ニックネーム:JEDI_tkms1984
年齢:S59生まれとして計算すると……

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2012年01月11日(水)
年初のご挨拶
 もうこれだけ日を経ていて今さらですが、ここに年初の挨拶を申し上げます。
旧年中はお世話になりました。
本年も宜敷くお願い申し上げます。

HPともども殆ど変改のない日記ですが、それでも来訪して下さる方に深謝いたします。


 今年は少しくらい佳い事があればよいなあと思っております。
昨年末、(母方)祖母・叔父との縁切りが成りました。
本来なら彼女らが主張すべき権利、請求すべき債権を代わって僕が交渉して月々4万円という(納得はいかないまでも)具体的な金額を支払わせるところまで漕ぎ着けたのに、酩酊していたのか明晰な認知症を煩っているのか謂れの無い罵詈讒謗を頂戴し、互いに憤怒しての縁切りになりましたとさ……。
厄介払いは去年でお終い。
今年は良いことありますやうに……。
そして来訪者様方にもそのお裾分けができますよう希いまして、年初の挨拶と代えさえて戴きます。
2012年1月11日 21時20分 | 記事へ | コメント(2) |
| 状況(現実) / 普通の話 |
2011年12月29日(木)
元旦でなくてよかった
 忘年会はいつもの如く、ジョック蔓延の地獄絵図でした。
中にはこちらに理解を示す稀有な人もいましたが、大半は下半身に脳髄があるのではないかと疑いたくなる族でした。
で、家に帰ったら最近ある事情で疎遠になっている叔父に電話で、
「見下げ果てた奴やな、お前」
と言われました。
前後の脈絡もない言葉に怒ればいいのか呆れればいいのか。
あ、どうやら僕、「お前」とか呼び捨てにされるのが底無く腹立たしく感じる生き物のようです。
とりあえず明日、御祓いしてもらいます。
2011年12月29日 22時58分 | 記事へ | コメント(0) |
| 状況(現実) / 普通の話 |
2011年12月07日(水)
違いのない11月
 ここ暫らく、毎月の収益が5万円です……。
損失が確定していないだけマシなのでしょうけれども、
これではセミリタイアがいつまで経っても果たせないないではありませんか。
ええ、何が言いたいかと申しますと、つまるところ11月の利益も5万円だったのですよ、と。
2011年12月7日 21時44分 | 記事へ | コメント(0) |
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2011年12月04日(日)
早すぎる死
 「だいすけ君」をご存じでしょうか?
まさおぉ君の跡を継いで2代目旅犬として、全国を旅していたわんこです。
そのだいすけ君が急死しました。
胃捻転……どういった症状なのかは分かりませんが、これが原因だったそうです。
享年6歳。
個体差はありますがレトリーバーの寿命は13歳〜16歳程度です。
6歳というのは人間では40歳くらいに相当するでしょうか。
あまりに早すぎる死です。
先代のまさお君は7歳の時に旅犬を引退しました。
その時の放送ではスタジオ内に大きな家が用意され、その中でまさお君が満面の笑みで旅犬をだいすけ君に託した、
というシーンを記憶しています。
人間もそうですが打ち込んでいた事から離れると、途端に心身に変調をきたすことがあります。
まさお君も引退した直後に悪性リンパ種が見つかり、その後わずか2ヶ月で亡くなりました。
もしかしたら彼は自分が病気だったのを知っていたのかもしれません。
知っていて、しかしそれを隠して旅を続けていたのかもしれません。
引退と同時に張り詰めていたものが解け、一気に体調を崩したのかもしれません。
だいすけ君は旅の途中でした。
もっと多くの場所を訪れ、多くの人、多くの犬猫に出逢うハズだったのです。
それが叶わなくなる……。
あの番組にはこれからも(3代目によって)続けて欲しいと思う反面、
もう終わって欲しいという気持ちもあります。
生があれば必ず死はあります。
それはあらゆる生物に共通する避けられない運命です。
ただ、こういう話に触れると、せめて犬や猫の寿命がもう少し長くなるか、人間の寿命が短くなりはしないかと。
そう思ってしまいます。
2011年12月4日 00時27分 | 記事へ | コメント(0) |
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2011年11月11日(金)
10月度も変わらず……。
 資産運用のお話です。
興味の無い方はごめんなさい。
今回ももう、何ヶ月も同じような利益を重ねておりますが……。
スワップのみで5万円です。
半分は新潟行きの旅費に消えました。
もう半分は今月末に再び東京に行きますので、交通費と現地での消費で使いきるでしょう。
相変わらず含み損は多いですが、こちらも十分な証拠金を預けていますのでロスカットの心配は……。
まずありません。
どうにも身動きがとれないのが現状なので、こうして毎月ほぼ決まったスワップを受け取ることになります。
嗚呼、ソブリンリスクに端を発した金融危機が恨めしい……。
2011年11月11日 22時56分 | 記事へ | コメント(0) |
| 普通の話 / 状況(資産運用) |
2011年11月07日(月)
ソウルメイト


 11月頭の連休を使って新潟に行ってまいりました。
旅行ではありません。
長岡という場所にお寺があり、僧侶さんにお話を伺うためです。
師の著書でその存在を知ったわけですが、この出会いはクッキーが齎してくれたものだと思っています。
ペットロスについて書かれたその本は、宗教的な観念からコンパニオンアニマルを喪った時、
どう気持ちを持つべきかについて詳しく記されていました。
その文章の中には一切の押し付けはありません。
独善的な見解もありません。
あくまでいち宗派からの、命や魂を巡る考え方が書かれていました。
その中に、

”動物用のお経というものはない。しかし動物用のものはある。お経はそもそも全ての命に等しくあるものだ”

という内容の一文がありました。
つまりこの場合、お経は人間とそれ以外の生き物を区別していないということです。
宗教や僧侶といっても様々で、あらゆる命に対して真摯に向き合うばかりではないようです。
人の死に対しては葬儀を行い、読経し、成仏を願いますが、それが犬や猫だとそっぽを向く僧侶もいるといいます。
イメージとずいぶん違いますね。
お坊さんというのは徳が高くて、親しきと親しき無きの区別無く、正道を歩むものと思っていましたが、
宗派によって考え方は異なり、また同じ宗派でも異なる考え方の僧侶がいらっしゃるそうです。
ソウルメイト、という言葉が書の中に出てきます。
魂で繋がったパートナーという意味です。
死生観は人それぞれです。
どれが正しく、どれが間違っていると決められるものではありません。
死がどういうものかは、実際に自分が死んでみなければ分かりませんから。
ただ、ぜひこの方にお話を伺いたいと思い、夜行バスで10時間ほど揺られたわけです。

 実りのある数時間を過ごせました。
クッキーの安楽死の瞬間、ある出来事があり、その事で悶々としていた母に僧侶さんが仰ったことには、
傍で聞いていた僕も天啓に導かれるような想いがしました。
宗教というのは結局は解釈の仕方のひとつでしかないわけです。
誰もが証明できない世界があり、それをなんとか納得できるかたちで説明しようとし、
その結果として生まれたのが宗教です。
ですから生と死、罪や徳についても様々な考え方があります。
僕はこの僧侶さんの言われることが正解だとは確信していません。
ですが正しいと信じています。
数時間お話を伺いましたが、その内容はとてもここに書き表せるものではありません。
ただ、神秘的な力というか気のようなものを纏った人がいるのだということは分かりました。
クッキーの遺骨と写真を持って行ったので、最後にお経をあげていただきました。
その折に聞いた”成仏”の真の意味に、僕はもう一度感動しました。
同時に安心もしました。

珍しく全く文章がまとまっていませんが、ひとまずこの出来事を記録として残しておきたいと。

 そして、こっそりと今日、馬齢を重ねました。
2011年11月7日 23時32分 | 記事へ | コメント(0) |
| 状況(現実) / 良い話 |
2011年10月10日(月)
あんあん
 盲導犬普及支援ポスターに佐倉杏子が起用されました。
いいですね、あんこちゃん。
乱暴っぽく見えておそらく他人の機微に敏感であろう彼女なら、パピーウォーカーとしての務めが果たせるのではないでせうか。
さて、盲導犬といいますとラブラドールレトリバー。
うちにいたクッキーはゴールデンレトリバーなので親戚のようなものです。
毛の長さを除けばよく似ています。温和なところとか。
大変に人懐っこく、間違っても噛みついたりはしません。
(はしゃぐあまりに飛びつくことはありますが)
いい子です。とても。


 で、視力に難のある人々を介助する盲導犬は貴重且つ素晴らしい存在です。
彼ら(あるいは彼女ら)のお陰で多くの人々が救われるわけですから。
パピーウォーカーという制度をとってまで育成に励むことからも、その重要性は容易に窺い知ることができませう。
――勝手ですよね。
年間にいったい何頭の犬猫が殺処分されているのでしょうか。
彼らは人間に見捨てられ、人間の役に立たないから殺されます。
もしあの詰め込まれた檻の中に盲導犬なり介助犬なりの資質を持っている子がいて、それがたまたま職員の目につき、
将来が有望であると認められれば、その子だけは助かるでしょう。
人間様の役に立てるわけですから。
しかしそうでない子は……一定の期間を生き延びた後、きっと望んでいない死を受け容れることになります。
この地球に存在するあらゆるものは、今の力関係が覆らない限りは人間がその存亡を決めます。
増えすぎたものは間引き、絶滅が危惧されれば大金をはたいてでも保護します。
益であれば生かし、害であれば殺します。
とても身勝手な生き物です。
他の生き物もそうかもしれません。
蟻や蜂に、トラやライオンに優しくしろいうのは無理な話かもしれません。
そう考えれば人間の思考も他とそうは変わらない、と言えるでしょう。
ですが人間には力がありすぎます。
自分たちの生きる世界の範疇を越え、他の動物の生活圏に容赦なく干渉できる力を持っています。
その力が人間そのものを傲慢にし、我儘にし、盲目にしているかもしれません。

 誤解のないように言い添えますが、僕は盲導犬の存在や協会そのものに対して否定的な見解を持っていません。
実際、パピーウォーカーとの生活を経て、現役の盲導犬として活躍することも否定しません。
救いなのは……リタイア犬に対するケアが手厚くなされていることです。
役に立たないものは殺すのが人間ですが、今は役に立たなくても昔は役に立っていたものはきちんと面倒を見るようです。
当たり前のことですけれどね。
用済みだからその後のことは考えない……ではあまりに不遜です。

 ところでワンコの立場からするとどうなのでしょうか。
自分の意思に反して盲導犬に仕立て上げられ、有無を言わさず働かされる彼らは幸せなのでしょうか?
どうにも僕には労働の強制のように思えてならないのです。
彼らが自ら進んで盲導犬になりたい、人間の生活の手伝いをしたいと申し出るのであれば、それを叶えてあげるのが一番でしょう。
しかし彼らは実際のところ、どう考えているのでしょうか。
本当はやりたくないのかもしれません。
ハーネスを窮屈に感じているのかもしれません。
しかし仕事を放棄すればこの人間社会で自分が生き延びることはできないため、仕方なく恭順に振る舞っているだけなのかもしれません。
彼らの声を聞いてみたいですね。
2011年10月10日 21時31分 | 記事へ | コメント(0) |
| 状況(アニメ) / 普通の話 |
2011年10月05日(水)
胃の痛い9月
 たとえポジションに変動がなくとも、たとえ含み損を抱えたままであっても、
日々スワップポイントが付与される以上は”運用による損益”といえなくもないでしょう。
というわけで9月度の結果が出ました。
興味のない方はごめんなさい。

 前述のとおり9月もまた何もできず、スワップを蓄積する毎日を送っていました。
その成果は45000円ちょっと。
当然、毎月この額だけ資産としては潤ってくるハズなのですが、かねてからの欧州危機の煽りを受け、
南アランドも円に対して価値を下げてきました。
結果、120万通貨も買ってしまったがために含み損は200万以上……。
世界で何が起ころうとも殆ど相場の変動がないペアだったのに、とんだことに……。
少し前、新興国が挙って自国の通貨を買い始めたなんてニュースもありましたが、数字には表れず――。
今しばらくは辛抱の時かもしれませんね。
2011年10月5日 21時10分 | 記事へ | コメント(0) |
| 状況(資産運用) / 悪い話 |
2011年09月22日(木)
シリーズげんきょう09

※この文章を作成したのは2年ほど前です※


 ”どこに出しても恥ずかしくない”という表現があります。
作法がしっかり身についていて、然るべき場に出てもその場に合わせた振る舞いができる人を指す言葉ですね。
作法といっても食事のマナーだけではありません。
歩き方とか、話し方、相手・場合によっては挨拶の仕方を変えたり……。
これらが総合的に及第点であればよほど特殊な環境に放り投げられない限り、白眼視されるようなことはありません。
今回は前回の二面性・多面性に加えて、この点について少し触れます。
と言いますのは僕の父はよく見ていると、誰彼に対しても良い顔をしているわけではないと分かったからであります。
八方美人は誰にしてもよい印象を持ってもらうよう要領よく付き合うことを言いますが、彼の場合はさしずめ四方美人といったところでしょうか。
このエピソードは今から1年ほど前。
ここをよくご覧の方はご存じかと思いますが、うちにはクッキーというわんこがいます。
ゴールデンレトリバーの女の子で齢13歳。
人間で換算すれば100歳ちかいお年頃の女の子です。
大型犬に分類されるこのわんこの体重は33キロ。かなりの重さです。
アトピーを患い、最近では心臓や足腰も弱ってきているので月1の通院は欠かせません。
ところが皮肉なことに近所の獣医さんは大型犬を診ることができません。
なのでペットタクシーを利用して片道30分ほどの距離にある大きな病院に通っています。
通院は僕と母が必ず行くことになっています。
獣医師さんの言葉を漏らさず聞くためです。
ところがこれがかなり大変。
まずタクシーに乗せるのに抱き上げなければなりません。
体力にも腕力にも持久力にも自信のない僕はヒィヒィ言いながら乗降させます。
病院についても診察台に乗せるのにまた抱き上げなくてはなりません。
最近は慣れてきたので疲れが残らない抱き方を覚えましたが、最初は腰痛に悩まされたものです。
この通院、月に1度という頻度なのですが薬の出る量などが上手く噛み合わず、大抵は有休をとって行くことになります。
完全土日休みにしてくれればそうする必要もないのですが、そういう業界なので仕方ありません。
で、たまたま休みがとれない日と通院日が重なってしまった事があるんですね。
これは参ったと。
薬の加減があるから日をずらすわけにもいきません。
そこで白羽の矢……いえ、消去法で残った父が同行することになりました。
そう決まった時点で漠然とした不安はあったのですが、帳簿と睨めっこせざるを得ない状況ではできるのは心配だけ。
クッキーの変化や衰えなんて見向きもしない彼が付き添いで大丈夫なのか?
というより付き添う意味があるのか?
母によれば一応抱っこはしていたようですが、問題は診察室に入ってからでした。
念のため申し添えますが、父と獣医さんは初対面です。




獣医さん、診察室にやって来る。
「クッキーちゃん、具合どうですか?」
と訊きながら目や耳の中をチェックする。
「前回からあまり変化はありませんが、水を頻繁に飲むようになりました」
などと母。
しばらくは2人の意見交換。
その間、父は一歩下がったところでモノ珍しそうに診察台やら骨格図などを眺めていたらしい。
そしてある程度話が終わった頃、父は猫背気味に、
「いつもウチのもんがお世話になっていてすんませんなぁ」
と獣医さんに挨拶した。




非常に端的に語ればこういう具合になります。
この小劇のポイントは2つ。
まず彼が忙しなく診察室を見回していたこと。
おおかた漫画のネタになりそうなものでも探していたのでしょう。
もうひとつは挨拶。
これはもう本当に腹立たしい。
『これが僕の父親か』とか『僕はこんなのの息子なのか』とか思います。
情けない。
人生半分を過ぎた男が何故に挨拶のひとつ満足にできないのか。
僕の狭い視野で語れば、兵庫や大阪はこういうモノの言い方をする人が多いです。
(ましてや彼は播州の出身。偏見であることは重々承知ですがどうにもかの地方には眉を顰めてしまいます)
どこの獣医に連れて行っても効果的な治療は望めず、ふさふさだった金毛がだんだんと少なくなって地肌が露になり、
あちこちに発疹ができて掻き毟ったせいで皮膚が爛れてきているのに手も打てず、あちこち訊ね歩いて漸くたどりついた病院です。
これまでの間違った処方から一転、クッキーの皮膚も毛艶も見る間に回復していきました。
本当に今の獣医さんには感謝してもし切れません。
だからこそかような失礼な振る舞いは許し難いのです。
たしかに父にとっては獣医さんは恩人でも何でもないでしょう。
今後会う事もなければ電話で話をする機会さえないでしょう。
クッキーのことをたかる虻くらいにしか思っていないのだから、そのクッキーが回復していったところで彼には関係のないこと。
しかし僕たちにとって――もっと言えばクッキーにとっても――は恩人です。
仕事を終え帰宅してからこの一部始終を聞いた時は父への怨恨よりも、獣医さんに対する申し訳なさで一杯でした。
もう彼には何も委せられない。余計なことをさせてはいけない。
自分の知らないところで自分の品格や印象が穢されていく不安に駆られてしまうのであります。
そういうワケでありますから、父が通院に同行したのはこれ一度きりなのです。
以降は極力僕が休みを取るようにするか、無理なら日程をずらす(それによって薬が足りなくなった場合は次の通院日までの薬を送ってもらうことで
調節してもらっています)ことにしました。
本当にコワイので、いろいろと。


「シリーズげんきょう 10 に続く」

2011年9月22日 21時11分 | 記事へ | コメント(0) |
| シリーズげんきょう |
2011年09月07日(水)
初めてのイベント行き
 9月4日。
東京で開かれた『杏さやオンリー』というイベントに行ってきました。
なぜ行ったのかは分かりません。
家の状況も考えれば、そうしている場合ではないというのに。
そうそう行けるような距離ではないし、2日前くらいに急に行ってみたいという心境に駆られただけで
いつの間にか往復のチケットを購入するなど、僕自身も意外な週末でした。
衝動というのは偉大です。
殆ど県外にすら出た事のないインドア派を、躊躇なく夜行バスで10時間の遠隔地に運ぶくらいなのですから。
で、こういうイベントは初めてなので勝手が分からず、ついでに地理にも疎いので何枚もの地図を用意するも、
現地で右往左往する始末。
なんとか目印になる店舗をいくつか見つけ、そこを拠点に彷徨いながら会場に辿り着きました。
何もかも初めてなので並ぶ品のそれぞれが如何ほどの値がするのかも、自分が一体ここでいくら使うのかも、
大量に購入した場合に持ち帰る手段があるのかも、何ひとつ分かっていませんでした。
財布の中にはメガバンクのATMから下ろしたての高額紙幣数枚。
少し考えれば分かる話なのですがこういう時、千円札を多めに用意するべきなのですね。
貰うだけなら嬉しいけれども、お釣りを渡さなければならない側としては一万円を出されても困りますね。
最初に買ったサークルさん、本当にごめんなさい。
殆ど全ての500円玉を吐き出させてしまったこと、お詫びします。

規模もいろいろあろうかと思いますが、当該イベントの会場はそう広くない感じでした。
もう少し仰々しいものをイメージしていましたが、高校あたりの文化祭に似ています。
という具合ですから敷居も高くなく、気軽に廻れる雰囲気ではありました。
充実したひと時を過ごせました。
場の空気というかテンションには付いていけそうにはありませんが、
興味のあるカップリングを眺めるのはなかなかに楽しいものです。
さらにはアフターイベントなるものもあるようで、その内容が明らかにされていなかったので、
折角来たのだからと最後まで見てみることにしました。
始まったのはオークション。
サークルさん提供の色紙やグッズなどを競り落とす、という趣旨のようです。
これはパス。
ここのところの円高続きと旅費もバカにならない状況下、意地の張り合いで高い金額で落札するも、
果たしてそれが自分にとってその額を支払うだけの価値があるものなのかを考えてしまいそうで。
可愛い絵は多かったのですけれどね。次の機会があれば参加してみるのも面白いかもしれません。
競りが終わると両拳大会が始まりました。
賞品はポスターや色紙など。
参加者と争って両拳に勝ち賞品を獲得する、という意味ではお金を遣わないオークションと言えましょう。
次々に提示される賞品群。
参加はもちろん無料なのですが、欲しくないものにまで参加は表明しません。
そういうのは欲しい人の手に渡ればよいのです。
その代わり自分が興味がある物には当然、意思表示はします。
せっかく神戸から出てきたのだもの。
ひとつくらい、こうした千金を積んでも手に入らない物を掴んでみたいという気にもなりましょう。
運が良いのか悪いのか、2番目に欲しい物を獲得する事ができました。
あんこちゃんの凛々しくも可愛いポスターです。
良い戦利品のひとつに加えます。


今回、入場券代わりにカタログを買う、ということを知りました。
開場の2時間前に着いても既に行列ができることも知りました。
事前に硬貨や千円紙幣を用意すべきことも、大きめの鞄が必要なことも知りました。
アフターイベントが予定より1時間近く延長する可能性も考慮し、帰りの新幹線は
もう少し余裕を見て予約しなければならないことも学びました。
イベントの翌日には有給を取ったほうがよいことも覚えました。
久しぶりに濃密で実りある日を過ごしましたとさ。

2011年9月7日 00時43分 | 記事へ | コメント(0) |
| 状況(現実) / 良い話 |
2011年09月04日(日)
8月の利殖
 何とか取引をしたいと言ったのが先月初。
結局何もできずに8月が終わり、損益としては丸ひと月分のスワップ5万円に留まりました。
政権が交代し新たな風が吹けばと思いきや、トップになったのは為替介入に消極的なお方。
バラク大統領が新政権を喜ぶのもそのあたりが理由かもしれません。
(円高ドル安は現状アメリカにとって有利なため)
とりあえず極めて重大な関心を持って値動きを注視するだけでなく、必要な時には断固たる措置をとると言うだけでなく、協調介入を積極的に働きかけてほしいですね。
南アランドの相場はようやく11円台に戻ってきました。
胃の痛みは少しは和らいできたのですが、買ったのが11円60銭あたりなので評価損が70万円近あります。
この分では決済できるのはまだまだ先の話になりそうです。

