楽死は一瞬です。
注射器で薬を体内に流せば眠るように逝く、という説明は随分前から聞いていました。
処置室に運ばれたクッキーを先生とスタッフが見守ります。
僕と母は真正面に立って彼女を見ていました。
熱の所為か目がぼんやりとしていた感じがします。
先生が腕の付け根あたりに注射針を差し込んだのが視野に映りました。
母がクッキーの頭を撫でながら、
「眠るように逝くんですよね? まだ目が開いてますけど、まだ生きてるんですよね?」
と問いかけたところ、先生はちょっと間を置いて、
「この子の心臓はもうとっくに止まってるんだよ」
と泣きそうな声で言いました。
クッキーの目は確かに開いています。
虚ろな感じで僕たちを見ているのかと思っていました。
が、先生が針を刺したほんの数秒後にはもう彼女はこの世界からいなくなってしまったのです。
クッキーは最期の日を知っていたのでしょうか?
いつもと違う時間にタクシーに乗り、いつもと違って先に公園に寄り、それからいつもの病院に行く。
ワクチン接種も何もかもこの先生にずっとお願いしていたから、クッキーはもしかしたらただの通院だと思っていたかもしれません。
注射をされるのも予防接種か血液検査のためで、これが終わればいつも通りタクシーに乗って帰るものだと思っていたかもしれません。
でもそうすれば恐らく彼女は短い残りの時間を、苦痛とともに過ごすことになったハズです。
少しでも長い時間、愛犬と過ごしたいと思うのは飼い主の気持ちです。
でもそれによって辛い想いをするのは彼女のほうです。
僕も今年に入ってからこの事は考えていましたが、やはり何度考えても苦痛が長引くなら安楽死を――という結論に達します。
安楽死を選んだことに後悔はありません。
ただもっとたくさん遊んであげればよかった、もっと色んなところに連れて行ってあげればよかったという悔いはあります。
↑お菓子が大好きだったのでたくさん持たせました。
虹の橋のたもとに行くまでに食べ切ってしまうでしょうけど……。
翌日、彼女は荼毘に附されました。
綺麗な体で逝けたのがせめてもの救いです。
火葬場を受け持っていた業者の方が、火葬を終えた時に、
「この子の骨はとてもきれいでしたが、内臓……肝臓あたりを患っていませんでしたか?」
と質問されました。
見る人が見ればどこが悪いのかが分かるそうです。
実はクッキーが亡くなる2週間前、先生の紹介で一度だけ心臓検査に強いという別の病院を訊ねていました。
エコーなど数種の検査では異常は見られず、レントゲンでは肝臓の肥大だけが確認されました。
クッキーが亡くなる前後、先生とこの病院の先生とで何度もクッキーの状態について話し合ってくれていたそうです。
足腰が立たなくなった原因は、ステロイドの副作用によるものか、股関節の異常か、あるいは神経系統に問題があるのか?
腹部が大きく垂れ下っているのはクッシング症候群による肝臓肥大だけが原因か、老化による下垂もあるのかなど。
ハッキリとした原因は結局分からず仕舞いです。
知りたいという想いは今もありますが、何より診察したら終わり……ではなくて、こうしてクッキーのことを考えてくれる獣医さんに
出逢えたことが嬉しくてたまりません。
彼女は実に多くの人に愛されていた。
そう考えれば嬉しく、その命を絶つ選択をせざるを得なかったことが残念でなりません。
四十九日が過ぎたら……。
気持ち悪いと思われるかも知れませんが、彼女のお骨の一部を自分の体の中に入れようと思っています。
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2010年6月28日 22時18分
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世界中の生物全体と比較すれば人間の寿命はさして永いほうではないかも知れません。
植物などは並みの哺乳類を遥かに超越する長寿ですから。
ただ、ね……。
僕たちの身近にいる生き物、例えば犬や猫などは人間よりずっと短命なのですね。
昔に比べて確かに寿命は延びました。
動物医学が発達して多くの病や怪我を治せるようになりましたから。
それでも人間には届かないわけですね。
一般に犬猫は人間の4倍の速度で歳をとると言われます。
わんこなら2年で成人、10年になると初老です。
ですから成長も衰えも早い(速い)のです。
クッキーです。
