ニックネーム:ペーパームーン
性別:女
都道府県:大阪
ナチュラルに、心が安らぐ生活、そんなこと話していきたいな

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イタリアD・ナポリ&ブリンディシィ (9/28〜9/30)
2007年12月05日(水)
1990年9月28日(金){

今日はナポリへ。ホテルをチェックアウトした。

荷物を担いだまま「Bar」で昨日と同じくクロワッサンと紅茶の朝食。

このBarに入ろうとした時、どこかのおじいちゃんが声をかけてきた。
一緒に写真を撮ろう!!と言って投げキッスをしてきたのだ。

肩を回してきて耳元で I Love You と何回も囁かれてしまった。
Kazumiちゃんは頬に Kissをされていたわ。
一緒に朝食でも・・・といわれたらどうしようと思っていたがそれはなかった。

駅はすごい人。9:00am発のナポリ行きは1等に座れてラッキー。
20分遅れで出発し、11:35amにナポリ中央駅 (Napoli Centrale)に到着した。

ソレントへ行くのをやめてナポリに2泊滞在することにし、早速ホテル探し。
「Hotel Casanova」に決定。まぁ外見より中身は綺麗だったのでここにした。
2泊で40,000Lit.

駅前の「Ristorante Ettore」でスパゲッティー・ボロネーゼとコーラとティラミスを注文。
ラムがよく効いたティラミスは私好みのテイスト。14,800Lit.

これからのスケジュールを相談。
相変わらず中東情勢は変わらないのだがやはりトルコには3人行きたいと意見が一致したので決行することにした。それを踏まえてのスケジュール調整。

まずは予約済みの船でギリシャに入る。
トルコに行かないのならアテネからユーレイルパスで乗り継いでイギリスへ帰るという当初の予定だったのだが、アテネから列車でトルコへ入ることにした。
じっくり予定を立てた後は、夕食にGo!

「La Brace」というトラットリア。地元の人にも人気があるようだ。
カプリチョーザとここの店の名前のピザにはイカやタコが入っていた。そしてメインのお魚が最高に美味しいの。
途中からアコーディオン弾きのおじさんが入店してきて3曲演奏した。
私達のテーブルの前でも演奏してくれたので500Litのチップをあげたわ


1990年9月29日(土) 

今日は青の洞窟へ行く予定。晴天だし風もないが波が高くないといいのだけど。


#1の市電のトロリーバスに乗った。
バスの中でチケットが買えると思ったのにどこにもなくて結局無銭乗車してしまった。
もちろん帰りはタバコ屋さんで買えてしっかり払ったわ。
 これがチケット

ヴェベレッロ港 (Molo Beverello)で下車。

この港から青の洞窟のあるカプリ島までの往復チケットを購入。 Caremarという会社の船で往復で12,600Lit。9:00am発でとっても快適な船の旅だった。真っ青な海に空も真っ青。

約1時間半でカプリ島 (Isola di Capri) に到着。


そこから小型のモーター船に乗って洞窟前まで行くのだが、よくイタリア語が判らずチケット売場のお兄さんの話にうなずいてしまったら、どうやらクルーズのツアーだった。

1時間半かけて。珊瑚の岩など見所や島の周りを回ってくれたの。

 

だけど1時間半はっきり言って退屈だったわ。8,350Lit.はちょっともったいなかった。

気を取り直して、再びチケット売場で間違えずに小型モーターの船(6,100Lit.)チケットを購入し、船に乗り込む。
30分程進むとに観光客を乗せたやっと手漕ぎボートがたくさん見えてきた。そしてそこで待つこと約30分。
やっと私達の順番になった。5,6人乗り。手漕ぎ舟の値段は7,350Lit.。