……で、利益少ないのに今月はかなりの出費が出ています。
(お財布に優しくないあんこちゃんとさやさやの所為です)
来月からは支出も控えなければ明るい未来が遠退いてしまいます。
2011年9月4日 23時53分 | 記事へ | コメント(0) |
| 状況(資産運用) / 普通の話 |
2011年08月06日(土)
財布のおやつ
 一ヶ月明けて資産運用のお話。
興味のない方はごめんなさい。
7月度の利益は24000円ちょっとと、かなり控えめな結果に。
ただこれが全てスワップによるものである事を考えると、成績としては悪くないかもしれません。
今回思い切って南アを100万通貨買いました。
為替変動リスクが最も小さく、比してスワップ金利の高さに優れている取引です。
1通貨で1日15円付与されます。
したがってこのポジションではスワが1日につき1500円。
どうせ短期間で決済出来ないのなら……という判断によります。
動きは小さいものの、1銭下がると1万円の含み損が出るのはなかなか精神によろしくありません。
これを書いている時点で日本が為替介入を実行しましたが効果は限定的。
特に、南ア―円 はわずか半日ほどで元に戻りました。
単独よりも協調のほうが効果が出るということですね。
支払いも厳しいというのに最近、白い生物と契約した魔法少女関連の商品をよく買うので出費も嵩み……。
なんとか8月は大きな利益を獲得したいところです。
2011年8月6日 00時40分 | 記事へ | コメント(0) |
| 状況(資産運用) / 普通の話 |
2011年07月27日(水)
シリーズげんきょう08
 「シリーズげんきょう 07」で物事は多面的であることに触れました。
突き詰めれば二面なのですが、そこに至るまでが多面的なのであります。
人間はウソを吐きます。誰だってウソを吐きます。
軽いものから重いものまで。たとえば何か過失を追及されてつい誤魔化した……というのもその範疇です。
このウソというもの。たったひとつ吐くだけでも逡巡する人もいれば、躊躇いなく吐く人もいます。
さらにすぐにバレる人と、誰にも気づかれずにその虚言すら真実にしてしまう巧みな人もいます。
ウソを吐く人というのは大きくこの4通りに分けられるのではないかと僕は思います。

さて、外面(そとづら)というものを考えた時、このウソという要素が重要になってきます。
つまるところ普段は見せない自分を相手に虚飾して見せるワケですから善意悪意問わずこれはウソです。
ただしこれをやるならバレないようにしなければなりません。
家中では不遜不義理のみせかけ大黒柱を貫く父ですが、そこは内弁慶の外仏。
一歩玄関を出ればまるで別人格に豹変します。

これは僕が就職活動が上手くいかず職安に通っていた時のこと。
彼はまたどういう道を辿ったか、外郭団体の人と面識があります。
その頃は僕の就活に関し母から交通費他全面的にバックアップしてもらっていましたが案の定、父は素知らぬ顔でした。
母が堪りかねて普段会話のない父に訴えたそうです。
”息子の就職の糧になりそうな情報があったら教えてほしい”と。
まあ僕も初めから父などアテにはしていませんでしたが、その言葉を受けてようやく彼が紹介してきたのが前述の人だったわけです。
そんな人知ってるならもっと早く(自発的に)紹介しろよ。
なんて思ったような記憶もありますが、それではあまりに傲岸不遜ですね。
飲食会が始まりました。
場所は駅近くの居酒屋。僕はアルコールの匂いを嗅いだだけで頭クラクラ、嘔吐感も催すほどの下戸でございます。
父とその男はしばし歓談、僕は蚊帳の外――という構図になるのは愚昧でも予想できます。
……が!
この父親、外では陽気なキャラで振る舞いやがって! と内心思っていたのは秘密です。
(家ではテーブルを挟んでの距離ですら声が聞き取れないこともあります)
対して美味とも思えない蛍烏賊を咀嚼していると、
「そんなに大きなワンちゃんがいたら大変でしょう」
と男の声。
話題は愛犬クッキーにシフトしたようです。
「そうですね。でも仔犬の頃から一緒にいてもう家族みたいなものですから」
と父。
ハァッ!?
お前がそれを言うか!?
ご飯はあげない、散歩には連れて行かない、月1回の動物病院だって行ったこともない、怪我して血を流していても処置しない。
それで”家族”という言葉を使いますか?
貴方の中の家族とはどういう存在、位置関係を示すのですか?
と憤懣やるかたない想いだったのでありますが、僕や母に対しても接し方は全く同じですから、そう考えるとクッキーも
彼にとっての”家族”(としての扱いに差異がない点)なのだなあと妙に納得したり。
ただ余所の人は『よい父親・よい夫』という印象を持ってしまうのが腹立たしいところ。
というのもこの男。
ダメ男を構成する4要件である『酒・煙草・女・博打』のどれもやらないのです。
お陰でやたら健康だわ外部からのウケはいいわで腹立たしいやら。
内情を知らない余所様に言わせれば、
「優しそうなお父さん」とか「今時珍しいくらい真面目な旦那さん」とかそういう評価になるわけですが、トンデモナイ!
人は見た目が9割。でもみんなその9割に騙されるのです。
ですから9割の人は騙されてるのです。(強引で間違った計算)
ちなみにこの父親。
自分とそこそこ親しい(即ち同レベルの)男が転職活動で困窮しているという話を聞き、その人の履歴書や経歴書を代わりに作成したりしてました。
いい歳して何やってんだ?(作る方も作ってもらう方も)
僕なんか代行どころか助言のひとつすら賜ってませんが……。
いや、いいんです。
僕は父よりも遥かにそのあたりの常識はありますし、PR文も説得力ある内容で書ける自信もあります。
ただね――。
他人に作ってもらった履歴書や経歴書で面接に臨んで採用されるものなのでしょうかね。
そういうのってどこかで襤褸が出そうなものですけど。


 ”外面を良くする”という行為は対外的な自分の評価を上げる一手ではありますが、
多用するとあちこちで齟齬が出て危険を伴う両刃の剣でもあります。
特に”外”が2つ以上ある場合にはよほど注意しないと、”内””内””外”……という構図が出来上がりどこかで破綻します。
父がボランティア団体に所属していることは以前に述べたとおりですが、あくまで所属しているのであって、
旗揚げしたわけでもなければ長を務めているわけでもありません。
彼が加入した時には既に4人ほどがいたようなのですが、その中の1人が設立したようです。
その男、ショッカー役か何かやってた経歴があるようでアクションが得意らしいです。
まあそんな事はどうでもいいのですが、ともかく父は新規に加入した一員である、という点がここでは重要です。
さてこの団体、活動としてはかなり精力的なようで姫路市に認められ、NHKからの取材が来たりと忙しない様子。
おそらくこの取材の時に父と記者が接点を持ったと思われるのですが、何度かやりとりをしている模様。
それをちらりと見た時、僕は人間という生き物が場所・場合に応じていくつもの顔を使い分けていることを知ることになるのでした。
(今さらですけど)

その記者から父に当てた電文によれば、

『貴方様の勤勉さには頭が下がります。観光客をもてなす為に何ヶ国語も勉強なさっておいでで……』

という感じでお褒めの言葉が並んでいました。
さて、どういう経緯でこういう賞賛の声が挙がったのか遡ってみますと、

父:『――という具合で平日はサラリーマン、休日は忍者に漫画家というスーパーマンな生活を送っています。
   今は英語・独語・仏語・中国語と勉強しています』

みたいな文言を発見。
ちょっと待てや、コラ。(汚い関西弁その1)
何マルチリンガルを装ってるんだ。
確かに! 姫路城を訪れる観光客は日本人だけではない!
外国人の訪れも多分にある! だから挨拶やナビゲートにその国それぞれの言語が必要なことも頷ける!
しかしだ、諸君!
この自己PRには陥穽がある!
実際、この一文から彼が駅前留学とかしてるんじゃ……とか思った貴方は既に罠にかけられているのです!
今こそ灰色の脳細胞を使ってください。
彼はただ100円ショップ『ザ・ダ○ソー』で売っている厚み5ミリほどの例文がちょろっと載っている、
入門書に毛が生えた程度の書物を流し読みしている程度なんです。
それを恰も”多国語習得に砥礪切磋しているかのように思わせているのであります。
っていうかスーパーマンってなんだよ……。

”平日はサラリーマン、休日は漫画家として漫画を描いたり、忍者に扮してボランティア活動に勤しんでいる”

これだけ聞けば100人中122人はスゴイ御仁だ、と思うでしょう。
僕もきっと第一印象はそう錯覚すると思います。
ただ自分がこういう状況になって分かったことなのですが、この場合の記者の感じ方としては上述以外にあるハズなのです。
つまり、

『この男は妻子がいるのになぜこんな時間の使い方ができるのだろう?』

ということです。
独り暮らしなら自分の時間は全て自由に使えます。
しかし同居している(家族がいる)場合には恣に時間を使う事はできません。
もし彼をスーパーマンだと認識するなら、彼をスーパーマンならしめた内助の功にまで目を向けるべきなのです。
この世は総てが循環しています。
誰かが得をすればその分、誰かが損をする。
誰かが自由な時間を過ごせばその分、自由に時間を遣えない者が出てくる。
実際、彼がボランティア(!)に使った装束は自分で洗濯しているにしても、帰宅して出来たてのご飯が食べられるのは誰のおかげですか。
本来なら自分も払うべき家賃を代わりに払っているのは誰ですか。
彼が責任感や正義感が強い人間であるならば、外遊のボランティアの前にまずすべきことがあるハズなのであります。
これが人が見た目に騙される、という事なのであります。


さて、今度は二重の二面性です。
こんな電文を見つけました。

父:『人をまとめるというのはなかなか大変なものですよ。励ましたり刺激したりして――』

ここだけ読むと恰も彼が一団を率いているように錯覚してしまいます。
リーダー格(元ショッカー)がこれを知ったら良い気はしないでせう。
記者さん、あなた騙されてますよ。
他人さまの目に映るこの男は、
”平日は真面目なサラリーマン、土日祝は休む間もなく執筆とボランティア活動に明け暮れ、語学も堪能なスーパーマン”
と、こういう事になるでしょう。
実に勤勉で努力家ではありませんか。
しかも奉仕の精神も持ち合わせている聖人君子と言えなくもない。
しかし外での評判が良い人は得てして家の中では評判が悪いものです。
彼はこの電文が、あくまで自分と記者の間だけに流れるものであって、リーダー格に伝わるハズがないと思っているのです。
だからこそ自分が一団の長であるように振る舞うこともできるし、実質以上に実直であると錯覚させることもできます。

リーダー格 ← 自分 → 記者

この関係が成り立つ限り、双方に別の良い顔をするのは人間なら誰しもが犯してしまう不義なのかもしれません。
だがそれなら家でも家用の良い顔しろよ、と思いますけどね。
気を遣うところを完全に間違っていると言えましょう。

長くなりますのでここで一旦切ることにします。
2011年7月27日 20時43分 | 記事へ | コメント(0) |
| シリーズげんきょう |
2011年07月10日(日)
コトバとは
 もはや”神戸だから”は何の理由にもならない時代ですが、よく外国から来られた人に道を尋ねられます。
欧米の人が多いのですが、英語なんて中学卒業レベルで留まっている僕には母国語以外での対応はできません。
といって日本語で説明しても互いの理解度の相違から、なかなか伝わらない時があります。
そういう場合は実際にその場所まで連れて行きます。
道を尋ねてくる人はたいていそこから近い場所を目的地にしているので、急ぎの用がなければ送ったほうが手っ取り早いわけです。
5分少々の移動は勿体無いとも思いません。
そこまで逼迫した生活を送っていないからです。
さて、今回は道を尋ねられた時の対応の仕方がテーマではありません。
重要なのはそのひとつ前の段階。
そもそも僕が時間を割いて、本来の行き先とは反対方向であってもその人を案内したくなるのは、
誰もがあまりにも丁寧な尋ね方をしてくるからなんですね。
それはもう慇懃に。
たぶんそういう参考書のようなものがあって、それに沿って声をかけてくるのでしょう。
たどたどしく模範的で美しい日本語です。
流暢とは程遠いのです。
センテンスの区切り方も妙だし、イントネーションもどこか曖昧です。
しかしその言葉自体は正しく”日本語”といえるものです。
例えば僕たちが中学や高校の英語の授業で習う、”〜〜の言い方”はきっと文語的な単語の選び方をしていて、
実際の会話ではあまり用いられないでしょう。
テストではそれで満点でも、英語圏に飛び込んでみれば、
「カタイなあ……」
と思われるかもしれません。
母国語に慣れ親しんでいる――というより、”慣れている”という感覚すら抱かないほどに生活に浸透している日本人にとって、
「私は○○まで行きたいのですが、どのように行けばよいのでしょうか?」
と声をかけられれば違和感を持つかもしれません。
回りくどい、長ったらしい、と感じるかもしれません。
僕はそうは思えなかったわけです。
むしろ忘れかけていた日本語を思い出したような感覚を味わいます。
この国に生まれ育っておきながら、もう誰も使わないような規範的な質問文が緩急をつけた音声として届くのです。

日本人にもよく道を尋ねられます。
馴染みのない土地の地図を開くよりも、現地人に訊いたほうが手っ取り早いのです。
僕でもそうするでしょう。
ただこの場合の訊き方がもうヒドイわけですよ。
ほぼ50%の確率でウソを教えてやろうかと思いたくなるような傲岸不遜な尋ね方をされます。
訊く側だから謙れとか、教える側だから驕慢であれ、などと言うつもりは勿論ありません。
ただ初対面で「です・ます」すら末尾に添えられないお方とは微塵もお付き合いしたくないのであります。
そういう人が多い、というお話ですね。
だからこそ対照的な外国の方の口調には癒されるのです。
日本の伝統工芸や芸能を、日本に興味を持つ諸外国から来られた方々が継承しているといいます。
いつかこの国の言語そのものも、彼らが受け継いでいく時がくるやもしれません。
2011年7月10日 12時30分 | 記事へ | コメント(0) |
| 状況(現実) / 普通の話 |
2011年07月02日(土)
暑い夏の小さな利益
 久しぶりの取引ができた6月。
意識は別のところに向いていて以前ほど入念に相場と睨めっこしていなかったため、収支は5万のプラスで終わりました。
一時期に比べればペースはかなり落ちましたが、マイナスにさえならなければよいのです。
FX口座は銀行とは違うので証拠金を預けていても利息はつきませんから、何もしなければ利益を生むことはありません。
たとえスズメの涙ほどでも運用しないのであれば普通預金なり定期預金なりに移したほうが実利的ではあります。
しかしそうしてしまうといざ取引を始めたいと思った時にすぐに動けなくなる危険があります。
取引はたいてい夜に行うので、定期預金解約→普通預金へ振替→FX口座へ入金の流れが同日中に完了せず、
タイミングを逃すことも……。
所謂チャンスロスを排除するために、敢えてFX口座に資金を残してあります。
仮に丸1年取引がなかったとしても、13ヶ月目にたった一度の決済をするだけでおそらく1年分以上の金利を獲得できるハズですから。
日本はもう長いこと事実上のゼロ金利です。
昔のように銀行で転がす、という方法は意味を成しません。
こういう時代ですから積極的に財貨を運用する術は常に模索していかなければならないでしょう。
月給制の収入では3年、5年……10年先の所得が容易に計算できてしまいます。
見積もってはじき出される所得では足りないのです。
2011年7月2日 23時40分 | 記事へ | コメント(0) |
| 状況(資産運用) / 良い話 |
2011年06月23日(木)
1年
 クッキーが旅立ってちょうど1年が経ちました。
1年が365日あって、1日が24時間なのは人間が勝手に決めた事なので、
こういう問題は何の意味も持たないのでしょうけれども、慣例に従えば節目ということになります。
過ぎ去ると時間はあっという間です。
昨日も一昨日も大差はありません。
大差のない積み重ねなので、1年も長かったとはなかなか思えないものです。
時々、無性にわんこに触りたくなることがあります。
毛並みに沿って撫で、時にはそれに逆らって撫でてみたくなるのです。
耳の付け根のあたりを擽るように触りたくもなります。
マズルに執拗に掌を当てて怒らせてみたくもなります。
町を歩いていて、ゴールデンを見かけるとビクリとすることがあります。
それがアメリカ系ではなくイギリス系の女の子だったら尚更です。
みんな優しそうな顔をしています。
”そうな”ではなく優しいわけですけどね。
とても人懐っこいです。攻撃性はありません。
だから番犬にはなりません。
不法侵入者にさえじゃれつくでしょう。
疑うことを知りません。何でも信じます。
ウソは吐きませんが、いたずらが見つかりそうになるとちょっとだけ誤魔化します。
そういう姿に人生の半分は癒されていました。
2011年6月23日 20時39分 | 記事へ | コメント(0) |
| 状況(現実) |
2011年05月17日(火)
たまにはゲームに関する呟き
 殷賑な場所は苦手なのですが、所謂ゲームセンターというところには極偶に出かけます。
レースゲームは駄目、格闘ゲームも苦手、シューティングは操作が画面に追いつかず不可能。
できるのはピンセットみたいな棒で景品を吊るしている紐をズルズルと引きずって落とすやつくらいです。
あれ、得意なんですよ。
なんでお金払ってまで細かい作業せねばならんのかと思いますが、景品が取れると嬉しくなります。
シューティングは苦手と言いましたが、たったひとつだけワンコインでクリアできるゲームがあります。

『スターウォーズトリロジーアーケード』です。

どのような物かは調べて頂くとして……。
これが操作に慣れると爽快なのです。
別にルークに成り切らなくてもいいんです。
ミディクロリアン値が小さくてもいいんです。
もし自分にもフォースが使えるのでは、とお思いの方はヤヴィンステージの魚雷発射のシーンで、
目を閉じてイベントボタンを押してみてください。
(僕は3回に1回くらいしか命中しません)

このゲーム、同名映画の旧3部作を題材にしたかなり古い筐体です。
もし見かけたら遊んでみてください。
ウチの近くでも現役張っていますが、何しろ遊んでいる人を見かけないので、いつ不採算を理由に撤去されるや分かりません。
通りがかる度に拝みながらプレイしています。

(ヤヴィンステージのシーン2終盤、ベイダーと護衛の3機が飛び交う場面で必ず攻撃を受けてしまいます。
回避する方法をご存じの方、いらしたら是非ご教授下さい……)
2011年5月17日 21時28分 | 記事へ | コメント(0) |
| 状況(ゲーム) / 普通の話 |
2011年05月04日(水)
4月の運用成績なんてありはしませんよ
 各種の資産運用をされている方なら誰しも一度は経験されていると思いますが、
現物株式にしろ先物にしろ、取引している最中で相場が思惑と違う方向に進むとストレスになるものです。

ではそのストレスから解放されるにはどうすればよいかと考えると、
1)相場が思惑どおりに動くこと
2)取引自体やめてしまう
このどちらかということになります。

 4月。
一気に円安方向に進み、すっかり取引するタイミングを見失ってしまいました。
というわけでこの月は全く何もしておりません。
従って損益もゼロです。
利益が出ない代わりに損失も出ていないのだから、心持ちとしては波風も立たず平静で居られるハズなのですが……。
取引が全く出来ないことそのものがこうもストレスになるとは思いませんでした。
難しいものですね。
円環の理に導かれるようなものです。
2011年5月4日 11時20分 | 記事へ | コメント(0) |
| 状況(資産運用) / 普通の話 |
2011年04月06日(水)
14歳
 今日4月6日はクッキーの誕生日です。
既にこの世の存在でないものに年齢を重ねさせるのもおかしな話ですが、生きていれば14歳です。
13歳の誕生日は食欲も旺盛で、ケーキを丸呑みするくらいに元気でした。
大型犬にとっての1年は人間の4年に相当すると言います。
クッキーは時間の流れをどう感じていたのでしょうか。
2011年4月6日 23時15分 | 記事へ | コメント(0) |
| 状況(現実) / 普通の話 |
2011年04月02日(土)
「杏さや」でも「さや杏」でもどっちでもいい
残りがいつ放送されるものかと気を揉みながら過去話を観返していたところ、
なぜか杏子がやたら気になってきました。

ライバルキャラっていいですね。
なのはに対するフェイトみたいな感じの。
しかし大抵は最後まで悪に徹しきれずに途中から情が見え始め、主人公側と和解……みたいなのが大半です。
フェイトがそれで彼女は悪意があってなのはと対立していたわけではないので、徹底的に痛めつけようとか本気で殺してしまおうとか、
そういう”完全な敵”ではないわけですね。
佐倉杏子もそういうキャラのようです。
初登場時は好戦的でさやかを倒して縄張りを広げる悪者役のように見えましたが、路地裏での戦いの時点で既にその印象からは
外れた人物ではないかと思いました。

まず5話での初バトルですが、「使い魔は放置すべき」「正義や人助けはくだらない」旨の発言をしてさやかを退かせています。
これは相手を圧倒するアクションでもありますが、同時に契約済みのさやかと一般人であるまどかとの距離を空けるためでもありました。

結果、杏子はまどかが巻き込まれないように結界を張ることに成功。
つまりどちらから仕掛けるにしても、いざ戦いになってから結界を用意しようとしてもそれが間に合わず、まどかが怪我をしてしまう
可能性を排除したということですね。
使い魔を放置する、ということは4、5人食べて魔女になるまで待つという意味なのですが、ここでまどか1人を庇うような人間に
果たしてそれができるでしょうか?
で、実際の戦いは経験の差で杏子が圧勝という展開になります。
一見すると杏子の襲来にさやか敗北、という流れに感じられるのですが先に攻撃をしかけたのはさやかなんですね。

