ニックネーム:ペーパームーン
性別:女
都道府県:大阪
ナチュラルに、心が安らぐ生活、そんなこと話していきたいな

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再びドイツ・ロマンチック街道(8/5〜8/7)
2007年10月09日(火)
1990年8月5日(日) 

いよいよオーストリアともお別れ。ハンガリーやチェコが近いから拠点にしていて、あまり街中を見て回れなかった。今度訪れることが出来たらゆっくりしたい街。クリスマスの時期がいいね。イルミネーションが綺麗で。

ちょっと早起きして朝食をとって、ウィーン 8:38am 始発の EC68 モーツアルト号(Mozart)に乗った。
このモーツアルト号、途中で止まる主要駅はウィーン→リンツ→ザルツブルグ→ミュンヘン→ストラスブール→パリとなっている。約14時間ってすごいなぁ。

さて、13:10pm寝ていたらあっという間にミュンヘン中央駅に着いた。列車の乗り心地最高なんだもの。
コインロッカーに荷物を預け、今日宿泊予定のYHへ行くと、「Full」と道ですれ違った人に言われた。
駅近くの「Helvefia」に一泊することに。1人40DMはちょっと値がはるなぁ。

ミュンヘンのマリエン広場にある市庁舎 (Neues Rathaus)
12時になると仕掛け時計が動く。

疲れて観光もここでやめ。


1990年8月6日(月) /

昨晩はすごい雨と雷。今日も雨がしとしと。
宿をとらなくては・・と昨日とは別のYHへ行って見る。かなりの人で、宿泊フォームに書き込んで待っていた。私達の番は2時間45分後。もう、くたくた。

デパートの4Fにある大衆的なレストランで食事をした。混んでいたから、デザートを食事と一緒に注文したら、「デザートは後にして」と怒られてしまった。
でもそのおばさん、最後にはありがとう、さようならとにこやかに挨拶してくれたから憎めなかったわ。

トイレを探すのにも一苦労。もうこんなので観光もろくに出来なかったなぁ。
夕食は「Da Enzo」でピザとサラダにワイン。

1990年8月7日(火) /

今日はノイシュバシュタイン城に行く日。

7:00am起き。ミュンヘン中央駅から21番ホームでチューリッヒ行きに乗る。2等は混んでいて2人の日本人と相席になった。
1人はチューリッヒに向かうという一人旅の女の子。
もう1人、Tsubakiさんはイギリスからの留学生。同じくノイシュバシュタイン城に行くというので一緒に行くことになった。31歳で少し話しが合ったりして・・。道中は本当に楽しかった。

Buchloe で乗り換え、1つ目の Kaufbeuren でまた乗り換えて、後は2時間、フェッセンまでひたすら乗り続けた。

11:04amに無事到着。ちょっと早いけど駅近くのホテルで昼食。ミートローフに紅茶。

ちょうどタクシーが捕まえられたので4人でワリカン。城の麓までしか行けないんだけどね。入り口で切符を買う。ものすごーい人。なにせ切符を買うまで1時間もかかった。

今はここ、ノイシュバシュタイン城 (Schloβ Neuschwanstein) もネットや FAXで事前予約がいるのよねぇ。スペインのアルハンブラ宮殿と一緒で、世界遺産ブームだからしかたないけど、今行くとなると入場時間も決められているらしいから、余裕をもって行かないととんでもないことになるらしい。

現に、切符を買ってから城までの道のりだって上り坂の連続で約35分。馬車もあるんだけど、スピードは私達と一緒かな。

勿論私達貧乏人は徒歩で。
苦労して、やっと城前。城の中は自由に歩けなくて、必ず英語のガイドがついて案内。約30分ぐらいだったか。城自体は近くで見るより、やはり遠くからながめるのがいいなぁ。


ここから少し先のホーエンシュヴァンガウ城
(Schoβ Hohenschwangau)
が見える。
もっとゆっくりしていたかったんだけど、フェッセンでの電車乗り継ぎが心配で写真を撮る暇もないほどだったわ。残念。