現在13歳2ヶ月です。
人間でいえば96歳だそうです。
ほんの数ヶ月前まで元気に散歩できていたのに、今となっては足腰が立たず、門前の低い段差すら降りられなくなりました。
単なる老化ではありません。
皮膚炎を患っていて長いことステロイドを服用していたのです。
そのせいで肝臓は肥大し、多飲多尿になり、後ろ足も弱りました。
一日の大半を寝て過ごしています。
ステロイド服用は皮膚病に効果的な療法です。
ただしその量を間違えれば毒になります。
7年ほど前、初めて皮膚病の症状が現れた時にかかっていた動物病院。
そこは診療を教科書どおりに行ったため、この子の体重での上限いっぱいのステロイドを処方しました。
その頃の僕は不勉強だったので獣医を妄信し、処方された薬がどのようなものであるかも調べずただ指示通り飲ませていました。
その飲ませ方がまずかったのです。
後でかかったどの獣医に言わせても、多すぎる量だったのです。
大量のステロイドを長期間服用してしまうと、それを止めた時にリバウンドを起こし、皮膚がさらにひどい状態になってしまうのです。
手遅れでした。
今やクッキーの体はステロイドの副作用で内外ぼろぼろになってしまっています。
人間の4倍のスピードで歳をとるという事は、同じく4倍衰える事をも意味します。
今年に入ってからのクッキーの衰えも早いものでした。
つい数日前まで元気に歩いていたのが何もないところで躓くようになり、さらに数日すると段差に足をとられて転ぶようになり……。
もう何日かすると長時間立っていられないのかすぐに座り込むようになりました。
後ろ足の肉が急に落ちて骨張りました。
介助なしには殆んど立てなくなりました。
なんで若く元気な頃にもっともっと遊んであげなかったのか。
悔やまれます。
海も山も知らず、近所の公園か遠方の動物病院近くにある大きな公園くらいしかこの子は行ったことがないのです。
人間の寿命は永すぎるんです。
馬齢を重ね、日々を貪り、老害に朽ちていく人間には長寿であることにメリットなど無いのです。
それよりはこの子らに一日でも命を与えてあげるほうがよいのです。
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2010年6月21日 23時09分
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去年は不況で無かったのに、今年も不況だったのにあったもの。
すみません、日本語がヘンですね。
宴のことです。
午前の総会では社長が経費削減を呼びかけて何とか黒字転化しようと表明していたのに、
午後からは散財放題呑み放題。
矛盾撞着も甚だしい場面転換に失笑したのは僕と良識ある事務員数名。
残る連中はアルコールの大量摂取さえできればそれで満足できるように脳が発達しているので問題なし。
社員総会というイベントは支店が点在している場合、その開催には思いの外費用がかかります。
何しろ社員全員を集めるわけですから旅費交通費が嵩むのです。
ここをなおざりにすると経費削減は到底敵いません。
しかもその後に人数分のお料理を出す――汲々資金繰りの解決策は目の前にあるのにエライ方は気付かんのです。
いえ、この際は目を瞑っているというのが正解でしょう。
さて、良い歳した人間を精神分析学における退行を超越した乳児帰りにさせる魔法の水……アルコホル。
さすがに数十年と生きて角が取れ、ベテランと呼ぶに相応しい中高年期はこの陥穽には嵌まらないのですが、
大脳新皮質から海馬あたりまで筋肉で出来ていそうなジョックの方々は目も蓋いたくほどの陋劣非道振りを遺憾なく発揮します。
セクハラ発言は当たり前、飲めない(体質的に)人間への執拗且つ過度の飲酒強要、咆哮と言って差し支えない大声三昧……。
いろいろと”サカリ”のついた20代〜30代のオトコノコは、異性に貪欲ではなく(今で言うところの草食系)専ら資産運用や
資格取得に邁進している僕に、エ○話を語らせたいようです。
不特定多数が閲覧するここで子細に述べるのも憚られるような隠語(淫語)の数々は、彼らの口から吐き出される台詞の構成比率に
換算すれば100%に達します。
以前からここをご覧になっている方は、彼らがどのような発言で畳み掛けてきたかはご賢察頂けると思います。
あの〜、すみません。
あなた方、他に考えるコト無いんですカ?