挑発に乗りやすい性格ということなのか、それとも正義感が強いから悪意を感じた敵に斬りかかったのか。
新人魔法少女なんて潰せばいいと言っていた杏子ですが、わざわざ正面から姿を現し、不意打ちをしかけるでもなく、
先にさやかに攻撃をさせた……という点は実に正々堂々としているではありませんか。
ホンモノの悪者なら姿を見せるどころか、後ろから一突きにしてさやかを害しているでしょう。
ここまで考えると「全治3か月くらいには痛めつけた」というのも気を挫くための発言だと僕は思っているのですが、
これに関しては実際、どう見てもさやかは両腕を骨折しているようなので本気だったのかも知れませんね。
ただし最後まで”さやかを殺す”という意図は無かったように思います。

※この時点では頭を冷やせ、と背を向けて立ち去ろうとします
その言動からさやかを殺す意図はなかったこと、彼女を見逃そうとしたことが分かります。

この直後にほむらが飛び入り、戦いを中断させます。

2人の位置からすると、この杏子の刺突の角度ではさやかの体を貫くことはできません。
仮にこのまま直線的に突撃をしたとすると、槍はさやかの頭上を飛び越えて背後の地面に突き刺さりそうです。


ほむらの闖入でさやかが気絶した時、杏子はすぐに結界を解除します。
もう戦う必要はないから、という判断によるものでしょう。
杏子は変身こそ解かないものの、もう誰に対しても攻撃を仕掛ける気はなく、状況からして唯一の一般人まどかにも
害が及ばないと考えたからではないでしょうか。
普通、こういう好戦的でやや粗野な感じのキャラは本能に基づいて行動しやすく細部に思慮を巡らせないのですが、
杏子はかなり頭が切れ、咄嗟の判断力にも優れているようです。


 6話でも杏子とさやかの衝突は避けられなかったわけですが、ここでの彼女の言動もいろいろと考えさせられるところがあります。
退院した恭介宅の前で何もできず引き返そうとしたさやかは、背後にいた杏子を認めます。
杏子、さやかに見つかるまで一言も喋らないんですね。
ちゃんと彼女が恭介宅に背を向けるまで待っているわけです。
ヘンに潔い性格なのか、どうも彼女は不意打ちを嫌うようです。
この後の台詞には首を傾げたくものがあります。
「たった一度の奇蹟を下らないことに使った」
「魔法は自分のためだけに使うものだ」
さやかはもう契約していて”恭介の腕を治すこと”を叶えてもらっているのですから、
杏子が今さらこう言ったところで意味がないんですね。
それをわざわざ戒めるように吐いたり、恭介の手足〜と物騒な発言をしたりというのは彼女らしい挑発の仕方なのでしょう。
さやかはまんまとそれに乗り、戦う意思があることを示します。
こうなるように杏子が誘導したのは、前回ほむらの水入りで目に見える形での決着がつかなかったため、
改めて1対1で戦闘する場面を作りたかったからと考えられます。
といっても実際はどう見ても杏子の勝利でした。
ほむらが止めに入らなければ、彼女の槍はきっとさやかのすぐ傍の地面を抉っていたことでしょう。
場所を遊歩道に移した杏子が先に変身しましたが、この時も彼女は先手を打たなかったでしょう。
さやかに先に攻撃を仕掛けさせ、そこに見事な反撃を加えて沈める……という算段だったのではないでしょうか。
しかしまどか、ほむらの登場でここでも戦いはお預け。
まどかがさやかのソウルジェムを投擲したことで、彼女の体が抜け殻であることが判明。

この時の杏子の行動は、さやかの首を掴んで持ち上げるという豪快なものでした。
面白いんですよね、これ。
この所作、さやかが急に倒れたものだから生死を確かめたものと思われます。
さあ戦おうという相手の安否を確かめる必要があるでしょうか。
死んでいるならそれでいいし、そうでなくても相手が身動きひとつしない絶好の機会なわけです。
わざわざ持ち上げなくとも良かったでしょうが、頚動脈に手を宛がって生死を確認するという行為は、
むしろ相手に生きていて欲しいという気持ちの表れではないでしょうか?
本気で殺すつもりなら、「どういうことだ、こいつ死んでるじゃねえかよ」とか言う前に、
「くたばりやがったか。なんだか知らないが好都合だ」とでも吐いて不敵に笑うでしょう。
それにしても持ち上げた体をどのように下ろせば、次のシーンでさやかがこの向きに横たわるのでしょうか。

乱暴に落として……も、こうはならない気が。


 7話になると杏子のイメージががらりと変わります。
マミの死の直後から彼女はさやかを注視していたようです。
6話では「会いもしないで帰るのか? 今日一日追い掛け回したくせに」と発言したことから、
杏子も”一日さやかを追い掛け回していた”ことが分かります。
7話ではついにさやかの自宅まで突き止めています。
縄張り奪取のためのリサーチと言えばそれまででしょうが、実力差を考えればそこまで入念にする必要はなく、
別の目的(あるいは理由)があるように感じられます。
ゾンビ化した体に塞ぎ込むさやかを連れ出す杏子の行動力は、大胆で無遠慮に見えてさやかの気晴らしとして
いくらかの効果を上げています。
自分の過去を他人に話すというのは中々に勇気の要るものです。
取り留めのないものならまだしも、父親が破門されて食い扶持に困っただの、家族が自分を残して心中しただの、
本来なら身内にさえ秘匿にしたい辛辣な思い出でしょう。
それを顔を合わせて間もない、ましてや敵として刃を交えた相手にあっさりと吐露できるというのは、
それ自体が杏子の胆力であり、また怒りや憎悪を引きずらないサッパリした性格であることの証明でしょう。
ほむらともある程度の信頼関係は築いているようですが、彼女には過去話を一切していません。
なぜ杏子がさやかに柔らかく接するようになったかは明らかではありません。
同じタイミングで秘密を知って仲間意識が芽生えたともとれるし、さやかが落ち込んでいるようなので先輩として
励まそうとする老婆心が働いたともとれます。
能動的で活発なキャラという意味ではよく似ているのですが、切り替えの早い杏子に比してさやかはというと
怒りを引き摺ったり、猜疑心が強かったりと大きな違いがあります。

彼女が林檎を投げ捨てたのは、たとえ果物1個と雖も杏子から素直に物を貰いたくないという意地っ張りな面が出た、
というよりは林檎に映った自分の顔(ゾンビであり人間でない顔)が厭になって思わず投げた、とも考えられますがどうでしょうか。
ただ杏子を拒絶せず、ちゃんと着替えて教会まで付いて行ったあたり、不器用ながらも多少の柔軟さがあるようです。
頑固は頑固なのでしょうが、一度憎んだ相手の言葉は何が何でも聞き入れない! というほどの意地っ張りではありません。
さて、ここでの杏子はまさしく”先輩”というに相応しい発言をしました。
魔法少女としての先輩でもあり、人生の先輩としての説得力のある弁です。
(実際杏子の年齢は分かりませんが、まどかたちと同い年か1歳上くらいではないでしょうか)
「〜私はそれを弁えてるが、あんたは今も間違え続けている」「あんたはこれ以上、後悔する人生を歩むべきじゃない」
こういう言葉がさらりと出る辺り、杏子は心底からさやかを案じているのでしょうね。
何もかも知っていて達観している様子のほむらには、彼女はこうした助言めいた発言を一切していない点を考えれば、
俗っぽい言い方になりますが『不安定なさやかを放っておけない』という気持ちになったからかもしれません。
利己主義を掲げ自分のためだけに力を使って生きると述べる割に、彼女は自分から他人の領域に踏み込み解決の道を示そうとします。
ほむらに言わせれば最も魔法少女に向いていない性質かもしれません。
杏子はこの過去を経て生き方を変えたと言っていますが、根の部分は実は変わっていないように思えます。
というのも独白時も独白後も、父親の批判を一切していないんですね。
あくまで父のやり方は正しく、間違ったのは他人の都合を考えずに願い事を叶えた自分だ、と今でも思っているということです。
父親の信念を否定も拒絶もしていない以上、利己的な生き方を貫くことはできません。
それをしようとすると父親が死ぬ直前までやってきたことを否定することになります。
助言は届きませんでしたが、彼女はどこまでもさやかに優しく接するつもりのようです。
魔女との戦いで劣勢だったさやかを助けた杏子の”手本を見せてやる”は、代わりに魔女を倒すという意味ではありますが、
その魔女が持っているGSを手に入れるつもりはなかったと見えます。
そもそも最初は高台から戦いを傍観していましたからね。
つまり無償の人助けということになるので、これはもう5話の杏子とは別人です。
この時さやかも”助けてもらった”という意識はちゃんと持っていて、しかし意固地な彼女は借りを作りたくないので、
GSを杏子に渡して引き揚げて行きます。
(この回の林檎の入手法は謎のままですが、真相はどうなのでしょう?
盗んだという意見を多く見ますが、店で陳列されている林檎はああいう紙袋に入っていないので、もしそうだとしたら
どこかで紙袋も盗まないといけないことになるのですが……)


 8話ではさほど目立ったシーンはありませんが、端々でさやかを気にかけていることが分かります。
後々を考えればさやかはほむらの手にかかっていた方が良かったかもしれません。
しかし後一歩のところで杏子に阻まれて殺害は失敗。
この時、彼女ははっきりと「あいつを助けるんじゃなかったのかよ?」と疑問を投げかけます。
ラスボスとの戦いに際して共闘関係を結んだとはいっても、この辺りの考え方はかなり対照的です。


エントロピー云々は省略。商業科の出には難易度の高すぎる内容です。


駅での最後の対面は涙をそそります。
最期の瞬間に居合わせたのが親友のまどかではなく、杏子だったというシチュエーションもさやかにとっては皮肉だったかもしれません。
頑なに杏子のアプローチを拒んできたさやかですが、なまじプライドの高い人間ならまずできないことを彼女はします。

涙を見せることです。
杏子を憎むべき敵だと捉えていたなら、決して涙は見せなかったでしょう。
泣き顔どころか弱っている自分すら曝け出すことはできません。
さやかはとうとう杏子の名前を呼ぶこともなく、彼女の再三の呼び掛けに応じることもありませんでしたが、
ここで漸くそれに応えた……ような気がします。
さやかは生き方に不器用な人物でした。
彼女が杏子ほどでなくとももう少し柔軟性があって、苦痛に対する耐性があれば最悪の事態は免れたかもしれません。
この点は2人の契約の仕方やタイミングの違いが大きいかもしれませんね。

杏子は  一度絶望を味わってから契約→家族心中で再度の絶望→割り切って生きる
さやかは 不自由なく生きてきた→契約してから絶望を味わう→破綻

生死の境を彷徨うな虐遇に陥ってから契約するのと、割と安穏な生活を送って契約してから絶望するのとでは、
人にもよるでしょうが受ける打撃には開きがあるようです。
褒められてから叱られるより、叱られてから褒められるほうが救われた気になるのに似ていますね。
こうして失意の念を強くして自暴自棄に陥ったさやかですが、追い詰められて誰にでも噛みつく攻撃的な性格ではありません。

彼女は涙を見せましたが、同時に濁りきったSGを杏子に見せました。
わざわざ見せる必要のないそれを取り出したのは彼女自身、杏子に助けを求めていたからではないでしょうか。
張り続ける意地もここまで、とばかりにさやかは全てを曝け出します。
杏子が陰惨な過去を語ったように、彼女も胸の内を吐露したわけです。
残念なことにそれが遅すぎた、ということです。


 9話では方々で言われるようにまさしく聖母の振る舞いをする杏子です。
魔女を産み出し抜け殻になったさやかをしっかりと抱えて結界から脱出します。
その後、なぜ線路を歩いているのか分かりませんが、ここでも彼女はさやか(の肉体)を優しく扱います。

淡々と現実を語るほむらに掴みかかる際、杏子は亡き骸をまどかの前に下ろします。
遊歩道で頸を掴んで持ち上げた時の杏子からは想像もつかない行動です。
ほむらに対して「こいつはさやかの親友なんだぞ」と言うのがいいですね。
早くから家族に死なれて学校にも行っていないであろう杏子が、『親友』という感覚を理解しているのかは気になるところです。
ただ路地裏での戦闘時、遊歩道でさやかのSGを投げ捨てた時のまどかの行動を杏子はしっかりと見ていた上で、
この2人が”ただの友だち”ではないと判断したのかもしれません。
なので彼女には是非とも「ウザイ仲間がいるもんだ」という発言を取り消してもらいたいものです。
杏子の優しさはホテル(?)での一幕でも読み取ることができます。

何気ないシーンですが、ベッドに横たえられたさやかは両手を胸の辺りで組んでいるんですね。
死体が動くわけがないのですから、これは杏子が組ませたということ。
こういう細かい気配りができるところが、杏子の根っこの部分の優しさです。
乱暴な言葉を使っていても好戦的な姿勢でいても、彼女は恐らく優しい少女のハズです。
どんなに悪ぶろうとも悪には成り切れないのが杏子です。

ただ片膝を立てて食べ物を貪るのはいただけません。
現実にいれば僕なら真っ先に忌避するでしょう。
日下部みさおといい佐倉杏子といい僕はどうも、”現実にいたら絶対イヤな人間”でも二次元の世界になると気になってしまうようです。
一家心中しなかったらきっと淑やかな女の子だったのだろうなあ。
淑女というには遠いのですが、この回でのまどかとのやりとりはさやかに対する口調と比較してみると面白いです。
まず呼び出し方からして大きく違います。

「ちょいと面貸しな、話がある」
「話があるんだ、ちょっと顔貸してくれる?」

結局、人を呼び出すのに「顔を貸す」以外の表現ができなかった杏子。
しかし口調は随分と異なります。
ここでは”親友を失ったまどかの心情”を察して、できるだけ柔らかい調子で話すように心掛けていると感じます。
「助けられないとしたら放っておくか?」とやや強い調子で言った後、「妙な訊き方しちゃったね」
とフォローするような口当たりに戻しました。
うまくいくかと惑うまどかに杏子は咄嗟に「分かんねーよ、そんなの」と返しますが、直後に「分かんないから、やるんだよ」と微妙に語調を変えました。
やや乱暴な口調から柔らかい言い方に置き換えたわけですね。
直接言葉を交わすのはこのシーンが初めてになるハズですが、杏子はまどかがどのような人物かを見ていて適切な話し方を択んでいます。
これがさやかや事情を知っている風のほむらなら、彼女の語勢はもう少し強くなっていたでしょう。
小さな喧嘩すら拒むようなまどかに対してだからこそ、萎縮させないよう柔らかい口調を心がけていたのだと思います。

表情もずいぶんと優しくなっています。
杏子という人物は相手の性格や立場、状況に応じてきちんと言葉を遣い分けます。
たとえば相手を呼ぶ時、彼女はたいてい「あんた」と言います。
乱暴な呼び方ではありますが、これは杏子にとっては親しみあるいは敵意のない相手に対する呼称です。
さやか、ほむら、まどかに対しては「あんた」を遣いました。
しかしほむら宅に現れたQBや、線路上で淡々と語るほむら等に対しては「てめえ」と呼びつけています。
面白いのは唯一刃を交えたさやかに対して一度も「てめえ」という言葉を遣っていないこと。
同じくまどかにも「あんた」止まりの呼びかけでした。
(敵意という意味に絞って考えれば遊歩道での一件から、彼女にとってQBは敵になったようです。
あれ以降、彼女がQBを呼ぶ時は常に「てめえ」に統一されました)

さやかを助けようとする杏子と、それを手伝いたいとするまどか。
この会話の中で杏子は『魔法少女となった初志を忘れていたが、さやかがそれを思い出させてくれた』と言いますが、これはちょっと違う気がします。
5話において無言でまどかが巻き込まれないように結界を張ったところだけ見ても、他者への優しさは捨てきれないと見えます。
”忘れていた”というより、”考えないようにしていた”と換言したほうがしっくりくるかも知れません。
『呼びかけに応えるかもしれない。それができるとしたら多分まどかだ』だと杏子は考えますが、
流れを見る限り、呼びかけて応えるとしたら杏子のほうではないでしょうか。
まどかはさやかの親友です。路地裏での戦いなど、彼女を助けるためにまどかは躊躇いながらも契約をしようとしました。
痛みを感じないという彼女の戦い方を諌め、泣き、拒絶されても対話を試みようとしました。
その行為はとても尊いことだと思います。
一方で杏子はまどかが与り知らない”さやかとの接触”を繰り返しています。
過去を打ち明けて先輩として開き直った生き方を助言しました。
ほむらに殺されそうなところを助けました。
さやかの最期の瞬間に立ち会い、その涙も見ました。
同じ契約した者同士、という大きな共通点があるのとないのとでは、さやかへの想いのやり方は大きく異なるでしょう。
まどかはあくまで親友として、杏子は似た経歴を持つ魔法少女として、状況や立場は違っても彼女を救おうとする点では同じです。
しかし最後の最後、まどかが『昨日の今日で学校に行っている』ところは理解し難いものです。
描写はありませんがおそらく彼女は、親友の亡骸が杏子の傍にあることを知っていたでしょう。
一晩中泣き明かしてもおかしくないのですが、憔悴しながらも登校できるのは胆力によるものなのか、
現実を忘れるためにいつも通りの行動に逃げて精神の安定を図っているのか……。
この作品のメインキャラは悉く救われないようなので、描写のないキャラも何かと抱えているでしょう。
すっかり聖母となった杏子は何度も何度もまどかに覚悟を問います。
”何があっても守り切る自信はない”と言ったのは彼女ですから、まどかに怪我をさせたくない杏子が訊ねるのも自然な流れです。
そこで躊躇う様子もなく肯うまどかもまた親友想い。
戦わない自分は卑怯ではないかというまどかに対し、杏子は持論でもってきちんと答えます。
ここで無視したり軽くあしらったりしないのが彼女の優しさです。
好戦的なようでしっかりと対話できるキャラです。
杏子には魔法少女を務める上での覚悟や考えがちゃんとあって、それが厳しい現実をくぐり抜けた経験を基にしているだけに、
生半可な気持ちで魔法少女になろうとする人間を嫌っていたのでしょう。
さやかと戦ったのも単純に縄張り奪取のためでなく、中途半端な正義感を振りかざしているように見えたから……ではないでしょうか。
言い方を変えれば『自分はこんなに辛い想いをして魔法少女として戦ってきたのに、楽しそうに魔法少女やってる人間を見ているとムカつく』
という感じかもしれません。
不幸な人間は幸福な他者を憎みます。怨みます。自分の不幸を嘆きます。
いかに達観して器用に生きる術を身につけた杏子と雖も、”そういう人間は許さない”として”潰す”と言います。
これが彼女の信念であれば、それに忠実に従う姿は潔いと言えましょう。
同時にさやかが”そういう人間”でないと分かった途端に手を差し伸べられるのも、また潔さです。
ここでは是非ともまどかに「じゃあさやかちゃんを狙ったのはなぜ?」と訊いてほしかったですね。
どういう表情で、どういう仕草で、どういう言い回しでそれに答えるのか。
もしかしたら戸惑う杏子が見られたかもしれません。


契約してからのさやかの変わりようはまだ納得がいくのですが、12話という短い尺のせいか
杏子の心情の変遷が十分に描写されていないのが残念です。
換言すれば想像や妄想の入る余地が多分にあるわけで、全国の職人さんやSS作家諸氏の様々な解釈が
見られるという意味では良かったのかもしれませんね。
2011年4月2日 15時21分 | 記事へ | コメント(0) |
| 状況(アニメ) |
3月の収支が出た
 資産運用のお話です。
興味のない方はごめんなさい。

3月度、さてどれだけ利益を出せたのかと集計してみたところ、
54万円ちょっとのプラスとなりました。
毎月これだけ出せれば支払いなんて気にしないで生活できるんですけどね。
今回は南アフリカ一本に絞りました。
情報が少なく、その点では相場を読みにくいのが難しいところですが、1通貨=12円程度なので
大量に取引できるのが魅力です。
FX口座の資産も順調に殖えてきているので思い切って50万通貨買いました。
前月から持ち越したポジも含め、2回の決済に成功してこの利益となりました。
ただ4月1日時点では全通貨がかなりの円安方向に動いており、次の取引のタイミングが掴めません。
日本の金利を考えるとスワップは基本的に買いなら受取、売りなら支払となってしまうので、
この状況で利益を得るためにはスワップ支払覚悟で売りポジを持ち、円高を待つ……ということになるのですが、
毎日目減りしていく資産を見ながらの生活は精神衛生上よくありません。
3月が良すぎた分、4月は下手を打つと全く取引できずに終わる可能性もあり、一喜一憂しています。
2011年4月2日 02時16分 | 記事へ | コメント(0) |
| 状況(資産運用) / 良い話 |
2011年03月25日(金)
シリーズげんきょう07
 人の縁とは不思議なもの。
どこで誰と知り合い、どのような世界に足を踏み込むかは誰にも予測がつきません。
それをドラマや小説でやれば面白いのですが、現実になるとそこに様々な弊害が内包されることを僕たちは意識しなくてはなりません。
どういう縁でか、父は姫路で活動するボランティア団体のリーダー格と知り合ったようです。
団体といっても大きな組織ではなく、有志数名で活動しているサークルのようなものです。
具体的にどういう活動をしているのかというと、姫路城に観光に来た人に歴史を教えたり、道案内をしたり――というのが主らしいです。
で、この活動の際に彼らは皆、忍者のコスプレをします。
こんな感じで。