下り坂は15分。急いで駅へ。5:15pmの電車へ滑り込みセーフ。ミュンヘン駅でTsubakiさんと「またどこかで会おうね」といって別れた。

夕食は「Gasthaus zem Bogner」でドイツ料理の食べ収め。ホームメードソーセージと赤キャベツの酢付けにポテト。

YHに戻ったのは9:30pmだったわ。シャワーをやめて早めに就寝。

再びオーストリア・ザルツブルグA(8/8)へ続く
2007-10-09 17:35 | 記事へ | コメント(2) | トラックバック(0) |
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ドイツ・古城街道 (7/26〜7/27) & ロマンチック街道A(7/28)
2007年08月30日(木)
1990年7月26日(水)

7:00am、近くの鐘の音がとってもうるさいほど鳴るので起きてしまった。

今日はハイデルベルグ。古城街道の1つの街で学生の街とも呼ばれている。
列車を間違えて乗った。それもおしゃべりに夢中になり、しばらく気がつかなかったのだ。列車で一緒になったビジネスマンが丁寧に行き方を教えてくれた。

フランクフルトからだと、マンハイムまで行って乗り換えるんだそう。遠回りになるけど、またもどるのも時間がかかるし。

結局、ハイデルベルグ (Heidelberg)に着いたのは1:10pm。
そこから中心のビスマルク広場まで歩いて20分。


登山電車でケーニッヒシュトュール山(Auf dem Konigstuhi)の頂上まで登った。
展望はたいしたことがなくてがっかり。

徒歩で下山する。日の丸みたいなのを目印に。その降りて行く時、機が倒れていたり、道も険しくて凄い有様だったけどハイキング気分で面白かった。


下山の途中、40分でハイデルベルグ城 (Heidelberg Schloβ)。とっても広くて城全体を写真に写すのは無理。
内部はツアーの時間が合わなかったのでやめた。

ここの地下には世界一の大樽がある。



早速ワインのテイスティング。1杯DM3.00。
グラスがとっても可愛い。お土産として持って帰れるので2杯も注文したら、周りの人が笑っていた。

一緒の席のオランダ人の夫婦が話しかけてきて、・・するとどこから来た?に始まり、どこへ行った?と話が移る・・必ず驚かれる。

いったい何人の人に説明しただろう?数えられないくらい。だから、この会話になると英語はバッチリ!!

オランダに行って、でもゴッホ美術館に行けなかったことが心残りだと話すと、いつ来てもいいよ・・と夫婦の住所を書いて持たせてくれた。優しいご夫婦。

ワインを飲み終わると、隣のセクションにはソーセージが売られているのでそちらに移動した。ソーセージ2本、パン、サラダでちょっと腹ごしらえ。

登山電車で山を降りて、急いで駅へ。なんと、おにぎりが売られていたので思わず買い、電車の中で食べた。

6:49pmの電車で無事ヴュルツブルグに9:06pmに着いた。


1990年7月27日(金) 

またしても7:00amの鐘にやられた!!
もう少し朝寝坊したい。でも出来ないの。

今日はニュルンベルグへ。
9:33am発の電車はドイツでは珍しく20分遅れ。
おまけに混んでいて座れなくて、1時間ずっと立ちっぱなし。

11:00pm過ぎ、ニュルンベルグ (Nurnberg)到着。駅を降りると前方は城壁。

ケーニッヒ門 (Konig)を通ると中は旧市街になっている。


大きな教会が目の前に現れる。
聖ローレンツ教会 (St. Lornz-Kirthe)に入ってみる。

ファイトシュトス作“受胎告知(Greeting Angels)”のレリーフ

ちょうど12:00にはカール4世と7人の選帝侯の仕掛け時計が動き、グッドタイミングだったわ。



ニュルンベルグといえば、ニュルンベルガー・ソーセージ。


中央広場にある「Bratwurst Riich'n」というお店で6本の炭焼きソーセージ (Nurnberger Bratwurst)とポテトサラダ(Saftiger, frank-scher Kartoffelsalat)とコーラを注文(DM12.64)。


お店の前に美しの泉 (Schoner Brunnen)がある。
泉とはいっても17mの塔で、鉄の柵で囲まれているもの。
そこに輪があってそれを3回クルクルまわしながら願い事を唱えると叶うということ。
勿論やらずにはいられない私達。