チケットが2枚になってる。2,000Lit と 5,350Lit  最近値上がりしたのね、きっと。

漕ぎボートに乗り換えるといっても海の上でなのでバランスを取るのが大変。
結構揺れてるのだ。

青の洞窟に入るのにはとっても大変。大潮の日は欠航。波が荒れてきたら直ぐ欠航。
なにせ穴が1m以下になったら入れない。
聞く所によると入れる日はめったにないそう。
だから時間が限られている団体の観光客は涙を飲むことが本当に多いんだって。
私達、本当にラッキーなことだわ。

さて、乗り換えても前にボートが閊えているから待たなきゃいけない。ゆれがキツイ。
実は私も Kazumiちゃんも船酔いするのだ。
Kazumiちゃんの顔が蒼白になってきているのがよくわかるほど。
「私、ちょっとダメかも・・」と弱気になっていた。

そのうちやっと今度は私達の順番になり、ボートが動き出した。

いよいよ洞窟内へ
船頭さんが「入る時、皆がしているように仰向けに寝て!」といった。緊張が走る。
1,2,3と声をかけ合って体を寝かす。

すると中は真っ暗。とたんにワーっと声援と拍手が・・。

本当に神秘的。洞窟内はそれほど広くはないのだけど光が上から差し込んでいるわけでもないのに蒼いの。水に手を入れてみると手が真っ白。とっても不思議。

中に居れたのは4,5分ってとこかな。他の舟から“帰れソレント”を歌ってくれている船頭さんもいたわ。再び仰向けになって外へ。

手漕ぎボートのおじさんにチップを渡さなきゃ。
帰りも混んでいる。手漕ぎボートと小型モーターボートで30分ほど海の上だったけど本当にきつかったわ。船酔いだ〜

おかげであまりお腹が空いていなかったけどレストランでランチをとった。
ペスカトーレ、サラダ、タコのトマト煮、マスカットと水で14,300Lit.
食べているうちに元気を取り戻した。

海の潮風を受けながらずーとぼんやり海を眺めていた。

ナポリに戻ってきて夕食は昨日と同じ「La Brace」で、野菜スープと魚のグリル、バナナを使ったデザート。12,800Lit.。
お勘定の時にちょうどすれ違いで入ってきたのは昨日のアコーディオンおじさん。


1990年9月30日(日)   今日からウィンタータイム

6:45am起き。
今日はイタリアのちょうど南、靴で例えたらブーツのヒール上あたりのブリンディシィという港を目指す。ここからギリシャ行きの船に乗るのだ。

7:30amにチェックアウトした。お菓子やパンなどを買って、ナポリ中央駅に着いて時間をみると、何故か6:55am。
そうだ、今日から冬時間だったんだ。

それなら早めの列車に乗れる、ということで急遽2番ホームに移動した。だけど、列車も止まっていないし、お客さんもいない。おかしいなぁと思って人に聞くと、この列車は地下から発車するという。そうか、中央駅じゃなく、ガリバルディ広場駅から発車するのね。

急いで地下にくぐってようやく2番線ホームに行った。良かった、列車は遅れてきたから・・・
コンパートメントを私達3人で占領して、イスをずらしてしばらく寝た。

11:37amにバーリ駅 (Bari)に到着。そこで1時間の待ち時間があった。
バーで紅茶をテイクアウト。買っておいたパンでランチタイム。

12;37pm出発だというのにまた電車が来ない。人に聞くと4番線乗り場だよって教えてくれた。また走り出す私達。どうして今日はこうなの?

出発2分前で間に合った。そしてブリンディシィ(Brindisi) に14:07pmに着いた。
港へ歩きユーレイルオフィスに荷物を預けた。そこから歩いて15分、アドリアティカ (Adriatica) は4:00pmにオープン。

オフィスで出国税 (7,000Lit.)を支払いボーディングパスを貰い、その隣にある警察署で出国スタンプを押してもらった。

ブリンディシィ駅に戻って「Cafeteria Riviera」でトマトパスタにハムエッグ、白ワインを注文。
ここのお兄ちゃんがとっても面白くて色々笑わせてくれた。