肖像権?
知ったこっちゃあありませんよ。
検索すれば他所様のブログでも載っているし、そもそも彼らの活動理由は奉仕とアピールなのですからこうして載せることに関し、
感謝されることはあっても怨嗟されるハズがありませんもの。
士気を高めるためでしょうか。
有名なボランティア団体ではメンバーを”ライオン”をつけて呼び合うそうですが、これも同義と考えていいかもしれません。
足袋やら刀やらを装備してそれっぽく。
いいですか?
彼らは40歳、50歳台の人たちです。
それが悪いとは思いません。
奉仕の精神に年齢性別出自その他は関係ありません。
その志そのものは尊いと言って差し支えないでしょう。
しかしボランティア活動を行う裏で、彼らが何を犠牲にしているか。
ここに想像力を働かせることができれば僕はその人間を心から尊敬するでしょう。
実際、僕も父がこの活動をやり始めるまでそうした想像など微塵もしなかったのですから。
テレビやらネットやらでこうした活動をしている人を見て、ただ尊敬していただけですから。
見た目に惑わされてはいけない。
ボランティア活動というものを観察する際、観る側が尊崇の念を抱いていいのはあくまでその活動及び成果に対してだけであって、
それを行う人までを尊崇の範疇に含めることには逡巡したほうがよさそうです。
今回の場合も、実は忍者衣装は自腹切っています。
装束だけで数万、それに加えて刀(の模型)から足袋、頭巾、手裏剣とか苦内とか…………。
ちらりと見えた領収書には10万に届くかというくらいの金額が示されていました。
いやいや、そんな事に金かける前にすることがあるだろ。
しかも交通費も自腹であります。
その分、家計に入るお金が少なくなるのですから堪ったものではありません。
活動はだいたい隔週で行っているようです。
ボランティア――本当に聞こえがいいですね。
立派です。
家中では傲岸不遜・勝手放題な振る舞いで妻を鬱病にさせ、不用意な発言から生じた債務を息子に押し付けても、一歩外に出ればその振る舞いを見た他人は
まさか家庭内でこのような事が起こっているなど想像もつかないでしょう。
理想と現実、建て前と本音、内と外。
物事は必ず多面的であり、古代ローマの神ヤヌスでない限り、それらを同時に見ることは不可能なのであります。
っていうか頭巾とか足袋とかベランダに干さないでくだちい……。
余所から見えて恥ずかしいじゃないですか……。



 縁といえばもうひとつ。
これもまたどう知り合ったのか、姫路のタウン何だかの雑誌の編集者とやりとりをしています。
実際に月に数回、ボランティアとは別に姫路に赴き面も合わせているようです。
その際に父が持っていくのが原稿。
前述の雑誌に漫画のページがあり、それに連載を持っているとのこと。
(新聞の4コマのちょっとコマ数が多いやつだと思ってください)
またしてもここだけ聞けば”スゴイ”と人に思わせそうな展開でありますが、もちろんこの事実もまた多面的であります。
まず連載というからには定期的に描き、且つ一応は〆切を守らなければなりません。
となると描く時間が必要になります。
では彼がどのようにして、いつその時間を確保しているのかという問題になりますがこれは簡単明瞭。

執筆時間=家にいる時間

という等式で表せますから。
父はギャンブルはせず、酒も飲まず、煙草も吸わず、外に女も作りません。
朝は決まった時間に出社し、夕方は決まった時間に帰宅します。
(決算期とかですら残業が全くないのが不思議です)
帰ったらまずシャワーを浴びます。
浴びたら2階の自分の部屋に籠り、漫画を描きます。
そうこうしていると僕が帰宅します。
僕の帰宅に合わせて母が夕餉を作ってくれ、背広を脱いで僕も配膳などをします。
その音を聞きつけて父が降りてきて、旅館に来たお客のように卓につきます。
絶妙なタイミングで無言でやってくるのですが、たまに測り損ねて早めに来ることもあります。
そういう時は新聞を広げる、引き出しの中を整理するフリをするなどして時間を稼いでいます。
料理が並びました。
彼は蚊の鳴くような声で”いただきます”を呟いた後、無言でそれらを食します。
魚介類など高価なものがあればそれから。なければ味の濃いものから優先的に。
足りない場合は醤油やソースの出番。
食べ終わると蚤の鳴くような声で”ごちそうさま”と囀り、シンクに食器を置いて部屋に籠ります。
執筆再開です。
階下では後片付けやら洗濯やらわんこの散歩やらとやることはあります。
その間、彼は基本的にお絵描き。
時々降りて来てはお湯を沸かしてお茶と菓子を持ってまた部屋に籠ります。
きっと”〆切に追われている売れっ子漫画家”になりきっているのでしょう。
↓こんな名刺まで用意して配り回っているくらいですから。


(スタジオといいますが特にスタッフもいなければ専用の画材などが置いてあることもありません)

いい加減ちょっと怖いです。
彼の頭の中ではどんな世界が広がっていて、その世界では彼がどんな位置にいるのか。
連載にあたり謝礼は貰っているっぽいのですが、おそらく画用紙とか買って往復の交通費も込めれば足が出ているでしょう。
漫画の内容は姫路城にまつわるものなのですが、彼はそれ以外にも手塚○虫とか横山光○になりたかったのか、それ系の柄の漫画も描いています。
出版する気があるのかどうかは分かりません。
なにしろ絵柄コマ割りなどが当時のまんま。今や中学生くらいの子の描く漫画のほうが画も内容も遥かに上を行っているでしょう。
で、その方面には集中力があるのか書店でいろいろと漫画の参考になるような書籍を買ってきています。
「マンガの描き方」とか「超能力と科学」とか「精神医学」とか……。
どういう内容の漫画か知りませんが……。
自分の好きな物にだけ情熱を注ぎ、それ以外はなおざりどころか見て見ぬフリする男なのであります。


「シリーズげんきょう 08 に続く」
2011年3月25日 21時35分 | 記事へ | コメント(0) |
| シリーズげんきょう |
2011年03月02日(水)
2月の損益と凄惨な現実
 資産運用のお話です。
興味のない方はごめんなさい。

 2月は豪ドル、南アランドの2本立てで取引しました。
どうせそうそう決済なんてできないだろうから、それならとスワップの大きい通貨を狙ったワケです。
実際は豪ドルは月中に新規→決済成功、南アランドは新規→決済できず3月に持ち越し、というポジションとなりました。
結果は19万の利益。
運用証拠金ベースでまずまずの利益率でした。

これで支払いが少しは楽に……。

昨年終わりから近時にかけて豪ドルにはお世話になりました。
今そのお隣のニュージーランドでは地震による一次、二次災害が大きな問題となっています。
2月の利益が大きかった分、たまには他人のためになることをしようと思います。
2011年3月2日 21時24分 | 記事へ | コメント(0) |
| 状況(資産運用) / 良い話 |
2011年02月23日(水)
シリーズげんきょう06
 答えあわせです。

正解は『遊んでいた』でした。
正解者の中から抽選で5名様にクオカードを進呈する気持ちでいます。
厳密にいえば、もうこんな機会は生涯絶対にない! っていうくらい全力で遊んでました。
朝ご飯食べた後すぐに部屋に籠ってハットリくんだかパーマンだかのDVD観賞。
昼ご飯食べた後は手塚治虫とか横山光輝の切り抜き記事の整理。
晩ご飯食べた後はマンガを書く……。
ある歌の詞のように、きっと毎日が日曜日だったのでせう。
せめて洗濯とか掃除くらいしろよ。
母が働いている間、料理を除く家事の殆どは僕がやっていました。
(胡瓜すら満足に切れない僕には食事を用意するなんてできないのです)
なぜ僕に家事ができたのかと言うと半ニート状態だったからです。
ニートの厳密な定義を考えれば僕はそれには当てはまらないのですが、日本での一般的なこの言葉の意味からすれば該当していたでしょう。
のんべんだらりと日々怠惰を貪っていた僕ですが、さすがに母が家事とパートをやっているのを見て無視できるほど冷たい人間ではありません。
愛犬クッキーの散歩とか食事の用意とかやることはいろいろあります。
父よ、何でもいいからひとつくらい手伝えよ!
と背中で訴えていたのですがどこ吹く風。
そんな生活が半年ほど続いたでしょうか。
突然訪れた転機は父を新たな就職口へと誘いました。
よかったね。
これまで同様に経理職なので彼も培ってきた能力を遺憾なく発揮できるでしょう。
いちおう課長級で採用されてますし。
でもね。
こんな時勢だから贅沢言っちゃあいけないんですけども。
給与少なすぎ……。
もう50ですよ。
大卒4、5年目みたいな手取りでどうなさるおつもりで?
まあどうなさろうとも毎月入ってくる額は同じなのですから、こっちは出ていく金額を小さくするしかないのですが。
母も勤めを終えて専業主婦に戻りました。
僕は急に将来が不安になってきたので就職活動開始です。
日商簿記1級もってりゃどこの経理でも採ってくれるだろうと思いきや、これがなかなか難しいものでした。
後進の育成に力を注ぐだけの余裕のない会社ばかりなので、どうしても経験者を優先します。
こういう時は資格の有無はさほど問題ではないのです。
どれだけの実務経験があるか。
その一点に尽きます。
そういう具合ですから今の会社に決まったことは誠に僥倖だったのでありましょう。
しかし好転するのもここまで。
現実とは常に辛辣で、希望を粉々に打ち砕き、夢や希望を裏切る不変の概念なのです。
悪いニュースが届いたのは一昨年の秋頃でした。
叔父の勤務している会社が不況の煽りを受けて深刻な打撃を受けたとのことです。
どこでもそうなんですけどね、この時期は。
世界同時不況は中小零細企業にも容赦なく毒牙をあてがうのです。
破綻したとかそういうワケではないのですが、賞与はなくなり定期昇給も取りやめとなり。
祖母宅の財政難が顕著化してきたのであります。
何しろ壁をぶちぬいた大きな家ですから、月々の返済も安くはありません。
その上に夏冬のボーナス払いもありますから月々は何とかなっても年2回のこの時期は支払いが大変苦しいのであります。
幸いなことに僕の勤めている会社はどんなに苦しくても最低給与1ヶ月分の賞与は出してくれるという気風の良さがありましたので、
祖母宅の支払いにはこれを充てました。
ただ月々の返済に関しては簡単にはいきません。
祖母は年金を貰っていますがそこから生活費やら何やらと控除していくと、手許にはそう多くは残りません。
では財源をどこに求めるか……というと僕に行き着きます。
家庭内事業仕分けはとっくに終わりました。
もう霞が関は僕の財布にしかありません。
少ないながらも父の月給でこの陰惨な核家族の余喘の生活は保たれておりまして、僕はといえば緊急の出費時以外は
給与を貯め込んでおったのであります。
僕が吝嗇だからというのも勿論ですが、資金を貯めて母を連れて家を出るという目的があるからなのです。
あの父の元にいれば母は精神的に寸襤褸にされる(今でも十分そうですが)という危惧があります故。
一緒にいる意味がありませんしね。
同居しているのは僕が生まれているからであって、仮に流産でもしてりゃ確実に20数年前に離婚していたでしょう。
さて、祖母宅のために財源を切り崩さなければなりません。
しかしそう簡単にいかないのが金額であります。
一般的なローンと比べてお高めなのであります。
勤め初めて間もない僕にはかなり苦しい。
これでは月給が祖母宅の支払いに流れ、僕自身の口座の中身が殖えず、従っていつまで経っても家を出る資金が貯まりません。
まったくタマリマセン(二重の意味で)。
出来高制の営業ならともかく、僕は頭脳を用いるホワイトカラー。
毎月入ってくる金額は基本的に同じです。
そこでどうにか月給にプラスアルファで得られる方法はないかと考えて辿り着いたのがFXでございました。
普通科を出てその後なにもしなかったのならこの道はなかったでしょうが、幸いにも高校・専門に渡って商業系を学んできたおかげで、
金融や経済にはちょびっとたけ強くなっています。
現物株式と違って元手の数倍〜数十倍(あるいは数百倍)の取引ができるFXは、僕のような格差社会の底辺で喘ぐワープアにはまさしく地獄に仏。
うまく利益を上げられれば懐は温かくなり、祖母宅の返済を手伝ってもなお手許にいくらか残る算段です。
これをやるにはコンスタントに利益を出していくしかありません。
たとえ少額でもプラス収支で毎月終えることができれば、それだけ余裕が出てきます。
会社員は副業は原則禁止ですが、背に腹は代えられないというやつです。
ちなみに詭弁になりますが僕はFXは副業には当たらないと思っています。
その理由は獲得する収益に”スワップ金利”というものがあるからです。
もしこれが副業だと言うのなら、一般サラリーマンが毎月給与を振り込まれている口座に年2回付く普通預金利息も副業による所得ということになります。
労働力を提供してその対価を得ているわけではないので、株式、為替相場……こういった手段は副業ではないと考えます。
さて、たまに負けることもありますが基本的には最低でも1000円単位で利益を得る生活が確立し始めました。
この頃、父方祖母があまりに自由な振る舞いをしていたので(悠々自適の年金&遺族年金暮らしで、豪とか韓国とかあちこち旅行しまくっていました)
窮状を訴え交渉開始。
といってもほぼ絶縁状態だったので双方の言い分は父を通して行われました。
結果、数回の話し合いの末、父方祖母は2カ月毎に8万円を支払うという約束を取り付けました。
(今は月毎に4万円になっています)
本来ならこういう事は書を交わすべきなのですが今は敢えてそれはせず、代わりに受け取りの都度領収書を発行しています。
毎月定期的に同額が受け取れることで助かるのは助かっています。
(っていうかそもそも向こうが払うべき金額を20年越しに支払いが始まっているだけなのですが)
とはいえもちろんこれでは足りませんので、僕も為替相場と睨めっこしながら取引をする日々が続いております。
娯楽はSSを書いたり音楽を聴いたり、たまに映画観に行くくらい。
あまりお金かけたくないんですね、今は。
息抜きできるだけ僕はまだマシなのでしょう。
母のほうは日中はわんこの介護していて、夜は男共の夕餉作ったりしなくてはならないのですから。
このように中々に鬱々とした日々を過ごすのであります。
ちなみに返済に関しては父方祖母が上記の金額で一応の折り合いをつけたきりで、父自身は何ら行動はしません。
こちらが窮状を訴えなかったら、おそらく向こうも悠々自適の生活に耽っていたでしょう。
非協力的なだけならまだしもこの父親、この頃を境にトンデモナイことをやりだします。
キーワードは「姫路」「忍者」「ボランティア」です。


「シリーズげんきょう 07 に続く」

2011年2月23日 21時29分 | 記事へ | コメント(0) |
| シリーズげんきょう |
2011年02月21日(月)
タイトルなし
 急性胃腸炎で頭痛・発熱・嘔吐・痢・倦怠感に1週間以上悩まされています。

母が看護してくれますが、仕事で不在の時もあります。
あの父が珍しくおかずになる物を買ってきたのですが、袋を開けてみると焼きソバとネギトロ巻き。
お前が食べたいだけちゃうんか!
あんまりです……。
2011年2月21日 21時40分 | 記事へ | コメント(0) |
2011年02月03日(木)
2010年を振り返ってみたが……
 久しぶりの資産運用のお話。
興味のない方はごめんなさい。
1月度はプラス4万円でした。
今回は売買益ではなく、1月中旬から持っていたポジションのスワップだけを振り替えての利益です。
豪がなかなか高いスワップになっています。
2月初旬時点で105円。(1月には115円も付いていました)
思い切って15万ドルを買ったので、1日当たり1500円超の利息が附くのは魅力的。
相場の反転は怖いですが横這いであれば決済せずに持ち続け、今月末にまた4万円を振り替えることができます。
豪の中長期取引のメリットが大きくなったことで、トルコの旨みが薄れてきました。
あちらは豪を遥かに上回る10%超の政策金利だったのですが、昨今は経常赤字の拡大懸念から利下げが続き、
とうとう6.25%にまで落ちてしまいました。
政治不安を抱える上にスプレッドも大きいので、これでは殆ど利点がありません。
反対に豪は比較的安定、且つ徐々に政策金利も上がってきています。
ニュースも頻繁に入って来る点も考えれば、非常に取引しやすい通貨です。
コンスタントに利益を上げないと月々の支払いが苦しいので、暫くは相場には落ち着いて欲しいところです。


 昨年の運用損益を集計してみると、ギリギリ申告しなくてもよい額に収まっていました。
FXと株式の利益の比はだいたい2:1くらい。
もっと獲得しているものかと思っていましたが、昨年夏頃に大きな損切りをやったので利益が薄くなっていたのでした。
株式といえば年末にヒヤリとさせられる出来事がありました。
セガトイズという会社の株をいくらか持っていたのですが、それがある日、ポートフォリオを覗いてみたらゼロになっていました。
(僕は株取引にはさほど目を光らせていないので毎月末に一度だけチェックをし、利益が出そうなら売り注文を出すというスタンスです)
為替相場には敏感なのに株価は重視しない僕は、一体何事が起こったのか空白のポートフォリオを呆然と眺めていました。
まさか……と思って画面をよく見てみると未開封のメールがあることに気付きます。
読めばセガサミーHDと株式交換を行うとのこと。
取り敢えず紙屑(電子化しているのでこの表現は間違い?)にならずに済んで良かった……と、ホットひと息。
その後、株式交換は正しく行われ、ありがたい事に交換直後の株価はかなり高め。
というワケで早々と売却しました。
(現在、株価はさらに上昇……手放すタイミングを誤りました)
取引時間の短さや利回りの悪さから、現物株にさほど興味が持てないためにチェックを怠った結果です。
外ばかりでなく、たまには内も見ましょう、という大変よい教訓になりましたとさ。
2011年2月3日 21時29分 | 記事へ | コメント(0) |
| 状況(資産運用) / 普通の話 |
2011年01月25日(火)
シリーズげんきょう05
 お話は戻って再び我が家。
前話は、『シリーズげんきょう 03 』でございます。
そんなこんなで幾星霜。
いえそんなに年数は経っていません。
父は人格は相変わらずのまま、仕事場だけを何度か変えました。
当初は老舗の和菓子メーカーで経理をしていたのが、待遇が悪く十数年で辞めました。
殆ど喧嘩別れ同然だったのですが、社長と揉めたくないからと退職金の請求をしませんでした。
普通は請求しなくても出るものなのですが、どういうわけか出さなかったのです。
本人は経理で勤めていて過去辞めていった社員の分は支払い手続きをしてきたというのに。
で、なぜ請求しないのかと言うと……
聞けば見つかった新しい勤務先に迷惑がかかるとイケナイから……らしいです。
何を考えてるんでしょうか。
十数年勤めればその額はそこそこあるでしょう。
貰わないのはあんたの勝手かもしれないが、こっちの生活はどうなるんだと。
獲得して当然のマネーを放棄して今の勤務先に気を遣うのは筋が通っていないだろうと。
そうそう。この新しい勤務先、大阪にあるのですが彼はそれ故に単身赴任しました。
帰宅は2週に一度の週末のみ。
わぁい、嬉しいな♪
……でも換言すれば2週に一度は帰ってくるわけで……。
いつだったか帰って来た時にたまたま母が体調不良で簡単な夕食しか出せなかった時に、
「たまに帰ってるんだからもっと気を遣え」
という事を言ってましたね。
もう帰って来なくていいよ。
そう思ってたら3年経たずに解雇されました。
前勤務先が小さな会社、今度はどうやって入ったのか上場もしてる大きな企業。
力量不足だったのでしょう。
ちらりと聞く話では毎月同じミスをしていて、仕事上分からなかった処を誰にも訊かずに過ごしてきたとか。
プライドの高い彼が失態を家族に語るのは珍しいですが、そんな事はどうでもよくて――。
3年未満じゃ退職金すら出ないじゃん!
いえ、4年や5年じゃ貰っても雀の涙ですけど。
”こじれてこの会社に迷惑をかけたくない。だから退職金の請求で揉めるくらいなら泣き寝入りする”
と当然の権利を放棄してまで体裁を取り繕った相手に3年未満で馘首されたワケですね。
面白すぎて逆に笑えません。
それで困るのはこっちなのですから。
当時の僕は今以上に愚だったので代理で前勤務先に退職金の請求なんて思いつきもしませんでした。
漸く少し知恵をつけた頃には既に5年以上が経っていたので請求できず。
今度は前のようにすぐには就職先が見つかりませんでした。
失業保険を受け取りながら職業安定所通いです。
当然それでは家計が成り立たないので母も短期のパート勤めをしました。
僕はその間、目標としていた会計士を税理士に変えて簿記論やら財務諸表論やらと勉強していました。
さて、職を失った父には実は大量の暇がありました。
安定所に行くのはせいぜい週に2回だし、行くにしても費やすのは3時間くらいです。
それ以外の時間は完全に彼の自由であったわけです。
いつ終わるか分からない春休みのようなものです。(宿題は再就職口を見つけること)
では彼はその余った時間を何に使っていたのか?
「シリーズげんきょう」を1からご覧の方はご賢察頂けると思います。
答えは次回に。