カイザーブルグ城 (Kaiserburg)への石畳の坂を登る。


城の上からニュルンブルグの町並みを眺める。

ツアーは2:10pmから。
おじさんはドイツ語のみで内容は殆どわからなかったけど。

別棟のこの建物の中に井戸があってツアーのおじさんが水を5回に分けて下に流す。としばらくしてチャポン。井戸の深さに驚く。
城を後にした。

16:08pmの電車でヴュルツベグルに帰ってきた。
マルクト広場の少し入った「3. Wirtshaus zum Laemmle」というお店の庭でツナサラダ、魚のクリームソース和え、湯豚を注文。
ツナサラダがボリュームも味もグッド。

YHに戻ると、Yamadaさんの代わりにテキサスから来た女の子と同室になった。
彼女に悪いので談話室でミーティングをしていると、ネズミ年の(というと・・私たちより3〜4歳年上か)日本人、Mr. Aonoに話しかけらた。彼は1人でドイツを回っているんだそう。
オーストラリアやアメリカを旅した時の話しが面白くて久しぶりに盛り上がったわ。


1990年7月28日(土) 

外の鐘の音。今日で聞き収め うるさいけど朝だなぁ〜と思う。

Mr. Aonoと一緒に朝食。またどこかで逢いましょうと言って別れた。

人との出会いって偶然と聞くけど、必然的なことって私は思う。
あれ?どこかで逢ったことがあるなぁと思う時が私には良くある。結局判らないままなんだけど、どこかでつながっているんじゃないかなぁって。きっと今Mr. Aonoと逢っても顔も覚えていないだろう。でも信じたい。人との出会いは偶然ではないってこと。だって、この旅で知り合ってお付き合いをしている友達がいるんだもの。もう17年前のことなのに。

今日は再び、ロマンチック街道第2弾。アウグスブルグ (Augburg)へ。
ここから1時間45分ほど。昨日とは違い電車はガラガラ。

モーツアルトの父の生家は土曜日とあって午前中で終わりだった。うーん、残念。

フッガー屋敷(Fuggerei)へ行った。長屋風の団地で、1軒は4部屋しかないんだけど、1年間の家賃は当時でDM1.70なんだって。今は社会福祉住宅となっている。


帰り、4:22pmの電車は混んでいて座れなかった。
そうしているうち、アナウンスが入って、2等車へ移ってくださいとのこと。何か問題があったみたいでみんな非難してなおさら混んでいた。

通路のイスに3人代わる代わる座って2時間。6:13pmに着いた。

夕食は「Balthasar Neumann」でポークカツレツ、サラダ付とワイン。

とりあえずドイツしばらくお別れ。
オーストリアに向かう。

オーストリア@ (7/29〜7/31)へ続く
2007-08-30 21:15 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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ドイツ・ロマンチック街道@(7/24〜07/25)
2007年08月29日(水)
1990年7月24日(火)

朝までぐっすり。このバッハラハのYHに幾度となく登り下り。とってもいい運動になったし、景色も抜群だった。
YHはプライバシーがなくホント寝るだけの場所だったが。ここともお別れ。私達はロマンチック街道を目指す。

北の起点はヴュルツブルグという町。

11:45am発でまずマインツ(Mainz)乗り換え、ヴュルツブルグ(Wurzberg) には2:55pmに着いた。
駅前から#3のトラムで10分。ルードウィッヒ橋を渡ったところで下車した。
ここのYHがわかりずらかった。部屋は203号室の4人部屋。
ロッカーも完備、シーツもギンガムチェックでとっても可愛い。ここに3泊の予定。

部屋から上を見上げるとマリエンベルグ要塞 (Festung Marienberg)が目の前。

外に出てみる。

ちょっと歩くとアルテ・マイン橋 (Alte mainbrucke) 。橋の両サイドに色々な人の石像が6体ずつ、12体ある。夕日に照らされてとっても綺麗。

夕食をとってYHにもどると部屋に日本人の女の子。年も一緒の Yamadaさん。
彼女が行って来たオーストリアヤハンガリーの話を聞かせてもらった。

彼女はこれから南下。1ヵ月後にはエジプトに向かうらしいけど両親から止められているという。なんと、中東情勢が怪しいらしい *
エジプトはまぁ大丈夫だということなのだが、イスラエルと和平を結んでいるけど、イラクはイスラエルとあまり仲良くないらしいから・・内乱が起こる可能性もある?

私達はルクソールの墓「王家の谷」だけ見たらそれで満足なの。
それもちょっと難しい?