待ち時間が長い。こんなことならバーリで途中下車すればよかった。
世界遺産のアルベロベッロに行けばよかったのになぁ〜と後悔した。

でも船に乗れなかったら大変。
やっと8:30pmに入船出来た。

紙に名前を書いた。入船前には怖い顔のおじさんがいたけど、中に入るとすぐに係りのお兄さんに付き添われクシェット 575号室に案内してくれた。
中は4つベッドがあって、それを3人で使えた。床を整えて直ぐに寝た。
もう疲れの限界だったの。

ギリシャ・アテネ@ (10/1〜10/2)へ続く
2007-12-05 23:55 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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イタリアD・ローマ (9/26〜9/27)
2007年12月03日(月)
1990年9月26日(水) 

今日はローマ市内観光。
「Cicero Vincenzo」でサンドイッチと紅茶の朝食。

まずはミケランジェロ3大彫刻のラスト3番目「モーゼ像」を見に
サンピエトロ・イン・ビンコリ教会 (San Pietro Vincoli)へ。

そして聖ペテロの鎖も大切に納められていた。
バチカンでペテロの墓を見逃してしまったけどペテロは実在する人だったのね。

そしてコロッセオ (Colosseo)へ。

地下は死刑囚が収容されていたといい、猛獣と死刑囚や拳闘師同士が戦う闘技場。どちらかが死ぬまで戦われた。
1階はドーリア式、2階はイオニア式、3階はコリント式の大理石柱という紀元前の建築物。

コロッセオから隣にあるフォロ・ロマーノ (Foro Romano)を見学。

コロッセオから見たフォロ・ロマーノ


まずフォロ・ロマーノの前にそびえるコンタンティーノの凱旋門 (Arco di Constantino)

高さ28m、315年のイルヴィオ橋の勝利を記念して市民が建てたもの。

そして、フォロ・ロマーノはローマ市民の生活の中心地。

古代ローマの高級住宅街であったパラティーノの丘を通って、バジリカ・エミリア (Basilica Emilia)へ。火事で焼けてしまい円柱が残っているだけだけどここは金融や商取引が行われた場所。

ヴィア・サクラ (Via Sacra)は「聖なる道」と呼ばれ、ローマで最も古い道。宗教行事が行われる時にはこの石畳の道を巫女さんの行列が進み兵隊の軍靴の音が響いていたといわれていた。

ヴィア・サクラとバジリカ・エミリア

すでに2時を過ぎて、ランチはベネチア広場にあるBarにてハムとほうれん草のサンドイッチ、ラザニア、コーンサラダ、コーラを注文。

歩いてすぐ、「真実の口」(Bocca della Verita)はサンタマリアインコスメデンン教会の左にあって、石版に海の神、トリトンの顔が浮き彫りにされているのは有名。
映画「ローマの休日」のオードリーのように口に手を入れたくなるわ。
口は閉じなかったわ。私はうそつきではなし

夜は目をつけていた所に行くと日本人ばかりの店。入るのをためらっていると中にいた3人の男性がもっといいレストランがあるからと教えてくれてそこへ行ってみた。

駅の方に向かって15分歩く。ちょっとこわ〜い道にあったんだけどね。
「Ristorante Monte Arci」 シーフードの美味しいお店で、ミックスサラダとエビのグリルを注文。最後にシャンペンをおごってくれてとってもサービスのいい店。だからチップを弾んだわ。
帰りの道は安全な方を選んで帰った。無事帰宅。


1990年9月27日 (木)  

クロワッサンとカプチーノの朝食。美味しい!

カピトリー美術館 (Museo Capitolini)へ行った。
コンセルバトーリ宮殿の中に美術館がある。
入館料5,000Lit.