「シリーズげんきょう 06 に続く」

2011年1月25日 22時13分 | 記事へ | コメント(0) |
| シリーズげんきょう |
2011年01月17日(月)
シリーズげんきょう04
 さて、これまで忌まわしい父を主題に置いてきましたが、ここで母方祖母にシフトしてみたいと思います。
この祖母、波乱万丈の中にもしっかりと人生の階段を登攀していたようです。
一姫二太郎の理想的な出産をした彼女は、長女が6歳の頃に夫に先立たれました。病死です。
再婚など頭から考えてはおらず、そこから女手ひとつで2人の子供を育て上げました。
アパレル関係の先端を行っていた彼女は、百貨店の装飾部門に勤務。あっという間にオフィスをまとめるチーフになります。
その後も出世の道を邁進し、部下数名を率いてセイロンに赴きました。
(確か現地に洋裁の技術を広めるためだと言っていたような気がします)
片親というハンディキャップを感じさせないほどに逞しい母親ぶりだったようです。
しかし多くの人がそうであるように、成功の連続は人格に大きな影響を及ぼします。
祖母はその業界では完璧でした。
母が小さい頃から自宅を教室のように使い、近所の手習い老若男女を集めてちょっとした洋裁の講習のようなものをやっていたそうです。
もちろん娘もそこに同席させますが、人間は減数分裂を経ますので親と同一の子はできません。
つまるところ母はその方面が苦手だったのですね。
得手不得手、適性がございますから。
が、この”できない”が祖母には許し難かったのですね。
根底には、”私の娘だから同じようにできて当たり前”という意識があったかもしれません。
十数名の門下生(?)がいる前で彼女は、
『なんでこんな簡単な事もできないのか。外に出てくれ。恥ずかしい』
という内容の言葉をぶつけたそうです。
満座での罵倒というのはいい歳した大人でも結構平気でやるものです。
せせら笑いの渦中に放り込まれた母はそれが今でも大きな心の傷となっているようです。
言われたのが小学校低学年だというのですから無理もないですね。
それが最初だったのか、途中だったのか、祖母はしばしば娘に強く当たります。
何かにつけだらしないとか、長所なんて何ひとつないとか、そういう言葉をよく放っているのを僕も幾度となく聞いています。
女の敵は女、ということでしょうか。
優秀な母は自分より僅かでも劣っている部分があれば娘を容赦なく潰すのですね。
もちろん祖母が逆立ちしても母に敵わない分野はあります。
例えば同じ洋裁のカテゴリーでもクロス刺繍は母の得意とするところで、逆に祖母は全くできません。
また文才においても比ではなく、語彙もかなり豊富です。
しかし祖母はそういうところを(おそらくワザと)見ないようにし、自分に比して劣る部分のみを責めるのであります。
ここが僕と母との決定的な違いなのですが、母はそれでも片親で育ててくれた恩――もっと言えば自分にとって母親は世界にひとり――を
感じているので決別とまではいきません。
僕が高校2年の頃、祖母に乳癌が見つかると、抗癌作用のあるものはと調べて苦しい家計をやりくりしながらアガリクス茸や
メシマコブ茸のサプリなんかを毎月届けていました。
僕は僕で民間療法ではあるもののキダチアロエだとかケープアロエにもそういう作用があると知り、お花屋さんを巡ったり、
ホームルームの時間を借りてクラスメートにアロエとか持ってたら少しでもいいから分けて貰えませんかと頼みこんでみたり、
いろいろやったものです。
肉親の絆というのはそんなにも強く固いものなのでしょうか?
そういう感覚が僕には分かりませんが、ともかく母は献身的に祖母を支えてきました。
手酷い事を言われても。
この祖父、自分の息子には何も言いません。
なにぶん古いお方なので、男尊女卑が染みついているのかもしれません。
だらしなさでいえば彼の方が上を行っているのですけども、同居していていろいろ世話になっているから強く出られないのかも。
毎日夜更かしして翌朝叩き起こされないと起きないとか、部屋を全然片付けないとか、0時を過ぎてから料理しだすとか、
とかく生活パターンが無茶苦茶なんですね。
同じことを母がやれば即斬り捨てられるでしょう。

 話は前後しますが僕は小学生の頃から春休みや夏休みになると、しょっちゅう祖母宅にお泊まりに行っておりました。
幼い頃は僕もそれを楽しんでいましたね。
やたらテレビゲームがありましたから、殆どはそれ目当てだったのですが。
引っ越しの件に関しては僕にだけは罪はなかったハズなので、お泊まりは決まって僕ひとりでした。
祖母や叔父との会話も当時は楽しく、長期休みを待ちわびていた時期がありました。
叔父はよく遊園地に連れて行ってくれましたし、祖母は服からランドセルから買ってくれました。
父方は僕に1円もお金をかけたくないらしく、入園・入学――と子が成長するに伴って必要な資金や物品に関して全く出してくれなかったのです。
そうなると当然、僕も母方の祖母のほうになつくようになります。
当たり前ですね。
愚昧な幼少でもその程度の区別はつくわけです。
つまり、僕は祖母や叔父が大好きだったんです。
よくある”おばあちゃんと孫が織りなす微笑ましい光景”だと思ってください。
それが崩れだした……というか、何かおかしいと感じ始めたのは高校1年生くらいだったでしょうか。
相変わらず休みになるとお泊まりに行っていました。
僕は宿題をさっさと済ませるタイプなので、長期休みが半分を切る前には殆どの課題を終わらせていました。
これで怠惰な日々を貪るのに集中できる……と。
当然祖母との会話も多くなるわけですが、ようやく精神の発達が見られた僕はやりとりの中にひっかかるものを見つけました。
祖母が娘についてよく思っていないと窺わせる発言が散見されたのです。
普段の会話にも母の短所を論い、貶めることしばしば。
そんなこと僕に聞かせてどうするんだと思いましたね。
(思い返せば僕が幼い頃から言っていたのですがこの時まで気付きませんでした)
僕自身、感受性に乏しくて冷たい人間だという自覚はあるのですが、それでも祖母が本人のいないところで母の陰口を叩くところは、
見聞きしていて不愉快でした。
祖母にも母にも大恩はありますが、順列をつけるならどうしても母が一等に、祖母が次点になります。
……そういう経緯がありましたから高校卒業前後から祖母とは疎遠になりました。
思えば祖母の年代からして、『子は親に従うもの、親は子に何をしても(あるいはしなくても)よい』という考えがあったかもしれません。
儒教的な思考といいましょうか。その思想が子や孫に受け継がれなかったのは幸いです。
ともかくも無関係なように思えて、何かと板挟みだった僕。
この関係、永いこと続きます。




「シリーズげんきょう 05 に続く」
2011年1月17日 22時49分 | 記事へ | コメント(0) |
| シリーズげんきょう |
2010年12月29日(水)
年の終りに寄せて
 2010年がもうすぐ終わります。
1年を365日とし、始まりを1月1日に、終わりを12月31日にしたのは人間の勝手なので、
本来はあらゆる瞬間が年末年始の境目になるのでしょうが便宜上、こちらでの挨拶はグレゴリオ暦に準じたものとさせていただきます。

 来訪者様方にはたいへんお世話になりました。
旧版から来て下さっている方、たまたまここに飛んできてしまった方などいらっしゃると思います。
後者の方には本当に申し訳ございません、とお詫びする他ありません。
意図せずここの文を読んでしまい、心に隙間ができてしまって、なおかつそこに黒い何かを宿らせてしまったのではないかと。
陰惨で鬱屈とした怨恨含有率93%の呪文に触れ、気分を害されたなら平身低頭この場で平謝りに謝るべきではありますが、
そうであればその方は恐らくもうここを訪れようハズもなく、従ってこの謝意も到底伝えるに能わず、允に申し訳ない限りです。


 2011年が皆様にとり幸多き年となりますことを心より念願し、ご挨拶に代えさせていただきます。
2010年12月29日 12時18分 | 記事へ | コメント(0) |
2010年12月24日(金)
シリーズげんきょう03
 外では建物が倒壊していたり隆起陥没の甚だしい路面が剥き出しになったりしていましたが、ひとまず片づけを終え、
落ち着きを取り戻した僕たちは自宅に戻ることにしました。
といってもすぐに元の生活に、というわけにはいきません。
執拗に余震が起こるし、授業は再開していないしでてんやわんや。
ひとまず危険は去ったものの、親からも先生からも建物の近くは歩くなと言われておりました。
しかし住居はマンションの9階。
棟と棟を繋ぐ渡り廊下は引き裂かれ、エレベータは止まったり動いたりの繰り返し。
損傷の度合いが最も小さい階段を使って帰宅するのは、なかなかに辛いものです。
復旧が目に見えてきたのは半年ほど経ってからでしょうか。
あの時、ベランダから俯瞰した風景は黒と赤しかありませんでした。
深夜の、ほとんど明かりのない暗いビル群に点々と灯るのは炎です。
一夜明け、陽光の下に見えたのは今度は灰一色でした。
それが少しずつ元の姿を取り戻してゆくのであります。
この家に住み続けることもできるのですが、なにしろそう広くない市営のマンションでございます。
僕が中学、高校と進級するにつれ部屋が必要だろうということで引っ越しの話が持ち上がりました。
折りしも消費税率が3%から5%に上がる時期でもあったので、中学入学を目前にした冬に引っ越したのでありました。
今度は徒歩15分くらいの距離にある戸建てです。
賃貸ではなく購入です。
今の僕なら絶対に購うなと言っていたでしょうね。過ぎ去った事にはどうしようもありません。
引っ越しの際はその家ばかり見ていてはダメです。
ちゃんと周りもチェックしませう。
でないと毎朝毎夕、ヘンな踊りと太鼓の音で精神的に追い詰めてくるヘンな宗教とお近づきになるかもしれませんから。
何を信仰しているのやら天○教……。
信教の自由とはいえ、近隣への迷惑行為の常態……ハッキリ言って五月蠅いし、寒いものを感じます。
僕は宗教が嫌いなんですね。
有名なものから如何わしいものまで。
あれは単なるグループでしかなく、共通しているのはそのグループの埒外に対しては無遠慮に非常識をぶつけてくるところ。
どうも余所と対立したいがために群れているとしか思えないんですけど、熱心な信者さんはそのあたり、どうお考えなのでしょう。
ともかくも戸建てでの新生活がスタート。
と言ってこれまでと違うのは住む場所だけです。
家の中は相変わらずでございますから。
御通夜のような食卓。
僕と母は他愛もない会話をしますが、父は黙々と食べます。
せっかくの料理にソースやら醤油やらドバドバかけて食べます。
そして締めは決まって御茶漬けをします。
けっこう失礼な奴だなと、精神的に成熟してきた僕は分かってきたのであります。
なら妻の料理なんかいらんやん。
味覚が鈍いのかわざわざ濃い味付けにするなら、ソースや塩をおかずにすればよろしい。
っていうか値段の高いモノばかり目の色変えて食べるな。卑賤な男め。
などと憤懣やるかたない想いが数年。
彼の呆れ果てた浅ましい姿は御正月にも拝むことができました。
年末年始の過ごし方はそれぞれなのですが大抵の場合、僕と母はわんこを伴って祖母宅にお邪魔していました。
正直、蟠りは解けていませんが中立たる孫(つまり僕)が祖母や叔父の前に姿を現すのはなんら不自然なことではありません。
真正面からの衝突はないまでも、過ごす数日にはギクシャクした雰囲気がありました。
その間、彼はどうしていたかというと勿論、自分の親元に帰省します。
向こうのほうが居心地は遥かにいいでしょう。(家でもかなり奔放に振る舞っていますが)
3人兄弟の末っ子である父は幼い時からずいぶん甘やかされていたようです。
眉を顰めたくなる”常識”を次々と繰り出す母の庇護を一身に受けていたということですね。
その感覚が抜けきらないまま成人しちゃって就職しちゃって結婚しちゃったからこうなっちゃったんです。
常に下にも置かない待遇でないと満足できない彼は、親元に帰りかけてすごすごと戻ってきました。
どうやら年始、お客さんだらけで全然構ってもらえないらしいのです。
ワイワイガヤガヤで騒がしく落ち着けないからとか。
それは勝手にしてくれればいいのですが、その彼がちゃっかり上がり込んだのが母方祖母宅。
1銭も支払いしていない姑宅に普通に上がり込み、しかも年始の挨拶すらしません。
厚顔無恥も極まりないのですが、祖母は祖母でなにやってんのか丁寧に食事を用意したりします。
マゾヒストですか、貴女は?
貴女がどれほど負債を背負わされたか、娘がどれほど心身を窶したか。
それを考えれば食餌どころか箒逆さに追い返すのが当然の反応なのでは?
そうは思っても家主は僕ではないし、この件には殆ど関与していないので口出しはできません。
僕にできるのはお手伝いくらいです。
お正月料理と言えばお節です。
お節といえば有頭エビが出ます。
いえ、僕は慈姑のほうが数倍好きなんですけどね。
前にも書いた気がするのですが彼はとても図々しい性格なので、まるで目の敵のようにエビを狙います。
黒豆とか小鰯には見向きもしません。
無心に殻を破って貪る様は向かいから見ていて実に恥ずかしいものです。
挨拶らしい挨拶もせず、三が日をだらだらと過ごし、出されるものを黙って食べ、そして帰る。
この男、相当な大物です。
何か手伝おうという気も一切ナシ。
上げ膳据え膳のVIP待遇に甘んじていました。
本当に怖い人ですよ、多くの意味で。
なんかもう文化どころか出身国すら違うんじゃないのかと思ったり。(どこの国とは言いませんが)
厚黒学でも専攻していたのかもしれません。
僕自身、傲岸不遜、慇懃無礼、非道冷酷な面がありますが、実父たる彼はその遥か高みにおわします。



「シリーズげんきょう 04 に続く」
2010年12月24日 20時25分 | 記事へ | コメント(0) |
| シリーズげんきょう |
2010年12月16日(木)
シリーズげんきょう02
 本人の口からあの大きな家に関する話はまったく出ません。
本当に自覚がないのか、意図的に避けているのか……。
で、母方の祖母も責める相手を間違えてるんですよね。
直接の原因となった父たちに怒りの矛先を向ければいいのに、なぜか母を罵るわけです。
母は母でそうして責められ続けてきたものですから、
「自分が余計なこと(電話の件)を言ったせいでこうなったのだろうか」
と、する必要のない自責を繰り返しています。
父の横行は相変わらず。
”男はエライ”というのと、”男は外で働いてるから家では何もしなくていい”という考えを巧く同居させているので、
もやしのような大黒柱がこじんまりと居座るわけですね。
ところで体の小さい人は胆も小さいのか――と問われれば、僕は場合による、と答えます。
これは市営住宅の高層階に住んでいた頃のお話です。
僕が小学3年生くらいの時ですがハッキリと覚えています。
会社の帰り、父が勤務地から少し離れたところで恐喝に遭いました。
夜道、街灯の光が殆ど当たらない横道を歩いていた時のことでした。
若い男に因縁をつけられ、
「お前、いま俺の足踏んだやろ!?」
とすごまれました。
こういう時、関西の言葉は凄いです。
神戸弁や播州弁は、より効果的な恫喝の仕方を模索した結果成立した方言ではないかと思うくらいです。
で、家中では尊大不遜な父も一歩外に出ればカーレッジくん。
迫られてビビった彼は言われるままに財布を差し出します。
幸い暴行沙汰にはならなかったものの父、なんとそのまま帰宅。
真っ青な顔をして彼はひと言。
「お金とられた……」
そうそう。
言い忘れておりましたがこの男、昔から外部の人とは割とハキハキ喋りますが、家族相手には蚊の鳴くような声しか出しません。
最近では”いただきます””ごちそうさま”を歌い終わった演歌歌手のように吐く声しか聞いたことがありません。
閑話休題。
母は父を連れて現場近くの交番に行きました。
(この時の彼女の心情はどのようなものだったのでしょうね……)
警官さんは呆れていました。
普通、事が起こったらすぐに駆け込むべきなのに愚かにもおめおめと自宅に戻ってきてるわけですから。
発生からかなり時間が経っています。
警官への情況の説明は父がぼそりぼそりと呟き、横にいた母がそれを聞き取って伝える……というあまりにも滑稽なやりとりだったそうです。
傲岸不遜な彼がこの時ばかりは塵埃にも劣るような存在に見えました。
一通りの手続きが終わり帰宅。
父、いまだ顔面蒼白。
こういう事態で心神を患ったのでしょう、彼は、
「飛び降りそうだ……」
と呟きます。
今にして思えばこの時、放っておけば良かったのでしょうね。
自殺しそうなのを止めずに本当に死んでしまったら法的には咎があるのでしょうか?
(教唆……はしてませんね。自殺幇助とか? そのあたり暗い僕には分かりません)
あんまりビクビクするので医大に連れて行きました。
処方はよく覚えていませんが薬を出され、感情を高ぶらせないようにと言われた気がします。
入院はしないまでも状況が状況なので母方祖母と叔父が付き添うことになりました。
そこまでしなくていいのにね。
あなた方に負債を負わせた相手なんですから。
このへんの感覚が僕にはよく分からないんですね。
怨嗟の情を持って迎え撃つべきだと思うのですが、まさか付き添いなんて……。
父もその厚意を平然と受けていましたし……。
なんだこの人ら……と思いましたね。
まともな性質の人間なら父の立場にある時、まず同居を蹴って高い買い物をさせてしかもその支払いまで全て押しつけているという負い目と、
そんな自分に病院まで付き添ってもらったという二重の負い目を感じるハズなんですよね。
しかし流石、この男。
この件すら何も感じていませんでした。
喉元過ぎれば熱さを忘れる。
精神が落ち着いてくるとまたいつもの”彼”に戻りました。
潔すぎます。
過去は振り返らないというか、もはや過去なんて概念さえ存在していないかのような御人です。
(いちおう祖母にお礼は言っていましたが)

そんなこんなで1年が経過します。
歴史的な出来事が起こりました。
午前5時46分。地震です。
マンションの9階は大きく揺れました。
その時の揺れと音は今でも覚えていますが、僕の場合は幸いなことにトラウマにはなっていません。
家具どころか壁・天井が揺れる音はSFC「弟切草」で主人公が浴室に閉じ込められた際、ガラス戸を乱暴に扱って地震が起こった時の
効果音と全く同じでした。
ニュースなどでは最も被害の大きかった長田区がよく映りますが、お隣の兵庫区も大打撃を受けました。
高層階という眺望の良さはこういう時には裏目に出て、惨状たるや筆舌に尽くしがたいものがありました。
ブラウン管が画面を下にしてテレビ台に乗っているのを見た時は子供ながらに肝を冷やしました。
当時、ちょうどテレビの前に布団を敷いて寝ていたので運が悪ければ23インチに押し潰されていたかもしれません。
足の踏み場もないくらいの散乱ぶり。
とても生活できるものではありませんし、片づけるにしても数日を要します。
呆然としながら夜明け。
かろうじて無事だった戸棚には黒糖フーク○エがひとつつみ。
それを3人で食べて途方に暮れていると、母方祖母から電話がありました。
この時は電気が通じてたんですね。
話を聞くとなんと祖母宅では鉛筆立てが倒れただけで済んだとのこと。
バスで十数分の距離だというのにここまで被害の度合いが違うのは、そのマンションが斜面の中ほどにあり、
しかも一旦地階に潜ってから入口が現れる……という構造だったのです。
ですから祖母宅はマンションの1階ではあるのですが、地面の高さから見れば地下1階なのです。
その構造のお陰で揺れは小さくなり、災禍を免れたとのことでした。
暫くの話し合いの後、僕たち3人は祖母宅にお邪魔することになりました。
当時の僕は同居の話もそれが反故にされたことも知らなかったので、”おばあちゃんの家に行けてラッキー”
という程度にしか思っていませんでした。
今となってはトンデモナイ行為だったと考え至ります。
祖母や母がどんな想いで1ヶ月ほどを過ごしたのか……。
ぐちゃぐちゃになった部屋から着替え他、生活に必要な一式を運び込んで文字通り”転がり込んだ”僕たちを、
祖母はどう思っていたのでしょうか。
祖母宅でお世話になりながら、何度も自宅に通って片づけの毎日です。
落ち着いてくると学校も再開します。
といって授業はありません。
毎朝、教室でクラス全員の無事を確認するように点呼をとり、支援物資を受け取って帰る――というだけです。
カップラーメン1個の有難味を一番強く感じた瞬間でした。
既に15年経った今、僕はその有難味を忘れてしまっています。
そこが人間である僕の愚かさなのですが、この愚かさは後天的な要素だけでなく親から受け継いだ部分もあるのかもしれません。



「シリーズげんきょう 03 に続く」

2010年12月16日 21時57分 | 記事へ | コメント(0) |
| シリーズげんきょう |
2010年11月23日(火)
ペットが死を迎えた時、喪中葉書は出すべきか?
ずいぶん悩みました。
喪中葉書です。
愛犬が亡くなった場合、年賀欠礼葉書を出すや出さざるやと調べてみると賛否両論のようで。
僕も当初は絶対に出すと決めていたのですが、ペットが人間の生活に深く関わるようになった現在でさえ、
さすがに喪中葉書を出すのはやりすぎではないか、人間と獣を同等に扱うのはけしからん、という意見が多くあります。
ざっと検索してみたところ、否定的な見解は7割強といったところでしょうか。
実際にペットを喪った人の発言の端々には、喪に服したいので欠礼葉書を出したいと思いながらも、世間がまだそれを認めない空気を感じ取り、
理性が邪魔をして出すに出せない……という想いが見え隠れしているように感じました。

葉書を出したいとする人の意見としては、
『ペットではなく家族だったので、人間が亡くなったのと同じように喪に服したい』
『深い悲しみで年末年始の挨拶をする余裕などない』
『人間と動物を区別したがる傲慢な人間に嫌気がさした』
というのが大半のようです。(最後のは僕の考えですが)

一方で否定側の意見には、
『人間は人間、動物は動物。混同するのは間違い』
『犬猫が死んで喪中葉書を出すなんて言語道断。昔からそんなことはしていない』
『動物は法律的には物。家具が壊れたからといっていちいち喪中になるのか?』
『引く。可哀想だがペット如きが死んだからって、そういう感情を押しつけないで欲しい。そんな葉書を貰ったら今後の付き合いを考える』
などがあります。

どちらも一理あるんですよね。
文化、風習、習慣というのは太古からの積み重ねがあって出来上がるものですが、決して不変のものではないわけです。
時間をかけてゆっくりゆっくりと変化していきます。
その過渡期にあっていわゆる”伝統に訴える論証”を持ち出す否定派は、その通り歴史的にそのような事例がないから、
(現代でも)喪中葉書を出すのは間違いだとします。
逆に肯定側は遅すぎる伝統の革新に業を煮やして、住環境や人間関係がごく短時間で劇的に変化していることをひとつの材料として、
――つまり”新しさに訴える論証”を持ち出して――ペットの死によって欠礼葉書を出すのは人間の感情として当然だとします。
これはもう人間ひとりひとりの考え方なので、どちらが正しいか、どちらが間違っているか、ではありません。