* 結局8月2日にイラク軍がクェート侵入。このニュースは、この後訪れるウィーンで知った。そして翌年1月17日、ついに湾岸戦争が始まった。


1990年7月25日(水)  

今日はローテンブルグ。
雑誌などで必ず紹介されるロマンチック街道の人気第1位ともいうべき町。とっても可愛い町並みが印象的・・そんなことを聞くと楽しみがいっそう増す。

6:45am起き。9:00amのローテンブルグ行きのバスに乗り込む。
これもユーレイルパスで無料なの。
バスは横揺れが続き、気分が悪くなってしまった。

11:35am ローテンブルグ (Rothenburg) に到着。
城壁に囲まれ静かな本当にロマンチックな建物が多い。


ちょうど、12:00。
市議会員宴会堂の外壁にあるマイスタートルンクの仕掛け時計左右2つの窓から動き出す。

よく見えないけど、右は32.5ℓのビールのジョッキを手にしたローテンブルグ市長の人形がが一気に飲み干すというシーン。

おじさん人形は可愛いんだけど、ちっと期待はずれ。
もうちょっとリアルさが欲しかった。

ランチは「Wingergenoffenfchaft Stiedelsheim」とやたらと長ったらしい名前のレストランで、ハンバーグステーキとサラダ(DM13.56)を注文。

それぞれのお店の上にある看板が素敵。
それをを見ればそこがどんなお店かわかる。

これはハム屋さん

マクドナルドもおしゃれ      
こちらはおもちゃ博物館

そのおもちゃ博物館 (Puppen & Spielzeug Museum)に入ってみる。

世界で作られた人形がコレクションされていて、アンティークな人形はとっても美しくちょっと怖い気もするけど、中世のファッションが凝っていて思わずじっくりみてしまった。
子供が喜ぶおもちゃがいっぱい。今は子供を持つ私としてはおもちゃ1つでも大事にしていかなきゃなぁと思う。

おやつにスノーボール。
ここはシュネバールと呼ばれているお菓子。
ひも状の生地をボール状に丸めて油で揚げてあるもの。
トッピングはチョコやナッツなど何種類かあったような・・
サクサクとしていて、沖縄のサーダアンダギーみたい。

城壁から中に入る1つがブルグ門。

市庁舎 (Ratshaus) に登ってみる。17:00pm近いということもあり、入場制限がされていた。あと10人だよって。なのに20人以上も結局OKとなった。
当然階段・・
木の細い階段がギシギシいうのだけど上から眺めるローテンブルグは素晴らしかった。(残念ながら画像がありません)

YHのあるヴュルツブルグへ戻る。帰りは電車で。ある駅前にはひまわり畑一面。


こういった風景に出会えるから電車の旅って好き。

ドイツ・古城街道 (7/25〜7/26)&ロマンチック街道A(7/27)へ続く
2007-08-29 17:15 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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ドイツ・ライン川(7/20〜7/23)
2007年08月25日(土)
1990年7月20日(金)

今日からライン川沿いへ移動。


ハーメルンから ビーレフェルト(Bielefeld)へ行き、10:39am発のEC9の Rheingfeil号の1等車に乗り込んだ。

ECはドイツ都市間を結ぶ特急。

1等は座席もゆったり、フットレストも着いていて快適。
これもユーレイルパスのお陰

デュッセルドルフあたりからはもうライン川沿い。

コブレンツ (Koblenz)に3:05pmに着く。
ここから鈍行で今日の宿のYHへ行くことになる。
鈍行は非常に本数が少なくてなんと1時間の待ち。


でも鈍行も好き。ライン川沿いを走るようになって古城が見え出した。川をのんびーり見ながら。クルーズの船が行き来する。

近くに座っていた熟年夫婦が私達に「あれがローレライだよ」って教えてくれた。

ただの岸壁なのだけど、後のライン川クルーズで近くで見ることにしよう。

Bacharach(バッハラハ)という本当にローカルな駅に着く。ここで降りる観光客はきっとYHに行く人ばかりと思う。
だって、一応、ここのYHは古城なのです。それも高台に建っていてロケーション抜群というガイドブックの説明。
さて、駅から見えるらしんだけど・・ということであたりを見回すと・・お城が見える。やった!! というのはまだ早い。 あそこまでの登らなければならないことを忘れてた。

バッハラハ駅と左上がユースホステル(YH)