「カピトリーノの雌狼」の銅像

― ローマ建国の神話 ―
双子の兄弟のロムルスとレムス。この雌狼に助けられたが2人は仲が悪くロムルスがレムスを殺し、パラティーノに新しい国を作った。自分の名にちなんでローマと名づけた。

なるほど、街中にあるゴミ箱や古い建物によくこの雌狼の絵があったりするのをよく見かけたわ。


中庭に行ってみると
コンスタンティーヌ皇帝の巨大な大理石像がバラバラになって1列に並べてあった。
腕だけでも私の身長(154cm)より大きい。

ランチは近くのリストランテで子牛のワインソテーのインゲン添えと水。
水は炭酸入りと間違えて注文してしまった。こちらでは何も言わないと炭酸入りの水が来るのかしら?炭酸入りがよく飲まれているということなのね。

午後からはホテルでのんびり。

イタリアE・ナポリ&ブリンディシィ(9/28〜9/30)へ続く
2007-12-03 23:27 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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イタリアC・ローマ (9/24〜9/25)
2007年11月29日(木)
1990年9月24日(月) 

いつものカフェでの朝食を終えて今日はローマへ。
ところが・・電車は超満員。イタリアでは殆ど座ったためしがないわ。イタリアおばさんが私が最初座っていた場所に何だかんだと文句をつけ、自分で座ってしまったのだ。
2時間半通路に座った。

ローマ (Roma)に11:25pmに着いた。
YMCAに行くとすでに満室とのことでそこから近くの「Protezione della Giovane」というシスターがやっているドミトリーを案内された。4日で1人64,000Lit.。

30日発イタリアからギリシャ行きは船と決めていた。
ユーレイルパスだと交通費は無料だけどクシェット(ベッド)代はかかる。
聞いてビックリ。50,000Lit.とはお高い。ドミトリーの3日分じゃない!!

今回はエーゲ海クルーズは予定に入っていないから、せめてギリシャまではクルーズ感覚で真っ青な海や島も見たいしなぁということで予約をしてしまった。

気を取り直して「Avreli」というセルフサービスの店でなす入りのパスタ、野菜サラダ、フルーツポンチで11,400Lit.。

ローマはスリにご用心。そうそう地下鉄は被害が多発。
身構えてバッグをタスキがけに。手でしっかり押さえてね。
「あの人ちょっと怪しいよ」などと耳打ちし警戒。周りにいる人が皆スリに見えてしまうわ。

道でパトカーにジプシー軍団が押し込まれていたのを発見。大人も子供もパトカーは寿司詰め状態。その近くで観光客の大柄の男の人が警察官と話をしていた。
ひょっとして被害者なのかも。

よく子供達だけでダンボールを手に持って歩いて観光客の後を付いて回っている。日本人が狙われそう。私達は汚い格好していたからまずは大丈夫かな。でも警戒しすぎることはないわ。

映画ローマの休日で有名になったスペイン階段へ。

トレビの泉はみごと修復中。
水は全く出ていないわ観光客だらけでムードもなし。
お金を入れる気になれなかった。

ちょっと疲れ気味の2〜3日なので早く3人とも早く寝ることにした。
というより、ここのドミトリーも規律正しくて横になって本を読んでいたらいきなり部屋に入ってきて窓とカーテンをバーッと閉めて有無をわせず電気を消されてしまったの。
9:30pm消灯らしいわ。


1990年9月26日(水) 

8:00am起き。朝にシャワーを浴びる。ここはトイレとシャワーに仕切りカーテンがなくてトイレもずぶ濡れになってしまう。だからトイレは別の場所に行くようだ。

近くのバー「Cicero Vincenzo」でサンドイッチと紅茶の朝食 (8,500Lit.)。

今日はバチカン市国 (Vaticano)へ。

午前中は「バチカン博物館」、午後からカトリック教会の総本山「サン・ピエトロ大聖堂」を観光する予定。

まず、駅でカルネを購入。A線の終点オッタビアーノ駅 (Otaviano)で下車した。
観光客がドーっと降りたところを見ると目的地は一緒だわね。

城壁に囲まれていてそれを伝わっていくと門があったのでそこに入ると「ここはプライベートなので入れないよ」とカッコいいお兄さん。裏に回り歩くこと10分、やっとバチカン博物館 (Musei del Vaticano)に到着。
入口までが長蛇の列。焼き栗を1,000Lit.で買う。まあまあ。