ですから僕もひとりの考え方として意見を述べます。
賛同できると思われる方はお読みください。
否定的な方はブラウザの「戻る」をクリックするなどしてください。


 この日記を過去から読まれている方は、言うまでもなく僕が肯定派であるとお分かり戴けるものと思います。
その度合いの深浅は別として、ペットが元気であれば嬉しいし、お空に旅立てば悲しいものです。
悲しいから、不幸があったから年末年始の挨拶は失礼させていただく――。
これは当然であると思います。
むしろ愛する近しい者が亡くなり、周囲に心配をかけないために気丈に振る舞うならまだしも、そもそも悲しみを感じないような人間なら、
その喪失の対象が人間であってもそうでなくても、世間はその人物の神経を疑うでしょう。
これは人間もそれ以外の動物も同じことです。
心無い人間は、人間の命を尊く見る一方で、人間以外の動物の命を軽視します。
前述の否定派の意見によくある事なのですが、
『たかがペットの死で』という類の声を聞きます。
たとえば親兄弟を喪った人がいたとして、その人が慟哭している傍に、
『いつまでも悲しむな』とか『たかが家族が死んだくらいで』などと言うでしょうか?
無神経な――というかその人を激しく憎んでいるような人でも、そこまではなかなか言えないのではないでしょうか?
ところがこれが犬や猫、鳥になるとかなり軽はずみに出てくる言葉なんですね。
それは何故かと言うと”人間ではない”から。
法律的にはモノであり、古来使役されてきた動物に、人間並みの想いを寄せることは人間をバカにしている……ということなのでしょうか。
そういう意見、分からなくもありません。
人間は万物の霊長で、唯一火と言語を操ることができ、高度な文明を築くことのできる存在――。
といえば偉大な感じはします。
ただし、『人間は万物の霊長で、唯一火と言語を操ることができ、高度な文明を築くことのできる存在』と思っているのは、
実は人間だけかも知れず、他の生き物は歯牙にもかけていないかもしれません。
上述の優位性は人間が他の生物に対して絶対負けないところを自分勝手に選んでいるだけです。
人間にできなくて、他の生き物にできないことはいくらでもあります。
二酸化炭素から酸素を作り出す能力は人間にはありません。
犬は人間の何十倍もの嗅覚や聴覚を持っています。
空を翔けることにおいては翼のない人間は鳥類や昆虫には及ばないでしょう。
絶対零度や真空の中で生きられない人間はクマムシにも劣るでしょう。
これらに眼を瞑り、人間こそが尊貴であるかのように宣うのは欠点を覆い隠した上での虚しい誇示でしかありません。
だいたい自分で自分をエライと思っている人間にはロクなのが居ないのですよ。
(僕がそうですから)

『他人を巻き込むな』『そういう非常識な葉書を出す人とは今後の付き合いを考えたくなる』
という意見がいくつかありました。
人間の喪中葉書が届いたら、『他人を巻き込むな』と言えるでしょうか?
死者が出たという事で悲しみを表現していた人間が、その死者が実は動物だと分かった瞬間、
掌を返すように悲しんだのが無駄だったと言わんばかりに態度を豹変させたのを見た事があります。
(僕が体育会系を蔑するのに似ていますね)
欠礼葉書を出すのは悲しみの押し付けではありません。
”こういう事情があるので挨拶は失礼させて戴く”という立派な挨拶状です。
それを受け取る側が勝手に感情的になって、『ペットごときに』と理由をつけて自分が理解出来ないものを
頭ごなしに否定しているに過ぎないわけです。
むしろきちんと現況を報告した上で年末年始に先駆けて挨拶している点を斟酌し、真摯に受け取るほうが
よほどスマートですし、そういう人こそ挨拶云々についてモノを言っても説得力があるのではないでしょうか。
『非常識な葉書を出す人とは今後の付き合い方を考えたくなる』
という人もいるようですが……。
もし僕がそのように言われたら、僕はすかさずこう返すでしょう。

「他者の悲しみの一端すら理解しようとはせず、律儀に出してやった葉書一枚にいちいち腹を立てるような輩とは、
むしろこちらこそ今後の付き合い方を考えたくなる」と。


 感情的になってしまいました。
コンパニオンアニマルという言葉もまだ充分には浸透しておらず、人と人以外の動物との溝は深いと言わざるを得ません。
結局、僕は欠礼葉書を出しました。
ただ前述のようにペットの喪中葉書を出すのはマナー違反という、独善的で狭い考え方の人も多い世の中ですので、
挨拶文は必要最低限に抑えました。
簡潔に「年末年始の挨拶は失礼させていただく。明年も指導と交誼をよろしく」程度にまとめ、
誰がいつ亡くなったかは明らかにしませんでした。
(文例集を見ると、必ずしも故人の姓名を述べなくてもよい、とのことだったので)
まさかこの葉書を見て、誰が亡くなったのかと詮索するような人間はいないでしょう。
仮に訊ねてきたら僕はそれに正直に答えます。
そしてその人物がどのような顔をするのかを見ます。
その時の反応が僕をまたひとつ人間嫌いにさせてしまうか、それとも人間嫌いの進行を押し留めるのか……。
たぶん今の僕にはどうでもいいことです。
実際、そういうところに気を回すのは気持ちの無駄遣いとさえ思っています。
そんな暇があるなら僕はその気持ちを追悼に向けます。
愛犬の死に真摯に向き合いたいからです。
2010年11月23日 00時24分 | 記事へ | コメント(0) |
| 状況(現実) / 悪い話 |
2010年11月17日(水)
にゃくにゃく
 蒟蒻ゼリー騒動で判決が出たようですね。
あれが兵庫で起きた事故――と呼んでよいものかどうか――だと先日知りました。
蒟蒻畑、美味しかったですよね。
あの食感をもう一度味わいたいところですが現在、販売されているのは妙に柔らかくなった二世。
さすがに味までは変わっていませんから、今でもマスカット味やグレープフルーツ味を楽しめるのはいいのですが。
僕は別に地域に特別の愛着もありませんが、この度の問題が兵庫で起こったと知ってショックでした。
実に嘆かわしい。
なぜわざわざ凍らせるのか?
なぜわざわざ小さな子に食べさせるのか?
なぜ食べさせる時に砕くなどの工夫をしなかったのか?
ここで「餅のほうが窒息死する事例が多いから、餅こそ規制するべきだ」などと言えばお前だって論法になるのでしょうが、
そう声を上げたくなるのも分かります。
蒟蒻ゼリーがどういう食べ物で小さな子に食べさせればどうなるか、ちょっと考えれば分かりそうなものです。
そこを考えない割にメーカーを訴訟するという考え方だけはできるところに、薄ら寒いものを感じます。
「殺してないのだから、いじめは許される」
なんて言う子供もいるそうですが、こういった偏りすぎたモノの考え方、僕には理解できません。
十人十色。
人の数だけ考え方があるのは当然です。
ですがそれらは僕たちが生きる中である程度の枠組みが曖昧ながらも設けられていて、その枠内で自由なモノの考え方をしていたハズです。
多数派が必ず正しいとは言いません。
少数派が真理を述べることも歴史を繙くまでもなく、大いにあり得ることです。
しかし今回の件は責任転嫁の一言で片付けられる問題ではないでしょうか。
我が子の無念を晴らしたいのか、自分の非をなすりつけたいのか、それとも6000万円が欲しいのか……。
メーカーこそが被害者だと思ってしまう僕は正常な思考をしているでしょうか。
それとも間違った考え方をしているでしょうか。
そもそも考え方に正しいも間違いもないのでしょうか。
2010年11月17日 22時09分 | 記事へ | コメント(0) |
| 状況(現実) / 普通の話 |
2010年11月16日(火)
ハートをキャッチされました
 気分転換に映画「映画ハートキャッチプリキュア! 花の都でファッションショー・・・ですか!?」
を観てきました。
つぼえり派なのでサンシャイン・ムーンライトが出てきた辺りからちょっと興味が失せ始めていたのですが、
パリを舞台にしたこの話では各人物のキャラがうまく絡んでいました。
ストーリーを進める都合上、つぼみとゆりの性格が少し積極的なものに変わっていた感じがしたものの、
それ以外では違和感はなかったように思います。
ファッションショーがおまけ程度だったのはタイトルとしてどうかとも思いますが、
幅の広い空中戦をやるには日本は狭く、大舞台を用意する必要性から花の都をチョイスしたのでしょうか。
ところでプリキュアは5人組以外は全て観てきたのですが、対象年齢になっている子たちはどう観ているのでしょうか?
初代はとにかく悪者が襲ってきて平穏な自分たちの生活を守りたい、というのが戦う理由でしたが、
HCは人間の心の闇につけ込む悪を退治する話なので、ずいぶんと毛色が違います。
特に今回の映画は過去の戦いに敗れた敵役が永く封印されたこと、さらに仲間に迫害されたことへの復讐心が
現プリキュアと対立する動機になっているのですがこの話、対象年齢の子には難しすぎるのではないでしょうか。
純粋な勧善懲悪で無くなってくると当然、敵側の背景も深く描いている必要がありますから、
初代のように理由なくとにかく悪者! と分かっていればやっつける側も何も考えないでいいのですが……。
サラマンダー伯爵のように自身にも深い設定があると、単純にやっつけてよい相手と切り捨てるのは難しくなります。
そこを考えさせるために物語を少し難しくしている――という製作者側の意図があるのかもしれません。
ドラクエも4はそれほど人気がない、という話を聞いたことがあります。
人間に恋人を殺されたピサロが敵のボスなので、勇者側の大義名分が薄れてしまったため、だそうです。
竜王もハーゴンもバラモスも容赦ない侵略者でしたから、主人公や躊躇いなく敵を斬ることができました。
ピサロには悲しい過去がありますし、勇者は勇者でピサロ勢に村を滅ぼされた過去があります。
4は前3作に比べてそこが大きく違います。
水戸黄門然り、やはり敵と味方が争う話は単純明快な勧善懲悪ものの方が観やすいのでしょうか?



 しばらくご無沙汰している資産運用。
10月はまったくやっておりません。
メインで取引しているFX業者が1ヶ月間の業務停止処分を受けたためです。
決済も入出金もできるが、新規取引だけはできないということで相場を静観していました。
気分はもう落ち着いてはいたものの、思考力や判断力は万全とは言えない時期だったので、
休むにはちょうど良かったかもしれません。
で、営業再開して11月。
ここ暫らくの中では円安に向いているようなので、やはり何もしていません。
いつの間にか豪ドルのスワップが117円にまで上がっていました……。
もったいない…………。
2010年11月16日 21時50分 | 記事へ | コメント(0) |
| 状況(現実) / 普通の話 |
2010年11月07日(日)
馬齢を重ねるという言葉は馬に失礼な気がする、と最近気付いた浅学菲才の戯言
 小学生の頃、近所の中学生がずいぶん大人に見えたものです。
詰襟の真っ黒な制服だったせいもあるでしょう。
僕は平均より低身長だったために尚更そう感じました。
数年が経ち、自分もその歳になってみると、
『中学生なんてまだまだ子どもだな』
と思ってしまうのであります。
周りも自分とほぼ同じように歳をとるために、どうしても小学生の延長としか受け取れないわけですね。
で、小学生を見てみると大きなランドセルを背負う様に懐かしさは感じれど、子どもだな〜とは思えないわけです。
理由はよく分かりません。
制服か私服か。ランドセルか学生鞄か。
違いとしては大きいかもしれません。(特に見た目が)
外見から受ける印象によって物事の考え方が左右されるのならば、自分が”大人だ”と見ていた制服を着ることで、
見た目から来る印象と実感との差がなくなり、そのように感じるのかもしれません。
ところで中学生になると、今度は高校生が大人に見えてきます。
今度は見た目の差異など殆どありません。
結局は制服を着ているのだし、鞄はある程度自由が利くものの華美でないものに落ち着いています。
それでもそう感じてしまうのは、『高校生』という呼称に実態以上のイメージを持っているからなのでしょう。
明確な理由などなく、とにかく”大人っぽい”と思ってしまうのですね。
しかしそれも中学を卒業するまで。
いざ自分が高校に入ると、やはり同じように”大して変わらない”と考えを改めるわけですね。
こういう事を人は幾度となく繰り返すようです。
前述の例をもう少し細かくすれば、小学4年生くらいの子は上級生たる6年生が大きく見えるものですし、
中学1年生は3年生を、高校1年生も3年生を大人だと認識してしまうのです。
憧憬や羨望から来る感覚なのでしょうか。
ところがこの感覚、会社勤めをやるとガラリと変わります。
それまでは年長者が大きい人――つまり大人に見えていたものが、今度はその正反対。
逆に子どものように見えてしまうのです。
もちろん中には賢しい人もいます。

『さすがにこれだけの時間を生きてきた人。見識には恐れ入る』
『同い年ながら自分の知らないことをたくさん知っている。言葉も知っている。これは見習わなければ』

……と、思わせるような人物ですね。
残念ながらそれらは少数です。(僕の周りだけかもしれませんが)
ある年齢を過ぎると得たものを悉く吐瀉したかのように、中学生(ひどければ小学生)同然の言動しかできない人。
理性よりも本能を優先させてしまう輩。
TPOを弁えない、そもそもTPOという概念すら持ち合わせていない族。
そういった連中が多いように思います。
僕は年長者は年少者より賢いのが当たり前だと思っています。
1年なり2年なり長く生きているのだから、その分だけ知識や知恵を蓄えて人格もより高く形成されて当然だ、という考えに依ります。
いま周りを見渡すとそうした人が極めて少ないことに驚きます。
月日は人を大して成長させないものかと。
そういう環境にいますから、時にネットの世界で知り合った人や数少ない友人が年相応どころか、実に達観していて蘊奥深く、
語彙が豊富で俚諺に堪能で、蒙昧な人種とは一線を画している人物であると分かると安堵のため息を漏らしてしまうのです。
それが同い年となるとなお尊敬の念は強まります。
専門学校時分、共に税理士の勉強をした友人がいます。
今ではサブカルにもかなりの興味を示している彼ですが、税理士試験では既にいくつかの科目で合格を果たしています。
常識を弁えていますし、粗野な言葉遣いもしません。
彼は今も勉強しています。全科目取得の道は長く、モチベーションを保てる勤勉さには憧憬の念を抱きます。
ここ暫くでネットの世界で知り合った人がいます。会ったことはありません。
主に文字でのやりとりを行っているのですが、そのためか非常に語彙が豊富であることを実感します。
知らない言葉もいくつか飛び出し、その度に僕もまたひとつ、その知らない言葉を知ることができるのです。
読書家なのだと思います。
経済や法律、哲学にも造詣が深いようで、どちらかと言えば自分は賢しいほうだと思っている僕も、その博識には敵わないと痛感します。
こうした人たちが同い年であることに僕は誇りを感じるのです。
会社に僕と同い年の営業がいます。
営業をやるだけあって声は大きく、行動的で、口調は粗野で、性欲旺盛です。
ああ、でも一応敬語は知っているみたいです。先輩には「〜っス」と言っていますから。
自分も含めて、人はどういう環境で生まれ育てばこうなるのか……と、最近よく考えるようになりました。
苦労ばかりの子ども時代を過ごせば、成人した時に少々の苦痛は意にも介さないほど強靭になれるのでしょうか。
本とともに子ども時代を送れば、人並み以上の読解力が身に付き、文章を練る技術も向上するのでしょうか。
何か明確な目的や理想、あるいや夢があってそれを達成するために苦労を厭わない人もいれば、
遊蕩怠惰に日々を貪り、口を開けばゲームやらアニメやら性的なテーマに話を持っていこうとする人もいます。
飄々として捉えどころがないと思わせ、実は胸中にしっかりとした考えを秘めているらしい人もいますし、
過度に謙遜し実力がないように見せかけ、ここ一番で誰にも成し得なかった偉業を達成する人もいます。

100人いれば100通りの人生がある。
至極当然のことなのですけれどね。
どうしてこれだけの差が生まれてしまうのか――納得のいく答えは未だに得られていません。

そんな僕も今日、26歳になりました。
こんな事を今になっても考えているあたり、まだまだ大人には程遠いようです。

2010年11月7日 00時35分 | 記事へ | コメント(0) |
| 状況(現実) / 普通の話 |
2010年08月17日(火)
お盆の終わり
 お盆が終わりました。
僕は無宗教ですし、亡くなった者がどうなるか、魂はどこに行くのか、そもそも魂なんてあるのか、
自分なりに信じているものがありますが、これもひとつの節目と考えてクッキーを供養しました。
僕は仰々しく飾り立てるのは好きではありません。
お位牌やリンなどは揃えず、お骨壷の前に供花とおやつを置いてあげます。

 死生観に関する本をいろいろと読んでいくと、本の数だけ考え方が出てきます。
輪廻転生を繰り返すという説。
生まれ変わる度に魂のレベルが上がっていくとする説。
死後は無であるとする説。
死者は守護霊となり近しい者を守るとする説など……。
誰にも分からないのだからこれだけの説が挙がってくるのでしょう。
どれかが正解かもしれないし、どれも違うかもしれません。
だから誰がどんな考え方を持ってもいいわけです。
みんな勝手に想像して信じているわけですから。
だから僕も勝手に考えて勝手に信じています。
人によってはデリケートな話題ですから僕がどのような宗教観を持っているかは言いません。


 クッキーが亡くなって一度だけお骨壷を開けました。
お盆の時ではなくもう少し前の日です。
メモリアルグッズのひとつにお骨の一部を収めるための筒状の入れ物があります。
それに入れるために開けたのですが、それとはもうひとつ僕なりの供養のひとつとして。
クッキーのお骨のほんの少しを貰って、それを食べました。
できるだけその形のままでと思いましたが喉を通らなかったため、一度だけ噛んで割ってしまいました。
もちろん思い込みなのでしょうけど、一瞬だけクッキーと一体になったような気がしました。
2010年8月17日 00時34分 | 記事へ | コメント(0) |
| 普通の話 / 状況(現実) |
2010年06月28日(月)
永遠のさようなら

 ゴールデンレトリバーの女の子、クッキー。
13歳2ヶ月。
6月23日午後2時、お空に旅立ちました。
人懐っこくて誰にでも愛嬌を振りまく社交性のある子でした。
その反面、他のわんこが苦手で病院の待合室などでは飼い主さんに遊んで欲しいのに、
その人が連れているわんこに擦り寄られて露骨に顔を背けるような子でした。
何でも食べる子です。
好き嫌いはありません。
バナナや茹でた人参。ケーキも食べます。
お嬢様なので市販の安いジャーキーなんかを食べるとすぐにお腹を壊しました。
行動的な子だったので散歩が大好き。
人間をよく観察する子で、自分に構ってくれそうな人を見つけたらすぐに飛びついていきます。
逆に動物嫌いな人もすぐに見抜き、そういう人には決して近づきません。
動物病院も大好き。
治療に行っているという感覚は彼女には無く、獣医さんやスタッフさんにいつも遊んでもらっていました。
とにかくはしゃぐので診察台に上がってもすぐに体重が測れません。
注射も全然怖がりません。
獣医さんが好きなので針を刺されるときも大人しく、ニコニコ顔で処置が終わるのを待っています。
とにかく誰をも愛し、誰からも愛されるわんこでした。


 7歳頃に発症したアトピー。
最初にかかった獣医の不適切な処置でステロイドを大量に服用し、その副作用で体がボロボロでした。
症状が改善しないのでその獣医は段階的に薬の量を増やし、ついに限界いっぱいまで達しても治らなかったので、
「これ以上はどうにもなりませんが、どうされますか?」
と匙を投げられました。
そこで送迎をお願いしているペットタクシーに評判の良い動物病院を紹介してもらいました。
その時、クッキーの被毛は殆んど抜け落ちていて、赤い発疹だらけの皮膚が露になっていました。
見た目にはゴールデンとは分からないくらいです。
新しい先生は彼女を見るなりハグしてくれました。
「辛かったね、えらかったね。先生が治してあげるからね」
神戸のやや西に病院を構えるその先生はちょっと関東っぽい喋り方でした。
そこからは4人3脚でした。
薬の種類を変え、その量も極限まで減らし、さらに特別なシャンプーを遣っての入浴。
そのお陰でクッキーの体はみるみる回復。
ゴールデンと胸を張れるフサフサの毛を取り戻しました。
でもそれは見た目だけでした。
クッシング症候群に冒され、彼女の肝臓は大きく腫れあがってしまいました。
人間でいえばビール腹のような状態です。
それでも若さでカバーできました。
興奮したりして体温があがると掻き毟る癖があり、放っておくと血だらけになってしまいます。
だから日中も目が離せなかったわけですが、換言すれば掻き毟れる元気があったのです。
6月17日くらいまでは本当に元気でした。
多少後ろ足が覚束ない感じでしたが、ご飯の時間になると催促するように器の前に移動します。
すぐ傍にフードの袋があるので、それと母の目とを交互に見ながらせがむわけです。
でもこの日、いつもなら器いっぱいのフードを食べきるハズが半分ほどで食べるのをやめてしまいました。
水もあまり飲まなくなりました。
飲んだとしても2口ほど飲み、それから顔を上げて少し休んでまた1口……という状態でした。

 18日、後ろ足がほとんど動かなくなりました。
後駆用のハーネスを急遽用意して補助をしないと立ち上がれません。
散歩にも行けなくなりました。
ご飯も水もやはりいつもの半分ほどしか食しません。

 20日、今になって悔いても遅いのですがこの日は漢字検定を受けに昼間外出しました。
こうなることが分かっていたら受験会場まで行かずに、一日中クッキーと遊んでいたと思います。