町のおばさんが行き方を教えてくれた。教会を左に曲がっていくと・・階段があって・・
ずっと上り坂。おまけに私達は10数キロのリュックを背負っているのよ。
約20分。息を切らしてシュターレック城に着いた。

115の部屋、といってもドミトリー。8ベッドごとについ立で区切られているだけ。プライバシーなどありはしない。だけど人気があるのはロケーションのせい。素晴らしい風景。
1泊DM41.00で朝食付き。

夕食は当然山を降りて探さなきゃ。
「Zur Post」で魚フライとサラダを注文。サラダのきゅうりが水々しくて美味しかった。


1990年7月21日(土)

朝食は8:00からなのだけど、それでは列車に乗れない。ローカル線だもの。1本逃すと1時間半は来ない。
7:20amに地下の食堂の厨房に入って、パン1人2個だけちょーだい!と言ってテイクアウトした。今思えば私達、かなりずうずうしかったなぁ。

まるで逃げるようにして山を降りて7:50amの電車でマインツ、フランクフルトで乗り換えるんだけどちょっとしたハプニング発生。

マインツでなかなか発車しないから、Kazumiちゃんが様子を見にホームから降りたら、なんと電車のドアがいきなり閉まってしまった。近くにいたおじさん2人があわてて駅の車掌さんに駆け寄ってくれ車掌さんを呼んでくれたの。そしたら、私とAyaちゃんに
「列車から降りて」といっているみたいなので、あわてて降りた。なんとその列車は車庫行きだったの。 普通、車庫行きだったら車掌さーん、列車の中に誰もいないことチェックしてよ・・。


と、まぁこんなこともあり約2時間かかってハーナウ (Hanau)に着いた。

サタデーマーケットの花や果物でマルクと広場はいっぱい。
埋もれるようにグリム兄弟の銅像があった。

続いてドイツ金細工所 (Deutsches Gold Schmiedehaus)にはくしの展示物があって、その中に何人かの日本人の名前もあった。

午後からはフィリップスルーエ城 (Schloβ Philippsruhe)へ。どの部屋もゴージャス。中庭が広かった。

ケチして帰りは歩いた。1時間もかかった。マインツまでは楽に来たけど、そこからは電車がない。とにかく近くまで行こうとマインツから鈍行に乗る。 Bingerbruhという駅が終点。結局タクシー(1人11.68DM)で バッハラハまでいく羽目になってしまった。こんなことならケチらなければ良かったわ。

夕食は駅近く「Rusticana」でミートローフのマッシュルームソースがけとラインワイン、デザートに自家製のアップルパイ。15分の坂を登りYHへ。

シャワーを浴びてライン川が見下ろせる庭で日記を書く。ワインが美味しい。


1990年7月22日(日) 

8:30に朝食。9:16am発の列車にのり、コブレンツへ。
2両編成のローカル電車なのに新品で乗り心地満点。


今日はケルン (Koln)へ行く予定。
コブレンツで乗り換えて9:54amにケルンに着いた。

駅前に大聖堂が見えた。
なんと、完成まで600年もかかっている。
世界遺産に登録されたのは1996年だけど、今は危機にさらされている世界遺産となっている。

157mのドムに登ってみると、ライン川が一望できるけど余りきれいではなかった。
ライン川は汚染が深刻になっているという。


ランチは駅前の「Alt koln」にて、スペアリブの蒸し焼きとサラダ。

2階の窓から眺めていると、観光客が時計台の写真を取っているのが見えた。

午後は、ヴァルラフ・リヒャルツ美術館(Wallraf Rhartz Museum)へ。
ゴッホの亡くなる2年前1888年作の はね橋(The Drawbrige)や1615年策のルーベンスの(St. Francis Receiving The Stigmate)が印象的だった。

帰りはケルンを3:25pmに出てコブレンツには4:35pmに着いた。さて、ここからが大変。
鈍行はあと1時間半も待たなければならないのだった。
酒盛り用のラインワインやおつまみなどを調達。コブレンツ6:07pm発バッハラハに6:47pmnに着いた。シャワーを浴びて、今日はライン川の見える庭で夕食。

コブレンツ駅で買ったワイン、Landwein der Mosel (1000ml 5.29DM)はなんと買った店 Farm Haus のオリジナルワインらしい。 あとハムのみじん切りゼリー寄せやナッツ類、ポテトチップスなどをおつまみに。  夕刻のライン川はとっても綺麗。