入場料8,000Lit. で入館する。中はさまざまな博物館が順路にそってある。
まずはエジプト博物館は石碑や像が並ぶ。
続いてキアラモンティ博物館の回廊には古代ギリシャ彫刻がずらり。

そしてピオ・クレメンティーノ博物館にはアポロニウスの「ベルベデーレのトルソ」があった。
ローマのカラカラ浴場から発見されて力あふれる作品で Ayaちゃん曰く、美術を専攻する人は必ず1度は書かせられる作品なんだそう。

そしてタペストリーのギャラリーや地図のギャラリーなどがずらりと。歩くだけでもかなりのもの。

そしてやっとラファエロの間へ。

ラファエロの代表作 「アテネの学堂」


最後のシスティーナ礼拝堂へと入っていく。

ミケランジェロの「最後の審判」はやはり長期の大修復中に入っていてコピーのパネルだけがしてあった。
承知だったけどショックだった。大御所ミケランジェロの作品の礼拝堂の目玉なのに。

でもここの礼拝堂の天井画は旧約聖書を題材にしていて興味深くこれを見ただけでも価値があった。

ランチは美術館の中「Posto di Ristoro del Musei Vaticani」でハムのサンドイッチとピーチジュース。

帰りはこの螺旋階段を下り出口へ。この画像は登りの画像。
行きと帰りの螺旋階段が違うので人でごった返すことはなかったけど。すごい観光客なのは確か。

午後はサン・ピエトロ寺院
(Basilica di San Pietro)
へ10分。
ボディチェックを受けてから入館。
ノースリーブでは入館禁止ですって。

入口の右側の扉は25年間閉ざされたままで小さな十字架の中はタイムカプセルになっているとのこと。中から見ると石で固めてあり外に出ると扉になっていたの。

ここにはすぐ右にミケランジェロ3大彫刻の「ピエタ」が。
ベルギーで「聖母子像」の1つ目を見てこの「ピエタ」が2つ目。
3つ目の「モーゼ像」は明日見る予定。

一度宿に戻ることになった。7:30pmから夕食に出た。
「Tudini」で野菜スープと子牛のグラーシュを注文。

早く就寝。シスターが見回りにくるから。

イタリアD・ローマ (9/26〜9/27)へ続く
2007-11-29 20:10 | 記事へ | コメント(2) | トラックバック(0) |
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イタリアB・フィレンツェ (9/20〜9/22)
2007年11月27日(火)
1990年9月20日(木) 

YHをチェックアウト。Ayumiちゃんもフィレンツェに行くというので一緒に行くことにした。

10:20am発、ボローニャで乗り換えしたのだけど列車の席が確保出来ない。予約も取れないほどの混みようで通路にシートをひいて変わりばんこに座った。

フィレンツェ (Firenze)に13:45amに着いた。Ayumiちゃんと別れ、私達はホテル探し。
駅近くの Locanda Paola に決定。少し高いし朝食はなしだったけど4泊の予定。1泊21,000Lit
たまっていた洗濯をしまくった。

夕食は中華料理「北京飯店」トーフ・ブッダズム(豆腐の仏教風)と焼きソバを注文。


1990年9月21日 (金) 

8:30am起き。ホテル近くのカフェ「Calzature」でクロワッサンとカプチーノを注文。
ローマでは昼食はもっぱらBarでとることが多かった。レジで注文してレシートをもらい、カウンターでチップ (100Litぐらい)を添えて注文する。スタンドはタダだけど、席に座る時は席料で金額の2割増をとられるBarもあったわ。