 21日、後ろ足はもう自分では動かせません。
午前中だけ会社を抜け出し、別の病院に診察に行きました。
皮膚病に特化した医者がいるということでペットタクシーに頼み山道を抜けます。
ですが辿り着いたところではあまりに辛辣な言葉。
もうこの子は長くない。末期だ。覚悟した方がいい。
一応診察はしてもらいましたがそこでの治療で治る見込みは殆どないとのことでした。
僕は昼から出社。
日中は母が彼女につきっきりです。
勤務中も逐一、母から状況を知らせるメールが届きます。
僕が同行した午前中はそんな事はなかったのに、昼過ぎ頃からクッキーは前足もほとんど動かさなくなりました。
少し前までは立ち上がる際に腰を補助してあげればあとは自分の力でしっかり立つことができたのに、
この時から”立て”の姿勢で手を離すと平泳ぎの姿勢みたいに四肢を投げ出して倒れてしまうのです。
それに加えて息遣いが激しくなりました。
何キロも走った直後みたいに体全体を上下させて苦しそうに呼吸をしています。

 22日、僕は平常通りに出勤。
クッキーは前日夜から激しい息遣いのせいで一睡もしていません。
母が低反発のマットの上に移動させました。
もう自分では動けないので定期的に寝がえりをさせます。
しかしどんな姿勢をとっても呼吸は全く落ち着きません。
朝昼のご飯はフードを20粒ほどしか食べませんでした。
この時ばかりは幼犬時のしつけ方を間違えたと思いました。
クッキーは外でしかトイレをしません。
家中を汚してはいけないと思っているのか、最後の最後まで我慢します。
前述のように体は動かせないので外にトイレにはいけません。
2人がかりで持ち上げて連れ出そうにも、トイレの姿勢がとれないのです。
そこで人間用の紙オムツを使うことにします。
尻尾の部分に穴を空けるだけです。
これを穿かせていればクッキーも気兼ねなく排尿ができると思っていました。
しかしそれでも彼女は我慢しました。
食慾はないと言っても、水だけはある程度飲みます。
この日の夕方近くまで一度も排尿をしていない爲、そろそろ用を足さないといけません。
午後6時頃、母からメールが届きました。
『先生が受け容れてくれた』とのことでした。
厭な予感はしていましたが、僕にはある程度の覚悟はできていました。
何年か前から先生には、もしクッキーにその時が来て疾患や怪我で苦しい思いをしながら最期を迎えるのであれば、
その前に安らかな死をあげてほしいと言っていました。
その先生は飼い主よりも犬猫を一番に考えてくれる人だったので、
『食欲があって自分から食べる状態であれば、それはその子の生きたいという意思なので安楽死はしない』
といつも言っていました。
しかし状況が状況だけに苦痛が長引くのは……というひとつの決断が下されたようです。
フードを無理に口の前に近付けて1粒1粒舐め取るように食べるのを、食慾があると言えるのかどうか。
僕たちも先生もずいぶん悩みました。
仕事を終え、僕は近所のスーバーでケーキを買って帰りました。
部屋に入るとメールで伝わって来た内容と違ってクッキーの呼吸は落ち着いていました。
帰宅の数分前に我慢できずに紙オムツで排尿をしたということでした。
膀胱が空になったことで苦痛からある程度解放されたのか、呼吸だけは落ち着いていました。
でもやはり四肢は殆ど動かせず、買ってきたケーキを目前に並べても匂いを嗅ぐだけで口にしようとはしません。
元気な時ならスーパーの袋を覗きこんだり、買ってきた品物をテーブルに並べる都度検品するように鼻を近づけていたのに。
ロールケーキを包みから出し、一口大に千切って差し出すとゆっくり食べてくれました。
試しにと丸ままのケーキを見せるとクッキーは直接かぶりつきました。
もしかしたら、と母と相談しました。
安楽死はまだ早すぎるのではないか。
こうやってケーキを丸かぶりするくらい元気ならまだまだ健康で生きられるのではないか?
そう考えましたが、数分後にはもう食べ物には興味を示さなくなりました。
水も茶碗に入れたものを舌を濡らす程度にしか飲みません。
さらに数分するとまた呼吸が荒くなりました。
やはりもう駄目かもしれない。
クッキーには悪いですが僕はそう考えていました。

 23日。
お迎えは昼1時30分に来ます。
呼吸はついに整わず22日から23日にかけてもクッキーは一睡もしていません。
朝ご飯は食べられず、昨夜に買ったケーキをまた少しだけ口にしました。
マットの上で動かない体を必死に動かし、上体だけを起こしたり横になったりを繰り返しました。
おそらく楽な姿勢を探していたのでしょう。
しかしどんな恰好をしていても息苦しいのか姿勢は安定しません。
3日寝ていないクッキーは今にも眠ってしまいそうな目をこじ開けていました。
あと数時間もしたらこの子はここにはいられなくなる。
僕は最も親しい友人を呼びました。
学生時分、同じく税理士を目指して勉強した仲です。
半ば無理やり都合をつけてもらって招きます。
彼はちょくちょく家に遊びに来ていて、クッキーもよく懐いていました。
最後の別れを前にクッキーは嬉しそうでした。
体いっぱいで喜びを表現することはもうできませんが、彼の腕を弱々しく舐め、2回だけ尻尾を振りました。
午後1時30分。
予定通りにペットタクシーが来ました。
少しでも負担にならないようにと、元気な時と違ってクッキーをマットごと車に乗せます。
病院までは30分ほど掛かります。
車の中でもクッキーは苦しそうに息をし、体勢を変え続けていました。
前日まで雨が降っていましたが、この時は運よく止んでいました。
最後だから……と、病院のすぐ近くにある公園に寄り道します。
近所と違って芝生が広がっていて、地面もラバー仕様の足に優しい通路です。
マットのままクッキーを芝生におろします。
嬉しそうでした。
この数日、全く外には出ていませんでしたから。
元気な頃はこの敷地を悠然と散歩していたものでしたが、彼女はマットの上で顔だけを動かして風景を楽しんでいるようです。
前述のようにこの子は室内ではまずトイレをしません。
久しぶりに外に出たことで安心したのか、クッキーはマットに寝転んだまま最後の排尿をしました。
血尿というのは尿に血が混じる状態のことですが、この時クッキーがした尿はほとんど血そのものでした。
どろっと濁った感じの血。
昨夜なら排尿後は呼吸が落ち着いていたのに、この日は膀胱が空になっても相変わらず息苦しそうでした。
血が出たことで動転した僕たちは慌ててタクシーに戻り、病院へ連れて行きました。
よく考えればたとえ出血しようとも、もっと長いこと公園に居させてあげればよかったのですが……。
診察室に運び込まれた妹は大好きな先生を前にしても喜びを表現することはありませんでした。
いつもにこやかな獣医さんが、血だらけのオムツとマットを見た瞬間、険しい表情をしました。
「これは……」
と呟いたきり、先生はクッキーの頭を何度も撫でました。
最後の診察をしてくれたのですが体温は高く、舌も紫色に変色していてやはり危険な状態とのことでした。
血尿は膀胱炎が原因です。
ここに来る時には既にその覚悟はできていたのですが、やはりいざとなると躊躇してしまいます。
「膀胱炎を治す薬を飲めば食慾が戻って元気になりますか?」
という母の質問に先生は、
「それは分からない。ただこの状態ではたとえ薬を飲んでももって1週間〜2週間だと思う」
と答えました。
確かに延命はできます。
でも体の自由が利かなくて自分の力ではどこにも行けない、立ってお気に入りの場所にすら行くことができない。
大好きだったケーキにすら興味を示さなくなって、楽しみだった食事もしない。
何より下腹部の膨れはもう治らないから、この先ずっと荒い呼吸のまま最期を迎える。
こんな延命でクッキーが本当に安らかな余生を送れるのか。
五体満足ならまだしも中途半端な治療をしたために残り少ない寿命を苦痛と一緒に過ごさせていいのか。
診察室でも散々迷いましたが、僕たちは最初の気持ちを持ちなおすことにしました。
安楽死は一瞬です。
注射器で薬を体内に流せば眠るように逝く、という説明は随分前から聞いていました。
処置室に運ばれたクッキーを先生とスタッフが見守ります。
僕と母は真正面に立って彼女を見ていました。
熱の所為か目がぼんやりとしていた感じがします。
先生が腕の付け根あたりに注射針を差し込んだのが視野に映りました。
母がクッキーの頭を撫でながら、
「眠るように逝くんですよね? まだ目が開いてますけど、まだ生きてるんですよね?」
と問いかけたところ、先生はちょっと間を置いて、
「この子の心臓はもうとっくに止まってるんだよ」
と泣きそうな声で言いました。
クッキーの目は確かに開いています。
虚ろな感じで僕たちを見ているのかと思っていました。
が、先生が針を刺したほんの数秒後にはもう彼女はこの世界からいなくなってしまったのです。


 クッキーは最期の日を知っていたのでしょうか?
いつもと違う時間にタクシーに乗り、いつもと違って先に公園に寄り、それからいつもの病院に行く。
ワクチン接種も何もかもこの先生にずっとお願いしていたから、クッキーはもしかしたらただの通院だと思っていたかもしれません。
注射をされるのも予防接種か血液検査のためで、これが終わればいつも通りタクシーに乗って帰るものだと思っていたかもしれません。
でもそうすれば恐らく彼女は短い残りの時間を、苦痛とともに過ごすことになったハズです。
少しでも長い時間、愛犬と過ごしたいと思うのは飼い主の気持ちです。
でもそれによって辛い想いをするのは彼女のほうです。
僕も今年に入ってからこの事は考えていましたが、やはり何度考えても苦痛が長引くなら安楽死を――という結論に達します。
安楽死を選んだことに後悔はありません。
ただもっとたくさん遊んであげればよかった、もっと色んなところに連れて行ってあげればよかったという悔いはあります。


↑お菓子が大好きだったのでたくさん持たせました。
 虹の橋のたもとに行くまでに食べ切ってしまうでしょうけど……。

 翌日、彼女は荼毘に附されました。
綺麗な体で逝けたのがせめてもの救いです。
火葬場を受け持っていた業者の方が、火葬を終えた時に、
「この子の骨はとてもきれいでしたが、内臓……肝臓あたりを患っていませんでしたか?」
と質問されました。
見る人が見ればどこが悪いのかが分かるそうです。
実はクッキーが亡くなる2週間前、先生の紹介で一度だけ心臓検査に強いという別の病院を訊ねていました。
エコーなど数種の検査では異常は見られず、レントゲンでは肝臓の肥大だけが確認されました。
クッキーが亡くなる前後、先生とこの病院の先生とで何度もクッキーの状態について話し合ってくれていたそうです。
足腰が立たなくなった原因は、ステロイドの副作用によるものか、股関節の異常か、あるいは神経系統に問題があるのか?
腹部が大きく垂れ下っているのはクッシング症候群による肝臓肥大だけが原因か、老化による下垂もあるのかなど。
ハッキリとした原因は結局分からず仕舞いです。
知りたいという想いは今もありますが、何より診察したら終わり……ではなくて、こうしてクッキーのことを考えてくれる獣医さんに
出逢えたことが嬉しくてたまりません。
彼女は実に多くの人に愛されていた。
そう考えれば嬉しく、その命を絶つ選択をせざるを得なかったことが残念でなりません。



四十九日が過ぎたら……。
気持ち悪いと思われるかも知れませんが、彼女のお骨の一部を自分の体の中に入れようと思っています。
2010年6月28日 22時18分 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2010年06月21日(月)
なぜ人間の寿命は永い?
 世界中の生物全体と比較すれば人間の寿命はさして永いほうではないかも知れません。
植物などは並みの哺乳類を遥かに超越する長寿ですから。
ただ、ね……。
僕たちの身近にいる生き物、例えば犬や猫などは人間よりずっと短命なのですね。
昔に比べて確かに寿命は延びました。
動物医学が発達して多くの病や怪我を治せるようになりましたから。
それでも人間には届かないわけですね。
一般に犬猫は人間の4倍の速度で歳をとると言われます。
わんこなら2年で成人、10年になると初老です。
ですから成長も衰えも早い(速い)のです。



 クッキーです。
現在13歳2ヶ月です。
人間でいえば96歳だそうです。
ほんの数ヶ月前まで元気に散歩できていたのに、今となっては足腰が立たず、門前の低い段差すら降りられなくなりました。
単なる老化ではありません。
皮膚炎を患っていて長いことステロイドを服用していたのです。
そのせいで肝臓は肥大し、多飲多尿になり、後ろ足も弱りました。
一日の大半を寝て過ごしています。
ステロイド服用は皮膚病に効果的な療法です。
ただしその量を間違えれば毒になります。
7年ほど前、初めて皮膚病の症状が現れた時にかかっていた動物病院。
そこは診療を教科書どおりに行ったため、この子の体重での上限いっぱいのステロイドを処方しました。
その頃の僕は不勉強だったので獣医を妄信し、処方された薬がどのようなものであるかも調べずただ指示通り飲ませていました。
その飲ませ方がまずかったのです。
後でかかったどの獣医に言わせても、多すぎる量だったのです。
大量のステロイドを長期間服用してしまうと、それを止めた時にリバウンドを起こし、皮膚がさらにひどい状態になってしまうのです。
手遅れでした。
今やクッキーの体はステロイドの副作用で内外ぼろぼろになってしまっています。
人間の4倍のスピードで歳をとるという事は、同じく4倍衰える事をも意味します。
今年に入ってからのクッキーの衰えも早いものでした。
つい数日前まで元気に歩いていたのが何もないところで躓くようになり、さらに数日すると段差に足をとられて転ぶようになり……。
もう何日かすると長時間立っていられないのかすぐに座り込むようになりました。
後ろ足の肉が急に落ちて骨張りました。
介助なしには殆んど立てなくなりました。
なんで若く元気な頃にもっともっと遊んであげなかったのか。
悔やまれます。
海も山も知らず、近所の公園か遠方の動物病院近くにある大きな公園くらいしかこの子は行ったことがないのです。

人間の寿命は永すぎるんです。
馬齢を重ね、日々を貪り、老害に朽ちていく人間には長寿であることにメリットなど無いのです。
それよりはこの子らに一日でも命を与えてあげるほうがよいのです。

2010年6月21日 23時09分 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2010年06月13日(日)
宴も酣
 去年は不況で無かったのに、今年も不況だったのにあったもの。
すみません、日本語がヘンですね。
宴のことです。
午前の総会では社長が経費削減を呼びかけて何とか黒字転化しようと表明していたのに、
午後からは散財放題呑み放題。
矛盾撞着も甚だしい場面転換に失笑したのは僕と良識ある事務員数名。
残る連中はアルコールの大量摂取さえできればそれで満足できるように脳が発達しているので問題なし。
社員総会というイベントは支店が点在している場合、その開催には思いの外費用がかかります。
何しろ社員全員を集めるわけですから旅費交通費が嵩むのです。
ここをなおざりにすると経費削減は到底敵いません。
しかもその後に人数分のお料理を出す――汲々資金繰りの解決策は目の前にあるのにエライ方は気付かんのです。
いえ、この際は目を瞑っているというのが正解でしょう。

 さて、良い歳した人間を精神分析学における退行を超越した乳児帰りにさせる魔法の水……アルコホル。
さすがに数十年と生きて角が取れ、ベテランと呼ぶに相応しい中高年期はこの陥穽には嵌まらないのですが、
大脳新皮質から海馬あたりまで筋肉で出来ていそうなジョックの方々は目も蓋いたくほどの陋劣非道振りを遺憾なく発揮します。
セクハラ発言は当たり前、飲めない(体質的に)人間への執拗且つ過度の飲酒強要、咆哮と言って差し支えない大声三昧……。
いろいろと”サカリ”のついた20代〜30代のオトコノコは、異性に貪欲ではなく(今で言うところの草食系)専ら資産運用や
資格取得に邁進している僕に、エ○話を語らせたいようです。
不特定多数が閲覧するここで子細に述べるのも憚られるような隠語(淫語)の数々は、彼らの口から吐き出される台詞の構成比率に
換算すれば100%に達します。
以前からここをご覧になっている方は、彼らがどのような発言で畳み掛けてきたかはご賢察頂けると思います。
あの〜、すみません。
あなた方、他に考えるコト無いんですカ?
文字通りバカのひとつ覚えみたいに三大欲求に忠実で、大脳の発達が見られない原始的言語能力と思考能力しか持たないような彼らとの会話(というか相手方の一方的なスピーチ)は、中学1年生あたりにタイムスリップしたのかと錯覚させるほどです。
乳児帰りと揶揄した理由はもうひとつ。
これも一度書いた気がするのですが、”自分の飲み物を自分で注げない”ということです。
目の前にビール瓶があるのに自分で注ぐことができません。
片手にグラスを持ち、もう片方の手で瓶を持ち上げて口が下になるように傾ければ自然とグラスは彼らの好きな液体で満ちるハズなんですけどね。
いちいち他人のグラスが空になっているのを見つけて酌をせよ、というよく分からない我儘が途轍もなく癪に障るんですよね。
車道に胡桃を落とし、走る車の重量に殻を割らせて実を啄ばむ鴉のほうが遥かに頭が良いですね。
2010年6月13日 00時27分 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2010年06月03日(木)
皐月の大敗、大杯
 毎度FXのお話です。
興味の無い方はごめんなさい。

 5月は駄目でしたね。
集計すると43万の赤字です。
ギリシャ問題がここまで円高要因になるとは思わず……。
それでも掛けドルに対しては損失は小さいほうでした。
というのも5月上旬に大きく円高に触れた瞬間がありまして……。
日本では深夜2時ごろだったと思いますがちょうどその時に取引が出来たのです。
ドイツあたりでの誤発注が原因ではないかと囁かれたアレです。
たまたまその時間に起きていたおかげで豪ドルを新規で買い込み、翌々日に4円以上高い値で売ることができました。
その利益がなかったら純損失はもっと大きかったでしょう。
さて、6月3日現在。
菅さんが次首相になるやならんやで円安に向かっています。
このまま84円くらいに戻ってくれればこの損失を余裕でカバーするどころか数十万の利益が出るのですが……。
今月中には難しいかもしれませんね。


 そして露骨に厭な話。
会社、今年は宴会やるらしいです。
社員全員集めての決起会といったところでしょうか。
3期連続の赤字なのにこういうところにお金を使う神経が理解できませんな。
出所が自分の財布ではないから危機感がないのかもしれません。
集う社員もまたそうした危殆ぶりが分かっておらず、とにかく酒が飲める! という一心。
経営方針だとか販路拡大とか二の次三の次。
アル中なんてのは統計より遥かに多い気がするのですが。
杯盤狼籍という言葉があります。
僕、これ、大嫌いなんですよね。
好きな人なんていないと思いますけど。
宴会場の料亭は団体客で儲かるからいいかも知れません。
ただ、だからといって歌い騒いで器皿が散乱している様というのはいい気がしません。
というか恥ずかしくなります。
いい歳した大人(僕と同い年、あるいは数年先に生まれた人も多数)が、童心に帰るどころかもはや幼児帰りの様相で
乱痴気騒ぎに興じる…………。
白眼視を通り越して瞑目してやろうかと思います。
2010年6月3日 23時29分 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2010年05月28日(金)
シリーズげんきょう01
シリーズげんきょうです。
僕は言葉遊びが好きなので「元凶」と「現況」をかけています。
呪詛と厭世と怨恨のフルコースであります。
明るくて前向きで楽しいお話希望の方はブラウザの「戻る」どころか「閉じる」をクリックされることをお勧めします。


 1984年に産声をあげた僕はすくすくと育ったようです。
常識人の母と非常識人の父との間にできた独り息子は、正邪の狭間を蛇行するように馬齢を重ねてきましたとさ。
3歳以前の記憶などとうに霧消しておりますが、その頃から家庭の不和は極みにあったようでございます。
結婚というのは個人と個人が結ばれること――ではなく、家と家との交わりなのだなあとしみじみ。
亭主関白というのでしょうか? 父はとにかく家庭内では”嫁は俺に口答えするな、従え”という頭でいたようです。
でも見た目はそんな風にはとても見えないんですよ。
背も160センチちょっとあるくらいの痩せ形。ちょっと重い荷物を担いだらすぐに息切れするような体質ですし。
どうも挙式の前に、両親や兄姉から吹き込まれていたらしいんですね。

”結婚は最初が肝心だ”と。

それをどう捉えたのか、まるで犬や猫を飼う際にアルファ症候群にならないように自分が躾けるべきだとでも考えたのでしょう。
亭主は絶対! 嫁は下僕! をそのまま実行したということですね。
どういうことかと言うと、たとえば母が夕餉の用意をします。
新婚なのでいきなり上手には作れません。
時間がかかってやっと食卓に並べた料理を、父は一口食べるなり明らかに不愉快そうな顔をして端を置きます。
で、無言のまま外出して30分ほどして戻って来た彼は、近所のスーパーの袋に総菜を詰め込んでいた……という具合です。
料理に関して言えば、
”おかずは必ず3品以上出せ”とか”豆腐は嫌いだから出すな”とか逐一の指示を出していたそうです。
それもハッキリした口調ではなく、蚊のなくような声――冬彦さんみたいなイメージで――で不快感を露にするんですね。
母、泣きました。
あまりに心ない言葉の連続に泣きました。
本性が分かったならさっさと離婚すればよかったのかも知れませんが、そうもいかない背景がございました。
僕には母方の祖父がおりません。
母が小学校に上がったあたりに病死しています。
彼女には弟がひとり(つまり僕の叔父)。
祖母は女手ひとつで姉弟を成人させたわけですね。
で、今はどうか知りませんが乱暴な言い方をすれば、女親だけの家庭というのは舐められやすいのです。
結婚にあたり家具などの必要な物を揃えたのは全部母方の祖母でした。
(父側曰く、そういうのは嫁側が用意するのが常識、だそうです)
安い買い物ではありません。
特に片親でここまでしてもらったという負い目のあった母は、それを裏切る恰好となる離婚の相談をすることもできず……。
とうとう僕を産んでしまいました。
よく生まれたモンだなあと感心します。
この夜の営みにさえ、この夫婦には尋常ならざる雰囲気が漂っていたそうですから。
生々しい表現は避けますが、まあ父が……巧くなかったんですね。
ハウツー本で得た知識で何とか進めようとするのですが、その本には相手方の反応にまでは言及していなかったらしく、
母が少し体を動かしたことに対して、
「まるで商売女だな」
と、あまりにも辛辣な御言葉をおかけになったそうです。
さすがにこの台詞はこれ限りでしたが、不躾な夜は何度か続きました。
その結果、僕がこの世界に降り立つことになったのです。
誠に偶然の産物だったのだろうと思います。
さて、子が生まれれば離婚はさらに難しくなります。
ここが母の2度目の大きな失敗でしょう。(1度目はもちろん、父と結婚してしまったこと)
家庭内の不和は相変わらず、僕は鎹になるどころか、母が離婚をしにくくなった足枷として日々を送ることになりました。
もちろん当時の僕に足枷などという意識は毛ほどもありませんでしたが。
内弁慶というのはこういう事を言うのでしょうか。
父は関白ぶりをいかんなく発揮し、家庭にある1円の金さえ徹底して管理しました。
母は月曜日に1万円を渡されます。
これで1週間を過ごし、次の月曜にもまた1万円を渡します。
インプレストシステムみたいなものでしょうか。
彼は一応、「途中で足りなくなったら言ってくれ」と添えるらしいのですが、本当に足りなくなって切り出すと露骨に嫌な顔をしたそうです。
当時の母は夫の手取りがいくらなのかを知りません。
前述のように明細等は全て自分が管理、母の手許には1万円のみがあるからです。
この生活は新婚当初のことであって数年後には家計としてきちんと口座に入金されるようになりましたが……。
明細は相変わらず分からないので父がいくらか差し引いてから入金していたものと思われます。
当時の情勢や職業、年齢から考えて月1○万円は少ないでしょうから。
(ちなみにこの金額、今も変わってません……)