文字通りバカのひとつ覚えみたいに三大欲求に忠実で、大脳の発達が見られない原始的言語能力と思考能力しか持たないような彼らとの会話(というか相手方の一方的なスピーチ)は、中学1年生あたりにタイムスリップしたのかと錯覚させるほどです。
乳児帰りと揶揄した理由はもうひとつ。
これも一度書いた気がするのですが、”自分の飲み物を自分で注げない”ということです。
目の前にビール瓶があるのに自分で注ぐことができません。
片手にグラスを持ち、もう片方の手で瓶を持ち上げて口が下になるように傾ければ自然とグラスは彼らの好きな液体で満ちるハズなんですけどね。
いちいち他人のグラスが空になっているのを見つけて酌をせよ、というよく分からない我儘が途轍もなく癪に障るんですよね。
車道に胡桃を落とし、走る車の重量に殻を割らせて実を啄ばむ鴉のほうが遥かに頭が良いですね。
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2010年6月13日 00時27分
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毎度FXのお話です。
興味の無い方はごめんなさい。
5月は駄目でしたね。
集計すると43万の赤字です。
ギリシャ問題がここまで円高要因になるとは思わず……。
それでも掛けドルに対しては損失は小さいほうでした。
というのも5月上旬に大きく円高に触れた瞬間がありまして……。
日本では深夜2時ごろだったと思いますがちょうどその時に取引が出来たのです。
ドイツあたりでの誤発注が原因ではないかと囁かれたアレです。
たまたまその時間に起きていたおかげで豪ドルを新規で買い込み、翌々日に4円以上高い値で売ることができました。
その利益がなかったら純損失はもっと大きかったでしょう。
さて、6月3日現在。
菅さんが次首相になるやならんやで円安に向かっています。
このまま84円くらいに戻ってくれればこの損失を余裕でカバーするどころか数十万の利益が出るのですが……。
今月中には難しいかもしれませんね。
そして露骨に厭な話。
会社、今年は宴会やるらしいです。
社員全員集めての決起会といったところでしょうか。
3期連続の赤字なのにこういうところにお金を使う神経が理解できませんな。
出所が自分の財布ではないから危機感がないのかもしれません。
集う社員もまたそうした危殆ぶりが分かっておらず、とにかく酒が飲める! という一心。
経営方針だとか販路拡大とか二の次三の次。
アル中なんてのは統計より遥かに多い気がするのですが。
杯盤狼籍という言葉があります。
僕、これ、大嫌いなんですよね。
好きな人なんていないと思いますけど。
宴会場の料亭は団体客で儲かるからいいかも知れません。
ただ、だからといって歌い騒いで器皿が散乱している様というのはいい気がしません。
というか恥ずかしくなります。
いい歳した大人(僕と同い年、あるいは数年先に生まれた人も多数)が、童心に帰るどころかもはや幼児帰りの様相で
乱痴気騒ぎに興じる…………。
白眼視を通り越して瞑目してやろうかと思います。
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2010年6月3日 23時29分
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シリーズげんきょうです。
僕は言葉遊びが好きなので「元凶」と「現況」をかけています。
呪詛と厭世と怨恨のフルコースであります。
明るくて前向きで楽しいお話希望の方はブラウザの「戻る」どころか「閉じる」をクリックされることをお勧めします。
1984年に産声をあげた僕はすくすくと育ったようです。
常識人の母と非常識人の父との間にできた独り息子は、正邪の狭間を蛇行するように馬齢を重ねてきましたとさ。
3歳以前の記憶などとうに霧消しておりますが、その頃から家庭の不和は極みにあったようでございます。
結婚というのは個人と個人が結ばれること――ではなく、家と家との交わりなのだなあとしみじみ。
亭主関白というのでしょうか? 父はとにかく家庭内では”嫁は俺に口答えするな、従え”という頭でいたようです。
でも見た目はそんな風にはとても見えないんですよ。
背も160センチちょっとあるくらいの痩せ形。ちょっと重い荷物を担いだらすぐに息切れするような体質ですし。
どうも挙式の前に、両親や兄姉から吹き込まれていたらしいんですね。
”結婚は最初が肝心だ”と。
それをどう捉えたのか、まるで犬や猫を飼う際にアルファ症候群にならないように自分が躾けるべきだとでも考えたのでしょう。
亭主は絶対! 嫁は下僕! をそのまま実行したということですね。
どういうことかと言うと、たとえば母が夕餉の用意をします。
新婚なのでいきなり上手には作れません。
時間がかかってやっと食卓に並べた料理を、父は一口食べるなり明らかに不愉快そうな顔をして端を置きます。
