伊勢神宮の宮域林は、かつては式年遷宮の御杣山でした。遷宮造営には、千木や棟持柱等、末口二尺あまり13mの特別な長尺材が必要であり、神宮林では巨木の資源が枯渇したため、江戸期には木曾や美濃の檜が遷宮に用いられるようになりました。更に、お伊勢参りの流行で、参拝客のための薪炭林となり、六甲山と同じく明治には過度の利用で禿山状態となり、土砂災害が多発。このため、大正12年より、式年遷宮の用材を再びこの山から産出できるよう200年の長伐期施業を行う檜造林に着手され、現在に至っています。
今では、神宮林は、内宮周辺は国立公園の特別保全地区もかかり、原則禁伐の天然林が保存され、その奥にある、神路山、島路山に檜の人工林が広がり、間伐とともに次第に針広混交林化させています。檜の根元に広がる広葉樹の落葉が豊かなリター層を形成し、防災上も生物多様性等環境上、景観上も素晴らしく、風格ある神宮林として維持されています。
200年かけて育成した檜材は、20年たつと捨てるのではなく、表面を削って五十鈴橋の前にある鳥居となり20年、更に再度表面を削って別の神社の鳥居として20年、合計60年のおつとめを果たし、さらに希望する神社にお譲りするとのことです。
五十鈴橋と神宮林 右端に鳥居 背景に神宮林
1300年の歴史を誇る式年遷宮のために、200年かけて檜を育てるという気の遠くなるような施業に取り組まれている伊勢神宮のお話をお聞きして、山の手入れは、その時々の経済状況で進めたり中止したりする訳にはいかない、不断の努力で我々の子孫に代々伝えていく義務があり、日本文化そのものではないのかと感じました。
樹木は生物ですから時とともに変化します。今は豊かな森も放置すればいずれは照葉樹林化し、暗く多様性も少なく防災上危険や山になり、いずれ災害が発生して再度何百年間かかけて再生します。環境上好ましい状態というのは、その何百年かかけて植生遷移する中のある期間の状態でしかなく、その状態に誘導、あるいは維持するためには、絶えず人間の手を入れる必要があります。間伐せず放置する事は全く自然環境上好ましくない。人間は自然環境の中に生活しているが、その環境は人間が努力して維持しなければならないということ。逆説的ですが、豊かな自然とはつまりは人工的な造営物であるということ等をつらつらと考えさせられました。
六甲山の森林は植林後110年。大災害も何度かありましたが、今までは若くて元気で多様な山。でも、いよいよ中年にさしかかり、調子が悪いところが出てきつつあります。一度、森林の人間ドックに入って、今良い所は維持し、今はまだいいけどこんな生活を続けると危険な所は定期的に診断を受けつつジムにでも通い、もう悪くなった所は治療する、そんな中年の仲間入り…と思うと、親近感がますでしょ。
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