1990年7月23日(月) 

今日はライン川クルーズ。
コブレンツとマインツ間のライン渓谷中流上部は2002年に世界遺産に登録されたのよ。
ユーレイルパス保持者はこのクルーズが無料というなんとも嬉しい
私達は宿があるバッハラハからコブレンツまでを下る。
船着場を9:55am出発。

すぐ見えてくるのは右手にプファルツ城 (Burg Pfalz)



お馴染みローレライ(Loreley)の岩

ハイネの詩に歌われるのは、ここを旅している船人が美しい黄金色の髪をした女性に魅せられて舵を取りそこねて命を落とすという伝説

岩に近づくとピンポーンとなって、説明の後にローレライの歌が流れた。


左手に古城ホテルにもなっているラインフェルズ城(Burg Rheinfels)



ネコ城(Burg Katz) と ネズミ城(Burg Maus) 



マルクスブルグ城(Marksburg)は素晴らしい。



シュトルゼンフェルズSchloβ Stolzenfels



エーレンブライトシュタイン城塞(Festung Ehrenbreitstein)


終点のコブレンツまで約2時間半のクルーズはタンクトップの私には辛すぎた。結構寒かったのよ。もう少し短くすればよかったわ。

駅までは歩いて30分。
ランチはテイクアウト。ピザ、菓子パン、マクドナルドでミルク。電車の中で再びクルーズしてきたライン川を眺めながら食べた。

マインツ(Mainz)へと向かう。約1時間の距離。
ここで見たいのはシャガールのステンドグラス。

それは、ザンクト・シュテファン教会(St. Stephans-Kirche)の中に。

この中にステンドグラスが

新約聖書と旧約聖書が題材の6面のステンドグラスに光が通されてとっても綺麗。
いつまでも眺めても飽きることがない。



そうそう、早く行かなくてはまた電車がなくなってしまう。
5:35pmのマインツ駅発で無事バッハラハに6:30pmに着いた。

今日のディナーは、駅近く、「Hotel Kurpfaelzische」でマスのグリル、ベイクドポテト、サラダにブドウのジュース。
このブドウジュース、うすい白ワイン色ではちみつ風味で私好み。(21・45DM)

ドイツ・ロマンチック街道@(7/24〜07/25)へ続く
2007-08-25 09:55 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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ドイツ・メルヘン街道(7/16〜7/19)
2007年08月19日(日)
1990年7月16日(月)

7:00am起き。気を取り直して支度をする。
早いから朝食はいらないよって言っていたのにおばさんは用意をしていてくれていた。でも時間がなくてパンだけもらって・・
ありがとう。おばさん。

バスもちょうどGood Timing。アムステルダム・セントラル駅へ。
9:02am発、約5時間、13:53pmにドイツのハノーヴァー(Hanover)へ。

ドイツは暑い!!

初めての国に来てまず私達がすることといえば両替

BKK Bank で聞くと、チェック1枚につき7.00M(マルク)もかかる、という返事。次の Commerz Bank はなんと無料。どうしてこんなに差があるのでしょう。

ここは手ごろなホテルが見つからない。

隣町へいってみようと向かった先は、ツェレ(Celle)
実はメルヘン街道ではなくて、エリカ街道と呼ばれていて終点がハノーヴァー。
ここらへんは初夏にエリカという花が満開。残念ながら車窓からしか見ることができなかったんだけど。

駅で電話をしようとしていたら、車椅子のおじさんがホテルを教えてくれた。
よく英語がわからないので「はいはい。行ってみます。」って言って市内のほうへ歩いていくと、このおじさんが後からついてきて道案内してくれたのでした。