で、無言のまま外出して30分ほどして戻って来た彼は、近所のスーパーの袋に総菜を詰め込んでいた……という具合です。
料理に関して言えば、
”おかずは必ず3品以上出せ”とか”豆腐は嫌いだから出すな”とか逐一の指示を出していたそうです。
それもハッキリした口調ではなく、蚊のなくような声――冬彦さんみたいなイメージで――で不快感を露にするんですね。
母、泣きました。
あまりに心ない言葉の連続に泣きました。
本性が分かったならさっさと離婚すればよかったのかも知れませんが、そうもいかない背景がございました。
僕には母方の祖父がおりません。
母が小学校に上がったあたりに病死しています。
彼女には弟がひとり(つまり僕の叔父)。
祖母は女手ひとつで姉弟を成人させたわけですね。
で、今はどうか知りませんが乱暴な言い方をすれば、女親だけの家庭というのは舐められやすいのです。
結婚にあたり家具などの必要な物を揃えたのは全部母方の祖母でした。
(父側曰く、そういうのは嫁側が用意するのが常識、だそうです)
安い買い物ではありません。
特に片親でここまでしてもらったという負い目のあった母は、それを裏切る恰好となる離婚の相談をすることもできず……。
とうとう僕を産んでしまいました。
よく生まれたモンだなあと感心します。
この夜の営みにさえ、この夫婦には尋常ならざる雰囲気が漂っていたそうですから。
生々しい表現は避けますが、まあ父が……巧くなかったんですね。
ハウツー本で得た知識で何とか進めようとするのですが、その本には相手方の反応にまでは言及していなかったらしく、
母が少し体を動かしたことに対して、
「まるで商売女だな」
と、あまりにも辛辣な御言葉をおかけになったそうです。
さすがにこの台詞はこれ限りでしたが、不躾な夜は何度か続きました。
その結果、僕がこの世界に降り立つことになったのです。
誠に偶然の産物だったのだろうと思います。
さて、子が生まれれば離婚はさらに難しくなります。
ここが母の2度目の大きな失敗でしょう。(1度目はもちろん、父と結婚してしまったこと)
家庭内の不和は相変わらず、僕は鎹になるどころか、母が離婚をしにくくなった足枷として日々を送ることになりました。
もちろん当時の僕に足枷などという意識は毛ほどもありませんでしたが。
内弁慶というのはこういう事を言うのでしょうか。
父は関白ぶりをいかんなく発揮し、家庭にある1円の金さえ徹底して管理しました。
母は月曜日に1万円を渡されます。
これで1週間を過ごし、次の月曜にもまた1万円を渡します。
インプレストシステムみたいなものでしょうか。
彼は一応、「途中で足りなくなったら言ってくれ」と添えるらしいのですが、本当に足りなくなって切り出すと露骨に嫌な顔をしたそうです。
当時の母は夫の手取りがいくらなのかを知りません。
前述のように明細等は全て自分が管理、母の手許には1万円のみがあるからです。
この生活は新婚当初のことであって数年後には家計としてきちんと口座に入金されるようになりましたが……。
明細は相変わらず分からないので父がいくらか差し引いてから入金していたものと思われます。
当時の情勢や職業、年齢から考えて月1○万円は少ないでしょうから。
(ちなみにこの金額、今も変わってません……)
さてここで2000日ほど時間を早送りします。
特に大きな病にも罹らず、僕は5歳になりました。同年代に比べるとかなりの短身です。
決定的な軋轢ができたのは今もってこの時だろうと確信が持てます。
実は核家族だった僕たち。
父方は加古川、母方は神戸中部、そして我が父母は僕とともに神戸南部に居を構えていました。
この頃に同棲の話が出ていました。
内容は僕たち3人が母方の祖母と息子(前述の叔父)との5人暮らしをする、というものでした。
場所は近く神戸北中部。
マンションの1階にある2世帯分を工事してぶち抜き、7部屋にもなる大きな新居となるハズでした。
祖母の話ではやんちゃ盛りの僕が家中ではしゃいでも階下に迷惑をかけないように1階に定めたとのこと。
確かに昔の僕は今では考えられないくらいに活発でした。
この案には当初、父も賛同しています。
引っ越しとなるわけですから従って校区も変わり、母は新居を校区にもつ小学校への入学手続きをとりました。
さて、同居まであと1ヶ月に迫った時のことです。
母が姑に電話をかけました。
引っ越し祝いに贈り物を貰っていたのでそのお礼のためです。
普通ならそのやりとりだけで終わるハズなのですが、姑曰く、
「あなたたちはいいかも知れないが、うちの息子は本当に同居に賛成しているのか?」
とのこと。(本当はこんな固い言い方じゃなくて播州弁がちょっと混じってます)
賛成しているからこそここまで手続きが進んでいるわけですが、その言葉に疑問を持った母はその日、父に問いました。
「もしかして義母さん、同居に反対している?」(本当はこんな固い言い方じゃなくて神戸弁です)
するとなぜか父、激怒。(以下標準語でまいります)
「母さんが反対しているハズがないだろう! 今から電話してたしかめる」
で、本当に問い質したそうです。