 さてここで2000日ほど時間を早送りします。
特に大きな病にも罹らず、僕は5歳になりました。同年代に比べるとかなりの短身です。
決定的な軋轢ができたのは今もってこの時だろうと確信が持てます。
実は核家族だった僕たち。
父方は加古川、母方は神戸中部、そして我が父母は僕とともに神戸南部に居を構えていました。
この頃に同棲の話が出ていました。
内容は僕たち3人が母方の祖母と息子(前述の叔父)との5人暮らしをする、というものでした。
場所は近く神戸北中部。
マンションの1階にある2世帯分を工事してぶち抜き、7部屋にもなる大きな新居となるハズでした。
祖母の話ではやんちゃ盛りの僕が家中ではしゃいでも階下に迷惑をかけないように1階に定めたとのこと。
確かに昔の僕は今では考えられないくらいに活発でした。
この案には当初、父も賛同しています。
引っ越しとなるわけですから従って校区も変わり、母は新居を校区にもつ小学校への入学手続きをとりました。
さて、同居まであと1ヶ月に迫った時のことです。
母が姑に電話をかけました。
引っ越し祝いに贈り物を貰っていたのでそのお礼のためです。
普通ならそのやりとりだけで終わるハズなのですが、姑曰く、
「あなたたちはいいかも知れないが、うちの息子は本当に同居に賛成しているのか?」
とのこと。(本当はこんな固い言い方じゃなくて播州弁がちょっと混じってます)
賛成しているからこそここまで手続きが進んでいるわけですが、その言葉に疑問を持った母はその日、父に問いました。
「もしかして義母さん、同居に反対している?」(本当はこんな固い言い方じゃなくて神戸弁です)
するとなぜか父、激怒。(以下標準語でまいります)
「母さんが反対しているハズがないだろう! 今から電話してたしかめる」
で、本当に問い質したそうです。
「反対なんかしてないって言ってるぞ」
「でも今日の電話で、”旦那は同居に賛成してるのか”って訊いてきたから、義母は快く思ってないのかと……」
「母さんはそんな質問した覚えはないと言ってる!」
「でも確かに……」
「お前、僕の母さんをウソツキ呼ばわりするつもりかっ!」
という展開になったそうです。
で、激昂収まらず父は、
「気分が悪いっ! もう同居の話もやめだ! 引っ越しはしないからなっ!」
と吐いて捨てて終了。
感情の高ぶりによる一時的な暴言かと思いきや、その言が撤回されることはなく、ついに予定日になっても彼は動きませんでした。
結局どうなったかと言うと同居の話はおじゃん。
母は新学区の小学校に編入取りやめの申請(ドタキャンだったので相当怒られたそうです)。
祖母や叔父はいったいいつ引っ越してくるのかと催促三昧。
もともと5人で住む予定だった大きな家には、今でも祖母と叔父の2人が暮らしています。
ここで問題になったのが金銭です。
2世帯分の特別工事で作った大きな家はそれ自体がもちろん高額な買い物でした。
おまけに当時は金利も高く、ローン返済当初は月額支払いのほとんどを利息が占めるという状態でした。
同居にあたり月々の返済額は祖母叔父側と僕たちの側で折半。
ただしそれ以外の食費やら何やらはすべて祖母叔父側で持ち、娘夫婦は将来のために貯金しなさいという話で一致していました。
僕の側からすれば大きな家の家賃半分を支払うだけで後は一円も負担しなくていいという、かなり不公平な費用配分でした。
ところが父がキレて同居が流れ、この大きな家の返済は祖母叔父が全額支払い続けています。
こちらはというと市営の住宅で数年過ごした後、震災直後に戸建てを買ってそこに住んでいます。
金銭的な問題はさておいて、これによる負担の殆どは母が被る恰好となりました。
入学手続きのごたごたもこなしたし、父からは同居できなくなったのは自分の母親をウソツキ呼ばわりしたからだと言われ、
祖母からは同居する予定だったからこんな大きな家を買ったのに無駄になったと罵られ……。
今日に至っております。
ではその間、父側は何をしていたかというと――。
何もしませんでした。
まるで他人事のようにその件には一切触れなかったのです。
父方の祖母もまるで責任を感じていないようで、あっちにこっちにと年寄りの道楽よろしく旅行しまくってます。
さすがに同居予定だった本人たる父はいくらか罪悪感を持っているだろうと思いきや、さにあらず――。



「シリーズげんきょう 02 に続く」
2010年5月28日 23時14分 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2010年05月26日(水)
ボランチア(2回目)
 いつかの記事でちらっと触れたのですが、僕はボランティア活動をする人をちょっと斜に構えて見ています。
うちの家でそれに絡む話があるからなのですが……。
僕は滅多に他人さまのブログを読まないのですが、先日たまたま見つけた記事に感銘を受けました。
感銘というより共感ですかね。
その方は法律家を目指していらっしゃるようなのですが、状況が殆どうちと同じなんですね。
記事の結びにある、

『〜〜こういうボランティアの仕方は、周りからは素晴らしく見えても、見えないところで家族が苦しんでいます。』

という一文に、ボランティア活動という言葉を聞いてただ感心や感動を覚えるだけの人が押し並べて陥る事実の表裏が現れています。
こういうモノの捉え方は実際に体験してこそ得られるものなのかも知れません。
(実際、僕がそうですから)
物事の多面性をその面の数だけ視点を持って捉えられるようになりたいものです。

 あまりに似た境遇に思わずコメントをしたのは良かったのですが、全然違う名前で書き込んでしまいました。
ちょっとした悖徳感に襲われています。
2010年5月26日 21時57分 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2010年05月03日(月)
4月の成果とカンケン
 またまたFX関連のお話。
興味の無い方はごめんなさい。
4月度の利益はわずか25000円。
先月最後の決済の後、ずうっと円安だった為に取引のタイミングが掴めず、このような結果に終わりました。
サブプライム辺りから急激な円高の恐怖があるために、思い切ってポジ持てないのです。
スワップも高くなってきていて保持しているだけで利潤は得られそうですが、レバ利かせている以上、常に評価損に気を揉むのも精神衛生上良くないですし……。

 今夏、久しぶりに漢検1級を受けます。
安くなりましたね、受験料。
僕が最後に受けた時は6000円だったハズですが、今では25%オフの4500円に!
浮いたお金で過去問題集が買えましたよ。
普段、数字ばかり見ているのでたまには漢字に触れるのもいいですね。
2010年5月3日 22時57分 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2010年04月10日(土)
つぼえりとあきなお
 映画『プリキュアオールスターズDX2 希望の光☆レインボージュエルを守れ!』
映画『LIAR GAME The Final Stage』を観てきました。

 プリキュアはえりかの可愛さが異常です。
前回のオールスターズでは一応メインだったハズのフレッシュ勢が殆んど囚われの身状態で活躍できなかった分、
今回はかなり出番が多かったような気がします。
絵柄も等身もまるで違うつぼみたちですが、映画では周りに合わせたような絵柄で溶け込んでいました。
ただ旧プリたちの接点そのものはあまりなかったように思えます。
前作では、”各プリキュアたちが互いを全く知らない状態からの出会い→共闘”だったのに対し、
今作では、”フレッシュまでが既知→そこにつぼみ・えりかが加わる”という構図なので出会い方が違います。
そのためか互いの紹介に当たる部分がかなり削がれていた感じがしたのが少し残念。
ラスト観る限り、ちゃんと親睦は深めていたようですが。
上映85分は短すぎますね。
2時間くらいかけてじっくり観てみたいものです。
デザトリアンとか出てこなくていいから、変身前のプリキュアたちの会話とかその辺りをぜひ。
それにしてもえりかはスクリーンでも可愛いですね。
テレビ本編とはちょっとキャラが違う感じがしましたが。
本編といえばつぼみ父の元生徒が彼を引き抜きに来る回で、
『ちゃんと言ってくれないと分かんないよ?』
と躊躇うつぼみの背中を押して頷くえりかに辛抱堪らんものを抱きまして候。



 ライアーゲームで結局一番得をしたのは、赤リンゴが全て揃う方に賭けた少数の投資家だったわけですね。
この手の作品は最初のルール説明をじっくり聞いていると、プレイヤーがどんなトリックを使うか色々推理できます。
ただ3種の投票をするだけに何故わざわざ焼印を付ける必要があるのか、投票行為を行ったら再度投票室には入れない決まりは
何のためにあるのか、リンゴ3種あればゲームは成立すると念押しのように付け加えた理由は何か……とか。
秋山も葛城もヨコヤもルール説明では直接触れていない盲点を衝きますから、こういう作品を鑑賞する時はとにかく
ルールを咀嚼することに腐心しています。
焼印の移動くらいはあるだろうと読んでいましたが、金リンゴを消滅させるところまでは読めませんでした。
シリーズ通して観ると過去の印象的なシーンそのままの箇所もありました。
特に秋山が取り乱す場面は密輸ゲームで一回観ていますからすぐに演技だと分かりました。
他にナオが”騙して何が悪い”と開き直る秋山の頬を張った点も、これまでの2人の関係から考えて唐突すぎてあり得ず、
これも演技だと分かってしまいます。
もちろん普通に観ていてはそれが演技だと分かっていても、では裏で具体的に何が行われているかまでは十分に推理しないと
正解にたどり着けないわけですが……。
演技であることを悟らせず、従って秘密裡に事が進んでいる、という視聴者に対する二重の騙しのテクが欲しかったところ。
さて、今回恰好良かったのは秋山よりも寧ろヨコヤでしたね。
退場した秋山の負債を肩代わりするのに賞金全額どころか負けても返済を要求したのは、
ただ無償で支援しても秋山の性格では必ず拒むと思ったからでしょうね。
”ヨコヤらしい卑怯な取引”だからこそ彼もすんなり受け容れたのではないでしょうか。
しかしあそこでヨコヤが来なければ秋山もそのまま敗退していたわけですから、彼を呼び寄せたエリーの手柄は大です。
実写もいいですが、彼に関しては原作の方が数段良いですね。
嵌められた時の狼狽ぶり(感染で検査室封鎖されてから小切手とられるあたりとか)が面白くて。
ゲームは終わり主催者の正体も明らかになりましたが、最後まで謎なのが冒頭で千円借りた人がナオに返す際、
なぜ事務局と同じ黒封筒を使ったのかということ。
ああいう封筒って普通にそのへんの店で売ってるんでしょうか。
茶封筒くらいしか見たことないものでサッパリ分かりません。
まあ少しくらい謎が残ってもいいかもしれません。
『お前の負けだ』という台詞が何回飛び出すか観賞中に数えていたもののストーリーを追っているうちに分からなくなってもいいんです。
BGMが大音量で聴けただけで十分なのです。
2010年4月10日 22時24分 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2010年04月06日(火)
クッキー13回目の誕生日
 今日は愛犬クッキーの13回目の誕生日です。
人間でいえば90歳近いらしいです。
確かに足腰は弱くなったような感じがします。
でも食欲はまだまだ旺盛。
生きる気力があればいくらでも生きられます。
少し前にアレルゲン検査をしたところ、それまで強陽性反応が出ていた小麦が今回は陰性に。
というわけで誕生日にはつきもののケーキを母が買ってきました。



さすがにチョコレートは無理ですが、その他の物なら基本的には大丈夫。
写真には収められませんでしたがクッキー、1個を5秒ほどで食べきりました。
本当はカロリー摂取オーバーで褒められたものではないのですが……。
今日は年に一度の特別な日。
ちょっとくらいはいいでしょう。
2010年4月6日 21時23分 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2010年04月01日(木)
久しぶりに大勝利
 月初恒例、FXのお話。
興味のない方はごめんなさい。

先月、先々月と利益が雀の涙だった分、3月はかなりの好成績となりました。
約26万円の利益。
1月終わりから2月中頃にかけ豪ドルを段階的に買っていたのでした。
(81.80円〜79.70円にかけて合計10万豪ドル。決済は一律に84円で指していました)
この利益の中には期間スワップ約2万円が含まれています。
で、これ書いてる4月1日現在。
豪ドルは86円まで下がってます。
仮にこのレートで決済したらさらに20万の利益が出ていたのですが……。
過ぎたことは仕方がありません。
さて、好成績の後にはいつもやって来る悩み。

”次の新規取引どうすれば?”

やはり売りから入るには抵抗感があり(豪だと1万持てば一日に86円支払う)、今はポジを持っていません。
都合よく速やかに円高に向かってくれればありがたいのですが……。
豪といえば捕鯨問題の云々がありますが日本人、鯨ってそんなに沢山食べてます?
一度も食べたことがないのですが美味しいのでしょうか。
2010年4月1日 21時50分 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2010年03月19日(金)
最近
 週末になると姫路で忍者のコスプレしてボランティアと称して活動している人を告発したくなります。
2010年3月19日 21時26分 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2010年03月14日(日)
見返り無き奉仕はない
 ボランティア。
例えば誰かが「私、休みの日はボランティア活動をしています」と言っているのを聞いたら、
人はどう思うだろうか。
立派な人だ、エライ、尊敬する……と称賛するだろうか。
それとも、
バカな奴だ、金にもならない事を、偽善者……と嘲弄するだろうか。
現在、沢山のボランティア団体が存在する。
町のゴミを拾ったり、植樹したり、入院患者の慰労に回ったりと、とにかく色々ある。
その行為自体は尊いと思う。
無償かつ自発的にやっているなら尚のことだ。
対価を得る仕事とは違う。
わざわざ休みの日にやる人もいる。
彼らのおかげで救われる人、満足している人がいる。
良い事だとは思う。

 でも一般的に”良い”とするその評価は、第三者かそれを受けた者が下していることだ。
では例えば家族はどうだろう。
夫が日曜になると遠方に出かけ、ボランティア活動をする。
現地の人に喜ばれる。
朝早くに出て夕方ひょっこり帰ってくる。
妻は夫が出て行く音で早朝起こされ、愛犬の世話や家事に忙殺される。
やっと一息ついた頃に夫が満足げな顔で帰ってくる。
そして当たり前のように用意された夕食を当たり前のように食べ、今日はもう疲れたからと言って寝る。
ボランティアは奉仕だ。
頼まれてもないことをやる行為だ。
その頼まれてもないことを勝手にやり、その行為自体によって当人は満足感を得る。
家族を蔑ろにして。
『休日はボランティア活動しています』
外面はこれでオッケー。
よほどひねくれた人でない限り、それを褒めてくれるだろう。
何も知らない人は。
だから僕は休みの日にボランティア活動をしている人を見ると半分は蔑む。
あなたに家族はいないか? 配偶者や子や親はいないか? 同居していないか?
もしそうならあなたが活動している時間、それらの人はどうしているのか?
あなたが帰った時、身支度が整っていることをどう思うのか? 何も思わないのか?
夫という生き物が社会に奉仕の精神を持つのは本人の勝手だ。
だが妻や子は夫に奉仕の精神を持っているわけではない。
男女に関係なく、まず身近の事をしっかりやった上での余剰エネルギーを奉仕に充てるなら構わない。
それこそ尊ばれるべきだと思う。
だが陰日向となって自分を支えてくれている人がすぐ傍にいるにも関わらず、それに慣れてその人を忘れ蔑ろにし、
趣味と実益(称賛の声や交流)を兼ねて奉仕活動という遊蕩怠惰に耽る輩を、僕は決して赦さないだろう。
2010年3月14日 15時11分 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2010年03月05日(金)
恥ずかしい利益と恥ずかしい話
 またまたFXのお話。興味のない方はごめんなさい。
2月度の損益を計算してみました。
実際には計算するほどのものではありませんでした。
プラス2万円。
実はこれ為替差益ではなくスワップです。
1月の終わり頃に豪ドルを買っておいたものを丸1ヶ月放置していました。
なかなか決済するタイミングが見えないんだもの。
で、貯まったスワが2万なのでした。
僕がメインで取引している業者はポジションを持ったまま、スワップのみを保証金に組み入れる(引き出す)ことができます。
運用成績は為替差損益とスワの合計ですから、2月度の成績を出すために止む無くスワを振り替えたのでした。
このまま今月も放っておくとまた地益が……。

 そしてもうひとつ、恥ずかしい話。
実は僕、つい最近まで「七度尋ねて人を疑え」という言葉を全く別の意味に捉えていました。
この言葉は『物が見当たらないときは自分でよく探したあとではじめて他人を疑え。むやみに人を疑ってはいけないということ』という意味があるのですが僕はこれを、

『人間は信用できないものだから、何度も何度も疑え』

と勘違いしていたのであります。
僕が頭から人を信じていないからなのか、それとも”たずねて”という部分の解釈を間違っていたからなのか……。
まったく恥ずかしい話です。
誤った理解のままこれまで一度も人前で使ったことがなかったのが、せめてもの救いです。

2010年3月5日 21時47分 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2010年02月20日(土)
ATMを見て思ったこと
 仕事柄、よく銀行に行きます。
小切手の呈示とか納税とか、法人個人問わず今の世の中、銀行のお世話にならない人はいないでしょう。
窓口で札勘(お札を数えること)を物凄いスピードでやっているのを見ると、なんか気持ちよくなりますね。
嗚呼、僕もあれくらいのペースで札勘できたらなあ、とか思いながら。
(窓口で数えてて大丈夫なのでしょうか?)

規模の大きな店舗ではATMの台数も多く、そちらを利用するお客さんもたくさんいます。
記帳とか数件の振込みならこちらの方が早いですしね。
で、このATM。最近はいろいろな種類が出ています。
通常はキャッシュカードか通帳があれば基本の取引はできますが、防犯対策にまずICカードが導入されました。
それでも不正使用が発生したため、今度は利用者の固有の情報……静脈叢紋様によって本人か否かを判定する生体認証ATM
が登場します。
改良はATM本体だけではありません。
僕は一部の店舗でしか見ていませんが、通常のキャッシュカード等で暗証番号を入力する際、タッチパネルに表示された数字の配列が
その都度変わるタイプもあります。
毎回同じ配列だと画面のどの辺りをどの順番で押しているか、を覗き見ることで暗証番号を推測されてしまうからでしょう。
いろいろと防犯対策がありますが前述の、静脈による認証などはハイテクの成せる業ですね。
そのうちマイノリティリポートみたいに網膜を使ってさらにセキュリティレベルを上げるのではないでしょうか。
(僕が知らないだけでもう存在しているのでしょうか?)

という具合にSFものみたいなシステムが登場しているわけですが、”スゴイ”とは思っても感心も感動もないんですね。
ちょっとでいいから細胞を分けてくれと言いたくなるようなエンジニア集団が試行錯誤の末に生み出したものなのですから、
もちろんそれに対しては、”こんなこともできるのか”と驚きはします。
でもね。ちょっと考えてみて下さいよ、と。
それだけ厳重な防犯体制を敷くという事は、それだけ犯罪が多いということですよね。
ICカードや静脈を利用しなければ防げないような犯罪をやる輩がいる、というわけですから。
寒々したものを感じるのですよ。
そういった凄いシステムの数々が開発されるという事はつまり、
”それだけ人間という生き物は信用できない”という思考が前提にあるからに他なりません。
他人様の財産を盗み取るような人間がいなければ、そもそもセキュリティなんて必要ないのですから。
金融機関が存在する限り、顧客の財産を不当の魔の手から守るために本人認証システムはもっともっと進化するでしょう。
いずれはなりすましが不可能なほどレベルの高い防犯体制がとられるかもしれません。
しかしそうなった時には、人間は人間を完全に信用しなくなっていると思います。
20%程度の防犯率のシステムで安心している人は、他人を20%程度しか疑っていないのです。
に100%の防犯率のシステムで漸く安心できる人は、他人を100%疑っているのです。
他のあらゆる動物を含め、人間は進化します。進歩もします。
ですが僕たちが生まれた時から内包している善と悪(この定義に関してはいずれまた)も同じ様に進歩し、進化しているようです。
皮肉なことに高い防犯率を謳って顧客から賞賛の声を浴びるセキュリティシステムは、それを破ろうとする悪辣な犯罪者のおかげで開発されたようなものです。

僕の人間嫌いはこういう事を鬱々と考えている限り、治りそうにはありません。
2010年2月20日 01時35分 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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