Am Landgestrat 1人40M (4,200円) 
とっても可愛い部屋。羽根布団はフカフカ。屋根裏部屋の寝室からは寝ながらにして満天の星

1990年7月17日(火) /

朝食は凄いボリューム。桃ジュース、パン、色々な種類のハム、ゆで卵に紅茶。
9:35am発の電車にのり、ハーメルン (Hameln) に 11:18amに着いた。

いよいよメルヘン街道の第1歩。
ハーメルンはグリム童話のハーメルンの笛吹き男(ドイツではネズミ捕り男と呼ばれる)にちなんだ街。

まずはホテル探し。インフォメーションで Hotel Altstadtwiegeというホテルを紹介してくれた。1人40M。ここで3泊する。


このホテル、ゆりかご といういう意味なのだわ。
看板がゆりかごになってる。 
部屋も大きくて、ベッドも大きい。勿論羽根布団とリッチ。

窓にはオズの魔法使いの人形があったりして。
壁には童話のハーメルンの笛吹き男の絵が飾ってある。

街へ観光にでかけると、ねずみ取り男の家(Rattenfanger Haus)は今はレストランとなっている。



公園を突き抜けていくと
ネズミ捕り男の像(Rattenfanger Brunnen) 。


結婚式の家 (Hochzeitshaus) の上では3:35pmから仕掛け人形がでてくる。
音楽がなんと〜も間が抜けていて、面白かった。
右の写真、まんなかちょっと下にある四角い窓が時間になると開くのだ。

 ねずみ取り男の伝説

1284年のある日、1人の男がハーメルンに来た。
彼は奇妙なコートを身につけ、「自分はねずみ取り男である。お金を出せばこの町をねずみが持ち込むペストから守ってやる。」と言い、町の人は彼の提言を受け入れると、男は大きな笛を吹いた。
するとその笛で各家庭のねずみが這い出し1匹残らず男の前に集まった。男はそのねずみ達をウェーザー川に沈め、全滅させてしまった。
しかし町の人は約束を破り、お金を男に渡さなかった。男は怒ってこの町を後にした。

1284年6月26日、再び男は帽子をかぶり、猟師の様な格好でやってきた。
町の人々が教会に行っている間に男は道端で笛を吹いた。

すると今度は町中の4歳以上の男の子と女の子が男の笛についていき丘の上へ姿を消した。


しかし、1番後ろの2人の子供だけが帰ってきた。1人は目が見えなかったので子供達がどこへ行ったか示すことが出来ず、もう1人はおしだったので語ることが出来なかった。
このように130人の子供が姿を消してしまったということだ。
日曜日は劇も行われているらしい。


1990年7月18日(水) 

今日はブレーメン (Bremen) へ。
グリム童話 ブレーメンの音楽隊 の生まれ故郷。
でも、物語の中のロバと、犬、猫、そしてニワトリは結局ブレーメンへ行って音楽隊になにはならず、仲良く一緒に暮らしたんだよね。

ハーメルンから約2時間の小旅行。

市内に向かう時見つけた名も知らない風車

ランチは 「Wienerwald」で Dorschfilet Naturgebratenというライスの上に鱈とトマトソースがかかっているもの、Tasse Schokolade は ホットチョコレート。美味しかった。

ドイツのお会計は、Billをもらったらテーブルに座ったままお金をウェイトレスに渡すの。すると、ウェイトレスははす掛けしてある大きながま口からお金を出し入れする。お会計終了となる。

まずブレーメンの音楽隊の銅像。



← ローランド像は平和と権利のシンボル。
自由ハンザ都市でいられるのはこの像のお陰。
万が一この像が壊されたとしてももう一体どこかに保管されているらしい。
↑ ベットヒャー通りはカフェや映画館のある細い道。
入り口の上には黄金(?)のこんな像。

以外と小さいブレーメンの街。再び2時間かけてハーメルンへと戻る。


1990年7月19日(木)

今日はカッセル (Kassel)へ。大きい街。ハーメルンからだと、やはり2時間。

駅でホットドッグを食べた。さすが本場のソーセージは美味しいの。

グリム兄弟の街。
グリム博物館 (Brud-Grimm-Museum) はなんと入場無料。嬉しい。

トラム#1でヘラクレスの像 (Wasserkunste)へ。


後ろの建物は、ヴィルヘルムシェーエ城(Schlob Wilhelmshohe)
この城からスタート。
カッセルの守護神のヘラクレスへ登る。

ところが・・・登ること1時間。のぼりはとってもきつい。

所々工事中でちょっと幻滅。
ヘラクレス像の足元から水が滝のように流れるとはいうが・・
ちょっと時間に間に合わなかったみたいで見ることが出来なかった。

ハーメルンに戻ったのは7:30pm。

ホテル近くの「Ceest La Vi」というパブへ。

カウンターに座って Haake という少し苦いビールを注文。ビールが美味しい。
それにここに店オリジナルピザ。 久しぶりに運動をしたなぁ。


ドイツ・ライン川 (7/20〜7/24)へ続く
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