「反対なんかしてないって言ってるぞ」
「でも今日の電話で、”旦那は同居に賛成してるのか”って訊いてきたから、義母は快く思ってないのかと……」
「母さんはそんな質問した覚えはないと言ってる!」
「でも確かに……」
「お前、僕の母さんをウソツキ呼ばわりするつもりかっ!」
という展開になったそうです。
で、激昂収まらず父は、
「気分が悪いっ! もう同居の話もやめだ! 引っ越しはしないからなっ!」
と吐いて捨てて終了。
感情の高ぶりによる一時的な暴言かと思いきや、その言が撤回されることはなく、ついに予定日になっても彼は動きませんでした。
結局どうなったかと言うと同居の話はおじゃん。
母は新学区の小学校に編入取りやめの申請(ドタキャンだったので相当怒られたそうです)。
祖母や叔父はいったいいつ引っ越してくるのかと催促三昧。
もともと5人で住む予定だった大きな家には、今でも祖母と叔父の2人が暮らしています。
ここで問題になったのが金銭です。
2世帯分の特別工事で作った大きな家はそれ自体がもちろん高額な買い物でした。
おまけに当時は金利も高く、ローン返済当初は月額支払いのほとんどを利息が占めるという状態でした。
同居にあたり月々の返済額は祖母叔父側と僕たちの側で折半。
ただしそれ以外の食費やら何やらはすべて祖母叔父側で持ち、娘夫婦は将来のために貯金しなさいという話で一致していました。
僕の側からすれば大きな家の家賃半分を支払うだけで後は一円も負担しなくていいという、かなり不公平な費用配分でした。
ところが父がキレて同居が流れ、この大きな家の返済は祖母叔父が全額支払い続けています。
こちらはというと市営の住宅で数年過ごした後、震災直後に戸建てを買ってそこに住んでいます。
金銭的な問題はさておいて、これによる負担の殆どは母が被る恰好となりました。
入学手続きのごたごたもこなしたし、父からは同居できなくなったのは自分の母親をウソツキ呼ばわりしたからだと言われ、
祖母からは同居する予定だったからこんな大きな家を買ったのに無駄になったと罵られ……。
今日に至っております。
ではその間、父側は何をしていたかというと――。
何もしませんでした。
まるで他人事のようにその件には一切触れなかったのです。
父方の祖母もまるで責任を感じていないようで、あっちにこっちにと年寄りの道楽よろしく旅行しまくってます。
さすがに同居予定だった本人たる父はいくらか罪悪感を持っているだろうと思いきや、さにあらず――。
「シリーズげんきょう 02 に続く」
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2010年5月28日 23時14分
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シリーズげんきょう |
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いつかの記事でちらっと触れたのですが、僕はボランティア活動をする人をちょっと斜に構えて見ています。
うちの家でそれに絡む話があるからなのですが……。
僕は滅多に他人さまのブログを読まないのですが、先日たまたま見つけた記事に感銘を受けました。
感銘というより共感ですかね。
その方は法律家を目指していらっしゃるようなのですが、状況が殆どうちと同じなんですね。
記事の結びにある、
『〜〜こういうボランティアの仕方は、周りからは素晴らしく見えても、見えないところで家族が苦しんでいます。』
という一文に、ボランティア活動という言葉を聞いてただ感心や感動を覚えるだけの人が押し並べて陥る事実の表裏が現れています。
こういうモノの捉え方は実際に体験してこそ得られるものなのかも知れません。
(実際、僕がそうですから)
物事の多面性をその面の数だけ視点を持って捉えられるようになりたいものです。
あまりに似た境遇に思わずコメントをしたのは良かったのですが、全然違う名前で書き込んでしまいました。
ちょっとした悖徳感に襲われています。
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2010年5月26日 21時57分
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またまたFX関連のお話。
興味の無い方はごめんなさい。
4月度の利益はわずか25000円。
先月最後の決済の後、ずうっと円安だった為に取引のタイミングが掴めず、このような結果に終わりました。
サブプライム辺りから急激な円高の恐怖があるために、思い切ってポジ持てないのです。
スワップも高くなってきていて保持しているだけで利潤は得られそうですが、レバ利かせている以上、常に評価損に気を揉むのも精神衛生上良くないですし……。
今夏、久しぶりに漢検1級を受けます。
安くなりましたね、受験料。
僕が最後に受けた時は6000円だったハズですが、今では25%オフの4500円に!