アカデミア美術館 (Galleria dell` Accademia)へ。
ミケランジェロのダビデ像はあまりにも有名よね。



ドゥオモ (Duomo)は写真を撮るにも大きすぎて写真に納まりきれなかった。




ヴェッキオ橋 (Ponte Vecchio)へ。
アルノ川にかかるフィレンツェ最古の橋で上を上流階級、下を庶民が通ったといわれている。


ピザの店でピザとコーラを注文。11:00pm就寝。


1990年9月22日(土)

ホテルの斜め前のカフェ「Café Latteria」でホットミルクと卵とトマトのサンドイッチを注文。
昨日と同じでお兄さん私達を覚えてくれていた。

メデイチの館が今日は休館日で、午後から予定だったウフィツィ美術館 (Uffizi)へ行った。

宗教を題材にした初期のルネッサンス時代の絵がずらーっと並ぶ。
そして私のお気に入りフランドル絵画のルーベンスやレンブランドときて、おまちかねルネッサンス時代の最盛期の最高傑作、ボッティチェリの「春」や「ヴィーナスの誕生」へと続く。
でも最盛期であっても後には必ずフィレンツェの衰退が訪れるのだという冷ややな目もボッティチェリは持っていたのだとか。

お昼は手軽にセルフサービスの店でボンゴレロッソ、ローストビーフ、コーンサラダ、ホットチョコレート。

ホテルに戻りしばしシェスタをしたが寝坊をして7:00pmになっていた。

近くの「Restrurant Enzo E Piero」でヤサイスープにチキンのトマトソース煮、そしてフルーツと白ワイン。


1990年9月23日(日) 

行きつけのカフェが閉まっていたので駅前のカフェでクロワッサンと紅茶を注文。
今日はピサへ行く。

9:46pmのピサ行きに乗って1時間の小旅行。ピサに到着。
そこから歩いて30分。

ピサの斜塔は思っていたより傾いていていつ倒れてもおかしくはないらしい。倒壊の恐れがあるということで柵がされ工事中だったから塔に登ることが出来なかった。

左はドゥオモ


今日は朝から微熱があってどうやら風邪を引いたみたい。3日前に行った「北京飯店」へ再来店。体の温まる野菜と豆腐のスープを注文。シャワーをやめて早めに就寝。

イタリアC・ローマ (9/24〜9/23)へ続く
2007-11-27 17:50 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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イタリアA・ベネチア (9/17〜9/18)
2007年11月25日(日)
1990年9月17日(火) 

YHをチェックアウト。KaoriちゃんとChinariちゃんとの待ち合わせは8:50am。
9:10am発のベネチア行きに乗った。2等はとっても混んでいて座れなかった。予約しておけばよかったわ。でもおしゃべりでベネチア (Venezia) はあっという間。

もう到着するという時、列車からはアドリア海の上を走る。遠く水平線が丸くなっていてなんともいえない気持ちになった。ベネチア・サンタルチア駅 (Santa Lucia)に12:15pmに到着。

ベネチアは118の島に177の運河があってその間を400mの橋が架かっていて、もっぱら交通は船。車もバスもなし。島の人は船を皆持っていて船倉庫がどの家にもあるんだって。

駅で荷物をバックパッカー専用所に預けた。なんで区別するのよねぇ。私達もりっぱな観光客だというのに。

2日ぶり、二人の泊まっているホテルに行き合流した。
一緒にランチ。「Ristrante Vittoria de Aldo」でスパゲッティーボンゴレ、チキンソテー、白ワイン、フルーツポンチ。レストランを出るともう3:00pm。

ゆっくりとサンマルコ広場 (Piazza San Marco)へ歩いた。大きな建物はサンマルコ寺院 (Basilica di San Marco)。


さて、ゴンドラへ乗ろうということになった。
値段は交渉次第とどのガイドブックにも載っていた。早速ゴンドラの交渉にかかった。

ミッキーロークに似たおじさんに聞くと1艘で200,000Lit.という。高い!何度も交渉して100,000Lit.以下にはマケられないと言ったのでじゃぁいいと違うおじさんに声をかけてみたけど同じ値段だという。

どうしようかと思案しているとさっきのミッキーローク似のおじさんが後ろから付いて来ていた。で、80,000Litでいいと言い出した。やった!!5人いると心強いわ。1人16,000Lit.(1,400円)で成立。だけどこの値段、妥当だろうか?