浮いたお金で過去問題集が買えましたよ。
普段、数字ばかり見ているのでたまには漢字に触れるのもいいですね。
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2010年5月3日 22時57分
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映画『プリキュアオールスターズDX2 希望の光☆レインボージュエルを守れ!』
映画『LIAR GAME The Final Stage』を観てきました。
プリキュアはえりかの可愛さが異常です。
前回のオールスターズでは一応メインだったハズのフレッシュ勢が殆んど囚われの身状態で活躍できなかった分、
今回はかなり出番が多かったような気がします。
絵柄も等身もまるで違うつぼみたちですが、映画では周りに合わせたような絵柄で溶け込んでいました。
ただ旧プリたちの接点そのものはあまりなかったように思えます。
前作では、”各プリキュアたちが互いを全く知らない状態からの出会い→共闘”だったのに対し、
今作では、”フレッシュまでが既知→そこにつぼみ・えりかが加わる”という構図なので出会い方が違います。
そのためか互いの紹介に当たる部分がかなり削がれていた感じがしたのが少し残念。
ラスト観る限り、ちゃんと親睦は深めていたようですが。
上映85分は短すぎますね。
2時間くらいかけてじっくり観てみたいものです。
デザトリアンとか出てこなくていいから、変身前のプリキュアたちの会話とかその辺りをぜひ。
それにしてもえりかはスクリーンでも可愛いですね。
テレビ本編とはちょっとキャラが違う感じがしましたが。
本編といえばつぼみ父の元生徒が彼を引き抜きに来る回で、
『ちゃんと言ってくれないと分かんないよ?』
と躊躇うつぼみの背中を押して頷くえりかに辛抱堪らんものを抱きまして候。
ライアーゲームで結局一番得をしたのは、赤リンゴが全て揃う方に賭けた少数の投資家だったわけですね。
この手の作品は最初のルール説明をじっくり聞いていると、プレイヤーがどんなトリックを使うか色々推理できます。
ただ3種の投票をするだけに何故わざわざ焼印を付ける必要があるのか、投票行為を行ったら再度投票室には入れない決まりは
何のためにあるのか、リンゴ3種あればゲームは成立すると念押しのように付け加えた理由は何か……とか。
秋山も葛城もヨコヤもルール説明では直接触れていない盲点を衝きますから、こういう作品を鑑賞する時はとにかく
ルールを咀嚼することに腐心しています。
焼印の移動くらいはあるだろうと読んでいましたが、金リンゴを消滅させるところまでは読めませんでした。
シリーズ通して観ると過去の印象的なシーンそのままの箇所もありました。
特に秋山が取り乱す場面は密輸ゲームで一回観ていますからすぐに演技だと分かりました。
他にナオが”騙して何が悪い”と開き直る秋山の頬を張った点も、これまでの2人の関係から考えて唐突すぎてあり得ず、
これも演技だと分かってしまいます。
もちろん普通に観ていてはそれが演技だと分かっていても、では裏で具体的に何が行われているかまでは十分に推理しないと
正解にたどり着けないわけですが……。
演技であることを悟らせず、従って秘密裡に事が進んでいる、という視聴者に対する二重の騙しのテクが欲しかったところ。
さて、今回恰好良かったのは秋山よりも寧ろヨコヤでしたね。
退場した秋山の負債を肩代わりするのに賞金全額どころか負けても返済を要求したのは、
ただ無償で支援しても秋山の性格では必ず拒むと思ったからでしょうね。
”ヨコヤらしい卑怯な取引”だからこそ彼もすんなり受け容れたのではないでしょうか。
しかしあそこでヨコヤが来なければ秋山もそのまま敗退していたわけですから、彼を呼び寄せたエリーの手柄は大です。
実写もいいですが、彼に関しては原作の方が数段良いですね。
嵌められた時の狼狽ぶり(感染で検査室封鎖されてから小切手とられるあたりとか)が面白くて。
ゲームは終わり主催者の正体も明らかになりましたが、最後まで謎なのが冒頭で千円借りた人がナオに返す際、
なぜ事務局と同じ黒封筒を使ったのかということ。
ああいう封筒って普通にそのへんの店で売ってるんでしょうか。
茶封筒くらいしか見たことないものでサッパリ分かりません。
まあ少しくらい謎が残ってもいいかもしれません。
『お前の負けだ』という台詞が何回飛び出すか観賞中に数えていたもののストーリーを追っているうちに分からなくなってもいいんです。
BGMが大音量で聴けただけで十分なのです。
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2010年4月10日 22時24分
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今日は愛犬クッキーの13回目の誕生日です。
人間でいえば90歳近いらしいです。
確かに足腰は弱くなったような感じがします。
でも食欲はまだまだ旺盛。
生きる気力があればいくらでも生きられます。
少し前にアレルゲン検査をしたところ、それまで強陽性反応が出ていた小麦が今回は陰性に。
というわけで誕生日にはつきもののケーキを母が買ってきました。


さすがにチョコレートは無理ですが、その他の物なら基本的には大丈夫。
写真には収められませんでしたがクッキー、1個を5秒ほどで食べきりました。
本当はカロリー摂取オーバーで褒められたものではないのですが……。
今日は年に一度の特別な日。
ちょっとくらいはいいでしょう。
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2010年4月6日 21時23分
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月初恒例、FXのお話。
興味のない方はごめんなさい。
先月、先々月と利益が雀の涙だった分、3月はかなりの好成績となりました。
約26万円の利益。
1月終わりから2月中頃にかけ豪ドルを段階的に買っていたのでした。
(81.80円〜79.70円にかけて合計10万豪ドル。決済は一律に84円で指していました)
この利益の中には期間スワップ約2万円が含まれています。
で、これ書いてる4月1日現在。
豪ドルは86円まで下がってます。
仮にこのレートで決済したらさらに20万の利益が出ていたのですが……。
過ぎたことは仕方がありません。
さて、好成績の後にはいつもやって来る悩み。
”次の新規取引どうすれば?”