45分間、細い運河を手漕棒1つであやつる。
見所のリアルト橋などを回ってくれる。

奥がモーツアルトが住んでたという家。
それからマルコ・ポーロが住んでいたアパートも。





狭い運河もドンドン入っていく


KaoriちゃんとChinariちゃんと今度は本当にお別れ。彼女達は明日ローマに寄って後は日本へ帰るということだ。2人に逢えて本当に楽しかった。
実は Kaoriちゃんとは私が日本へ帰ってからもずっと友達。いまでは関西と東京と離れ離れだけど年賀状のやり取りは続いているのだ。

駅で荷物をピックアップして今日泊まる予定のYHがあるジュディッカ島へヴァポレット(水上バス)で渡った。

行くと既に「Fullだよ。」なんて冷たい言葉。

見かねた女の人が前の道をまっすぐ行くとあと4人泊まれるから早く行きなさい。とアドバイスを受け紙を渡された。

「Suore Canossiane」という駆け込み寺? シスター達が経営している修道院らしい。7人部屋で朝食はなしで1人13,000Lit.だった。

レストラン「Puppa G & Puppa B.s.n.c」で黄色のフィットチーネを食べた。

部屋にもどるともう9:00。シャワーをやめて日記を書いたりおしゃべりしたり・・すると10:30pmになり、いきなりシスターが電気を消しに来た。規則正しく(?)1時間毎にシスターが懐中電灯を持って見回りにくるのだった。廊下をコツコツと足音が聞こえ、ちょっと不気味だったわ。


1990年9月19日(水)  

7:30am起き。下の売店でクラッカートホットチョコレートでの朝食。
昨日泊まれなかったYHへ電話をして予約を入れてもらった。

ヴァポレットでサンマルコ広場へ。ショッピングへ。ノートや仮面のキーホルダーなどを購入。そしてウィンドーショッピング。
 
クッキー屋さん と グロッサリーストア

2段になっている噴水つき受け皿の上段にココナッツが。
小さくカットされちょうど噴水の水がかかるようになっていて涼しそうだったので1つ買って見た。
しかし、オイリーでカサカサ。1口でギブアップだったわ。
下段には水が伝わって冷やしたつもりの清涼飲料水だが全然冷たくなくてがっかり。

ランチはタビオリニ with サーモンのパスタ、野菜スープ、魚介類の盛り合わせ。23,000Litとちょっと奮発した。

ヴァポレットでムラノ島へ渡った。ベネチアングラスで有名な島。グラス工場(C.A.M)を訪ねた。カードをもっていたのでそれを店主に渡したら工場を案内してくれた。

実際制作している所やショールームなど。
ベネチアングラスは本当に綺麗。だけど高いし繊細なグラスだから持って帰るのにたいへんなので買うのは断念した。工場の人は親切だった。

YHで夕食付き。マカロニのトマト和え、牛ステーキ、フライドポテトにリンゴ、そしてホットチョコレート。
同じ部屋のAyumiちゃんと知り合いになって話が弾んだわ。

イタリアB・フィレンツェに続く
2007-11-25 23:48 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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イタリア@・ミラノ (9/16〜9/17)
2007年11月24日(土)
1990年9月16日(日) 

YHをチェックアウト。レセプションのおじさんが暢気でのんびりでバスに間に合うか心配したけど大丈夫だったわ。Kaoriちゃんと Chinariちゃんと駅で待ち合わせしてたから。