やはり売りから入るには抵抗感があり(豪だと1万持てば一日に86円支払う)、今はポジを持っていません。
都合よく速やかに円高に向かってくれればありがたいのですが……。
豪といえば捕鯨問題の云々がありますが日本人、鯨ってそんなに沢山食べてます?
一度も食べたことがないのですが美味しいのでしょうか。
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2010年4月1日 21時50分
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週末になると姫路で忍者のコスプレしてボランティアと称して活動している人を告発したくなります。
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2010年3月19日 21時26分
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ボランティア。
例えば誰かが「私、休みの日はボランティア活動をしています」と言っているのを聞いたら、
人はどう思うだろうか。
立派な人だ、エライ、尊敬する……と称賛するだろうか。
それとも、
バカな奴だ、金にもならない事を、偽善者……と嘲弄するだろうか。
現在、沢山のボランティア団体が存在する。
町のゴミを拾ったり、植樹したり、入院患者の慰労に回ったりと、とにかく色々ある。
その行為自体は尊いと思う。
無償かつ自発的にやっているなら尚のことだ。
対価を得る仕事とは違う。
わざわざ休みの日にやる人もいる。
彼らのおかげで救われる人、満足している人がいる。
良い事だとは思う。
でも一般的に”良い”とするその評価は、第三者かそれを受けた者が下していることだ。
では例えば家族はどうだろう。
夫が日曜になると遠方に出かけ、ボランティア活動をする。
現地の人に喜ばれる。
朝早くに出て夕方ひょっこり帰ってくる。
妻は夫が出て行く音で早朝起こされ、愛犬の世話や家事に忙殺される。
やっと一息ついた頃に夫が満足げな顔で帰ってくる。
そして当たり前のように用意された夕食を当たり前のように食べ、今日はもう疲れたからと言って寝る。
ボランティアは奉仕だ。
頼まれてもないことをやる行為だ。
その頼まれてもないことを勝手にやり、その行為自体によって当人は満足感を得る。
家族を蔑ろにして。
『休日はボランティア活動しています』
外面はこれでオッケー。
よほどひねくれた人でない限り、それを褒めてくれるだろう。
何も知らない人は。
だから僕は休みの日にボランティア活動をしている人を見ると半分は蔑む。
あなたに家族はいないか? 配偶者や子や親はいないか? 同居していないか?
もしそうならあなたが活動している時間、それらの人はどうしているのか?
あなたが帰った時、身支度が整っていることをどう思うのか? 何も思わないのか?