ぎりぎり9:10amの電車に乗った。混んでいて一緒の席に座れずバラバラ。10:30amにイタリアとの国境で車両が増設されて5人でコンパートメントに移った。

お昼はマーケットで買ったもの。パン、ピクルス、カニかまぼこ、ネクタリン、トマト、バナナ、ヨーグルトと豪華だった。

あっという間にミラノ中央駅(Milano) に到着。2人はフィレンツェの後はベニスに行くので私達もスケジュールを合わせることにした。2日後にベニスのホテルで会おうねって言ってお別れした。

メトロ Lina 2に乗り、乗り換えて Q.T.8という駅で下車した。歩いて3分のYHへ。
2泊の予定。1人一泊15,000Lit.(1350円)。6人部屋でアイルランドの女の子2人と1部屋をシェアーすることになった。

夕食に出かけた。イタリアといえばまずはピザということで。目当ての所は日曜日が休みだった。ふと見るとにぎやかなネオンが見えたからそこに行くと Feste de l`U ・・・というフェスティバルみたいなのを開催していて夜店もいっぱい。ピザの店を発見。

チケットを買ってそのチケットに書いてある番号が呼ばれたら取りにいくという仕組みらしい。
日本でもショッピングセンターのフードコートにあるような感じね。

私達の番号は793番。「ねぇ、793番ってイタリア語でなんて言うんだろう?」という話になってあせった私達。6ヶ国語英会話を取り出す。こんなの役に立たないと思ってバッグの奥にしまっていたけど(ドイツでは役に立たなかった)この時ほど役に立つとは思わなかったわ。

なんと待つことなんと1時間。その間に3歳ぐらいの女の子と遊んでいた。
思ったとおりに呼ばれた。コーラを付けて5,200Lit.(468円)
無事に3つのピザをゲット。
お腹が空きまくっていた私達はもうすごい勢いで食べてしまったわ。


1990年9月17日(月) 


メトロでミラノ北駅(Cadorna F.N.M))で降りる。
チケット (800Lit.)

1980年に世界遺産に登録されたサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ聖堂 (Santa Marla delle Grazie)は近いらしいんだけど入口がわかりづらい所にあったわ。

天才、レオナルド・ダヴィンチの傑作「最後の晩餐」が今日のメイン・イベント。
いわゆる遠近法で書かれていると中学校でイヤと言う程聞かされたし、表現力といい傑作の傑作で美術の先生が涙を流したと言っていたのを思い出したわ。
1979年からの長い修復にかかっていたけど、割と下のほうまで枠組みが取られていて15m ほど遠くからでもじっくり見れて感動。観光客も私達だけだったし。


注)写真禁止なので絵葉書を買った。でも私達が行った時のものだから修復中でかなり色も薄くなっている。
今は修復が終えてはっきり鮮明な絵になっているという。だけどすごい人気で予約が必要なのだとか。

ミラノ中心部の大聖堂のドゥオモ (Duomo) へ来た。
圧倒される大聖堂。だけど写真に収めていなかった。残念

ドゥオモを背に本場 Benettonの看板をパチリ。

ランチはこの近く「上海餐館」へ。安いっていう噂で入ったんだけど、日本の銀行員や商社マンでいっぱい。本当に安くて美味しかった。

ドゥオモ広場で。ミラノはやっぱりファッショナブル。
ここは待ち合わせ場所になっている。
恋人同士、スーツ姿のビジネスマン、そしてジーパンをはいた熟年夫婦。
見ていて全く飽きない。みんなお洒落をして。

夕方に図書館やルーベンスの展示会へ行こうと予定していたけど月曜日とあって休み。

夕食はドゥオモも見ながら「La Piazza」でラザニア、サラダ、ゆでインゲン、白ワイン、ブラックベリーのケーキで11,130Lit。

ドゥオモから地下鉄に乗り Q.T.8で下車しYHへ。早めに就寝。

イタリアAネチア (9/17〜9/18)へ続く
2007-11-24 16:51 | 記事へ | コメント(2) | トラックバック(0) |
| イタリア & バチカン |
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