夫という生き物が社会に奉仕の精神を持つのは本人の勝手だ。
だが妻や子は夫に奉仕の精神を持っているわけではない。
男女に関係なく、まず身近の事をしっかりやった上での余剰エネルギーを奉仕に充てるなら構わない。
それこそ尊ばれるべきだと思う。
だが陰日向となって自分を支えてくれている人がすぐ傍にいるにも関わらず、それに慣れてその人を忘れ蔑ろにし、
趣味と実益(称賛の声や交流)を兼ねて奉仕活動という遊蕩怠惰に耽る輩を、僕は決して赦さないだろう。
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2010年3月14日 15時11分
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またまたFXのお話。興味のない方はごめんなさい。
2月度の損益を計算してみました。
実際には計算するほどのものではありませんでした。
プラス2万円。
実はこれ為替差益ではなくスワップです。
1月の終わり頃に豪ドルを買っておいたものを丸1ヶ月放置していました。
なかなか決済するタイミングが見えないんだもの。
で、貯まったスワが2万なのでした。
僕がメインで取引している業者はポジションを持ったまま、スワップのみを保証金に組み入れる(引き出す)ことができます。
運用成績は為替差損益とスワの合計ですから、2月度の成績を出すために止む無くスワを振り替えたのでした。
このまま今月も放っておくとまた地益が……。
そしてもうひとつ、恥ずかしい話。
実は僕、つい最近まで「七度尋ねて人を疑え」という言葉を全く別の意味に捉えていました。
この言葉は『物が見当たらないときは自分でよく探したあとではじめて他人を疑え。むやみに人を疑ってはいけないということ』という意味があるのですが僕はこれを、
『人間は信用できないものだから、何度も何度も疑え』
と勘違いしていたのであります。
僕が頭から人を信じていないからなのか、それとも”たずねて”という部分の解釈を間違っていたからなのか……。
まったく恥ずかしい話です。
誤った理解のままこれまで一度も人前で使ったことがなかったのが、せめてもの救いです。
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2010年3月5日 21時47分
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仕事柄、よく銀行に行きます。
小切手の呈示とか納税とか、法人個人問わず今の世の中、銀行のお世話にならない人はいないでしょう。
窓口で札勘(お札を数えること)を物凄いスピードでやっているのを見ると、なんか気持ちよくなりますね。
嗚呼、僕もあれくらいのペースで札勘できたらなあ、とか思いながら。
(窓口で数えてて大丈夫なのでしょうか?)
規模の大きな店舗ではATMの台数も多く、そちらを利用するお客さんもたくさんいます。
記帳とか数件の振込みならこちらの方が早いですしね。
で、このATM。最近はいろいろな種類が出ています。
通常はキャッシュカードか通帳があれば基本の取引はできますが、防犯対策にまずICカードが導入されました。
それでも不正使用が発生したため、今度は利用者の固有の情報……静脈叢紋様によって本人か否かを判定する生体認証ATM
が登場します。
改良はATM本体だけではありません。
僕は一部の店舗でしか見ていませんが、通常のキャッシュカード等で暗証番号を入力する際、タッチパネルに表示された数字の配列が
その都度変わるタイプもあります。
毎回同じ配列だと画面のどの辺りをどの順番で押しているか、を覗き見ることで暗証番号を推測されてしまうからでしょう。
いろいろと防犯対策がありますが前述の、静脈による認証などはハイテクの成せる業ですね。
そのうちマイノリティリポートみたいに網膜を使ってさらにセキュリティレベルを上げるのではないでしょうか。
(僕が知らないだけでもう存在しているのでしょうか?)
という具合にSFものみたいなシステムが登場しているわけですが、”スゴイ”とは思っても感心も感動もないんですね。
ちょっとでいいから細胞を分けてくれと言いたくなるようなエンジニア集団が試行錯誤の末に生み出したものなのですから、
もちろんそれに対しては、”こんなこともできるのか”と驚きはします。
でもね。ちょっと考えてみて下さいよ、と。
それだけ厳重な防犯体制を敷くという事は、それだけ犯罪が多いということですよね。
ICカードや静脈を利用しなければ防げないような犯罪をやる輩がいる、というわけですから。
寒々したものを感じるのですよ。
そういった凄いシステムの数々が開発されるという事はつまり、
”それだけ人間という生き物は信用できない”という思考が前提にあるからに他なりません。
他人様の財産を盗み取るような人間がいなければ、そもそもセキュリティなんて必要ないのですから。
金融機関が存在する限り、顧客の財産を不当の魔の手から守るために本人認証システムはもっともっと進化するでしょう。
いずれはなりすましが不可能なほどレベルの高い防犯体制がとられるかもしれません。
しかしそうなった時には、人間は人間を完全に信用しなくなっていると思います。
20%程度の防犯率のシステムで安心している人は、他人を20%程度しか疑っていないのです。
に100%の防犯率のシステムで漸く安心できる人は、他人を100%疑っているのです。
他のあらゆる動物を含め、人間は進化します。進歩もします。
ですが僕たちが生まれた時から内包している善と悪(この定義に関してはいずれまた)も同じ様に進歩し、進化しているようです。
皮肉なことに高い防犯率を謳って顧客から賞賛の声を浴びるセキュリティシステムは、それを破ろうとする悪辣な犯罪者のおかげで開発されたようなものです。
僕の人間嫌いはこういう事を鬱々と考えている限り、治りそうにはありません。
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2010年2月20日 01時35分
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